LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2007年10月の記事一覧

Freedom of speechから考えたこと

2007.10.30
偽りでも夏時間が終わると、午後5時を回る頃にはすっかり真っ暗なロンドンです。

 先週、10月23日のThe Daily Telegraph紙に、今年度のノーベル文学賞を受賞したドリス・レッシングのインタヴューがありました。内容は、以下の通りです。先に、英文のリンクを読んで下さい。

http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/10/23/bbolessing123.xml

 次は、日本での報道です。


米同時テロは「ひどくない」=ブッシュ大統領を酷評-ノーベル賞作家

 【ロンドン24日○○】今年のノーベル文学賞受賞が決まった英女性作家ドリス・レッシング氏(88)がこのほど、2001年9月の米同時テロについて、「それほどひどいことではなかった」と発言、物議を醸している。

 レッシング氏はスペイン紙パイスとのインタビューで、「(北アイルランド紛争で爆弾テロを実行したカトリック系過激組織)アイルランド共和軍(IRA)の歴史を思い起こせば、米国で起きたことはそれほどひどくない」と指摘。「わたしが正気でないと思う米国人もいるかもしれないが、(米同時テロは)彼らが考えているほど異常なことではない。彼らは純粋なのか、そうであるように見せ掛けているだけだ」と述べた。

 政治や社会問題を扱う作品を多数発表している同氏はさらに、ブッシュ大統領は「世界にとって災難であり、誰もが彼に嫌気が差している」と酷評した。



 正直な所、この報道は、文字数に制約があったのか、それとも刺激的なものにしたかったのかは判りませんが、彼女の発言の意味を半分も伝えていないように思います。もともとスペインで報道されたものですから、レッシングの発言が、テレグラフが伝えたとおりなのかどうか、という点も考える必要があるかもしれません。

 この記事のほかに、日本ではどの程度まで報道されたのかが判りませんし、イギリスでも、僕が予想したほど大きな論争にはならなかったようです。が、僕個人としては、幾つかの点で、とても興味深い発言であり、報道でした。

 一つ目は、「ノーベル賞受賞者」という肩書きが、レッシングにこの発言の機会を与えたのかどうか、ということ。
 ノーベル文学賞の選考委員と僕の趣味は絶対に違うので、レッシングのことは今回の受賞まで全くしりませんでした。受賞後の新聞記事を読んでいて感じたのは、恐らく、ノーベル賞を受賞していなくても、彼女にはこの発言を公に出来る機会はあったかもしれない。しかしながら、インパクトはこれほどのものではなかったであろう、と思います。

 レッシングの発言を、ブッシュとブレアを痛罵した、という点から痛快、と思う一方で考え始めたのが、「彼女の発言は、freedom of speechという観点からすると正しいのか?ただ立場を利用して、言いっぱなしというのも freedom of speechと言っていいのか?」、ということです。ありていに言えば、僕はこれまで「freedom of speech」が何であるか、ということを考えたことがありません。
 友人たちの中でもリベラルな人の意見をしりたいと思って、まず、いまでも定期的に英語を教えくれる友人(女性)に。友人は、話し出したら止まらなかったので、この定義には初心者の僕には理解できない点もありましたけど、一つ友人が何度も強調していたのは、「freedom of speechは、なんでも好き勝手にいえる、ということではない。極端な例だけど、路上で見ず知らずの人に向かって、『貴方の洋服のセンス、酷いですね』、というのはfreedom of speechじゃないのよ」。友人が言ったことは当たり前のことですけど、例えば、「言った者勝ち、やった者勝ち」の風潮が強くなっていると聞く日本では、これを取り違える人が、政治の世界から日常生活まで、けっこういるのではないかと感じています。
 ついで、これまでにも何度かご登場いただいている、日本在住のアメリカ人の友人に。彼には、freedom of speechとレッシングの発言双方について尋ねました。友人の了解を得て、返事を以下に。それと、僕の判断で、少し校正しました。

freedom of speech which has always gotten a lot of scrutiny in American law, because it is so broad and there are always people want to limit the freedom of others.

I don't agree that it is over-done when it is seen through the eyes of Americans. As a writer, she should be able to see the shock it was. 3000+ lives in a very dramatic and unique way. What she is trying to say is that it is not a big deal compared to the suffering others have had, but suffering over 30 years is just not the same dramatic impact.

Now I do think the US current government has used the event for political purposes and most are not legitimate, they just wanted to expand their power, neo-conservatives, expansion of presidential power, etc. The fear of terrorism has been artificially expanded to get votes and this is not good.

So when the event is used to pretend the US is special, I hate it, so I agree with that sentiment.


 友人と話したとき、freedom of speechについて彼が言及したもうひとつの点は、punishableではない、ということ。確かに、何か発言するたびに牢獄に入れられては、freedom of speechにはなりません。
 こんなことを書きつつ、いまだに僕個人がfreedom of speechをどのように実行できるのか、ということは見えていません。一つ考えているのは、自分の足下が見えているかどうかが重要なのかな、と。

 最後、レッシングの発言を受けて、テレグラフは、読者の意見を求めました。全部読まれる必要はないですからね。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=1HXNMIA0Z53QDQFIQMGCFF4AVCBQUIV0?view=BLOGDETAIL&grid=F11&blog=yourview&xml=/news/2007/10/23/view23.xml

 幾つか興味深い意見もありますが、僕が最も面白いと思った点は、意見の内容ではありません。記事は、「Do you」という疑問で始まっています。にもかかわらず、YES、またはNOで始まる意見のなんと少ないこと。Counsellor-to-beとして経験を積んでいる過程で学んだのは、とても簡単な疑問にすら、時に人はYESもNOも言えない、ということです。なに戯けたことを思われても仕方ないですけど、的確な質問を投げかける難しさ、またそれに答えられないとき、心理的にどのような状況に人は追い込まれているのかということを、不惑の年代に突入してもなお惑いつづけている所です。


 添付の画像は、30日のMatt。イギリス王室のあるメンバーを巻き込んだドラッグとセックスのスキャンダルを受けたものです。



理解するのに、2秒かかりました。スキャンダルに巻き込まれたのは、実はエリザベス女王が溺愛するコーギーだったなんて。

 今は金融情報マーケットにいるわけではないので自分には何の問題もありませんが、アメリカの夏時間が終わるのは今週末です。
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ロンドンの地下鉄が世界一?、You are JOKING!

2007.10.28
今日、10月28日未明に「夏」時間が終わりました。夏なんてこなかったので、何を今更の感が、今年は一際強いです。

 寒かった8月、武闘派の地下鉄労組のとんでもないストライキによって大混乱になったロンドン。そして、ロイヤル・メイルのトンチキ(と言って差し支えない)な経営陣の所為で起きてしまったと僕は思っているロイヤル・メイルのストライキでは、イギリス中が麻痺しました。
 そんな嵐が過ぎ去り、フランスのストライキの記事を他人事のように読み飛ばし、嵐と嵐の間の、中休みのような安穏とした気持ちに、いきなり火をつける記事を見つけてしまいました。10月5日のThe Independent紙からです。

http://news.independent.co.uk/uk/transport/article3028730.ece

 そんなに長い記事ではないので、是非、読んで下さい。信じられないことに(僕は)、ロンドンを訪れる観光客の皆さんによって、地下鉄を含むロンドンの公共交通手段は、世界でも最も安全で効率のよいものとして選ばれたとのこと。この記事を見つけて最初に出た言葉は、「Are you joking?!」。
 記事にあるように、いつも批判に晒されている、ケン・リヴィングストン・ロンドン市長にとって、これほど、一日千秋の思いで待ち焦がれていた調査結果はないでしょう。彼が指摘するように、ロンドン交通局は、努力している所もあります。16歳までの交通費を無料にしたり、障害者や60歳以上のロンドン市民にはすべてフリーダム・パス(グレーター・ロンドン全域で無料の定期、利用時間に規制あり)を発行している点は、高く評価されるべきだと思います。この裏には、観光客の皆さんが高い料金を払っているから、という事実があるとおもいますけど。
 また、記事に寄せられたコメントにあるように、路線を選べば、オイスター・カード利用で£1-(今はさらに値下がりして90ペンス)で、「乗り換えなし」という条件でロンドンを東西、南北にバスで観て回ることができるのも、素晴らしいことだと思います。公平に見ても、バス路線は拡充してきています。
 でもですね、毎日、この病んだ交通システムを辛抱強くつかわざろう得ない身からすれば、拳を空に高く突き上げて「それは事実じゃないんだー!」、と世界に向けて主張したいです。例えば、4割の人が、「公共交通システムは、行きたい所にいける」という点が重要と答えたようです。で、ロンドンその要求を満たしているか?、と言えば、ある程度満たしているかもしれません。だけどそれ以上に、「行かなければならない所に限って、公共交通手段がない」、という事実があることも忘れて欲しくないです。
 いずれにしても、僕はこの、昨年の11月の経験以来、ロンドンの交通手段に期待することをやめました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-52.html
 約束の時間の15分前には現地に到着し、訪問相手の呼び鈴は約束の30秒前におすことを信条としている身には、ロンドンでそれを常に実行するのは難しいです。まかり間違ってつい期待してしまった挙句、裏切られた場合、それは彼らのミスではなく、僕の失敗、と思うようにしています。そうでなければ、身がもちません。最後に付け加えたいこと。それは、先日破綻した地下鉄の保守会社を事実上解雇されたトップに、1億円の退職金が払われた、という事実。破綻した会社にその予算はなく、全て利用者が払ったお金と税金から賄われたそうです。

 地下鉄のことだけだったらもっと短く済む筈だったんですが、ロイヤル・メイルもやっぱり丙丁つけがたいということがありました。ストライキが終わるだろうと見越して、家族が10月4日に投函した航空便の手紙が、昨日、10月27日に配達されました。2週間にわたるストライキで溜まった郵便物の配達がもとに戻るにはしばらく掛かるとは思っていましたけど、ストライキが収束したのはほぼ2週間前。経営陣に問題あるけど、やっぱり職員にも問題あるんだろうな、と思っていたら今朝のThe Sunday Telegraphにこんな記事がありました。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/28/npost128.xml
 記事で紹介されているAngelさんの場合、スト収束後に送った156個の小包が配達されていない、というのですから。注文はインターネットで受けることが出来ても、配達はロイヤル・メイルに頼っている小さな個人経営の会社にとっては、「仕方ないね」ではすまないし、死活問題です。以下のポストは、やはり昨年11月に経験したこと。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-459.html

