LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2006年10月の記事一覧

オイスター・カードのよしあし

2006.10.23
親愛なる皆さん

 こんにちは。ここ数日の報道によると、今年のイギリスの秋は異常なくらい暖かいそうです。

 オイスター・カード、過去3年くらいの間にロンドンを訪れた方は、地下鉄の改札や、バスの入り口に取り付けられている黄色い円盤状の物体に、乗降客が何かを押し付けているのを目にしたことが有ると思います。
http://www.tfl.gov.uk/tfl/fares-tickets/oyster/general.asp

 僕が心理学のコースに居た頃から出回り始めたように記憶していますので、少なくとも3年前には使われ始めました。基本的に、ロンドン市内の地下鉄とバスで使うことが出来る、プラスティック製の定期のようなもの。利用者の都合によって、週ごと、月ごと、更に年間、そしてトップ・アップ方式で購入することが出来ます。昨年7月に帰国した時に思いましたが、本当に使いやすいです。東京だと、JR、バス、地下鉄はまったく別の料金体系で、本来の定期をもっていないと、乗り換えるごとにカードを確認し、更に料金の残高まで気をつけなければなりません。
 僕は、ゾーン1と2の年間で購入しているので、バスに何度のろうが、地下鉄でロンドンを東西南北に行き来しても、一つのカードだけですみます。更に、ゾーン1と2のオイスターにしておくと、グレーター・ロンドン内(ゾーン2より更に奥)のバス料金を払う必要は、今の所ないです。今年の夏は、何人もの友人がロンドンに滞在したので、トップ・アップのものを用意して彼らが使えるようにしておきました。楽だったそうです。
 オイスター・カードが発売になった当初は、料金体系の選択は現在より少なかったですが、最近は、ケン・リヴィングストン・ロンドン市長が先頭に立って、普及に努めています。これがちょっと問題で、最近では、オイスター・カードだと80ペンスのバス料金が、現金(紙チケットの値段)だと1ポンド50ペンス。来年の1月からは、紙のチケットだと、ロンドン中心部、ゾーン1内の地下鉄料金(極端な話、たった一駅)は4ポンド、オイスターを使えば据え置き。これがやりすぎだとの批判を引き起こしています。
 確かに、オイスターは使いやすいですし、これを使わないで現金で払おうとする乗客とバス運転手の押し問答にはいらいらさせられます。最近では、バス運転手も強気で、小銭をもっていないからチケットを買えないという客の乗車を拒否する所にも何度も遭遇しています。

 この、高圧的とも、差別的とも取れるやり方に、イヴニング・スタンダード紙の著名コラムニストが、ひとつきくらい前に異議を唱えていました。まず、ロンドン近郊からブリティッシュ・レイル(BR)を使って通勤する人は、この恩恵に預かれない。何故なら、グレーター・ロンドン内を除き、BRの通勤定期(紙)とオイスターの料金体系と合致しない。またBR側も導入には消極的。2点目として、もし、トップ・アップでオイスターを使っているとして、夜遅くにバスで自宅に戻ろうとしたら、オイスターのクレジットを使い切っていた。地下鉄の駅は既に閉鎖されていて、クレジットを追加できない(バスではクレジットを追加できません)。バス運転手に乗車を拒否されたら、どうすればいい?歩いて帰るのか?

 最近ロンドンの生活で感じることですが、自分の生活の選択肢が有ると思っていたら、あるにしてもそれは自分で選べるものではなく、誰かが強要する選択肢の中ら何かをえらばなければ生活が成り立たない。自由が有ると思っていたら、いつの間にか、がんじがらめになっていた。そんなことを最近のオイスターの急激な普及、現金を使う客をなりふりかまわず排除しようとする動きから見て取れるようです。
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デヴィッド・ホックニーの風景画

2006.10.21
親愛なる皆さん

 こんにちは。聞き飽きたかもしれませんが、ロンドンの天気、日増しに鬱陶しくなってきます。

 肖像画で有名なデヴィッド・ホックニーが、2005年の夏から2006年の春にかけて、イングランド中北部のヨークシャーの風景画を制作しました。今年の8月下旬くらいに、いろいろな新聞で記事を見かけたんですが、まさか、ロンドンのいち画廊で無料で展示されていると思ってもいませんでした。数日前から、ナショナル・ポートレート・ギャラリーでも彼の特別展が始まりました。が、ホックニーが描く肖像画はいつ見ても神経を逆撫でされるような印象があって、まともに見たことはないです。

 本当に小さな画廊でした。オックスフォード・ストリートに連なる、これまた本当に短い通りにあるビルの3階と4階。看板がビルの上方にひっそりとあるものだから、通りを何度も往復してしまいました。

