LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2003年12月の記事一覧

イングリッシュネス

2003.12.31
親愛なる皆さん

 おはようございます。大晦日に読まれる時間はないと思いますが、三が日の腹ごなしにでも読んでいただければ幸いです。

 12月は、オペラ関連は失望の極みでした。バレエはかなりキャンセルして、「ルチア」とバルトリのソロコンサートはどうしても観たかったのでキャンセルしなかったんですが、裏目に出ました。まずバルトリ。22日にバービカンで、ロンドン唯一の「サリエリ・アルバム」からのコンサートが予定されていました。21日、午後3時42分にバービカンから緊急メールが届き、体調が優れない為にキャンセル、とのこと。彼女、2年前にも同じ時期に同じ理由でバービカンでのドタキャンしているのでまさか2回目はないだろうと思っていたんですが。恐らく、ロンドンに来ていなかったのではないかと。「ルチア」に関して先日長々と書きましたが、もう一つ付け加えると。第2幕の終わりに、主要歌手による有名な6重唱があります。もうその頃は、セットに失望して歌手の顔しか見ていなかったんですが、なんだか「ざっ、ざっ、ざっ」という変な音が聞こえてきたんです。なんだろうと思って双眼鏡をはずしたら、コーラスが舞台上で足踏みしていました。このディレクターとデザイナーは、2002年のオープニング、シュトラウスの「ナクソス島のアリアドネ」も担当しました。このときは、ツェルビネッタは豹柄のブーツを履き、モヒカンのハーレクィンにアメリカン・コミックに出てきそうなバイカーとやりたい放題。更に、コロラチューラ・ソプラノのナタリー・デッセイがドタキャンしたことへの失望もありましたが、セットが醸し出す世紀末的退廃ムードがいい感じだったので、結構楽しみました。が、オリジナルへの尊敬を感じささせないこの「ルチア」は、許せません。
 逆に、バレエは充実していました。大幅ディスカウントがあったので3回も観ることが出来たギエムの為の新作「Broken Fall」、ギエムの神々しいまでの、でも一人のバレリーナとしての美しさ、一生忘れません。この時期、年間の総評が出ますが、どの新聞もこの新作へは惜しみなく賞賛を送っています。で、調子ぶっこいて全てのキャストで観ようと思ったアシュトンの「シンデレラ」の新プロダクション。現在のロイヤルの看板スター、コジョカルと恐らく(年齢的に)引退が近いだろう吉田都さん(1月5日)の分を除きキャンセルしましたが、バルトリと「ルチア」をキャンセルすればよかったかな、と。
 アシュトンに限らず、バレエの「シンデレラ」は観たことがなく、にもかかわらず書こうかと思っていたんですが、イギリス人の知り合い曰く「アシュトンのシンデレラを書くのなら、イギリスのパントマイムの伝統を知らないと書けないよ」、といわれました。確かに「白鳥」なんかと比べると、本当に趣が違っていて、技術だけでなく表情、腕の動き等々が細かく計算され、でも自然な動きで、とても新鮮でした。今回の注目は、往年のロイヤルのスター、アンソニー・ダウエルとウェイン・スリープがUgly Sisters を踊ることで、確かに目を離すことが難しいくらい笑わせてもらいました。可哀相なのはアリーナ・コジョカル。これまた、「お姫様の決定版」と太鼓判を押せるほどの王道、且つ完璧な踊りだったのに、全てのレヴューの写真はダウエルとスリープが演じた「もの凄いお姉さまたち」ばかりで、彼女の写真は一枚もなし。でも、シンデレラが王宮に着き、プリンスに導かれて広間の階段(8段くらい)をポワントで、正面を向いたまま視線を外すことなく、且つ体の軸が全く動くことなく、しかも優雅に降りてくるシーンに、コジョカルの素晴らしさを改めて納得しました。2日に、BBCで放送されるそうですが、日本では衛星で観れるんですかね。
 長くなりましたが、最後。昨夜、ロイヤルの地下にある小劇場、Linbury Studio Theatre で、バレエ版「The Wind in the Willows」を観てきました。ストーリーは、アナグマやもぐらたちが主役で、イギリスでは「ピーター・ラビット」と同じくらい有名だそうです。これまた、この慌しい時期にほっと一息、なんの屈託もなく笑うことが出来る舞台でした。バレエといっても歌あり、マイムあり、ナレーションありでした。でも、外に出たら氷雨だったんですが、心がほかほかしたままでした。「シンデレラ」もこれも、イギリスバレエ、およびパントの伝統があってこその舞台だったと思います。イングリッシュネスなんて言葉、聞いたことがないですが、Britishness だと違う感じがして。

