LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2005年12月の記事一覧

舞台はこうして作られる:ピノッキオ2

2005.12.28
今年は、エンタメのメールばかりになってしまったような気がします。が、勉強も頑張っているし、まぁ、いいかなと。

 10日ほど前にいつも以上に長いメールになってしまった、ロイヤル・オペラ・ハウスで上演されている「ピノッキオ」。クリスマス・シーズンの家族向けのプログラムということで、より理解を深める機会を、ということだと思うんですが、ファミリー・ワークショップが4回催されています。初日に参加しました。コマーシャルなイヴェントではないので(参加費4ポンド)、チャコットに書くのは駄目だといわれてしまったので。

 知り合いのお嬢さんをだしに、高みの見物と思っていたんですが、彼女はあえなく風邪でダウン。それでも静かに座っていられると思っていたんですが、許されませんでした。ほかの参加者とともに、実際の舞台の一部を再現することになってしまいました。
 会場は、ロイヤル・オペラ・ハウス最上階に位置する、中規模のバレエスタジオ。ダンサーが実際に練習する場所に足を踏み入れたのは初めてでした。全く知りませんでしたが、靴下は床を傷めるんだそうです。なので裸足。女性のストッキングは問題ないそうです。僕以外の参加者は、全て親子連れと孫を引き連れた祖父母の皆さん。インストラクターは4人でした。

 最初は、参加者全員が輪になって、実際のステージで歌われたフレーズの練習。ピアノにあわせて歌うなんて、何十年ぶりでした。結構気分よかったかな。ここまでは、まぁ、問題なく。
 歌で緊張がほぐれたあとは、ピノッキオ役、ジェペット役、ブルー・フェアリー役を振られた3人のほかは、どうやって動けば舞台でぶつからないとか、幾つかの動きを教わったあと、3グループに分けられました。
 訳わからず組み入れられたグループの課題は、ピノッキオと一緒に、ストロンボリに騙されておもちゃ工場、実際はロバになってしまう生徒の役。他のグループが楽しげに歌ったり、ビーチ・ボールでアクティヴに動いているのを横目に僕達に課せられた振り付けは。
 1)ストロンボリの手下の狐と猫に連れられて大声で歌いながらスキップ(のような動き)、2)工場に着いたらベルト・コンベア-の動き、3)ジェペットの物悲しい声が聞こえたら、苦悩と驚きの叫び声をあげながらロバに変身する。
 スタジオの3面は、全面が鏡。観たくなくても自分が見えて、でも誰が見ているわけでもないのに、超恥ずかしかったです。インストラクターの元気なお姉さんが、「はい、そこで貴方達の身体はロバになるのよ。驚いて、悲しくて、しかもにかわをつくる為にロバになった貴方達のひづめが切られてしまうんだから痛いし、怖いの。そういう風に、スローモーションで動いて」。って、そんなあなた「姉ちゃん、そんな簡単に言わないでよ」、と。
 子供達は楽しそうだったけど、じいさんばあさんには、かなりきつかったんじゃないかな。僕も、何度も同じ動作を繰り返しているうちに膝ががくがくしてきました。40歳は、若くは、ないですね。
 最後に、各グループが成果を披露してお仕舞い。

 終わってみれば、面白かったです。あれこれエンタメのことを書き散らかしているわりに、実際にどんな風に舞台が作られているかなんて、知りませんし。僕たちのグループの課題、特に3)の場面は実際は数分のシーンですが、リハーサルは時に数時間に及ぶんだそうです。
 仕事納めの日に、笑っていただければ、老体に鞭打って踊った(じたばたした?)甲斐があるというものです。

 ロンドンを含む、南東イングランドは、大雪の予報です。明日の午後、ブライトンの友人家族宅で和食をご馳走になる予定ですが、いけるかどうか。
 日本は本当に寒いそうですね。皆さんが迎える新年が、素晴らしいものであると思っています。
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別居婚が増えているそうです、イギリスでは

