LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Bartoliの記事一覧

声で描ける:バルトリのリサイタル

2008.12.21
12月17日に、バービカン・ホールでのチェチーリア・バルトリのリサイタルに行ってきました。彼女のリサイタルは、いつ行っても「今夜、この場所に来れたことを誰に感謝しよう?」、というほど歌を聴く喜びに包まれます。17日のプログラムはロッシーニベッリーニドニゼッティ等の小品ばかりのプログラムでしたが、バルトリの声の美しさが、そして彼女が歌い上げる歌の物語がじんわりと心を包み込んでくれるものでした。

Soiree Rossiniana

Rossini “La regata veneziana”, Three songs in Venetian dialect

“Anzoleta avanti la regata”
“Anzoleta co passa la regata”
“Anzoleta dopo la regata"

Bellini "L’Abbandono", anon.: “Il fervido desiderio”, anon.: “La Farfalletta”, anon.: “Dolente immagine”, Maddalena Fumaroli: “Malinconia, ninfa gentile”, Ippolito : Pindemonte: “Ma rendi pur contento”, Metastasio

Rossini "Or che di fiori adorno", anon.: “Beltà crudele”, anon.: "Canzonetta spagnuola”, anon.: La danza, Carlo Pepoli

Donizetti “Il barcaiolo”, L. Tarantini: “Amore e morte”, G.L. Redaelli: “La conocchia”, Canzone napoletana: “Me voglio fà ‘na casa”, Canzone napoletana

Rossini “Ariette à l’ancienne”, Jean-Jacques Rousseau: “L’Orpheline du Tyrol”, Emilien Pacini: "La grande coquette”, Emilien Pacini

Viardot “Havanaise”, Louis Pomey: "Hai luli!", Xavier de Maistre

García “Yo que soy contrabandista”, caballo from the monodrama “El poeta calculista” (1805). anon.
Malibran “Rataplan”,chansonette.anon.

Cecilia Bartoli: mezzo-soprano
Sergio Ciomei: piano


 バルトリが舞台に出てきてあれと思ったのは、着ている青いドレスをどこかで見たような既視観。すぐに判りました、昨年のバービカンでお召しだった赤いドレスの色違いで、施されている刺繍は全く同じでした。


(昨年の写真。これも含めて、写真は全てネットからかき集めたもの)

いつもどんなドレスで驚かせてくれるのか期待しているのでちょっと拍子抜けしましたが、それを補って余りあったのは右手に輝く一際大きなダイヤの指輪。インターヴァル後は、昨年と全く同じドレス、でもアクセサリーは前半と全く別のダイヤのブレスレットをしてでてきたので、それなりに気を遣ってはいたようです。



 でも、歌が始まれば、ホールを満たすのはバルトリの声だけ。絶好調でした。小品ばかりなので、彼女の超絶コロラテューラはそれほど出てきませんでした。でも、そんなことは全く気になりません。「歌」になりきったバルトリの、歌うことが彼女にとってどれほど幸せなことなのか、バルトリが彼女自身の喜びでホールを満たすにつれ、僕自身が幸せすぎて言葉が出てこない、そんな気分でいっぱいになりました。ピアニストの男性は、技術的に飛びぬけていたとは感じませんでしたが、バルトリとのコンビネイションがとても自然で、好感が持てました。

 バルトリ本人の気質としては、恐らく「コメディエンヌ」なのだと思います。彼女の素晴らしい所は、悲しい歌では、歌われる「悲しみ」を彼女本人の悲しみとして伝えることが出来ることだ思います。今回のリサイタルで僕にとっての白眉は、ロッシーニの「チロルのみなしごの女の子」。歌の最後、15歳の女の子が神に慈悲を乞う場面での静かな、同時に慟哭のような祈りの声は、ホールにいた多くの聴衆の心を揺さぶったと思います。

 11月に、The Sunday Telegraph紙の付録雑誌に、プレヴューという形でバルトリのインタヴューが掲載されていました(ウェブには転載されていません)。声が小さいので本国イタリアではあまり歓迎されていないとかの話等々。そしてインタヴューの最後で、今、彼女の声は最高のコンディションにあると語り、こう続けます。

 Vocally, I am definitely at the peak of my career. I can really now paint with my voice: I can make more colours than 10years ago, I can make more shadows. It's very exciting.