 なんのかんのと愚痴をこぼしつつも、ロイヤル・オペラ・ハウスがある限り、それとギエムがロンドンに居る間は、ロンドンはいい所だな、と。皆さん、風邪などひかれないように。
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ヴォランティアその後

2003.12.27
 おはようございます。大方の皆さんは、既に御用納めでしょうね。

 以前、より専門に特化した経験を積む前段階としてヴォランティアでカウンセリングに近い経験を積む為の準備をしていることをお知らせしました。結果は、主に自殺防止を活動の目的にした電話での悩み相談は、約一月半に及ぶ(7回)トレーニング参加の結果、駄目で、ロンドンの或る区が主催するBefriending Scheme は採用され既にヴォランティア活動を始めました。

 電話のほうは、トレーニングではロール・プレイでいろいろな電話を受けて話を聞く、と言うことをやりました。これが、本当に難しい。最初の1、2回は沈黙に耐えられなくて、我慢しつつも結果的に電話を掛けてきた人のペースを邪魔するかたちで質問してしまい、「まるで質疑応答みたい」との評価を頂きました。これが僕の性格を物語っていると思いますが、トレーニングに参加できたことだけでもいい経験でした。まさに自殺をする寸前の電話、突然怒鳴られるところから始まる電話、果ては女性ヴォランティアを目的とした悪戯電話等々。あらゆる世代、悩んでいる人の心の揺れを電話を通して聞くことだけで把握することの難しさ。電話による経験はどうしても実際にやってみたいので、暫くしたら他のヴォランティアに挑戦するつもりです。

 Befriending Scheme は、ヴォランティア(Befriender)が週に1回ヴォランティアの助けを必要とする方々(Befriendee)を訪問する、と言う活動です。応募する前は、単にコミュニティに溶け込めない人をOrganised Friend として訪問し、話したりするだけかと思っていました。が、Befriendee の皆さんは、Low-Risk Group とはいえ、何らかのメンタルイルネスを抱えていて、こちらのトレーニングの半分はこれらの症状と、どう対応するかを理解することに費やされました。今年前半苦しんだ、「精神病理学」の知識がかなり役立ちました。カウンセリング、と言うよりクリニカルな面が強調されていますが、基本は話を聞く、コミュニケートすることなので、既にいろいろ悩むことが起きていますが、何とかやり遂げたいものです。ヴォランティアとしての活動の第一歩は、契約書に署名するところから始まりました。ちなみに、僕が担当する方(症状の名称はかなり仰々しいです)は、僕のほかにソーシャルワーカー、地域の病院の専門看護婦の方々もサポートしていて、ヴォランティアがすべてを抱える、と言うことはないです。

 僕は日本のこういった活動がどうなのか、全く知りません。日本に居たときは、全く興味がなかったですから、正直なところ。トレーニングに参加して感心したのが、ヴォランティアをサポートする体制が、かなり効率よく整っていることです。電話のほうは、機関がヴォランティアのサポートの為に雇用しているカウンセラーが常駐、ビフレンディングも、2ヶ月に一回の勉強会兼意見交換会、ヴォランティアの為のカウンセラー、さらに訪問時に万が一何か起きたときの為の緊急電話番号等々。知り合い曰く、日本ではヴォランティアは結構孤独だ、と聞いていたのでこのしっかりしたサポート体制は頼もしいです。更に、クリスマスイヴには、ビフレンディングの担当者から手紙と或るフォームが送られてきました。社会的に弱い立場の人と接するので、ヴォランティアに「犯罪歴」があるかどうかを監督の役所に知らせる必要がある、とのこと。関連の是非はともかく、手紙の最後は、「交通違反が貴方のヴォランティアとしての資質を疑う材料には直ぐにはならないから、パニックにならないでね」、だそうです。

 今年も、この長ったらしいメールにお付き合いいただき、ありがとうございました。2004年が、平和な1年になるといいんですけどね。

英王室の話題

2003.12.25
親愛なる皆さん

 おはようございます。今年最後のメールになるかどうかはわかりませんが、少し気楽(?)な話題を。

 先週来新聞を騒がしているのが、イギリスの叙勲を拒否した人の極秘リストがメディアに流れたこと。そのリストには、有名なところでは、ロック・スターのデヴィッド・ボウイ、アート系で、デヴィッド・ホックニー、俳優のアルバート・フィニーなど。映画監督のヒッチッコクは勲章は拒否したそうですが、爵位(Knighthood)は受けたそうです。日本の叙勲のシステムは知りませんが、拒否の理由(イギリス特有の)は大きく二つに分かれるようです。まず、勲章のタイトルに入っている「大英帝国」に反感を覚える方。既に、「大英帝国」はないにもかかわらず、また戦争の記憶を引きずるタイトルのついた勲章はいらない、と。二つ目は、叙勲を決める政府が気に入らない、つまり現政権の「労働党」からはもらいたくない、と。言い換えれば、保守党が政権をとったらこの理由で拒否した皆さんは、勲章を受けるということになるんでしょうね。それまで生きていたら。