 僕の場合、自分で選んでロンドンに居るわけですから、愚痴を皆さんにこぼすのはお門違い、ということは判っています。でも、事実でないことは、きちんと訂正しておかないと。

 添付の写真は、25日に発表された、シェルの自然写真コンテストの結果を受けて、翌26日のThe Daily Telegraph紙のカトゥーンです。政治の世界に巣食う珍種、というところでしょう。



The Guardian紙のリンクでは、実際の写真をたくさん見ることができるので、比較してみるのも楽しいかと思います。
http://www.guardian.co.uk/environment/gallery/2007/oct/25/wildlife.photography?picture=331055684
 最近、著作権を侵害しすぎているかもしれませんが、テレグラフとガーディアンの宣伝ということで許してもらえることでしょう。

日英の比較4:誰が為に銀行は貸す

2007.10.27
2007年10月19日は、「Black Monday」から20年だったそうで。1987年はまだ大学生で、世の中がこんなに辛く、でも楽しいこともたくさんあるんだな、と言うことは知りませんでした。

 アメリカのサブ-プライム・ローン破綻を機に始まった世界経済の混乱、まだまだ続いていますね。メリルが、http://www.47news.jp/CI/200710/CI-20071025-11674805.htmlhttp://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7059997.stm。そして日本では野村がhttp://www.47news.jp/CN/200710/CN2007101501000378.html。サブ-プライムの余波は、イギリスでも、まだまだくすぶりつづけていますし、アメリカをはじめ世界の経済大国で、固有の問題が起きていると思います。そうそう、このサブ-プライム・カタストロフィで損失を出していないのは、ゴールドマン・サックスくらいだそうです。何でも、ゴールドマンに採用されるには、10回以上の面接に高度な数学の試験があるとかないとか。MBAだけでは、ゴールドマンに就職するのは無理、なんて噂があるそうです。

 恐らくイギリスでは、この経済問題は、総額が国家予算に匹敵する個人負債の返済に喘いでいる普通の人々の生活を直撃するのではないか、ということが僕のような経済の素人ですら考えられるほど、国内経済に暗い影を落としているように感じます。
 10月22日のThe Daily Telegraph紙の経済分析記事によると、イギリス国内の個人負債額は、どうやら一兆ポンド(250兆円?!)になろうというレヴェルのようです。こんな金額になると、個人レヴェルでどれだけの負債を抱えているかなんて、銀行にとっては問題ないじゃないのかと思えてきます。
http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2007/10/23/ccom123.xml
 しかしながら、事実として、2007年の第一四半期には、借金返済が不可能になり、不動産を差し押さえられる件数が急増したとの報道を、ノーザン・ロックの取り付け騒動のときに何度も読みました。言い換えれば、イギリスの銀行もなりふり構わなくなってきた、ということ。これまで気軽に貸し付けてきたローンを取り戻すことに本腰を入れ始めたのではないかと感じています。

 イギリスの個人負債の大半は、不動産ローンによるものだそうです。この夏までのイギリスの不動産マーケットの活況の裏には、キャッシュ・プアの人々がたくさん居る。つまり、家を購入したのはいいけど、日々の生活の為の現金がない。そういう所に、銀行は「では、それだけの不動産があるのですから、これこれのクレジット・カードを発行しましょう。このカードだと、最初の3ヶ月は、買い物に使っても利息はつきませんから」、と。
 生活の為、もしくは自己満足のために、消費者がクレジット・カードの限度額まで使い切ると、今度は「関連会社の、別のクレジット・カードを発行しましょう。そうすれば、今のカードの負債額を新しいカードに移すことが出来ますし、移してから1年間(期間はカードによってまちまち)の利息は0%ですよ」。これの繰り返し。更に、このクレジット・カード間で負債を移動させる際には、金融機関は法外な手数料を設定しさらに稼ぐという、阿漕な闇の金貸しとさして変わらない方法でどんどん吸い上げる、と。
 利用者は、自分の金を使っているつもりで居るのでしょうけど、負債を抱えたままの状況で、金融機関から提案されたクレジット・カードを使うということは、銀行からエンドレスで借金し続けるということに他なりません。イギリスでよく見られる、「Buy now, pay late」の習慣が、この悪循環に拍車をかけていることを、メディアは最近になって何度も取り上げて警告を発しているようです。が、今の所、目立った効果はない感じです。http://money.guardian.co.uk/creditanddebt/creditcards/story/0,,2196752,00.html

 ところで、銀行って、顧客から預かったお金を返すときだって酷いということを、友人のつい最近の経験で知りました。友人(スコットランド出身の女性)は、人事コンサルティングの会社を10年以上経営し、顧客は国際的に知られている所ばかり。日本風に言えば、「勝ち組」でしょう。
 まだまだ働くけど、ちょっと休憩、ということで過去1年は、目立った仕事をせずにのんびりと次のプランを練っていたそうです。次のプランが大体決まり、ずっとビジネスで使ってきた銀行に新しい口座を開けようと、(本人は馴染みだと思っていた)支店に赴いたそうです。そこで言われたのは、「貴方の過去1年間の収入は不安定だったので、口座を開けることは不可能です」、と。自分自身の新しいビジネス口座を開く前に、同じ支店で、彼女の10代のお嬢さんの口座はすんなり開くことが出来にもかかわらずです(お嬢さんには父親の収入があるから)。
 あまりの理不尽な論に立腹した友人は、その支店に預けてある全資産を引き上げようとしたそうです。当然だと思います。ところが銀行側は、「貴方が本人であるかどうか確認する為に、幾つか質問します」、と。その質問はこんな感じだったそうです:「何年何月何日に口座から引き落とされたガス料金はいくらですか?」。
 そんな質問、銀行で腹立てている時に、誰が答えられます?友人曰く、自分の人生を、そして人格を否定されたようで、悔しくて泣けてきたそうです。

 最近、イギリスへの悪口が多すぎる、と自覚しているので、「日本の金融機関はどうなのかな?」、と思い、滅多にしないんですけど、検索していたら以下のサイトを見つけました。
http://www3.ocn.ne.jp/~kasitese/
 単に、吃驚。「スクルージなんて、可愛いもの。現代の金融機関の足下には及ばないかも」、と。それと日本はイギリス以上に、貸す側(=銀行)の責任の所在が、とても不明瞭に感じます。預貯金もないけど、借金もなくて本当によかったです。負け惜しみじゃないですからね。

 銀行が一方的に悪いと言う気は、まったくありません。銀行があってこそこの社会は回っているし、会社組織として、銀行が利潤を追求するのは当然だと思います(僕が目指しているカウンセリングだって、ビジネスですから)。雇用者に給料を払わなければだし。しかしながら、借りる側は、ただお金を借りるだけでは済まされず、何か起きた時に誰も守ってくれない現実を知っておくべきなんだと思います。僕自身への警告として、必要の無いお金を銀行から借なければならないということは、ない。これは日本もイギリスも同じではないかと考えます。

 以前の「日英の比較」シリーズです。我田引水ですけど、イギリスと日本って、けっこう似ている所があるなと思います。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/?q=%C6%FC%B1%D1%A4%CE%C8%E6%B3%D3

 添付の写真はお口直しに。BBCウェールズのサイトで見つけました。ウェールズ南部、ガウアー半島に沈む夕陽。10月28日に、イギリスは夏時間が終わり、日本との時差は9時間になります。


新聞を読もう

2007.10.25
親の勧めで新聞を読み始めたのは、中学生くらいから。以来、ずっと読みつづけていて、今は3紙を毎日購読しています。世界で一番高い都市、ロンドンで暮らしているわけですから、新聞の値段だってこんなです。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-542.html

 テレグラフは保守よりなので、僕の政治信条からはずれるんですが、エリザベス女王の報道が一番多いという理由で読んでいます。ガーディアンは、やはり「左」からも物事を見なければですし、ウェブでは滅多にアップされない、本紙に掲載されている写真が素晴らしいので。

 高い購読料を払っているんだから、面白いニュースが読みたい、と言うのはセンセイショナリズムに走ってしまってよくないのでしょうけど、やっぱり、面白いニュースはたくさん読みたいです。で、今日、10月25日はどうやらそんな日でした。特にテレグラフは、どうしたんだというくらい興味深いニュースが紙面から溢れるほどで、1時間では読み終わりませんでした。中には、日本でおきている議論を別の視点から考えるいい機会なのでは、というニュースもありました。テレグラフは、レトリックを使った文章は多くないし、週末の時間つぶしにはもってこいではないかと。


http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=CVIY4PTJJFLFVQFIQMGSFFOAVCBQWIV0?xml=/news/2007/10/25/nshares125.xml
http://business.guardian.co.uk/economy/story/0,,2198561,00.html
 まず、日本でも次々に報道されているサブープライム問題に関して。これ、自分の生活には関係ないだろうと思われる人も多いことと思います。が、例えば、年金の運用会社がサブープライム・ローンを元にした金融商品で資産を運用していることだってありうるわけで。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/25/nbourn125.xml
 先日書いた、過去3年間、国民の税金で海外旅行三昧、美食三昧だった会計監査院のトップが辞職するそうです。今日の報道を読むまで知らなかったのは、このポジション、数少ない、不祥事があっても政府が首に出来ないものだそうです。そんな所に10数年も同じ人物を据えておくこと自体が問題だったのではないかと思います。

http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2007/10/25/eashell125.xml
 シェルの毎年恒例の野生動物写真コンテストの結果。添付の写真、ペンギンを捕食する豹アザラシ、恐竜に見えてしまったくらいの迫力です。







http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/25/nlives125.xml
 会計士や医者という職業についている人のほうが、ビルダーより少なくとも8年長生きだそうです。