 ギャラリーに入って、最初の絵を見るなり、そのまま絵に描かれている風景の中に、道の真中に足を踏み出せるのではないかと。目の前の絵が広がり、壁の向こう側に本当のヨークシャーの緑に萌える大地、収穫の喜びを伝える麦畑、冬の朝の硬く凍った道が有るようでした。特に、6枚のキャンバスを使って風景を描いた連作、というか1枚の大きな絵の前では、絵の中に入り込める、キャンヴァスに触れたら自分はヨークシャーの大地を踏みしみている、そう固く信じました。

 印象に残った点は数知れず。まず、ギャラリーの4階の天井はグラス・ルーフでした。昨日、金曜日のロンドンの天気は、早朝は大雨、午後11時過ぎから、透き通った青空。丁度僕がギャラリーに居た時間帯は、大きな雲が次から次に空を流れていました。その雲が創る陰影で、ホックニーが描いたヨークシャーの大地の上に広がる空の色が、めまぐるしく変わるんです。面白かったです。
 一番の衝撃は、彼が道や畑を描くのに使った紫。夏の木陰の道、秋のぬかるんだ泥道、晴天の冬のピーンと張り詰めた朝の道、エネルギーを蓄えた春の畑の泥をそれぞれ微妙に違った紫を使って描いています。最初、「なんで、泥道が紫なんだ?」、と。
 ずっとそれらの絵の前に立ち尽くして見ているうちに、「そうそう、春の畑の土って、こんな風にオレンジがかった紫色をしている」、と。多分、ホックニーが見た風景を実際に見たら、何てことない風景なのかもしれません。描かれているのは全て、道、畑、木々、空ばかり。鳥、家畜、人物などは全く描かれていません。が、生命に溢れていました。

 ホックニーは、ヨークシャーの風景を愛しているのだと思います。購入したカタログによると、2005年の8月だけで、縦61センチ、横92センチの絵を7作も描いています。僕は油絵の制作に関しては何も知りませんが、1週間でほぼ2作品、ということになります。彼が、お金のためにこれらを制作したとは思いませんが、所有するとなると、莫大でしょう。でも、この連作、世界中に散らばって欲しくないです。誰か、絵を愛する金持ちが全作品を購入して、ずっと展示して欲しいです。
 著名な画家が描いたばかりの絵を見られるというのは、日ごろあまり経験できないのではないかと思います。この連作の最後は、2006年5月のクレジット。わずか5ヶ月前に描かれたばかりのホックニーの絵を見る行幸。残念ながら、展示は来週で終わってしまうので、観光情報としては役に立ちませんが、ウェブによると、カタログやポスターは購入できるようです。

http://www.annelyjudafineart.co.uk

 皆さん、よい週末を。

テイト・モダンの滑り台

2006.10.16
 おはようございます。ロンドンの夜明けは既に午前7時半。夏時間が終わるまで後2週間です。

 先日、チャコットが更新されたときに送ったメールの最後に短く書いた、テイト・モダンの新しい展示物、「長大な螺旋滑り台」を見てきました。

 http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/carstenholler/
http://arts.guardian.co.uk/news/story/0,,1891764,00.html

 ロンドンに出張中の、親しくさせていただいている方と今朝10時に、そこで落ち合いました。その方のロンドン土産話にもなるかも、それに安全そうだったら滑ってみるか、と気楽なものでした。

 甘かったです。まず、日曜日の午前10時に開場する娯楽施設というものは、デパートも娯楽に含めれば、ロンドン中心部、更にイギリス国内を考えてみても、ほぼ皆無といっても過言ではないでしょう。ということで、この曇天の元、家で暴れる子供を少しでも疲れさせて後で楽をしよう、と思ったかどうか親子連れ、さらにカップルの列が正面玄関にずらっと。そして開場と同時に、整理券を求めて老若男女がわれ先にダッシュ。
 並ぶのは慣れていても、長蛇の列を上手いことさばく技術をもっていないイギリス人ですから、会場数分後にして、整理券を求める為の列は、整理券を獲得するのに1時間は並びそうなほどの長さになっていました。既にこの時点で、試すのは諦めました。
 いつも大きな注目を集めるテイト・モダンの特別展示に使用されるエントランスの空間は広大です。そこに滑り台は、5台設置されていました。一番低い所のものはどうやら小さい子供専用のようでした。一番高いのは、日本風にいうとビルの6階から、ついで5階、4階からそれぞれ結構角度のある螺旋を描いて地上まで続いています。何人か大人が滑り降りてくるのを見たのですが、加速度が思ったよりありました。自分の体重からすると、ちょっとこれは怖いぞ、と。「日本人留学生、滑り台で勢いがつきすぎて飛び出して骨折」、なんて末代までの恥。

