LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2008年02月の記事一覧

セガンティーニをロンドンで観られる日が来るなんて

2008.02.29


 今日、ブログのねたになりそうな写真はないかと、The Guardian紙のウェブを彷徨っていて見つけた情報は、ロンドンのナショナル・ギャラリーで今年の6月から9月にかけて開催される特別展示、「Radical Light:Italy's Divisionist Painters 1891 - 1910 」。

http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2008/feb/27/art.photography1?picture=332724091
(画像)
http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2260160,00.html
(記事)
http://www.nationalgallery.org.uk/exhibitions/radicallight/default.htm
(ナショナル・ギャラリー)

 ガーディアンの記事でも皮肉られているけど、「the late 19th-century Italian divisionists」ってなに?、というのが本音。でも、そんなことより何より、ジョヴァンニ・セガンティーニGiovanni Segantini)の絵が、ロンドンに来るなんて。
 好きな画家の中でも、「セガンティーニほどロンドンに合わない画家はいないだろう」、と勝手に思い込んでいたので、驚いた。何点ロンドンに集められるのかは判らないけど、嬉しい。何年ぶりだろう、セガンティーニの作品を間近で観られるのは。ナショナル・ギャラリーには申し訳ないけど、この特別展、泣かず飛ばずで終って欲しい。そうなれば、好きなだけセガンティーニの絵を独り占めできる。
 もう一つ嬉しい驚きは、下の絵(クリックで拡大)。



これ、数年前に、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツの特別展示でも目玉だった作品。絵画展は、情報量が多いので、気に入った絵の情報しかインプットしない。これもそうしたはずだけど、タイトルは忘れていたし、スペイン人の画家によるものと思い込んでいた。これをまた観ることができるのも楽しみ。

 アート関連で、今朝の新聞で大きく取り上げられていたニュース。モダン・アートを取り扱う著名なディーラーが、彼が個人的に所有する絵画、写真等のコレクションを、破格の値段でテイト・ギャラリーとスコットランドのナショナル・ギャラリーに売却したとのこと。一応、「売り渡し」たかたちをとってはいるようだけど、実際はほぼ「寄贈」らしい。
 ダミアン・ハーストギルバート・アンド・ジョージにはあまり興味はないけど、彼らの作品がイギリス国内に残り、多くの人が観ることができる状況は、いい事だと思う。コレクションの中で、自分の中で強く反応したのは、パティ・スミスのポートレイト。



目の力が、違う。

http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidBB3Z0N3WQEFBZQFIQMFCFFOAVCBQYIV0?xml=/news/2008/02/27/doffay/doffaypix.xml&site=News
http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2008/feb/27/art.photography?picture=332722540

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/28/nart128.xml
http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2260249,00.html

 丁度良い機会だから、もう一つ。昨年の秋には、イギリスの大手スーパー・マーケットの一つ、セインズベリーの創業家のメンバーの一人が、個人蔵の絵画コレクションから傑作の幾つかを、ナショナル・ギャラリーテイト・ギャラリーに遺贈した。



http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2201349,00.html
(記事)
http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2007/oct/29/art?picture=331099249
(画像)

 手前味噌だけど、カルチャー関連の記事をどのように書けばいいのかということで、この遺贈については英文の記事を参考に、以下のものを習作として書いた。多少なりとも、参考になれば。


総額1億ポンドの絵画を遺贈
[モネ、ゲインズバラ、バルテュスなど]