 次の二つは、日本でおきている、入学の時期を秋にしろとか、日本でも夏時間を導入するべきだとか騒いでいる人が読むべきでしょう。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/25/nedu125.xml
http://education.guardian.co.uk/schools/story/0,,2198524,00.html
 ご存知の方のほうが多いと思いますが、イギリスでは9月が入学、新学期のシーズン。ということで、7月、8月に生まれた子供達の学力が、秋や冬に生まれた子供と比べると不利だからどうにかすべきではないか、と。アメリカやヨーロッパに右ならえで9月入学を導入したい皆さんは、この記事を読んだらどう思うことでしょう。

http://www.guardian.co.uk/science/2007/oct/25/2
 夏時間の間は、体内時計は乱れたままだそうで。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/25/nswalk125.xml
 最近イギリスでは、夜中に裸のままホテルの中を半覚醒で歩き回る男性客が急増しているそうです。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/25/nsilbury125.xml
 ロンドンから西に車で約2時間くらいでいけるウィルトシャーには、ストーン・ヘンジをはじめ、先史時代の興味深い遺物がかなりあります。そのうちの一つ、ヨーロッパ最古の人工の丘が、崩壊の危機に直面している、と。

http://www.telegraph.co.uk/portal/main.jhtml?view=DETAILS&grid=&xml=/portal/2007/10/25/ftpunc125.xml
 アポストロフィの使い方は、恐らく、イギリス人より日本人のほうが詳しいし、正確でしょう。

http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/10/25/babanksy125.xml
 この落書きアート、本当に高価だそうです。

http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2007/10/25/btring125.xml
 ロイヤル・オペラの今シーズンの最大イヴェントは、10数年ぶりの「リング・サイクル」の上演。その第2回目の期間、ブリュンヒルデを歌うソプラノが急病になり、どうやってその危機を乗り切ったか、というもの。カーテンの裏側では、どんな阿鼻叫喚なことが起きているのかが、手にとるように判ります。

  今日の昼間、これを書くことを考えていたとき、思い浮かんだことがひとつあります。一日くらい、戦争も、殺人も、テロも、オペラも、夫婦喧嘩も、銀行の取り付け騒ぎも、それこそ何も起きない1日が地球上にあってもいいのにな、と。新聞記者の方は困らないと思います。何故なら翌日の新聞には、「人類は、昨日、何も事件を起こさなかった!大事件だ!」、という特集記事がでるに違いないですから。

生き残りをかけて:ヨーロッパ王室の事情

2007.10.23
ここに書くこと、特にベルギーについては、政治的な問題として語られるべき事象だと思いますが、ヨーロッパ王室ウォッチャーとしては、王室の存在意義から考察してみようかと。

 ある所で、以下のニュースを見つけた時は、リヒテンシュタインのアダムさんが、どれだけ資産を持っているかに焦点を絞るつもりでいました。ちなみに、ニュース・ソースはしがらみの関係で伏せさせていただきます。

【ブリュッセル14日○○】13日付のベルギー紙ラーツテ・ニュースは、同国のアルベール2世国王の個人資産は預金や南仏の別荘、ヨットなど合わせて1240万ユーロ(約20億円)で、欧州の王室の中で最も少ないと報じた。
 同紙によると、欧州の王室の中で最大の資産を持つのは、スイスとオーストリアに挟まれた小国リヒテンシュタインのハンス・アダム2世公で、額は約30億ユーロ(約4800億円)に達する。英国のエリザベス女王が18億ユーロ(約2880億円)でこれに続く。

 こんなニュースで改めて読まなくても、ベルギー王室は金をもっていないだろうとは思っていました。サベナは破綻するし、ベルギーと言って人が思いつくのは、ビール、問題続きのTinTin、そしてジュスティーヌ・エナンくらいでしょう。ワッフルは僕にはアピールしないし。国としての勢いを感じることはあまりない、と言っても過言ではないと思います。そんなことを考えていた数日後に報道されたのは、ベルギー分裂が現実味を帯びてきた、というニュースでした。

http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2170606,00.html
http://news.bbc.co.uk/1/hi/world/europe/6995511.stm

 小さな国ながら、北部のフレミッシュ(Flemish、オランダ系)地域と、南部のワロン(Walloon、フランス系)の断絶が厳しい、と言うのは友人・知人から何度か聞いてはいました。しかしながら、The Guardian紙の記事で書かれている、フレミッシュ系住民がこれ以上は我慢できないというほど苛立っているとは思っても居なかったので、正直、かなり驚きました。




 現国王のアルベルト2世の長男、フィリップ皇太子とマチルド妃の結婚には、両地域の融和を図り、国の統一感を高めることを期待する向きもあったらしいです。ところが、言語療法士の資格を持ち言葉のスペシャリストであるマチルドさんが、婚約か結婚のスピーチの時に、フラマン語のパートで小さな間違いをしてしまうなど、国の分断の流れに歯止めをかける役割を王室が担う、というのは上手く機能していないようです。
 ガーディアンの記事の終わりに、「ブリュッセルがなければとっくに分断していただろう」、というのであれば、ブリュッセルに住むベルギー王室の皆さんは安穏としていられないことでしょう。というわけかどうかは定かではないですが、ちょっと前の王室ゴシップ雑誌に掲載されていた写真から察するに、国王の次男(ベルギー王室の問題児)が積極的にいい父親振りをアピールしたり、国王とパオラ女王の結婚記念を家族的な雰囲気で演出するなどしてイメージ・アップを図っているようですが、どうなることやら。今年に入ってアルベルト国王の老けっぷりが加速している印象があるので、世代交代があるかな、と思ったりしています。

 で、さらに吃驚したのが、スペインのホァン・カルロス国王が退位を否定するスピーチをせざろうえない状況に追い込まれた、というニュース。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/03/wspain103.xml
 スペイン王室は、イギリスとは違って、国民からの支持が高いことで知られていますし、僕もそうだとばかり思っていました。記事によると、圧力は二つあったようです。一つは、カタロニアの自主性を高めることを要求する過激派の動き。更に、カトリック教会側からの退位の圧力。カルロス国王は、2008年1月に70歳になりますが、それを機に息子のフェリペ皇太子に王位を譲れ、ということらしいです。
 そんな、70歳で退位しろだなんて、イギリスは、そして日本でそんな動きが出たらどんな議論が湧き起るのか。

 話、ずれます。イギリスでも、スコットランドの独立が言われて久しいですけど、ベルギーが二つになったり、スペインからカタロニアが独立したりして、何の意味があるのか、というのが何も知らないからこその僕の印象です。
皆さん、チェコ・スロヴァキアという国がもはや存在しないのはご存知だと思います。僕はチェコとスロヴァキアがいつ分離、独立したのかは知りません。知っているのは、チェコ(ボヘミア地方とモルダヴィア地方)は裕福で、スロヴァキア(スロヴァキア地方とシレジア地方)が貧乏ということ。実際、スロヴァキア人には何度か会ったことありますけど、まだチェコ人には遭遇したことないです。この両国のように、ヨーロッパの小国の中でさらに分裂していくことにより、さらに貧富の差が生じ拡大し、新たな民族の移動が生じるのではないか。いや、もしかしたら切り捨てられた地域同士がくっついて新しい国ができるのか、なんてことをつらつら考えています。
 さらに話がずれます。最近のイギリスの便利な所。全くしらない国のことを調べたいなという時、ロンドンではだいたいどこの国の人も見つかります。

 戻ります。人口がヨーロッパで最も「黄昏」ているモナコのアルベルトさんがロンドンを訪れて、若くて金を持っているイギリス人にモナコに来て欲しいと訴えたそうです。ちなみに、故グレース妃の影響からか、彼の英語はアメリカンだったそうです。イギリスでは、歓迎されなかったかも。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/04/nmonaco104.xml
 なんか、どこかをずっと旅しているらしい中田某さんもモナコに住んでいるそうですね。

 イギリスだって、ウィリアム王子とケイト・ミドルトン嬢の将来に頼ってばかりはいられません。まもなく総選挙があるオーストラリアでは、仮に野党が勝利すると、現野党の党首は、コモンウェルス脱退を表明しているそうです。現在、経済が絶好調のオーストラリアとの絆が切れるのは、イギリスにとってはありがたくないでしょう。更に、その隣国ニュー・ジーランドでは、国旗からユニオン・ジャックを取り去りたい、と現在の首相が言い出したそうです。オーストラリアと違って、コモンウェルスからの離脱ではない、かつてカナダがした事をしようとしているだけ、とのことです。かつて世界の七つの海を支配した「大英帝国」の威光に射す翳りが増してきた、というところでしょうか。

 添付の写真は、今年の2月、ノルウェイのハラルド国王の70歳の誕生日に集まったヨーロッパ王室の次世代の皆さんの集合写真です(スペインとイギリスを除く)。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-471.html




 10年後、早ければ5年後、この中の誰かが王位についているのか、それとも王位につけないまま終わるのか。ますます、目が離せないです。

World is cruel to Britain?!

2007.10.22
今朝のロンドン、素晴らしい朝焼けで、淡いオレンジ色に染まった空に触れていると感じられるくらい、見えるもの全てが薔薇色に包まれていました。

 先週末、イギリスの威信をかけたスポーツ・イヴェントが三つありました。一つは、サッカーのユーロ2008(実はこれが何なのかさっぱり判りません)の予選、二つ目はラグビー・ワールド・カップにおける、イングランドと南アフリカの決勝戦、そしてF1のルイス・ハミルトンがデビューの年にワールド・チャンピオンになるという偉業がかかった最終戦。

 結果は、全て負け。

 それを受けて、今日、22日のThe Daily Telegraph紙スポーツ面の第1面の言葉は、ハミルトンとラグビーのジョニー・ウィルキンソンがうなだれている写真にかぶせて、「Cruel World!」。あまりのナルシシスティック振りに大笑いしてしまいました。
 で、どんどん読み進んで、さらに見つけたのがこのコメント記事。

http://www.telegraph.co.uk/opinion/main.jhtml?xml=/opinion/2007/10/22/do2202.xml

 イギリス人のユーモアのセンスが、他人を揶揄かう事に重きを置く方向に向いているときはあまりいい感じがしません。が、そのセンスを彼ら自身に向けたとき、つまり「自虐」、「自己憐憫」モードが全開になった時は、最高に面白いです。以下の文章は、記事からの抜粋です。

 the default position of the British sports fan is pessimistic
 (イギリスのスポーツ・ファンは基本的に、ペシミスティックだ)

 you could say that fate was against him(ハミルトン) the moment he was born in this country.
 (彼がこの国に生まれた時に、彼のこの運命は決まっていた)

  In Britain, we don't win sporting things.
 (イギリスは、スポーツで勝たない)

  We do coming second very well.
 (我々は、2番手になるのが得意だ[最下位、と書かないのはイギリス人の意地かな])

  In sport at least, we British maintain a meritocracy.
 (我々イギリス人は、少なくともスポーツの世界では、今でも階級を維持している)

 日常生活に、突込みどころ満載の出来事を、国を挙げて提供してくれるイギリス。この自虐傾向こそ、イギリス人をイギリス人たらしめる特異な国民性と感じるのは、僕だけではないと思います。


 閑話休題。大英博物館の「兵馬傭展」と並んで、今の所ロンドンのアート関連ニュースで最も頻繁に取り上げられている、テイト・モダンのタービン・ホールで催されている新しい展示を、先週の金曜日に見てきました。杜撰な工事が原因で、床にひびが走った、というわけではありません、念のため。
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/dorissalcedo/default.shtm





