LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2007年07月の記事一覧

Wine Gala Dinner@Royal Opera House

2007.07.31
今日、ロイヤル・オペラ・ハウスから、新しいシーズンのピリオド2の演目を紹介する、会員向の雑誌が届いていた。本紙を開くと、1枚の折込の案内が。特別の催しの案内で、その名も、

WINE GALA DINNER

 確か2年位前から、ロイヤル・オペラ・ハウスは独自ブランドのワインを販売し始めた。期間限定の余興かと思ったけど、そうではなかったようで、昨年も時折ワイン・テイスティングをやっていたはず。去年はもっとシークレットな感じのものがあったらしく、そこにはフェリシティ・ロットやサイモン・キーンリサイドが参加していたとか。
 今回のガラ・ディナーは、10月8日の月曜日。ロイヤル・オペラ・ハウス、Decanter MagazineそれにChristie'sの共同企画のよう。それとこのガラの趣旨は、ロイヤル・オペラ・ハウスへの寄付金を募るというもの。案内によると、オペラ歌手によるステージもあるようだけど、メインはワイン。供される予定のワインは:

Don Perignon 1999 en magnum
Presented by Richard Geoffroy

Corton-Charlemagne 2003, Grand Cru, Domaine Faiveley
Presented by Bernard Hervet

Bones Mares, Grand Cru, Domaine Comte
Georges de Vogue 1997

Presented by Jean-Luc Pepin

Chateau Lafite 1983
Presented by Baron Eric de Rothschild

Badia a Passignano 2001
Presented by Marchese Piero Antinori

Taylor's Port 1977 (magnums)
Presented by Adrian Bridge

 ワインの事なんて全く知らないから、どんなに貴重なものかは全く判らない。まぁ、恐らくいいワインなんだろうと思う。でも、このガラ・ディナーの値段を見て吃驚。寄付金、食事、ワイン等々を含んで一人£425ー(250円換算で、10万円強)。

 これまでも、Royal Opera House Foundationへの寄付金を募る目的のガラ・ディナーは何度も催されている。が、新しいシーズンは、これで二つ目。理由は判らなくもない。ある機会に聞いた話によると、チケット販売による収入は、ロイヤル・オペラ・ハウスの全収入の4割もないらしい。ということは、2012年のオリンピックの所為で、政府からの予算がかなり削られる現状では、それを補う為にあの手この手で寄付を集めなければならないのだろう。
 ロイヤル・オペラ・ハウスの客席稼働率は大体7割以上、演目によっては完売ということも最近では珍しくないらしい。にもかかわらず、オペラ・バレエの興行の規模、注目度からすると一人勝ちの印象すらあるロイヤル・オペラ・ハウスがこれでは、他の劇場の資金不足はどんな現状にあるのか。日本よりは恵まれているんだろうけど、現在のイギリス政府の文化への対応は、寒すぎ。

 なんてえらそうに書いてはみても、行ってみたい。お酒は飲めないけど、どんな料理が並べられるのかには興味津津。それと、願わくば、集めた資金で、特にオペラの質(歌手とか指揮者とか)を上げて欲しいもの。
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イギリスのdeluge(洪水)

2007.07.27
おはようございます。今日も今日とて、天の底が抜けたかのような土砂降りの雨が降ったロンドンです。タイトルで使った「Deluge」という単語が洪水の意味であると今回学びました。

 日本でどの程度まで報道されているのかよく判りませんが(一つ見つけたのはこれ、
http://www.47news.jp/CN/200707/CN2007072501000173.html
、イングランドの豪雨・洪水被害は一向に収まるようにはみえません。この集中豪雨、それに伴う洪水の状況が報道され始めた頃は、被害の程度が最も甚大な地域はイングランド中部のヨークシャーでした。そのときも、浸水は床下なんて物ではなくて、成人男性が腰まで浸かるくらいのものでした。
 それが先週の初めくらいから、豪雨に見舞われる地域が南下してきて、現在洪水による被害が日ごとに悪化しているのが、オックスフォード、グロースターシャーなどの地域。とりわけこれらの地域の危険度が近隣の地域に比べて高い理由は、テムズの上流域と他の河が交わる地域だからです。ということで、この地域に詳しい方は既に想像されていると思いますが、観光地として名高いコッツウォルズにもいくらかの被害が出始めているようです。
 最も酷い洪水に見舞われたのが、オクソンかグロスのどっちかは忘れてしまいましたけど、Tewkesburyという街。Avon川と Severn川の両方の堤防が決壊したようで、街の中心の一部と教会だけが、まるで茶色く濁った海の中にぽつんと取り残された島のようでした。さらに驚いたのは、この街、丁度60年前、1947年の豪雨のときにも全く同じ状況になったそうです。60年前の洪水の写真でも、何とか水に沈んでいないのは同じ教会と同じ一部の町並みだけ。大昔、中学、高校の歴史の授業で習った、「国を治められるのは、治水・灌漑を成功させた権力者」、ということは近・現代のイギリスには当てはまらないのかなと思ってしまいました。以下のリンクは、その60年前の洪水のことが書いてあります。
http://www.guardian.co.uk/weather/Story/0,,2134122,00.html

 日本を襲った中越地震とは災害の形態は違いますが、最も酷い状況におかれるのは一般市民、と言うのはこちらでも同じです。洪水の被害が酷い地域では、電気、ガスの他に飲料水の供給まで止まったそうです。ということで、スーパーマーケットではパニックになった市民による飲料水の買占め騒動があり、また、避難所で体力を消耗するのは老人や乳幼児ばかり。今日、確かテレグラフの記事だったと記憶していますが、イギリス赤十字は、募金の他に下着や靴下の提供を呼びかけているようです。というのも、濡れたままの靴下をずっと履いているなんて、元気な時だって気持ちのいいものではないですから。
 今回、一つだけ不思議に思ったことがあります。日本では、地震が新潟を襲った直後から、現地に派遣されるヴォランティアのことが大きく報道されていました。イギリスの洪水被害の報道を読む限り、ヴォランティアが活動しているのかどうかの報道を見たことがありません。これはヴォランティアは居て当然のことだから報道しないのか。それとも、豪雨・洪水が続いている限り、ヴォランティアがいると復旧活動に差し障りでもあるのだろうか、と。いずれにしてもチャリティ大国イギリス、募金の呼びかけは素早かったです。

 洪水の被害に遭われた皆さんの家屋のダメージは、最悪の場合、復旧に1年も掛かるかもしれないとのこと。政府がどのような救済政策を打ち出すかによって、ブラウン首相への信頼度は左右されるかもしれません。それと、成り行きとして当然というべきでしょうけど、農産物の価格高騰は避けられないようです。

 毎日友人、知人には、「I am hoping that we will inevitably have summer, but I do not know when」とぶつくさいっていたら、今日、こんな報道がありました。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/25/nsummer125.xml
 8月15日に、夏が始まるそうです。喜ぶべきなんでしょうか?


