LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2005年07月の記事一覧

戻りました

2005.07.30
親愛なる皆さん

 おはようございます。週末、日本の天気は如何でしょうか?東京のつもりで麻のシャツ一枚で外出したら、ちょっと涼しいロンドンです。

 ロンドンで暮らし始めてから3度目の帰国でしたが、今回もたくさんの方のご好意で、Fantastic な帰国になりました。お時間を割いていただいた皆さん、本当にありがとうございました。お会いできなかった皆さん、次回、絶対にお邪魔します。

 3年半帰っていなかったことで、自分の居場所があるのかな、と思っていました。実際、帰国してから数日は、まるで外国人気分。見る物全てが珍しくうつりました。また、「意識しすぎなんじゃないの」と思われるかもしれませんが、どこに行ってもほぼ日本人しか居ない状況って本当に変な感じでした。でも、そんな気分が、逆に自分がどんなことをしているのか、自分の目標がどんなものだったのかを、全く別の視点で感じることが出来て、面白かったです。東京在住のアメリカ人の友人と話したんですが、どんな年代の人でも、日本をしばらくはなれる機会(2年くらい)があれば、よりいっそう自分の国ことを理解することが出来るのではないかと。

 身勝手な滞在記はあとでどっと送るつもりで居ますので、他のことを幾つか。
 ロンドン、予想はしていましたが、特に中心地では交通の混乱が続いているようです。いまだに、ピカデリー、ハマースミス&シティ(報道では8月2日に復旧予定)、サークルの各線は全線、もしくは一部運休。また、警備陣が過敏になっているのと、「ちょっとそこの売店でコーヒーを買うくらいだから」、という人が居るようで、本当にほんの1、2分荷物から離れるだけで、交通網が止まります。昨日の東京から戻るフライト、快適でした。多くの皆さんにご心配頂いた入国審査も問題なし。
 問題は空港を出てから。ヒースロー・エクスプレスのチケットを買おうとしたら、カウンターの係員が「Hays(ロンドン西部)駅で不審な鞄が見つかったので、今何も動いていないから」、とのこと。結局爆発物は発見されなかったようで20分後には動き出したんですが、この影響でヒースロー・エクスプレスが遅れること。パディントン駅についてからもタクシー乗り場には長蛇の列。そしてロンドン中心地の大渋滞。結局ヒースローからフラットまで2時間半掛かりました。

 元会社の新社屋を訪ねた折、会う人全てに「アルバイトあったら紹介してください」と叫んでいましたが、別の方面から一つ入ってきました。皆さん、「チャコット」というバレエ製品関連の会社をご存知だと思います。そこが毎月、ニュー・ヨーク、パリ、ロンドンのバレエ・ダンス情報をウェブでアップしています。
http://www.chacott-jp.com/magazine/index.html
 8月10日の分まで書かれるロンドン担当の方が、今度帰国されるそうで、その方の後を引き継いでみませんか、というものです。きっかけは以前送ったメールと、先月「英国ニュース・ダイジェスト」に掲載されたロイヤル・オペラ・ハウスの特集記事でした。バレエは好きですが、専門用語はまだまだ勉強中だし、僕のような読者から「間違っている」なんてメールが来たらへこみそうなのと、ニュース・ダイジェストの原稿より大変なわりに原稿料がちょっと少なめなので、最初は断ろうかと思っていました。が、ダイジェストからは今後原稿依頼がなさそうだし、ロンドンに住んでいるからこそ出来るアルバイトだし、別のステップ・アップにつながるだろうし。ということで恐らく9月10日分から書くことになりそうです、先方からのキャンセルさえなければ。

 皆さんに会い、食べることに集中していたので、余り本を読みませんでしたが、2冊面白い本を購入しました。マガジンハウスから出ている「戦争のつくりかた」。それと多方面で話題になっているようですが、「夕凪の街・桜の国」。後者は本当によかったです。