 二つ目は自分の経験。8月以来、勉強に触らない程度に、且つオペラ・バレエにつぎこめる資金を確保するべく、パート・タイムの仕事をずーっと探しています。11月中旬、新聞の求人広告欄に王室のロゴを発見、よく読んでみたら、バッキンガム宮殿のそばのショップで販売員を募集しているとのこと。早速王室のウェブにアクセスし、フォームをゲット。友人に推敲してもらった完璧なカヴァーレター、保証人には弁護士の友人の名前、ロンドン大学大学院の学生だし、ということで送ったその瞬間から受かったつもりで妄想が膨らみ始めました。日本人観光客を相手にショップの売上を伸ばし続け、気がついたらエリザベス女王の預金残高がもの凄く増え、あるときエリザベス女王からスコットランドのバルモラル城でのアフタヌーンティーにご招待、等々。まぁ、2週間たっても何も来なかったので、妄想は妄想のまま終わりました。

 最後は、今日のタブロイドの一面。馬と同じくらいにエリザベス女王が愛している動物はコーギー種の犬。イングランドラグビーチームが女王と記念写真を写したときも、そのうちの一匹が映っていたのは記憶に新しいです。クリスマスは、王室のメンバーはイーストアングリア地方のサドリンガム城で過ごすのがお決まりになっていて、既に女王は到着していたそうです。昨日(一昨日?)、そこにアン王女が彼女の飼い犬のブルテリアと到着した直後、そのブルテリアが女王のコーギーのうちの一匹にかなりひどく噛み付き、動物病院で安楽死させられたそうです。アン王女のこのブルテリア、昨年もウィンザー城のそばの公園で一般の人に噛み付くなど、大変評判が悪く、この件で全く攻撃的な性格が改まっていないことが判り、多分、安楽死させられるだろう、と言うのがメディアの論調です。

 僕は英王室が好きなのではなく、エリザベス女王に興味があるんです。恵まれているのは事実ですが、ここまで「女王」という職業をこなしてきた女性に、是非、会ってみたいです。

 楽しいクリスマス、慌しい年末、そして静かな年明けをお過ごしください。

Living in a blame culture

2003.12.21
親愛なる皆さん

 おはようございます。知り合いはクリスマスを前にロンドンを続々と脱出するし、パート・タイムの仕事獲得は未だ茨の道、勉強と新聞を読むしかないクリスマスを迎えそうです。

 ということで今朝のThe Daily Telegraphの本紙と付録の雑誌に全く正反対ながら、イギリスが徐々にアメリカのような「訴訟社会」になりつつあるのかなと思わせる記事がありました。偉そうなことを書くつもりはないですが、「偉そうに」、と思われたら無視してください。
 まず訴訟したほうのニュース。ウルヴァーハンプントン(バーミンガムの近所)大学の宗教学の教授が学会誌を送る為に、A4の封筒を270通出したそうです。総重量は約23キログラム。これを集荷した郵便局員が、重くて肩が筋肉痛になり職場を休むまでに追い込まれ、一週間休み、賃金£286.96が支給されなかったので、この教授を既に訴えているそうです。内容は、余りに重い郵便物で彼に危険を与えた、と言うのが弁護士からの手紙には書いてあったとのこと。
 ヘッドラインを読んだとき、同じく今朝の各紙を賑わせている監視カメラに映ったハンプトンコートの幽霊のニュース同様、クリスマスを前に冗談なのかな、と思いました。が、本当みたいでして、さらに開いた口が塞がらないのは、郵便局員のための労働組合が、この訴訟費用を払うんだそうです。この郵便局員に尋ねたい、「貴方のお仕事は、何?」、と。教授は「この訴訟は、一般の人々に賠償なしにクリスマスカードを発送できるのかどうかを考えさせるだろう」。アメリカのような、と書きましたが、アメリカのことは知りません。でも、なんかいつもとちょっと違ったことをやっただけで、誰かが訴えてくる、そんな感じがして。「君が着ていたフラワープリントのシャツに目がくらんで転んで怪我しちゃったぞ」、なんて訴えられたら、この国に住めなくなっちゃいます。