[追記:7月30日]
 イタリア在住の友人によると、

delugeはやはりラテン語起源ですね。手元の辞書によると、
diluvium(大洪水) de(分離) - ludge(洗う)=洗い流す
だそうです。
イタリア語では、diluvio なので。diluvio universale というと、ノアの洪水のことです。


 とのこと。Fさん、ありがとうございます。発音記号を確認して、個人的にどうも発音しにくいから恐らくラテン語から派生したものだろうと思っていました。

イギリスに憲法9条があれば

2007.07.22
5月8日のThe Guardian紙で、イギリス国内のニュースとしてひっそりと取り上げられていた記事です。
http://www.guardian.co.uk/Iraq/Story/0,,2074422,00.html
 イギリスは、EU加盟国の中で、イラクやアフガニスタンに派遣されている駐留軍の中で、10代(18歳、19歳)の兵士が亡くなる割合が最悪だそうです。僕がまず思ったのは、「なんか、太平洋戦争末期の日本が経験したことと同じじゃないか」、と。
 もしかしたら何らかの意図があるのかもしれませんが、もう一つ気になったのは、記事と一緒に掲載されていた、亡くなられた皆さんの写真。全て白人でした。記事中で取り上げられている白人男性は、18歳の誕生日を迎えてすぐに前線に送られ、亡くなられたそうです。
何故、白人ばかりなのか?移民が英国の軍隊に入れるか?、入りたいと思うのか?、という疑問。その一方で、イギリス生まれの有色人種は軍隊には存在しないのか?、という疑問があります。仮に何らかの編集上のバイアスがある可能性を完全に否定できないものの、一つ考えられる理由は、イギリスに広がる貧富の差ではないかと。地方に住むホワイト・ブリティッシュの若者は、貧しさの為に高等教育を受けることも、就職することも難しくなっている。何とか早く自立したい、職に就きたいと思っても思うようにならず、残された道は軍に志願するだけ。僕の想像ですから間違っているかもしれませんが。
 でも、この図式は、もし日本が軍隊を持ったら、イギリスと同様に貧富の差が大きくなっている日本でも起こりうることではないかと思います。

 そして、21日の土曜日、The Daily Telegraph紙のトップ記事です。ガーディアンもテレグラフのすっぱ抜きながら掲載していました。近い将来、イギリスは、軍隊を成り立たせることはできない。言い換えると、というか見出しをそのまま日本語に直訳すると、「我々は兵士を使い果たしてしまう」。イラク、アフガニスタンへ派遣する駐留軍はおろか、もしかすると将来の国防にすら影響が出ることも考えられる、と。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/20/ntroops121.xml
http://www.guardian.co.uk/military/story/0,,2131699,00.html

 軍隊が存在するイギリスに住みながら、日本は軍隊を持つべきではない、と言うのは矛盾しているでしょう。日本にいないから北朝鮮の脅威が判らないんだ、といわれれば、そのとおりとしか言いようがないです。それに、世界の紛争地はイラクやアフガニスタンだけでないことも知っています。
 でも、そんな世界だからこそ、日本の憲法第9条は、とても稀有な憲法だと信じます。ありていに言えば、今、日本の政治家が世界で目立ちたいのなら、憲法第9条を日本は堅持していることを宣言したほうが、よっぽど影響があるのではないかと考えます。

 60年もの間、戦争がない国で生まれ育ったことは素晴らしいと思います。家族や友人が戦争で亡くなるなんてことは、考えることさえ辛いです。今の世の中、こんなのは腑抜けにおもわれてしまうことでしょう。

美しい国、アフガニスタン

2007.07.21
親愛なる皆さん

 こんにちは。ロンドン、本当に寒いです。毎朝、カーテンを開けると窓に水滴がびっしりです。天気が酷いのに加え、こんなニュースが。下記のリンクは、一昨日の朝日新聞で見つけたもの。
http://www.asahi.com/life/update/0720/TKY200707200001.html
 為替レートというトリックがあるにしても、「あの」地下鉄の初乗りが1,000円というのは、改めて驚きです。自分に問いかけちゃいました、「どうしてこうやってロンドンでいまでも暮らせているんだろう?」、と。

 7月11日のThe Daily Telegraphの記事です。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/11/wafghan111.xml
 8歳の英人の男の子が、アフガニスタンに行ったという記事です。少年の父親が、地雷除去の専門家として国連からアフガニスタンに派遣されていることから実現したそうです。記事によると、少年を「戦争地帯」に連れて行くことが目的ではなく、「世界で最も貧しい国」の一つであるアフガニスタンの状況を少年に経験させる、というのがこの旅行の目的だったとのこと。
 この旅行自体が特権のようなもの、との批判があると思います。でも、少年がプレイ・ステイションをもてることの幸運、毎日靴を履ける生活を送れる幸運を知ることが出来たのは、単純に素晴らしいことだと思いました。

 これは、同じくテレグラフの7月16日のトップ記事です。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/16/ntroops116.xml
 現在、アフガニスタンに派遣、駐留している英軍兵士の死亡、負傷の割合が、第二次世界大戦時に死亡、行方不明、負傷した兵士の割合に匹敵する勢いで、このままでは夏には最悪の数字になるのでは、というものです。第二次世界大戦時の全体の数字から比べると現在アフガニスタンに派遣されている兵士の数は少ないです。でも、イラクへの派遣も同様だと思いますが、アフガンに兵を送ることは、まさに戦争地域へ自国の兵士を送っていることに等しいと思います。イギリスが自国の軍隊をなくすことはないでしょう。が、自国民が死んでいくことに異を唱える声が大きくなりつつあるように感じます。

 なんか、書き始める前はもっと自分の意見を鮮烈に表現できると思ったんですが、いざ書き始めると、如何に自分がこの戦争について知らないか、ということを痛感します。じゃ、なぜ書くんだ、というとですね。6月上旬に、5月中旬までアフガニスタンで働いていた友人にロンドンで会って話を聞く機会がありました。友人が経験してきたアフガニスタンの日常に良い意味でも、悪い意味でも衝撃を受けたからです。
 友人は、ある国際団体で働いています。友人が現地での活動の中で経験した様々なことは、前述の少年が見聞したこと同様、そして勿論それ以上に厳しいものでした。会えなかった年月の長さは、お互いの顔からうかがい知れましたが、友人の小柄な外見からはその経験の厚みを推し量ることはできませんでした。
 話が終わってから、友人はカブール市街や、バーミヤンの写真を見せてくれました。カブールのマーケット、国内を車で移動する途中のお茶の時間等々。中でも驚嘆したのが、バーミヤンの写真。ご存知の通り、仏像は破壊され、崖には大きな空洞があるばかり。でも、茶色の乾いた土地とはいえ崖の上に広がる、澄んだ青空を、空港から遠くに望む山脈のすっきりした稜線を写真の中に見出したとき、それらは、息を呑むほどに、とても美しいものでした。
 タリバンについて、そして駐留している各国の軍隊について語れることを、僕は持ち合わせていません。が、現在の苦境の中で暮らすアフガニスタンの人々にとって、彼らの祖国は美しかったに違いないと思います。生まれ育った国は、そこに暮らす人にとって美しいに違いないだろうにもかかわらず、それをあえて言おうとする政治家の目には、その国はどのように映っているのか、と。

 続きます。

そしてストライキはまだまだ続く

2007.07.21
先週の2回目のストライキで終わりだろうと期待していたロイヤル・メイルのストライキ。来週の水曜日、7月25日から8月8日までの2週間の間にもまだ続くよう。

http://www.royalmail.com/portal/rm/content1?catId=1000002&mediaId=51600692

 流石にここまで来ると、経営者側、従業員側の双方へのポジティヴな見方はできない。イギリス国内のことに限れば、現在は以前ほど郵便に頼ってはいない。でも、特に日本からの郵便物が遅れるだけならまだいいとして、この混乱でなくされるのではないかと不安が大きくなる一方。さらに今後の状況で不安なのは、経営者側が、ストライキがどの時点で始まるのかをしっかり把握していないような印象があること。

 日本の皆さんへ個人的経験から知ったことを。日本からイギリスにEMSで送ると、イギリス国内での配送は、Parcel Forceが行います。この会社、ロイヤル・メイルのグループ会社ですが、今回のストライキには全く関係ないので、影響を受けません。ロイヤル・メイルのグループ会社なので、あちこちで不手際を聞いたことがあります。それでも、とりあえず普通郵便よりはましでしょう。また、日本の宅配会社のうち、ヤマト運輸はアメリカ系の宅配業者、UPSがイギリス国内の配送で提携しているようです。日本と同様に、照会番号を入力することによって荷物がどこにあるかが即座に判ります。郵便より高くつきますが、「これはなくされては困る」、というものはヤマト運輸を使うのもいいかな、と思います。

 昨日の金曜日、20日はもう一つ別のストライキがあった。12路線あるロンドンの地下鉄のうち、理由が今もって判らないままだけど、ベイカールー・ラインで働く職員がストライキを行使した。週末、時ならぬ雷雨・豪雨に襲われたロンドンの日常の足は、大混乱だった。

