LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Multicultureの記事一覧

お願い、見つめないで!:異文化を生きる

2011.10.09
東京在住の外国人の友人から、以下のリンクが送られてきた。

Fake Book Cover: Why Do Japanese People Stare At Foreigners?
http://www.japanprobe.com/2011/10/03/fake-book-cover-why-do-japanese-people-stare-at-foreigners/

 僕の正直な感想、瞬時の反応は「humiliation」。このポストを書いた人は、日本が嫌いということではないはず。逆に、「これだけ日本が好きで、日本社会に溶け込みたいと願っている僕を、単に外国人だからという理由で見つめないで欲しい」という願望からだと思う。悪気があってのことではないとはわかるのだけど、「外国人」という立場をもっと見つめてみても良いのではないかと思う。

 でも、この気持ち、理解できる。2000年にアマルフィやマデイラ島に行ったとき、現地の皆さんから見つめられまくり。あの頃は「異文化」が引き起こす悪気のない好奇心について考える余裕がなかったので、どうして僕一人だけが見つめられるのかが判らず、考えすぎて体調がおかしくなったほど。

 日本人だけがこのようなことをするのではない。異なる文化、異なる言葉、異なる人種の中に飛び込んだら、気分が悪くなることも経験するかもしれない。でも、それ以上に得がたい経験を沢山できる機会でもあるはず。

 ロンドンでは、日本人だからと見つめられることは、皆無。社会に、イギリス人に受け入れられたということではない。いちいち人種を気にしている余裕などない、というのが現実だと思う。
 上手くまとまらないけど、以前、グラストンベリィ在住のイギリス人の友人から送られてきたメイルを思い出した。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-467.html
(日本語)

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-468.html
(英語)

 ドーセットで日本人がジョブ・インタヴューを受ける(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1462.html)時代になったのだから、多文化、異文化をどう咀嚼するかについての意識は、少しは変化していると思うのだが。

マルティカルチャラリズムの終焉?、それとも本当の始まり?

2011.02.06
イギリス国内では、ほかにもたくさん政治、経済、文化、そして社会全体を揺さぶる話題が起きているけ度、時間の都合でこれだけは書きなぐっておきたいのは、マルティカルチャラリズムについ手のキャメロン首相の演説。

State multiculturalism has failed, says David Cameron
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-12371994

 これが大きなことになるであろうことは誰の目にも明らかだったろうけど、さらに輪をかけたのが、同じ日に、ロンドン北部にあるルートンでイングリッシュ・ディフェンス・リーグによる、彼らにとって最大級のデモンストレイションが行われたこと。

David Cameron tells Muslim Britain: stop tolerating extremists
http://www.guardian.co.uk/politics/2011/feb/05/david-cameron-muslim-extremism

David Cameron sparks fury from critics who say attack on multiculturalism has boosted English Defence League
http://www.guardian.co.uk/politics/2011/feb/05/david-cameron-speech-criticised-edl?intcmp=239

David Cameron's attack on multiculturalism divides the coalition
http://www.guardian.co.uk/politics/2011/feb/05/david-cameron-attack-multiculturalism-coalition

http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/globalstringer.html

 いつものことながら、ソースの偏りは否めない。でも、今回、初めて、ほんの些細な点だけど、キャメロン首相に同調する自分がいる。

 「いま暮らしている非母国である国の文化、歴史、社会構造、コミュニティの価値を否定するならどうしてこの国にいるのか?」。

 ウェブでは探せていないけど、今日のオブザーヴァ本紙に掲載さているイスラム系シンクタンクの代表者の言葉が印象に残る。

Britain is by far the best European country to live in for Muslims and others (by Maajid Nawaz).

In most countries where multiculturalism has been promoted by government - Canada and Australia, for example - it has been about reaffirming and remaking a national identity. That this is less true in Britain is about the difficulties of saying what our nationality is. All surveys show that ethnic minorities, including Muslims, are more likely to say they feel "British" than white people and that white people are more likely to think that nationalism is dangerous and out of date (by Tariq Modood).