 この「Soiree Rossiniana」、東京でも予定されていたようですが、キャンセルになったそうです。でも、ロンドンでも、いつもバルトリの生の舞台を観ることが出来るわけではないです。ロイヤル・オペラにも既に3シーズンくらい出ていないはず。彼女が出るオペラを観たいのであれば、拠点にしているチューリッヒ・オペラまで行くしかないでしょう。新年早々、ヘンデルの「セメレ」でタイトル・ロールを歌うようです。


(写真を探していたら見つけた、チューリッヒ・オペラでの「Clari」というオペラのシーンから)

 毎日聴いても飽きるとは思いませんが、たまに聴けるから更にいいのだろうし、バルトリの歌声を再び聴く機会が確実にあるなら、まだ戦える、とも。バルトリ自身も、コンサートを楽しんだようでした。最後のアンコールの歌を終えて舞台から去るとき、聴衆に向って大きく手を振りながら、満面の笑顔。ドレスが同じだっていいや、と。素晴らしいクリスマス・プレゼントになりました。


(あまり宣伝されていないけど、バルトリの新譜。写真へのコメントは差し控えます)


(同じく、宣伝用の写真らしいです)

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バルトリ:芸術と娯楽のはざまで

2008.01.08


12月19日と21日に、ロンドンのバービカン・ホールで、イタリア人メゾ・ソプラノ、チェチィーリア・バルトリのリサイタルを観てきました。もう既にかなり昔のようにも、またまるで昨晩観てきたかのように鮮明に思い出すこともできます。
 バルトリがロンドンでリサイタルを開くのは2年ぶり(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-53.html)。今回は、昨秋にリリースした新譜、「Maria」からのアリアが中心でした。今回バルトリが取り上げた、19世紀の伝説のメゾ・ソプラノ歌手、Maria Malibranについてはバルトリのサイト、及びテレグラフと(稀に見る素晴らしい提灯記事)とガーディアンのインタヴュー記事をご参照ください。

http://www.ceciliabartolionline.com/
(バルトリの公式サイト)
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-609.html
(テレグラフ)
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-610.html
(ガーディアン)

 メディアがわざわざ取り上げなくても、二晩とも数ヶ月前に既に完売状態。あえてCDは事前に購入せずに会場に向かいました。おりしもその週のロンドンは連日のように氷点下まで下がるほどの寒さ。ここまでインタヴューを受けておいてキャンセルはないだろうな、と思いつつ19日は友人と一緒にバービカンに向かいました。
 幸運なことに、キャンセルではありませんでした。が、開演の直前のアナウンスで、数日の間バルトリは風邪を引いていたので本調子ではないかもしれない、とのこと。「そんなんで、彼女の売りの超絶コロラテューラはどうするんだろう?」、と。プログラムには、CDには収録されていない、ロッシーニの「チェネレントラ」からの有名なアリアもあり、少なくともバルトリの美しい歌声さえ聞ければ、という気持ちで席につきました。プログラムのうち、赤で示した曲がバルトリが歌ったアリアです。

Cecilia Bartoli: mezzo-soprano
Orchestra La Scintilla Zurich


Garcia: Overture from 'La figlia dell'aria'; 'E non lo vedo...Son regina' Semiramide's recitative and romanza from 'La figlia dell'aria'
Persiani: 'Cari giorni' Ines's introduction and romanza from 'Ines de Castro'
Mendelssohn: Scherzo from Octet in G minor op. 20 (arr. for orchestra) 'Infelice' scene and aria for voice, violin solo and orchestra (1834 London version)
Rossini: Tempest from 'Il Barbiere di Siviglia'; 'Naqui all'affanno...non piu mesta' Angelina's scene and rondo from 'La Cenerentola'

Donizetti: Andante and sostenuto from Concertino for Clarinet in B flat
Rossini: 'Assisa al pie d'un salice' Desdemona's Willow Song and Prayer from 'Otello'; Overture from 'Il Signor Bruschino'
Balfe: 'Yon moon o'er the mountains' Isoline's ballad from 'The Maid of Artois'
Hummel: Tyrolean Air with Variations
Bériot: Andante tranquillo from Violin Concerto No 7 in op. 76
Bellini: 'Ah, non credea mirarti...Ah, non giunge' Amina's Aria and cabaletta from 'La Sonnambula'