 昨日の戻りのフライト、スコットランドのサッカー・チームに移籍した中村俊輔さんが搭乗していました。出発ロビーで報道の方がたくさん居て、どんな有名人が居るのかと思って一番近くに居た報道の方に、どうせ詮索されないだろうと思って「(元会社の名前)のものですが」と言ったら、「あ、お疲れ様です、成田支局のものです。どちらの方ですか?」。「げ、まずい」と思って正直に身分をあかしました。この移籍がなかったら、スコットランドにサッカーのリーグがあるなんて知ることもなかったことでしょう。BAの日本人アテンダントの方に聞いた話では、2回目の爆弾騒動以降、搭乗率が落ち込んでいるそうです。

 バッテリーを充電できたので、目標達成に向けて、またメールをがんがん出しますので。

 皆さん、どうか夏ばてなどされないように。
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日本滞在日記2005

2005.07.28
これは、ミクシィの日記から。

7月15日
渋滞に巻き込まれるも、それを予想してかなり早い時間にキャブを予約していたので、ヒースローに到着後、丁度ランチを食べているときに、先週のテロで犠牲になった皆さんへの2分間の黙祷があった。
 予想していたけど、BAの食事はまずかった。

 前日、ほとんど寝ていなかったので、珍しくも機内で眠ることが出来た。後は、隣に座ったスコットランド人の言語学の教師とおしゃべりをしたり、数独パズルをして過ごす。
 驚いたのは税関。職員に『お客さん』といわれたのも驚いたけど、瞬時に『最後の記録は2002年ですが、何でですか?』、だって。すばらしい。時間がかかったので、少しはらはらした。
 成田エクスプレスのチケットを購入後、食べてみたかった空弁を購入。期待がでかすぎた。

 今日食べたもの[時間順]。弁当、ヴァニラアイスクリーム、素麺[自宅]、瑞花の『うにあられ」、セヴンイレヴンのおにぎり[2個]、佃の和菓子屋で買った薄皮饅頭、餃子[リクエスト]。
 明日は、名古屋で何を食べよう。

7月16日
弟夫婦に会いに、名古屋日帰り。どうして日本の親父の団体旅行はああも下品なのか?
 万博、当然のことながら人気のパヴィリオンに入れるわけもなく、期待もしていなかったので、入れるところだけ。別の意味でまったく期待していなかったイギリス館が、ロンドンにある『自然史博物館』と『科学博物館』をたして薄めたような、でも結構良い展示をしていたのに驚く。
 何がひどいって、運営。万博会場に着くまでの道のりは我慢する。でも、入ったら、すべての交通手段が有料。最低なのはトラム。お客さんが歩ける道路の真ん中に設けた専用道路を人が歩く速度で走るんだけど、そのトラムの先頭を、係員が棒を振りながら『トラムが通ります、道を明けてください』だって。21世紀の万博とは思えない非効率。

 今日食べたもの。ひれかつサンド、穴子弁当、バラ、およびラヴェンダーのソフトクリーム、マリオットでケーキ二つ[味はよし、サイズがたった二口]、天むす7個、ひつまぶし弁当。

7月17日
今日は朝から親戚孝行。伯母の家をとっとと出て、南北線で目黒、そこで山手線を乗り継いで恵比寿に。駅から徒歩10分、広尾の端っこにあるお寺に。恵比寿駅の変わりように呆然とするも、お寺近辺はあまり変わっていなかった。
 その後、元同僚の方の推薦で自然茶房でお昼、『汁かけご飯』を食べた。ありがとう、大変おいしゅうございました。戻る前にもう一度。
 家族と別れ、新宿に。高島屋、ハンズ、伊勢丹とめぐる。それぞれでした共通の質問は『左利き用の扇子ありますか」?
 かの地の左利きの友人達が欲しがっているのだが、全く無かった。帰国以来、日本のサーヴィス過剰が無性に嬉しいが、今日のハンズの店員の対応に、日本らしさを思い出した。
 『今年は、無いです』、とのこと。なので『じゃ、去年はあったんですね?』、『いえ、去年もなかったです』。『僕の質問は、扱ったことはあるんですか?』、『申し訳ございません無かったように記憶していますが』。最初からそういいなさい。
 思わず感動したサーヴィスは、帰国したその日、銀座のおせんべいやさん、瑞花でカウンターを覗きながら買おうかどうか迷っていたとき。後ろから『お客様』と呼びかけられた。『まずい、こんなよれよれのアロハシャツできちゃいけなかったのかな』、と思っていたら『お茶をお淹れしましたので、どうぞ』。熱い緑茶がたいそう美味しかった。

