LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
Home未分類 | Dance | Sylvie Guillem | Royal Ballet | Royal Opera | Counselling | Sightseeing | Overseas Travel | Life in London(Good) | Life in London(Bad) | Japan (Nihon) | Bartoli | Royal Families | British English | Gardens | Songs | Psychology | Babysitting | Politics | Multiculture | Society | Writing Jobs | About this blog | Opera Ballet | News | Arts | Food | 07/Jul/2005 | Job Hunting | Written In English | Life in London (so so) | Speak to myself | Photo(s) of the day | The Daily Telegraph | The Guardian | BBC | Other sources | BrokenBritain | Frog/ Kaeru | Theatre | Books | 11Mar11 | Stage | Stamps | Transport | Summer London 2012 | Weather | Okinawa | War is crime | Christoph Prégardien | Cats | Referendum 23rd June | Brexit 

2000年05月の記事一覧

イタリアから戻った日、ロンドンは土砂降り

2000.05.08
親愛なる皆さん、

 おはようございます。勝手に送りつけておきながら、勝手に3週間も送らなかったのは、イースターを利用してイタリアに行っていたからでした。今まで以上にお気楽な内容(かつ長いです)になることが予想されますので、そんな気分で無い方は、閉じていただいたほうがいいかもしれません。

今年のイースター休暇は4月ということで、イギリス人の友人たちが予約して、直前まで自分がどこに行くのだか全く知らないまま(試験があったもので)、はじめてイタリアの地を踏みましたが、ガトウィックからたった2時間のフライトで、どうしてこんなにも全て魅力的なのか、正直、ロンドンに戻るの辛く、心のそこからロンドンがイタリアの首都であったらと、今でも思っています。

 地図で言うと、ナポリのやや下、AMALFIというところに滞在しました。有名なリゾートなんだそうですが、見た感じ、熱海のような地形、といえば日本の皆さんには想像しやすいと思います。断崖が海岸の際までせり出し、その険しいがけの少ない平坦な土地にへばりつくように民家が軒を並べているようなところです。AMALFIを中心に、南北の海岸線にいくつかと、AMALFIの後ろ側に小さな村があり、それぞれがこじんまりとしていて田舎のリゾート、といった感じです。僕は、ほぼ食べることで十分に雰囲気を満喫しましたが、友人が持っていたガイドブックでは、その急峻な山道がウォーキング愛好者には有名で、全ての道から美しい海岸線や、谷間の小さな村が眺められるそうです。他の村には、AMALFIからSITAバスというローカルのバスを使って移動します。海岸線の道路では、「どうしてこんな道をこんな大きなバスが曲がれるの」と驚くほどのドライヴィング・テクニックを満喫すると同時に、息を呑むほど美しくも一寸怖い絶壁の風景を楽しめ、山間の村へのルートでは上から眺めるAMALFIの街と海と谷間の美しさに目を奪われたままでした。また、海岸沿いの町へは、船でもいけるので、この海からの眺めもまさしくbreathtakingです。行きはバス、帰りは船というのが理想的な観光ルートでしょう。夕方の道路は、ローカルバスと観光バスと車と雲霞のごとく現れるスクーターの群れがまぜこぜになり、特に今回はEasterMondayということもあったのでしょうが、通常1時間弱のSarelunoから7時間もかかった方がホテルにいました。イタリア人の皆さんが、もう少し遠慮するとか、譲り合いの精神を持っていたらあのカオスのごときすさまじい交通渋滞はなくなりはしないだろうけど、少しは改善されると思うんですけど、無理でしょうね。

 AMALFIはこのエリアの中心ということで、町の中心にDUOMOがあり、ちょうどイースターだったのでMASSというカソリックの催しが厳かに行われるなど、はなやかです。当然、イタリア語は話せませんが、英語よりもドイツ語のほうがはるかに通じるようで、レストランとホテルとカフェ以外では全くコミュニケーションが図れませんでした。が、これはイギリス人、アメリカ人観光客も同様で、あちこちで英語が通じない事実に呆然としている彼らの姿を見かけました。たぶん英語が万能でない現実からのフラストレーションからでしょう、彼らにとってはおなじみの日本人である僕に、話し掛けてくるのが多く、かつ、このつたない英語を誉めてくれるのでいい気持ちでした。その日本人を始め、アジア人がほとんどいないので、僕は僕で、久しぶりに露骨にローカルの皆さんから見つめられる体験をしました。また、見たことが無いからこそ、日本人という発想が湧かないらしく、ポンペイ・ベスビオ火山に行ったときなど、最初、アメリカ人に間違われ、ついで、これはからかわれたんだと思いますが北部イタリア人といわれ、最後にドイツ人かと尋ねられたとき、思わず、「そうだ」といってしまいました。

 印象に残ったことなど。まず、当然ながら、ご飯。美味しい、そして安い。初日に、何の目的も無く山間のPogerolaという小さな村に行き、見つけたオステリアで、パスタ一皿がロンドンの2倍の量を始め一人3種類の料理とワインを飲んだにもかかわらず、一人平均8ポンド。ここ、たしかRespoliという名前で、テラスからのあまりにも前日のロンドンからかけ離れた眺めに呆然としてしまいました。どこ行っても何でも美味しく、安く、滞在している間中毎晩、食べつかれてぐっすり寝ていました。訪れた村の中では、これも山間にあるRavelloという街からの眺めが、magnificent です。特に街の左側から眺める海岸線が美しいんですが、どうやらリチャード・ブランソン(ヴァージン・グループの総帥、今年ナイトの称号を獲得)がお気に入りのようで、大きなホテルの計画が持ち上がっているそうです。ここは、栗の収穫地としても有名だそうで、10月には栗を使ったリキュールやお菓子がたくさん出回り、お祭りもあるそうです。ベスビオ火山、入り口で親切そうな親父が、坂が大変だからこの杖を持っていきなと渡されたんですが、これはぼられました、気をつけましょう。ぼられたからではありませんが、ベスビオは、富士山がある日本人には無用だと思います。最終日のお昼に、AMALFIで一番豪華なホテル、Hotel Santa Caterina に行ってお昼を食べました。まだまだバブリー。値段はやはり一番高かったですけど、しつこいですが、美味しかった。The Leading Small Hotels of the World のメンバーだそうですから、資金に余裕のある方にはのんびりリゾートを楽しめるホテルだと思います。友人が、東京から来た旅行ライターとメートルに言った途端、サービスがさらによくなったのはご愛嬌でしょうか。ロビーには、1992年にこのホテルを訪れた、まだ初々しさが残るヒラリー・クリントンの写真が飾ってあって、現在とのあまりの表情の違いを楽しめます。http://www.hotelsantacaterina.it

 AMALFIには鉄道がありませんので、行くには、ナポリからバスかタクシー、もしくは、ナポリからサレルノまで鉄道、そして船というのが簡単です。今回は、旅行会社のお迎えがあったので楽でしたが、個人では大変かもしれません。個人だとホテルも高いし。今回はあるツアー会社を利用して、往復の飛行機、朝晩ついて7泊で、東京往復より安かったです。

 蛇足。夏時間も経験し、ロンドンにも慣れたかなと思っていたにもかかわらず、帰ってきてから3日間、たった1時間の時差にもかかわらず、時差ぼけに悩まされてしまいました。



Amalfiはイギリス人にとって、今でも人気の高いリゾートの一つ。あれだけ太陽が燦燦と輝いているのであれば、行きたくなるのも当然でしょう。
スポンサーサイト
Template by まるぼろらいと

Copyright ©LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン All Rights Reserved.