 オーケストラ(大変素晴らしい皆さんでした)による一曲目が終わり聴衆の目は、いつバルトリが出てくるか。控え室から出てきたバルトリは、燦然と輝いていました。冗談でなく。というのも、ドレスが一歩間違えれば悪趣味とも捉えられかねない、真っ赤で、ドレスの後ろの部分は少なくとも1メートルは引きずるくらい長く、肩も露なとーーってもゴージャスなもの。僕は好きですけど。2年前はスリムになっていましたが、どうやらリバウンドしてしまったようでした。それでも、笑顔の輝かしいこと。

 風邪で本調子でなかろうが、ドレスが派手すぎだろうとも、バルトリが舞台の中央に立てば(今回はお立ち台)、そんなこと全く関係ありません。彼女の周囲の空気もつられて光り輝いているようでした。アナウンスにあった通り、一曲目では最高音域がほんの気持ちかすれたようにも聞こえました。しかしながら、バルトリ本人も判っていたのでしょう、声のフレイジングをかなり慎重にしていたようで、そのため一音一音がくっきり響き、これまで以上に彼女の声が胸にずんと染み込んでくるようでした。
 そして彼女の2曲目にしてピークが訪れました。Persiani作曲のアリアにはコロラテューラは全くなく、バルトリの声の圧倒的な美しさが、広いバービカン・ホールの隅々まで行き渡ったようでした。会場のあちらこちらで、ハンカチを眼に当てる人々。
 オーケストラの演奏を挟んでのメンデルスゾーンの「Infelice(不幸という意味だそうです)」では、聴衆の反応がバルトリにエネルギーを与えたのでしょう、一気に爆発した感じでした。それにしても、メンデルスゾーンがこんな凄まじいアリアを作曲していたのは意外。そして畳み掛けるように、「チェネレントラ」からのアリア。高音域はちょっと辛そうな感じもしましたが、唯一無二のコロラテューラ全開。同じ時期に、ロイヤル・オペラ・ハウスではチェコ出身のメゾ・ソプラノ、マグダレーナ・コジェナがロイヤル・オペラ・ハウスでこのオペラに出演していましたが、かなわなかったことでしょう。それにしても、このアリアのさび(と言っていいのか、アリアで?)の部分がどうしても「I'm joking」と聞こえてしまいます。
 後半になると、随分と喉も温まったようで、ロッシーニ作曲の「オテロ」からデズデモーナの悲しく静かなアリアを、これまた情感がこもった深い、そしてヴェルヴェットのように渋く輝く声で。で、吃驚したのが次の曲。数年前に読んだインタヴューで、ブリン・ターフェルに「僕の友達のチェチィーリアが、英語のアリアを歌うなんて想像できないよ」といわれていたバルトリが、英語で歌いました。現在、バルトリが活動のベースにしているチューリッヒ・オペラでは、昨年、ヘンデルが作曲した英語で歌われるオペラ、「セメレ」に出演したのことを知ってはいたのですが、驚きました。続いてヨーデル風のアリア、〆はベッリーニの「夢遊病の女」から。
 19日は、アンコールはないだろうと思っていましたが、なんと4曲。恐らく、この日の為だけに呼び寄せたであろうスペイン人のミュージシャンとの共演によるフラメンコ風のアリアを披露したかったのだと思います。19日はバルトリの喉の具合は本調子ではありませんでした。が、だからこそ、バルトリは、どのアリアも、恐らくいつも以上にとても丁寧に歌っていたように感じました。

 21日は、追加公演。アンコールにはスペイン人ミュージシャンとの共演はありませんでした。一つ明らかに違ったのは、バルトリの喉は本調子を取り戻していたこと。本人も嬉しかったのだと思います。デズデモーナのアリア以外では、僕にはたびたび飛ばしすぎに聞こえる部分がありました。
 ガーディアンのインタヴューの最後でバルトリは、こう言っています。「(マリア・マリブランの人生を知ることで)漸く、ディーヴァという言葉が意味することが判った」。

 聴衆をただ喜ばすことがディーヴァなのか。それとも、歌手がいなければ聴衆が聞くことが出来ないアリアという儚く美しい芸術を、舞台で一瞬だけ、最上の技術で生み出すのがディーヴァなのか。幸せでもあり、考えさせられる、素晴らしいリサイタルでした。



唯一無二の声:チェチーリア・バルトリ

2005.12.10
親愛なる皆さん

 こんにちは、日本は冷え込んでいるようですね。ロンドンは、寒さはそれほどではないですが、骨身に染み込むような湿気が重いです。

 本文に行く前に、チャコットがアップされましたので、お時間のあるときにでも。
http://www.chacott-jp.com/magazine/around/uk_36.html