 僕が個人的には望むのは、移民がもとからの社会規範から外れることをしたら、そのことに対してはっきりと、「NO」が言える社会を目指して欲しい。何でもかんでも、「お前は人種差別主義者だ」、と個人の意見を封じこめるような社会であって欲しくない。

 キャメロンが意識的になのか、それとも全く理解していないのかはわからない。でも、キャメロンのこの発言はイギリス人にとっても大きな課題になるはず。それは、「移民をきちんと自分たちのコミュニティに受け入れられるのか?」、ということ。自分たちは「イギリス人だから」という意識をコントロールできなければ、この国にマルティカルチャラリズムが根付くことは、無い、と思う。

自分の中の他人:二つの文化のはざ間で

2011.01.29
日本語を話している映像を撮ってもらう機会があった。自分ではできないけど、助けがあってその映像を家族や遠くにいる友人、そしてイギリス人の友人たちにも送った。そして、イギリス人、また遠くに住む非日本人の友人たちからの反応がとても新鮮だった。曰く、

「I have never seen you speak Japanese. When you were speaking in Japanese, your body language and facial expression were completely different from those when you speak to me in English. You looked like a person who I know for years, but who has not shown me who you are」。

 日本語を全く理解できない人と日本語でコミュニケイションする意味なんてないのだから、彼らに向って日本語を話したことはない。だから、仮に彼らに向って日本語を話したとして、そこに何らかの違いあるだろうなんてことを考えたことなどなかった。
 身体的には、日本語を話すときと英語を話すときの違いにはずいぶん前から気づいている。声帯のどの部位から音が出ているのかの違いは自分には明らかだ。

 英語を話すときの自分。日本語を話すときの自分。他者なのだろうか、本人なのだろうか。一人の体の中で時計の振り子のように二つの文化が移動している。個人の中に異なる文化が存在している、そのようなことだろうか。

移民という人種2:アメリカ・ウォッチ連動企画

2010.07.22
アメリカ・ウォッチ
http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmblog.html

先日、ミクシィの日記にIMFが日本へ消費税を上げなければ云々の報告についての感想を書いたとき、僕自身全く考えていなかったこと、でも、日本でもおきて当然だよなというコメントがありました。それは、税金が上がることで国内産業が冷え込み、競争力を上げている「発展途上国」に日本人が出稼ぎしなければならなくなるかも、というものでした。
 僕は、「ありえるよな」、としか考えられませんでした。日本人が国外に出稼ぎに出ることに、何か問題があるのだろうか、と。おそらく、「先進国」である日本に暮らす日本人が出稼ぎに出るなら「先進国」でなければ、という日本人らしい「恥」の概念があるかもしれません。でも、こんな混沌とした時代に、20世紀の概念である「先進国」と「途上国」の違いって何だろう、と。もちろんこれも、奇麗事です。僕だって、その「途上国」で働きなさい、といわれたら腰が引けることは確実。
 多くの人が共有しているとは思いませんが、有効求人率が低空飛行のままのイギリス国内からも就職活動を海外で、という動きがでているようです。

Graduates look overseas as jobs dry up
http://www.guardian.co.uk/money/2010/jul/10/graduates-overseas-jobs
 
 イギリス人の強みは、「英語ができる」こと。彼らはその点、本当に恵まれていると思います。英語礼賛ではなく、事実として、英語を話せる人種であることのメリットを最近、改めて考えます。とりわけ英語圏やEU圏に行くとなれば、英語を話せるほうが受け入れられやすくなるでしょう。
 でも英語を、現地語を話せなくても日本だって、昔、たくさんの方が海外に移住した歴史があります。今年の1月、ロンドンで公演をされた古典琉球音楽家の喜瀬慎仁さんと話す機会がありました。喜瀬さんによると、公演を行った各地で沖縄出身の人に会えたことで、沖縄が多くの人を世界に送り出し、その絆が今でも強いことを知ることができて嬉しかったとのこと。
 日本の経済状況が今向いている方向に突き進むのであれば、多くの日本人が再び海外に出て行くことはありえるのではないかと思います。もちろん、その理由はバブル経済のころとはまったく別のものになることでしょう。少子化問題、国内経済の先行き等のさまざまな要因はあれども、「移民」という存在を自分の生活として日本で暮らす人々が考えなければならない可能性はあるのではないかと考えます。