 訴えなかったほう。さまざまな悲しみを乗り越えた7人の一般の皆さんのインタヴューで、タイトルは「The Quality of Mercy」、副題に「許せないことを許すことが出来た人々」、と言うものです。最初は、現在7歳のIsabelのお母さん。Isabelが3歳だったとき、最初「麻疹」と誤診され、幾つかの小児科をたらい回しになった挙句結局複数の内臓が壊死する病気だったことがわかり、一命は取り留めたものの、その代わり女性器を含むかなりの臓器を除去せざろう得なかったそうです。そのあと、両親は多くの人からこういわれたそうです、「訴訟を起こせば、Isabelが18歳になるまでに大金が貯まるよ」。ご両親は思ったそうです。それはおかしい、と。お金は何も解決しないし、訴えた挙句、Isabelを助けてくれた医者すら仕事を放棄する状況にしただけだろう、と。代わりに彼らは、お嬢さんを助けてくれた医者と協力して医者と看護婦が子供の病気を発見する手助けになるウェブを開いたそうです。http://www.isabel.org.uk/index.htm
 このページ、今のところ医療関係者しか利用できないようですが、今後全世界に展開していく方針のようです。お母さん曰く、「お医者さんを責めていたら私達は娘の為に、何一つやって上げられなかっただろう。病院を訴えなかったから、協力を得られ、今このウェブがあるんです」。彼女の言葉で印象的だったのが、We live in a blame culture where people assume if anything goes wrong you should sue. カウンセリングに結びつける気はありません。が、人を許す、ってどういうことなのか、と思いつつ嵐の去ったロンドンからでした。
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哀れなルチア

2003.12.20
エンタメです。

 ほんの少し前に、ロイヤルオペラから戻ってきました。初めての海外旅行(10年前のウィーン)で観たオペラだし、思い入れも強いので緊縮財政とはいえどうしてもキャンセルしたくなかったガエターノ・ドニゼッティの「ランメルムーアのルチア」。演出家とデザイナーに初めて殺意を覚えたオペラが、大好きな「ルチア」だなんて。
 先に誉めておくと、エドガルドを歌ったマルセロ・アルヴァレス、3年前の「ホフマン物語」と比べると体積が2倍になった感じですが、声が鈍くなるわけでもなく、素晴らしいベルカント・テナーでした。役者としても十分に訴えかけていたし。ルチアは当初のドイツ人ソプラノがキャンセルして、アンドレア・ロスト、と言う方が歌いました。カリスマティックな方ではありませんでしたが、コロラチューラも綺麗だったし、小柄な割に声もよく通るし、よく頑張ったかな。今回は第3幕の狂乱の場で、いつも使われるフルートの変わりに、グラスハープが使われました。なんと言うか、コロラチューラに合う透き通った音、且つ(否定的でなく)神経の裏側にそっと忍び込んでくるような音で、ルチアの狂気の具合が感じられていい挑戦だったと思います。

 「ルチア」をご覧になったことがある皆さん、スコットランドの貴族の出身のルチアが、手には吸いかけの煙草、皮のブルゾンを羽織り、その下にはマークス・アンド・スペンサーで買ったような安っぽい花柄のサマードレスをだらしなく着ていたら、どう思われます?11月下旬に上演が始まり、批評家が演出家とデザイナーをかなり攻撃していました。いつものことだし、余り気にかけなかったんですが、音楽はルチアなのに、舞台はドイツとイタリアが混じったもの、スコットランドの雰囲気はひとかけらもありませんでした。更に、ルチアの血糊がついたウェディング・ドレス以外は衣装は黒か灰色、結婚式の招待客(コーラス)、特に女性は黒か茶色の口紅、しかも手には乗馬で使うような鞭。ルチアとアルトゥロの結婚式にはイタリアン・マフィアで通用する強面の男性数人が、「Security」の腕章をして警戒している。「狂乱の場」が始まる前のコーラスでは、女性が手にした鞭で男性を嬲り、さながらSMクラブの様相。第3幕以降は舞台セットは視界からどけて、歌手の顔と歌唱に集中していました。
 このプロダクション、ドイツ・ライン・オペラとの共同制作で、要するにドイツ向けに演出されたんでしょうけど、ドイツの皆さんはこれを受け入れられたんでしょうか?なんでもかんでも、現代の趣を取り入れる風潮には、正直ついて行きたくないです。肯定的な意味合いで、「古色蒼然」としたセットでオペラを観ることを強く望んだ夜でした。エディタ・グルベローヴァがイギリスを嫌いなのは知っているけど、引退する前に、ロンドンに来て欲しい。欲を言えば、10年前にウィーンで観たプロダクションにエドガルドはアルヴァレスでOK。
 ちなみに、今日はイタリア人の団体が数グループ居て、この方々が、またひそひそとよく喋る。恐らく彼らも演出に面食らっていたのかもしれないけど、イタリアのオペラ劇場では、喋るのは普通なんですかね。御託を並べましたが、「ランメルムーアのルチア」は、大好きなオペラであることは変わりません。

