LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2008年01月の記事一覧

Fukuenyaって、何?:日本の位置

2008.01.29
こんなのを書くのは、もしかしたら、無意識にホームシックにでもかかっているのかもしれません。

 過去ひと月くらいの間に、今の日本で起きているであろう、しかしながら、「えっ?、本当これ?」、と感じる記事がイギリスの新聞に掲載されていました。

Buddhism forced to turn trendy to attract a new generation in Japan
http://www.guardian.co.uk/japan/story/0,,2238087,00.html
 これは、檀家の激減に悩む、比較的若い世代と思われる僧侶の皆さんの試行錯誤について。「Bozu Bar」に実際行ったことがある方に、どんな雰囲気なのか尋ねてみたいものです。

Win your lover back (for £3,300 a month)
http://www.guardian.co.uk/international/story/0,,2246571,00.html
 なんでも、現在の日本には、別れた相手と元のさやに戻りたい人の依頼を受ける「FUKU EN YA」という仕事があり、結構繁盛しているような紹介のされ方です。復縁することに関しては異議はありませんし、そこに他者が関わるのも、まぁ、ありうることでしょう。でも、お金を払ってまで、というのがどうにもすぐには信じられないというか。それに、「復縁屋」の方と、クライアントの元夫・元妻と恋に落ちないとも限らないですし。

 この二つは、どこからこんな情報を手に入れたんだろう。なんだか、日本について他に報道することないのかな、とおもわざろうえないもの。記事のトーンからは、日本のイメージを歪めようとの意思は感じませんが、個人的には、もっと取り上げて欲しい日本のことはたくさんあるのになと。
 ガーディアンの記事に比べて、テレグラフが取り上げた、浅草で、きちんと芸者になるための修練を積んでいるオーストラリア人女性(添付写真の方)の紹介記事は、最も間違ったイメージで海外に伝えられる傾向にある日本の文化の中でも特にそれが顕著な「芸者」という職業・文化を、きちんと、しかもなんとも稀なことに偏見にまみれることなく書かれています。



Westerner inducted into mysteries of geisha
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=VRTY2GE2BM511QFIQMGCFF4AVCBQUIV0?xml=/news/2008/01/07/wgeisha107.xml

 最近、ニセコや白馬のスキー・リゾート地を中心に、日本で暮らすオーストラリア人が増えているそうですが、この女性の日本文化へのアプローチはとても真っ当に感じます。どこの国の人も同様に思うことでしょうが、ある国の文化の表層をほんのちょっと「体験」したくらいで、「別の国の文化に通暁した外国人」という皆さんが論じる日本論はもう結構というくらいあると思うので。
 皮肉に感じてしまうのは、最近、日本の「捕鯨活動」廃絶を訴える急先鋒の国がオーストラリア。この女性に注目が集まることで、もしかしたら彼女が望まないであろうかも知れない論争に巻き込まれなければいいな、と。

 
 自分でもどうつなげていいものか。最近、イギリスで見聞きする日本についての報道、日本を含む東南アジア諸国に関するニュースに接していて感じるのは、「日本って、もうJapan as No.1ではないのかもしれない」、ということ。日本に暫く戻っていないので間違っているかもしれませんが、日本が内向きな方向に進んでいる間に、世界は日本のことを忘れても一向に差し支えないと思い始めているのではないかと。
 例えば、オリンピック開催のインパクトを差し引いても、中国に関する報道、存在感が日に日にましていることを強く感じます。このニュースは中国のアグレッシヴな面をよく表していると思います。
http://www.guardian.co.uk/eu/story/0,,2223637,00.html
 中国のアフリカ諸国へのアプローチは、旧宗主国のヨーロッパ各国を上回る速さで進んでいる。また国のために必要な物資を確保するために費やす予算、アフリカ諸国への見返りも、ヨーロッパ各国、及び日本と遜色ないもの、もしくはそれを凌駕するものであると。
 他の例。暫く前、新聞の付録雑誌に、世界のエコロジスト50人という特集が組まれていました。世界の各地から満遍なく著名な、もしくは影響力のある科学者、政治家、NGOの代表、経済人等が選ばれていた反面、日本からは誰も入っていませんでした。

 どうしてかなと考えて思いついたことの一つは、「英語」という手段を使っての発言力の差ではないか、ということ。中国語を、そしてスペイン語を話す人口に負けていようとも、悔しいけど世界の重要な課題を議論する、またリーダーシップを取る為の第一言語は今のところはまだ「英語」なのではないか。英語を話せれば良い、と言いたい訳では決してないです。「英語」という手段を通して、国を、自分を伝えられるのか。可能であるなら、日本のことは日本語で伝えたいです。でも、そうは行かないのが現実。
 もう一つ、極論かもしれませんが、日本と、例えば中国との違い。中国だって(どんな国でも)突き詰めれば内向きな国だと思います。自国のことが一番でしょう。ただ、自国のためなら「外」に立ち向かい、中国という「国」が立つ場所を確保する意思が明確であるように感じます。今の日本にはそんな強い勢いが感じられないな、と。何かいわれると、すぐに拗ねてしまう。

 「愛国心」という日本語の単語の定義を、「自分が生まれた国を思い、考えること」と捉えるのが妥当であるなら、僕はその気分を持っていると思います。

 僕が今は積極的に参加したくない、日本に深く関わるトピックが二つあります。そのうちの一つが「捕鯨」。議論というか、罵り合いというか、もう何重もの袋小路(そんなものありえませんけど)に入り込んでしまって、あたかも未来永劫までこのままなのではないかとすら感じます。
 僕自身は、まだ他の選択肢がたくさんある「今」、鯨を食べたい、食べなれければならないとは思いません。そして、正直な所、いずれ日本では、捕鯨という文化は廃れていくものだと思っています。だから、廃れていくのであれば、放っておいて欲しい。その文化が生まれた国で、その存在意義を徐々に失いつつ、消えていくに任せて欲しい。ある国である文化が生まれ、その文化が育まれてきた過程を知らない人々が、その文化を暴力的に抹殺しようとするのはおかしい。そんな単純な論議に戻って欲しい、と思っています。
 28日に、The Guardian紙の毎日の付録であるG2セクションに、アラスカの原住民のある部族だけが使っていた「言語」がこの地上から消滅した、とい特集記事がありました。
http://www.guardian.co.uk/g2/story/0,,2247922,00.html
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-706.html
 僕が考える「捕鯨問題」の問題って、小数言語が辿る・辿ってきた運命と似ていると思いました。記事の中で、少数言語であるが故に虐げられ、若い世代が喋るのを止めた、という記述が有ります。
 

 かなり以前、宮崎駿監督が、イギリスのメディアのインタヴューに応えて監督自身、「日本が世界の一流の国にならなくてもいい」、といった趣旨の発言をしていたと記憶しています。宮崎監督らしいなと。日本に住む人々が、日本という国はこういう国なんだ、ということを判っていれば充分なのではないかと思います。ただ、違うことは違うと外に向って伝えることができる姿勢、そして通用するコミュニケイションの技術と強い意思は必要だと思うんですけどね。でも、こう考えるのは少数意見なのかもしれません。

 日本が間違って捉えられるのは悲しいと思うのは、もしかしたら、これが理由かも。厄年、まだ終わっていないのに。

44 is the age of depression, say researchers
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=EBQ5VVFM1GNPTQFIQMGSFFWAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/29/nage229.xml

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ソシエテ・ジェネラルの巨額不正取引から思うこと

2008.01.28
今朝は、霧のロンドン。見た目は幻想的で綺麗ですが、交通機関は麻痺しまくりの朝だったようです。



 書きなれていない分野なので、間違いがあっても読み飛ばしてください。実際に発行されている新聞本紙では恐らく分析記事などがでているのではないかと思いますが、日本のメディアのウェブをざっと見てみると、木曜日に世界の金融市場に衝撃をもたらした、ソシエテ・ジェネラルのトレイダーによる巨額不正取引事件はあまり詳しく報道されていないように感じます。
 イギリスでは、事件発覚の翌日の朝刊から、過去の不正取引事件(当然、日本の大和や住友で起きた事件も含まれています)を引き合いに、社会面から、そして専門の経済記者による分析記事まで、読み応えたっぷりです。

http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/01/27/ccsocgen127.xml&CMP=ILC-mostviewedbox
一般記事

http://www.guardian.co.uk/business/2008/jan/26/equityderivatives.socgen
エクイティ・デリヴァティヴの説明

 事件の渦中のトレイダーがやっていたエクイティ・デリヴァティヴについて、僕はその仕組みは全く理解できませんが、記事を読んで理解した範囲では、今回の事件を単独で引き起こしたと現段階では見られているトレイダーは、昨年末の段階では巨額の利益を出していた。ところが、結局この利益、つまり金融市場での「賭け」に勝って得た利益は、そもそもが会社の資金を「不正」に操作して得たもので、おおっぴらに出来ない。ということで、2008年になって、緩やかにその利益を帳消しにするポジションに資金を向けたけど、金融市場の暴落のスピードと規模は、彼の予想をはるかに超えたものだった。ソシエテ・ジェネラルの経営陣が不正取引の規模と損失を把握し、トレイダーが張っていたポジションを解約しようとした時の損失額は、金融市場の暴落とともに雪だるま式に膨らんでしまった。というのが、文系人間がおぼろげながら理解した、今のところの事件の流れです。
 ただ、この週末の一般紙の経済面や社会面を読んでいると、いくらこのトレイダーがコンピューター操作に長けていたとはいえ、ソジェン(海外では、SocGenと略されているようです)の異常取引を防ぐシステムをかいくぐる方法を知っていたとはいえ、ジュニア・トレイダーの立場で隠しおおせる事だろうか、との疑問が上がっています。

 この事件、恐らく、誰一人として命を落としていないということもあり、面白くて面白くて、関連記事を毎日じっくり読んでいます。また、元会社の最後の3年間、国際金融情報部門で働いた経験のおかげで、いくらか抵抗はあるものの、金融用語をある程度は受け入れられるということが、面白く感じる理由の一つだとも思います。
 でも、一番興味深いのは、金を自在に操作していると思っている僕達が、金に踊らされ、金に足下を救われるという現実。あまりに人間らしくて、Counsellor-to-beとしては、こんな面白いドラマを見逃すわけには行きません。先週末なんて、わざわざ大枚(2ポンド)をはたいてファイナンシャル・タイムズまで購入してしまいました。久しぶりに読みましたけど、「FTって、こんなに読みやすかったかな?」、というくらい判り易い分析記事でした。
 話ずれます。週末のFTを購入する楽しみは、付録雑誌の特集記事。FTはリンクが切れるのが早いので、さっさと移しました。著作権を侵害していることは明らかですが、以下の二つが本当に面白かったです。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-703.html
 新しい技術開発を促す為に、国や企業が賞金を設けることが多くなっている。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-704.html
 危機に瀕している「民主主義」には、まだ希望がある。