 観にいく前は、オリジナルの床の上にコンクリを敷き詰めた上で亀裂を入れたのかなと想像していたのですが、本当に床にこの大きな亀裂を入れていました。さすが、昨年度の来館者数がぶっちぎりでトップだったらしいテイト・モダン、太っ腹です。
 実際に見ても、コンセプト中心で芸術とは思えない、という印象は変わりませんでした。しかしながら、多くの観客が、亀裂の両側を歩き、立ち止まり、同じ方向に、逆の方向に歩いている光景を見ていると、観る側に、世界はこんな風に分断されている、人種差別の始まりは、こんなに小さな亀裂だったのか、普段は見ることの出来ない思考を視覚化させる「触媒」としての機能は、充分に果たしていたように感じました。
 こんな大掛かりなもの、永遠に保存しておくなんて出来ないでしょう。展示期間中にロンドンにこられるのであれば、体験する価値はあると思います。



ラ・バヤデール@ロイヤル・バレエ

2007.10.21
あの惨めな夏を帳消しに出来るくらい、ロンドンは好天が続いています。とても寒いですけど。

 土曜日に、今シーズンのロイヤル・バレエの開幕演目、「ラ・バヤデール(マリウス・プティパ振付)」を観てきました。2週間ほど前に観てきたのは、最終のドレス・リハーサルです。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-555.html

 イングランドと南アフリカのラグビー決勝戦の夜で、本当は引きこもる予定でしたが、この夜のニキヤ(主役)を踊るのは、シルヴィ・ギエムとダーシー・バッセルがロイヤル・バレエを去ってからは、積極的に観たいたった一人のダンサー、セナイダ・ヤナウスキー(写真は、ロイヤルのウェブから借用)。

RBC_Zenaida Yanowsky


これを逃したら、恐らくヤナウスキーが踊るニキヤを観る機会はないのではと思い、何とかリターン・チケットを確保していってきました。一つ波乱が有りましたが、ヤナウスキーの古典バレエ・ダンサーとしての資質の高さ、そして演技者として今のロイヤル・バレエの中では傑出していることを改め認識した舞台でした。

 まず、セナイダ・ヤナウスキーって誰?、という皆さんに簡単に。名前は東欧系ですが、最近ロイヤル・バレエに多いスペイン人ダンサーの一人です。昨年、The Daily Telegraph紙のロイヤル・バレエ特集記事で、「ガゼルのよう」と紹介されていましたが、すらっとした、長身のプリマ・バレリーナです。古典から、コンテンポラリーまで踊る役全てで口うるさい批評家からはいつも高い評価を得ているヤナウスキーですが、彼女がこれまであまり目立たなかったのは、ギエムとバッセルという長身のプリンシパル・ダンサーが居て、ヤナウスキーが古典バレエの主役を踊る機会は多くありませんでした。以下のリンク、数年前の記事ですが、参考になると思います。

http://arts.guardian.co.uk/features/story/0,11710,1374032,00.html

 それが、ギエムがロイヤルに戻るのかどうかは判らず、バッセルは引退という状況になり、漸くヤナウスキーがニキヤを踊る機会がきました。ニキヤが愛する戦士ソロルには、スカラ座バレエからのゲスト、ロベルト・ボッレ。これまで、ボッレはバッセルのパートナーでした。長身の彼に合うロイヤルのダンサーは、今はヤナウスキーだけ、ということでもあるでしょうね。

 当夜のヤナウスキーから感じたのは、素晴らしいダンサーがそうであるように、舞台に居るのはニキヤ、ということでした。彼女の長身が、彼女自身を古典バレエの主役から遠ざけていた、というのは事実だと思います。しかしながら、彼女の魅力の一つである長身であるが故の長く美しい腕の表現力はとても深く、繊細で、他の二軍プリンシパル(失礼)の皆さんからは恐らく得られないであろう、古典バレエの様式美を第1幕第1場からたっぷりと味わうことができました。流れるような、というのは誉め言葉にもなりますが、体全体の動きが流れっぱなしというダンサーが多くなりつつある中で、ヤナウスキーは止める所ではすっと動きを止め、そして次の踊りへの動きはとても自然でした。様式を無理して踊っている、という不自然な印象は全くありませんでした。
 敵役のガムザッティ(マーラ・ガレアッツィ)と対峙する第1幕第2場では、ニキヤがガムザッティよりも背が高いというのは絵的にはちょっと、と思ったのは事実。でも、演技者としてのヤナウスキーの魅力が全開の場面でした。自分を見せることに腐心しているダンサーが多い中、彼女から感じたのは、この場面では、ニキヤだったらこうするだろうとの深い理解でした。
 波乱が起きたのは、第1幕第3場の後半、ガムザッティとソロルが踊り終わり、二人の前でソロルに裏切られたと思ったニキヤが一人踊る場面。ニキヤのコスチュームのボトムは、ひらひらとした素材のズボン状のもの。そのたっぷりとした衣装に長い足が引っかかってしまったヤナウスキーはバランスを失い、舞台に両手をついてしまったんです。心臓が止まるかと思いました。「酷い怪我をしていませんように」、と祈りました。僕の隣に座っていたおばさんなんて、数秒間両手で目をふさいでいましたから。
 ロイヤル・オペラ・ハウスに居た全ての聴衆がどよめく中、ヤナウスキーはすぐに立ち上がり踊りつづけました。幸いなことに怪我していなかったようですが、立ち上がってからしばらくは、彼女の表情に見えたのは、悲しみ。幕間に友人と話したんですが、プリンシパル・ダンサーにとって、これほどhumiliatingなことはないでしょう。ヤナウスキーの中では様々な感情が渦巻いていたと思います。でもさすが、プロですね。すぐにニキヤが舞台に戻ってきました。

 そして、「ラ・バヤデール」の最大の見せ場、第2幕の「影の王国」。ドレス・リハーサルのときも感じましたが、コール・ドの皆さんの踊りは、素晴らしいものでした。隣りのおばさんは、「ボリショイ・バレエからくらべたら」、とのことですがそれは比較対象が違いすぎ。
 そしてニキヤとソロルのパ・ド・ドゥ。第1幕での波乱を微塵も感じさせないヤナウスキーの凛とした表情。霊となったニキヤから伝わるほのかな、それでいて温かな波動。指先、上腕、肘、首の傾げ方、そしてソロルと踊っている時には決して客席に焦点を定めない、ダンサーではなく、ニキヤとしての視線。思いました。どうしてヤナウスキーが踊るのがたった2回だけ、と。
 最近、バレエ・ダンサーの皆さんへの、僕個人の要求が厳しくなっているのは承知しています。「いつまでたってもフォンテインのことばかり薀蓄たれているバレエ・ファンのようにはなりたくないな」、と思いつつ自分がやっていることはまさしくそれと同じこと。嫌な奴になっているのは判っているんです。でも古典バレエは、踊るべき人に踊って欲しいです。

 ヤナウスキーの対極に居たのが、ガレアッツィ。同じプリンシパルでいながら、ここまで違っていいのか、と。誤解のないように書いておくと、彼女は近年、ケネス・マクミランの作品では素晴らしい舞台を残しています。しかしながら、満足からはほど遠かったです。不可能とは判っていても、ヤナウスキーがニキヤもガムザッティも踊ってくれればいいのに、と。様式美と何度も書いていますが、僕自身、古典バレエの「様式美」とはどんなものなのか、ということはきちんと理解していないかもしれません。でも一つここであげるとすれば、それはダンサーの「視線」。ヤナウスキーが踊っているとき、彼女の視線はある意味、不動です。それがガレアッツィの場合、ターンするたびに、ジュテするたびに、リフトされるたびにあちこち動くんです。ジュテの着地のたびに、どうして視線が向く方向が違うのか。これが、本当に気に触ります。古典バレエを踊るとき、ダンサーに望むのは、古典バレエの役に自分を合わせて欲しい。古典バレエを「自分」という枠組みにあわせないで欲しい。ガレアッツィから感じたのは、まさしく後者でした。
 ボッレは、カルロス・アコスタには及びませんが、ヤナウスキーのパートナーとして、これからもロイヤルに客演して欲しい、というレヴェルでした。一応、誉めています。

 ダーシー・バッセルが引退したとき、イギリスのメディアの多くは、彼女のことを「household name」という表現で彼女のキャリアを称え、彼女の引退後は誰もこの立場には居ない、書いていました。そのときはぴんと来ませんでした。タマラ・ロホだって、アリーナ・コジョカルだって、それにヤナウスキーだって居るじゃないか、と。でも、今はなんとなくそうかなと思います。「ロイヤル・バレエといえばこのダンサー」、というプリマ・バレリーナが「今」は居ないように感じた夜でもありました。

 来年の初夏に、ロイヤル・バレエは日本に行きます。持って行くのは、「眠りの森の美女」と「シルヴィア」。日本のバレエ・ファンには「シルヴィア」の評判はよくないようですが、僕は好きです。ヤナウスキーはまだロイヤル・バレエの日本公演では全幕の主役を踊っていないはずですが、「シルヴィア」は彼女の持ち役の一つ。彼女が踊るなら、是非、行ってみて下さい。

イギリスにおける、日本紹介のある例

2007.10.21
今日の、The Observer紙のトラヴェル・セクションで紹介されていた日本観光お役立ちウェブ・サイト。

http://j-experience.com/
ちょっと重い。

http://www.seejapan.co.uk/
文字が小さい上に、ユーザー・フレンドリーな印象ではないな。

http://www.yunessun.com/english/
何故に、箱根小涌園?
 
