LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2003年10月の記事一覧

エンタメと今月の記事

2003.10.30
親愛なる皆さん

 こんにちは、これまで引越しは何度か経験しましたが、何でこう後からあとから、「何これ?」っていうものがでてくるのか。シンプルな人生を目指さないと。

 終わりそうで続いている趣味のお仕事、今回はどうしても掲載して欲しかったので嬉しいです。というのも、1993年1月、初めての海外旅行でウィーンに行った目的がこれを観ることでした。ちなみに元原稿にある「ロイヤルの意地」は、往年の名ソプラノ、ジョーン・サザランドが世界的な名声を獲得したのがロイヤルでのこのオペラの成功によるものだからです。引越しで幾つかエンタメをキャンセルしたんですが、これは行くのが楽しみです。

 今月はバルトリのコンサートが白眉でしたが、他にロイヤル・バレエの「ラ・バヤデール」と、Mercadante(ご存知の方居ます?)の「アンティオキアのエマ」のコンサート形式のオペラ、それとロイヤル・オペラで「オルランド」を2回、ちなみに2回目はご招待でした。
 まずバレエ。バッセルの手術の回復が思わしくなく、急遽シルヴィ・ギエムが代役、なんてことを期待して購入したバッセルの日。まさかご懐妊で降板、ということは想像していませんでした。代役のキーロフ・バレエの方は全く僕の趣味ではなかったので敵役を踊ったロイヤルのセナイダ・ヤナウスキーについて。彼女、本当に巧いし、一幕物のコメディエンヌ・シリアスな役をいつも高水準で演じ批評家・観客から善い評価を得ているんですが、全幕物の主役はこれまで「白鳥」だけ。何故なら、身長が173cmもあるから。2週間前の全国紙に彼女のインタヴューが載っていました。曰く「マノン、ジゼル、キトリを踊りたい、何度もお願いしているけど叶わない。もっと背が低かったら」、と涙なくしては読めないものでした。引越しが済んだら絶対に励ましの手紙を書くつもり。
 「オルランド」は、イギリス人メゾ・ソプラノのアリス・クーツのロイヤルでの主役デビューだったんですが、批評家から酷評されていました。初日を観た時は素晴らしいと思ったんですが、2回目を観て彼らが感じた違和感がわかったような。2回目、そのアリスさん、風邪で降板、王子役だったアメリカ人カウンター・テナーがオルランドを唄いました。素晴らしかったです。元はカストラートのためのパートだったそうですが、結局メゾには低すぎたみたいです。驚いたのはカウンター・テナーの方もコロラチューラができるんだ、ということ。勝手に女性だけしかできないと思っていました。
 最後は「アンティオキア」。まずこの作曲家については何も知りません。が、ロッシーニとドニゼッティとヴェルディを足して5で割った感じ。しかも、半数以上のアリアの終わり方が、まんまロッシーニでした。コンサートはOpera Raraという結構マニアックな会社主催によるもので、これに引っかかったのは宣伝文句でした。「Cult Diva, Nelly Miricioiu; Bel Cant Master, Bruce Ford」、なんかオペラがサブカルチャーの一つになった感じがしたんですが。まぁ、面白かったです、滅多にお目にかかれないオペラであることは間違いないし。変だったのは、ステージにいる歌手がすわる椅子の下にミネラルウォーターのボトルが置いてあって、唄っていないとき、女王の如きドレスをまとったNellyさんやタキシードのFordがごくごく水を飲んでいる姿は、異様でした。で、誰かがキャップを落とすだろう、と思っていたらNellyの恋敵を唄った若いイタリア人ソプラノが、よりによってお局Nellyが歌っているときにやりました。絶対後でいびられたと思うな。
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引越しのお知らせと質問

2003.10.27
親愛なる皆さん

 大多数の皆さん、おはようございます。今更の夏時間が終わったロンドン、天気は素晴らしいですが、かなりの冷え込みです。

 合格した大学院がパート・タイムであり、まともな滞在ヴィザの更新もできたし、仕事も探しつつあるのと他に細かい条件が重なり、このたびロンドンに来て以来ずっとお世話になっていた友人の大変居心地のいいフラットから、少々ダウングレードする引越しをすることになりました。今度もある家族のフラットの一部屋を借りるんですが(こちらで言うところのベッドシット)、家主がかなりボヘミアンな方で、上手くやっていけるかどうか一抹の不安はあるものの、今までとは違ったロンドンでの生活をはじめます。実際移るのは11月1日からですが、驚くことに既にブリティッシュ・テレコムが電話の工事を何一つ問題を起こすことなく終わらせました。良かった。