2005.12.18
日本ほどではないと思いますが、今朝のロンドンは冷え込みました。

 今週の木曜日、15日のイヴニング・スタンダード紙で面白い記事を読みました。The Office for National Statisticsの最近の調査で、イギリスに住むカップルで、特に20代、30代でリレイションシップを保ちながらも、一緒に住んでいないカップルの数が100万を超えたそうです。名づけて、Living Apart Together。セレブの代表例として、Helena Bonham Carter(誰でしょう?)と Tim Burtonが挙げられていました。この二人ロンドンで、回廊でつながっている別々の家に住んで行き来しているそうです。
 理由は色々推測できるし、カップルによって状況も様々でしょう。心理学・カウンセリングを勉強してきて興味深く感じた理由の一つが、The magnitude of commitment。要するに、一緒に暮らしていると、様々な状況で「自分」の都合を抑えなければならない。それが鬱陶しい、我慢できない、そんな所でしょうか。別々に住むカップルが増えていることもあって、特にロンドンでは住宅の値段が高騰しているんだそうです。人間って、弱くなっているんだか、わがままになっているんだか。他人事のように書いていますが、僕は、自分が他人と住むなんてできないと判っていますので、はい。

 それと、2週間前に幾つかの全国紙に掲載された、両親、特に母親の食生活の嗜好が子供の栄養に悪影響を与える、といった調査結果も、これまた興味深かったです。
 蕎麦やナッツ類のアレルギーで命が脅かされる状況は別だと思います。が、親が嫌いなものは、決してその家の食卓にのることはなく、そのことで、子供が必要な栄養価値の高い食物に接する機会が奪われている、とのこと。
 先月、東京に仕事で行っていたスコットランド人の友人。彼女と知り合った4年半前、あれも嫌い、これも嫌い、ということで、理由を聞くと食べたことがないから、と。その影響で彼女のお子さんも、「見たことないからあれもこれも食べられない」、と偏食の極みでした。
 ところが、友人は東京で和食に目覚めたのか、こんな美味しいものを試しもせずに敬遠していたなんて、と。そうなると、お子さんも色々と試す機会が増え、今ではかなり苦い野菜なんかも食べるようになったそうです。ちなみに、友人からは、東京で購入した「フジっこ」を日本米で食べたいそうなので、クリスマスにお邪魔してご飯をたくさん炊く予定です。本当は新潟産「コシヒカリ」をと思ったんですが、無茶苦茶高いので、made in Californiaで。そうそう、和食のレシピを探しているそうですが、栗原はるみさんなんかの本で紹介されているのは、純粋な和食ではないから、別に興味ないそうです。本人が東京で食べた和食のレシピの英訳が見つからないそうです。

 日本もこれから休みモードですね。冬至が過ぎれば、毎日、日照時間が長くなってくるので、少し気分も良くなります。皆さんもお元気で。
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ピノッキオ:新しいクリスマスの定番になるか

2005.12.18
学校が終了すると、エンタメの季節です。

 昨晩、16日にロイヤル・オペラ・ハウスの小劇場、リンベリー・シアターで開幕した「ピノッキオ」を観てきました。ウィリアム・タケットによる新作で、彼は演出と振り付け。脚本がPhil Porter、音楽Martin Ward、セット・デザインThe Quay Brothers、コスチュームはNicky Gilibrandです。

 台詞あり、歌あり(ソプラノとテナーも舞台に参加)で厳密にはバレエでも、ダンス一辺倒でもないですが、こんな思いがけない素晴らしい出会いが有るから、ロイヤル・バレエ通いはやめられない。家路に向かう足取りが浮き浮きと、そして心がぽかぽかしてくる夜でした。さらには、ロイヤル・オペラ・ハウスの素晴らしさがひしひしと。