 (一応)全国紙のThe Observerのトラヴェル・ライターの認識がこの程度か。最近、偶に思うけど、日本って、日本人が期待しているほど、世界では知られていない。

ストライキなら、フランスだってお家芸

2007.10.16
ストライキのことばかり書くのは、もしかすると、自分の潜在意識下に「ストライキ=学校が休み」という図式が刷り込まれているのかも、という気がしなくもないような気がします。

 チャネル海峡を挟んでお隣りの、フランス全土で繰り広げられるであろう国鉄のストライキのニュースが、ラグビーのワールド・カップを観にいくファンの為の情報、というところがイギリスらしいというか。
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2191751,00.html

http://www.47news.jp/CN/200710/CN2007101701000445.html

 フランス語は全く理解できないので、これ以上の情報は判りませんが、とりあえず18日と19日に国鉄職員による全国ストライキがあるようです。特にフランスに到着予定の方は、気をつけたほうがいいでしょうね。

 セレブ・シェフの一人で日本でも人気が高いらしいジェイミー・オリヴァーが、学校給食の改革に乗り出したというニュースを見たとき、「これで、イギリス人の味覚が飛躍的に向上するに違いない」、と期待しました。
http://www.asahi.com/international/update/1016/TKY200710160424.html
 やっぱり、ジェイミー一人が頑張ったところで、イギリス人の味覚はすぐに変わるほどやわではなかった、と言うのは簡単です。でも、肥満が国民病になりつつあるイギリスでは、子供の頃の食生活から徹底していかないと、イギリス料理はやっぱり不味い、という固定観念は変わらないのではないかと思います。

 今週月曜日、15日のトップ・ニュースの一つは、勿論イングランド・ラグビー・チームの勝利。が、それと同じくらい大きなニュースは、イギリスの、公共(NHS)歯科医療制度を利用する患者の受け入れを、多くの歯科医が拒否する傾向が増加して、安価な歯科診療を受けられる機会が減っていることへの警鐘。記事の初っ端は、歯科医が見つからないから、自分で歯を抜く人が増えているだなんて、これは一体どこの国の話?、というかんじです。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/15/nteeth115.xml

 それを受けて、今日、16日のThe Daily Telegraphのカトゥーン、Mattです。



 国を挙げて喜ぶラグビーの勝利と、歯科診療制度の破綻をくっつけるこの絵に、朝から大笑いしてしまいました。
 
 イギリス、まだ、大丈夫だと思います。

[Additional information on strike in France]
http://www.47news.jp/CN/200710/CN2007101801000586.html

愛が足りない

2007.10.15
このブログの日本語タイトルは「愛と憎しみのロンドン」ですが、最近の書き込みは「憎しみ」ばかりで「愛」が足りていないように感じたので、心が和むかな、ということを幾つか。

 このミニアチュア・ピッグの話題は、BBCのウェブで見つけました。



http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/devon/7044897.stm
 デヴォンは日本からも、そしてロンドンからも遠いですけど、子豚と一緒に走り回ると、疲れきった心に潤いを取り戻せるかな、と。

 今日、10月15日のThe Daily Telegraph紙で見つけた話題です。アフガニスタン国境に近い、パキスタンの奥地の学校で校長を務める89歳のイギリス人男性が後継者を探している、というもの。
http://www.telegraph.co.uk/global/main.jhtml?xml=/global/2007/10/15/noindex/wpak115.xml
 記事で引き合いに出されている「チップス先生」は、僕は読んだことないし、映画も見たことないのでそちらからの感慨は全く有りません。が、本がうずたかく積まれたバンガローに住み、毎日きっちりと正装し、学問について語ることが何よりも幸せ、というこの方の人生、生き方。「真っ当なイギリス人紳士はこうあって欲しい」と勝手に願っている外国人の胸には、熱くこみ上げるものが有りました。

 The Guardian紙によると、昨日14日に、コヴェント・ガーデンでThe annual Pearly King and Queen Harvest Festivalというのがあったそうです。下の写真は、記事からではありません。ガーディアンは、本紙にはいい写真をたくさん使っているのですが、ウェブには掲載されません。太っ腹ではないです。



 光り物は好みではないので、これを身に纏う気はないですが、実際に着ている人を、いつかは見てみたいです。

組合員へのシンパシーを捨てきれない理由

2007.10.14
ロンドンの街路樹は、既に半分くらいの葉を残すのみです。黄葉に彩られたロンドンの町並みの美しさには、日々の愚痴をほんの少しばかり忘れます。

 などと言いつつ、愚痴です。これを書いている14日の夜の段階で、イギリスを大きく揺さぶっているロイヤル・メイルの職員によるストライキがいつ収束するのかは決まっていません。競合会社がどれだけ頑張っても、ロイヤル・メイルの存在は大きいです。年金受給者から、個人経営の事業まで、影響は甚大。大企業は他の手段を利用することが出来ますが、日常生活のレヴェルでは、他の手段は高くて利用するのに二の足を踏んでしまう、というのが現状だと思います。
 ここまで混乱が続いた上に、各地で組合上層部の制止を無視して山猫スト(Wildcat Strike)に突入する組合員もかなり居て、ロイヤル・メイルの一般職員への風当たりもかなり強くなってきている報道がでてきました。当然といえば当然ですけど、それでも僕はまだ、組合員へのシンパシーを捨てきれません。捨てきれないどころか、先週は、間違っているのは組合員じゃない、組織の上層部こそ腐っている、納税者の血税をぼったくっている、という思いがますます強くなる報道が、相次ぎました。

 一つ目、the National Audit Office(日本の会計監査院かな)のトップ、Sir John Bournという73歳になる方は、過去3年のうちに、連れて行く必要ないにもかかわらず奥さん同伴の22回の海外出張で£365,000-(9千万円以上)を使い、昼夜の飲食費の合計は£27,000-(675万円)になったそうです。旅行はすべてファースト・クラス。食事は、リッツ、ブラウンズ、コンノート、サヴォイ等の超一流ホテルのレストランばかり。
http://www.guardian.co.uk/frontpage/story/0,,2188402,00.html
 噴飯ものなのは、会計監査院のコメント:「我々は、率先してこの情報を開示した」。まるで、とても偉いことをしたんだから、文句は言わないでね、と言っているように僕は感じました。更に、「Sir John Bournは二度と奥さん同伴の海外旅行はしないと約束したから」、って。その決断を、誰かが誉めるとでも本気で思っているのか?そうか、考えてみれば、石原都知事も同じですね。

 ふたつめ。アガサ・クリスティーやクリスティアナ・ブランドが活躍していた時代、イギリスの庭園と呼ばれていたケント県のある病院(NHS)で、Clostridium Difficile(すいません、日本語訳がわかりません)の院内感染で90人もの患者が死亡したという報告書が出たそうです。そして、その報告書が出される前日、その病院のトップ職に居た女性は突然辞職。
http://www.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,2189252,00.html
 資金の枯渇による医者不足、看護婦不足で院内感染の引き金になった衛生管理の質を上げることが出来ていなかった、というのが報道で判ってきました。事後報道によると、この女性はもみ消し工作をするばかりで、衛生管理には全く気を配っていなかった印象が有ります。そして、何がおきたと思います?彼女は退職金、£250,000-(約6200万円)を受け取ったそうです。支給された理由は、そういう契約だからだそうです。病院は金を稼がなければならないということは判りますが、これは、普通に生活している人には、おかしいと感じられることだと僕は信じたいです。
 あるコメントが、普通に暮らしている人々の声を代弁していると思います:「もう、こんなこと終わりにしなければ駄目だ。一握りの経営者が、経営に失敗したにもかかわらず退職金を支払われ、また別の所に行く。そんなことが続くなんて許されない」。
 一つ目のカトゥーンは、The Guardian紙に掲載されたもので、恐らくこのNHSのスキャンダルのことを描いたものだと思います。



が、税金で飲み食いをした会計監査院のトップに使われた所為で病気になったポンドが、不衛生な病院で死の床にある、とも読める気がします。でも、不思議な感覚。イギリスで起きていることを書いているにもかかわらず、なんだか日本で起きていることを書いている感じがしてきました。

 昨年末、こんなのを書きました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-68.html
 この問題、被害者の救済は、暗礁に乗り上げたままだそうです。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/7042790.stm

 なんか、真面目に働いて、税金を納めて、いつ支給されるかわからないけどとりあえず年金の為に給料から差し引かれる生活、そんなことがとても馬鹿らしく思えてくるのが普通の感覚ではないでしょうか。真面目に働いていれば、その苦労はいつか報われる、とはもはや誰も思わないことでしょう。ごねて、ごねて、ごねて、ごねて取れるものを全て分捕って、他の人の事なんて構っていられるか、といった態度にも見えるロイヤル・メイルの一般職員だけを責めるだけでは、この構造は変わるどころか、ますます悪化していくと思います。
 感覚が麻痺しているという状況ではないように感じます。もはや、「普通」という感覚は既に死滅してしまったのではないか、と。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-213.html
 日本だって、同じですよね。
http://www.47news.jp/CN/200710/CN2007101201000291.html

 あまりにもネガティヴになることは、書く前から判っていたので、最後はクスリと笑っていただければ。



今日、14日のThe Sunday Telegraphからです。昨日、13日にイングランド・ラグビー・チームがフランスを退けたことに沸くイギリス。その試合のチケットが、ロイヤル・メイルのストライキの為に、試合終了後に届いた。こういうイギリス人の自虐感覚、大好きです。
 勘違いされないでください。ラグビー選手の皆さんが躍動する姿には、感動します。でも20日の夜もまた、外出できません。まぁ、天気同様、人の期待を裏切ることが、イギリスという国の本質だと思っていますので、静かな夜になるのではないかという希望もまた捨てきれません。

価値基準が違うから、では見過ごせない

2007.10.11
今日、イギリスと日本で報道された二つのニュースは、扱っている題材はまったく別。多くの人にとって、何ら関連性はないことだと思う。
 でも、僕にとっては、どちらも気味が悪く、得体の知れないものが気付かないうちに背後に迫ってきているような居心地の悪さを伴うものだった。

 一つ目は、The Daily Telegraphでも報道されいた。オーストラリアのコメディアンが、自分の左腕に、人間の軟骨の組織から作られた「耳状」の物体を移植した、というもの。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/health/7039821.stm
 記事には写真が掲載されています。見たくない人は、クリックしないほうがいいです。僕は、気味が悪かったです。

 本人は、この試みを「芸術」と言っているそうだ。彼本人の考えなんだから、何も僕がああだこうだいうことではない。でも、耳って、腕にあるもの?
 人間だけではない。この地球上の動物が持っている耳という機関は、あるべき所にあるべきだろうし、その場所にある理由は進化のプロセスの中で獲得してきたであろう、大切な理由があるはず。「耳」という概念は人間だけのもの、他の動物は共有していない、という屁理屈は却下。
 件のコメディアンが、仮に「耳は頭の横についているべきという固定概念を打ち破る為の芸術」なんだ、と言うなら僕はそんな芸術を必要としたくない。それ以前に、耳のある場所って、命の基本でしょ。不幸にも耳を事故で失ったり、生まれつき持たないままの人にとっても、なくしてしまった物をあるべき所に取り戻したいという希求が、彼らの命のアデンティティの一部になっているのではないかと想像する。
 技術によって実現可能になったからって、「じゃ、耳を背中につけてみました、鼻を手の甲つけてみました」なんてことは、地球という存在が作り上げてきた文化の基本をないがしろにしているとしか感じられない。