 エッセイ締め切り前だったのと、初見の作品が多くて、まとまりにかけるところも有りますが、今回は吉田さんの素晴らしい写真を使うことが出来たのでホットしました。

 12月7日に、バービカン・ホールで観てきた、イタリア人メゾ・ソプラノ歌手、チェチーリア・バルトリのリサイタルは、初めて彼女の奇蹟に遭遇した4年前のウィグモア・ホールでの感動が蘇るほど素晴らしく、なんかこの1年の苦労が吹っ飛びました。

 リサイタルは、先日リリースされたばかりの「Opera Proibita」(禁じられたオペラ)から。日本では発売されたばかりのようですね

 CDに収録されているアリア(ヘンデル、スカルラッティ、カルドラ)は、実際はオラトリオなので、舞台で観る機会はないかもしれないです。CDが発売されたときのレヴューでは、ジャケットが良くないだの、彼女の驚異的なコロラチューラを体操選手が歌っているようだ、などの言葉が散見されましたが、生の歌声は、そんな言葉を蹴散らした上に、魂が溶けてしまうようでした。演奏はバーゼル・チャンバー・オーケストラ。

 開演前にプログラムを読んでいて不思議に思ったのは、「あれ、今晩のドレスはヴィヴィアン・ウェストウッドじゃないのかな?」、と。バルトリのリサイタルはこれまで4回観てきましたが、いつもプログラムのどこかに、「今晩のガウンはウェストウッドによるクチュールです」、とありました。
 どうしたんだろうな、と思っていたら、バルトリさん、痩せていました。先月ある新聞のインタヴューで、「少し痩せたのよ」と答えていましたが、ますます美貌に磨きが掛かったよう。当夜のドレスは黒のシンプルなドレス。でも、体の線が強調されていて、本人も今の体型に満足していることは明らかでした。特に足。ウェストウッドのガウンは、スカートの部分がたっぷりしていて、足首を観ることなんてなかったんですが、これまでバービカンで観てきたどの歌手よりも細く高いハイヒールでした。珍しく、アクセサリーもたくさんしていて、ネックレス、プレスレット、重そうな指輪は全てダイヤモンド。

 リサイタルの1曲目はスカルラッティの「Qui resta....L'alta Roma」。テンポの速い曲で、彼女の唯一無二のコロラチューラ歌唱もばっちり。これでバービカン一杯の聴衆の心をがっちりつかみました。彼女のリサイタルではいつも思うことですが、今、自分の目の前に居る女性の歌声は本当のこの世のものなのか?、そんな思いが一気に込み上げてきました。この夜は、腕の動き、上半身の動きも雄弁で、テンポの速いアリアでは、イタリアの、特にローマの輝かしい太陽がロンドンを照らし出しているようでした。
 続いて、カルドラの「Calda sangue」(My life is blood)。一転してゆっくりとしたこのアリアでは、バルトリの美しい声、特にピアニッシモの繊細な響きに目頭が熱くなりました。シルヴィ・ギエムが舞台に居るときと同様、バルトリから目を離すなんて、不可能です。
 前半最後は、ヘンデルのアリアが3曲。その2曲目、「Lasci la spina, cogli la rosa」を彼女が歌い終わったとき、上手く表現できない自分がもどかしいですが、本当に美しいものを体験したとき、人は動きを止めてしまうんだな、と。多分、一秒の何分の一かでしょうけど、会場に居る全ての人が動くことができないようでした。それに続く拍手とブラヴォーの洪水。リサイタルの前半のアリアで、聴衆からの拍手が2分以上も続くなんて初めて体験しました。バルトリ自身も感無量の表情。
 すっ飛ばして本編の最後。ヘンデルの「Disseratevi, o porte d'Averno」。ヴァイオリンの、チェロの、そしてトランペットの一音にあわせて歌われる凄まじいスピードのコロラチューラ。正直、余りに速いアリアなので、流石のバルトリも少しピッチが乱れた所もあったように思います。が、それを差し引いて尚、聴衆のために歌える喜びに満ち溢れたバルトリの姿からは、人間ってこんなにも美しい瞬間を生み出すことが出来るんだ。
 アンコールは4曲。クレオパトラのアリアや、オン・ブラ・マイフでした。3曲目に歌われたスカルラッティの「Ecco negl'orti tuoi」が終わったときには、バービカンでみる、久しぶりのスタンディング・オヴェイションでした。