 昨年末、「勉強の反動で数学や物理に関する本ばかり読んでいる」、とかきました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-646.html
 「数式を使って計算でもしているの?」、と友人たちから尋ねられました。していません、いや、できませんそんなこと。例えば、アインシュタインの有名な関数、「E=mc2」、僕は一生かかっても理解できないでしょう。
 数学に関する本を読もうと思った最初の理由は、この世界の謎を快刀乱麻で解きほぐす、ということを期待していたのだと思います。でも、違いました。数式や定理が本当に正しいかの証明を導き出す長い道のりは、心の問題を辿る過程と通じるものがあるように感じるようになりました。そうすると、数学者や物理学者の考え方が、僕自身では出来ない方法だからこそ強く惹かれます。
 翻訳も出ているサイモン・シンの「フェルマーの最終定理」の中で、19世紀から20世紀に活躍したドイツ人数学者ダフィド・ヒルバート(David Hilbert)が、「無限」という概念をどのように説明したかという短いエピソードが紹介されていました。
 記憶違いをしていなければこんな説明でした。一人が泊まれる宿が一軒ずつ、地平線の先まで見えなくなるほど長く、一直線に並んでいる。既に全ての宿に宿泊客がいる。あるとき、一軒目に新しい客が訪れた。その人を泊めるために、既に宿にいる人は、一つずつ隣りの宿に移るようにいわれ、そうした。どれだけの宿があるのか誰も判らないけど、こうすれば新しい人が来ても誰もが泊まれる。これが「無限」だと。
 目から鱗とはこのこと。僕にとって「無限」とは数の先端。見えないから考えようもない。考えるだけ、無駄。ところが、ヒルバートは「無限」を出発点から考えることで、その定義を視覚化できた。思いしりました。ものの見方って、こんなにも違うんだ、と。

 話ずれまくりました。要するに、金融市場の問題を考えること、数学者の苦悩を知ることは、人間を知るにはあながち無駄なことではない、と。少なくとも僕にとっては。

 添付の写真は、数日前にテレグラフのウェブで見つけました。絵的には面白いですけど、日本への理解は深まってはいないな、と思います。



何度でも行きたいシリー諸島

2008.01.26
ミシュラン日本版が引き起こした狂騒を悔しそうに、そして皮肉をたっぷりこめてイギリスのメディアは紹介していましたが、ミシュランの星に一喜一憂するのは、イギリスも全く同じです。で、最新のイギリス・アイルランド版が発行されたそうです。セレブ・シェフが幾つ星を獲得したかが大きく取り上げられるのはいつものことですが、今年、それ以上の話題になったのが、イギリス本土の最西端のランズ・エンドからさらに先にある、シリー諸島の一つの島にあるレストランが、一つ星を獲得したというニュースでした。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=JPITRD0QEGDTZQFIQMGSFFOAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/24/nfood124.xml
 レストランがあるのは、St Martin's という島に一軒しかないホテル。このホテルが立っている土地の地主はチャールズ皇太子です。



http://www.stmartinshotel.co.uk/the-hotel.aspx
St. Martin's
Isles of Scilly, TR25 0QW
Tel:01720 422 090
Fax:01720 422 298


 このニュースの日本での報道を、友人の一人が知らせてくれました。島の名前が間違っているのは、ご愛嬌ということで。

島民110人、小島のレストランがミシュランの星を獲得 英国
2008年01月25日 12:41 発信地:ロンドン/英国

【1月25日 AFP】英国南西に位置する、地図で見つけることも難しいほど小さな島の一軒のレストランが、24日発売された仏高級レストランガイド「ミシュラン(Michelin)」の英国・アイルランド版で1つ星を獲得した。

 英国本土から45キロ離れたシリー諸島(Isles of Scilly)のセント・マーティン(Saint Martin)島は、強風の吹きすさぶ人口わずか110人の島だ。そこに店を構えるレストラン「Tean」は、3-10月の期間だけ開店している。

 このレストランが、英・アイルランド版ミシュラン最新版で、新たに星を獲得した122店に仲間入りした。

 今回の格付けでは、リーズ(Leeds)、シェフィールド(Sheffield)、リバプール(Liverpoo)、マンチェスター(Manchester)といった本土の大都市からは星を獲得したレストランは1店も出ていない。つまり、セント・マーティン島の110人の住民は、4都市400万人の人々よりもおいしい食事を楽しんでいるということになる。

 「Tean」で提供されるのは、コーンワル(Cornwall)産の「ターボット」(ヒラメの一種)や、地元産ロブスターのリゾットなど。モダンな料理を、島の絶景を眺めながら楽しむことができる。(c)AFP


 友人がどうしてこのニュースを知らせてくれたかと言うと、僕がシリー諸島に行ったことを覚えていてくれたから(ありがとうございます)です。いきました、1996年に。しかも、いった先はこのSt Martin'sで、このホテルに泊まり、このレストランで6日間食事しました。何故なら、他に選択肢がなかったから。

 どうしてシリー諸島に行こうと思ったか?友人たちと旅行の話になるたびに、離島に行くのが好きと言う話にいつも行き着きます。91年から95年までは先島諸島の波照間島に毎年6月に行っていましたが、島の観光化が進んでしまってこれ以上行ってもがっかりするだけかなと思っていました。
 94年に、スコットランドのインナー・ヘブリディーズ諸島のアイラ島とジュラ島に行って、「なんだ、イギリスの島巡りも面白いな」、と開眼。北に行ったから次は南にでも思ってあれこれ探しているうちに、シリー諸島の名前に行き着いたのだと思います。



でも、その当時は手に入る情報も少なく、無理かなと思い諦めかけたとき、その当時の上司が既にインターネットを使い始めていました。そこで上司に、「シリー諸島ならどの島でもいいので、ホテルの情報を探してください」、と頼んだはず。今は既に鬼籍に入ってしまった上司から、数日後にプリントアウトした情報を手渡されました。そこで見つけたのが、今回のホテルと、Bryherという島のHell Bay Hotel。後者は、連絡をした時には既に予約でいっぱいと断られたんじゃなかったかな。
 St Martin'sにホテルがあるのは判ったけど、どうやって行けばいいんだろう?、誰に予約を頼めばいいのだろう?、と。もちろん、カーソルで画面のボタンをクリックして予約完了の時代ではありません。あれこれ迷った挙句、ホテルに電話してみると、イギリス本土の幾つかの都市からのパッケイジ・プランを手配できるからそれを使ってはどうか、と。どんな島かも、どんなホテルかも知らないまま、6泊7日のパッケージを購入しました。あとは、会社指定の旅行代理店に頼んで日本とイギリスの往復航空券を頼みました。

 行くまでに集めた情報によると、シリー諸島はバード・ウォッチャーに人気があるらしい。人が住んでいる島は、5つだけ。大西洋の外海の岩礁に立つ灯台がある、といったことだけでした。
 とここまで書いて、なんか同じことを昨年書いたような気がしたら、書いていました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-509.html

 ということでレストランの話に戻ります。ホテルのウェブからの情報だと、レストランは僕が泊まった1996年以来、ずっとその質の高さを維持しているようです。僕が泊まったのは11年も前ですから、今回ミシュランの星を獲得したシェフが既にいたとは思いませんが、毎日メニューを替えて宿泊客が飽きないように気を配っていたように記憶しています。宿泊したのは9月の第1週、ディナーの時間には丁度沈んでいく夕陽のオレンジ色の光がレストランに溢れて、イギリスの他の場所では味わえないであろう、なんとも言えない充足感を感じていたように記憶しています。
 ウェブからは見つけられなかったのですが、その当時、ホテルが家族連れ向けにしていた配慮がまた面白いものでした。ディナーの時間、子供は基本的にご遠慮願うと。ただしディナーの時間の前、確か午後6時くらいだったかな、子供たちが夕食を取る為にハイ・ティーの時間を設けていました。6時って早すぎるように思われるかもしれませんが、他の島からSt Martin'sに戻るボートの最終が大体午後4時半くらいなので、他の島に取り残されないかぎり宿泊客は午後5時までにはホテルに戻っている。更に、昼間思いっきり遊び、お腹いっぱいのハイ・ティーを食べた子供達は、親たちがディナーを始めるであろう午後8時過ぎには熟睡。大人は、自分たちの夕食を自分たちのペースで楽しめる、というものでした。
 友人が送ってくれたニュースに、島の住人がレストランの素晴らしい食事を楽しんでいる、とありますがそれはちょっとありえないかなと思います。というのも、ガーディアンの記事によると、スターター、メイン、デザート、ワイン一本で£70-超(二人分だと思うんですが)。これはロンドンの相場よりも高いですから、島で暮らす皆さんにはちょっとという気がします。

 2年前、The Daily Telegraph紙のレストラン・クリティックだった方は、トロピカル・ガーデンで有名なトレスコで酷い目にあったようです。
http://www.telegraph.co.uk/wine/main.jhtml?xml=/wine/2006/04/08/edjan08.xml

 それへの反論の記事。
http://www.scillynews.co.uk/2006/04/11491/
 何を求めて訪れるのかによって評価が変わるのは、どこの観光地でも起き得る事でしょう。僕は、トレスコの同じホテルのレストランで食べた、しっかり思い出せないけど、確か巨大なチョコレイト・ケーキを堪能したはず。イギリスのケーキは日本のそれの足下にも及びませんが目の前に広がる白い砂浜と青い海、そして対岸のSt Martin'sを眺めながら平らげたケーキは美味しかったような。レストランを出て、イギリスにいることを忘れるほどの輝く太陽を浴びながら、St Martin'sに戻るボートが出る小さな船着場まで歩いているとき、幸せでした。
 日本に戻ってから、金融情報部門が顧客向けに発行していた薄い月刊誌にシリー諸島のことを書くようにいわれました。誰も知らなかったですからね、そんな場所。珍しかったと思います。いま思うと、それが人に頼まれて何かを書いた最初の原稿でした。

 このミシュランの影響で、人気はさらに高まって島の雰囲気が変わり、またシリー諸島全体の観光化に拍車がかかるかもしれません。でも、機会があれば再び行ってみたいです。自分の足で歩き回ることができるほどの大きさの島々というのは、流れる時間がゆったりしているように感じます。日本からは遠いですけど、円高になっているようですし、お勧めします。

http://www.scilly.gov.uk/
(ローカル・カウンシルの公式サイト)
http://www.simplyscilly.co.uk/
http://www.cornwall-online.co.uk/islesofscilly/Welcome.html
(見易い旅行サイト)

パリ・コレ:08/09、春夏オート・クチュール2

2008.01.25
今回のショウの先陣を切ったのが、イギリス人デザイナー、ジョン・ガリアーノによるディオールのコレクション。ガーディアンで読んだ解説によると、ガリアーノは、John Singer Sargentの「Madame X」という絵をベースに今回のコレクションをデザインしたとのこと。






http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/21/fashion?picture=332157200
 はちかぶり姫みたいなお椀が強烈。たっぷり素材を使っているであろうに、すっきりとした空間美を醸し出している。昨シーズン(だったはず)の秋冬での、「ガリアーノの和の美の捉え方もこんなものなのか」、と思ったコレクションよりずっと楽しい。

 今回の一番のがっかりは、ジャン-ポール・ゴルティエ。



http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/23/fashion1?lightbox=1
 実際を見たら印象は違うとは思うし、圧倒されることだろう。でも写真からだと、「オート・クチュール」と言う芸術がみせてくれることを期待している「非合理的に飛躍している」美しさが、薄く感じる。