 ロンドン中心地にある、ナショナル・ギャラリーとテート・ギャラリー(ブリテンとモダン)に、総額1億ポンドにのぼる、18点の絵画が遺贈されることが10月29日に発表された。遺贈したのは、英国の大手スーパー・マーケットの一角、セインズベリーの創業家出身の、サイモン・セインズベリー氏(2006年10月に死去)。絵画のコレクター、また英国美術界への多大な貢献で知られたサイモン氏の名前は、彼の二人の兄弟と共に、1991年に一般公開されたナショナル・ギャラリーのセインズベリー・ウィング建設の資金援助でも広く知られている。
 遺贈される絵画の内訳は、「ウォーター・リリーズ、セッティング・サン」を含むモネが2作ほか、ゴーガン、ドガ、ルソーの各一点がナショナル・ギャラリーに。二つのテイト・ギャラリーには、ルシアン・フロイトによる「たばこをくわえる青年」他2作、フランシス・ベーコンによる2作やバルテュスの3作の他、トーマス・ゲインズバラ、ピエール・ボナールを含む、計13点の絵画が贈られる予定になっている。
 世界的な美術市場の価格の高騰で、新作購入の難しさを表明しているテート・ギャラリー。過去数年、政府から充分な資金援助を受けることが困難になってきている為に、著名な絵画の英国外流出の危機に何度も直面しているナショナル・ギャラリー。双方の美術館にとっては、またとない寄贈になった。また、セインズベリー氏自身、英国の美術界を代表する絵画を国内に留めておきたいとい明確な意思をもっていたようだ。
 今回贈られる絵画は、それぞれが収蔵・展示される美術館に行く前に、2008年春にテート・ブリテンで全て特別展示される。幾つかの作品は、一般に公開されるのは初めて。

[注:ロンドンにテイトを名乗る美術館は二つ。テート・ブリテンはピムリコ地区に。テート・モダンはテムズ川南のサザック地区にある]。


*テレグラフとガーディアンの画像リンクは、アーカイヴの中に残される期間が、記事よりは短いという印象があるので、PCに取り込みたい方はお早めに。


[追記:2月29日、夜]
 今日のテレグラフ紙で見つけた記事。

London is named the world's museums capital
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/29/nmuseums129.xml
 
 下の画像は、「2008年2月29日」を記念して、グーグル・UKのみで使われていたもの。


2008年は、カエルを救う年だし。

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ロイヤル・バレエのシルヴィア:ダンサーの資質についての極々私的考察

2008.02.25
英語に、「三寒四温」と同じ意味で使えるフレーズがあるのかどうかは知りませんが、寒い日が続くかと思うとふと麗らかな晴れ間がのぞく、ロンドンはそんな天気です。

 1月18日から、ロイヤル・バレエフレデリック・アシュトンの「シルヴィア」を上演しています。何度かお知らせしていますが、今年の7月に、ロイヤル・バレエは3年ぶりに日本で公演をします。「シルヴィア」についての情報は、日本舞台芸術振興会のサイトがわかりやすいと思います。
http://www.nbs.or.jp/stages/0807_royal/silvia.html

 また、「シルヴィア」の名前の由来については、こちらをどうぞ。丁度、ロイヤル・オペラで上演されている、リヒャルト・シュトラウスの「ザロメ」の名前の由来も挙げてあります。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-338.html

 実は、初日の1月18日に観てきました。キャストは、以下の通り。
Sylvia: Zenaida Yanowsky
Aminta: David Mahkateli
Orion: Gary Avis


 ロイヤル・バレエのいちローカル・ファンとして、日本での「シルヴィア」初演を盛り上げられるような感想を書きたい、と行く前には思っていました。ファンとして、ヤナウスキーの事を速攻で書くつもりでいました。実際、彼女の踊りは素晴らしかったです。でも、書く気が削がれることが一つあったんです。その戯言は、最後のほうで。まずは、初日の会場から。

 バレエでもオペラでも、幕が上がる前、ロイヤル・オペラ・ハウス内に溢れる、観衆の期待に満ちたざわめきを感じるのは楽しいです。そんな気分でハウス内を歩いていたら、どこかで見たことのある男性が、小走りでお手洗いのほうへ。ヤナウスキーの夫君、サイモン・キンリーサイドでした。



ロイヤル・オペラの「魔笛」で、パパゲーノを演じている場面)

トップ・プリンシパル・ダンサーの一人とはいえ、ヤナウスキーが全幕の初日に主演を踊ることはそう多くないので観たかったんだろうな、と。結婚後、キンリーサイドロイヤル・オペラやイギリス国内での活動を増やしているのは、奥様の舞台を観たいのかな、と想像しています。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-424.html