 バルトリは、来年3月に、10数年ぶりに日本でリサイタルをするそうです。チケットはもう発売されているだろうし、既に売り切れているでしょうけど、どんな阿漕な手を使ってもチケットを入手していく価値ありです。
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エンタメの秋

2004.09.25
親愛なる皆さん

 こんちは、日本はまだ連休中みたいなもんでしょうね。

 2004/05のロイヤル・オペラの演目の中で、前半の一番の演目は、ミラノ・スカラ座のリッカルド・ムーティが20年ぶりにコヴェント・ガーデンで指揮する「はずだった」ヴェルディの「運命の力」。演目が発表された直後のインタヴューで、ロイヤル・オペラの音楽監督、アントニオ・パッパーノはこう答えていました。「この目で、帝王ムーティがオーケストラ・ピットに居るのを見るまで、信じない」。
 昨日、金曜日の新聞で報道されたし、ロイヤルのウェブでも発表されましたが、ムーティ、全7公演キャンセル。媒体によってもばらつきはありますが、「今後数年間は彼はイギリスでの指揮は出来ないだろう」、とのこと。そんなこと、ムーティは気にしないと思うし、彼の振るオペラやシンフォニーが聞きたい人は、ミラノまで行くのも厭わない事でしょう。きっかけは、舞台装置の些細な変更だったらしいんですが、結局感情論になってしまったように思えます。損をしたのはロイヤルでしょうね。代わりに指揮するのは、パッパーノ。初めて「運命の力」を振るそうだから、それはそれで話題ですが。
 その埋め合わせか、何の脈絡もなく今朝の新聞では、ポスト三大テノールの後継者の一人として、ペルー人テナーの、フローレスが取り上げられていました。フローレスが出るドニゼッティの「ドン・パスクヮーレ」(11月、12月)は面白そうです。

 昨晩、去年の12月、公演の23時間前にキャンセルのメールが届いた、チェチーリア・バルトリのリサイタルに行ってきました。演目は、去年リリースされた「サリエリ・アルバム」から。フライブルク・バロック・オーケストラとでした。
 矢張り、2回も同じ会場でドタキャンをした影響か、結構空席があるのに驚き、「彼女のカリスマも衰えたのかな」、なんて思っていました。今思えば、喉が温まっていなかったからなのか、それとも自分の気分の問題だったのか、1曲目、彼女の声とオーケストラが繰り出す音色が今ひとつ深く交わっていない、「高音がきつそう」なんて思っていました。「もう、言われるように、ピークは過ぎちゃったのかな」、と。
 杞憂でした。バルトリが唄い進むのと同じスピードで自分の中に湧き上がってくる暖かい気持ち。五感を通り越して、全ての感覚が会場中に広がり、バルトリが表現する全ての感情を体全部で受け止めている、そんな気分でした。コロラチューラは健在でした。くちやかましい批評家は、アクロバティックと評することでしょう。昨晩、バルトリの歌を聞いていて初めて、「あ、人間が唄っている」と感じました。勿論、これまで見てきた彼女のオペラやコンサートも素晴らしいものですが、こうやってオペラ歌手はキャリアと自分の希望を実現していくんだ、と思えるコンサートでした。実は「サリエリ・アルバム」はCDで聞いていたときは今ひとつだったんですけど、昨晩、何故バルトリがこれを選んだのか、漸く判った感じです。コンサート後半の2曲目の静かな曲が終わりを迎えたとき、「お願い、その最後の一音を奏でないでくれ」、とオーケストラに叫びたかった。
 聴衆の盛り上がりもすばらしく、アンコールは3回。グルックの恐らく「コロナ」からのアリアと、ハイドンの「詩人の魂」からのアリア。特に後者は、バルトリのロイヤル・オペラ・ハウス・デビューのときに聞いて以来だったので、感動も新たでした。

ムーティーは、2004年11月にはロンドンで指揮するそうです。「イギリスでの音楽活動は暫く無理」、と言い切った評論家の意見を聞きたいものです。
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タキシードは着ませんでした