アーセナルの場合

2007.07.20
書きっぱなしもなんだと思い、今日、アルバイト先のポーランド人の同僚、Tにプレミア・リーグの試合のチケットはどうやって購入するのかを尋ねました。Tは、自称イギリスに住むポーランド人の中で、一番アーセナルを愛している人間だそうです。それと、僕自身は、サッカーには全く関心がありませんので、意味をなさない点があっても読み流してください。

 まず訂正から。アーセナルの本拠地、エミレイツ・スタジアムでは自由席というのは一切なく、全てが指定席だそうです。最新だからこそでしょうけど、年間購入のチケットはプラスティックのカードになっていてそこに全ての情報が読み込まれているそうです。このシステムのおかげで、人件費の削減につながったらしいとか。
 T曰く、アーセナルを含むプレミア・リーグの試合のチケットは、上は90ポンドから下は大体30ポンドくらいまでの幅があるそうです。しかも、安い席の中には、ゴールの後ろ側の席も含まれているそうです。日本だと、野球のネット裏の席なんて一番高い席でしたよね。ということで、その安い席をファンが買うにはどうしたらいいのかを尋ねました。
 答えは、不可能。このファンにとっては垂涎の席を購入するには、長い長い道のりがありました。まず、アーセナルのサポート・メンバーになります。初めてメンバーになる時は、どんなに金持ちでも、どれだけセレブでも「レッド・クラス」というところから始めなければならないそうです。このレッド・クラスのメンバーのときに購入できる権利のある試合は、プレミア・リーグの試合ではなく、FAカップなどの、アーセナルに人生をかけているファンにとっては眼中にない試合だけだそうです。そのレッドの上、「シルヴァー」になると、漸くアーセナルの試合のチケットを買えるようになるそうですが、そのシルヴァーのメンバーシップを獲得するまでには、現在では最低でも5年待ちとのこと。しかも僕からすると信じられないのは、年間のメンバーシップ費を払った上に、「必ず」年間を通して席を買わなければならないそうです。
 ここで別の疑問。「普通の人が購入できるとは思えないけど?」。Tによると、シルヴァーのメンバーシップだと、自分の席のほかに家族や友人のために1試合につき1枚のチケットを購入できるんだそうです。ということで、年間で購入してもいけない日がある時は、友人や、友人の友人に売る。だからこそメンバーでない人も試合を見ることが出来るそうです。勿論一般売りのチケットはあるそうですが、それがどれだけの割合なのかは、Tは知りませんでした。
 他に思ったことは、アーセナルのホームでの試合のチケットはこのシステムで購入できる。でも、アーセナルの、アウェイの試合のチケットを購入するために、まさかほかのチームのメンバーにもなっているのかな、なんて。そんなばかなことをするのがファンだしな、と思ったり。

 他の細々とした情報は省きますが、なんか、やけに金が掛かるな、と。例えば家族4人で行こうものなら、例えば£50-の席を4枚、交通費、飲食費、そしてお土産代などを考えれば、一人、£100ーはゆうに掛かるような気がします。
 「プレミア・リーグの試合を観にいくなんて、もはや、庶民の娯楽じゃないね」、と言うと、Tは「今でも観客は労働者階級が多いと思うよ。でも、掛かる費用は、労働者が余裕で払えるものではないね。僕だってシルヴァー・メンバーシップが欲しいけど、5年以上も先、さらにその間だって会費を払い続けなければならないなんて、無理だよ」、とのこと。

 オペラはバレエを観にいくことを、スノビッシュと批判する人には今では自信を持って反論できます。「プレミア・リーグの試合を観にいくほうが、ポッシュなんだぞ」、と。

アメリカの共産党、イギリス・サッカー選手の変遷

2007.07.19
引越しのごたごたの時に、個人的にとても興味深い記事に遭遇しました。一つは、アメリカにおける共産党(と、言うのが適切なのかは判りませんが)の存在と、かつてイギリスのサッカー選手の何人かは、影響力のある「レフトウィンガー(これを左翼と訳すのも適切とは思えないです)」がいた、というものです。両方とも、アメリカ・イギリスにこんな現代史があったことに驚き、これは書かなければと思いつつ、どのようにすれば上手く書けるのか、と書きあぐねていました。このまま書けないままで終わるかとも思い始めたところでしたが、戦前・戦後の日本を語れる方が亡くなられたので。それと、今週始めに、イギリス国内の貧富の差が過去40年の中で最悪の状況になっているという報道もありましたし。
http://business.guardian.co.uk/story/0,,2128228,00.html

 折に触れ書いてはみても賛同を得たことはないですが、僕は日常生活レヴェルでの「社会主義的民主主義社会」というものに、大きな理想を抱いています。この理想は、学問として、政治的な思想としては全く機能していません。マルクスもレーニンも、どんな社会主義の本も読んだことないです(完読した人、世界にどれだけ居るのかな、と)。ひとえに、子供の頃に何度も参加したメイ・デーの行進が楽しかったから、です。日本においては、「共産党」という名前がよくないと思うんですけどね。ちょっとそれますが、イギリス人は政治の話をしたがらない、と日本では広く言われていると記憶しています。僕も、イギリスに来るまではそう思っていました。ところが、彼らは政治の話が大好きです。話をふると止まらないです。

 まず、3月31日のThe Independent on Sundayに掲載された、アメリカにおけるコミュニスト・パーティーの過去と現在です。
http://news.independent.co.uk/world/americas/article2407974.ece
 先に書いた通り、歴史上の社会主義者の名前は、全くちんぷんかんぷんでした。まず、アメリカに「共産党」が存在していることに驚きました。が、さらに興味深かったのは、2点。まず、50年代、60年代のアメリカで、社会を変えるほど影響力のあった何人かのフォーク歌手がコミュニスト・パーティーに賛同していたこと。ピート・シーガーは、社会のメイン・ストリームには背を向けた存在、というのは認識していましたけど、彼がこのAmerican Communist Partyのメンバーだったことがあるのは知りませんでした。また、記事で紹介されている、Joe Hillというフォーク歌手の事をはじめて知り、どうしても聞いてみたくなりました。この人の写真が掲載されていた記事を無くしてしまったのは残念ですが、古ぼけた写真からですらカリスマを感じるほどでした。アメリカでのフォーク・ソング全盛の時代をフラワー・ムーヴメント、ヒッピー・ムーヴメントという言葉だけで括ることにはずっと違和感があったんですが、そこにコミュニスト・ムーヴメントという見方が加わると、個人的にはしっくり来る感じがします。
 もう一つは、60年代の公民権運動への影響を、1930年代のパーティーの記録から見て取れる、というもの。僕は、公民権運動の始まりは、人種差別の撤廃という点だとばかり思っていました。仮にこの見方が歴史的に正しいとされるならば、改めて、アメリカ現代史の複雑さと面白さを見る思いです。

 二つ目は、4月25日のThe Guardian紙の付録、G2の巻頭特集記事です。
http://football.guardian.co.uk/comment/story/0,,2064827,00.html
 これは別に共産主義について語っているわけではないので、上の記事とは政治的には趣を異にします。記事の趣旨は至って簡潔です。サッカーは、70年代、80年代までは、労働者、一般市民のスポーツだった。有名なサッカー選手の中には、スコットランドやウェールズの労働者階級出身の選手が何人もいたとのこと。記事の中で紹介されている伝説的な選手は、労働者がストライキをする時には、彼らとともにピケ・ラインに立ったこともあると。
 翻って現在のイギリス・サッカー界は、金、金、金、金、そして金のことばかり。移籍金が何十億、サッカー選手の奥様達の常軌を逸した遊興、デザイナー・ブランドの広告でピッチの外で荒稼ぎする選手。あの時代、どのチームにも居たであろう「Leftwinger Footballer」は、どこに行ってしまったのか、と。
 僕は、これが単なる郷愁で書かれたものだとは思いませんでした。何故なら、適切な例ではないかもしれませんが、いまやサッカーを競技場に観にいくことは、ロイヤル・オペラ・ハウスでオペラを観るより高いんです。いまだ新しい、ロンドンのアーセナルの本拠地になったエミレイツ・スタジアム。ここに家族連れでサッカーを見にいくとなると、例え指定席でなくても、確か一人£70-くらい。さらに飲食費や土産代などを含めると、オペラをそこそこの席で観るよりずっと高くつくんだそうです。観客は今でも労働者階級が多いのかも知れない。でも、多くの選手は、かつて選手達と観客が競技場の外でわかちあったであろう社会には、もはや属していないのではないか。
 まぁ、サッカーに限らず、どんなことでも永遠に続くことなどありませんし、レフトウィンガーのサッカー選手が常に正しかったのかどうか、という議論もあると思います。でも、イギリスのサッカーの歴史にこんな側面があることを知るのは、興味深いです。

 僕がこんなことを書いたからって、日本の選挙にどれほど「社会主義的民主社会」の色合いが戻るのかなんて議論は無意味だということは勿論承知しています。それと、結局は今を生きる僕達の意思が、弱肉強食がその本質の一つであろう資本主義社会を望んでいるのも事実だと思いますし。でも、書いてみたかったんです。

 〆の言葉は、インディペンデント紙からの記事の最後から借用します。
 As long as a capitalism around, there is going to be a Communist Party.