 これはジヴァンシィ。目立って何ぼのオート・クチュールとしては、予定調和すぎるように思う。
http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/23/fashion?lightbox=1

 オート・クチュールのコレクションを発表できるファッション・ハウスは年々減っているようだけど、これほど楽しく、わくわくする芸術、そうそうない。続いて欲しい。

パリ・コレ:08/09、春夏オート・クチュール1

2008.01.25
ロンドンでの話ではないけど、たまには美しい写真もと思い、今週パリで開催されていた、春・夏のオート・クチュール・コレクションから。写真はテレグラフ、リンクはガーディアンが中心。本当にインターネットって、便利。

 今回のショウで一番の話題は、イタリア出身ながら、パリを拠点に活躍してきたヴァレンティノの引退。
http://www.telegraph.co.uk/fashion/main.jhtml;jsessionid=FXJY0BJPCHKSDQFIQMFCFFOAVCBQYIV0?xml=/fashion/2008/01/24/efvalentino124.xml
今回のテーマは、花とのこと。色の使い方が本当にエレガント。



http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/24/fashion?lightbox=1
 また、昨年の秋にローマで開催されていた、ヴァレンティノ作品の展覧会は、こちらに詳しく書かれています。
http://fumiemve.exblog.jp/6178093/

 次は、カール・ラガーフェルドによるシャネル。おとなしめの印象だけど、フォームの美しさは流石だと思う。ショウの舞台セットがとても面白いのに、その写真だけ見つけられなかった。



http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/22/fashion1?lightbox=1

 ちょっと拍子抜けだったのが、クリスティアン・ラクロワ。



http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/jan/22/fashion2?lightbox=1

 確かに豪華だとは思う。でも、以前は、色と形が、別々の方向に向けて激しく自己主張しつつ、もっと一体感を感じたように思う。今回は乱調もないけど、統一・調和も強くは感じられない。

火星に雪男?!

2008.01.23
日本でもすぐに報道されると思っていたけど、それとももう既に報道されたのかもしれない。1月23日の朝刊に大きく掲載された写真は、NASAの探査機が撮影した火星の写真。そこに写るのは、なにやら人らしき影。



http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml;jsessionid=IT3LLVZBODNALQFIQMFCFGGAVCBQYIV0?xml=/earth/2008/01/23/scimars123.xml



 即座に認識できない物体や事象を、過去の出来事、経験、既にある知識を総動員して、納得できる、もしくはそうに違いないと思える結論に導くのは人間の脳の機能の一つ。だから、これも「そう見える」から「そうに違いない」、と言うプロセスが出来上がるのは、自然なことだと思う。それにしても、「らしく」見える影だ。

イギリス版自己中の一例

2008.01.23
今日、BBCのウェブで見つけた記事を読んで、社会の秩序がどのように築かれてきたか、どのように機能しているのかを理解できない「自己中」はイギリスにも存在する、ということを知りました。記事と写真は下に添付してあります。ちなみに、僕は日本の「自己中」の皆さんの実態は知りません。

 イングランド中部のヨークシャーに住む ゴス・カップルは、外出するときに女性が首輪(ネックレスなのか犬用なのかは不明)をして、それにつながっているリードを男性がひいていると。



僕の理解の範囲では、「ゴス」と言われる皆さんは、どんな時にも黒ずくめの衣装で通す皆さんだと思います。

 で、このカップルはその飼い主と「犬」と見ることができる姿でバスに乗ろうとしたところ、乗車を拒否された。そのことを不満に思いバス会社に抗議。バス会社は「安全基準から鑑みた措置」としながらも、カップルに対して失礼があったかもしれないので、その点は詫びる、と。

 開いた口が塞がらないとはこのことで。一言、「愛し合っていようがなんだろうが、人の首に紐を結わえて引っ張る姿が、この社会で正しいことだと思っているのか!!!」、とどうして誰も雷を落とさないのでしょうか?こんな連中の好き勝手にさせていたら、社会の箍がいずれ外れてしまうのではないかと、本気で思います。

 それとも、こんなことに腹を立てるのは、僕が歳を取ったと言うことなのかもしれません。でも、おかしい。

http://news.bbc.co.uk/player/nol/newsid_7200000/newsid_7205800/7205835.stm?bw=bb&mp=wm&news=1&bbcws=1
The interview video of the couple

http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/bradford/7204543.stm

Dog leash goths 'hounded off bus'

A goth who leads his girlfriend around with a dog lead and collar was stopped from getting on a bus amid fears for passenger safety, a bus firm confirmed.

Dani Graves, 25, and his fiancee Tasha Maltby, 19, of Dewsbury, West Yorks, claim they have been discriminated against by bus firm Arriva Yorkshire.

The black-clad couple said they had been told to leave one bus and prevented from boarding another.

The bus firm said safety came first, but it was investigating the complaint.

Mr Graves told BBC Look North: "We're used to strange looks, we're used to comments.

"But we didn't expect it from someone like that. They're providing a public service. We had our bus passes, we did everything that you are supposed to do to get on a bus."

Miss Maltby said she came up with the idea to wear a dog lead, and said previous boyfriends had called her a "wierdo" when she suggested it.

The couple said they "loved each other to pieces" and the use of the lead was a "sign of trust".

Mr Graves said: "She's very animal like, she's kind of like a pet, as well as a partner."
He said he "does everything" for his girlfriend, including laying out clothes for her, feeding her and cleaning their house.

He said: "You wouldn't expect your cat or dog to do the washing up or cleaning round the house."


Firm apology

Bus operator Arriva claimed other passengers could be put at risk if the bus braked sharply.

Operations director for Arriva Yorkshire, Paul Adcock, said: "Arriva takes any allegation of discrimination very seriously and have interviewed the driver regarding Mr Graves' claims.

"Our primary concern is passenger safety and while the couple are very welcome to travel on our buses, we are asking that Miss Maltby remove her dog lead before boarding the bus.

"It could be dangerous for the couple and other passengers if a driver had to brake sharply while Miss Maltby was wearing the lead."

The company said it was writing to Mr Graves "to apologise for any distress caused by the way this matter was handled".

パンタナールの大かわうそ

2008.01.22
普通、かわうそ(Otter)と言えば、下の写真の固体を思い浮かべるのが平均的な反応だと思う。ちなみに、タイトルを忘れてしまったけど、イギリスではその昔、かわうそと暮らした男性の本が出版されていたこともあるからか、かわうそへ愛情を注ぐ人は多いような気がする。

Otter picture2

 ところが、テレグラフの写真セクションの、さらに旅行セクションで紹介されていたブラジル内のパンタナール湿地帯を紹介するカテゴリーで見つけたのが、これ。



キャプションでは、「Giant Otter」となっていた。ワニとタイマンはれるかわうそって、そんな非現実な、と思った。

 作り物かもとも思ったので、調べていたらこんなサイトを見つけた。
http://www.otter.org/otterframes.html
世界は広いというか。このサイトによると、「Giant Otter」は、かつてブラジル国内の湿地帯に広範囲に棲息していて、最大2メートルまで大きくなるとのこと。川原で2メートルのかわうそが目の前に現れるというのは、山林で熊と遭遇するのと同じくらい吃驚すると思う。人間を襲うとは思わないけど、こんなのにのしかかれたら骨の一本くらいは折れるのでは。残念なことに、絶滅危惧種になっているらしい。

 こんな珍しい動物が生きているパンタナール、ちょっと興味が湧いてきた。




 でも、南米に行くなら、まずアルゼンチン。パタゴニアに移住したウェールズ人の皆さんと一緒に、お茶を飲みつつ歌いたいから。

新たな英国病

2008.01.21
まず、下の画像をクリックしてみてください。ロンドンのあちらこちらで売られている、いわゆる観光客向けの葉書の一つです。イギリスの、どこにでもあるオフィスの「日常」の風景です。

Office Timetable

始業は午前9時のところ、出社は9時半。仕事をしている同僚を横目に、遅れたことを別に恥じるでもなく9時45分にお茶。それから何をしていたかは神のみぞ知るで、11時に漸くE-メイルの確認。
 11時15分になると、昼に何を食べるかを考え始め、ランチに出かけるのは12時きっかり。2時45分にネット・サーフィンを始めるまでどこに居たのか、何をしていたのか。3時に午後のお茶、そして4時には帰り支度をいそいそと始め、鳴り響く電話の留守電機能を設定して4時半には退社。5時の終業時間までオフィスにいたことはあるのだろうか?
 イギリス人の怠け癖を大袈裟に、面白おかしく風刺しただけだろうから、そんなに目くじら立てなくても、と多くの方が思われることでしょう。しかしながら、これは(ほぼ)現実です。現実でなければ、こんなことおきません。

Not fit for purpose: £2bn cost of government's IT blunders
http://www.guardian.co.uk/technology/2008/jan/05/computing.egovernment

 病院、警察、年金システムに、国民の税金を使って新しいITシステムを導入したのは良いけど、導入してみたら使い物にならず、廃棄処分になったシステムは数知れず、またこれからも増えつづけるであろう。結局国民が払った税金、20億ポンドが無駄になったと。日本も似たような国になっているようですけど、イギリスはこういうことを繰り返しています。

 そんな国で生まれ育った方が、日本人をこう表現しました。

'Very Japanese," says Chris, who spent 10 years in Tokyo and belongs to the tiresome fraternity that regards itself as expert on all things Oriental. And how its members bang on about it.

"What exactly is very Japanese about it so far?" I ask. "We haven't even sat down yet." "A lot of staff standing around doing not very much(スタッフはたくさんいるけど、立っているだけで何かをしているわけではない)," he says. Which is harsh, but he has a point.