 で、質問がありまして、ご存知の方ご教示いただけると助かります。これを機に、日本同様安売りが激化しているので、ブロードバンドを使おうかと考えています。ただ、日本に戻ることを考えてソネットのアカウントを残し、且つ新しいメールアドレスにした後も一つのアウトルックエクスプレスでメールをまとめたいんですが、どうやれば善いんでしょうか?実はコンピューター初心者であることがこれで白日の下に。

 大学院は漸くなれてきた感じです。以前も書いたと思いますが、カウンセリングを理解するために個人セラピーを受けるのが必須になっています。2週間前まではかなり焦っていて、カウンセラーになるためにあれもこれもと、かなりとっ散らかった感じだったんですが、プロのセラピストに会うたびに思うのは、人に聞いてもらうのって、気分がすっきりして何をやるべきかがはっきりする感じです。とりあえず、一つヴォランティアが来週から始まるし、もう一つのほうはトレーニングが佳境に入ってきた感じだし、カウンセラーになる道のりは改めてまだまだかなり長いんですが、何とか歩きとおせれば、と思っています。

 辛気臭くなったので、最近の大きな違和感。いつからなのか、何故だか理解する気も起きませんが、ロンドンの10代を中心に赤ん坊がする「おしゃぶり」が、流行っているようです。バスの中で、地下鉄で、歩道で男女を問わずおしゃぶりをしている姿は、哀れにしか映りません。そういう若者を不思議そうに眺めている幼児の正直な、そして残酷な視線のほうが正しい、と思います。

 誰か、真っ当な鰻丼を輸出してください。

タキシードは着ませんでした

2003.10.17
バルトリのコンサート、行ってきました。素晴らしかったです。

 でもですね、内容はリリースしたばかりの「サリエリ」からは一曲もなく、ハイドン、モーツァルト、ロッシーニのオペラからのアリアばかりでした。事前情報では歌う、ということだったんですが、大半の聴衆もかなり期待していたはず。新しいCDでの歌唱を、アクロバティックなどと書かれた腹いせかな、とも思ったんですが、なんか理由があるんでしょう。
 コンサートは、本当に素晴らしかったです。素晴らしい、という言葉では言い表せないくらいです。チケットはソールドアウト、久しぶりにロイヤルでダフ屋を見かけました。
 指揮はロイヤル・オペラの芸術監督、アントニオ・パッパーノ、オーケストラもいつも以上の水準を保っていたように思います。が、やはり主役はバルトリ。ドレスは新聞のインタヴューで答えていたとおり、お気に入りのイギリス人デザイナー、ヴィヴィアン・ウェストウッドによる胸が大きく開いた、濃い、でも明るいオレンジのドレス。ただ、一目見ただけで、CDの写真はかなり修整されているな、という感じでふくよかでした。
 「今この場所にバルトリがいて、自分がその歌を聴いている」幸福感に包まれた2時間でした。過去2回、彼女のコンサートを体験していますが、今回もまた「唄える喜び」を体いっぱいに使って放出していました。プロだなと思わせたのは、パッパーノが構えるほんの1秒前までは満面の笑みを浮かべているのに、彼が構えた途端、バルトリではなくそこに立っているのはヒロインであることを見せたことです。最近の批評は、彼女のコロラチューラの技術ばかりに注目して、メカニカルだとかサーカスみたい等とネガティヴなことばかりを書きたてます。確かに、バルトリのコロラチューラは時に「本当に人間がここまでできるの?」と思わせることもあります。が、本来、彼女の声は美しいんです。1曲目のハイドンの「ベレニーチェ」では全くコロラチューラは出てきませんでしたが、怒り、悲しみ、喜び、戸惑いを歌う彼女の声の豊かなことか。
 モーツァルトは端折って。ロッシーニのアリアは3曲ともCDに収録されているものでしたが、その驚異の装飾音階を何も隔てるものがない最前列で聴くことができて、目福耳福でした。コロラチューラ歌唱全開ですが、それが自然、その驚異の歌に必ず感情が込められている様は、批評家の目は節穴、と確信しました。以前のインタヴューで、ロッシーニのオペラは若い頃はいいけど、この年齢で唄うものではない、といっていました。なので、特にアンコールで歌った、「シンデレラ」のアリアを聴けたのは幸運でした。これで、いきなりブリン・ターフェルが出てきて、「セヴィリャの理髪師」のデュエットを唄ったりしたら、というのはないものねだりでしょう。恐らく、彼女のオペラ歌手としてのキャリアは、そんなに長くないことでしょう。皆さんも聞く機会があったら、ぜひ。結局、自慢話になってしまいました。