7月18日
東京で一番好きなエリアは、銀座。お土産物色、涼しい喫茶店をはしごしよう、と思い行った。
 海外ブランド群の新しいビルは、どれもこれも無個性で感じるものなし。何処でお茶しようかな、とぶらついていて2丁目にある『キルフェボン』ていうのを見つけた。果物をふんだんに使ったたるとがたーーーーーくさん。都島さん完熟マンゴーのタルト食べてみたかったけど、タルト一切れに1,800円も出す気はなし。なので、アップルマンゴーチーズケーキと、桃とチーズのタルトを。絶品ではないけど、そこそこ。あのテーブルのセッティングと、過剰なんだけど、中身が何も無いサーヴィスはどうにかした方がいいと思う。
 その後、伊東屋、鳩居堂でみやげ物に出来そうな品々を物色。昔よく通った和菓子屋はまだあるかな、と思っていたらなかった。悲しい。
 銀座ウェスト。帰国後、ようやく思い描いていたショートケーキとシュークリームを堪能したが、モンブランは水準以下。 
 明朝は健康診断。引っかかるかも。

7月21日
18日夜。日本滞在15年を超えるアメリカ人の友人に、彼の家の近所のフランス料理屋に連れて行かれる。場所は都営三田線、千石駅から歩いて5分。前菜の、ホタテ貝柱のムースを焼いたのはかなりの水準。が、メインで頼んだ牛ほほ肉の赤ワインソースはちょっと濃すぎたかな。
 19日、朝、健康診断、背が伸びていた。大学時代の恩師に会うべく江古田に向かう途中、池袋の東武デパートの地下を歩き回る。まずは目当てのカレー屋、『サンマルコ』でエビフライカレー[辛口、大盛り]を。腹ごなしに歩き回っていたら、KIHACHIのソフトクリームを発見。ヴァニラビーンズ入りのソフトクリームは初めて。美味しかった。
 恩師が僕を連れて行きたがった蕎麦屋が休み。急遽、とんかつ屋に。ぷりぷりのエビフライが美味しかった。家に戻ってまたとんかつ。
 合間には、目に付くコンビニに入っては、おにぎりを試す。

 なので、今朝は目覚めて、お腹が重かった。
 元同僚の一人とランチすべく、赤坂へ。あまりの景色の変わりように呆然。この日は、何処行っても観光客状態。事前に、勝美屋[今の店名は未確認]の鉄火丼、入れなかったらハシヤでパスタ、ということだったが、無事に鉄火丼を食べることが出来た。代が変わったとはいえ、美味しいご飯、新鮮な刺身は変わらず。つい昔のクセで『大盛り』を頼んだが、白米の美味しさをしみじみ堪能。Toshiさんに、「Moriyaさん、いろいろなものを食べたかったら、大盛りを頼んじゃダメなのでは』、と。確かに。
 K同の新社屋に連れて行ってもらう前に、溜池にあるウィーン菓子の『栢沼』が今でも営業をしているのを確認。戻る前に来てクッキーを買わなくては。
 新社屋に行く前に、近所の資生堂のカフェでお茶。友人に愚痴ったが、紅茶の国から来たからには、あのダージリンの値段は許せない。ポットサーヴィスでもなかったし。でも、気配りのこまやかさはさすが。
 新社屋を後に、烹月に行くまでに再度銀座を散策、つうかケーキ。丁度銀座通りの8丁目に出たので、資生堂パーラーのショップに。販売されていたショートケーキの魅力に抗えず、近くのカフェに。ここは紅茶はポットサーヴィスのうえに、注ぎ足しようのお湯も。しっかり3杯。ショートケーキは美味しかったけど、ヴァニラとチョコレートのムースは、チョコが強すぎてヴァニラの味がしなかった。
 で、念願の烹月。Kさん、Tさん、かおりさんと。何を食べても至福のため息のみ。刺身、卵焼き、小芋[衝撃の美味しさ]、豚の角煮、ふぐのてんぷら[ふわふわ]、そして鴨しゃぶなべ。帰ってこられて良かったです。