 ここまで書いてきてなんですが、僕は、自分が移民なのか、季節労働者なのか、長期滞在者なのか、よくわかりません。ただ、ひとつだけ、まだ自分が崖っぷちに立っていないな、と思うことがあります。それは、食事。
 外国にたくさん行っているわけではないですが、行った先々で和食を食べたいと思うことは殆どありません。ロンドンでも、誘われない限り自分から日本食レストランに行こうとはあまり思いません。なぜなら、日本に帰ればいくらでも食べられるから、と。5月に行われたイギリスの総選挙の前まではそう思う理由を深くは追求しませんでした。
 そう、日本に帰れれば。日本に帰れることは、「必然」ではなく「条件」。でもその条件が絶対に実行されると思い込んでいた自分。身体的、経済的、はたまた国際政治的な理由で、もう二度と日本に戻れないとなったら、「イギリスで日本食なんて食べる必要なし」、なんていっていられるだろうか?いや、言っていられないでしょう。醤油一滴、海苔一枚を求めてのた打ち回るかもしれません。念のため、毎日このようなことを考えているわけではないですから。


 総選挙後、連立政権は年間の非EU圏からの「移民(高度技術者を含む)」の数に上限を設定する動きに出ています。他方、中には首を傾げてしまう理由もありますが(たとえば同性愛を認めない国から、それを理由にしてイギリスに難民申請すれば受け入れられることになった、と最近の報道で読みました)イギリスに押し寄せる「難民」の数は増えるばかり。

specialreports_2edb.UK Net Legal Immigration
(ネットから。こうやって見ると、21世紀に入ってからの増加が凄い)

ImmigrationGuardian.gif
(ガーディアンから)

6月に、ガーディアンに掲載された母国に戻ることも、イギリス社会に受け入れらることも拒否されたイギリスで暮らす難民たちの生活のレポートには、僕のたわごとなんて跡形もなく吹っ飛ぶほどの衝撃を受けました。

The asylum seekers who survive on £10 a week
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jun/16/asylum-seekers-survive-on-streets

 その前日には、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による、世界の難民数が掲載されました。

http://www.guardian.co.uk/news/datablog/2010/jun/15/refugee-statistics-unhcr


 世界の人口から見て、4300万人が多いのか少ないのか。その一例ですが、EU圏へ難民として受け入れられるためにイタリアへの不法入国を目指したにもかかわらず、マルタ共和国に漂着したアフリカからの難民と地元民との軋轢を報告したものです。

Joe Sacco: Not in my country A tale of unwanted immigrants
http://www.guardian.co.uk/world/interactive/2010/jul/17/joe-sacco-unwanted-immigrants

 イタリアへ難民が押し寄せているのは友人のブログで読んだ事があります(http://fumiemve.exblog.jp/8293859/)。が、そこに書いてあったにもかかわらず、地中海の小国、マルタでこのようなことが起きているとはしりませんでした。マルタといえば、エリザベス女王夫妻が新婚時代を過ごした思い出の島、また人気・実力が高まっているテノール歌手、カレイヤの出身地。そんなことしか知りませんでした。

Immigration2Italy.gif
(BBCから)