 社会の多様性は、多様性を受け入れる社会は、一党独占という状況よりは少しはまともだと思います。

ニュースのその後

2007.07.17
親愛なる皆さん

 先日お知らせしたBBCのエリザベス女王に対する失態は、女王の存在意義についてから、BBCの、且つ報道の正当性を問う議論にまで発展しています。女王がしていないことは事実にもかかわらず、女王が写真家の発言に怒って撮影をすっぽかし、あたかも部屋を飛び出してしまったかのように映像を編集したとなれば、BBCの報道は本当にいつでも正しいのか、という議論が湧き起るのは必至でしょう。
 このヴィデオの編集過程に携わってはいなかったであろう、でもBBCの担当者として不手際であったと非難が集中している男性は、自分から身を退くことはしない、と明言しています。が、彼への非難もかなりのものになっています。恐らく、百歩譲ってヴィデオの編集ミスは彼の責任ではないとしよう。しかしながら、ヴィデオをメディアに披露とした時に、彼が女王の行動を、あたかも巷に溢れる「いちセレブリティ」と同等に扱ったことは、見識違いも甚だしい、と。以下のリンクは、テレグラフ紙のコラムニストのもの。
http://www.telegraph.co.uk/opinion/main.jhtml?xml=/opinion/2007/07/14/do1402.xml&page=2
 なんか、「不敬罪」なんて、個人的にはとても嫌いな言葉を思い浮かべてしまいました。が、一方で、国営放送がthe head of stateを茶化すだけでなく、女王をBBCのレヴェルに引き摺り下ろす行為は、それは「勘違いしている」と批判されても仕方ないかな、と。エリザベス女王は担当者のお友達ではないですからね。今日の報道だと、ドキュメンタリーを作成した会社側がBBCに詫びを入れたようですが、スケープ・ゴートになった感は否めません。
http://media.guardian.co.uk/site/story/0,,2127798,00.html

 ついで、未遂テロの直後という、これ以上はありえない、またとないタイミングで脱線事故を起こしたセントラル・ラインの保守・管理をする会社、メトロネット社が破産の危機に陥っているそうです。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-date-200707.html#entry505
 この会社、以前は国・行政が担っていたことを、民間に委譲して、ということで始まった企業の集合体のような会社、の一つだと思います。何がどうしてこうなったという経緯はよく判りません。が、恐らく最近のイギリスでは全く珍しくない事情で経営破綻に陥ったのだろうと考えます。NHS(医療制度)、教育、住宅行政などが実際の計画が実行される前にいずれも財政的な困難に陥るのは、外部のコンサルタント会社などに支払うコンサルタント料、その結果が出るまでに無駄な時間を掛けることによって当初の予算が使い果たされ、状況を改善する案件が全く何も実行に移せないにもかかわらず更なる予算が必要になり、同じことを繰り返す、と。船頭多くして、船山に登る、といった感じがします。それにしても、ろくな仕事をしているようには全く見えず、さらに将来の計画性をすら疑ってしまう会社にさらに税金をつぎ込まれたら、我慢強いイギリス国民もさすがに立ち上がるかもしれませんね。
http://business.guardian.co.uk/story/0,,2127382,00.html
 何度も、何度も、何度も書いていますけど、2012年のオリンピックは、開催できないだろうとの確信が、ますます強まっています。

 最後は、今晩のThe Evening Standardから。なんでも、ロンドンのタクシー運転手になるための資格試験の合格率が以上に低い(約2割)為に、運転手の世代交代が進まず、また若い世代もなりたがらない。ということで、高齢化が進むロンドンのタクシー運転手が、最近、夜遅くまで働かないようになってきて、特に週末の夜、タクシーを見つけるのが非常に難しくなってきているそうです。これは、特に地理に疎い観光客には厳しい状況でしょう。
 僕が初めてイギリスを訪れた1994年は、ポン・円は160円くらいだったような記憶が(そうでなかったら、あんな大名旅行は出来ませんでした)。今は、250円。こんな異常な円安状況でどのくらいの日本人がイギリスを訪れるのかは判りません。が、週末のロンドンでは、あまり夜遊びをしないほうがいいかな、と思います。

マークス・アンド・スペンサーとの攻防

2007.07.16
麻の半袖シャツは売るほどもっているにもかかわらず、毎年、何かしら欲しくなってしまう。今年は、マークス・アンド・スペンサーのシンプルなの(£25-、ネイヴィー・ブルー)と、ハイビスカスのプリント(£29.50-、ピンク、胸ポケットなしはポイント高し)を買おうかどうか迷っていた。
 普通だったらまだ夏物が安くなる季節ではない。でも、いまだ夏が来ないロンドン、且つ今年第一四半期の売上が予想よりかなり悪かった、ということでマークスはブルー・ハーバーというラインのシャツなら、価格が違っても2枚目は半額、というセールを今週になって始めた。もし、急に夏になったらこのセールもすぐに終わるだろうな、というところですでにマークスの戦略に負けているわけだけど。
 昨日、オックスフォード・ストリートの店に行き、レジに行く前に何度も、「値段が違っても2枚目は半額なんだろうね」、と店員3人に確認。考えたことは、まずレジに行ったら£25-のを先にだし、次に£29.50-を半額、つまり£14.75-で購入できるだろうと期待した。
 会計は、£40.87-で、割引は£13.63-だった。レシートをまじまじと見ると、合計額の25%を引いてある。つまり、2枚目のシャツが半額、ということは理屈で言えば、合計額の25%引きと同じ。結局、マークスもこのセールを始める上で、僕のように考えるのが沢山いるだろうことを見込んだのだろう。店内のポップでは「2枚目のシャツは半額」としながらも、客が価格の違うシャツを持ってきても実際の会計では合計金額から25%を引くことで、若干ながらも、でもそんな客が沢山いるわけだから、店側から見た損失を最小限に抑える、と。
 £1.12-(280円)だから大した金額ではないけど、マークスとの攻防に負けた気分。

BBCの失態:エリザベス女王が激怒?!