7月22日
お昼は、元同僚で、1歳半の双子のお母さんに会ってきた。二人を交互に抱き上げていたら、思わずしりもちをついてしまった。歳だ。
 夜は、K同沖縄会の宴会に。新橋のヤキトリ屋だから料理への期待はなし。出席されていた皆さんの皺に、会えなかった年月の長さを感じた。
 ご老体が多いので早くに終わり、『烹月に行って、ご飯と焼き魚を食べられるかな』、と思っていたら前倫敦支局長に『もう一軒行くぞ』、と。
 帰宅して、ロンドンの2度目のテロを知る。

7月23日
水曜日は主に親会社方面の皆さんと会い、昨日は元会社の皆さんに会ってきた。
 昼は、オペラ・バレエの師匠と新橋駅のそばの日本料理屋で。その後、銀座の和菓子屋でアメリカから戻ったI田夫人と一緒にかき氷。
 良い会社で働いていたな、と思う。

 昼間皆さんに『何かアルバイトあったらよろしく』、と騒いでいたら、帰宅後、全く関係ないところから思わぬアルバイトのオファーが。条件厳しいけど、好きな分野だし。ちょっと考慮中。

7月24日
そろそろ戻る用意を始めようと思いつつ、昨日は六本木ヒルズに。友人達が言っていたように、非常にでかい、広い、そして高い(ビル、飲食ともに)。
 展望台からの眺めは面白かった。薄曇りだったので美しいとはいえなかったけど、特に広尾の変貌振りに驚いた。
 下に戻ってぶらぶらしつつお土産購入後、まぁ、土産話になるかと思い、グランド・ハイアットの1階にあるイタリアン・カフェ、『フィオレンティーナ』でお茶。3倍半の容量のポットにしては薄いお茶だったけど、香りは良かった。ケーキも結構水準高し。
 残念だったのは、お店の雰囲気。オープンな感じだから活気があるのはいいんだけど、お客さんが入ってくる度に『いらっしゃいませ!!』の大合唱が店中に響く。この後あった友人に『グランド・ハイアットって、パーク・ハイアットよりもグレードが上だと思っていたんだけど』、といったら、『逆、パークの方が洗練されているよ』、とのこと。
 恵比寿に移動して、以前は南米、現在はモンゴルで活躍するU野さんと遅めのランチ。また自然茶房。ランチ自体は非常に満足が行った。デザートは改善の余地あり、ってかんじかな。
 さらにその後、別の友人宅にお邪魔して、お手製のタイカレーをご馳走になった。お腹いっぱいの一日でした。

7月25日、26日
月曜日、25日、元同僚3人と一緒にカレッタ汐留地下の『つな八』でランチ。さくさくのてんぷらとほかほかの白いご飯の美味しさに、日本人でよかった。
 夜は、高校からの友人に、銀座の「BASARA」という、烹月の社用族接待御用達ヴァージョンのような店に連れて行かれる。烹月の親父さんが京都風の料理に対し、ここは福岡より。酒のセレクションは烹月のほうがやや上だけど、料理は甲乙つけがたし。しばし言葉を忘れたのが、『マグロほほ肉の竜田揚げ』。世界を、そしてグリーン・ピースを敵に回そうとも、鮪を食べ続けたい。ちなみに友人は同い年。なのに、説教されてしまった。
 翌26日は、元同僚二人とCOREDO日本橋4階の京風料理の店でランチ。白身魚の豊かな味にご飯が進む。が、3杯目は出来なかった。