 まぁ、これから真っ暗になっていくロンドンに、わざわざ滑り台だけを試しに来ようなんて奇特な方、いらっしゃるとは思いませんが。でも、土産話にはなるかな、と。来年4月、イースターの直前まで展示されるようです。

 美術館・博物館情報をもう少し。唯一入場が有料の、Royal Academy of Artsでは、ロダンの特別展示を。ナショナル・ポートレイト・ギャラリーでは、最近生まれ故郷のヨークシャーの風景を描いて注目を集めたばかりのデヴィッド・ホックニーの特別展示が始まっています。ここ数年、ロンドンの真冬の風物詩は、期間限定のアイス・スケート・リンク。確か、ハロッズに近いNatural History Museumも前庭にリンクを設置していたようなので、ハロッズで買い物が終わってからひと滑り、というのも面白いのではないかと。

王室情報、滑り台

2006.10.11
親愛なる皆さん

 こんにちは。雷雨のロンドンです。

 「セイクレッド・モンスターズ」について、2つつけたし。まず、ギエムの存在がなかったとしても、今回の舞台でよかったであろう点は照明。モダン・バレエやコンテンポラリーだと、「何でこんなに暗い舞台にするわけ?見えない舞台を見にお金を払ったわけじゃない」、というぐらい暗い照明(というのかあれを?)が多い中、とてもみやすい舞台でした。
 2点目は、多文化の交わり。チャコットの記事をご覧いただけるとお判りいただけると思いますが、今回の舞台に携わった皆さんの国籍のばらばらぶり。にもかかわらず、舞台の統合性は素晴らしいものでした。こじつけになりますが、この点を理解したのは自分の失敗からです。
 公演3日目に、ポスト・パフォーマンス・トークがありました。本当はギエムに質問したかったんですが、あまりにマニアックな質問だったのでやめてカーンにしました。質問は以下の通り:「Your personal background is Bangladesh and you are specialist in an Indian classical dance. You use a sort of Qawaali for your solo part, the music which is said to be Pakisitani traditional music. Is it common to use such music for Kathak?」
 カーン曰く:「あれは、今回の為に作曲したものだから、純粋なカッワーリではない。恐らく、ファヒーム(ヴォーカル)がパキスタン人だからそういう印象をもたれたのでしょう。僕にとっては、バングラデシュ、インド、パキスタンは一つのインド文化。カッワーリを使うことは僕にとっては自然なこと」。自分の小賢しさに赤面してしまいました。
 この経験を、後日、コルカタ(カルカッタ)でずっとヴォランティア活動をしている友人に話したところ、答えは明快でした。「インドにかかわりがないと知らないのだろうけど、1949年(47年?)の分離以前は、今のバングラデシュもパキスタンもインドだったのよ。政治的なことで国は分けられているけど、文化は今でも共有しているのよ」。

 フランスやベルギーに行くことがあれば、必ず買い求める世界の王室のことを知りたければ「これだ」、という雑誌。フランス語、全く理解できません。
http://www.pointdevue.fr/contenu/fr/default.php?rb=1
 ロンドンでは買えないんだろうな、と思っていたら漸く販売している所を見つけました。ロンドンには1週遅れで入ってくるようです。先週号の表紙はスペインの皇太子夫妻。どうしてかというと、レティシィア妃、お二人目をご懐妊。予定は来年の5月のようです。日本同様、ここも男子が王位継承権という法律のもと、同様の論議が沸き起こりつつも、日本同様二人目が生まれてからでも、という雰囲気のようです。でも、スペインでも女王が認められれば、次の次の世代、ヨーロッパには4人の女王が君臨することになる可能性も。女王の方が王より格好いいと思います。
 同じ号には、オランダのマキシマ皇太子妃が3人目をご懐妊、らしいです。もう、マキシマさんの写真集が有ったら即購入したいくらいです。それと、ルクセンブルクの出来ちゃった婚の王子の子連れ結婚式の写真。更に、全然興味がなかったの追っていなかった、ロマノフ朝のある方の亡骸がロシアに戻るセレモニーでデンマーク王室のメンバーが勢ぞろい。今まで聞いたことも見たこともなかった、イタリアのSavoie(サヴォワ?)家の写真など。
 その前の号では、世界の王室内における兄弟・姉妹の力関係(多分)の特集記事。モナコのカロライン妃とアルベルト王子、ウィリアムとハリー、スペインのカルロス国王とアルフォンソ、ベルギーの現アルベルト国王と亡きボードワン国王(兄)、そしてスゥエーデンのヴィクトリア皇太王女と弟のカール・フィリップ。スゥエーデンは既に王位継承は第1子となっているのでヴィクトリアさんがなることはほぼ確実のようです。が、記憶違いでなければ、父親のカール・グスタフ国王は息子についで欲しい、などと言っているそうです。
 で、勿論日本の皇室だって。皇太子と秋篠宮の写真のキャプションは「Les freres ENNEMIS」でした。これは、宿敵、という意味でしょうか?イギリスのわけ判らないセレブより、もの凄くスリリングな分野だと思います。

