LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Royal Operaの記事一覧

ロイヤル・オペラ・ハウス公認ゲイム・アプリ

2011.11.11
友人にロイヤル・オペラ・ハウスから「i」プロダクトで遊べるゲイムが発売されたとの知らせが来たそうだ。

http://www.roh.org.uk/news/royal-opera-house-launches-a-new-game-the-show-must-go-on

http://www.roh.org.uk/


RoyalOperaGame.jpg

Royal Opera House launches a new game: The Show Must Go On

App features a number of mini games related to Royal Opera and Royal Ballet productions.

The Royal Opera has launched The Show Must Go On, a new game for iOS devices (iPad, iPhone and iPod Touch).

Ever wondered what it takes to create one of the magical stage performances at the Royal Opera House? The Show Must Go On puts the player in the shoes of an intrepid stage manager who has to cope with a string of back stage disasters.

Developed in conjunction with Hide and Seek, the app features a number of mini games relating to Royal Ballet and Royal Opera productions of The Marriage of Figaro, Carmen, Swan Lake and The Nutcracker. In the course of five mini-games the player has to manage lighting, props, set building, dressing the chorus and race against time to gather lost sheet music.


 このゲイムを遊べる製品には全く縁がないのでどれだけ暇つぶしになるのかわからないけど、トレイラーを見る限り、それほど難しいものではなさそう。これが大ヒットしたら、ロイヤル・オペラ・ハウスさん、チケット代を値下げしてください。

ロイヤル・オペラ:フィデリオ、指揮者トーク、オペラ作曲に挑戦企画

2011.04.17
天気がよすぎる。すなわち少雨の春で、農作物の生育に早くも影響が出ているらしいイギリス。程よい加減、ということはすべての事象においてイギリスには存在しないのではないかと、たまに思います。

 本題に行く前に。キャサリン・ミドルトンさんが独身最後の夜をすごすのは、ゴリング・ホテル。2010年1月に、このホテルでアフタヌーン・ティーをしました。時代の先を読む嗅覚(というか食欲)が鋭いと自画自賛したり。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1136.html

 本題。今週は、最近にしては珍しくロイヤル・オペラ・ハウスに3回も通うことになりました。3回ともまったく違った企画でしたので、短くご紹介。
 11日、月曜日にフィデリオの2回目。この日と最終日の16日の指揮者は、マーク・エルダー(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1353.html)ではなく、ロイヤル・オペラ・ハウス所属のデイヴィッド・サイラス。幸か不幸かこれまでサイラスの指揮には遭遇したことはありませんでした。この夜も指揮者の真後ろの席でした。サイラスの指揮への感想は、「もしかして、背中にぜんまいを巻く穴がありますか?」というように、矢鱈にカクカクした動き。これならパッパーノのうなり声のほうがまだいいかもと。
 指揮者への印象はあまり高いものではありませんでしたが、歌手陣が絶好調。初日にがっかりさせられたヴォットリッヒも、第2幕の第一声はちょっとかすれ気味でしたが、その後は調子を取り戻した上に声にこれまでになかった広がりが加わり、シュテンメとの二重唱には大感動。シュテンメにいたっては、彼女の声が持つ暖かさが、ロイヤル・オペラ・ハウスの隅々までいきわたるような豊かさに満ち溢れていました。

 14日。この日は日本支援のコンサートに行く予定でした。ところが、友人から「リンベリィでアントニオ・パッパーノ(ロイヤル・オペラ)、エドワード・ガードナー(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)、ヴラディミル・ユロウスキィ(グラインドボーン・フェスティヴァル・オペラ)というイギリスを代表するオペラ・ハウス、カンパニィで音楽を監督を務める3人によるトークというイヴェントに誘われました。もちろん、日本新コンサートのほうは払い戻しはしないでチケット代は寄付、別の友人家族が行ってくれました。
 3人の音楽監督の人となりは、こちらのブログをご参照ください。

http://ameblo.jp/peraperaopera/entry-10863623280.html


 1時間半、3人とも沢山話してくれたので全部は覚えていませんが、ガーディアン紙が録画していたので、こまめにチェックしていればご覧になれるかもしれません。個人的に興味が惹かれた点をいくつか。順序はばらばらです。