 本当に良い友人を持って幸せ。

7月27日
台風一過の爽やかな朝、富士山がくっきり見えた。励まされた気分。
 健康診断の結果を聞きに病院に行く途中、トンボを見つけた。扇子を差し上げたら、ほんの刹那とまった。
 伊勢丹で眼鏡を受け取らなければならなかったので、お昼は、パーク・ハイアットの和食に変更。結構消費税の戻りがあったので、母親にご馳走しようとしたが、結局ごちになった。早く親孝行したいもんだ、と。
 家に戻り、パッキングに悪戦苦闘。明日の超過料金は必至。終わって夕焼けの空を眺める。これからも頑張れそう。帰国してよかった。

その後のロンドン(エリア限定ですが)

2005.07.11
昨日、本日とロンドンは晴天に恵まれ、夕焼けが本当に美しいです。木曜日に起きたことが、現実であったことを忘れそうなほどです。

 日常生活は徐々に元に戻りつつあるようです。エリザベス女王のメッセージをはじめ多くの方が言っているように「テロに屈しない為にも、普段の生活を続ける」、そんな感じです。
 ただ、地下鉄の復旧のめどが立っていないのは、厳しいです。こちらで暮らしている皆さんにも、同じく旅行者の皆さんにとっても大変だと思います。今日(7月10日)現在、サークル・ラインは全面運休、ロンドン東のリヴァプール・ストリート駅からゾーン1の北側を通ってロンドンの西、パディントン駅に行くハマースミス&シティ・ラインもその間で運休。更に、トンネルの損傷が激しくて作業が難航しているらしいピカデリー・ラインは、ゾーン1内の路線の復旧は全くめどが立っていないようです。サークル・ラインの運休がこんなにも不便だったなんて。二度と、「サークル・ラインなんかいらない」、なんて言いません。
 他の地下鉄はきちんと走っていますし、被害から逃れたロンドン南部ではさほどの不便はないようです。が、旅行者の観点から考えると、とても不便なことになっています。何故か?ヒースロー空港に行くための交通機関に到達するのが困難になっているんです。
 ヒースロー・エキスプレスに乗る為には、パディントン駅まで行かなければなりません。現在、パディントン駅に通常通りに乗り入れている地下鉄はベーカールー・ラインのみ。ロンドン中心部の高級ホテルに宿泊しているのであればさほどの問題ではないですが、ロンドン東部のホテルに宿泊していると、今の所パディントン駅に到達する為にはタクシーか、バスを乗り継ぐしか有りません。ヒースローへの利便性からピカデリー・ライン沿い、特にロンドン北東部に宿泊していようものなら、そのためには、これまたバスを乗り継いでなんとかハイド・パーク・コーナー駅(ここら通常運転)までたどり着く必要があります。
 暮らしているのであれば、バスの乗り継ぎはさほど難しくないでしょう。土曜日にハロッズにお土産を買いに行ったときも帰りは、まず82番に乗ってベーカー・ストリートまで、そこから205番か30番に乗り換えて、で、エンジェルで56番か4番だな、と。5年も暮らせば、です。旅行で来られている方には難しいでしょう。金曜日にフラットに戻る途中、ユーストン駅のそばのバス停で乗り継ぎを待っていたとき、女性二人が疲れきった感じで歩いていたので、道に迷ったのか尋ねたらパディントン駅までの行き方が判らない、と。
 地下鉄をあてにしていた皆さんには、この状況は大変だと思います。なので、皆さんの周りで、この夏ロンドンに来られる予定の方、バスの乗り継ぎ方法をしっかりシミュレイションしたほうがいいかもしれません。それと、時間は掛かります。

 脅すようですが。土曜日に、メトロポリタン・ラインに乗っていたとき、ファリンドン駅で突然作業服に身を固めた地下鉄職員の皆さんがどっと乗り込んできました。緊急ではなくて、この状況における通常の巡回だったようです。が、「そこからどいてください」、といわれ今まで自分が座っていた座席を引っ剥がして色々みているのを間近に見ていたら心臓がバクバクしてしまいました。

 目下の悩みは、木曜日、どうやってヒースローに到達するか?