 最後に観光情報。
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/carstenholler/
http://arts.guardian.co.uk/news/story/0,,1891764,00.html
 巨大なエントランスの特別展示がいつも大きな注目を集める、ロンドンはテムズのほとりのテイト・モダン。今回は、巨大なスパイラル滑り台です。体験できるみたいです。

ドイツ語の将来を憂う=>S教授からの追加情報

2006.10.09
幾つになっても、恩師からの進言はありがたく。




添付読む前に細かいことだけ急いで。
-ieren を付けて外国語をドイツ語の動詞化するのはおっしゃる通りかつてドイツ語でやってたこと(今は -en だけ。例: jobben = アルバイトする)です。ただ、studieren はラテン語からでしょう。英語からの例では attackieren, shockieren が思い浮かびます。
ドイツ語の難しい単語は英語のそれと共通するのが多いですねえ(ですから英語のできる人は、ドイツ語中級くらいまで進むと、飛躍的に語彙が増えるはずです)。双方、ラテン語、ギリシア語、フランス語から採り入れたので、英語から直接ドイツ語に難しい単語が入った、あるいはその逆の例は少ないでしょうが。

ドイツ語の将来を憂う

2006.10.09
親愛なる皆さん

 連休明けにこんなに受け取る迷惑を考えろよ、と思われている皆さんもいらっしゃることでしょう。

 タイトルとは裏腹に、今朝のThe Sunday Telegraphで、大笑いしながら読んだ記事。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2006/10/08/ngerman08.xml

 短い記事ですので、是非。英単語による言葉の乱れ、というか破壊が進んでいるらしいドイツで沸き起こっている英語への反発。ドイツ語を理解される方は思わずくすりとすると思いますが、記事で書かれている「Eine tolle Latte to go」で大笑いしてしまいました。だって、意味通じてしまうんですから。
 記憶違いでなければ、ドイツ語には英語から来た言葉、特に幾つかの動詞は英語圏からきたのは明らかです。例えば、Studieren(S教授、正しいでしょうか?)などにみられる、-renをつけることによってドイツ語化する、という仕組みだったような。でも、記事に書かれている反発は、これとは全く次元の違う、もっと深刻な言葉の乱れのように思います。
 イギリス人のしぶとさ、無神経さを考えると納得が行くというか、英語って、生命力の強い言葉だな、と思ってしまいました。悪い言い方をすれば、まるでどこにでももぐりこみ、繁殖するゴキブリのようなヴァイタリティを感じます。

 最近、ソーシャル・ネットワークの一つMixiのほうにうつつを抜かしていましたが、長いメールを送ることが、僕のロンドン生活の基本。ということで、素材として、「本当に酷いNHS」、「オイスター・カードの功罪」、「地方郵便局の廃止と選択の剥奪」なんてのを考えています。

 ロンドンはもう晩秋の趣。冬時間に戻るものもうすぐです。

セイクレッド・モンスターズ

2006.10.09
 こんにちは。これは自分の為に記録を残しておきたい、という舞台に久しぶりに巡り会ったので。シルヴィ・ギエムとアクラム・カーンによるコラボレイション、「セイクレッド・モンスターズ」です。手前味噌になりますが、10日にアップされる予定のチャコット・ダンス・キューブ10月号とあわせて読んでいただくと、MORIYAがどうとち狂ってこんな長いものを書いたのか、というのが手にとるようにご理解いただけると思います。文体に統一性がないこと、先に断っておきます。

 この舞台については、ロンドンでの評価は真っ二つでした。否定派の意見も理解できますし、昨年のラッセル・マリファントとのコラボレイション、「PUSH」に寄せられたような手放しの賛辞がないのも判ります。が、ギエムの追っかけとしては、満足の行くものであったし、4回も観ることが出来た自分の幸運もひけらかしたいし。これは、記録として読んでいただければと思っています。