バルトリは、ヴィヴィアン・ウェストウッドが大のお気に入り。2004年にも彼女のソロリサイタルに行きました。そのときは、ウェストウッドによる、目の覚める若草色のドレスでした。
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初フロイト

2003.10.15
親愛なる皆さん

 おはようございます。個人の記録を残すことが一つの課題になっているので自分のためですし、興味ない方のほうが多いと思いますが、今回まで。

 タイトル通り、はじめてフロイトの著作を真剣に読みました。個人的には「カウンセリングの歴史って、こんな風に始まったんだ」、という感想しかなかったんですが、議論は白熱すること。ヒステリアのケーススタディを取り上げたんですが、フロイトの患者さんは体の痛みを治すために訪れたんですが、そこから家族の問題、モラルの問題と進みました。更にディスカッションは、「もし、この患者が体の痛みを訴えなかったら、フロイトはどうやって心の治療を進めることができたのか?」、「体の痛みが、家族の問題から発生した心の痛みに即つながるとは限らない、またその逆もありうる」、「いや、痛みは問題の本質へ導くガイドだ」、「体の痛みと心の痛みをどうやって説明するのか、どうやって治療するのか」などなど。なんか、こう言う風に書くと、表面をなでている感じですが実際はもっと生々しいものでした。特に、一人既に病院でカウンセラーとして働いている女性が実体験の一つを、問題提起みたいな形で話し終わった後は、本当にその場でカウンセリングを半ば経験しているような感じがしました。
 それにしても、20分間のプレゼンとはいえ、誰も手を抜かない。時間稼ぎにターム後半の「嘆きと鬱傾向の関連性」というのを深く考えずに選んでしまったんです。難しそうですが何とかなるかな、と。
 カウンセリング・ワークショップは、1年間を通じてカウンセリングの現場で採用されているさまざまな自己表現方法と、表現される「自己」をどう受け取るか、というのを学んでいくそうです。今週は三つのタイトルによる絵を書くことだったんですが、その場の雰囲気に添った形で無難にすごしました。
 で、いまだちょっと違和感を拭いきれない、オブザヴェイション・セミナー。今週の「ターゲット」は偶然地下鉄で見かけた男性。担当の女性は最初は単に見たままを説明しただけですが、他の生徒が質問するたびにセミナー・リーダーが、「その質問を考えたとき、貴方はどんな気分がしたかを説明してください」、とかけしかけてくるので、なんか自分のあらゆる感性を総動員しながらそこにいた感じです。終わったときは、ほっとしました。