 「永翔」「大生」「七音」を、「えいしょう」、「だいしょう」、「しちね」と読むなら、「古めかしい名前が復活しているんですね」で済む。それが、「はるか」、「ひろ」、「どれみ」と読め。「雪月花」に至っては、「せしる」。絶対に読んでやらない。だって、日本語ではない。
http://www.asahi.com/life/update/1011/TKY200710110252.html
 日本語に限らず、この世界にある言葉は常に変化しているだろう。変化し続けることは、言葉の本質だと思う。
 日本語の場合、ある漢字の組み合わせが初見でも、何とか読み方を想像できるし、思いもつかなかった読み方でも、その読みが生み出された背景の説明にはだいたい意味がある。例えば、「四月十日(わたぬき)」、「小鳥遊(たかなし)」とか。
 でも、本来、ありえない組み合わせを力づくで創り上げるのは、言葉が持っているであろう変化しつづけるという本質からはかけ離れたもの。それは、日本語という興味深い言語を使う国に偶然生まれた者が、その幸運を忘れた結果の「驕り」だと思う。

 頭の中ではこの居心地の悪さはつながっているけど、言葉ではどうも表現しにくい。言い換えれば、それほど、本質の部分でこの二つは受け入れられない。受け入れ難いではなく、受け入れるのは不可能。もし、この二つの価値基準を受け入れなければならないのなら、僕はそんな社会にはいたくない。

 今、ロンドンの暮らしの中で、些細ながらも色々な事がおきていて、怒りんぼうになっている自分を自覚している。だから、他の人からは、「何でこんなことに目くじらを立てているんだ」、と思われることだろう。でも、もしこの二つの事象が、現代社会の価値基準の基本になることになりでもしたら、その社会の中に、僕の居場所を見つけることは難しくなりそう。

I cannot see this as Art:テイト・モダン

2007.10.09
ロンドン、サウス・バンクにあるテイト・モダンのメイン・エントランス、タービン・ホールで今日から一般公開された、新しい展示。

http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/dorissalcedo/default.shtm

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/08/ntate108.xml




 この亀裂は、社会の分断とレイシズムを象徴しているそう。実際に目の当たりにすれば、また印象も違うだろうとは思うけど、コンセプト先行のアートは、どうしても違和感を感じてしまう。展示を見るときに気をつけなければならないのは、
 
 Mind the gap!

 タービン・ホールでのこれまでの展示で、一番印象が強かったのは、2003年のこれ。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-235.html




 これは、是非もう一度、体験してみたい。

ロンドンを騒がす幾つかのこと

2007.10.07
日本、また連休なんですね。道理でスパム・メイルの数が少ないと思った。

 ロンドン、というよりもイギリスと言ったほうが適切かもしれませんが、なんか国レヴェルで見ると停滞気味な印象が強くなっている今日のこのごろ。メディアとゴードン・ブラウン首相の蜜月は終わったようだし、ロイヤル・メイルのストライキは最悪数ヶ月に渡って繰り広げられる可能性が高まっているようです。先週の48時間のストライキによる影響は大きく、郵便が届かないのって、やっぱりあまりいい気分ではないですね。

 そんな中、2007年10月第1週のロンドンには大きな話題が二つ。まず、週末の世論調査で政党支持率が逆転してしまい11月の総選挙を断念せざろうえない状況に追い込まれたブラウン首相。そのことがわかる前に、選挙に勝つための手段としてぶち上げたのが、ロンドンの東西を結ぶ新しい路線、CrossRail建設のゴー・サインを出したこと。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/05/ncross105.xml

http://www.crossrail.co.uk/80256B090053AF4C/Files/routemaps03/$FILE/Route+connections+with+airports+September+2007.pdf

 報道によると、このCrossRail建設が議論されるようになったのは、1990年。それから、ブレアの時代によくあった、コンサルタントだけが多勢いて、コンサルタントが予算を食いつぶした挙句、実際の建設費がなくなるという状況が続いたようで、一度はほぼ断念という状況にまでなったようです。ここ数年は消えては表れ、表れては消えを繰り返していましたが、とりあえず、現労働政権下では初めて、確実なゴー・サインのようです。今のところ予想される総工費は£160億、全面開通は2017年の予定。誰もこの予定のまま行くとは思わないことでしょう。現段階で判っているのは、この建設工事のある過程で、パディントン駅とボンド・ストリート駅は数週間から最長数ヶ月に渡って閉鎖されるであろう、ということ。建設が終わる頃までにはロンドンに居ないとは思いますが、ロンドンの生活の不便さへの愚痴は減りそうもないですね。

 ところで、このCrossRail建設の大きな理由の一つは、開発から取り残されているロンドン東部地域とロンドン中心部を結び、経済の発展を促すというもの。頷ける理由ではありますが、建設予定の路線図を見ると、結局この新しい鉄道も、テムズの北側。テムズの南側のロンドンは、今回もまた、取り残されたまま、という印象を持ちます。
 その南部ロンドンで、先週火曜日、10月2日、銃犯罪による悲劇がおきました。仕事から帰宅途中のポーランド人女性の看護士が、ギャング同士がいきなり始めた銃撃戦の流れ弾にあたり、命を落としました。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/07/nmagda107.xml
 この悲劇が起きたのは、New Cross という地域で、僕の偏った見方からすると、Brixton、Peckhamに並ぶロンドンでも、絶対に行きたくない、通り過ぎるのだって避けたいエリアの一つです。New Cross の近くには、ロンドン大学のカレッジの一つ、Goldsmith Collegeがあり、日本人留学生もけっこう居るのではないかな、と思います。
 この事件で、僕が一番ショックに感じたのは、エリアよりも、この悲劇が起きた時間。仮にこの悲劇が深夜に起きていたら、無駄に殺されたポーランド人女性の不注意を論じる記事があったことでしょう。しかしながら、彼女が殺されたのは、午後6時半。家路を急いでいたのは、何も彼女だけではなかったはずです。多くの労働者が帰宅する時間帯に、世界の大都市の一つロンドンで、ギャングの銃撃に巻き込まれていきなり命を落とすなんて誰が思うことでしょう。銃犯罪の凶悪化について議論する政治家はたくさんいますが、状況はよくなるどころか悪化しているようにすら思います。ある意味、テロよりもっと得体の知れない恐怖を感じます。
 さらに気分が落ち込む事実は、今回をも含めて、銃犯罪を起こした犯人が捕まったという報道を全く耳にしないことです。8月にリヴァプールで起きた悲劇では、多くの人がすぐにでも犯人が逮捕されるに違いないと信じたと思います。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-531.html
 警察の必死の捜索にもかかわらず、犯人が逮捕されたという報道はいまだにありません。統計を調べたわけではありませんが、検挙率がかなり低下しているように感じます。皆さんの周りに、これからロンドンに行く家族・友人・知人が居るようでしたら、お伝えください。今のロンドン、下手な好奇心は命を落としかねないことも有りうる、と。行く必要がない場所には、行くな、と。それが、ロンドン滞在の思い出を良くする方策だと思います。

 イギリスの話題ではないですが、興味深いイタリア発のニュースです。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/05/wital105.xml
 なかなか自立したがらないイタリア人の若い世代に政府が補助金を出すことで状況を打開しようとしている、というものです。思わずニヤリとする反面、彼らが自立できない状況の一つは、日本でもイギリスでも起きていること。それは彼らが自立したくても出来ないのは、イタリアの若い世代の収入があまりにも低すぎるから。生活の質の違いがあるでしょうから、一般論として論じるのは早急かもしれませんが、若い世代の低収入という現実は、日本で社会問題になっている「ワーキング・プア」が日本だけの特別な状況ではなく、世界で起きている社会問題なのではないかということを感じます。

 ハロウィーンのバカ騒ぎが、今年こそなくなりますように。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/10/04/nhalloween104.xml

 最後に、ポジティヴな話題を。オックスフォード・ストリートにあるジョン・ルイスの地下に、食料品売り場がオープンしました。
http://www.johnlewis.com/Shops/DSTemplate.aspx?Id=531
 オープン前は、日本のデパ地下の雰囲気を想像していましたが、Waitroseの新しい支店、という感じでした。嬉しかったのは、数年前、WaitroseのMarylebone High Street支店の鮮魚コーナーでチーフだったイタリア人の方と再会できたこと。この人、Waitroseの最高級支店になるベルグレイヴィア店に異動になってしまいずっと会うことがありませんでした。土曜日の夕方に店内をうろちょろしていたら、偶然鉢合わせして、ほぼ同時に「えー、まだロンドンに居たの?!」、と。ロンドンも狭い。

 筋肉痛に襲われている皆さん、良い休日を。

ロイヤル・バレエのシーズン開幕:ラ・バヤデール

2007.10.07
もう一つエンタメです。

 10月6日に新しいシーズンの初日を迎えたロイヤル・バレエ。開幕演目は、マリウス・プティパ振付で、ナタリア・マカロワ演出の「ラ・バヤデール」。古典バレエの一つで、話はありがちですが、三角関係のもつれによる愛憎劇。有名なのは、第2幕の「影の王国」で、古典バレエの醍醐味を味わえます。
 古典バレエの中では、個人的には、違うキャストで何度でも観たいと強く思う演目ではないです。が、夏の間は全くバレエを観ていなかったので、初日の、タマラ・ロホとカルロス・アコスタ組を観にいこうかな、と思い始めていた時に、ロンドンで知り合った方から、同じ日の午後早い時間の公開リハーサルに誘っていただきました。いつもバレエは一人で観に行くことが多いので、バレエの話ができる方と、インターヴァルに好き勝手なことを言えるのは、楽しかったです。
 公開リハーサル、これまでも何回か誘われたことはあったのですが、いずれも平日の昼間ということで実現しませんでした。今回は、都合よく何も予定のなかった土曜日で、初めて観てきました。リハーサルとはいえ、本番直前。オーケストラ・ストールの最前列に舞台写真を撮影する皆さんの姿をのぞけば、ダンサーもオーケストラも、ほぼ本番同様の舞台でした。
 キャストは、当日の夜が初日ですから、ファースト・キャストのロホとアコスタが出るわけもなく、主役のニキヤにロベルタ・マルケス(プリンシパル、ブラジル出身)、ソロルにイヴァン・プトロフ(プリンシパル、ウクライナ出身)、敵役のガムザッティはローレン・カスバートソン(ファースト・ソロイスト、イギリス)という、ありていに言えば、第3、もしくは4キャストかな。