 幕が上がる。舞台セットは、洞窟のような、もしくは氷河のような、白っぽい岩肌のような感じ。セットを背にして、ヴァイオリニスト、チェリスト、パーカッショニストは舞台右手側に立ったり、座ったりしている。男性ヴォーカル(以下、ファヒーム)だけは、舞台左手の楽器がおいてある位置に。
 ギエムは、舞台右手にうつむいたまま立っている。その両手には、グングルを縄跳びの紐のように握っている。カーンは、舞台左手後方で、セットを背にして立っている。
 「ショボー(と聞こえました)」という沈んだ感じの女性の声が。女性ヴォーカル(以下、ジュリエット)が左袖から現れる。何かを探しているように、ゆっくりと、時に立ち止まる、また歩きながら「ショボー」と繰り返す。

[ここからギエムのソロが始まるところまでちょっと記憶が不鮮明]
 ジュリエットはギエムに歩み寄る。そして彼女に向かって「ショボー」と語りかける。ヴァイオリニストが音楽をゆっくりと奏ではじめ、弾きながら左側のミュージシャンの位置に移動。正座していたチェリストも、弦を爪弾きながら移動。左手前方に移動したジュリエットは、スカートの裾をたくし上げ、足踏みを始める。その動きは拙い。
 舞台後方から、ジュリエットに近づくカーン。彼女を真似て、ズボンの裾をたくし上げると、両足首にはグングルがしっかりと巻きつけられている。ここで、彼の足の大きさ、厚さに驚きました。ジュリエットを真似て足踏みを始めるカーン。ジュリエットの足踏みが素人のそれである一方で、カーンの足踏み、刻みの速さはは常人が真似できないほどの速さと正確さ。
 突然、他の女性ヴォーカルが響く。ヨーロッパの古い曲のような、また日本の古い子守唄のようにも聞こえる。実際、初めて観た日は「五木の子守唄」かと思いました。
 ギエムがゆっくりと顔を上げる。歌っていたのは彼女だった。結構、いい歌声。ジュリエットがギエムの背後に。一方で、カーンはギエムのパリ・オペラ座・バレエ学校時代、そして「古典(クラシカル)バレエ」という枠組みの中で馴染めなかった彼女の想いを話す(具体的に何を言ったかは忘れた)。カーンが語り終わると同時に、グングルをステージに落とし、うずくまるギエム。

 ギエムのソロ・パートが始まる。振り付けは、台湾のクラウド・ゲイト・シアターのリン・ホヮイ・ミン。音楽、旋律は思い出せないけど、とてもしずかで抽象的な印象。ギエムの踊りには、いわゆる「古典バレエ」のヴォキャブラリーはあからさまには組み入れられていなかった。が、ギエムの動きからは、彼女が超一流、且つ正当な古典バレエ・ダンサーであることはしっかりとわかった。
 最近、ギエムは日本のある武道家にコンタクトをとった、との話を聞いた。実際に、彼女がその武道家に既に何かを教わったのかどうかは知らないが、特にゆっくりしたパートで見せた、腕や上半身の静謐な動きからは、合気道のようなイメージを持った。また、動から静、静から動へ一瞬で切り替える身体のコントロールもほぼ完璧だったように思う。
 ギエムのファンとしては、嬉しさ半分、焦燥感半分といった所。彼女からは身体機能の衰えなどは全く見られなかった。ギエムが「古典バレエ」を踊ることを止めたのは、もしかしたら持久力に対して不安でもあったのか、とこのかなりしずかな印象のソロ・パートでは思った。しかし、この疑問は、後半のデュオ・パートで雲散。
 このソロ・パートで最も印象的だったのは、ギエムの視線。否定的に響くかもしれないけど、パッションは見て取れなかった。替わりに、しずかで強い視線があった。何かを見ているようない、何も見ていないような。機会があったら、尋ねてみたい、「ソロ・パートでは何を見ていたんですか?」、と。
 始まりが突然だったように、終わり方はぴたっと、何の前触れもなく終わった印象。そのままギエムは左手後方に進み、セットの末端のところに座る。