2007.07.13
先月送った、アメリカ人写真家による、エリザベス女王のポートレイトについての話題。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-category-12.html#entry268
 今朝の段階で判っていたのは、このポートレイト撮影を含めて、過去1年間、BBCはエリザベス女王をはじめ、何人かの王室メンバーの毎日を克明に記録したドキュメンタリーを制作したということ。このドキュメンタリーを含めて、9月以降の秋のシーズンのBBCのいちおし、もしくは注目番組のメディアへの披露が昨日あったそうです。
 そこで流された、件の撮影時のエピソード。流された映像のシークウェンスによると、写真家が女王にティアラを外したほうが言いといいかけると、女王は怒って撮影で使われていた部屋から飛び出してしまったように見えたそうです。以下のテレグラフとガーディアンの新聞本紙にでていた記事を読んでいただくと、女王が目を剥いた写真とあわせて 女王が怒るなんて、一体何が気に食わなかったんだろう?、と興味津津でした。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/11/nqueen111.xml

http://arts.guardian.co.uk/art/photography/story/0,,2124337,00.html

 ところが、昼前にBBCのウェブをのぞいて見ると、BBCが女王に謝ったという速報が出ていました。端折って説明すると、メディアに披露したシークウェンスは実際に起きたことを正確に伝えるものではなかったそうです。実際に起きた順序は、女王がドレス・アップについてぶつくさいっているのは部屋を飛び出したときのものではなく、写真撮影に向かう前のもの。写真家の発言に怒って撮影をすっぽかしたように見えたことはBBC側の間違いであり、女王はそんな失礼なことはしなかった、と。BBCのウェブでは、言い訳ニュースを見ることが出来ます。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/entertainment/6294472.stm

 昼以降は、どのメディアもこのBBCの、特に女王への礼を失した態度についてのニュースで持ちきりでした。

http://media.guardian.co.uk/site/story/0,,2125242,00.html

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/12/nqueen112.xml

 国民の税金で成り立っている放送局がこうでは、困りもの。まぁ、イギリスだけではないとは思いますが。ちなみに、このドキュメンタリー、A Year With The Queenは9月に放送が予定されているそうです。また、友人に録画を頼まないと。
 英王室のねたを一つ。来週、カミラ夫人は還暦を迎えるそうです。最近の新聞報道、ゴシップ雑誌の彼女への対応を読んでいると、故ダイアナ妃は、「ダイアナ妃」であって、「元英皇太子妃」という存在には見られなくなりつつあるように感じます。逆に、カミラ夫人は、ゆっくりながらも着実に次期英国王の「奥様」という存在に、回りの皆さんから見られるように努力しているようだし、彼女の周囲、そして国民もその努力を好意的に受け止める方向に流れている、と。お召し物の趣味、センスも格段によくなっていて、チーム・カミラの成果は素晴らしいものがあります。数週間前に、カミラ夫人についての興味深い記事があったので、遅々として進まないインタヴュー原稿を書き上げた後に皆さんに送れることができればと思っています。

 日本は連休なんですね。いいな。

トロピカル・ブリテン:シリー諸島

2007.07.11
最近、硬めの話題が続いたので何か気楽なことでもと思っていたら、BBCのウェブで、イギリスの最西端に位置するシリー(Scilly)諸島の話題を見つけました。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/uk/6723169.stm
 ニュースの話題は、イギリス本土から離れた小さな島々で出されるごみをどうするか、というものです。シリー諸島の人口は2千人。その税金収入だけでごみのリサイクルをどこまで効率よくできるのか。さらに、イギリスの中ではほぼ唯一、一年を通して陽光に溢れているので、島を訪れる観光客は多く、彼らによって島にもたらされるお金は重要。しかしながら、同時に大量のごみも島に流れ込んでくる。それを、シリー諸島はどう解決したのか云々。これはこれで大変面白い話題だと思いますし、観光を産業の中心に据える日本の離島にとっても参考になるだろうなと思います。だからと言って、日本の政治家には、「海外研修」と称して物見遊山で行って欲しくはないですけど。

 2、3度書き送ったように記憶していますが、シリー諸島には1996年の9月上旬に行き、セント・マーティンズ島に確か6泊しました。宿泊先は、このリンクです。今の今までチャールズが関わっているなんて全くしりませんでした。
http://www.stmartinshotel.co.uk/Default.aspx

 当時は、インターネットで何回かクリックすれば全部終了なんて時代ではなかったので、この島の存在を知ったはいいけど、どうやって到達できるのか全く判りませんでした。行くと決めた以上、どうしても行きたかったので、その思い込みがあったからこそ。
 実際、到達するのは大変でした。ヒースローのパスポート・コントロールではシリー諸島行きに難癖つけられるし、プリマスからのセスナ機はおもちゃみたいな外見。しかもその日はシリー中心の島、セント・メリーからセント・マーティンズに渡るのは僕だけで、ホテルがよこした迎えの船は、造船されてからゆうに20年くらいは経っているのでは、という代物でした。だから、セント・マーティンズ島のホテルの桟橋に立ったときは感無量でした。
 泊まっていた間は、毎日他の島に船で渡り、島の周りを歩いて降り注ぐ太陽を楽しみ、島のハイ・ストリートに咲き誇る美しい花に、「ここは本当にイギリスなのか?」、と。更に、ヒースが生い茂るセント・マーティンズの高台から眺める大西洋の、吸い込まれそうなほど深い藍色。
 貴族が所有するトレスコには、トロピカル・ガーデンがあり、イギリス本土では絶対に見ることがないような熱帯の植物を見ることが出来ます。最近の情報だと、トレスコのホテルの質がかなり悪くなっているようなので、宿泊には向かないかもしれません。また、セント・アグネスから更に先の外海にそそり立つ、(確か)アンブローズ灯台の勇壮で、孤高な姿。記憶が定かではないんですが、確か大西洋をはさんでアメリカ側にも同様な灯台があり、昔は両方の灯台の間をどれだけ早く渡れるかを冒険家が競ったそうです。
 ホテルも素晴らしかったです。払った価値はありました。残念だったのは、レストランの最上席で夕食を食べられなかったこと。ウェブで見ることが出来ますが、大西洋を望む位置にあるテーブルは二人がけ。ここで、水平線に沈み行く太陽を眺めながら食事したかったんですけど、「独り者は駄目」、と座らせてもらえませんでした。今だったら食い下がるかもしれませんが、当時はまだまだ大人しい日本人だったので。

 日本から行くのは今でも大変でしょうけど、いいところだと思います。イギリス人の間でも人気は高いです。僕が行ったことがあると言うと、ほぼ必ず、羨ましそうに「いつかは行ってみたい所なんだ」、といわれます。日本人が溢れる他の観光地より、ゆったりと時間が流れるシリーのほうが楽しいかもしれません。難点は、写真だけをみせると、イギリスにいったとは信じてもらえない可能性があるところかな。ちなみに、小さな島々とはいえ、イギリスに流れ込む移民はこの島まで到達しているそうです。シリー諸島における移民の最大グループは、リトアニア人だそうで。それと発音には気をつけてください。Silly(愚か)とは違いますから。

ストライキの是非

2007.07.10
今朝、家族が送ってくれた小包を受け取りに郵便局の集荷場へ行った。既に顔なじみになった職員が包みを探しにいっている間に、窓口の横にチラシが張ってあるのに気づいた。それは、先月のロイヤル・メイルの24時間ストライキをどうしてやらざろう得ないのか、さらにストライキへの理解を求めるものだった。

 そこに書いてあったのは。一人の役員の昨年の報酬は、2億5千万円。その中には、「目標を達成したことへの報酬(ボーナス)」も含まれていたそうだ。恐らく、その「目標」は人件費を削ったことで会社の収益をあげたなどということだろう。利用者には全く関係ないこと。
 更に、日本風に言えば、管理職は全てボーナスが支給されたそうだ。逆に、一般職員の平均年収は、2%削減。

 会社経営者が聖人である必要はない。でも、結局、利用者の生活に一番関わりのある一般職員の給料を減らし、自分たちはぬくぬくしている。それは、おかしくないか?

 最近のロンドンは、生活の基盤を支える一般労働者がこの先どうやって暮らしていけるのか、と考え込んでしまうほど「既に持つ者」ばかりがさらに旨味にあずかるシステムになっている。仮に、普通の労働者がいなくなり、金持ちだけがロンドンに取り残されたら、金持ちは金持ちの為にスターバックスでコーヒーを売るのだろうか?金持ち自らが、他の金持ちの家に郵便物を配達するのだろうか?