「音楽監督の役割について」
 パッパーノが長く演説したのは、現代のオペラ・カンパニィの音楽監督はもはや象牙の塔に閉じこもっていられることはないということ。いつかきちんと紹介したいと思っていることに、イギリスの名のあるオペラ・ハウスやダンス劇場がどのようにして裕福なフィランソロピストを惹きつけようとしているか、ということがあります。例えばロイヤル・オペラには、確か「マエストロズ・サークル」という名のシンディケイトがあります。これに年間ウン万ポンドを払った皆さんは、パッパーノのレクチャアを受けたり、一般には絶対に公開されない特別なリハーサルに招待されるという恩恵があります。
 パッパーノは、お金のことを切り離せるなんてことはない、この事実を受け入れないと、と強調していました。音楽監督の仕事のひとつは、フィランソロピストたちに、オペラの魅力、オペラがどのようにして作り上げられていくかを知らせることなんだ、とのこと。ほかの二人も大きくうなずいていました。

「世界のオペラ・ハウスの音響」
 これは、会場からの質問。三人がすぐさま、「ラ・スカラの音響は酷い」と異口同音に発言したのがおかしかったです。しばらく、この3人がスカラ座に招待されることはないでしょうね。

「批評家について」
 これも会場からの質問。間違いでなければ、ユロウスキィは、「マイスター・ジンガーのリヴェンジ云々」と。パッパーノの発言には僕も賛成です。パッパーノいわく、「多くの批評家が、公演が終わると、カーテン・コールを待たずに席を立つ。観客の反応を書いていないのはフェアではないと思う」。全国紙の批評家は顔写真が公表されているのでわかります。僕のこれまでの経験でも、彼らがカーテン・コールまでしっかり座っていたのを観たのはほとんどありません。
 一方で、ガードナーかパッパーノが言ったのか思い出せませんが、ニュー・ヨークに比べると、批評の数はロンドンのほうが多い、といっていたような。ガーディアンによるパッパーノへのインタヴューのリンクです。

Antonio Pappano: 'I didn't know what I was. Now I'm discovering my Italian roots.'

http://www.guardian.co.uk/music/2011/mar/13/antonio-pappano-interview-peter-conrad

Portrait of the artist: Antonio Pappano, conductor

http://www.guardian.co.uk/culture/2011/mar/21/antonio-pappano-conductor

 ユロウスキィが、オペラを作り上げていく過程を彼自身がお子さんの出産に立ち会った経験をメタファにして語った部分も大変興味深いものでした。

 土曜日、16日に再びリンベリィ・スタジオ劇場で観たのは、ROH2部門が毎年、通常のオペラ作曲家ではない音楽にオペラ創作を依頼する企画、「Operashots」の今年の2作品。ひとつは、もとポリスのドラマー、スチュアート・コープランドが曲・台本の両方を創作した「The Tell-Tate Heart」。もうひとつは、元The Art of Noiseのアン・ダドレィ(Anne Dudley)作曲、脚本がモンティ・パイソンの一人、テリィ・ジョーンズによる「The Doctor’s Tale」。どちらも、僕にとっては台本に問題ありでしたが、音楽はとても楽しめるものでした。

 コープランドが取り上げた物語は、エドガァ・ポォの「告げ口心臓」。僕は大学生のときに、予備知識がほとんどないまま「アーサー・ゴードン・ピムの物語」を原書で読むという、僕自身にとってとても無謀なゼミ(読みましたけどね)に参加して以来ポォには近づかないようにしてきました。なので、この話を読んだことはありませんが、大筋は知っていましたし、舞台を観てこれはオペラ向きの話であることには賛成します。問題は、コープランドの台本が弱すぎ。
 ありていに言えば、コープランドが創作した旋律はオペラとは断言しません。旋律の一つ一つはとても雄弁ですが、それが融合するというマジックは欠けていたかもしれません。それでも旋律が醸し出す雰囲気はとても可視的なものでした。ところが、物語は旋律が描くヴィジョンに追いついていけない、そんな印象が全体を通してぬぐいきれませんでした。
 最終日だったからか、コープランドも会場いました。さすがに元ポリス。多勢の人に囲まれていました。