30秒のバービカン・デビュー

2003.12.14
親愛なる皆さん

 おはようございます。冬の雨は嫌ですね。

 11日、木曜日にLondon Metropolitan University の卒業式に出席してきました。会場はいつもコンサートを楽しんでいるバービカンホール、結果として出席して楽しかったです。それと、なんか気分的に本当に一区切りした感じで。
 朝から生憎の土砂降りでしたが、エントランスにはいい感じで華やかなクリスマスツリーが二つ、そこかしこにガウン(ローブ?)をまとった卒業生が、招待した家族や友人と一緒に写真をとっているのは、見ていて久しぶりに殺伐とした世の中を一瞬忘れることができたような。きっちりガウンとあの無意味に四角な帽子をまとい写真をとりました。出来は「家族孝行できた」、といった感じです。この日は、バイオロジー系、機械工学系、それと心理学系の卒業式。式の前半は、3人の著名人への名誉博士号授与でした。最初の方は、著名なファッションデザイナー、Zandra Rohdes で、髪はピンクに染め、足元は混じりけのない「真っ赤」なエナメルのハイヒール、何だこのおばさんと思っていたんですが、ファッション界への貢献度では、ヴィヴィアン・ウェストウッドよりも凄いらしいです。この3人の肩書き紹介が延々と続き、「これでスピーチが長かったら帰ろうかな-」なんて思っていたら、お三方ともどうやらスピーチ馴れしているのか、それとも冗長なスピーチが如何に非生産的であるかを認識しているのか、簡潔、ウィットに富んでいて、これぞ招待客のスピーチの見事なお手本と言う感じでした。
 続いて学部ごとに卒業生がステージのわきに並び、一人づつ名前が呼ばれ、ステージのほぼ中央まで歩いていって、大学の「チーフエグゼクティヴ」と握手するんですが、一族総出の学生や、首席の学生が呼ばれると会場のいたるところから喧しいくらいの歓声が上がり、セレモニーの間ずっと高揚感で会場が溢れているようでした。で、自分の番が近づくにつれ、どきどき、あせあせ、自意識過剰な性格ですからちょっと舞い上がりつつ、日ごろ立つことのないバービカンホールのメインステージをふわふわしながら歩きとおして、終わり。機会があったら、あのステージでカラオケをしてみたい、なんて。それにしても、チーフエグゼクティヴの大変なこと。このセレモニーが今週5回、恐らく毎回200人強の卒業生に笑顔で握手するなんて。
 一つ、面白いことがありました。バイオロジー・機械工学とも、出席した卒業生の9割以上が非白人、中東・カリビアン・オリエンタルで、ブリティッシュは数えるほど。何でだろうな、と思って友人に尋ねたら、結局、先端技術を学びたい中流以上のイギリス人家庭出身の学生は、マンチェスターや、ヨークの学部単位で見ればオックスブリッジよりも優秀な大学に行き、移民の家庭出身の学生や余り裕福でない留学生はロンドンの新進の大学でしか学ぶ機会がないのでは、とのことでした。偶然にもその日の新聞では、イギリス全土の大学を対象にどれくらいの学生が卒業まで至るかの統計を報道していました。学生がきちんと卒業する割合が高いのは、オックスブリッジや、ヨーク、ダラム、ノッティンガムといった伝統ある大学、逆に学生のドロップアウトの率が高いのは、ロンドンや地方大都市の新目の大学とのこと。事実として、学生数を確保したい新進の大学には、モチヴェイションが余り高くなく、もしくは経済的に続けるのが難しい学生しか集まらず、結果として退学の割合が高くなる、そんな悪循環に陥っているようです。
 月曜日で、今学期も終わり。ヴォランティア活動は年内も後数回やることになりそうですが、今は、「終わりよければ全て良し」、といった気分です。後はカードを書くのみ。みなさんご多忙のことと思います。どうかご自愛ください。