 短絡、且つ言葉足らずだけど。ストライキが頻繁に起きては困る。でも、労働者が、彼、彼女が携わる仕事に誇りを持つのであれば、ストライキは労働者の権利、だと思う。

[追記、7月10日]
などと偉そうな事を書いたら、来る13日にロイヤル・メイル、2度目の24時間ストライキ。僕の立場はどうなるわけ?!
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/6274258.stm

オリンピックの犠牲になるイギリスの文化

2007.07.09
何度か書いていますが、僕は2012年のロンドン・オリンピックには全くいい印象を持っていません。オリンピック自体、政治の駆け引き、ナショナリズムの高揚の手段として使われるようになって以来、ひとかけらの興味もありません。2012年までロンドンにいるとは全く思いませんが、このオリンピックに関連することで不愉快なことを経験したくない、それが望みです。

 が、オリンピック開催に掛かる費用が日を追うごとに嵩んでいる現実は、既に腹立たしいことを引き起こしています。2枚舌のトニー・ブレアが、オリンピックへの資金を確保する為に、文化関連の団体に約束していた予算を大幅に削ることを表明したのは確か5月上旬。すぐさま、ロイヤル・オペラ・ハウスのトップのトニー・ホール氏やナショナル・シアターのディレクター(だったはず)のニコラス・ヒンター氏、さらにシェトランドに住む現代音楽の大御所作曲家が相次いで批判の声をあげました。残念ながら、そして当然のことながらブレアはその声を聞くこともなく、さらに悪いことに、ブラウン首相も既にオリンピックに回すと決めた予算を改めて文化事業に回す気はさらさら(彼の奥さんのファースト・ネイムはSarah)ないようです。
 自分で調べたわけではないので、正確な比較にはなりませんが、フランスやドイツと比べると、イギリス政府が国内の文化事業に配分する予算は元からそれほど巨額ではないはず。オペラ・ハウス一つをとっても、パリ・オペラ座の予算はロイヤル・オペラ・ハウスの何倍になるのやら。にもかかわらず、さらに減額されるとなると、新しいことを始める事などはいっそう困難になるばかりでなく、これまでやってきたことを維持することですら大変になるのは必至。先週の水曜日に、サドラーズ・ウェルズ劇場の芸術監督に再びインタヴューした折、オリンピックの影響による予算減額の現状について尋ねました。サドラーズは最近、特にアグレッシヴな姿勢をとっているので手をこまねいているわけではないようすが、それでも予算の見直しや、数シーズン先のプログラムへの影響が既に出ているそうです。

 そんな折、イギリスがこれまで国内に留めておいた絵画の傑作が海外に流出してしまうことが現実味を帯びてきた、という報道がありました。記事は、直接オリンピックの影響には言及していません。しかしながら僕は、オリンピックがなければ、全く違った状況になったのではないかと考えます。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/03/nart103.xml
 代々の貴族達が、保管のためにナショナル・ギャラリーに貸し出していた傑作の絵画を、彼らの家や敷地を残す為の税金対策として売らなければならない。まず、ナショナル・ギャラリーにそれらを買い取るように申し入れたけど、総額で£2億、約500億円。そんな大金、ナショナル・ギャラリーは用意できず、政府に頼むも文化の素養がない首相がトップの政府がそんな金を出すことはありえず。ということで、現状では、記事に書かれている傑作の絵画の大半は、このままではオークションにかけられイギリス国内から持ち出されてしまう公算が高いように思います。
 ブラウン首相は、イギリスが長い間かけて培ってきた価値観を取り戻そう、首相就任当初に言っていた筈。だったら、たった数週間で終わってしまい、後は用無しの箱ものだけが残るオリンピックより、イギリスの歴史の一部をなしてきた価値ある文化を守ることのほうが、「イギリスらしさ」を取り戻すためには大切ではないか、と。
 どの時点でこれらの絵画がナショナル・ギャラリーから運び出されてしまうのかは判りませんが、早めに見ておいたほうが良いかもしれません。

 文化関連で、大変興味深かった話題を一つ。オークション会社の一つであるクリスティーズの専門家が、ある収集家の遺品のキャビネットを調べていたらもの凄い数の、過去の偉人達が書き残した手紙などが見つかったそうです。ナポレオンがジョセフィーヌに送った恋文やチャーチルの手紙などで、過去500年にわたる歴史を物語るものだそうです。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/06/04/nlets04.xml

http://arts.guardian.co.uk/art/visualart/story/0,,2118864,00.html

 インターネットの時代では、ネットに書かれたものをどうやって未来に残していくのか。チャーチルのメモと比べるのはおこがましい上に意味ないですが、僕が書き散らかしていることなんて、歴史の中に埋もれ、跡形もなく消えていくんだろうな、と。

日英の比較2:世界に躍進するイギリス人

2007.07.08
親愛なる皆さん

 こんにちは。ウィンブルドンの終了とともに、天気が回復しつつあるようなロンドンです。

 The Guardian紙の2007年1月27日土曜日の付録雑誌の特集記事は、海外で暮らすイギリス人についてでした。雑誌の表紙が、キッコーマンの醤油や片栗粉(この紙の入れ物って変わらないんですね)がおいてある棚の真中に、「マーマイト」の容器がでんと居座っているものだったので、記事を読む前は、「なんだ、また日本の批判か」、と思いました。が、中の記事は、世界のどの国に、どれだけのイギリス人が暮らしているか、というものでした。中には、目から鱗、のような話が紹介されていて、「これはすぐにでも書かなければ」、と思いつつ半年経ってしまいました。「世界に蔓延するイギリス人」というタイトルも考えたんですが、まがりなりにも7年半もの間、無事に暮らさせてもらっているイギリスに敬意を表して「躍進」、としました。
 記事に使われていた各国の人口と在住のイギリス人についての数字の定義は、以下のようになっています。
 Population figures are the most recent provided by the WHO; British figures are British Abroad For A Year Or Longer, taken from the IPPR report Brits Abroad: Mapping The Scale And Nature Of British Emigration.

 この記事が掲載された時点での海外で暮らすイギリス人の数は、約600万人。これがイギリスの総人口に占める割合がどれだけのものか判りませんが、かなり多いなと感じました。で、その半数以上に当る350万人が中国にいるそうです。これは、やっぱり世界が注目するマーケットであり、また、来年の北京オリンピックに向けて英語を教えるネイティヴを中国政府が熱心に集めているからだろうな、と想像します。
 先に数字をあげると、フランス:20万人、スペイン:76万人、イタリア:2万6千人、ドイツ:11万5千人、アラブ首長国連邦:5万5千人、合衆国:67万8千人、カナダ:60万人、オーストラリア:130万人、ニュー・ジーランド:21万5千人イスラエル:4万4千人、パキスタン:4万7千人、インド:3万2千人、南アフリカ:21万2千人、ロシア:6千人、スウェーデン:1万8千人、ブルガリア:800人、南極:225人、アイルランド:29万1千人、ブータン:100人以下、ブラジル:1万1千人、北朝鮮:5人、アルゼンチン:8千300人、ギリシャ:1万8千人、ポルトガル:3万8千人、ヴァティカン市国:ゼロ等々。他にもアゼルバイジャン、モロッコ、キューバなどありますが割愛しました。
 数字を見てまず意外に思ったのは、かつて大英帝国が支配したインドとパキスタンにはそれほどいないということ。また、EU圏内に目を向けると、フランスとスペインへの移住者数がブームを裏付ける高い数字である一方で、トスカーナ地方やシチリアの人気が高い割にイタリアへの移住者の数が極端に少ない、と言う点は面白いです。思うに、イタリアは手ごわい、ということでしょう。
 日本はどうかと言うと、2万3千人だそうです。ちなみに、在英の日本人は、6万人だそうです。
http://www.guardian.co.uk/weekend/story/0,,1998303,00.html
 紹介記事は、さほど目新しいものはありませんが、同じく海外に暮らす者として共感してしまったのが、David Peaceさんの不安。長く暮らせば暮らすほど、母国に戻ろうと、戻ったときに感じるであろう「逆・外国人気分」。