くぐり抜けました

2005.07.09
親愛なる皆さん

 おはようございます。皆さんからのメール、更に電話、本当にありがとうございます。嬉しかったです。

 昨年のマドリードでのテロが他人事のようだったので、ロンドンではこんなこと起こらないと思っていました。亡くなられた方、愛する家族を突然このような暴力で失った皆さんのことを思うといたたまれません。

 月曜、木曜、金曜日に仕事(パート・タイム)をしている所は、西行きのサークル・ラインが爆発されたEdgware Road駅から徒歩2分。9時半からなので、元会社で働いていたとき同様、遅くとも10分前には到着しているようにしているので、駅にはいつもその西行きのサークル・ラインかハマースミス・ラインで9時15分には着くようにしています。
 が、7日の朝は、以前お世話になった(今でもお世話になっています)友人から日本に帰る前に朝ご飯でも、と言うことでいつもより1時間早く駅に到着していました。ありがちな「もしも」の話ですが、友人のところで朝ご飯を食べることになって居なかったら、巻き込まれていたのかな、と。
 でも、実際このことに気付いたのはもっと後。仕事先で聞いていたラジオのニュースが時間を追うごとに緊迫したものになってきたので、10時4分に朝食をご馳走してくれた友人にメッセージを残し安否を確認。その直後にその友人から携帯電話にメッセージが入ったので、かけなおそうとしたら、既に携帯電話はオーヴァー・フローで、通常の通話はできなくなっていました。緊急時の連絡の困難さを経験したのは初めてです。
 そうこうしているうちに、通話は出来なくても、テキスト・メッセージは送れる事が判ったので、次々に友人関係に送信。特に、ロンドン大学に留学中の元同僚が住んでいる寮が、バスが爆発したラッセル・スクウェアその場所。で、東京の家族に電話したら、日本でもロンドンで何かが起きていると大きく報道されていると。ふと、仕事先の前を通っているエッジウェア・ロード駅とパディントン駅を結ぶ主要道路に目を向けると、普段は一方通行の道路が双方向になり、更に溢れんばかりの多勢の人が歩いているのみて、「何かがおかしい」、と。
 あとは、皆さんもご存知のとおりです。パトカー、救急車がひっきりなしに走り、ヘリコプターが飛び交い。地下鉄は全線封鎖、鉄道の主要な駅も、多分ロンドン・ブリッジ駅以外は午後半ばまで閉鎖され、また、ロンドン市内に入ろうとする車の流れも遮断されたようです。バスは夕方になって復旧しましたが、地下鉄は復旧のめどが立っておらず、歩いて帰ることも考えました。が、丁度その帰るルートが、爆発が起きた駅やエリアのそばを通るのが最短ルート。更に、夕刊紙でエッジウェア・ロード駅で爆弾が破裂した時間(午前9時17分)が自分のいつもの通勤時間ということを知り、血だらけの男性が呆然とその駅の前に立ち尽くす写真を見たら、流石に気が怯んでしまいました。そこに友人から連絡があって、今日は泊まっていきなさい、と。徒歩で1時間半くらいだとはいえ、こんな状況でロンドン中心部、且つ爆発があった西の端から、爆弾騒ぎの中心地のそばにあるフラット(本当に近いんです)に帰るなんてとんでもない、と。ということでご好意に甘え、返事が遅くなりました。
 いつも、無神論者(Agnostic)といっていますし、そのスタンスに変わりはないです。が、今回初めて、feeling as if somethone lets me live、という感じです。こちらでもよく言われていますが、テロに屈しない為にも、we must not stop our life.

 一日経って思うんですが、憎しみは平和をもたらさないですね。だって、今、自分がテロリストに対して本当に憎いと思っていますから。

 再びですが、皆さんからの多くのメール、電話、本当にありがとうございました。本来なら、一通一通きちんと返事を書くべきなのは重々承知していますが、とりあえず無事なことだけを。
 来週、東京に帰った折、またお世話になります。

 ありがとうございました。
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