 「医者の物語」は批評家の受けがよかったので楽しみにしていました。そして、こんな予想もしない機会に、改めて日本とイギリスの間に横たわる文化の溝の深さを実感しました。
 物語は、あるところにとても評判のいい医者がいる。患者には慕われ、尊敬され、診療予約は惹きもきらない。ひとつ問題が。それは、その医者は、犬である、と。
 これでどたばたの悲喜劇が繰り広げられるのですが、僕はずっと、「この馬鹿らしい話のどこかに必ず、寓話的、かつ道徳的な主題が隠されているに違いない」と神経を研ぎ澄ませて、一場面とも見逃すまじ。そんな僕をよそに、満員の会場をうめた9割以上のイギリス人の観客は爆笑に次ぐ大爆笑。
 終わってからも、この物語は何だったのだろうと思っているところに、イギリス人の友人を偶然見つけたので、「この話って、どんなメッセイジがこめられていたのか?」と尋ねました。答えは、「これは、ただの馬鹿らしい話じゃないか。これは単に、Sillinessなだけだよ」と。
 恐るべし、イギリス人、というかテリィ・ジョーンズ。オックスフォードまで出て、新作オペラの台本が、ただただ馬鹿らしさをこれでもかと散りばめただけなんて。同じくモンティ・パイソン出身のテリィ・ギリアムが来月、イングリッシュ・ナショナル・オペラで上演される「ファウスト」でオペラ演出デビュウを飾ります。行こうかと思っていたんですが、やめます。
 この企画は来年もあり、先日発表された情報によると、ウォーカー・ブラザーズ(懐かしい)のメンバーと、音楽を聴いたことはないですが、イギリスのポップ・バンドのひとつ、The Divine Comedyのフロント・マンが作曲するようです。

 数年前までは、このような新しいものには絶対に近づきませんでしたが、最近では自分自身のリアクションを観察するのが面白いです。また、きちんとした情報を集められれば書きたいと思っていることのひとつですが、異なる音楽分野で活躍する作曲家がオペラ創作に取り組むのはどうしてか、というのも興味があります。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1177.html
ルーファス・ウェイライトの「プリマ・ドンナ

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-846.html
デイモン・アルバーンによる「モンキィ

フィデリオ@ロイヤル・オペラ:真の愛は恐れず

2011.03.31
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(シュテンメとヴォットリッヒ。ガーディアンから拝借)

ベートーヴェンが作曲した唯一のオペラ、「フィデリオ」を初日となった3月29日にロイヤル・オペラ・ハウスで観てきました。2007年に上演されたときにはまってしまった状況はこちらをご参照ください。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-476.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-502.html

 予想はしていましたけど、チケットの売れ行きは芳しくなく、初日の数日前になってけちがついてしまいました。当初、今回の上演での指揮者はロシア出身のKirill Petrenkoでした。ところが、3月25日にロイヤル・オペラ・ハウスから届いたメイルで、背中の痛みで指揮ができずに全公演を降板。代わりに、マーク・エルダーが最初の4公演、残り2回をデイヴィッド・サイラスが指揮することになったというものでした。

Performers
Conductor:Mark Elder
Leonore:Nina Stemme
Florestan:Endrik Wottrich
Rocco:Kurt Rydl
Marzelline:Elizabeth Watts
Jaquino:Steven Ebel§
Don Pizarro:John Wegner
Don Fernando:Willard W. White


 2007年の上演時にも批評家受けはあまりよくありませんでしたが、今回は指揮者の急な交代もあってろくでもない評価だろと予想していましたが、その通りでした。いつも高い評価を得ているエルダーを準備不足で低く評価するのは、僕は的外れだと思います。大好きなオペラなので、オーケストラのそばで聞きたく平土間の最前列ど真ん中、まさにエルダーの背後でした。僕は指揮者の理解度、オーケストラとのインテグリティをどうこう言えるほどの知識は持ち合わせていません。でも、舞台上の歌手に細やかに指示を出すエルダーの指揮は大変好ましく移りました。
 もうひとつ批評家の槍玉に上がったのは、ユルゲン・フリムの演出。2007年の上演を存分に楽しんだ僕にも、フリムの演出はどうもオペラが描こうとしている本来の物語を十分に描ききれていないという印象が今回の上演で強まりました。苦難の果てにやっと巡り会えたレオノーレとフロレスタンが舞台の左右に分かれたままでその歓喜を歌い上げる場面の冷たさ。敵役のドン・ピサーロが最後に再び出てきて兵士たちにぼこぼこにされる場面は、リブレットに本当に書かれていることなのかどうか。

