LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2002年01月の記事一覧

散財

2002.01.22
親愛なる皆さん、

 おはようございます。いかがお過ごしでしょうか?24日に筆記試験が終わるまでは長いメールはやめよう、と固く誓ったんですが脳みそがほかのことを考えて欲しい、と訴えているようなので、いつものごとく勉強をほっぽらかして、如何にロイヤルオペラ・バレエで散財しているかを書きます。

 昨年9月から始まった今シーズン、オペラはヤナーチェクの「ジュニファ」、ハイドンの「哲学者の魂」(観ることが出来て、超幸せでした)の二つ、バレエは「ドン・キホーテ」と「オネーギン」のこれまた二つだけ。ルチアーノ・パヴァロッティ、ロイヤルでの最後と噂されていた「トスカ」はあえなく抽選もれ、これは盛り上がっていました。バレエに関しては、御大シルヴィ・ギエムが日本縦断興行をしていたので、去年の夏以降、今ひとつピリッとしませんが、今週の土曜日、久しぶりに彼女がロイヤルで踊るので、非常に楽しみです。

 これからの予定。そのギエムのプログラムを含むミックスプログラムを今週土曜日、来週の月曜日は昨秋、日本でも大評判だった(そうですが)ブリン・ターフェルの「ドン・ジョヴァンニ」、来月日本に一時帰国してロンドンに戻った翌日の土曜日ヴェルディの「アッティラ」、その翌週の火曜日バレエの「ラ・バヤデール」、3月以降のオペラはベッリーニの「夢遊病の女」、「イル・トロヴァトーレ」(ヴェルディ)とシュトラウスの「ダフネ」、バレエはミックスプログラム三つと「ジゼル」と「ロメジュリ」、抽選でもれたアラーニャ・ゲオルギューご夫妻によるプッチーニの「ラ・ロンディーヌ」は一般売りにかけます。でもって、一昨年の秋6時間もロイヤルに居る羽目になったリヒャルト・ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は考慮中。

 個人的には、今シーズンはオペラより、バレエ。というのも、昨年、バレエの監督交代してから、何処からともなく「シルヴィ・ギエムがロイヤルを退団する」、という噂がたち始め、万が一ということもあるので、その前にたくさん見ておこうと思っています。目玉は春のミックスプログラムで彼女が踊る、マッツ・エックという振付家による「カルメン」。この振付家「眠れる森の美女」のオーロラ姫を十代の未婚の母親にし、「白鳥の湖」では女性にはげのかつらをかぶらせるなど、とんでもないことをしているのでどんなに凄い舞台なのか、楽しみです。今年の6月、確かロイヤル・バレエは日本で公演をするはずだったと思います。ギエムの他にも、日本人プリンシパルの吉田都さん、飛ぶ鳥を落とす勢いの二十歳の天才アリーナ・コジョカルなど、かなり高水準の舞台を見られるのではないかと思います。

 あ、ほっとした。「何してんだ」、とお叱りの声を頂きそうですが、これはこれ、勉強は勉強、ということで。


結局、ロイヤル・バレエの日本公演は2005年になりました。
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イスラム理解への一歩、でも道は遠し

2002.01.07
で、前述のガイド、大学でエジプトロジストになるべく勉強したそうですが、三人の偉大な先達が居るということで、諦め、現在、自分で会社を起こすべく奮闘中とのことでした。彼との会話、主にイスラムに関することを尋ねたんですが、まるで教室でレクチャーを受けているくらい、面白いものでした。

 最初は宗教のことから話し始めたんですが、彼曰く、東洋、西洋の宗教の文献を読んで到達した彼の意見は、全ての宗教はthe name of Godであると。そんなことこの国で言っていいのか聞いたところ、勿論不可能とのこと。彼自身は敬虔なイスラム教徒で、彼が常に教義にのっとって実行しようと勤めていることは to be good to people だそうです。まさしく質疑応答でしたが、彼は頻繁に respect を口にし、これがイスラムの基本であるし、残念ながら多くのイスラム教徒がこの点を忘れかけているとのことでした。
この後、アメリカ批判に流れてしまったんですが、この時点で思ったことは、僕が得ていたイスラムに関する情報が如何に乏しく、また如何にアメリカ・ヨーロッパのメディアにバイアスをかけられていたか。同時に、イスラム諸国の人が得ているアメリカに関する情報はイスラム内の情報に過ぎない、ということです。このギャップを埋めるのは、現時点では、難しいことでしょう。西洋における人権と、イスラムでの人権に関する思考プロセスの違いなど、彼がどれだけ本気で語って居たかは正直判りませんが、知的好奇心をかなり刺激されました。

 神殿や遺跡での彼の説明を聞いて思ったことは、彼がエジプトを誇りに思っていること。例えば、現在ナイルはかなり汚濁しているが、ナイルに問題はなく、ナイルの偉大さを忘れてしまった自分たちに問題があるとか。他に、現在エジプトでは学校施設が少なく、ある生徒は毎日午前7時から12時まで勉強して帰宅、ある生徒は午後3時から夜8時まで勉強、という具合に施設を活用して、どうにか就学率を維持しているなどエジプトが現在抱える問題などもほんの少し知ることができました。最後に、彼に「You love your country, don't you?」、と尋ねたら一瞬驚いたようで「そんなこといわれたことないけど、その通りだ」、といって握手もとめられて、終わり。