 愛国心を掲げるつもりは毛頭ないです。でもですね、こんなことをイギリス人に言われては、それは違うだろう、と。ちなみにこの発言は、ロンドンのピカデリーに新しく出来た日本料理レストランの紹介記事の冒頭部分です。
http://www.telegraph.co.uk/wine/main.jhtml?xml=/wine/2008/01/04/edorder104.xml


 最近のイギリスは、20世紀に表現されていたのとは別の意味合いで、「英国病」が悪化しているように感じます。今、いろいろと記事を集めている10代に広がるナイフ崇拝文化の蔓延、収入の格差、階級の区別、異文化・異人種との隔絶、住む地域によって受けることができる医療(歯科治療を含む)の格差の絶望的なギャップ等々。努力して働くことが人生の無駄と思う人が増えたとしても、全く不思議ではない気がします。
 昨年は、刑務所で働く職員によるストライキがありました。今年に入って、教師の給料の上げ幅を低く抑えようとしていることで、教職員によるストライキの可能性が高まっています。そんな中、議員の皆さんは、自分たちの給料だけは上昇率を他の公職よりも高く設定し、それを押し通そうとしています。当然、各方面からの反発は必至。一体、この国はどうなってしまうのか。

 長期天気予報によると、2月上旬まで晴れ間が望めそうにないイギリス。ここは、MATTに笑い飛ばしてもらわないと。



仮に議員の給料がこのまま上がることになれば、トニー・ブレアが政界に復帰することになりかねない。ブレア前首相が、アメリカの投資銀行の一つから名誉職のようなポジションをオファーされ、その巨額給与が槍玉に上がったのはつい最近。



最近の悪天候で、イングランドとウェールズ各地で再び洪水が起きる危険性が高まっています。でも、洪水で家が沈んで住めなくても、その地域にNHSの歯科医と素晴らしい学校があるのなら、その家は「買い」である、と。

 笑っていただこうと思っていたのですが、重いですね。でも、笑う門には、福が来るはず。

「ラ・トラヴィアータ」:プリマ・ドンナの輝き

2008.01.20
日本は寒いようですね。ロンドンは、年末の冷え込みが嘘のように暖かい日が続いています。でも、天気予報は2月上旬まで雨、嵐、よくて曇り。太陽はどこに行ってしまったのか。

 そんな鬱陶しい天気が吹っ飛び、恐らく、一生に何度も観ることなんて出来ないであろう、unforgettable, astonishing, brilliant, breathtakingなオペラをロイヤル・オペラで観ることができました。こんな素晴らしい出会いがあるから、劇場通いはやめられません。

 観てきたのは、ヴェルディの「ラ・トラヴィアータ(椿姫)」。ロイヤル・オペラは、ほぼ毎シーズンのように「ラ・トラヴィアータ」を上演します。宣伝しなくても売り切れますからね。現在のプロダクションは、1994年にRichard Eyerが手掛けたもので、初演のヴィオレッタはアンジェラ・ゲオルジュー。プログラムのプロダクション・ノートを読むかぎり、ゲオルジュー以降は、ヴィオレッタを歌った皆さんの中で今でも名前を聞く人は数人ていど。またアルフレードも、ホセ・クーラ、ロベルト・アラーニャ、マルセロ・アルヴァレス以外は、外見がアルフレードには見えないかもしれないという方が多かったようにも思えます(偏見です)。オペラが好きな方には共通の認識だと思いますが、ロイヤル・オペラ・ハウスはニュー・ヨークのメトロポリタン歌劇場や、大陸の名だたるオペラ・ハウスと比べると、「旬」のオペラ歌手をキャスティングすることが上手いようには思えません。予算の問題があるのだとは思いますが、誰もが知っているオペラであれば、「ロイヤル・オペラ」の名にかけてもう少し派手やかなキャストを、といつも思っています。

 僕個人はそんな不満をいつも抱えていますが、多くの人が一度は観てみたいと思い、オペラ・ファンからすればいつかは最高の舞台をと願う「ラ・トラヴィアータ」は、もともとチケットの争奪戦はいつも激しいので、観にいったのはこのときだけでした。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-378.html
 このときはキャストが二転、三転した上に、歌手の皆さんも水準以上だけど、それより上の歌唱ではありませんでした。なので、次に「ラ・トラヴィアータ」を観るのであれば、考えられうる「最高」のキャストが出るときまで待とう、と思っていました。

 で、今シーズンがそれでした。主要3役のキャストは、
Violetta : Anna Netrebko (ロシア)
Alfredo Germont : Jonas Kaufmann (ドイツ)
Giorgio Germont : Dmitri Hvorostovsky (ロシア)

 ドイツ語圏で絶大な人気を誇り、さらに世界中のオペラ・ハウスで引っ張りだこのロシア人ソプラノ歌手、アンナ・ネトレプコ



舞台の外では、「パーティ・ガール」の名前を欲しいままにしているようです。Hello!マガジンに見開き4ページで特集されるオペラ歌手なんてそうそういないですから。アルフレードは太っていず、歌も演技も高水準のヨナス・カウフマン。輝く銀髪が「ジェルモン・父」には最適のDmitri Hvorostovskyという、ロイヤル・オペラ・ハウスでは滅多にないドリーム・キャスト。これではチケット、どう転んでも取れないだろうと思い、逆の意味で観に行くつもりはありませんでした、昨年の秋までは。でも、やっぱり今が「旬」のアンナ・ネトレプコのヴィオレッタを観たくなって、リターンを求めてロイヤル・オペラ・ハウスのウェブをほぼ1時間ごとに見る日が続きました。会社でこんなことをしたら、即、首でしょうね。

 取れたんです。それも初日。いきさつは以下に。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-681.html

 ネトレプコは、昨年の「ドン・ジョヴァンニ」で、体調不良を理由に公演を何度かキャンセルしたので、今回もそうなるのかなとの不安を抱きつつロイヤル・オペラ・ハウスへ向いました。ハウス内は、観客の皆さんの熱気が既に充満していた感じです。興味深いことに、「ラ・トラヴィアータ」の初日にもかかわらず、イブニング・ドレスで着飾っている女性や、企業の接待できたと思しき男性の数は多くなかったように感じました。思うに、「一生忘れられないであろうヴィオレッタをどうしても我が目で、そして耳で」と願ったオペラ好きの皆さんが集結していたのだと思います。

 カーテンが上がる直前のアナウンスまでどうなるか判らないな、と思いながら会場の壁に架かっている写真を眺めていた時に、ふと横を見るとどこかで見たことある男性が。年末年始にかけて、ロッシーニの「チェネレントラ(シンデレラ)」に王子役で出演していた、イギリス人テノール歌手、トビー・スペンス氏が同じように写真を見ていました(写真はクリックで拡大)。



 彼が特別好きと言うわけではありませんが、最近の彼のインタヴューで、これから数年はストラヴィンスキーのオペラ、「レイクス・プログレス」にキャリアを集中する予定とのインタヴューを読んだばかりで興味を惹かれていたので、話しかけてみました。とても気さくな方で、「レイクス・プログレス」にかける意気込みを話してくれました。実はロイヤル・オペラはこのオペラを今年の夏に上演する予定ですが、スペンス氏がロイヤルで歌うのは2010年の予定。それまでいたら、是非、観てみたいものです。

 話を戻して、アンナ・ネトレプコ。恐らくこれから10年の間は「ラ・トラヴィアータ」は観ないほうがいい、そう確信するほど素晴らしい、至上の舞台でした。第1幕、アルフレードから寄せられる純粋な愛におののくも、その愛を受け入れる喜びをほとばしらせるヴィオレッタ。第2幕では、やがて訪れるであろう死の前に、漸く手に入れた心の安らぎ、それを理不尽に奪われる悲しみ、心の傷が癒える間もなく愛するアルフレードから誤解されたまま全てを失う、魂を貫く心の痛み。そして第3幕。人生の幕が下がる時が近づく中、嘆き、悲しみ、慈悲、喜び、人間が感じるであろう全ての感情を歌い上げるヴィオレッタ。
 技術用語は相変わらず知りません。一言いえるのは、ネトレプコの歌は奇蹟と言っても過言ではない、ということ。舞台の上で、自由自在に(そう思えました)最高音からピアニッシモまで歌い上げるネトレプコに難癖をつける聴衆などいなかったことでしょう(実は一人いました。テレグラフのオペラ・クリティック)。第1幕最後のヴィオレッタのアリア、涙が自然に流れてきました。最後まで観ないで、この歌を胸に帰ろうとすら思いました。このあと急に調子を崩すかもしれないし、最悪、舞台の途中で降板ということだって、起こらないとも限らない。今のこの感動を色褪せさせたくない、このまま家に帰ろう、本当にそう思いました。でも、帰っていたらもっと後悔したことでしょう。
 ネトレプコの歌唱、演技を観ていて、「プリマ・ドンナ」という言葉が久しぶりに浮かんできました。ヴィオレッタの真の姿を、「ラ・トラヴィアータ」というある一つのオペラを通して、ヴェルディが聴衆に伝えたかった全てを、舞台の上で表現できる、この世界でただ一人のソプラノ歌手。当夜のネトレプコに相応しいタイトルは、「プリマ・ドンナ」、それ以上でも以下でもないと思います。

 あとはさくっと。カウフマン、昨シーズンの「カルメン」で歌の上手さは判っていたし、最近のテノールの中では見栄えもいいので期待していました。彼が舞台に出てきて最初の印象は、「なんだか、姿勢が悪い」。そう、見えたんです。でも、場が進むうちにしゃきっとしてきたし、歌唱も良かったし。気になるのは、最近、レパートリーをかなり広げている点。今後の予定の中に、ヴァークナーの「ローエングリン」が入っていました。喉を壊さなければいいのですが。
 Hvorostovsky、大昔、NHKの名曲アルバムで聴いて以来耳に馴染んでいる超有名アリア「プロヴァンスの海と陸(プロヴァンスに海ってあるのか、といつも思います)」をしっかりと歌ってくれました。僕がジェルモン・父に望むのは極端な話、それだけ。カウフマンHvorostovsky、父と息子になんて絶対に見えませんけど、彼ら二人の歌と演技の説得力はそんな想いを吹き飛ばすには充分なものでした。

 ここで終わればいいのですが。実は、ネトレプコ、気管支炎が悪化して、2回目、3回目をキャンセルしました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-690.html
 本当に、舞台は「一期一会」だと実感します。偶然初日のリターン・チケットが取れた幸運で、今のところ、ネトレプコがたった一回だけコヴェント・ガーデンにもたらした奇蹟の舞台を経験できたのですから。



 予定では、ネトレプコはあと3回、歌う予定になっています。順調に回復して、一人でも多くの人があの舞台を経験できることを祈るばかり。

[追記:レヴュー]
http://music.guardian.co.uk/live/story/0,,2241232,00.html
The Guardian

http://observer.guardian.co.uk/review/story/0,,2243581,00.html
The Observer

http://www.telegraph.co.uk/arts/main.jhtml?xml=/arts/2008/01/16/bttrav116.xml
The Daily Telegraph

炎を駆け抜ける馬

2008.01.20
スペインの祭りとこのと。



A man rides a horse through a bonfire in the Spanish village of San Bartolomé de Pinares to honour St Anthony the Abbot, patron saint of animals, on the eve of his feast day.