カーンが、右手前方中央に出てくる。今度はカーンが彼自身のことを語る。彼が学んだ「古典」、インド8大舞踊の一つカタク(Kathak)にまつわる彼の懊悩を語り始める。
 内容に進む前に。カーン自身は、イギリスで生まれ育った「イギリス人」だが、バック・ボーンはバングラデシュ。ということで、日本人から見れば、彼の外見からだけでは、バングラデシュなのか、インドなのか、パキスタンのなのかを判断するのは不可能。偏見むき出しですけど、彼のあまりにも真っ当な「ブリティッシュ・イングリッシュ」には驚きました。
 カーンは「クリシュナ」について語る。舞踊の世界で描かれるクリシュナは、鮮やかな青の肌に、つやつやした黒髪の神。翻ってカーンは、肌は黒く、どうやら若い頃から既に髪を失い始めていたよう(現在は、綺麗な禿頭)。カーンは、特に髪を失ったことで自分は「古典カタク」の枠組みの中にいることは出来ないのではないかと悩む。でも、カタクを学びたい。ある日、カーンはテレヴィのCMで、スプレー式の偽の髪を見つける。本気で買おうと思った。
 ここから、カーンのカタクのパート。音楽は、僕の耳には、パキスタンの伝統宗教音楽、カッワーリのように聞こえた。恐らく、このパートのメインをとるファヒームがパキスタン出身、更に彼がハルモニウムを奏でていたからだろう。伝統的なカッワーリと違ったのは、裏にジュリエットのヴォーカルが入ったこと。
 音楽が一時かなりのめりこんだカッワーリだったこともあり、このカーンのソロ・パートには圧倒されました。まず、彼の足さばき。「西洋古典バレエ」と違って、つま先だけを使うというのではなく、足踏みや回転は、全て足の裏全体を使っていました。重そうなグングルを両足首に巻きつけているにもかかわらず、細かい足の刻み、超高速の回転からは、まったく別の世界に存在していた、別の「古典」という枠組みの美しさと深さを十二分に伝えるものだった。何より、カーンの目の輝きは、まるで少年のよう。神の為に、聴衆の為に、自分の為に、そして今彼が立つ舞台のために踊れることの喜びに満ち溢れていた。
 そして最後。バレエで言えば、グラン・パ・ド・ドゥの「コーダ」と呼ばれる部分のソロ・パートの盛り上がりを見せるシーンに似たシークウェンス。右手後方から、左手前方にむけて移動する十数秒間のパフォーマンスは、今瞬きしたら一生後悔する、一瞬でそう思ったほどの美しさを創りだしていた。カーンが何をしたかというと、いたってシンプル。身体は聴衆に向けたまま、右手を進む方向にすっと伸ばし、顔も同じ方向に。まさしくカッワーリの、それも高揚感を伴う上昇旋律にのったヴォーカルが響く中、両足を高速度で刻みながらグングルにつけられている100個はあろう鈴の音を高らかに響かせ、一瞬もとどまることなく進む。言葉にすると、本当に弱い。でも、自分が見据えた方向に、溢れんばかりの歓喜と微笑を絶やすことなく踊りつづけ、舞台を進みつづけるカーンの姿は、まるでカーンがカタクそのものになったようだった。
 その間、ギエムは座ったままカーンの踊りをずっと見つめている。視線はとても穏やかで、慈しみの気持ちを表しているようだった。

 ソロ・パートが終わり、左手前方で座り込み、グングルを外すカーン。汗は滝のように流れている。にもかかわらず、息も切らせずに、再び語り始めるカーン。ギエムは、カーンが座り込むと同時に髪を梳かし始める。立ち上がり、カーンに近づきながら、髪を三つ編みにするギエム。
 クリシュナとカタクについて語りつづけるカーンを呼びかけるギエム。「アクラム」、ギエムの強烈なフランス訛の、でも綺麗なブリティッシュ・イングリッシュ。「アクラム、貴方は、美しい、禿頭のクリシュナよ」。

舞台中央に一緒に進むギエムとカーン。向かい合い、両手をつなぐ。ここからカーンが振付けたデュオ・パートの始まり。
 両手をしっかりつないだまま、二人の動きの速いこと。腕をくねらせ、上半身を別方向に反らせ、ギエムが床にまろび、その間両手は離すことなく。あたかも、二人の間から幾重ものメビウスの輪、無限大のシンボルが生み出されているようだった。
 初めてこの振り付けを観たとき、4つのパートから構成されているとは知らなかったので、「こんなに体の動きを限定しているにもかかわらず、凄まじい運動量のこの踊り、後30分もつづけられるのか?」、と。並の一流ダンサーだったら、3分もたなかったのではないかと思います。3シークゥエンスくらい終わった所でいったん手を離したが、再び手をつなぎ踊りつづける。
 また手を離すと、今度はお互い舞台の別方向に回転しながら移動。ついで、両腕を広げたまま高速回転で中央に移動。「ぶつかる」と思った刹那、ギエムとカーンの身体のテンションがすっと解ける。紙一重のところで止まり、触れそうでいて全く触れていない距離で向き合ったまま上体をしならせる二人。この振り付けも何度か続いたけど、前半のお互いを認め合うようなシーンとは違って、なんだか、電極のプラスとマイナス、あい入れない原子がぶつかり合っているようだった。スピードに関しては、カーンの方がかなり速かった。
 カーンがギエムの胸に触れようとすると、彼女はその手をかわす。ギエムがカーンの腕を取ろうとすると、カーンの腕はそこにない。次第に二人の間の空気が、柔から剛に。先に、ギエムがカーンを威嚇する振りを始める。彼女のほうがカーンより上背があるので、頭上から威圧し、圧倒するかのようにカーンを舞台右手に追い詰めていく。
 追い詰められた所から、カーンの反撃。ギエムに向かって頭突きの振りを繰り返す。念のため書いておくと、すべてのシーンはきちんとした「踊り」のフォーマットの中で表現されています。
 カーンの頭突きが当っているかのように、身体を捩り、逃げるギエム。が、最後には、苦しそうに舞台に横たわる。カーンが舞台右手に下がり、ギエムの呼吸音だけが会場に響く。おもむろに語り始めるギエム。