 疲れますが、スリルに溢れていて楽しいです、今のところ。まだ、学費も払っていないし。

 明日は、バルトリ。ファンレターも書いたし。

没原稿、でも行ってきました:オルランド

2003.10.11
遊んでばかりいて、とのご批判は忘れてください。

 9月初めに、先月掲載された「バルトリ」を含め3本まとめて書いたうち、広告量との兼ね合いで2本没になってしまいました。ちょっと悲しいです。で、没になったのが添付のもの、ヘンデルの「オルランド」、ですが、新聞の批評が星一つだとか惨憺たる結果でした。僕個人が大変楽しんだからですけど、批評家というのは聴衆のために存在する方々ではないですね。
 原稿に書ききれなかったんですが、もう一人、王子様に恋する羊飼いの少女(ドリンダ)がいます。さらに今回の新しい演出の見所の一つ、もしくは批評家の皆さんがお気に召さなかったのが、エロス、戦い、ヴィーナスを演じる3人のパントマイムの存在でした。確かにこの三人の存在は説明的過ぎて想像力を働かせる余地がなかったともいえます。でも、この判りづらいオペラを理解するのに邪魔だったとはいえない、というのが僕の感想です。
 歌手の皆さんは素晴らしかったです。アンジェリカを唄ったバーバラ・ボニーだけは他の4人より10歳以上も年長だからか、ちょっとメークが濃い目でしたが。バルトリには及ばないまでも主役のオルランドを唄ったアリス・クーツさんの素晴らしいコロラチューラ、ドリンダを演じたスウェーデン人ソプラノ、カミラ・ティリングの愁いを帯びた、でも正確無比な歌唱など。王子さんは新進のアメリカ人カウンター・テナーでして、初めてカウンター。テナーを抵抗なく聞くことができました。魔法使いゾロアストロはニュージーランド系サモア人のバスバリトン。歌手の裾野がどんどん広がっているようで。
 舞台セットは、こうなんとなく中世の騎士の世界の趣を残しながらも、アンジェリカの衣装はアントワネットのようであり、王子は海賊風と、なんかとっ散らかっているようだけど統一感のある変なものでした。興味深かったのは、最後。ゾロアストロの魔法でオルランドが正気を取り戻すとき、舞台は一転して純白を基調にしたものになりました。多分、自分が知らないだけなんでしょうけど、白は、再生の色なんでしょうね。それと、オルランドが目覚める迄のほんの1分くらい、舞台上方から白い紙ふぶきがゆっくり落ちてくるのを見ていたら、今は亡き有元利夫さんの「花降る午後」の荘厳さを思い出しました。笑い話。ヴィーナスを演じた女性は胸をはだけていました。その写真がある新聞に掲載されていたんですが、何故だか乳首が修正されて消されていました。そんなことするなら、載せなければいいのに。有るべき物がそこにない写真というものは、グロテスクです。

 おまけ。ロッシーニのオペラに「ランスへの旅」、というのがあります。CDを買ったままずっと聞いていなかったんですが、今後の予算を計算しながら聞いていたら、最後の合唱の出だしがバレエの「眠れる森の美女」の最後のファンファーレにそっくり。「うっ、チャイコフスキーが真似たな」、と早合点しつつもオペラの師匠にお問い合わせのメールを。曰く、「㈱共同通信社刊のチャイコフスキーのバレエ音楽(皆さん、買ってね)によると、これはフランス古謡の「アンリ四世の賛歌」であって、どちらが真似した、というものではない」そうです。このオペラ、途中でイギリス国家が歌われたりして、大変面白いです。

ヴォランティア

2003.10.11
親愛なる皆さん

 連休をのんびり過ごされた方、いいですね、って僕もまだ週の半分は連休みたいなもんですが。

 行く先が決まらないまま、カウンセリングのヴォランティアになるべくいろいろな機関に申込書を出して、何も決まらない、という愚痴メールを数週間前に送りました。先月末のロンドン大学大学院のインタヴューと前後して、二つのヴォランティア団体からインタヴューのオファーを受けて、とりあえずそれぞれトレーニングに参加するところまで漕ぎつけました。一つは電話ヘルプライン、一つはロンドンのある区が主催するBefriending という活動です。どちらも、マンツーマンのカウンセリングではないため、どのカウンセリングコースも実際の経験としては承認していません。が、経験がないままでは、「承認」されているカウンセリングを行っている機関には受け入れてもらえないのが現状なので、出だしとしてはここから始めるのがいいかな、と思っています。
 ヴォランティアといっても、トレーニングに至るまでの道のりの長いこと。ヘルプラインのほうは、少人数でのロールプレイ、ディスカッションをほぼ1時間半、その後個人インタヴューがこれまた一時間半。もう一つのほうも、インタヴューアー二人から1時間強の間、数々の質問に答えていくものでした。疲れました、がインタヴュー自体は大変いい経験でした。「自殺についてどう思うか?」、「精神を多少なりとも病んでいる人についてどう接していけるか、またそのような人々をどう思うか?」、「活動を通じて貴方自身が落ち込むことがあるだろう。そんな時どうするか?」などなど。とりあえず、トレーニングには参加できることになりましたが、正式にヴォランティアとして採用されるかどうか判るのはさらにトレーニング期間が終わる一月半後。やはり、人の心に接していくということは大変だ、といまさらながら実感しています。
 めでたくヴォランティアに採用されれば、更に、活動を通じて経験したことを回りの友人、家族にすら喋ってはいけない、と双方から言われました。当然でしょう、どこにどんなつながりがあるか判らないし。第一、このことが守れないようでは、カウンセラーにはなれませね。大学院での勉強は、別に守秘義務が絡むわけではないので、また面白いことがあったらそれは書きます。