 目から鱗だったのは、アメリカとアルゼンチン。アメリカ移住の体験談は、30代の「イギリス人」黒人女性によるもの。彼女のカルチャー・ショックは、移住した南部フロリダがアメリカでも多文化が混ざり合った地域にもかかわらず、独身の黒人女性が「ブリティッシュ・イングリッシュ」を話すことが、ローカルの皆さんに奇異に思われたこと。ちょっと考えれば気づくことだったはずなのに、イギリス生まれの黒人の皆さんは、アメリカ生まれの黒人の皆さんとは違うんだよな、ということを改めて認識しました。
 アルゼンチンは、1911年が最後だったそうですが、19世紀から20世紀にかけて、ウェールズからパタゴニアへの集団移住があったんだそうです。今でも、小さな村々ではウェールズの伝統が息づいていて、コーラスが盛んだったり(ジョン・フォードの「我が谷は緑なりき」をご存知でしょうか?)、お茶の時間の習慣が残っているようです。世界の歴史は、移民の歴史であると思うと同時に、パタゴニアにケルト文化が息づいているなんて、全く知らなかったイギリスの歴史の一面を垣間見た思いです。ちなみに、今年はフォークランド戦争終結25周年ということでいろいろなメディアでアルゼンチンが紹介されました。面白そうな国で、行ってみたいものです。マキシマ・オランダ皇太子妃の母国でもあるわけだし。彼女のファンとしては、一度は行かなければでしょう。

 無理やり日本とイギリスを比較しようとすると。歴史的背景の違い、民族の歴史の違いなど、単純に比較することは無意味でしょう。が、同じ島国、海洋国でありながらイギリス人のほうが生命力に溢れているように思えるのはどうしてかな、と。
 思いついたのは、母国語をどう捉えるか、という点ではないかと。日本人は、「日本語は特別な言葉だから、外国人は絶対に理解できない」という、受動的慇懃無礼さを母国語に投影している。逆にイギリス人は(アメリカ人も同様かもしれませんが)、英語が世界の共通語でないにもかかわらず、英語は難しい言葉だといってはばからないにもかかわらず、行く先々で誰もが少なくとも英語を喋れるに違いない、と確信している。だからどこにでも行く、と。けっこう、自分では納得できるんですが。ですから日本人も、「日本語、誰もが喋れて当然」、という意気込みで世界に進出しても良いんじゃないかなと思うんですけどね。

 ガーディアンのウェブの検索欄に各国の名前を入れて、1月27日の日付があるもので他の国の内容を確認できます。ご興味のある方はお試しください。

財政破綻に直面する幾つかの大学

2007.07.07
ブログのトップでは、「留学に関する質問には一切答えない」、としていますが、記事を目にしてしまったので。

 2007年7月7日(結婚式が多かったそうで)のThe Guardian紙のトップ記事の一つに「極秘のリスト:財政破綻に直面する大学」、というのがありました。
http://education.guardian.co.uk/higher/news/story/0,,2120902,00.html

 記事の趣旨は、イギリス国内向けであるのは明らかで、別に留学生のことを心配してのものではありません、念のため。1998年から2003年の間に、財政破綻の危険があったとしてリスト(ウェブでは未掲載)に挙がっている大学・カレッジの中には、名のあるところやロンドンでも大規模な大学と知られるところが入っていて、ちょっと吃驚しました。例えば、ロンドン大学のカレッジ群の一つである、Queen Mary、テムズの南にあるSouth Bank University、日本人留学生が増えていると聞いたことがある University of Greenwich(ここ、カウンセリング心理学が売りのコースの一つで、進路の一つとして考えていたことがあります)など。

 記事にあるとおり、このリストに入っている大学の大半は、旧ポリテクニクが前身。名を広めようと、あえて言えば、入学基準に満たない学生を受け入れ、結果としてコース終了率が悪くてさらに評判を落とし、それが結果として財政の不健全さを招いている、というところでしょうか。
 日本でも財政危機を避けるために留学生を受け入れるところが増えている、というニュースを以前読んだ記憶があります。不安に思うことは、状況は似ているにもかかわらず、「イギリスの大学だったら、どこでも大丈夫だろう」、と信じてしまう留学を考えている学生がいるのではないか、ということです。
 これ以上のことは、僕が関わることではありませんが、もう一つ。新聞本誌に掲載されているリストは、2003年までのデータとのこと。が、今でも少なくとも3つの高等教育機関が深刻な財政危機に直面しているらしいです。この3つは、どうやら公式には名前が公表されていないようですが、記事の中で名前が挙げられている一つは西の外れとはいえ、一応、ロンドンにある大学です。実際に破綻の危機が表面化すれば行政が何とかするかもしれませんが、わざわざ日本から留学して、そんなごたごたに巻き込まれるのは悲しいことだと思います。

地下鉄(セントラル・ライン)の脱線事故

2007.07.06
未遂に終わった爆弾テロの直後ということで、日本でも報道されたセントラル・ラインの脱線事故。事故直後の報道では、テロの可能性も否定しきれなかったようですが、結局は、老朽化した線路の保守、整備、点検を請け負うメトロネット社が、きちんとした対応を取っていなかった、ということだと思います。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/6272662.stm

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/london/6274604.stm

 このメトロネット社は本当に評判が悪いです。例えば、つい数週間前に、1年間の改修工事で閉鎖されていたベイカールー・ラインのリージェンツ・パーク駅が予定より遅れて再開されました。が、初日から、改修が済んだばかりのはずのエレヴェイターが故障してすぐに駅を閉じなければならなかったり、切符の販売所を無くして改札エリアには駅職員を配置しないなど、利用者のことなど全く頭にないに違いないと思わずにはいられない酷さ。こんな会社にもかかわらず、毎年幹部には、「目標を達成したから」、という理由で巨額のボーナスが支払われています。その目標は、噴飯物。曰く、「利用者からの苦情が減った」とか、「運休になる本数が減った」など。いまどきの小学生だってこんな目標を立てないであろう稚拙なものばかり。

 こんな会社が保守点検を請け負っているようでは、今回の脱線事故は起こるべくして起きたようなものです。

 セントラル・ラインは、朝は滅多に使いませんが、夕方や夜は頻繁に使うので、巻き込まれなかったのは幸運でした。7月7日が近づいていたこともあって、巻き込まれた皆さんのショックは大きかったと思います。これらの写真を見た後では、僕の経験なんて他愛もないこと。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/6273302.stm

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-date-200703.html#entry470

 地下鉄、なければ困りますけど、この腐った会社はどうにかして欲しいと毎日願わずにはいられません。皆さん、ロンドンに来る前に、脚力を鍛えましょう。

エドワード・ワトソンが超人だったなんて知らなかった

2007.07.05
確か、今日からロイヤル・オペラ・ハウスの2007/08のピリオド1のチケットの一般発売が始まったはず。ということで、今日のThe Guardian紙の G2に広告が掲載されていた。
 過去2年は、オペラ歌手とダンサー二人ずつが、彼らの生まれ故郷(もしくは縁のある土地)で撮影された写真が各ピリオドごとに使われていた。今年の初っ端は誰かな、と思っていたらイギリス人でただ一人(7月4日現在)のプリンシパル・ダンサー、エドワード・ワトソンだった。
 でも、昨年とはちょっと違う。ワトソンの顔半分が紙面の半分を占め、そこに踊る言葉は。

SUPER HUMAN
Meet Ed.
Fact: When he's dancing,
Pound for pound, (お金を払ってでも観る価値がある)
He's stronger than a Rhino.(犀より強い)
SUPERHEROES REALLY DO WEAR TIGHTS

 確かに、ワトソンの活躍は素晴らしい。特に、昨年11月の「クローマ」と「DGV」の世界初演2作での踊りは今でも鮮明に覚えている。彼がプリンシパルになったときに異議を唱えたバレエ・ファンも、彼の価値を認めているだろう。
 でも、この広告は。僕は、退くかな。

 合うかどうか、それとロイヤルがレパートリーに入れる気があるかどうかは判らないけど、ワトソンをキリアンで観てみたい。それと古典をもっと。

[追記、7月6日]
 今日のイヴニング・スタンダード紙によると、この広告への苦言が寄せられているとのこと。いくつかある中で、「エドワード・ワトソン、さらにカンパニーのイメージをいたずらに貶めている」、等々。ワトソン本人は、広告のイメージ、苦言双方に対して、我関せず、といった冷静さをみせていた。

二たび、三たび、そして四たび:フィデリオ

2007.07.02
5月から6月にかけて約ひと月の間、ロイヤル・オペラで10回上演されたベートーヴェンの唯一のオペラ「フィデリオ」。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-category-4.html#entry476