 普段余り聞くことのないダンサーの声を聞くと、ちょっと幻滅することがありますが、昨晩は、ピノッキオを演じたマシュー・ハート、ジェペットのルーク・ヘイドン、そしてストロンボリを演じたウィル・ケンプの台詞回しは、舞台の雰囲気から外れることなく、さらには、観る側の心をがっちり捉えるほどの上手さだと思いました。ピノッキオの声はどこか能天気な、でもしっかり見守ってあげたい、と。ピノッキオを探し回るジェペットの声は、寂しさと親の暖かさに満ちて。傑作はストロンボリ。本性はロシア人なのに、無理して英語を喋りながら、さらに実はイタリア人なんだよ、と思わせようとしている感じでした。彼が素っ頓狂な声で、「ベリッシマ」とか「ファンタスティコ」とか叫ぶたびに会場中が笑いの渦でした。
 さらにこの3人の素晴らしさは、当然ながら踊り。3人とも、現在はロイヤル・バレエを離れていますが、かつてはロイヤル・バレエ・スクールで学び、ロイヤルの舞台で演じていました。誉めすぎかもしれませんが、ピノッキオはまるで人形のように、ジェペットは自分の心の糧である「息子」の無事だけを祈る慈愛に満ちた父親に。そしてストロンボリは、かつて親達が子供達に聞かせた「人攫い」は、こうであったに違いないと思わずにはいられない、そんな怪しい雰囲気を撒き散らしながらの踊りでした。
 リンベリー・スタジオは奥行きがさほどないので、複雑な舞台セットを組むことは難しいと思います。今回の舞台セットは、布と、平面の組み合わせを使っています。ダンサーの動きと、特に布の上手な使い方が組み合わさって、実際のステージの大きさを感じさせない躍動感が有りました。
 セットでとりわけ印象深かったのが、第2幕でストロンボリが子供達をさらってくる場面。奥の壁一面に、人形が壁に埋め込まれた感じのピエロが描かれています。そのピエロの腕だけが動かせるようになっています。その腕の奇妙な動きと、どこからともなく背後から忍び寄るように、にっと笑ったピエロの顔があわさると、日本人だからでしょうね、江戸川乱歩の「怪人二十面相」と明智探偵の一場面を思い浮かべてしまいました。
 笑いあり、ちょっと背筋をしゃんとせざろう得ない緊迫する場面があり。そして、最後。妖精によって人形ではなくなったピノッキオとジェペットの踊りは、シンプルながらも、物語のピークに相応しい感動的なシーンでした。歳でしょうね、思わず舞台がぼやけちゃいました。カーテン・コールも一ひねり効いていて、「このチケットの値段で採算あうのか?」、と余計な心配をしたくなるほど楽しんじゃいました。ちなみに、スポンサーがついていまして、UBSです。

 で、さらにこの夜を特別なものにしてくれた出来事が。開演前に、エントランスで、ロイヤル・オペラ・ハウスの総支配人と、ゲスト・プリンシパル・キャラクター・アーティストのデヴィッド・ドリューを見かけたので、話し掛けて、あわよくば自分を売り込もう、なんて浅ましいことを考えていました。そんなんで、インターヴァル中にエントランスを歩き回ったんですが、両者とも居なかったので、席に戻ろうと。
 その瞬間、目の前に、先月のマノン・デビューで感涙させてもらったセナイダ・ヤナウスキーと、イギリス人バス・バリトンのサイモン・キンリーサイドが現れたんです。ええ、一瞬で、我を忘れました。
 まずサイモンさんに、「握手してください」。今思うと、なんてはしたない。「ドン・セバスティアン、楽しみました。体調、万全ではなかったようですけど(むっとしていました)、貴方の歌唱、本当に素晴らしかったです」。「珍しいオペラだからね。僕も楽しかったよ」。「CDの発売も楽しみです」。「えっ、CDでるの?」。「(知らんのかい)2007年の2月らしいですよ」。「知らなかったよ」。「ビリー・バッド(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)はもう終わったんですか?」。「(溜息)もう一回」。「次にロイヤル・オペラで歌うのはいつなんですか?」。「2007年だったかな」。「ペリヤスとメリザンドですか?」。「そうそう。なんで知ってんの?」。
 居心地悪げにサイモンさんが立ち去ったあと、彼の背後でほかの女性と話していたセナイダさん。千載一遇のこの機会、絶ーーー対に逃すまじ、とじっと待っていました。女性が去るや否や、「セナイダ・ヤナウスキーさんですよね?」。「(ちょっと退きながら)そうです」。「先月のマノン、素っっっ晴らしかったです。月曜日のMy Brother, My sistersのあの冷酷な役、凄く印象深かったです」。「(にっこり)面白い役だったわ」。「特に、ファースト・キャストの方との違いは、興味深かったです」。「違って当然だから」。「来週のシルヴィアも、観にいきます。(ちょっと引きつったようだったので)あれ、余り好きな役じゃないんですか?」。「違うの。シルヴィアは難しいのよ。それより、今晩のパフォーマンスはどうかしら?楽しんでる?」。「予想以上です」。「良かった。後半も楽しんでね」。
 やっぱりですね、大好きなダンサーと歌手が二人一緒に目の前に現れたら、どぎまぎしちゃいますね。英語を喋っては居たけど、頭の中では、日本語で「信じられない、今、キンリーサイドと、ヤナウスキーと話している」と叫んでいました。セナイダさん、ほぼすっぴんだったけど本当に美しかった。それと、僕よりも背が高かったです。黒のスェター、黒のスカート、黒のタイツ、黒のブーツと黒ずくめしたけど、左の肩にかけていた、(恐らく)カルティエの萌黄色の皮のバッグがかっこよかったです。
 自分を売りこうもなんて気は、全く起きませんでした。が、いつもは鞄の中に、最低でも一部は入れているチャコットのプリント・アウトが、こんなときに限ってないんだもんな。