 来週の水曜日は、いよいよチェチーリア・バルトリのコンサート、しかも最前列。知り合いにファンレターをイタリア語に翻訳してもらったし、後は何を着ていくか。本気でタキシードを借りようかどうか、迷い始めています。

初日を終えて

2003.10.10
 大多数の皆さん、おはようございます。日本も秋が深まっているようで。8月に買ったハイビスカスの鉢植え、必至に世話をしている甲斐あってか、この冬のようなロンドンでまたも蕾がつきました。意地でも咲かせる。

 以前にも書いたと思いますが、カウンセリングは必要としない人に強要するものではない、というのが今のところの持論です。まぁ、それでもかなり面白かったので、ちょっと授業をご紹介。
 コースの人員は24人、そのうち6人が外国人かな。午前中から順に、Theoretical Seminar(12人で1グループ)、Counselling Workshop(クラス全員)、Observation Seminar(1グループ6人)、最後がExperiential Group(1グループ12人)、という構成で、初日は2番目のはありませんでした。セオレティカルで、このタームはフロイトとメラニー・クライン(全く知りません)、来年は親子やカップルの絆に関する著作で有名なボウルビーをやるそうです。これは普通ですが、後半の二つが面白い、というか、どんな展開になるのかがまだ読めません。
 オブザヴェイション・セミナーの最初の5週間の課題は、一人ずつ、その前の週に、全く未知の誰か一人、しかも一人で行動している人をまず20分くらい「Observe」する、そのときは何も書いては駄目。観察を終えてから見たことを書き留めてセミナーで報告・ディスカッションするんだそうです。セミナー・リーダーがこの課題を言い終えるや否や、グループ全員が「それって、ストーカーじゃないんですか?」、とか「もっと詳しい理由を」、とか迫ったんですが、とにかくやる、と。その次は、未知のカップル、これは男女のカップルに限らず、親子でも、同性のカップルでも、とにかく観察する。最後は知り合いのカップルを観察し、報告するそうです。グループの一人が言った言葉が印象的でした。「Daunting」。
 最後のは、タイトルからは何をするのか全く想像できず、クラスにグループ全員が集まると、講師が部屋に入ってきて「I am a facilitator, and organise this class」、と言ったまま沈黙してしまったんです。で、クラス全員が、「あ、なんか喋らなきゃいけないんだな」、との暗黙の了解のもとぎごちなく一人、また一人初日の感想を言い始めたんですが、お互いが相手の出方を固唾を飲んで見守っている感じで、居心地悪く、且つスリリングでした。時折講師が、「彼女が言った意見に関してこういう方向で進めてください」、とサジェスチョンをして75分が過ぎた頃には緊張感でぐったりでした。が、こんなとき、結構冷静になってしまう性格で、講師をかなり観察していたんですが、さりげなく時計を見たり、喋っている人がすがるように彼女を見るとすかさず視線をはずしたり、グループ全体の雰囲気を完全に把握している様は、「プロフェッショナル」、という感じでした。

 MScの割には、それほど科学的でないし、どんなことを学べるのか興味津津です、今のところ。更に面白いのは、誰一人としていまだに学費を払っていないこと。これを受け取られる何人かの方は、ロンドン大学のほかのカレッジを出られていますが、こんなにおっとりしているんでしょうか?学費を払うのが延びるのは良いんですが、早く図書館と体育施設を無料で使いたので、学生証は欲しいです。