日本人全員が仏教徒でないように

2003.12.12
親愛なる皆さん

 こんちは、晴天の冬のロンドンがこんなに綺麗だなんて。

 宗教観に基づく文化の違いを、たった2日のうちに痛感しました。今週月曜日、カレッジのセオレティカル・セミナーで、メラニー・クラインの「Envy and Gratitude」、と言う論文を取り上げました。中でクラインがミルトンの「失楽園」を、善と悪の対立の例として参照し、また、「七つの大罪」について少し触れています。今まで取り上げたクラインの論文の多くの中心論理は、「幼児・子供は欲求の塊(日本語にするとかなり強いです)」、といった感じで単純に人間は生まれたときから欲望の固まり、と言う論理の展開にはいつも違和感を伴っていました。今回は「やっぱりこれは西洋の文化だよな」、と思っていました。が、思っていたのは僕だけでなく、スゥエーデン人でジュウイッシュ、3人のお子さんを持つ奥様が力強く、「私は、クラインは受け入れられない。彼女のいう、貧しい家庭で育った子供が、憎しみを克服できない、なんておかしい。裕福だろうと貧しくても、親が子供へ注ぐ愛情、子供が親を愛する気持ちに差はない」、と。
 僕の違和感と彼女の違和感にも差はありますが、他のアングリカン、もしくはカソリックの皆さんは「文化の差なんじゃないの」、の一言で片付けようとします。が、文化の差って、思っている以上に大きい、もしくはそれぞれのバックグラウンドに深く根付いていることを感じました。ちょっと、単純すぎるのは自覚しています。
 更に、今でも凄く後悔している出来事が。世界中の全ての事を知るのは無理ですが、知らないが失礼ではすまない経験を久しぶりにしました。火曜日の夜に、Befriending と言うヴォランティアの活動の一貫でクリスマス・パーティーに行ってきました。ヴォランティアと、彼らの週一回の訪問を必要としている皆さん(Befriendee と呼ばれています)が一緒に集まるものでした。中に、どう見てもインド人のBefriendee の方が居ました。彼を担当しているヴォランティアの方が居なくて、とても居心地悪そうにしていたので、自己紹介したり、インドで生まれて小さい頃に家族でイギリスに移住したことを聞いたり、普段なにをしているのかを尋ねたりして、漸く彼が僕のことをほんの少し受け入れてくれたかな、と思った後に、「クリスマスは、貴方の文化ではないだろうから、来週は何するの?」といった途端、もの凄く悲しい顔をされてしまいました。ほんの少し沈黙があって、「僕はカソリックなんだ。僕のお父さんはポルトガル人、お母さんはアイルランド人なんだ」、と。顔に驚きを出さないように必死でしたが心の中では、「なんで、インドで生まれたそうだし、でもなんでお父さんがポルトガル人?」。しばらくは自己嫌悪でいっぱいでした。
 で、昨晩、インドで長いことヴォランティア活動している友人が偶然にもカレーを食べさせてあげるからおいで、と言うことで行って、この話をしました。彼女曰く、「イギリス人だって理解できなかったかもしれないけど、多分彼はゴアで生まれたんでしょう。ゴアはポルトガルのコロニーだったから、沢山ポルトガル系インド人って居るし、カソリックであるのも頷けるわ」、と。はるか昔、高校の世界史で習ったような記憶はあります。でも、外見で「彼はヒンドゥー」、と思っていた自分。知らなかった、と言うか知らない事実を一般論として括ってしまう高慢さ。勉強になりました。

 最近、本当に何事もカウンセリングに結び付けてしまって、でもやっぱりこれをやりに来たので、心残りがないように。

卒業式

2003.12.11
親愛なる皆さん

 おはようございます。ロンドンの冷え込みは東京とさして変わらないようですが、丸一日道路が乾かないのは、ちょっと気が滅入ります。

 大学院をドロップ・アウトしたわけではなく、今夏ギリギリでパスした心理学のコースの卒業式が明日(木曜日)あります。今でも結婚式以外のセレモニーって、余り好きではないんですが、異国で頑張ったし、日本での卒業式の記憶が全く蘇らないので、出ることにしました。どうせだからと言うことで、ガウンとへんてこな帽子も予約、結構楽しみです。流石に記念写真は気が引けたので予約しませんでしたが、誰かが撮ってくれる事でしょう。問題は、引越し前に予約したので領収書が見つからない。まぁ、どうにかなるかな。あとは、クラスメートにあって、就職状況や、カウンセラーになる為の新しい情報などを聞ければ、それはそれで楽しみです。心理学関連の求人は沢山あるんですけど、どれもこれも「経験者求む」。いつも思いますが、新人はどこから始めれば善いんだか。