 本編に戻ります。「ピノッキオ」、開演前から各新聞に大きく取り上げられている上に、確か追加公演が決まるほどです。リンベリーのキャパがそれほど大きくないので、恐らくチケットは完売に近いかと思います。が、もし、1月7日までに、急にロンドンに来られるようなことが有れば、リターン・チケットを1時間ごとに尋ねる価値ありの公演です。クォリティの高い舞台ですが、これが日本に行くとは思えないし。

 iHOLA!マガジンの最新号に、プラシド・ドミンゴの近影が。どうしちゃったのドミンゴさん。髪は真っ白、頬はこけちゃって、80歳くらいに見えました。

 毎度、お付き合いありがとうございます。


セナイダさんとサイモンさん、2006年8月に、ウェールズで永遠の愛を誓われたそうです。

エドワード・シザーハンズ:受け入れてもらえない者の哀しみ

2005.12.16
親愛なる皆さん

 おはようございます。ここ数日、ロンドンは1962年以来の極寒の冬になるだろうとの予報を覆すほどの暖かい日が続いています。が、週末から、もしかすると最高気温が氷点下になるかも、とのこと。

 昨夜、サドラーズ・ウェルズ劇場で、日本でもかなり認知度が高いはずのマシュー・ボーンの新作、「エドワード・シザーハンズ」を観てきました。数ヶ月前に予約したとき、ロンドンの初日11月22日と、千秋楽2月5日のチケットを取りました。ところが、舞台セットが予想をはるかに超える巨大、且つ複雑なもので、初日とその後のつ数日は組み立てが間に合わず、千秋楽は、続くイギリスツアーの日程に間に合うように解体できない、という理由で両方ともキャンセル。個人的に、けちがつきすぎた舞台です。