 しり上がりに調子を上げていったとはいえ、主役の二人からは、ロイヤル・バレエという世界でもトップ・クラスのバレエ団が誇る最上位のダンサーらしい煌きを感じることは、少なかったです。特にマルケス。比べてはいけないということは判っていても、ギエムの映像を見続けていたこともあって、もうちょっと、振り付けの意図を理解して踊ったほうが善いのではと思うことしきりでした。荒唐無稽な話の古典バレエとは言え、技術だけでは観客の心を鷲掴みにして舞台にぐっと惹き込む、というのは難しいと考えます。腕の動き、指先をどの方向に向けるかによって、悲しみを表すのか、喜びを迸らせるのかを語って欲しい。でも、マルケスの腕の無機質な動きからは、何かを訴えかける雄弁さを感じることができませんでした。
 それと、第2幕の「影の王国」の有名な場面では、流石に気合が入っていたコール・ドの皆さんですが、第1幕のアンサンブルでは、リハーサルをきちんとできる時間があったのかと要らぬ心配をしてしまうほどのちぐはぐ振りが目立ちました。4月に今シーズンのプログラムが発表になったときに、ダンサーの皆さんにはかなりきついものになるだろうと感じました。というのも、開幕から全幕ものが4演目も続くからです。シーズンが始まったばかりにもかかわらず、既に怪我人も出ているようなので、ダンサーの皆さんには、体調管理に気を配っていただいた上で、素晴らしい踊りを見せて欲しいものです。

 ピリッとしない主役二人とは対照的に、おおっと思ったのはガムザッティを演じたカスバートソン。イギリス人ダンサーを育てたいであろうカンパニーの期待を一身に背負う彼女。超絶技巧を売りにするバレリーナではありませんが、上手です。今回、気合が入っているなと感じたのは、跳躍のたびに後ろに蹴り上げる足の高さが、前シーズンよりも踵一つ分高く、しかも常にそれをキープしようとする意思が見て取れました。イギリスを代表するバレエ・カンパニーのファースト・ソロイストに相応しい舞台でした。
 もう一人、素晴らしい踊りを披露したのは、第2幕、3人の影のうちの一人を踊った、日本出身のYuhui Choeさん。確か、今シーズン、ソロイストに昇格したのかな。これまでも、全幕もので重要なソロ・パートに何度もキャスティングされていて、上手いダンサーであることは知っていました。が、今回、ソロ・パートでみせた切れの良い踊りは大変見応えのあるものでした。3人の中では、一番盛大な拍手を受けていましたが、当然の踊りだったと思います。
 添付の写真は、一つ前の広告です。写っている女性は、今シーズンにプリンシパルに昇格した、ラウラ・モレイラ。彼女は、アリーナ・コジョカルとヨハン・コボーのときのガムザッティを踊る予定になっています。




 7月に前シーズンの最後のオペラを観にいって以来、ロイヤル・オペラ・ハウスには全く行っていませんでした。なので、一つ、新しい発見がありました。ボックス・オフィスのエリアには、以前から演目の紹介や、ロイヤル・オペラ・ハウスのフレンズ会員になる為の案内が置かれています。土曜日、見るともなく眺めていたら、目に飛び込んできたのは、ドイツ語でかかれた案内。「へー、とうとうロイヤル・オペラ・ハウスもこんなこと始めたのか」、と思いながらおなじ並びをよくよく見てみると、ロイヤル・オペラ・ハウスについての総合情報のリーフレットがそれぞれ英・独・仏・露・西・伊・日本語で書かれた案内がありました。ロンドンのエンタメ・ヴェニューの中では一人勝ちのように見えるロイヤル・オペラ・ハウスも、国内からの補助だけでは資金運営が難しいのかな、と。ヨーロッパ大陸の著名なオペラ・ハウスに比べると、日本人観客の比率がまだ低いと言われているロイヤル・オペラ・ハウスのこの試みは、日本人のファンには歓迎されるでしょう。

ギエム・ロス

2007.10.07
エンタメ、続きます。

 ロイヤル・バレエの2007/08シーズンのプログラムは、本当に新しい何か、という点からは面白みの欠けるもの。が、再演される演目の幾つかは、未見のものや過去数シーズン上演されなかったもので、それはそれで誰が踊るのかな、と想像するのはファンの楽しみ。

 久しぶりに上演される演目の中に、フレデリック・アシュトンの「田園のひと月(A month in the country、日本で使われる「出来事」という訳は浅薄な感じがして嫌いです)があります。これは、シルヴィ・ギエムの追っかけの僕にとっては、とりわけ特別な作品。先シーズンで引退したダーシー・バッセルで観ても完全には受け入れられなかった主役のナタリア役を、誰が踊るのか?しばらくは誰が踊っても拒否反応が出ることは明らかなので、「ギエムがもはやロイヤル・バレエで踊らないのなら、10年くらい封印してくれてもいいんだけどな」、とすら思っていました。




 先日、ロイヤル・オペラ・ハウスからフレンズ会員向の雑誌の最新号が届きました。キャスティング情報は、「田園」を含むピリオド3。ぶつくさ言いつつも、振り付けも素晴らしいので、上演されるなら、やはり観てみたい。ギエム、バッセルがロイヤル・バレエを去ったあと、ナタリアを踊れるほどの演技力、さらに容姿から言えば、セナイダ・ヤナウスキーかアリーナ・コジョカル。容姿という点ではちょっとだけど、まあタマラ・ロホという選択肢もありかな、と思っていました。

 キャスティング情報のページを開き、「田園のひと月」のファースト・キャストで、ナタリア役を踊るダンサーの名前を見て思考が止まりました。 わが目を疑いました。信じられませんでした。たちの悪い冗談だと思いました。印刷ミスかとも思いたかったです。まじまじと見つめたら、スペリングがシルヴィ・ギエムになるのではないかと思い、何度も瞬きをしました。

 ファースト・キャストはアレッサンドラ・アンサネッリ。ロイヤル・バレエへの信頼が、かなり崩れた瞬間でした。アンサネッリでは、振り付けが、音楽が、アシュトンが、舞台が、そして観客が悔しくて泣きます。
 アンサネッリをご存知無い方のために。2年程前、シーズン途中でいきなりニュー・ヨーク・シティ・バレエ(NYCB)から移籍してきたダンサー。NYCBからということで、バランシーンはお上手らしいのですが、演技力はほぼなし。リズムを取るのはできるようだけど、旋律を聞いていない。しかも、アシュトンの振付作品で準主役だってろくに踊っていないアンサネッリ。
 僕にとってイギリス・バレエの伝統、「物語バレエ」の最良の振り付けである「田園」を、そしてギエムが迫真の演技と踊りで観客に熱い涙を流させたナタリアを、バランシーンしか踊れない(であろう)アンサネッリが踊るという事実。同じアメリカからの移籍組みだったら、せめてサラ・ラムにして欲しかった。更に、セカンド・キャストがヤナウスキーというのはヤナウスキーに失礼だろう、と。
 願いました。「 シルヴィ・ギエムさん。心からお願いします。どうか、このミスキャスティングを実現させないでください。『ちょっと、どこの馬の骨かも判らない小娘に踊らせなければならないほどキャスティングに困っているなら、私が踊ってあげるわよ!』、とコヴェント・ガーデンに戻ってきてください。貴方へのギャラは、僕が意地でも宝くじを当てて、お支払いします」、と。

 そんなこんなで、シルヴィ・ギエム・ロスが再発してしまい、インターネットで彼女の最新動向はないかと調べていたら、YouTubeで以下のヴィデオを見つけました。

http://uk.youtube.com/watch?v=FpZnpQR-sEw&eurl=http%3A%2F%2Fwww%2Esipario%2Eit%2Fsylvieguillem%2Ehtm

 市販のDVDからのものなのでいつまであるか判りません。若き日のギエム(恐らく21、2歳)が、パリ・オペラ座・バレエで同僚だった、これまた初々しいマニュエル・ルグリと一緒に「グラン・パ・クラシック」を踊っているものです。シルヴィ・ギエムというバレリーナに、批判的な人がたくさんいるのは承知しています。体操選手みたいだとか、身体が筋肉質すぎるとか。でもですね、彼女は素晴らしい古典バレエ・ダンサーなんです。ヴィデオを観ていただいたあとに、他のダンサーと見比べられる機会があるのであればお判りいただけると思いますが、いわゆる古典の振り付けをギエムのように、そしてルグリのように踊れるダンサーは、今、滅多にいません。洗練された腕の動き、優美さを失わないすっと伸びた上半身、そしてパートナーとの完璧なシンクロ。
 ヴィデオの注目点は。1)01:45、両者の腕の動きのシンクロぶり、2)02:10、ギエムのバランス、3)03:20、両者が腕をクイッと動かす場面の完璧な同調、4)06:30からのギエムのソロ・ヴァリエイション、そして5)08:25、ギエムのスピン(回転係数の遅いスピンは難しいはず。過去、確か1994年の世界・バレエ・フェスティヴァルで、ボストン・バレエから参加したジェニファー・ゲルファンドというダンサーが、キトリのソロでゆっくりと4回転したのには吃驚しました)。

 恐らく、ギエムがロイヤル・バレエに戻ることは、残念ですが、もう、ないでしょう。でも、まだ彼女の古典を観たい。40歳を過ぎたからこそ表現できる「オーロラ姫」が、「ジゼル」が、そして「グラン・パ・クラシック」があるはず。
 ウィンター・ガラでギエムがイリ・キリアンの「小さな死」を踊り終わった後に思ったのは、「ギエムが世界中のバレエ作品を踊り終わったら、バレエを観るのを止める」。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-47.html
 今でも、その想いに変わりはないです。

 ちなみに、写真はすべてネットで見つけました。1枚目は、「田園」のナタリア役(2005年夏に上演されたときに販売されたオフィシャル・ポスターの図柄。当然、5本買いました)、2枚目は2003年のCBE授与、そして3枚目はパリ・オペラ座で、ロラン・イレールとのマクミランの「マノン」初演(1991年だったかな)のときのものだと思います。クレームが来たら、すぐに削除します。






フヮン・ディエゴ・フローレスのリサイタル

2007.10.06
おはようございます。ロンドンは、オペラ、そしてバレエの新しいシーズンが始まりました。でも、カウンセリングの勉強を優先したいので、しばらくの間は行きたい日の2日前にチケットがまだあれば行く、という状況です。