 「私はイタリア語を習いたかった。あるときミラノの図書館で『ピーナッツ』を見つけた。使われているイタリア語は、子供向け、且つ日常のもので判り易かった。登場人物の中でひきつけられたのは、チャーリー・ブラウンの妹、サリー。いつもはしずかなのに、偶に爆発し、自分の身の置き所がないのを嘆く。[数センテンス、聞き取れず]。周囲の人は、私(ギエム)のことをサリーと呼ぶようになった」。
 このパート、話の内容より、彼女の身体の動きのほうがギエムの特異さをより鮮明に語っていたように思う。ワン・フレーズごとに、首を、腕を、肘を、膝を曲げるギエム。アシュトンやマクミランもので発揮された一流の演技者としても、この『セイクレッド・モンスターズ』を創り上げている姿勢がうかがえた。何が凄いって、左手を床についていた時に、肘関節を、常人なら絶対に行かない方向に曲げたこと。会場中が一番どよめいた瞬間だけど、本人は涼しい顔でもとの位置に関節を戻していた。4回観て、4回ともギョッとしました。
 カーンがギエムに近づき、何かを話し掛けている途中から、ジュリエットが舌を上の口蓋ではじいている音をさせ始める。ギエムとカーンは、次のパートを踊りだす。

 音楽は、旋律を細かく切るもので、ギエムとカーンの動きもそれにあわせて、身体の各パートを、かくっ、かくっ、と人形のように動かす振り付け。メカニカルに動きながら、お互いをはねのけるようなダンス。簡単そうに踊っていたけど、難しいんだろうな、ということは明らか。
 かく、かく動きながらカーンがギエムの三つ編みをつかむ。ギエムがカーンを押しのける。中盤、ギエムが木魚を叩くように(日本人の発想)カーンの頭を押し付ける仕種。するとカーンは、思いっきり息を吹き出してギエムを吹き飛ばそうとする。音楽もブォーーンてな感じ。何度か試みて、最後にギエムは左手そでに吹き飛んでいく。

 一人残ったカーンは、舞台中央後方に座り込む。うつむいたまま、自問自答し、何かをつぶやき始める。時折、横座りしていた姿勢から、急に跳ね上がるように立ち上がっても、またすぐに座り込む。何度も立ち上がり、そして座り込む。次第にカーンのつぶやきが鮮明になってくる、「What is wrong? What is right?」。
 舞台に出てきたギエムが語り始める。「古典(もしかしたらクラシカル・ダンサーと言っていたかも)の世界では、質問することは許されない。質問をもつことさえ許されない」、といった感じ。立ち上がったカーンに近づき、背後から彼を優しく抱きしめるギエム。

 ギエムはカーンの正面に回り、両足で彼女の身体をカーンの腰にしっかりと固定する。すっくと立つカーンからは、重力も、ギエムの重さも感じられなかった。ファヒームの厳かなヴォーカルが響き渡る中、まるで全く漣のない水面、もしくは鏡を挟んでこちら側と向こう側でシンメトリカルに、ア・シンメトリカルに腕と上半身をシンクロさせる二人。水面に映った自分の姿に溺れたナルシスと違って、彼らが見出したのは、なんと言うか「安堵感」かな、と。
 自分の言葉の弱さを痛感しますが、このパートが舞台にもたらした普遍性は、とても強いものでした。正直な所、振り付け自体は、「本当にギエムはこのパートを踊りたかったのかな」、と思ったのも事実。反面、それぞれの「古典」を極めた、無理のない動きに見えながら完璧にコントロールされた美しい人間の身体はそれだけで「芸術」でした。会場にいたほぼすべての聴衆が、息を止め、すべての動きを止めてしまったような静けさが会場を覆った数分間でした。