長く続いている伝統ある祭りだろう。「火の中を走らされるなんて、馬が可哀相」、なんて何も知らない連中が止めさせようとしなければ良いなと思う。

パイロット、ウィリアム王子

2008.01.20
現在のイギリス王室の中で、王位継承第2位にいるのは、故ダイアナ妃とチャールズ皇太子の間の長男、ウィリアム王子。王子が、英国空軍の仕官候補(だったかな?軍隊のことは全然興味ないし)になったのが2007年の10月。で、初めての飛行訓練が、1月8日に行われた(http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/01/07/nwilliam107.xml)。写真はテレグラフから。



 今回の飛行機はどうみても戦闘機には見えない。それに、これから戦闘機に乗る訓練が仮にあったとしても、王位継承第2位のウィリアム王子が、戦争地域を飛ぶことはほぼないだろう。

 最近のゴシップ雑誌の話題は、昨年の晩夏によりを戻したケイト・ミドルトン嬢との婚約がいつになるのか、ということ。デンマーク、ノルウェイ、オランダ、スペインの皇太子たちが、かなり遅めの結婚で幸せをつかんでいるので焦る必要もないだろうという気もする。ちなみに、推測だけど、この二人より先に、モナコのアルバートさんの婚約発表が、彼が50歳になる今年の3月にあるのでは、という噂のほう信憑性が高い。

 ウィリアム王子。将来のイギリス王室のトップになる教育・訓練を着実にこなしている。今でも父親より人気は高いけど、婚約発表ともなればエリザベス女王に次ぐ存在になるかもしれない。そのときのためにも、髪の毛の手入れをどうにかした方がいいのでは、というのは余計な心配か。




野菜と果物で描く「風景」

2008.01.16
今日、日課にしているイギリスの各メディアの写真セクションを徘徊していたとき、BBCで見つけたのが下の写真。



イチゴやニンニクの気球が、とうもろこしやズッキーニで出来た畑の上に浮いている風景。



これは、キャプションによると、イタリアの田舎の風景を、地面はパスタ等、流れる雲はモッツァレラで。丘に建つ家はパルメンザン・チーズ造り。
 他の写真は次のリンクで。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7186989.stm

 祖父母、両親からことあるごとに、「食べ物を粗末にしてはいけない」、と言われて育ったので、例え食用でなくても、食べ物を使ったお遊びや、イヴェント(世界一巨大なピザとか、トマトやパイの投げあい)は、基本的に好きになれない。
 これも一見、うっ、と退いてしまいそうだった。でも、キャプションを読んでみると、使用した野菜や果物が萎びないように(つまり、無駄にしなかったと思える)、1枚の写真も何度かに別けて撮影したよう。
 ぶつくさ言うならブログに載せなければいいのに、といわれればその通り。一つ気に入ったのは、色合い。カラー映画初期の頃の、「総天然色」のように見えること。なんだか非現実だけど、物語が始まりそうな雰囲気がある。

From Russia:危ぶまれた美術展、開催へ

2008.01.15


一度は開催そのものがキャンセルされる寸前まで追い込まれていた、ロンドン中心部、ピカデリーにあるRoyal Academy of Arts(日本語訳の「王立芸術学院」って、違和感がある)での「From Russia:French and Russian Master Paintings 1870 – 1925」が実現することが、確定したようだ。
http://www.royalacademy.org.uk/exhibitions/from-russia/statement-regarding-from-russia-french-and-russian-master-paintings-18701925-from-moscow-and-st-petersburg,544,AR.html

http://www.royalacademy.org.uk/
今日の朝日新聞のウェブでも報道されていたくらいだから、確実だろう。

 上記のマティスの「ダンス」を始め、イギリス初公開のものが殆どらしい。元KGBのスパイ暗殺事件以来ギクシャクしているイギリスとロシアの政治の駆け引きの犠牲になりそうだったけど、良かった。全く、美術を国際政治の泥沼に引きずり込むなんてこと、二度とおきて欲しくない。




変化と安定6:社会は広く浅く幸福を共有できるのか?

2008.01.13
1月2日から動き出すイギリスで暮らす限り、お正月気分は味わえません。

 先週の金曜日、1月11日に大きく、そして一部にかなりの衝撃を与えた出来事がイギリスで報道されました。生まれてすぐに、別々の家族に養子に出された二卵性の双子の男女が、成人してお互いの存在に気付かないまま巡り会い、結婚してしまった、というニュースです。
http://www.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,2239525,00.html?gusrc=rss&feed=11
 日本では、所詮は他の国で起きたことですから、中途半端な報道になってしまったように感じました。

 この「数奇」とも云える出来事がセンセイショナルに報道された当初、イギリス国内のメディアが掘り下げた点は、「子供たちが自分たちの出生の事実を知る権利」と、不妊治療の現場での「卵子・精子提供者のプライヴァシーのあり方」についてでした。この二つの点が論じられるのは当然であり、重要事項ということに疑問はないです。
 ただ、いつもの如く飛躍してしまって、また何故その飛躍が頭に浮かんでしまったのかも上手く説明できません。が、この不幸な出来事が契機になって、結婚というあたりまえのことの定義がイギリスでは問われることになるのではないか。また、世界中の誰もが同じイメージを共有できると思われてきた「結婚」という定義が揺らぐのではないか、ということが浮かんできました。

 2005年12月に、男女間の結婚と全く同じではありませんが、同性同士のカップルが同等の権利を得ることができる「シヴィル・パートナーシップ」制度が、イギリスでは施行されました。シヴィル・パートナーシップに、僕個人として異論は全く有りません。むしろ、長く支えあってきた同性のカップルが、「同性」という記号だけで、差別されなければならない必要はないと思います。
 これまで、2回、シヴィル・パートナーシップのセレモニーに参加したことがあります。どちらも、大学院のクラスメイトつながりからです。結婚式に参加するのは今でも大好きですし、両方とも、こじんまりとした、そして心に染みるとてもよい「結婚式」でした。しかしながら、まだ、人々が感情的に完全に受け入れている段階ではないであろう現在の社会で、特別視される可能性が高いこの「結婚式」の楽しさを、そして幸福感を、普通に人々と共有できるのかな、との思いがありました。
 今回、双子の男女の出来事が起きた以上、生まれた時に別けられ、お互いの存在を知らずにいた兄弟や姉妹が、関係に気付かずにシヴィル・パートナーシップで「結婚」を宣言する、ということが仮に起きたとき社会はどう反応するのか?結婚は法律的な「制度」である一方で、多分に「感情」を伴う制度という観点から、人々の反応はどの方向に流れるのか?

 今回の双子のニュースに接してもやもやと感じているのは、社会が複雑になりすぎてしまって、広く浅く多くの人が、誰もがほぼ同じ定義で思い描くことができる「幸福」を共有できる社会でなくなりつつあるのではないか、ということです。
 いつの時代にも、人間の活動様式、社会の構造が細分化されてきたことがあるのだと思います。人々の生活が細かく分かれすぎ、お互いを理解できない、理解したくないという不安定な時代があったのだと思います。そのような状況を安定に向かわせる、多くの人々が個を尊重しつつも集団の中で何か基本的なことを共有できることを幸せに感じることができる揺り戻しが過去にあったのだろうな、と歴史に疎い僕は思います。今が、その揺り戻しが来る直前の、一番不安定な時代なのかな、と。

 イギリス保守党の若き党首、デイヴィッド・キャメロン氏が、先週、暴力に揺れるイギリス社会に警鐘を鳴らす発言をしました(全文をエントリーの最後に載せてあります)。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=Q54LU33UTMI4TQFIQMGSFGGAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/10/ncameron110.xml
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=Q54LU33UTMI4TQFIQMGSFGGAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/11/ntory111.xml
 ちなみに、キャメロン党首が言及している事件はこれです。いまだに解決していない現実に、イギリス社会が直面している闇の深さを感じます。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-531.html

 キャメロン党首のスピーチで最も印象に残ったのが次の発言です。
 Society was creeping towards "social acceptance of violence in our country"

 イギリスだけだとは思いたくないですが、現代社会で最も影響力のある「力(それが何であるかは僕にはわかりません)」が向いている方向は、安定ではなく「不安定」。多くの人はそうあって欲しくないと思っているはず。だから、政治家には自分たちの利権ではなく、社会の大局を見てきっちり仕事をして欲しいです。

 「他者を理解したくない、する必要はない」という事象のいい例は、個人的に、日本にもあると考えています。2年前くらいでしたでしょうか、日本の、特に若い世代で「かぶる」という言葉が流行っているとニュースを読んだと記憶しています。
 確か使われ方は、「誰それのキャラクター、君とかぶるから(つまり、似ていると言いたいそうです)、今度の宴会で同席しない方が良いかも」、とか。
 これが本当に流行ったのかどうかは、日本にいないので、実際の所は判りません。上記の例を読んだ時の、僕の最初で最後の反応は、「何を戯けたことを。人の性格と自分の性格が似ているかどうかの心配しなければならない人生って、楽しい?」。
 幸せを共有するということを、他者と全く同じになるべきだ、と言っているわけではないです。それと、怪しい宗教に走っているわけでもないですからね。

 他の人々の身になって考えるということが、無意味に思われる時代なのかな、と。

 添付の写真は、テレグラフで見つけました。一枚目は、オーストラリアのタスマニア近海。2枚目はモンテネグロのある湖でのものだそうです。見つけた時には、これに使うつもりではなかったんですが、この超ディプレッシヴなのを書いているうちに、「明るい未来は必ずある」という気分になれる写真だなと思いました。








David Cameron condemns 'culture of violence'

By Andrew Porter Political Editor
Last Updated: 2:47am GMT 11/01/2008

David Cameron has condemned the "senseless" and "remorseless" violence in Britain and promised to rid the police of its health and safety culture.

He warned society was creeping towards "social acceptance of violence in our country".

In a sign that he is keen to banish his "hug a hoodie" image he used some of the most horrific recent cases of violence and death on Britain's streets to condemn Labour "Respect" agenda.

Gun and knife crime have spiralled out of control and Home Secretary Jacqui Smith was showing "staggering complacency," he said.

Mr Cameron pointed out that one gun crime is committed every hour in England and Wales.

He said: "In 2007, 27 teenagers were murdered in London. Fathers like Gary Newlove were brutally killed on their own doorstep. And in August, eleven-year-old Rhys Jones was shot dead in a car park on his way back from football training.

"Nearly five months on, despite people in the community surely knowing the perpetrator, an enormous police operation, and pledges from the Prime Minister down that the killer would be found, he is still at large.

"After that tragic killing, I said we had to be serious about saying enough of all this – serious about saying we won't put up with this anymore. I also said that we cannot let our shock one day turn into a shrug of the shoulders the next… that we cannot allow our horror turn into a dull impotent ache about the state of the world. But that's exactly what's happened."

Mr Cameron is visiting the new gym of Olympic silver-medalist Amir Khan in Bolton.

He announced that Tory police spokesman David Ruffley will come forward with proposals to take away many of the health and safety restrictions that the police have to operate under.

Last year a boy drowned as two Community Support Officers watched on, having been told that they should not go into the water for health and safety reasons.

But Mr Cameron, despite many in the police service, pointing out that CSOs are simply policing on the cheap, refuses to look and scrapping them in favour of properly trained officers.

The Conservative leader claimed that Gordon Brown had abandoned Tony Blair's failed "Respect Agenda" but added that he was now ignoring the problems of violent Britain.

He said: "He's given up. Well, I'm not giving up. And together - we shouldn't give up."