 今回の上演の最大の注目は、世界中で人気のスウェーデン出身のソプラノ、ニーナ・シュテンメがフィデリオのロール・デビューを果たしたこと。全体を通して、何度もエルダーのほうに視線を向けていたのは緊張の現われなのかもしれません。歌手にとっても、突然の指揮者の交代は緊張を強いられることなのかもしれません。だからなのか、シュテンメが舞台に登場してしばらくはガツンとノック・アウトされるような印象をもてませんでした。
 しかしながら、第1幕のアリア、そして第2幕では実力全開の歌唱。2007年のカリタ・マッティラの印象がいまだに強く残っているのでそのときほどの感動にはいたりませんでしたが、舞台栄えしつつ、かつこの難しい役をきっちり歌える実力のある歌手であると感じました。
 主要歌手陣で唯一のがっかりは、2007年にフロレスタンを演じたエントリーク・ヴォットリッヒ。声質は好きな部類なのですが、高音域になると喉が詰まっているのではといぶかってしまうほど広がりがなくて、オペラ・ハウスの上まで聞こえたのかどうか。レオノーレとの重唱はよかったのですが、ソロの部分でかなり不満が残りました。ただ、シュテンメの声との相性はなかなかだったので、二人ともすでにレパートリィに入れている「ナクソス島のアリアドネ」で聞いてみたいものです。
 逆に期待していなかった驚きは、ロッコを演じたクルト・リドル。見た目が悪役そのものなので、オペラ・ファンの間ではあまり人気は高くないかもしれません。でも、今回自分の信念を通すか曲げるかに苦悩するロッコを滋味豊かに表現していました。
 もう一人、ドン・ピサーロのジョン・ヴェークナァ。まだ世界にはこれほど達者な歌手が沢山いることを思い知りました。敵役とはこうあるべきと納得できるふてぶてしさ。ヴェーくなぁを含めて前回と違い、男性主要歌手がすべてドイツ語圏出身でそれぞれのドイツ語の響きが微妙に違って、聞いていて楽しめました。
 マルツェリーナを歌ったエリザベス・ワッツも好演。さらに、最後の最後で舞台を引き締めたのが、第2幕の最後にしか登場しないドン・フェルナンド役のウィリアム・ウィラード。たった十数分の役回りにもかかわらず、彼が歌いだすとエンディングに向けての高揚感が一気に凝縮される存在感を示していました。

 最初に書いたように、この「フィデリオ」はオペラ好きの間でもあまり評価・人気は高くないようです。僕は、このオペラの主題は、地震と津波、そして原発のトラブルで心も体も疲弊しきっている特に現在の日本に、そして日本人に生きていくうえで大切なことを暖かく語りかけるように思います。運命は過酷かもしれない。でも信念をあきらめなければ、いつか必ず、一度は失ってしまった何かを再び心の中に取り戻せるかもしれない、と。

アナ・ニコル:セックス、ドラッグ、そして人生

2011.02.18
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素晴らしかったのか、それとも圧倒されたのかは今でも判然としませんが、オペラという芸術の底力を実感してきました。演出に倣って、猥雑な表現が入ることを先にお知らせしておきます。

 ロイヤル・オペラは、若い聴衆を惹きつけるため、またはオペラを敬遠している人たちに、オペラは古臭い芸術ではないことを知らせるために、数年に一作の割合で新作を製作・上演します。21世紀に入ってからは、「ソフィーの選択」、「テンペストhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-260.html)」、そして「ミノタウロスhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-581.html)。
 そして、前回から約3年の歳月を経て世に放たれたのが、マーク=アンソニィ・タ−ネイジによる「アナ・ニコル」。題材が題材ということで、新年明けてからは頻繁に新聞各紙で取り上げられたこと、また主役のオランダ人ソプラノ、エヴァ=マリア・ウェストブルックが黒い悩殺下着姿で妖艶に微笑むポスターが功を奏したのか、全6公演が完売という、オペラに関してはコンサヴァな聴衆が多いと思われるロンドにしてはとても盛り上がっていました。
 まずは、周辺状況から。コヴェント・ガーデンに着いて何事?と思ったのは、オペラ・ハウスの内も外もアナ・ニコル(ウェストブルック)で埋め尽くされていたこと。外のポスターはいうに及ばず、ボックス・オフィスの壁、ヴィデオプロジェクタァ、ショップの前の壁。