 踊り終わったところで、ギエムがなにか彼女の気持ちを英語で表そうとするも、英語が思い出せない。カーンが、「これ?あれ?」と助けようとする。それでも納得が行かない風のギエム。このパート、一番つまらなかったので、後は思い出せません。
 ギエムがタオルで床に滴った彼女の汗をタオルで拭いていると、音楽が始まり、カーンが中央前方で両腕を、体全体を大きく動かし始める。カーンの横に来て、同じ動きをするギエム。躍動感溢れる音楽に乗り、同じ振りを繰り返す二人。単純な発想だけど、「さあ、進もう」とお互いに語りかけているよう。最後、二人が動いたとき、音楽がならなかった。ミュージシャンのほうを見る二人。途端に最後の音がなり、舞台は暗転。

最初に書いたように、評価は見事に割れました。僕が読んだ中で、一番熾烈だった評はこれです。
http://enjoyment.independent.co.uk/theatre/reviews/article1735176.ece
 指摘されている自己満足、自惚れ、自分探し、というポイントは頷けます。それ以外、なかったですから。ただ、この点は、脚本の影響がかなり有るのでは思います。深みがあるようでいて、パートによってはかなり薄っぺらな印象がありました。
 それと、満足したとはいえ、ダンスの部分で統一感がなかったのも感じました。たった75分のステージで、3人の全く異なる振り付け家が創作したダンスを盛り込むのは、観客の集中力をそいでしまう危険性もあるのではと思いました。デュオの最後のパート以外は、本当に高水準の振付ばかりだったので、こんな印象を持ってしまうのは残念です。

 3日目に、ポスト・パフォーマンス・トークがありました。質問に答えたのは、ギエム、カーン、それと作曲家でチェリストとして舞台にもいたフィリップ・シェパード。
 シェパードに対して、こんな質問がされました。「舞台を創作していく過程に参加したことについてどう思いますか?」。
 シェパード曰く、「実際にダンサーが踊っている所に参加して作曲するのは初めてだったので、大変面白かった。更に、シルヴィの踊りを観たこともなかったし」。すかさずギエムは茶目っ気たっぷりに、「私は20年も踊っているのよ」と。すぐにシェパードも切り返して「シルヴィ、君の舞台は、Expensiveなんだから」。

 これを書き始めるまでに考えていたのは、どうしてギエムはこの方向に進んでいるのか、ということ。吉田都さん、ジョナサン・コープ等のロイヤル・バレエのヴェテラン・ダンサーや多くのバレエ・ダンサーが、歳を取ると「古典バレエ」は体力的に本当に難しい、と言っています。
 ギエムに関しては、今回の舞台を観る限り、体力的な問題があるとは思えませんでした。充分、オデット/オディール、オーロラ姫、キトリを今でも踊れるはず。僕の勝手な思い込みですけど、精神的な面からの「年齢」かな、と。いわゆる「古典バレエ」のヒロインって、僕が知る限りだいたい10代だし(ジゼルは幾つかな?)、観客だって、本当の10代のダンサーは無理にしても「出来る限り」10代に近いダンサーが踊ることを無意識に期待しているはず。それが、ギエムはうざったいのでは、と。10代ばかりが人生じゃないにもかかわらず、古典バレエの世界って、年齢差別が甚だしいですから。実際、ポスト・パフォーマンス・トークでは、ギエムのファンからは、「古典バレエに戻ってきて-」、と悲鳴のような質問が飛んでいました。だから、もし、ギエムが実際の自分のまま踊れる「古典バレエ」、つまりヒロインが40歳の「古典バレエ」があれば、フェッテだろうが、ジュテだろうが、ピルエットだろうがチュチュを着てやってくれるんじゃないかな、なんて思っています。
 最後の質問で、「貴方は古典バレエ・ダンサーだったのに、どうして今はこんなエクレクティックな振付を踊ってばかりなんですか?」との質問にはこう答えていました。「私は古典ばかりを踊りつづけてきたわけじゃないつもり。いつも、モダンもコンテンポラリーも踊ってきたわ」、と。
 でもですね、貴方のジゼルを、オディールを、キトリを、マノンを、ナタリアをまだまだ観たいんですよ、とつぶやく自分でした。

 長々と、すべての皆さんが、ご興味がある分野ではないのは承知していますが、お時間のあるときにでも。
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