French "air kiss"で感染予防

2008.01.13
この冬、イギリス全土で、ノロウィルスに感染した患者の総数が、300万人を超えたそうだ。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=UO10K5NEOOTRXQFIQMFCFFWAVCBQYIV0?xml=/news/2008/01/12/nnoro112.xml
周囲に罹った友人・知人がいないし、僕自身が罹ったことがないので、それほど猛威を振るっている実感がなかったけど、300万人という数字は大きい。イギリスでの、公衆衛生の取り組みの遅れが、ここまで感染者が増えた一因だろう。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-596.html

 今日のThe Sunday Telegraph紙に面白い記事があった。他人からインフルエンザ、風邪、ノロウィルスをうつされないようにするには、人と会った時は、イギリス人がよくする固い握手ではなく、大陸では日常の「Air Kiss」のほうが健康的である、と。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=TDCSH3MKZJR3FQFIQMGSFGGAVCBQWIV0?xml=/news/2008/01/13/nkiss113.xml
 記事の中で二人の専門家も、どんなばい菌がついているか判らない他人の手を握ることよりも、触れるか触れないかのAir Kissのほうが、ウィルスをうつされる確率は少なくなるかもしれないとのこと。下の2枚の写真は、テレグラフの記事から拝借。
 
 こうやってしっかり握手すると、インフルエンザのウィルスを貰う確率が高くなる。



 記事によると、右頬でのAir Kissは友情、親愛の表現になるそう。


 バーツといったらロンドンだけでなく、イギリス国内でも有名なNHSの病院の一つだから、ここの専門家によるコメントには説得力がある。でも、これ、イギリス人の男性同士、特にビジネスの場では抵抗あるだろうな、と思う。フランスはいうに及ばず、ロシア人やムスリムの男性同士はAir Kissが普通のようだけど、イギリス人は躊躇うのではないかな。

007はダブル・オー・セヴン

2008.01.11


今週の火曜日、1月8日に、イアン・フレミングの生誕100年を記念して「ジェイムズ・ボンド」の記念切手が発売になった。
http://www.royalmail.com/portal/stamps

 企業としては、最低・最悪なロイヤル・メイルだけど、切手「だけ」は常に高品質を保っている。今回も実物を見ると、とても良い出来だと思う。
 本の表紙画だけが使われて、フレミング本人や、映画でボンドを演じた俳優たちの肖像が使われていないのは、記念切手には、英王室のメンバー以外の存命中の人物の肖像を使わない、という規則があるから。と言っても、そんなに厳しくない。昨年の一つ前のラグビー・ワールド・カップでイングランド・チームが優勝したら、選手の写真が使われた記念切手がすぐさま、そしてかなりあっさりと発行された。ま、イギリスなんてそんな国。
 
 記念切手が発行される時には、幾つかのパターンがある。通常のシートの形式のものに加えて、まず、「プレゼンテイション・パッケージ」というもの。日本を始め外国で購入できるのはこのパッケージだろう。記念切手の題材の背景を説明したリーフレットの表紙に切手が張ってある、というもの。

 その他に、「ファースト・デイ・カヴァーズ」というのがある。これは、特別な封筒に、発行される記念切手が全て貼られ、発売日の消印が押されて購入者の自宅に配達される。
 その消印も、たいてい2種類あって予約購入の際に選ぶことができる。以下の二つが今回のもの。消印、封筒のデザインが違っている。






 この消印つきのものが、イギリス国外で販売されるのかどうかは知らない。ただ、ロイヤル・メイルから直接購入することは可能かもしれない。

 今回は、話題性もあってか、さらに下のようなパッケージも発売になった。こちらのリンクが詳しい。
http://www.007magazine.co.uk/newproducts_fdc.htm



 今回の記念切手発売で、改めて気付いたこと。それは、イギリス人には、「ゼロ・ゼロ・セヴン」と言っても、通じない。

野次馬ペンギン

2008.01.11


今週の水曜日、1月9日に、リージェンツ・パークに隣接するロンドン動物園で、毎年行われる園内にいる生物の全頭調査が行われた。
http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml;jsessionid=HHBJW1SJHG5IZQFIQMGCFFWAVCBQUIV0?xml=/earth/2008/01/10/eazoo110.xml
上記のリンクの中から、さらに映像へのリンクがあるので、どのような調査が行われたかを見ることができる。
 で、ペンギン。可愛いというか、コミカルというか。悪気はないんだろうけど、役には立っていない。

 温暖化が急激に悪化している現在、地球上に生息する生物の中には、姿を消しつつある種がたくさんいるらしい。そのような状況で、動物園の役割も変わってきているようだ。昔のように珍しい動物を展示するだけではなく、種の保存の中心的存在にシフトしている。
 ただ、人間がどこまで動物本来の「生態」に関わるのか、という点も議論が尽きないようだ。今週、ドイツの動物園で生まれたばかりの北極熊の子供が母熊から拒絶されている状況で、こぐまを見殺し、つまり自然界で起きる掟に任せようとした動物園に対し、世界中から非難が寄せられた。
 「地球温暖化」、「種の保存」、そして「人間がどこまで神として振舞うか」。三すくみだな。



「ラ・トラヴィアータ」のリターンを、確保

2008.01.09
RO08_Traviata[1]

正直に言えば、「ラ・トラヴィアータ」を大好きなわけでない。チケットが取れたら行く、というかなり後ろ向きな聴き手。今シーズンもロイヤル・オペラは来週の月曜日、1月14日から上演する。
 今回は、特にチケット争奪戦が激しかったはずだし、激しかったらしい。というのも、ヴィオレッタは、いまや飛ぶ鳥を落として自分が空を飛んでしまう勢いのアンナ・ネトレプコ。アルフレードは見た目よし、歌唱も折り紙つきのヨナス・カウフマンと来ては取る努力なくして取れるはずもなく、早々に頭から追い出していた。 
 ところが、クリスマスあたりから、やはり気になりだして駄目もと当然で、ロイヤルのウェブを毎日眺めていた。もちろん、ファースト・キャストのリターンなんてなし。
 
 ところが、今日のお昼前、無意識にアクセスし、半ば自動的に初日の14日をクリックしたら、昨日まででていた「売り切れ」のメッセージがなかった。慌てて、一番高いオーケストラ・ストゥールズをあけたら、なし。ついで「ストールズ・サークル」をクリックしたらリターンで戻った2席があるという表示。はやる心を抑えつつ画面をスクロールしていくと、戻っていたのは「A57」。99%の確率で、舞台と自分の間に邪魔者なしの最良席、ということは最高額。脳裏にはナノセカンドで口座残高が表示され、ピコセカンドで逡巡するも、気がついたらお買い上げ。

 それにしても、12月の「くるみ割り人形」のときにも考えたことだけど、こんな良席が一気に、しかも初日の数日前にいきなりリターンで売られるというのはどういうことだろう。考えられるのは、企業が接待で、もしくは観劇に特化した旅行会社が押さえていたものが、結局売れなくて、というところか。
 今日は、午後半ばになると、オーケストラ・ストゥールズ(平土間)の前から3列目のど真ん中、しかも5席がどーんと売り出されていた。当然、あっという間になくなった。昨日、1月8日は、ロイヤル・バレエの「アシュトン・ダブル・ビル(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-679.html)」の最終日だった。前日の7日までは、完売で残席表示なし。ところが、当日の午前11時前にのぞいてみたら、舞台脇で観づらい場所だけど、ストゥールズ・サークルにおよそ40席のリターンが表示されていた。
 仮に企業から戻されるときって、ロイヤル側は何らかの方策を取るのだろうか。今回の「ラ・トラヴィアータ」のように超人気演目なら売れ残る心配などないだろう。でも、バレエの「ミックス・ビル」なんて、上演の数日前、さらに当日の午前中に戻されたら、場合によっては売りようがないと思う。ロイヤル・オペラ・ハウスには打撃だろう。一般からだと、ボックス・オフィスに「リセイル」を依頼したとき、売れなければ、払い戻しはない。

 「ラ・トラヴィアータ」で一つ心配なのは、これほどの良席が一気に戻ってきた背景を考えざろうえない。まさかネトレプコ、既にキャンセルしているわけではないだろうな。昨シーズン、ロイヤル・オペラの「ドン・ジョヴァンニ」も何度かキャンセルしたはずだし、昨夏のザルツもキャンセルしてブーイングだったとか(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-540.html)。この日は、このリターンをゲットしたことで、1年前に購入しておいたバービカン・ホールでのドロテア・レシュマン、トーマス・クヴァストホーフとボストリッジのリサイタルを払い戻しをもうしてしまった。これでネトレプコがキャンセルでもしようものなら、彼女を聴くこともないだろう。

バルトリ:芸術と娯楽のはざまで

2008.01.08


12月19日と21日に、ロンドンのバービカン・ホールで、イタリア人メゾ・ソプラノ、チェチィーリア・バルトリのリサイタルを観てきました。もう既にかなり昔のようにも、またまるで昨晩観てきたかのように鮮明に思い出すこともできます。
 バルトリがロンドンでリサイタルを開くのは2年ぶり(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-53.html)。今回は、昨秋にリリースした新譜、「Maria」からのアリアが中心でした。今回バルトリが取り上げた、19世紀の伝説のメゾ・ソプラノ歌手、Maria Malibranについてはバルトリのサイト、及びテレグラフと(稀に見る素晴らしい提灯記事)とガーディアンのインタヴュー記事をご参照ください。

http://www.ceciliabartolionline.com/
(バルトリの公式サイト)
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-609.html
(テレグラフ)
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-610.html
(ガーディアン)

 メディアがわざわざ取り上げなくても、二晩とも数ヶ月前に既に完売状態。あえてCDは事前に購入せずに会場に向かいました。おりしもその週のロンドンは連日のように氷点下まで下がるほどの寒さ。ここまでインタヴューを受けておいてキャンセルはないだろうな、と思いつつ19日は友人と一緒にバービカンに向かいました。
 幸運なことに、キャンセルではありませんでした。が、開演の直前のアナウンスで、数日の間バルトリは風邪を引いていたので本調子ではないかもしれない、とのこと。「そんなんで、彼女の売りの超絶コロラテューラはどうするんだろう?」、と。プログラムには、CDには収録されていない、ロッシーニの「チェネレントラ」からの有名なアリアもあり、少なくともバルトリの美しい歌声さえ聞ければ、という気持ちで席につきました。プログラムのうち、赤で示した曲がバルトリが歌ったアリアです。

Cecilia Bartoli: mezzo-soprano
Orchestra La Scintilla Zurich


Garcia: Overture from 'La figlia dell'aria'; 'E non lo vedo...Son regina' Semiramide's recitative and romanza from 'La figlia dell'aria'
Persiani: 'Cari giorni' Ines's introduction and romanza from 'Ines de Castro'
Mendelssohn: Scherzo from Octet in G minor op. 20 (arr. for orchestra) 'Infelice' scene and aria for voice, violin solo and orchestra (1834 London version)
Rossini: Tempest from 'Il Barbiere di Siviglia'; 'Naqui all'affanno...non piu mesta' Angelina's scene and rondo from 'La Cenerentola'

Donizetti: Andante and sostenuto from Concertino for Clarinet in B flat
Rossini: 'Assisa al pie d'un salice' Desdemona's Willow Song and Prayer from 'Otello'; Overture from 'Il Signor Bruschino'
Balfe: 'Yon moon o'er the mountains' Isoline's ballad from 'The Maid of Artois'
Hummel: Tyrolean Air with Variations
Bériot: Andante tranquillo from Violin Concerto No 7 in op. 76
Bellini: 'Ah, non credea mirarti...Ah, non giunge' Amina's Aria and cabaletta from 'La Sonnambula'