 今月上旬、6年ぶりに会ったオーストラリア人の友人からこんなことを言われました。

 「オーストラリアは金融危機にも巻き込まれなかったし、今は移民の数を規制しているから(本当かどうか、僕は知りません)、イギリスに疲れたらオーストリアに移住すればいいじゃないか。君は一応英語を話せるから、審査も他の英語を話せない移民よりは楽かもしれないよ」、となんとも呑気なこと。友人曰く、6年ぶりに戻ってきたロンドンで、中東から来たと思しき夥しい数の人々に愕然としたそうです。いつ、誰がどの機会に言ったのか全く思い出せませんが、「ユダヤを飲み込んだ中国ですら、ムスリムを手なずけることはできなかった」、という趣旨の発言の意味を反芻する機会が増えている最近です。
 更に、友人は続けて、「今でも見かけるけど、(オーストラリアで)日本人は少なくなったような気がする。どうしてだか、理由を知っているかい?」。とりあえず、不況だからと当たり障りのない返答をそのときはしました。そのあとに思ったことですが、よい意味でも悪い意味でも、国外でどれだけ同胞を見かけるかによって、その国は少なくともアクティヴなのかどうかが判るのでは、という気がします。
 
 ここまで、なんともネガティヴなことを書いてきたことは承知していますが、イギリスで暮らす一人の外国人、日本人として思うのは、異国に出てみるのは興味深い経験だと思います。現在、海外で暮らすことは、その準備段階ですでに高い高いハードルがあります。内向きになっていると称される現代の日本人の多くの方は、そんな苦労をしてまでと思われるかもしれません。でも、一度、自分が生まれ育った国を外から見てみることは面白いことでないかと、今、ようやく思います。それは、国外に出ることには限らないと思います。日本国内で、生まれ育った街を離れるのは大変なことでしょう。次元が違うだけで、そこで起こるであろう精神的軋轢、疎外感、でも新しい発見というものは、基本的に根元は同じなのではないかと思います。移民問題、外国人(よそから来た人という意味を含めて)とのコミュニケイションは、日本がこれ以上避けてはいられないことではないかと思います。

 書き終わってみると、やはり上っ面をなぞっただけのものになりましたが、世界を動かすひとつの要因は移民ということを書いてみるいい機会になりました。

移民という人種1:アメリカ・ウォッチ連動企画

2010.07.22
「移民」と「人種差別」という問題、というか社会現象については、思うこと、経験することはたくさんあるのですが、いざ書こうとするとミクロからマクロ、マクロからミクロへとさまざまなことが多層的に複雑に絡まっているので結局自分の言葉にならないままで終わりそうといつも思っていました。そんなときに、「アメリカ・ウォッチ」を主催する松尾さんから、できればアメリカに関連することをロンドン発で書いてみませんかというお誘いをもらいました。

アメリカ・ウォッチ
http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmblog.html

 原稿に書いたことは、専門家から見れば点でしかないかもしれません。また、僕が書けることは、僕自身がロンドンで経験すること、見聞きすることに限られます。ということで、あくまでニュートラル、且つ僕個人の考えとして、「外国人」として生まれた国の外で暮らす生活から感じることを。また、「移民」という概念を、たとえば、イギリスで働き、暮らすすべての日本人が共有している、とはいえないと思います。会社内の異動でたまたまイギリスに赴任している人、勉強のために留学している学生たちが、彼ら自身を「移民」とみなすことはないのではないかと思います。英語にしても日本語にしても、「移民」と「外国人」という言葉の捉え方、自分自身とその意味との関連付けは、ひとつの考え方で縛られるものではないと考えます。

 「アメリカ・ウォッチ」に移民問題について書こうと思ったきっかけは、記事の後半で触れたアリゾナ州の「SB1070」です。この州法について知ったのは一般のメディアからではなく、音楽雑誌出版社のロッキング・オン社のウェブからでした。この州法に反対してロック・ミュージシャンが立ち上がったというもの。名前すら聞いたことがない人もいらっしゃるかと思いますが、「今」のアメリカを代表するロック・バンドのひとつに、Rage Against The Machineというグループがあります。

Rage Against The Machine wallpaper 1 (8)