 これまで、「スワン・レイク(男だけの白鳥のあれです)」、「カー・マン」、「シンデレラ」、「ナットクラッカー!」とボーンの代表作を観てきた上での感想は、彼が創り上げるステージは、僕にとってバレエでもダンスでもない。残念ながら、「シザーハンズ」の第一印象も、「これが何でダンスといわれるのかわからない」、そんなものでした。ただ、第1幕最後の、エドワードと女の子の踊りは、とても感動的でした。ここを除くと、いつも新作バレエに期待する、「このパ・ド・ドゥをこの世に生み出したかったんだー」、という煌きを感じることは有りませんでした。そんなPDDなら、音楽も、舞台セットも、特別な衣装がなくてもダンサーが踊るだけで舞台が動き出すパワーが有ると思うんです。が、昨晩は、衣装も舞台も、音楽もなかったら、なんだこれ、といった感じがしてしまって。
 「そんなつまらなかった舞台の感想を、読ませるんじゃない」、と思われるかもしれませんが、結果的に面白かったんです。思うに、振付家としてのマシュー・ボーンは僕には退屈極まりないものです。が、ステージ・クリエイターとしては、面白い存在だと思いました。
 僕は、映画の「シザーハンズ」をまともに観たことがないので、エドワードの出生の秘密とかは全く知りません。が、全体を通して強く感じたのは、エドワードの物語は、組織、社会、人々の中に入りたい、一員とし認められたい、と強く願っているにもかかわらず、結局、「最初から組織に属していなかった者」との烙印を押されたら、何をしてもその願いは叶わない、そんな悲しみでした。
 何でこんな見方をしてしまったかというと、理由があります。火曜日は、カウンセリング・コースの秋学期の最終日でした。丁度セクシャリティについての最終講義(余りにもディープだったのでここでは書けません、自粛)だったんですが、そのディスカッションの流れの中で、ある非白人の学生(僕もその一員です)が、こう言いました。「コースの学生の半分は、白人(もしくはイギリス人)のミドル・クラス、半分は非イギリス人と数の上では同じ。なのに、なんだか疎外されている気がしてならない」。
 被害者意識、と言ってしまうのは簡単です。が、僕は、かなり心が動きました。自分の意思で、外国に来た。自分の意志で、英語で勉強することを選択した。自分の意志で、異文化の中で暮らすことを選んだ。でも、結果的に自分の意志の力が及ばない何かによっていつも「よそ者」、「組織に永遠に入ることが許されない者」になってしまう。無力感ではないです。ただ、哀しい、と。自分は、何者なんだろう。自分のことは判っているはずなのに、他者の視線、態度から感じるのは、as if I am nobody.
 これは別に、人種に限らず、年齢、文化、性別、いろいろなものによって、誰もが感じることだと思います。

 そんな悲しみを、マシュー・ボーンが創り上げた舞台からは感じました。でも、こんな見方をする人なんて他に居ないでしょうね。この「ダンス」物語、チャコットに書かなければならないんですが、どう書けばいいのやら。

 ロイヤル・バレエが3年ぶりに上演している「くるみ割り人形」の初日を飾った吉田都さんの評価がとても高いです。「いつでもチケットを買えるだろう」、と楽観していたら、クリスマス前の全公演がほぼ完売。何とか、26日の吉田さんの公演のチケットが取れたので、楽しみです。

師走は誰のため

2005.12.14
親愛なる皆さん

 おはようございます。日本は寒いようですね。ロンドンのほうが少し暖かいかもしれません。

 今日、大学院2年目の秋学期が終わりました。教師陣の都合で、エッセイの結果が遅れているのが気がかりですが、しばらく(といっても数日だけですが)テキストを読まなくていいのでホッとしています。1月10日から始まる春学期では、「鬱、鬱、鬱」、と鬱に関する講義が続くので、こちらの精神にもゆとりを持っておかないと、といった感じです。

 ということで、取り留めなくなりますが、最近、気付いたことを少しづつ。

 まず、日曜日に起きた、石油備蓄所の大爆発。場所は、ロンドンの北西、Hemmel Hampsteadという所です。テレビを持たない生活、且つ日曜日はラジオを聞かないことが多いので、月曜日の朝に新聞を買うまで、何が起きたのか全く知りませんでした。それでも、日本でも報道されたようですが、爆発の規模が、第二次世界大戦以後では最大ということもあって、ロンドンでもその煙をみることが出来ました。爆発の事実を知らなかったので、窓から見える暗い空も、この時季ですからね、「午前9時になってもこんな暗いんだよな、ロンドンの冬は」、と。
 今日、学校が終わって、帰宅途中に近所のマークス&スペンサーで買い物をした折、爆発の余波がロンドナーの生活に影響を及ぼしているのがわかりました。爆発と火事の影響で、M1という主要高速道路が閉鎖されている為、物流が全国的に滞っているようで、生鮮食料品の棚がすかすかでした。