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 ホワイエやフローラル・ホールのオブジェにはアナの顔がプリントされた紙袋がかぶせられ、オーディトリアム内もアナの顔、顔、顔。圧巻は、ショッキング・ピンクになっていたカーテンの上部に、アナの笑顔が燦然と輝き、その両脇には男性ボディビルダァが星条旗柄の女性ビキニをまとっている写真が。なんだか、ロイヤル・オペラ・ハウスがはじけていました。
 さらに、入り口近辺では数組のテレヴィ・クルゥがカメラを回していたこともあったからでしょう、オペラ・ハウス内の熱気と言ったら。一緒に行った友人のW夫人も、「もしかしたらとんでもない駄作で、休憩になったら聴衆の半分が帰ってしまうことだってありえるかもしれないけど、なんだかわくわくしてきたわ」、と。
 そんなことはおきなくて、インターヴァル中に景気づけにワインを飲んでいたら、ボーイ・ジョージ、ウィグモア・ホールの支配人、ヴィヴィアン・ウェストウッドと彼女の旦那等、著名人もちらほらと。ガーディアンが「C級セレブ」と書いたのはボーイ・ジョージのことかなと思います。
 個人的に面白かった経験は、作曲家のタ−ネイジと言葉を交わせたこと。第1幕が終わり、席を立って階段のところまで行くとなんだかつい今しがた見た感じの顔が目の前に。第一幕が思いのほか楽しめたこと、一幕の段階でブラヴォーが飛び交うなどして僕自身もちょっと高揚していたとはいえ確認せずにいきなり、「The music is superb! You have done very well」といったら、にっこり笑って「Thank you, I hope you will like the second act too」。日本にいたころはこんな図々しい性格ではなかったのに。

Anna Nicole

Composer:Mark-Anthony Turnage
Librettist:Richard Thomas
Director:Richard Jones
Set designs:Miriam Buether
Costume designs:Nicky Gillibrand
Co-Lighting Designers:Mimi Jordan Sherin、D M Wood
Choreographer:Aletta Collins


Performers

Conductor:Antonio Pappano
Anna Nicole:Eva-Maria Westbroek
Old Man Marshall:Alan Oke
The Lawyer Stern:Gerald Finley
Virgie(アナの母親):Susan Bickley

(ほか多数)

 ストーリィ。テキサスの片田舎に住むアナは、金持ちになること、有名になることを夢見ている。そのために豊胸手術を受ける。手術のためにその後死ぬまで背中の痛みに悩まされるが、89歳の石油王と巡り会い、結婚にこぎつける。幸せの絶頂のアナ(第一部)。
 結婚後のパーティの最中にだんなは急死する。アナは、彼が遺言を残していなかったことを知らなかった。痛み止めを飲み続けるアナ。彼女の弁護士であり恋人であるスターンは、彼女の出産シーンを写す権利を売ることをもちかける。無事に女の子が産まれるが、代わりに彼女の最初の子供、ダニエルがオーヴァードーズで死ぬ。生きる意志を失ったアナは、最後のキスをアメリカに贈った後、この社会から去る。

 物語自体は、多くの人がタブロイドなどの報道で知っているアナ・ニコル・スミスの実際の人生からかけ離れたものではないように感じました。第一幕でスコーンと突き抜けたカラフルだけど空っぽの人生を描いた後に続く第2幕は、サイコロジカルな面ではとても悲しいものでした。リブレット(台本)は秀逸でそとても心を動かされました。
 タ−ネイジには音楽が素晴らしいといってしまいましたが、旋律、何一つ思い出せません。ジャズが練りこまれるなど、純粋に「オペラ」を望んだ人にはちょっときつかったかもしれません。でも、第2幕でジャズのスリー・ピース・バンドが舞台に現れます。そのベイスが、もとレッド・ツェッペリン、現Them Crooked Vulturesジョン・ポール・ジョーンズ。まさか、ジョン・ポール・ジョーンズを生で、しかも彼の演奏を目にすることができるなんて。
 このオペラの素晴らしいのは、総合芸術として、本当に良く練られていたこと。放送禁止用語は次から次に出てくるし、隠されているとはいえ、アナが89歳の旦那にフェラティオする場面(行為後に、口の端をティッシュでぬぐうのでそれと判る)があるなど、普段のロイヤル・オペラ・ハウスでは遭遇できないことが盛りだくさん。
 このオペラが、古典オペラのように長く残るかどうかはわかりません。終演後に考えたことのひとつは、まるで花火みたいなオペラ。打ち上げられて夜空にその光を広げたせつな、人は誉めそやす。でも、消えてしまえば誰の記憶にも残らない。
 それこそ、アナ・ニコル・スミスの人生そのものだったのかなと。このオペラが作られることがなかったら、アナ・ニコル・スミスのことなんて思い出すことすらなかったでしょう。不遇にある女が金と権力、そしてセックスでのし上がるものの、結局力尽きて死んでいく。「マノン」だって「椿姫」だって同じ。ですから、オペラの題材として、アナ・ニコル・スミスは最適だったのだと感じます。
 「マノン」や「ラ・トラヴィアータ」のように多くの人に望まれるオペラになるかどうかは判りませんが、「アナ・ニコル」がさらに印象深いのは、舞台上で語られるアナの人生が、21世紀に生きる僕たちの社会と鮮烈にリンクすること。セレブリティ文化を旺盛に消費するも、心を満たすものは何もない。オーヴァードーズで死んだダニエルが歌うアリアの歌詞が凄まじいです。彼が多用していた20種類ものドラッグの名前だけ。