 今日の夕刊紙での報道。ベッカムがとうとう彼のマネジメントをずっとやってきた会社と縁を切り、友人と共同で経営する個人のマネジメント会社に所属するそうです。奥方のヴィクトリアの意向らしく、9月に更新したばかりの契約を白紙にする為に払った手切れ金は約4億円。巷では、ベッカムはヴィクトリアに食い物にされている、とも噂されて居るし。個人的には、家族経営って、余り成功例がないように思うんですけど。思い出したのは、約一月半くらい前のThe Guardian の特集。イギリスで活躍したサッカーのスター選手の、その後の人生の余りの転落振りを報道していました。前の奥さんを殴って逮捕、麻薬常習でホームレス、起こした会社が破産で無一文など。成功例は、現在俳優として活躍している、カントナーくらいだとまとめてありました。僕には無縁の世界ですが、まったく違う方向に進む難しさは共通するかな、なんて。

 イギリスでは、現在子供・お年寄りを中心にインフルエンザが流行り始めているそうです。皆さんも、ご自愛のほどを。

お天気計画

2003.12.08
親愛なる皆さん

 おはようございます。本当に今年のロンドンは天気がいい。と言うことで、快晴につられてテイト・モダンに行ってきました。
 お目当ては、The Weather Project,
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/eliasson/
 縦に長いエントランスの真正面に、人口の太陽がつるしてある、と言うプロジェクトです。公開当初から新聞でも大きく報道されていて、かなり期待して行ったんですが、実際は期待以上でした。「感動した」なんていうと、空虚な首相と同じになってしまうので感想は、Gripping でした。
 壁からは蒸気が間断なく放出され入り口付近からの眺めは、なんだかトワイラトイト・ゾーンへ迷い込んだ感じでした。床に寝転んでずっと見上げる人、胸の前に手を組んであたかも祈りを捧げているかのように佇む人、結構騒がしい雰囲気でしたが、何か静かなものが自分の中に入り込んでくる感じでした。実際にはこんな大きな太陽を間近に見ることはありえないわけだし、何でこんなに魅入られるのかな、と思っていて沸いてきた感想は、「完璧」だからかな、と。こんな大きな太陽を見ることはない、こんな近くで太陽を熱さを感じずに見ることはない、太陽を背景に、絶好の被写体をカメラに収めることは日常生活では思っている以上にあり得ない。でもこの太陽はみんなの希望を叶える「完璧」な太陽だから、今まであり得ないと思っていたことも可能になる、そんな気分を場所が提供している感じがして。
 自然は美しいかもしれないけど、人間の欲望はそれをはるかに超えるものであって、それを満足させる為に芸術はありえない「完璧」を提供する為に発達したのかな、と。例えば、バルトリだって「完璧」な自分を見せるために、CDの写真は「ありえない」バルトリだし。ふと、バベルの塔の話が頭に浮かび、「人間の傲慢さって昔も今も変わらないんだ」、と思っていたら、パンフレットにも有名なブリューゲル(かな?)のバベルの塔の絵が掲載されていました。まあ、こんな小賢しい感想はさておき、終了日までにロンドンに来られる機会があるのであれば、これは見逃せないでしょう。ちなみに、2月10日から22日まではハーフ・タームでコースが休みなので、いくらでもアテンドします。ロイヤル・オペラは、新作オペラの「テンペスト(シェイクスピア原作)」、フランス・オペラの名作「ホフマン物語」、ヴェルディの「シモン・ボッカネグラ(アンジェラ・ゲオルジュー出演)、バレエは生誕100年のバランシーンのミックス・プログラム(ギエムの「放蕩息子」)をこの期間に上演します。

 何で「完璧」云々の感想が沸いてきたかと言うと、明日、8日にプレゼンテーションをやるんですが、そのテーマは「嘆きのメカニズム」。別離、死別、加齢から始まり、様々なことを人は嘆く、その過程で鬱になってしまうこともありうるけど、「嘆く」ことは結局成長につながる、と言うのが大まかな論旨です。この結果に至るまでには約200ページのテキストがあるので、これ以上書けませんが、一つ思ったことは「自分が完璧になれないことが判っているから、それを嘆く」、と言うこともありえるだろうと思い、これは明日、クラスでも言ってみるつもりです。取り上げるのはMelanie Klein、結構面白いんですが、一言言いたい。You should learn how to write simple English. あれこれ余計な名詞節を途中で挿入するから、どれが主動詞なのか3回くらい読まないとわからないこと、多数。
 カウンセリングの勉強は、自分が望んだことでもあり、大変面白いです。が、最近思うのは、「カウンセリングを必要としない人に、無理にカウンセリングを勧める必要はない」、ということです。



テイト・モダンの、このエントランスを使ったエキシビションは、ロンドンでも最も期待の大きなエキシビションでしょう。観るものの五感を刺激しまくる大掛かりな展示は、いつも見逃せないです。