 クリスマスといえば、地下鉄労働者がストをちらつかせて、賃金を上げようと画策する季節。実際、21日、22日、23日にストが予定されているようですが、回避されるのを願うばかりです。そんなストとは関係なく、昨日、今朝と地下鉄は止まりまくり、サボることがDNAに刷り込まれているであろうイギリス人は、これ幸いと仕事に遅れます。
 昨日、実名を出すと、LloydsTSB銀行のある支店に小切手をあずけにいきました。なんと珍しく、開店時間の午前9時に扉が開いて、すぐにカウンターに。そこでいわれたのは「ごめん、出納の機械を始動させることが出来る係りが誰も来ていなくて何も出来ないの」。月曜の朝からこれかよ、と思いつつ昨日は諦めました。
 で、今朝。コースが始まる前にどうしてもと思い、カレッジに程近い別の支店に。8時58分に扉を開けた女性曰く「まだ、私しかこの支店に居ないから、9時には開けられそうもないんだけど、いいかしら?」。流石に切れかかりました。取り敢えず待ちましたけど。
 で、8時59分に他の女性が悪びれもせずに煙草を吸いながら支店に入っていき、9時2分に開店。最初に支店に到達した女性が悪くないのはわかっているけど、彼女が「2分遅れだったらいいほうよね」、なんていうから思わず「9時開店はナンのためにあるわけ?ロンドンの地下鉄が遅れるのは事実なんだから、それを見越してくるべきだろ」、と思わず声が大きくなってしまいました。
 怒らないように、怒らないように生活しているんですけどね。

 家族がいつも送ってくれる新潮社の「波」の最新号に、数学者の藤原正彦さんと、脚本家の山田太一さんの対談が掲載されていました。その中で、山田さんが「マイナス体験を合理的に片付けようとして、カウンセラーによって切り抜けさせたりするのは間違っていると思います」、と。
 この発言、悲しかったです。僕が今勉強しているサイコダイナミック・カウンセリング、またそのもっとディープなもの、サイコアナリティック・サイコセラピーは、マイナス体験を合理的に片付けようなんて物では有りません。逆に、マイナス体験を受け止めることが難しい人を、時間をかけてサポートするものです。日本でのカウンセリングへの認識、いまだこの程度のものなのか、と思うと勉強を終えることが出来て日本に戻っても、先行きは不透明な感じです。

 つい最近、友人の知人家族に、エリザベス女王がしているらしいナイフの持ち方と扱い方を教わりました。これで、ヨーロッパ・ロイヤル・ファミリー・ウォッチャーとしてディナーに招待されても大丈夫。

 最後、2006年のロイヤル・メイルの記念切手はかなりいいです。1月に発売される切手は、ビアトリクス・ポターが描いた蛙や、日本人童話作家が描くどら猫の予定。
http://www.royalmail.com/portal/rm/content1?mediaId=22700606&catId=400139

 今週末に、なんとしてもクリスマス・カードの宛名を印刷で切れば、と。皆さん、胃腸は大切に。

キャンセルに泣く

2005.12.10
すいません、エンタメ続きます。

 昨晩、バービカン・ホールで、サイモン・ラトル指揮、彼の現在の奥方、メゾ・ソプラノ歌手のマグダレナ・コジェナーによる、ハイドンとモーツァルトのアリアの夕べを観る予定でした。
 会場で配られていた紙は、「病気の為にコジェナーは降板しました。替わりに、Malena Enmanが歌います」。このチケットを予約したのは9ヶ月以上も前の今年の2月、ずっと楽しみにしていたのに、それはないだろう、と。病気にならない人間なんて居ないけど、ちょっとプロ意識に欠けるんじゃないの、ラトル夫人。腹立ったのでリファンドしてもらいましたが、リファンドの列はかなり長かったので、代役に立った方がちょっと気の毒にも。いっそリサイタル自体をキャンセルすればよかったのに、と。
 実は、サドラーズ・ウェルズ劇場で上演されている、マシュー・ボーンの新作「エドワード・シザーハンズ」も、予約しておいたロンドン初日の11月22日と、千秋楽の2月5日がキャンセルになってしまって。辛らつなメールを送ったので、写真をもらえなくなったらどうしようかな、なんて。