2003.10.17
バルトリのコンサート、行ってきました。素晴らしかったです。

 でもですね、内容はリリースしたばかりの「サリエリ」からは一曲もなく、ハイドン、モーツァルト、ロッシーニのオペラからのアリアばかりでした。事前情報では歌う、ということだったんですが、大半の聴衆もかなり期待していたはず。新しいCDでの歌唱を、アクロバティックなどと書かれた腹いせかな、とも思ったんですが、なんか理由があるんでしょう。
 コンサートは、本当に素晴らしかったです。素晴らしい、という言葉では言い表せないくらいです。チケットはソールドアウト、久しぶりにロイヤルでダフ屋を見かけました。
 指揮はロイヤル・オペラの芸術監督、アントニオ・パッパーノ、オーケストラもいつも以上の水準を保っていたように思います。が、やはり主役はバルトリ。ドレスは新聞のインタヴューで答えていたとおり、お気に入りのイギリス人デザイナー、ヴィヴィアン・ウェストウッドによる胸が大きく開いた、濃い、でも明るいオレンジのドレス。ただ、一目見ただけで、CDの写真はかなり修整されているな、という感じでふくよかでした。
 「今この場所にバルトリがいて、自分がその歌を聴いている」幸福感に包まれた2時間でした。過去2回、彼女のコンサートを体験していますが、今回もまた「唄える喜び」を体いっぱいに使って放出していました。プロだなと思わせたのは、パッパーノが構えるほんの1秒前までは満面の笑みを浮かべているのに、彼が構えた途端、バルトリではなくそこに立っているのはヒロインであることを見せたことです。最近の批評は、彼女のコロラチューラの技術ばかりに注目して、メカニカルだとかサーカスみたい等とネガティヴなことばかりを書きたてます。確かに、バルトリのコロラチューラは時に「本当に人間がここまでできるの?」と思わせることもあります。が、本来、彼女の声は美しいんです。1曲目のハイドンの「ベレニーチェ」では全くコロラチューラは出てきませんでしたが、怒り、悲しみ、喜び、戸惑いを歌う彼女の声の豊かなことか。
 モーツァルトは端折って。ロッシーニのアリアは3曲ともCDに収録されているものでしたが、その驚異の装飾音階を何も隔てるものがない最前列で聴くことができて、目福耳福でした。コロラチューラ歌唱全開ですが、それが自然、その驚異の歌に必ず感情が込められている様は、批評家の目は節穴、と確信しました。以前のインタヴューで、ロッシーニのオペラは若い頃はいいけど、この年齢で唄うものではない、といっていました。なので、特にアンコールで歌った、「シンデレラ」のアリアを聴けたのは幸運でした。これで、いきなりブリン・ターフェルが出てきて、「セヴィリャの理髪師」のデュエットを唄ったりしたら、というのはないものねだりでしょう。恐らく、彼女のオペラ歌手としてのキャリアは、そんなに長くないことでしょう。皆さんも聞く機会があったら、ぜひ。結局、自慢話になってしまいました。



バルトリは、ヴィヴィアン・ウェストウッドが大のお気に入り。2004年にも彼女のソロリサイタルに行きました。そのときは、ウェストウッドによる、目の覚める若草色のドレスでした。
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オペラ歌手たるものは:バルトリ