感動の押し売り

2003.12.04
親愛なる皆さん

 こんにちは、まだ台風がくるんですね。やはり温暖化の影響でしょうか。

 大半の方がバレエに興味がないのはわかっているんですが、昨日見てきたロイヤル・バレエの世界初演3作を含むモダン・バレエのプログラムが、素晴らしかったので。
 幕開けは、昨年初めてロイヤルに持ち込まれた、幾分クラシックの要素を残す、「GONG」。去年と違って、お仕着せの雰囲気がなくて安心してみていました。二つ目が、ロイヤルのダンサーでもあるウィリアム・タケットによる「Proverb」、プリンシパルのセナイダ・ヤナウスキーと、ロイヤルを飛び出したアダム・クーパーの為に振付けられたものです。数年前に演じられた同じくタケットによる大失敗作「坩堝」に比べると、数段よかったんですが、演じる二人とステージ・セットにかなり助けられたかな、というのが振り付けへの感想です。演じた二人、ヤナウスキーとクーパーの別離、葛藤、二人での出直し、というのが筋で、アダムの奥さんサラが嫉妬の炎を燃やしているんじゃないかというくらいの濃い舞台でした。
 三つ目は最後に取っておいて、最後はWayne McGregor による「Qualia」(意味不明)、これはカンパニー全体に振り付けたれた感じでしたが、ソロはプリンシパルのジェイミー・タッパー、パ・ド・ドゥはリアン・ベンジャミンとエドワード・ワトソンに振付けられていました。正直、半分以上はこれをロイヤルがやる意味があるのか、疑問に思いました。新作をカンパニーでやるのであれば、それがどうカンパニーを活性させていくのかが見えないと。中盤は殆ど演出のないファッションショーでした。ちなみに、女性はビキニで踊っていたんですが、一人、小さいですがでん部と背中の境目あたりにタトゥーを入れているのを見つけました。キャリアを考えれば、見栄えはよくないですね。
 シルヴィ・ギエムと、バレエボーイズに行く前に。大幅なディスカウントが効を奏したのか、平土間はほぼ満員。普通モダンのときだと殆どが空席のボックス席まで満員でした。でも、やはり「ロイヤル・バレエだから、モダンといっても少しは古典の要素があるだろう」、と期待してきた普通の方々にはかなり受け入れるのが辛かったのではないかと。隣のカップルはギエムの素晴らしいパフォーマンスに全く否定的で、終わるや否や出て行ってしまいました。
 昨夜の感動の頂点は、シルヴィ・ギエムと、ロイヤルを飛び出したウィリアム・トレヴィットとマイケル・ナンが演じた、Russell Maliphant作の「Broken Fall」。ちなみに、これはギエムがロイヤルに働きかけて実現したものですが、作品のコミッションはトレヴィットとナンのカンパニー「ジョージ・パイパー・ダンサー」にあり、仮にギエムが怪我をして残り演じられない場合、代わりはロイヤルのダンサーではないんです。これは皮肉と同時に、彼女の身体的技能に匹敵するダンサーがロイヤルには居ないことの証明に感じました。
 出だしは静かで、「どこが、あごが落ちるほど驚く振り付けなのかな」、と思っていました。が、3人が絡みだしてからの凄いこと。はっきり言って、バレエの範疇ではなく、かなり体操に近いと言う方も居るでしょう。先週の記事にあったとおり、いきなりギエムが自分の身体を宙空に放り投げた一瞬後、ギエムがトレヴィットの肩に垂直に立ち、ナンの肩に移ったと思った一瞬の後彼女の身体がそこから消えて、ナンが受け止めたり。重力に逆らったと思ったら、重力に身を任せる感じの連続で、3人から感じる緊張は凄まじいものでしたが、本当に美しいんです。2回くらい、ギエムの表情に躊躇いを見た気がします。ギエムはインタヴューで、「体操選手だった頃の自分のやりたいことを思い出した」、といっていました。トレヴィットとナンのパフォーマンスも、これがなかったらこの美しい24分はなかった、と確信させられるくらいの水準でした。
 結果として、どの演目もよかったと思います。嬉しかったのは、今朝の新聞のレヴューが満点。複雑なのは、これ、来シーズンやりたくてもできないであろう現実。さぞかし、ロイヤルは飛び出した3人を呼び戻したいことでしょう。加えて思うのは、コンテンポラリーの新作にもかかわらず、結局演じることを可能にしたのは、ほぼヴェテランのダンサー。ギエム、ベンジャミン、クーパー、トレヴィット、ナン、いずれも30台半ばから後半です。若い天才もいいけど、貪欲なヴェテランの天才ダンサーをないがしろにしたら、ロイヤルの未来は縮こまっていくのかな。大幅ディスカウントなので、後2回行きます。
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