 でも、実はコジェナーは別の機会に観ました。11月の終わりに、同じくバービカン・ホールで、アメリカ人カウンター・テナーのデヴィッド・ダニエルズとのジョイント。メゾとカウンター・テナーなんて珍しい組み合わせでしたが、面白かったです。
 いつもの通り容姿から。コジェナーさん、美人、そして背が高い。恐らくその背の高さからか、姿勢が余り良くない。でもって、ドレスが透き通るような美しい肌に合う色合いでなかったので、さらに印象が暗くなってしまって。アンジェラ・ゲオルジューを除いて、東欧出身の歌手の皆さんは、もう少しドレスのセンスを磨いたほうがいいのでは、といつも思います。
 コジェナーの生の歌声を聞いたのはこれが初めてでした。技術的には、本当に素晴らしいんです。が、こんなこともあるんだと自分でも驚きましたが、彼女がソロで歌う声、まったく心に響く声ではありませんでした。単に僕が求める声ではなかった、ということだと思います。
 続いてダニエルズ。カウンター・テナーの中ではセンスの良さで売っていると思っていたダニエルズ。当夜の衣装は、濃紺の背広にえんじ色のネクタイ。サラリーマンじゃないんだからさ。双方、見た目にかなりがっかりしました。
 それぞれのソロも今ひとつインパクトに欠ける印象だったのですが、デュエットの素晴らしさが格別でした。本編では1曲しかデュエットはなかったんですが、3曲のアンコールは全てデュエットで、全てヘンデルのオペラから。これが極上の絹の織物のような滑らかさ、つややかさでバロック・オペラの素晴らしさを堪能しました。

 11月前半には、ルネ・フレミングを。今思い返せば、ヴィヴィアン・ウェストウッドの新作の、とってもゴージャスなクチュール・ガウンを優雅に着こなしたフレミングは、これぞオペラ歌手の王道だろう、というくらいのゴージャスさ。でも喋るとやっぱりアメリカ英語でした。
 本編は現代音楽が多くて、もう一つの印象でした。が、本編の最後で歌われたシューマンの歌曲。それとアンコールの最後で歌われたリヒャルト・シュトラウスの曲は彼女の本領を存分に味わえるものでした。後者のタイトルが聞き取れなかったんですが、歌う前に「Sorry, Deborah」といっていたので、恐らく、太りすぎてロイヤル・オペラの「ナクソス島のアリアドネ」を降ろされたデボラ・ヴォイトのことだろうな、と。ということで、ピアノの伴奏で歌われた(恐らく)アリアドネのアリアは新鮮に響きました。フレミング本人は、ベル・カント・オペラをもっと歌いたいようですが、彼女の声はシュトラウスやドイツ歌曲に向いているようです。フレミングも、来年日本でオペラを歌うはず。

 クリスマス・カード、恐らく、12月25日過ぎにならないと投函できそうもないので、お嫌でなければ、年賀状として受け取ってください。
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唯一無二の声:チェチーリア・バルトリ

2005.12.10
親愛なる皆さん

 こんにちは、日本は冷え込んでいるようですね。ロンドンは、寒さはそれほどではないですが、骨身に染み込むような湿気が重いです。

 本文に行く前に、チャコットがアップされましたので、お時間のあるときにでも。
http://www.chacott-jp.com/magazine/around/uk_36.html

 エッセイ締め切り前だったのと、初見の作品が多くて、まとまりにかけるところも有りますが、今回は吉田さんの素晴らしい写真を使うことが出来たのでホットしました。

 12月7日に、バービカン・ホールで観てきた、イタリア人メゾ・ソプラノ歌手、チェチーリア・バルトリのリサイタルは、初めて彼女の奇蹟に遭遇した4年前のウィグモア・ホールでの感動が蘇るほど素晴らしく、なんかこの1年の苦労が吹っ飛びました。