2003.10.02
嬉しいので、趣味のトピックもついでに。

 ロンドンでは、一昨日の月曜日にチェチーリア・バルトリの新譜、「The Salieri Album」が発売になりました。既に全曲聞いていたにもかかわらず、やはり美しい歌は日々生きていく糧です。発売を前に、先週末、タイムズで続け様に彼女のインタヴューが出ていました。特に日曜日のものは危うく気づかずに捨ててしまうところだったので、縁を感じます。
 金曜日のものは、サリエリがどれほど素晴らしい作曲家であるか、映画「アマデウス」で描かれたサリエリが如何に虚像であるか、まあ販促用のインタヴューの域を越えたものではありませんでした。が、日曜日のものはタイトルからして「In Bed With a Prima Donna」。といっても身も蓋もない内容でなく、バルトリがどんな歌手であるかを、彼女のインタヴューを交えて振り返るものでした。唄うことが、彼女自身にとって如何に大切かをよく理解しているかがよくわかりました。ちなみに、アンジェラ・ゲオルギューは、その余りの我侭ぶりに渾名が「ドラキュリナ」だそうです。ルーマニア出身ですから。
 出だしは、唄うためにどんな下着を着けるとか、彼女のサイズは16だとかそんなところから始まって、細心の注意を払って自分の歩いていける最善、最高のキャリアを常に考えているバルトリの活動に話は移っていきました。例えば、1998年、メトの「フィガロの結婚」の際、芸術家としての自分を曲げないため起きたプロデューサー(ジョナサン・ミラー)との激しい衝突。更に、自分の声がどのような仕組みで出てくるのかを知りたくて、耳鼻科でカメラを飲み込んでその「世紀の声」を生み出す仕組みを知ったそうです。今回のアルバムを録音するために、サリエリの自筆譜面を研究するのに2年費やしたそうですが、次はもっと早く出して欲しいものです。
 あまり遠くまで行かない(日本には殆ど行っていないそうです)のは、飛行機が嫌いだから、といわれているが違う、と。乗務員の言いなりの時間にご飯を食べ、寝て、映画を見るのが耐えられないからだそうです。が、多分飛行機が怖いんでしょう。というのも昨年はアメリカへは船で行ったそうです。バルトリ曰く、「カルーソやかつての名オペラ歌手がやったこと。それに、デッキで発声練習ができるのよ」、とのこと。同船した人は幸運でしたね。最近のスケジュールは、オペラは年3本以下、それと数回のリサイタル、休暇は少なくとも三ヶ月とのこと。いつ、次のオペラを聴く機会があるのやら。
 つい最近、長く付き合ってきたイタリア人音楽学者とは別れ、新しいボーイフレンドは、とりあえず「バリトン歌手」だそうです。ロンドンではお気に入りのヴィヴィアン・ウェストウッドによる超ゴージャスなドレスで歌うそうで、楽しみ。僕の文章では巧く伝わらないかもしれませんが、自分に厳しい芸術家の姿に潔さを感じました。

 違った意味でこれまた我が道を行くのが、シルヴィ・ギエム。昨日、ちょっと用があってロイヤルに行ったついでにショップに立ち寄ったところ、二つの新しい写真集を見つけました。一つは、プリンシパルを辞めて(大正解、役立たずだったから)カメラマンになったヨハン・ぺルッソンによるもの、それと今シーズンから売り出した「The Royal Ballet Year Book」。前者にはギエムの写真は全くなし、後者ではプリンシパルが質問形式のインタヴューに答え、且つサインをしているんですが、彼女だけお仕着せの経歴紹介でサインなし。お店の方に「何で?」、ってきいたら。「知っているかもしれないけど、今でも彼女はマドモワゼル・ノン、なんだ。カンパニーも何度も頼んだんだけど、どうしてもウィ、とは言わなかったのさ」、だそうです。印刷のサインぐらい、が彼女にとっては譲れない何かなんでしょう。
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最前列

2003.09.12
オペラ関連の話題を受け取っても気にしないであろう皆さんに、

 冷静に考えれば、小市民的な喜びなのかもしれませんが、来月、10月15日にロイヤルオペラハウスで開かれるイタリア人メゾ・ソプラノ、チェチーリア・バルトリの一夜限りのソロ・コンサートの券が取れただけでなく、なんと一列目、しかもほぼど真ん中。嬉しい。10年ちょいのオペラ・バレエ通いの中で、一列目は初めて。今までは、いつ観たかも思い出せない、NHKホールで観たミレッラ・フレーニ主演の「アドリアーナ・ルクブルール」で2列目、というのが最も前よりの席でした。このときは、高い席に座ることが一番と考えていた頃だから、今思えば、「猫に小判」でした。ちなみに、やはり追っかけていた上々台風、および戸川純・ヤプーズ(今でも好きです)では最前列かぶりつき、というのは若かりし頃に経験ありますが。
 最前列って、それほどよくない、とおっしゃる方も居ますが、やっぱり一度は座ってみたかったです。しかも、現在世界最高のメゾの一人バルトリでそれを経験できるなんて。なんか今から、「何を着ていこう」、などと浮ついています。ロイヤルの席はワインレッドだから赤だと目立たないんですよね。全身黒で行くか、それともライラックパープルのシャツを着ていくか。15日まで、何があっても生き抜いていけます。
 10月早々、バルトリはきちんとしたものとしては2年ぶりの新規録音のCDを出します。今回は、モーツァルトと同時代に活躍したサリエリの作品集。彼女の歌の素晴らしさに引けを取らないくらい、音楽が美しいです。西ヨーロッパ、それと合衆国北部・東部に住んでいらっしゃる皆さん、このCDを引っさげてコンサートツアーをやるそうなので、ぜひ。
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