 多分、最初のイスラム教諸国がエジプトだったのは幸運だったと思います。これがアジアのイスラム教諸国とかだったら全く違った印象をもってしまったかもしれません、多分。

 いくらでも書きたいんですが、皆さんもご多忙だと思いますのでこの辺で。



今思い返しても、ルクソール滞在は面白かった。紅海のリゾートホテルで爆弾テロがあったりと、完璧な安全は保障されないけど、機会があったらもう一度行ってみたいものです。

ナイル川クルーズ

2002.01.07
12月中旬から丁度2週間、エジプトに行ってきました。この時期にイスラム諸国に、と驚かれましたが、いい経験でしたし、ほんの少しだけ、イスラムについて理解できた気がします。が、まずは、観光の話を。

 ルクソールに到着してすぐ、ナイル川をアスワンに向かって遡上する船に乗り込み途中どこかに一泊し、アスワンに二泊、すぐにルクソールに戻るというものでした。快適な旅でしたが、昼間は何処そこの遺跡を観にいく、ということで船は常に夜に目的地に向かい、昼間、動いている船から景色を楽しむ、ということがなかったのが残念です。

 このクルーズに同行したエジプト人ガイドが素晴らしく、彼の説明で、いっそうエジプトの豊かな歴史を味わうことができました。どのようにヒエログリフを読むのか、どの時代の遺跡はどの文化に影響を及ぼしているのかなど、通り一遍の観光ではわからなかったであろう、歴史の奥深さを感じました。丁度、サイモン・シンの「暗号解読」の原書を持っていったんですが、ヒエログリフが如何に解読されたかまで読んでいなくて、そこまで読んでいたら、もっと楽しめたことでしょう。
個人的には、アブシンベル神殿の壮大さ、雄大さ、そして美しさに圧倒されました。ここにはスケジュールの都合で2時間弱しか居られず、もし叶うなら、もう一度行ってみたいです。多くの神殿は昼間だけでなく、夜も公開されていて、ライトアップされた神殿はまた別の美しさを見せていて、飽きることがなかったです。アスワンのフィレー神殿にいったとき、丁度半月だったんですが、人工の照明と、月明かりに浮かび上がった神殿は幻想的でした。テロの影響で大打撃とはいえ、ナイル川は忙しく、先月は約250隻のクルーズボートが行き交いしていたそうです。

 船をあがって残り一週間はルクソールに泊まり、市内をのんびり観て回りましたが、物売りのしつこさにはうんざりしました。彼らの生活が掛かっているのは理解できますが、余りのしつこさに何人かのイギリス人は恐れをなしてしまったくらいです。ただ、押しなべて日本人には親切な感じでした。これは数年前にエジプトを席巻した「おしん」の影響でしょう。その他、エジプトの歌謡曲(かな)も、どこか哀愁を帯びた感じで親しみを覚えるし、遠いですけど、結構日本人にはなじめるかもしれませんね。ロンドンから較べればご飯も美味しかったし。ただ市内で外国人が食事を楽しめる場所は少なく、食事は大体ホテル内のレストランで済ませました。面白いことに、あるホテルには和食レストランがあり、ロンドンでも滅多に行かないのにエジプトで食べる和食、というのも乙なものでした。真っ当な日本食ではありませんでしたけど。
ルクソール滞在中の白眉は、12月31日にファルッカという小型の船に乗って、2001年最後の夕陽をナイル川から見ながらアフタヌーン・ティーを楽しんだことでしょうか。本当に、美しゅうございました。後は個人的にどうしても欲しかったガラベーヤという、だらっとした長い服、買っちゃいました。どこできるか、考慮中。

 堅い話は、もうひとつに。

松が明ける前に

2002.01.07
親愛なる皆さん、

 新年明けましておめでとうございます。本年も、皆さんにとっていい年であることを、相変わらず曇天の続くロンドンよりお祈り申し上げます。

 年末年始、ヨーロッパは大変寒かったそうですが、エジプトで太陽を満喫していました、そのいつにも増して長いメールは、この後もれなく皆さんの元に届くはずですので。

 ユーロ導入の話は皆さん、既にたくさん情報を仕入れていることと思いますし、相変わらずイギリスでは参加・導入に関して全く盛り上がっていません。盛り上がっているのは、新年早々、またも鉄道労働者が大規模なストライキを、週末をはさんでほぼ一週間行うなど、生活の不便さは変わらずです。今年はエリザベス女王の即位50周年記念で、一年を通してたくさんのイヴェントがあり、海外からもたくさんの旅行者を見込めそうなのに、肝心の公共交通機関がこれでは。

 今日、日曜日の新聞で見つけた、個人的に大いに盛り上がった話題。イギリス南部のコンウォール、デヴォン、およびオックスフォードの警察官がこの冬、警邏中に無粋な防水・防寒のブルゾンの代わりに、昔ながらのケープをまとい、これが一般市民に親しみをもたれている、というもの。何人かの方はご存知かと思いますが、昔ウィーンで狩猟用のマントを購入して以来、2着目のマント・ケープを探しているんですが、ここロンドンでもケープはほぼ女性向のものしかなく、いつも「男性だってケープを着たいんだぞ」、と思っていました。ローカルな話題ですが、これで男性用のマント・ケープも市民権を得て、次の冬にはアクアスキュータムあたりが売り出してくれると嬉しいです。

 休みボケで英語も日本語も乱れています。来週からは筆記試験、それが終わったら、ほんの少し日本に一時帰国し、すぐさま次のターム、と一応学生生活はまだ続きます。本年も、いろいろ駄文をお送りするかと思います。いつも送りつけるばかりで返事を出すことが減っていますが、頂いたメールは明日への活力になっております。では。



2004年の初秋の、女性の必須アイテムは「ポンチョ」。寒くなるのが早いロンドンでは速攻で廃れました。
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