 オーケストラ(大変素晴らしい皆さんでした)による一曲目が終わり聴衆の目は、いつバルトリが出てくるか。控え室から出てきたバルトリは、燦然と輝いていました。冗談でなく。というのも、ドレスが一歩間違えれば悪趣味とも捉えられかねない、真っ赤で、ドレスの後ろの部分は少なくとも1メートルは引きずるくらい長く、肩も露なとーーってもゴージャスなもの。僕は好きですけど。2年前はスリムになっていましたが、どうやらリバウンドしてしまったようでした。それでも、笑顔の輝かしいこと。

 風邪で本調子でなかろうが、ドレスが派手すぎだろうとも、バルトリが舞台の中央に立てば(今回はお立ち台)、そんなこと全く関係ありません。彼女の周囲の空気もつられて光り輝いているようでした。アナウンスにあった通り、一曲目では最高音域がほんの気持ちかすれたようにも聞こえました。しかしながら、バルトリ本人も判っていたのでしょう、声のフレイジングをかなり慎重にしていたようで、そのため一音一音がくっきり響き、これまで以上に彼女の声が胸にずんと染み込んでくるようでした。
 そして彼女の2曲目にしてピークが訪れました。Persiani作曲のアリアにはコロラテューラは全くなく、バルトリの声の圧倒的な美しさが、広いバービカン・ホールの隅々まで行き渡ったようでした。会場のあちらこちらで、ハンカチを眼に当てる人々。
 オーケストラの演奏を挟んでのメンデルスゾーンの「Infelice(不幸という意味だそうです)」では、聴衆の反応がバルトリにエネルギーを与えたのでしょう、一気に爆発した感じでした。それにしても、メンデルスゾーンがこんな凄まじいアリアを作曲していたのは意外。そして畳み掛けるように、「チェネレントラ」からのアリア。高音域はちょっと辛そうな感じもしましたが、唯一無二のコロラテューラ全開。同じ時期に、ロイヤル・オペラ・ハウスではチェコ出身のメゾ・ソプラノ、マグダレーナ・コジェナがロイヤル・オペラ・ハウスでこのオペラに出演していましたが、かなわなかったことでしょう。それにしても、このアリアのさび(と言っていいのか、アリアで?)の部分がどうしても「I'm joking」と聞こえてしまいます。
 後半になると、随分と喉も温まったようで、ロッシーニ作曲の「オテロ」からデズデモーナの悲しく静かなアリアを、これまた情感がこもった深い、そしてヴェルヴェットのように渋く輝く声で。で、吃驚したのが次の曲。数年前に読んだインタヴューで、ブリン・ターフェルに「僕の友達のチェチィーリアが、英語のアリアを歌うなんて想像できないよ」といわれていたバルトリが、英語で歌いました。現在、バルトリが活動のベースにしているチューリッヒ・オペラでは、昨年、ヘンデルが作曲した英語で歌われるオペラ、「セメレ」に出演したのことを知ってはいたのですが、驚きました。続いてヨーデル風のアリア、〆はベッリーニの「夢遊病の女」から。
 19日は、アンコールはないだろうと思っていましたが、なんと4曲。恐らく、この日の為だけに呼び寄せたであろうスペイン人のミュージシャンとの共演によるフラメンコ風のアリアを披露したかったのだと思います。19日はバルトリの喉の具合は本調子ではありませんでした。が、だからこそ、バルトリは、どのアリアも、恐らくいつも以上にとても丁寧に歌っていたように感じました。

 21日は、追加公演。アンコールにはスペイン人ミュージシャンとの共演はありませんでした。一つ明らかに違ったのは、バルトリの喉は本調子を取り戻していたこと。本人も嬉しかったのだと思います。デズデモーナのアリア以外では、僕にはたびたび飛ばしすぎに聞こえる部分がありました。
 ガーディアンのインタヴューの最後でバルトリは、こう言っています。「(マリア・マリブランの人生を知ることで)漸く、ディーヴァという言葉が意味することが判った」。

 聴衆をただ喜ばすことがディーヴァなのか。それとも、歌手がいなければ聴衆が聞くことが出来ないアリアという儚く美しい芸術を、舞台で一瞬だけ、最上の技術で生み出すのがディーヴァなのか。幸せでもあり、考えさせられる、素晴らしいリサイタルでした。



アシュトン・ダブル・ビル

2008.01.08
XMAS_Potter_Main[1]

ロンドンは、どうやら今週は雨、雨、雨のようです。流石に8年もいてしまうと、いつも折りたたみの傘を鞄に入れてはいますが、小雨程度ではささなくなりました。

 カエルばかりに気を取られてはいられないので、バレエを。ロイヤル・バレエは、クリスマスから新年にかけてフレデリック・アシュトン振付の2作品をダブル・ビルで上演しました。一つは、1937年作の「Les Patineurs(スケートをする人たち)」、二つ目は、1971年の「Tales of Beatrix Potter」。休暇シーズンに、小さな子供にもバレエを楽しんでもらおうという企画であろうし、実際公演の半分以上はマチネ公演でした。ただ、観にきていた子供全員が楽しんだかと言うと、ちょっと疑問です。

 「Les Patineurs」、は以前寄稿していたチャコット・ダンス・キューブで紹介した時は、編集部に日本語訳を「スケーターたち」と直されてしまい、また僕もこの作品を未見だったのでさほど気にしませんでした。が、実際に観てみると、「スケートをする人たち」と訳したほうが舞台の雰囲気にあっていたように思います。というのも、プロというより、若者達がスケートを楽しんで居る情景、という感じだからです。飛び抜けて技術が突出している男性がいる一方で、女性たちはこわごわと氷の上を歩く、といった普通の人々が気軽にスケートを楽しんで居る雰囲気がありました。
 カーテンが上がると、恐らく公園の中に設けられたスケート・リンクが。頭上の木々からは色とりどりのランタンが下がり、寒いながらも、リンクの周りは冬の休日らしい華やかさ。音楽が始まると同時に、4組の男女のダンスが始まりました。彼らが舞台からひくと今度は、青いドレスをまとった淑女達、そして一人、目の覚めるような鮮やかなスケーティングを披露する男性が颯爽と。彼は青の衣装で、リンクを縦横無尽に滑りぬけていきます。
 純白の衣装に身を包んだカップルは、優雅にロマンティックに氷上をまるで飛んでいるよう。ワイン・レッドの女の子二人は、ちょっと足下が心もとなげ。前半はそんな彼らが順番に出てきて踊り、後半はアシュトンらしい高度な技術と見ていてわくわくするフォーメイションの連続で、「冬に楽しめるバレエ」と思うと同時に、新作バレエと言われても十分納得してしまうほど、アシュトンの振り付けは清新でした。
 主要男女ペアによるパ・ド・ドゥは、「もしかしたら、アイス・ダンスで一世を風靡したかのドービル・ディーン組が参考にしたかも」、と思えるほど優雅。一方で、青い稲妻スケーター(勝手に命名)は、回転、跳躍の高難易の技を惜しげもなく。同じアシュトンの、「レ・ランデヴー」や「ラプソディ」のようなプロットレス作品の系譜、でもイギリス・バレエのよき伝統を見せる作品だと思います。
 音楽は、Giacomo Meyerbeer「Le Prophete」「L'Etoile du nord(北の星かな?)」Constant Lambertが編曲したもの。音楽が振り付けにあっていて、それとも振り付けが音楽にあっていて、観ていてとても楽しかったです。さらに特筆すべきは、オーケストラ。このダブル・ビルに限っては、ロイヤル・オペラ・ハウスのオケではなく、現在日本公演中のバーミンガム・ロイヤル・バレエ専属の「The Royal Ballet Sinfonia」
 ロイヤル・オペラ・ハウスのオケで、僕が常々「全員、即解雇」と思っているのが金管。特にバレエの時は、手を抜いているのではと思えるほど酷いんです。「Les Patineurs」はトランペットによるソロのパートがあるのですが、このダブル・ビルを観にいった二晩とも、音が割れることも、遅れることもなく。これがロイヤルのオケのトランペットなら、音が割れるもしくはかすれる、出だしに遅れるで腰が砕けたことでしょう。それぞれのダンサーについてはあとで触れます。

 「Tales of Beatrix Potter」は、今回の初日、12月23日で「52回目」の上演になっていました。「創作されたのが1971年でまだ52回?」、と疑問に思ったのですが、新聞各紙の情報や、プログラムの説明から察するに、「舞台」で演じられるバレエとして上演されたのは、1992年が最初のようです。
 ベアトリクス・ポッターの物語は知っていても、僕個人は、各キャラクターにそれほど強い思い入れはありません。物語を日本語で読んだのなんて、恐らく小学校の頃なので登場する動物達のそれぞれのお話も遠い彼方。なので、舞台で物語られるねずみ、カエル、栗鼠、狐等の物語にすぐに入っていくことはできませんでした。でも、そんな状況は観に来ていた子供達も同じだったのではないかと思いました。
 初日の12月23日はクリスマス直前の日曜日、さらに昼公演とあって恐らく観客の半分以上は子供でした。「Les Patineurs」は上演時間は20数分という短さ、さらに判りやすさもあって隣の6歳くらいの女の子もじっとすわって観ていました。ところが、ポッターのほうは、8つの物語と最後の大団円を含めて1時間超。これは、バレエを知っていても、子供には辛いでしょう。大人は、「ぬいぐるみを着てダンサーが踊るから、子供他たちも理解できるだろう」と甘く考えていたのかもしれません。物語を話して聞かせる時は、子供が理解するのに必要な「間」があります。でも、バレエは、考えるまもなくいろいろなキャラクターの物語が進み、インプットされた情景を咀嚼するのは子供には難しいでしょう。僕は、結果として2回観たのですが、2回ともカエルの「Mr Jeremy Fisher」のところでは睡魔との戦いでした。また、日本人からすれば、最も有名なキャラクターであろうピーター・ラビットが踊るパートが一番短い、というのもバランスが悪いように感じました。
 ダンサーも大変だったと思います。マスクかぶって、普段着と変わらない衣装に身を包みながら、そこはアシュトン、シャープな動きと雄弁なマイム技術を要求されるのですから。特に栗鼠と狐。双方とも巨大な尻尾や、もこもこのきぐるみを着て跳躍や回転をするのは、プロのダンサーだったら誰でもというわけには行かないのではと思います。狐なんて、回転の時に、巨大な薩摩芋のような尻尾に加わった遠心力でバランスを崩しやしないかと。
 ぶちぶち書いて来ましたが、世界にプロのバレエ・カンパニーは多くあっても、きぐるみ着てこれだけの舞台を作り上げられるのは、ロイヤル・バレエのほかに幾つもないでしょう。2回目を観にいった1月4日に、アクシデントがありました。舞台の3分の2を過ぎたあたり、いたずらな小ねずみ2匹のパートが終わりピーター・ラビットのパートに移るところで舞台セットのトラブルが起こり、数分中断しました。カーテンが閉まるやいなや、会場の「大人たち」がそれぞれあのキャラクターが可愛かったとか熱心に語り合っているオペラ・ハウスなんて、イギリスらしいな、と。