 リサイタルは、先日リリースされたばかりの「Opera Proibita」(禁じられたオペラ)から。日本では発売されたばかりのようですね

 CDに収録されているアリア(ヘンデル、スカルラッティ、カルドラ)は、実際はオラトリオなので、舞台で観る機会はないかもしれないです。CDが発売されたときのレヴューでは、ジャケットが良くないだの、彼女の驚異的なコロラチューラを体操選手が歌っているようだ、などの言葉が散見されましたが、生の歌声は、そんな言葉を蹴散らした上に、魂が溶けてしまうようでした。演奏はバーゼル・チャンバー・オーケストラ。

 開演前にプログラムを読んでいて不思議に思ったのは、「あれ、今晩のドレスはヴィヴィアン・ウェストウッドじゃないのかな?」、と。バルトリのリサイタルはこれまで4回観てきましたが、いつもプログラムのどこかに、「今晩のガウンはウェストウッドによるクチュールです」、とありました。
 どうしたんだろうな、と思っていたら、バルトリさん、痩せていました。先月ある新聞のインタヴューで、「少し痩せたのよ」と答えていましたが、ますます美貌に磨きが掛かったよう。当夜のドレスは黒のシンプルなドレス。でも、体の線が強調されていて、本人も今の体型に満足していることは明らかでした。特に足。ウェストウッドのガウンは、スカートの部分がたっぷりしていて、足首を観ることなんてなかったんですが、これまでバービカンで観てきたどの歌手よりも細く高いハイヒールでした。珍しく、アクセサリーもたくさんしていて、ネックレス、プレスレット、重そうな指輪は全てダイヤモンド。

 リサイタルの1曲目はスカルラッティの「Qui resta....L'alta Roma」。テンポの速い曲で、彼女の唯一無二のコロラチューラ歌唱もばっちり。これでバービカン一杯の聴衆の心をがっちりつかみました。彼女のリサイタルではいつも思うことですが、今、自分の目の前に居る女性の歌声は本当のこの世のものなのか?、そんな思いが一気に込み上げてきました。この夜は、腕の動き、上半身の動きも雄弁で、テンポの速いアリアでは、イタリアの、特にローマの輝かしい太陽がロンドンを照らし出しているようでした。
 続いて、カルドラの「Calda sangue」(My life is blood)。一転してゆっくりとしたこのアリアでは、バルトリの美しい声、特にピアニッシモの繊細な響きに目頭が熱くなりました。シルヴィ・ギエムが舞台に居るときと同様、バルトリから目を離すなんて、不可能です。
 前半最後は、ヘンデルのアリアが3曲。その2曲目、「Lasci la spina, cogli la rosa」を彼女が歌い終わったとき、上手く表現できない自分がもどかしいですが、本当に美しいものを体験したとき、人は動きを止めてしまうんだな、と。多分、一秒の何分の一かでしょうけど、会場に居る全ての人が動くことができないようでした。それに続く拍手とブラヴォーの洪水。リサイタルの前半のアリアで、聴衆からの拍手が2分以上も続くなんて初めて体験しました。バルトリ自身も感無量の表情。
 すっ飛ばして本編の最後。ヘンデルの「Disseratevi, o porte d'Averno」。ヴァイオリンの、チェロの、そしてトランペットの一音にあわせて歌われる凄まじいスピードのコロラチューラ。正直、余りに速いアリアなので、流石のバルトリも少しピッチが乱れた所もあったように思います。が、それを差し引いて尚、聴衆のために歌える喜びに満ち溢れたバルトリの姿からは、人間ってこんなにも美しい瞬間を生み出すことが出来るんだ。
 アンコールは4曲。クレオパトラのアリアや、オン・ブラ・マイフでした。3曲目に歌われたスカルラッティの「Ecco negl'orti tuoi」が終わったときには、バービカンでみる、久しぶりのスタンディング・オヴェイションでした。

 バルトリは、来年3月に、10数年ぶりに日本でリサイタルをするそうです。チケットはもう発売されているだろうし、既に売り切れているでしょうけど、どんな阿漕な手を使ってもチケットを入手していく価値ありです。
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