実際、このコースに参加するまでフロイトは読んだことなかったし、クラインって誰?の状態でした。準備不足の一言です。

多分、忙しくなるであろう前に

2003.10.05
親愛なる皆さん

 おはようございます。ロンドン、既に太陽が頭上まで昇ってこない季節になりました。悲しい。

 浮かれたメールに、暖かいお返事をいただきまして、ありがとうございました。この浮かれた気分も実際に授業が始まったら吹っ飛ぶことでしょう。ちなみに、カレッジはBirkbeckというところで、ある友人曰く「昔は女性の為のカレッジだったんだよ」、とのこと。ご存知の方も多いと思いますが、ロンドン大学はカレッジの集合体で、全国で必ず上位3以内に食い込むインペリアルや、キングス・カレッジ、ロイヤル・ホロウェイ、UCL、LSE、ゴールドスミスがあります。バークベックよりマイナーだと、Heythropという哲学と神学しかないカレッジもあり、ここなんかイギリス人ですら知らない人のほうが多いでしょう。いずれにしろ、受かった本人が一番驚いています。こちらの友人からは、「ロンドン大学での勉強、本当に本当に、ほんとーに大変だからね」、とこと。頑張らないと。

 で、後は今日見かけた記事、聞いた話題など。The Daily Telegraphの国際面に、東京発で大きな被害を出している「果物泥棒」の記事が出ていました。さくらんぼうや葡萄、更に痛いだろうに栗まで被害にあっているんですね。被害にあっている農家の皆さんには申し訳ないですが、映っている栗をみていたら、無性に栗ご飯が食べたくなりました。
 今朝、少し寝ぼけたままBBCのラジオニュースを聞いていたら「インターネット、暴力、親、子供」といった単語が耳に入ってきました。なんだ、規制するしないの話題かと思っていたら、違いました。日本よりは遅れているのではないかと思いますが、イギリスでもインターネットを使う子供が増えている、ここまでは普通。今一番親を悩ませているのは、子供がHPのアドレスを入力する際、子供だからちょっと一文字間違う、すると思わぬページを開いてしまうことが多発しているんだそうです。例として、アボリジニの文化を知ろうとした子供の前に、狂信的な、中絶反対者のファナティックなページが飛び出したことがあるそうです。現在、(これはちょっとうろ覚え)保護者の団体は、アメリカにあるドメイン名のレジストリを行っている機関にアドレスが似通った、しかも全く内容が違うページの管理を厳しくするよう求めていくらしいです。ご興味のある方、恐らくBBCのホームページで検索できると思います。

 先日の中流階級のモラル云々に関するメールで、久しぶりに賛否両論の返事を結構いただきました。正直なところ、嬉しかったです。特に最近書きっ放しかな、なんて思っていたので。ライターで食べていこう、いけるなんて、これっぽっちも思っていませんが、書くことは楽しいです。