 このダブル・ビルも、先行予約でチケットを購入していませんでした。「くるみ割り人形」同様、11月下旬の段階で見やすい席は完売状態。家族がターゲットだろうから、いろいろな理由でリターンがでるだろうと思っていました。で、結果として、1月4日、そして初日の12月23日の順で購入できました。不本意だったのは、23日が平土間の前から2列目、4日は平土間の最前列。前の席は、ダンサーの爪先が見切れてしまうので、好きではない上に、ロイヤル・オペラ・ハウスのオーケストラ・ストゥールズ(平土間)、2列目から5列目というのは、傾斜が緩くてとても見づらいんです。案の定、23日は、舞台正面に前の席のオジサンの頭がかぶさり、あまり言い観劇とはなりませんでした。でも、4日はオーケストラの音と、ダンサー達の息遣いが熱く伝わり、観にいけて良かったです。
 初日、「Les Patineurs」が終わり、「Tales of Beatrix Potter」の半分が過ぎたあたりで、「4日はキャンセルしよう」と思っていました。その気分を吹っ飛ばしてくれたのは、ロイヤル・バレエの期待の星、オーストラリア人ダンサーのスティーヴン・マックレイ。
 12月23日、マックレイはポッターで「Squirrel Nutkin(栗鼠)」を踊りました。マスクをかぶって踊るわけですから、誰が踊っているなんて判りません。でも、ナットキンだけは、紛れもなくマックレイでした。そのきぐるみ着て、その跳躍の高さは何事。その回転、きぐるみ着てなかったらどれだけの早さなんだ、と言うくらい。4日、マックレイは「Les Patineurs」の「青い稲妻スケーター」にキャスティングされていました。これを見逃しては、ロイヤル・バレエのローカル・ファンと名乗れないと思い観ました。彼は、大怪我等に遭わなければ、必ずや後世に名が残るダンサーになることでしょう。
 他には、4日の「Les Patineurs」で主要カップルを踊った、ファースト・ソロイストのイザベラ・マックミーカン。ロイヤル・バレエ学校から、バーミンガム・ロイヤルを経てロイヤルに。超絶技巧を誇るダンサーではないですが、一つ一つの動きがとても美しく、今シーズン間違ってプリンシパルになってしまったあるダンサーより、ずっとロイヤル・バレエのダンサーだと思います。パ・ド・ドゥでも最後のアンサンブルでも本当に安心してみていられる踊りでした。でも、恐らくマックミーカンはプリンシパルにはなれないかな、と。こう思っているのは、絶対に僕だけではないはず。どうもね、老けて見えるんです。一度、コヴェント・ガーデン駅のリフトに乗り合わせたことがあったとき、彼女はすっぴんでした。とても清楚な方でした。なのに、どうしてメークをするとああいう風になるのか。
 「Les Patineurs」にでていたプリンシパルでは、サラ・ラム、ラウラ・モレイラが良かったです。さらにモレイラは、プリンシパルとしてただ一人、ブタさんとして踊っていました。ポッターでは、街ねずみを踊ったリカルド・セルヴェラのスタイリッシュな踊りが、流石でした。以下のリンクで、ファースト・キャストの写真を見ることが出来ます。
http://www.ballet.co.uk/gallery/jr_rb_patineurs_potter_roh_1207

 ロイヤル・バレエの、7月の日本公演のチケット発売はもうすぐです。






2008年はカエルの年

2008.01.06
2008年最初のエントリーで、地球上に存在するカエルたちが、「カエルツボカビ病」の蔓延によって、絶滅の危機に晒されていることを書いた。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-674.html
 気になって、日英のサイトをいろいろと眺めていて判ったのは、カエルのことを好きな人って、かなり多い。また、カエルの種の多様さを示す写真も見つけることが出来た(以下の3枚はクリックで拡大)。



 このカエルには、世界は、地球はどう見えるのだろう。



 なんか作り物みたいだけど、本もの。



 The Daily Telegraphのウェブにあった、「Royal Geographical Society's magazine」写真コンテストの中の1枚。

 僕は別にカエルを食べたいとか、飼ってみたいという欲求はない。カエルが好きと言いつつ、巨大なヒキガエルや、肉食のカエルを目の当たりにしたら、恐らく退くだろう。
 カエルの何に惹きつけられるかというと、色、形、食性、大きさの多様性。人の指先にちょこんと乗るものから、両手で抱えるほどのヒキガエル。昆虫だけでなく、魚を食べたり、中には果物だけを食べるカエルまでいるらしい。砂漠地帯に棲息するカエルもいる。住む環境によって様々に変化するカエル、特に熱帯雨林に棲息するカエルたちは、まるで宝石のよう。
 そんなカエルたちは、環境の変化による悪影響を、もろに受けてしまう脆い存在でもある。今、カエルたちが直面している危機は「カエルツボカビ病」だけではない。急激な地球温暖化によって、すでに地球上から姿を消してしまったカエルも多いらしい。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-677.html
 「カエルツボカビ病」は人間が作り出したわけではないだろうけど、これが蔓延することになった一因は、いたずらに人間がカエルの棲息域に踏み込み、また感染したカエルを移動させたこともを挙げられるだろう。人間の活動が、カエルたちを絶滅の危機に追い詰めていると言っても間違いではないと思う。

 ということで、間違ってこんな変なブログにきてしまった皆さん、以下のサイトで登録してカエルたちを救いましょう。多分、お金を請求されることはないと思うんですけどね。
http://www.yearofthefrog.org/


 おまけ情報。今週、イギリスで中規模に報道されたのは、ロンドンのナイツブリッジにある自然史博物館(Natural History Museum、http://www.nhm.ac.uk/about-us/news/2008/january/news_13214.html)が、中米のコスタ・リカで新しいサンショウウオ、3種類を発見したニュース(写真は同博物館のサイトから拝借)。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/7170205.stm
 この新しい発見が、サンショウウオにとって、幸せなことになることを祈ります。

salamader-1-copyright A Monro_13210_1

 BBCのリンクでは、上記のサンショウウオが動いている映像を見ることが出来ます。

dwarf salamander 150_13211_1

 人間の爪よりも小さいなんて。このサンショウウオを生み出す地球の自然の多様性に驚嘆するのみ。

ロンドンは雪が降らなかったけど

2008.01.03
さほど期待はしていなかったけど、ロンドンが雪で覆われるのを見たかった、というのが正直なところ。ニュースによると、マンチェスターから北のイングランドとスコットランド、特にアバディーン周辺が大雪だったそう。
 下の2枚の写真は、The Guardianから拝借。一枚目は、一度は見に行ってみたい、「Angel in North」。






 ところで、現在、イギリスではノロウィルスが猛威を振るっている。
http://news.bbc.co.uk/1/hi/health/7169347.stm

 この時季に、観光目的でイギリスに来る奇特な方がいるとは思えないけど、お気をつけください。イギリスに住む人々の衛生への取り組みはこのようなものですから、潔癖症の方は観光どころではなくなることでしょう。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-596.html

鉄道遅延、のち病院火事、明日は雪で大混乱

2008.01.02
いつからこんなシステムになったのか調べる気は全くないけど、イギリスの鉄道運営は、奇妙を通り越して、世界でも他に例を見ないであろう、常に利用者を混乱に陥れるもの。僕が理解している範囲では、少なくとも実際に列車を走らせる会社と線路などの保守をする会社は全くの別会社。なので、問題が起こるたびに、責任のなすりあいになり、結果として、利用者を満足させるには程遠い、先進国のものとは思えない、凄まじい鉄道システムに成り果てている。
 今日、1月2日は、イギリスではクリスマス休暇明けの仕事始めにあたる。そんな日に、線路保守会社は路線の改善工事を期日までに終わらせることに失敗し、イギリス中部のラグビー、及びバーミンガムで大混乱を引き起こした。ロンドンでは、金融街、シティにも近い主要駅の一つ、リヴァプール・ストリート駅の工事が終わらず、半日以上駅が封鎖されたそう。The Independent紙によると、ロンドンは世界で一番の都市だそうだけど、もはや誰も信じないだろう。

 そんな国で首相をしているゴードン・ブラウン氏は、昨日、こんな方針を発表した。
Patients to lose weight before NHS treatment
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml;jsessionid=CRDJR4DVALX4PQFIQMGCFFOAVCBQUIV0?xml=/news/2008/01/01/nhealth201.xml
Patients could be required to stop smoking, take exercise or lose weight before they can be treated on the National Health Service, Gordon Brown has suggested.

 病院にかかりたければ、まず健康になれ、ということのよう。それを受けて今朝のMatt。



 クスリと笑ったのも束の間、今日、ロンドンをさらに混乱に陥れたのは、サウス・ケンジントンの高級住宅街に隣接するNHSの病院の一つ、Royal Marsdenでの大火災。このロイヤル・マースデンは、イギリスのみならず、世界でも有名なガン治療専門の病院。
 原因はまだ明らかなっていないようだけど、真冬にこんなことに巻き込まれてしまった患者の皆さんの精神的、肉体的ストレスは計り知れないだろう。火災による直接の犠牲者がでていないようなのは、不幸中の幸い。
http://www.guardian.co.uk/uk_news/story/0,,2234249,00.html




 新年らしい楽しい話題はないかとテレグラフやガーディアンのサイトを見て回っても、見つかるのはこんな写真とか。


http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2007/dec/31/1?lightbox=1
 イラクの子供達がこんな「遊び」をする環境を作ったことに関しては、イギリスも責任があるのだからどうにかならないかと思っても、今すぐ何かが改善されるとは思えない。

 せめて晴れ間があれば気分も盛り上がるだろうと期待するも、明日1月3日、イギリスはほぼ全土で雪の予報。常に人の期待の「斜め上を行く(From Level E)」ロンドンでも、こんな夏日はさすがにありえないだろう。


http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2008/jan/01/1?lightbox=1

 雪に覆われたロンドンはとても美しいけど、どんな一日になるのかな。

カエル絶滅、は現実となってしまうのか?!

2008.01.01


 一時期、日本でも大きな話題になっていたようだけど、両生類、特にカエルを死に追いやる「カエルツボカビ病」が世界規模で危機的な状況を引き起こしつつある、とういう報道を見つけた。

Virus threatens mass extinction of frogs

http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml;jsessionid=0TCOM5S3GSRZZQFIQMGCFF4AVCBQUIV0?xml=/earth/2008/01/01/eafrog101.xml

 記事をざっと読んだ限りでは、このまま解決法が見つからず、状況が悪化すると、数ヶ月のうちに地球上に生存する両生類の8割が絶滅する危機にあるそう。
 「動く宝石」であるカエルが地球上からいなくなるなんて、ショック以外のなにものでもない。核兵器に費やす金と技術があるのなら、先にカエルたちを救ってほしいぞ。ブラウン、ブッシュ、サルコジ、プチン、チャベス、メルケル、誰でもいいけど、カエルがいなくなった地球の自然環境は最悪になるんだから、いがみ合っている暇があったらカエルたちを救え。

 The Daily Telegraph紙で言及されているthe Year of the Frog campaignのウェブサイトは、これ。
http://www.yearofthefrog.org/



 カエルがいなくなったら、人生の楽しみの何割かがなくなってしまう。2008年、世界の紛争地域で暮らす人々に、そして地球で暮らす生物に平穏な日々が訪れることを願って。



 グーグルさま、大目に見てください。
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