 第1幕のコーラス、第2幕の擬人化したテレヴィ・カメラのムーヴメントなどは細かいところまで丁寧に作り上げられていました。歌手陣は端役を含めると沢山いるのですが、主要4人が素晴らしかったです。
 狂言回しのようなアナの母親を歌ったスーザン・ビックリィはもしかしたらほかの演目で聞いたことがあるかもしれません。今回の舞台から受けた感銘で、彼女の歌唱と演技はそう簡単には忘れられないです。
 スターンを演じたフィンリィは、歌手としては彼の実力を存分に発揮できる役ではなかった印象があります。一方で、絶対に歯の白さを協調していたはずで、そのきらりと輝くだけの歯が妙に脳裏に焼きついています。カナダ人ですけど、なんだかとてもアメリカンでした。
 89歳のマーシャルを演じたアラン・オークの実年齢を知りませんが、アナとは別の意味で、欲望の塊であるマーシャルを怪演していました。たとえば、歌っていても演技していても、彼の右手の震え、というよりも痙攣が止まることは全くありませんでした。歌も素晴らしかった。オークの歌、演技を眼にするのは今回が初めてでしたが、ENOで高評価だった彼のガンジィを見ておけばよかった。
 しかしながら、このオペラを成功に導いた最大の功労者は、エヴァ=マリア・ウェストブルック。歌手として、俳優として最高の表現者でした。初演前の報道では、役作りに悩んでいるなどとありましたが、舞台にいるのはアナ・ニコル、その人。母親としての悲しみ、一人の女としての苦悩、そしてアナ・ニコルという人物がいたことが聴衆にそして演じる彼女にどんな意味があるのか、それを見事に伝えていました。
 彼女に送られた拍手がそれを物語っています。カーテン・コールでそれぞれの出演者にも大きな拍手は送られていました。が、ウェストブルックが出てくるいなや、平土間から最上階までスタンディング・オヴェイション。花束を贈られた彼女は一瞬泣くかなと思われましたが、最上級の大きな笑顔で応えていました。

ROH17Feb11a.jpeg

 評価は割れていますが、全国紙のすべてが今日、18日にファースト・ナイト・レヴュウを掲載していることから注目度の高さが伺えます。

Anna Nicole, Royal Opera House, review
http://www.telegraph.co.uk/culture/music/opera/8331452/Anna-Nicole-Royal-Opera-House-review.html
(テレグラフ、☆5)

First Night: Anna Nicole, Royal Opera House

http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/theatre-dance/reviews/first-night-anna-nicole-royal-opera-house-2218425.html
(インディペンデント、☆5)

Anna Nicole - review

http://www.guardian.co.uk/music/2011/feb/18/anna-nicole-review
(ガーディアン、☆2)

 評価が割れるということは、それだけ語られるべきことがあるオペラであること。再演されるかどうかはわかりませんし完売しているので、リターンを見つけたら即クリックをお勧めします。23日と26日にカメラが入るらしいので、DVDの発売もあるのではと予想します。最後につけたしです。W夫人とあれこれしゃべりながら入り口ホールを歩いていたら、女性レポーターに「オペラの感想を訊いてもいいですか?」と。どこかのテレビのニュースで、変な日本人が変な英語で答えている映像が流れているかもしれません。

アナ・ニコル、写真速報

2011.02.18
昨日、2月17日にロイヤル・オペラ・ハウスで世界初演となった「アナ・ニコル」の舞台写真をガーディアンから拝借。

Anna Nicole - opera
http://www.guardian.co.uk/music/gallery/2011/feb/18/anna-nicole-opera#/?picture=371858020&index=0

Anna-Nicole-opera-013.jpg
手術前。

Anna-Nicole-opera-008.jpg
手術後。

Anna-Nicole-opera-009.jpg
I got a rich man!

Anna-Nicole-opera-007.jpg
後ろの尿袋には気づかなかった。

 詳しい感想は後ほど。一言書いておくと、

Fantastic!!!


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