 皆さん、お元気で。次のメールが、愚痴で満載にならないことを祈りつつ。


ライターで食べていければ、勉強にも集中できるかな、と甘く考えている自分。

オペラ歌手たるものは:バルトリ

2003.10.02
嬉しいので、趣味のトピックもついでに。

 ロンドンでは、一昨日の月曜日にチェチーリア・バルトリの新譜、「The Salieri Album」が発売になりました。既に全曲聞いていたにもかかわらず、やはり美しい歌は日々生きていく糧です。発売を前に、先週末、タイムズで続け様に彼女のインタヴューが出ていました。特に日曜日のものは危うく気づかずに捨ててしまうところだったので、縁を感じます。
 金曜日のものは、サリエリがどれほど素晴らしい作曲家であるか、映画「アマデウス」で描かれたサリエリが如何に虚像であるか、まあ販促用のインタヴューの域を越えたものではありませんでした。が、日曜日のものはタイトルからして「In Bed With a Prima Donna」。といっても身も蓋もない内容でなく、バルトリがどんな歌手であるかを、彼女のインタヴューを交えて振り返るものでした。唄うことが、彼女自身にとって如何に大切かをよく理解しているかがよくわかりました。ちなみに、アンジェラ・ゲオルギューは、その余りの我侭ぶりに渾名が「ドラキュリナ」だそうです。ルーマニア出身ですから。
 出だしは、唄うためにどんな下着を着けるとか、彼女のサイズは16だとかそんなところから始まって、細心の注意を払って自分の歩いていける最善、最高のキャリアを常に考えているバルトリの活動に話は移っていきました。例えば、1998年、メトの「フィガロの結婚」の際、芸術家としての自分を曲げないため起きたプロデューサー(ジョナサン・ミラー)との激しい衝突。更に、自分の声がどのような仕組みで出てくるのかを知りたくて、耳鼻科でカメラを飲み込んでその「世紀の声」を生み出す仕組みを知ったそうです。今回のアルバムを録音するために、サリエリの自筆譜面を研究するのに2年費やしたそうですが、次はもっと早く出して欲しいものです。
 あまり遠くまで行かない(日本には殆ど行っていないそうです)のは、飛行機が嫌いだから、といわれているが違う、と。乗務員の言いなりの時間にご飯を食べ、寝て、映画を見るのが耐えられないからだそうです。が、多分飛行機が怖いんでしょう。というのも昨年はアメリカへは船で行ったそうです。バルトリ曰く、「カルーソやかつての名オペラ歌手がやったこと。それに、デッキで発声練習ができるのよ」、とのこと。同船した人は幸運でしたね。最近のスケジュールは、オペラは年3本以下、それと数回のリサイタル、休暇は少なくとも三ヶ月とのこと。いつ、次のオペラを聴く機会があるのやら。
 つい最近、長く付き合ってきたイタリア人音楽学者とは別れ、新しいボーイフレンドは、とりあえず「バリトン歌手」だそうです。ロンドンではお気に入りのヴィヴィアン・ウェストウッドによる超ゴージャスなドレスで歌うそうで、楽しみ。僕の文章では巧く伝わらないかもしれませんが、自分に厳しい芸術家の姿に潔さを感じました。

 違った意味でこれまた我が道を行くのが、シルヴィ・ギエム。昨日、ちょっと用があってロイヤルに行ったついでにショップに立ち寄ったところ、二つの新しい写真集を見つけました。一つは、プリンシパルを辞めて(大正解、役立たずだったから)カメラマンになったヨハン・ぺルッソンによるもの、それと今シーズンから売り出した「The Royal Ballet Year Book」。前者にはギエムの写真は全くなし、後者ではプリンシパルが質問形式のインタヴューに答え、且つサインをしているんですが、彼女だけお仕着せの経歴紹介でサインなし。お店の方に「何で?」、ってきいたら。「知っているかもしれないけど、今でも彼女はマドモワゼル・ノン、なんだ。カンパニーも何度も頼んだんだけど、どうしてもウィ、とは言わなかったのさ」、だそうです。印刷のサインぐらい、が彼女にとっては譲れない何かなんでしょう。
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近寄らば大樹の陰

2003.10.01
たまには愚痴じゃないメールをと思っていた皆さんへ

 昨日ロンドン大学から手紙が届き、まさにラスト・ミニットですが、来週の月曜、6日から始まるMSc Psychodynamic Counselling というコースで勉強できることになりました。

 感無量、という気分ではないです。なぜなら、このコースは固執しているBritish Psychological Society の認定を受けていないのと、かなりフロイトに傾倒しているんです。こんながさつな人間にとって、フロイトは世界が違うな、といつも思っています。
 が、やはり、嬉しいです。小さなカレッジとはいえ、ロンドン大学の一部。しかもマスター。ここのファミリー・カウンセリング・コースで勉強している知り合い曰く、「少なくもと毎年、2割は脱落していくコースだから」、とのこと。でもいい。まだ正式な入学手続きをとっていないんですが、今朝、入学手付金を払ってきたし、総務の女性にしつこく、「本当に、来週の月曜日、教室にいていいんですね?!」、と念を押してきたし。先に受かっていたコースの手付金は残念ながら戻ってきませんが、トータルではこちらのほうが若干お安いので、これもよし、ということで。
 もう、合格のお祝いなんて、ええ、いりませんから。でも、恵那須屋の栗金団がたべたいかな、なんて。

 脱落しないように、がんばります。脱落しそうなときは、また愚痴メールを送りますので。


自分がその2割の中に入るとは、この時点では想像していませんでした。
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