 などと言いつつ、10月4日に、ロンドンきってのハイソ(死語?)なエリア、スローン・ストリートにあるカドガン・ホールで、ペルー人テノール歌手、フヮン・ディエゴ・フローレスのリサイタルを観てきました。
http://www.cadoganhall.com/
 このチケットを買ったのは、引越しの大混乱に巻き込まれていた今年の4月。買ったことすら、そしてどれだけ素晴らしい席を購入していたのかすらすっかり忘れていて、ダブルどころかトリプル・ブッキングしていましたが、これを選んで悔いなしです。前から3列目、歌手の息遣いすら聞き取れる素晴らしい席で感動に浸れるリサイタルが£28-なんて、ロンドンの魅力の一つです。ちなみに、カドガン・ホールに初めて行きました。ウィグモア・ホールに比べると椅子のクッションが大変心地よい反面、火事でも起きたら助かるのはほぼ不可能と思われる不便な出入り口。どうやって消防署の基準をクリアしたのか、かなり疑問です。

 フローレスに初めて遭遇したのは、数年前のロイヤル・オペラでの「ラ・ソナンビュラ(夢遊病の女、ベッリーニ作)」でした。そのときは、僕は彼の歌声を楽しめませんでした。その感想を書き残していませんが、確か、声が硬かったという印象があったように記憶しています。また、ロイヤル・オペラ・ハウスで2004年に催された「ウィンター・ガラ」の時は、ドニゼッティの「連隊の娘」を未聴だったので、フローレスが「ハイC」を軽やかに決めた時、「ふーん」としか思わなかったです。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-49.html
 僕のオペラ鑑賞眼なんてそんなものです。

 そんな印象が変わってきたのは、主にCDでフローレスの素晴らしい歌声を何度も聞き重ねてきたことがあります。また、昨年のバービカン・ホールでのリサイタルでは、病み上がりで本調子からはほど遠かったものの、彼の声が成熟してきたことを強く感じることができました。そして、今年1月のロイヤル・オペラ・ハウスでの「連隊の娘(添付の写真)」での素晴らしい歌、演技。次にロンドンに来るようなら何が何でも聞きに行きたい、と思うには充分なパフォーマンスでした。




 そして当夜のプログラムは以下の通り。

Juan Diego Flórez: tenor
Christopher Franklin: conductor
Royal Philharmonic Orchestra

本編:
Gioacchino Rossini: Sinfonia from ‘Cenerentola’
Gioacchino Rossini: Deh troncate from ‘Elisabetta, Regina d’Inghilterra’
Gioacchino Rossini: Oh muto asil del pianto from ‘Guglielmo Tell’
Gioacchino Rossini: Sinfonia from ‘Barbiere di Siviglia’
Gioacchino Rossini: Cessa di più resistere from ‘Barbiere di Siviglia’

Vincenzo Bellini: All’udir del padre afflitto from ‘Bianca e Fernando’
Vincenzo Bellini: Sinfonia from ‘Norma’
Giuseppe Verdi: Questa o quella from ‘Rigoletto’
Giuseppe Verdi: Parmi veder le lagrime from ‘Rigoletto’
Gaetano Donizetti: Sinfonia from ‘La Favorita’
Gaetano Donizetti: Linda si ritirò from ‘Linda di Chamounix’(シャモニーのリンダ)

 いまや、ベル・カント・オペラのテノールとしては、世界でトップと言っても過言ではない人気、そして実力を兼ね備えたフローレス。僕個人の勝手な考えですけど、ベル・カント・オペラのテノールで、彼のように「見栄え」のする歌手は珍しいんです。ウィリアム・マテウッツィ、ブルース・フォード、ホセ・ブロス等、過去、もしくは中堅の皆さんの外見は、お世辞にも「ハンサム」とは僕は言わないですね。
 プログラムは、フローレスの素晴らしい歌を存分に聞かせるには、最適のものだったと思います。などといいつつも、ちょっと気になったことは幾つかありました。恐らく、取り上げられたアリアの性格上からだと思いますが、ピアニッシモと思われるところの声の艶が、ちょっと褪せて聞こえる。それとこれは、貪欲なファンのないものねだりですが、彼の年齢(30代前半かな)の為か、声から感じる柔らかさが、硬めの蒟蒻のような張りで、これがなんというか、自然薯のとろろ、もしくはつきたての餅のような弾力がある上に柔らかい、そんな響きがあれば、言うことなし、とちょっと思いました。ま、今の年齢でしかできない歌唱を十二分に発揮できる、ということは今が旬であり、また、年齢を重ねた上での素晴らしい歌声が維持できれば、旬の時期がずっと続いてファンにとっては嬉しいこと。

 そんな僕の戯言は忘れていただいて、当夜のフローレス、絶好調でした。本当に、文句なく美しい声でした。前半のロッシーニでは、ロッシーニ・オペラの特色の一つであろう、「装飾音階」がこれでもかというくらい入っているアリアを、軽々とこなした上に、声が荒れることはほぼなかったです。「エリザベッタ」、「ウィリアム・テル」は未聴ですが、フローレスを聴いた後では、誰を聴けと。「セヴィリャの理髪師」の有名なアリアも、これ、あまりに難しくて実際の舞台で歌われることは少ないので、なまで聴くことが出来たのは本当に幸運でした。
 第二部は、ロッシーニのアリアと比べると、技術をこれ見よがしにひけらかすものではありませんでしたが、フローレスの、歌に対する真摯な姿勢によく合った選曲だったと思います。特に最後の「シャモニーのリンダ」からのアリアでは、フローレスの中から溢れる血肉の通った声を一音たりとも聞き漏らしたくない、そんな想いで一杯になりました。
 舞台から3列目ということで、フローレスが歌っている姿もじっくり観ることができました。人間の声のなんと美しいことか。なんだか、全身全霊でアリアを歌い上げるフローレスを見ていたら、フローレスが目の前数メートルで生み出す「歌」という、本来目に見えないはずのものが、見えるようでした。彼の歌声が、まるで色褪せた冬枯れの荒地に春を呼ぶ暖かな奔流のように目の前を流れているさまを観ているよう、そんな感じでした。

 本編が終わって、興奮の坩堝の観客からの拍手、足踏みはやむことなく、アンコールも大サーヴィス。

アンコール:
ドニゼッティ:Una furtiva lagrima from ‘L’elisir D’amore’(愛の妙薬)
ヴェルディ:La donna è mobile from ‘Rigoletto’
Lara:Granada
ロッシーニ: Cessa di più resistere (セヴィリャの理髪師)の後半

 フローレスの十八番ばかりですが、極上の歌唱ならば、何度聴いても飽きません。グラナダの間奏では、腕時計を見ながら、「まだ終わらないのかな」なんて表情をしてみせ、指揮者が「さ、君がまた歌う番だよ」という感じの素振りをみせると、指を鼻に向けて「え?、僕、まだ歌うの?!」、といった茶目っ気をみせるフローレス。ステージ・マナーも素晴らしく、本当にこれからもずっと活躍して欲しい、そして聴き続けていきたい歌手です。

 しめに、先日見つけたオペラ界の小ねたを。前述のウィンター・ガラでフローレスと共演したアンジェラ・ゲオルジューは、シカゴ・リリック・オペラの「ラ・ボエーム」の主役を降板させられたそうです。理由は、10回のリハーサルのうち、6回もぶっちしたからだそうです。彼女曰く、「ラ・ボエームはもう何度も歌っているから必要ないと思った」とのことですが、イヴニング・スタンダード紙によると、夫のロベルト・アラーニャがアンナ・ネトレプコと共演することが気になって集中できなかったのが真相とのことでした。
 ロイヤル・オペラの「リング・サイクル」をドタキャンしたブリン・ターフェルといい、スカラ座への復帰はほぼないであろうアラーニャといい、ロイヤル・オペラの「ファウスト」での主役3人は何かに祟られているのかな、なんて。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-304.html
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世界の終わりはロンドンから

2007.10.05
What is going on in London?!




 テイト・モダンのエキシビションから。
http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/louisebourgeois/default.shtm




 O2アリーナで、ツタンカーメンのエキシビションがあるそうです。
http://www.theo2.co.uk/web/guest/whatson/exhibitions

熊さん、危機一髪!

2007.10.01
おはようございます。ロンドンほどではないようですが、日本も秋が確実に訪れているようですね。

 ミャンマーを始めとして、最近の地球は、戦争が起きていない地域のほうが少ないように思えてなりません。

 なんて重い話題で10月1日(都民の日ってまだあるんですか?)を始めるのはやっぱり止めよう、と思ったので清涼剤のようなニュースを二つ。

 一つ目は、BBCで見つけたもの。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7020540.stm
 助かってよかった。疑問は、どうやってあそこまで落ちずに到達できたのか、ということ。




 今朝の、The Sunday Telegraphから。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/09/30/nrsnow130.xml
 女王夫妻のダイヤモンド婚を記念して、10月16日に記念切手が発売になるそうです。撮影は、エリザベス女王の妹、故マーガレット王女とかつて結婚していたスノードン卿。




今週後半から始まるロイヤル・メイルのストライキがもたらす不信で、恐らくロイヤル・メイルは近い将来、存在しなくなるでしょう。ということで、ロイヤル・メイル名義で発行される英王室関連の記念切手としては最後になる可能性も無きにしも非ず。最近では、日本でも簡単に購入できるようですね。
 ところで、女王夫妻の結婚記念日は、11月20日。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-460.html
 世界の王室メンバーを招いての大掛かりなパーティーがあるのかどうかまだ発表になっていません。次から次に、社会を揺さぶる問題・事件が続いているイギリスの現状では、そんな贅沢なこと、一般市民からは顰蹙を買うかもしれないし、女王も派手なことをしたがらないかもしれません。でも、チャールズとカミラはダイヤモンド婚式を迎えること自体が不可能だし、ウィリアムとケイト嬢(復縁したようです)がダイヤモンド婚式を迎える(と仮定して)時は、僕はこの世にはいないだろうし。こんなこと、滅多にあるものではないから、超ど派手にやってもらいたいです。それが駄目なら、前にも書きましたが、せめてイギリス、デンマーク、オランダの3女王揃い踏みだけでも実現して欲しいです。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-528.html
 日本のどこかの週刊誌が、女王夫妻のマルタでのセカンド・ハネムーンの取材を依頼してくれないかな、と。「まあ、わざわざ日本から。お茶でも一緒に如何かしら?」、なんてことになってエリザベス女王からアフタヌーン・ティーに招待される、と妄想は膨らむばかり。

 昔から、月曜日は大好きです。皆さん、楽しき月曜日を。
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