親が子供に聞いて欲しくないロック・バンドのひとつとしても有名かもしれません。音楽的には僕の範疇からは少し外れるのですが、ここのギターが好きなんです。で、バンドのヴォーカリスト、ザック・デ・ラ・ロチャが同法の廃止のために立ち上げたのが以下のサイトです。

http://www.thesoundstrike.net/


 で、このサイト立ち上げの際にザックが寄せた文章の中で以下のものが、個人的にとても衝撃でした。

When Rosa Parks refused to give up her seat, they arrested her. As a result, people got together and said we are not going to ride the bus until they change the law. It was this courageous action that sparked the Montgomery bus boycott. What if we got together, signed a collective letter saying, "we're not going to ride the bus", saying we are not going to comply. We are not going to play in Arizona. We are going to boycott Arizona!
(同サイトのプレス・リリースより)

 21世紀も10年を過ぎて、このような文章が「自由の国、アメリカ」から発信されるとは予想もしていませんでした。でも、アメリカだけではないでしょう。移民への偏見、それに伴う新たな人種差別意識(racial profiling)が21世紀のThe Second Decadeにどのように変化していくのか、というのが僕個人にとって移民という現象のマクロ的な事象を考える発端です。

Arizona immigration battle turns bitter
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/18/hispanics-flee-arizona-immigration-law


 日本で暮らしていたころは、「移民」という概念を自分の生活の一部として考えることは皆無でした。また、そのような機会がなかったといってもいいのではないかと思います。日本国内における「移民現象」である「出稼ぎ」を関連付けて考えることもなく、単に世界の「歴史」の一部としてしか見ることはなかったと思います。また、中学生、高校生のころに教えられたのは「人種差別」の歴史は白人と黒人のそれだけ、しかも黒人や白人も多種多様という事実を知ることはありませんでした。

 ロンドンに来てすぐに自分が「外国人」であることは実感していました。イギリスという国と、何のつながりもないわけですから。学生という身分だったころ、自分が「移民」として他者から見られることもありえることなど考え付きませんでした。そんな中で、「移民問題」を初めて自分の生活の一部として経験したのは、これだと思います。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-96.html

 ただ、このころは日本人コミュニティに属さず、また、ロンドンで知り合った友人も少なく、極端な話、社会との接点が希薄だったころなのでこれ以上のことを考えることはありませんでした。その後、カウンセリングの勉強を始め、ヴォランティア活動を続けていく中で、徐々に「ロンドンって、本当に多種多様な人種がいるんだ」という経験を積み重ねてきました。で、すでに何度も我田引水していますが、僕自身が「移民」として見られることを強烈に感じたのは、このときでした。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-50.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-70.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-71.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-72.html

 自分自身でこの点に行き着いたので、ショックを受けるなんてことはありませんでした。逆に、ワークショップや研修先で経験するレイシズムがもたらす影響や、どうして人は「外国人を差別するのか、するにいたるのか」を考え始めるきっかけでした。

もちろん、奇麗事だけではないです。実際は研修先で、初めて「外国人だから」と言う理由でクライアントから拒否されたときは、自分の存在って、何?、と。また、一般論としてですが、たとえば「白人VS黒人」の人種差別問題には、僕は加われません。当事者ではないのですから。石原慎太郎を倣えば、「三国人」であると感じます。同じ土俵に上がれないんですから。もう長くは表舞台にはいないであろう石原氏には、彼の人種差別発言は、回りまわって日本人にも戻ってくるということを知って欲しいものです。話しずれますが、人種差別を表す言葉といううものは、星の数ほどあるように感じた報道が、最近ありました。

Was it necessary to turn an insult involving coconuts into a criminal prosecution?
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/crime/7862137/Was-it-necessary-to-turn-an-insult-involving-coconuts-into-a-criminal-prosecution.html

 ブリストルの黒人女性が、24年前にイギリスに移住したインド人女性のことを、「ココナット」と呼んだことが人種差別に当たると。この場合、表は有色なのに、中は白い椰子のみになぞらえて、白人ではないのに白人の振りをするという人種差別語になるそうです。僕は、人種差別というよりも、マイノリティ同士が足を引っ張り合ってどうするのか、と脱力しました。

 続きます。

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