 通常、ロイヤル・オペラは、ここ最近の傾向だと、いち演目につき5回、ないし6回上演というのが普通のようで、今回のように10回も上演されるのは、ロイヤル・オペラが「これは売り切れるに違いない」と判断するか、期待するものに限られているように思います。なので、「フィデリオ」には期待していたと思うんですが、客の入りは全体で8割いったかどうか、といった感じで「不入り」でした。考えられる大きな理由の一つは、これが「ドイツ語」で歌われるオペラだからかな、と。やっぱり、ドイツ語でもモーツァルトであるとか、またヴェルディやプッチーニといった、オペラといったらまず浮かぶような作曲者のはすぐ売り切れますけどね。いわば、イギリス人が密かに持っている差別意識の表れかなと思います。観にいかなかったイギリス人の友人は、「初日の評判が悪かったのは、イタリア人のパッパーノがドイツ・オペラを振ったからにちがいない。イタリア人がドイツ物を振っては駄目なんだよ」、と平然と言い切っていましたし。
 イギリスのオペラ批評家のレヴューもちょっと的外れでした。中には大真面目に、「どうしてオペラの初日を日曜日の昼間にやるんだ」、なんて。そんな、「日曜日の昼間」にしかこれない人だってたくさんいるということを、自分でチケットを買わなくていい評論家の皆さんは知らないんでしょう。レヴューから学んだのは、今回のユルゲン・フリムの演出では、舞台設定は20世紀半ばの中米のどこからしいです。
 演出についてもう一つ。カーテンが上がる前のスクリーンには、ドイツ語で「Wahre Liebe furchtet(uにはウムラウトがあります) nicht」というフレーズが映し出されていました。いつもお世話になっている恩師によると、nichtであれば意味は「真の愛は恐れず」。が、もしnichtsだったなら「真の愛はなにものをも恐れず」とのこと。単数だったように記憶しているけど。

 周辺情報はここまでにして。初日の5月27日にがっちりと心臓をわしづかみにされてしまい、速攻で5月30日と6月21日の分を追加購入。人気があまりなかったことが幸いして今の僕の経済状況でも購入できるチケットが残っていたのは幸運でした。最終日のは先行予約のときに購入済。
 30日、中二日で同じオペラともなれば、演出の粗であるとか、歌手の皆さんの失敗などが自然と目に入ってきます。この日は、初日散々だったオーケストラが持ち直したのは良かったのですが、レオノーレを歌ったカリタ・マッティラが高音域でちょっとかすれることがあって、音楽的にかなり難しい役ということを実感しました。また、苦難の果てに感激の再会を果たしたレオノーレとフロレスタンの抱擁に力が入りすぎたようで、フロレスタンを歌ったヴォットリッヒの手縄がナイフで切る前に切れてしまったようでした。縄が聴衆に見えないように隠そうととしていましたが、しっかり見えました。
 21日は、ただ一人のドイツ人、ヴォットリッヒの最終日、ということで。前2回同様、彼の高音域の広がりのなさは変わらずでしたが、僕にはマッティラと彼の声の相性が素晴らしく、3回目ながらも前2回と全く同じところで涙腺の栓が外れてしまいました。この日面白かったのは、それまでの2回、第2幕の後半、舞台にいる歌手とコーラス全員が膝まづいていたシーンが、たったままで両手を押さえるというように変更されていました。が、最終日は元に戻っていたので、この変更は謎です。
 もう一つ演出が細かい所まで気を遣っていると思ったのは、第1幕でレオノーレがポケットから出すフロレスタンの写真。レオノーレは大感動のアリアをこの写真を見つめながら歌います。写真は聴衆のほうには向けられません。が、超高性能の望遠鏡で見たところでは、ヴォットリッヒのときは彼の写真、最終日はセカンド・キャストのサイモン・オニールになっていました。
 そして最終日。この日は、ドイツ人歌手が誰一人いませんでした。オニール(ニュー・ジーランド出身)のドイツ語はどうなのか心配でしたが、不安の半分は当りました。彼の歌唱部分のドイツ語は良かったです。が、台詞の部分になった途端、椅子から転げ落ちそうになるほどの大根ぶり。「その棒読みのドイツ語は、何?」、との突っ込みを入れたくなるくらい。あんなので、オペラ歌手の粗を探すのを生き甲斐にしているに違いないと思われる薀蓄屋さんがたくさんいるであろうドイツ(僕の偏見です、気になさらずに)で、ワーグナーを歌えるのか、と。もう一つ気になったのはが、彼の声。ソロで歌う場面では、高音域ではヴォットリッヒよりも伸びがあって感心しました。が、コーラスの部分になると、ヴォットリッヒの声がコーラスとオケに埋もれずにしっかり聞こえていたのに比べ、かき消されてしまっているようでした。人間の声の響き方って、本当に不思議です。
 10回もの上演の最後ということで、歌手の皆さんも思うことがたくさんあったのでしょう。アイルランド人のソプラノ歌手、Ailish Tynanも嬉しそうに微笑みながら、涙を流していたのが印象に残りました。

 今回の「フィデリオ」にこれほどまでにのめりこんでしまったのは、レオノーレ/フィデリオを演じたカリタ・マッティラがいたからこそ。「奥さん、監獄で働いている割には、良くお手入れされた爪が綺麗ですね」、なんて僕の戯言を打ち消してしまうほど、彼女はレオノーレそのものでした。例えば、二人のフロレスタン。ヴォットリッヒはインディペンデント紙のインタヴューで紹介されていましたが、ボディ・ビルダーと見まがうばかりに筋肉隆々。片やオニールは、プログラムの写真詐欺だろう、といわれても仕方ないくらいまるでパヴァロッティのような太り様。フロレスタンは、牢獄に2年もの間幽閉されているという設定。仮に彼らの歌唱、演技が素晴らしく、目から入ってくる情報を打ち消してしまう位のレヴェルにあったら。
 僕にとって、レオノーレはもうマッティラしかいません。以前、あるバレエの掲示板で何方かが、「初見呪縛」という言葉を使っていましたが、今後どんな演出で「フィデリオ」を観てもしばらくはマッティラのイメージから逃れられないと思います。恐らくレオノーレ役は、彼女にとっても高音域が特に難しい役だとは思います。しかしながら、舞台での存在感、そして感情の迸るさま。第2幕、ドン・ピッツアロに対峙して、「最初に彼の妻を殺しなさい!」、と歌う場面では、4回とも僕も含めて、周りのそこかしこから鼻を盛大にかむ音が響き渡っていました。
 このオペラ、他のオペラに比べると、男性客の割合が高く、また聴衆の平均年齢もかなり高かったようでした。同じオペラを続けざまに4回なんて、自慢できることではないですけど、偶にはこういうこともいいかな、と。

初級ポーランド語講座

2007.07.01
ポーランドからの移民総数が、公式では30万人を超えたらしいイギリス。ということで、そこかしこでポーランド語が飛び交っています。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/category19-1.html#entry51

ということで、日本人には全く用がないであろう、しかも、最初のは「そんなポーランド語、日本人の友達に教えちゃ駄目」、といわれたことを。

 最近、悪いことが続いているポーランド人の同僚Tは、他のポーランド人と電話で話しているとき、「クールヴァ!」という単語を連発しています。なんだろうな、とずっと思っていて他のポーランド人(女性)に尋ねました。
 彼女曰く、「絶対に使っては駄目よ。要するに、英語のFxxxと同じなのよ」、とのこと。スペリングはKurwaです。
 腹がたつけどFワードを使いたくない、という時にはポーランド語で言ってみてもいいのではないかと。日本でこの単語を知っている人がそんなにいるとも思えませんし。

 二つ目は、言葉の使い方の違い。メール・アドレスで使われる「@」、ポーランドでは、このマークをボーランド語の「猿」という単語で言い表しているんだそうです。
 実例。
 T:「メール・アドレスはshinrabansyo モンキー gmailだね?!」。
 僕:「ちょっと待て、僕はモンキーなんて言っていないぞ」。
 T:「ごめん、ごめん、実は」。

という感じです。
 
 お役に立てたのであれば幸いです。
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