 アシュトン・イヤーの2004年(生誕100年)に復元・上演された「シルヴィア」は、イギリス国内での知名度もまだそれほどではないのかなという感じで、初日はぽつりぽつりと空席がありました。が、会場内の熱気はかなりのものでした。僕は、使われているドリーブの音楽が好きで、オーケストラが弾き始めるとすぐに心は舞台に飛びました。物語や、人物の関係については前述のリンクを参考にしてください。
 「シルヴィア」というバレエは、僕個人の感想は、大袈裟に言えば「プリマ・バレリーナの為だけのバレエ」です。各幕での踊りのスタイル、物語が醸し出す舞台の雰囲気はそれぞれかなり違うもので、正直な所、最良の全幕バレエが観客に示すべきであろう統一感を強く感じることはないと思います。物語も本当に荒唐無稽だし。ちょっと散漫な印象があるこのバレエを成功に導く最も大切な要素は、タイトル・ロールの「シルヴィア」を踊るプリマ・バレリーナの技術と経験。更に、彼女が踊る役の理解とその理解をどのように表現できるか。長身のヤナウスキーには、アシュトンが振り付けたバレエの特徴の一つである、細かな足さばきは難しいと思いますし、実際、第3幕でのシルヴィアのソロ・ヴァリエイションは小柄なダンサーが踊れば、かなり違った印象になるのではと思います。
 しかしながら、ヤナウスキーの資質として素晴らしいのは、物語性の強いバレエを得意とするロイヤル・バレエの中にあっても、役をどのように舞台に生き生きと描くかを、抜きん出て理解できていることだと思います。その理解があってこそ、第1幕、ダイナミックな跳躍(にもかかわらず、足音はほぼなし)によって鮮やかに表現される、狩の女神、ダイアナに身を捧げるニンフとしての喜びと誇り。第3幕での、ほぼ完璧と言っても差し支えないほど完成度が高い身体能力、「古典バレエ」に求められるであろう様式美を忠実に表現できる技術、且つヤナウスキーらしさを失わない踊り。敵役のOrionを踊ったギャリー・エイヴィスも手堅く、この二人だけだったら、不満なんてなかったことでしょう。



(第2幕から、ヤナウスキーエイヴィス

 今年のロイヤル・バレエの日本公演にあたって、ちらほらと、「シルヴィアなんて売れない」とか、「キャストに魅力がない」と噂されているということを聞いていたので、「観たこともないくせに何言ってんだ」とか、「バレエはマーケティングだけで成り立っているわけじゃないぞ」と反発していました。だからこそ、公平なことを書きたいと思っていたのですが。

 ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサー、デイヴィッド・マハテリのファンの方は、ここから先は読まないほうがいいと思います。


 僕は、ヤナウスキーの相手としてAmintaを踊ったデイヴィッド・マハテリが好きではありません。何かが間違ってしまったようで、今シーズンから、ヤナウスキーと同じプリンシパル・ダンサーのランクになりました。が、彼はその器ではないです。
 そう思うのは、彼が何を舞台で踊っても、踊っているはずの役が浮かび上がってこない。AMINTAが舞台にいるべき時に、「素」のマハテリしか見えてこない、からです。彼は、技術はあるのかも知れない(そうも思いませんけど)。でも、絶望的にマハテリから欠落しているのは、「トップ・ダンサーとしてのオーソリティ」。僕がここで言うオーソリティ、権威は、「偉そうにする」という意味ではありません。主役を踊るダンサーとして、舞台全体の流れを把握し、物語の流れが仮に破綻をきたしたとしても、その舞台を統べる人物としてすぐに対処し、そして当然のことながら、自分の「役」を踊る。そのような資質を、マハテリは持っているようには、また、それが必要であると理解しているようには、見えません。
 主役を踊るダンサーが「オーソリティ」を発揮することで、コール・ドのダンサーは彼らが誰の為に踊り、どのような舞台が作り上げられていくのかを理解する。他のダンサー、そして観衆から、その夜の「プリマ・バレリーナ」として認められることによって、さらに舞台は輝く、そういうものだと思います。例えば、あるオペラ、またはバレエで、「彗星のように現れた誰それが、主役のおかぶを奪った」、と言うのは、主役だった「はず」の歌手、もしくはダンサーがオーソリティを発揮できなかったといことではないかと思います。仮に突如現れた期待の星が本当に素晴らしかったとしても、その舞台の主役を任された歌手、ダンサーが自分に求められたことを、舞台で求められた以上のレヴェルで表現できたのなら、「新人も凄かった。でも、舞台の成功は、終ってみればプリマ・バレリーナの踊りによるもの」、となるのではないでしょうか。
 さらに付け加えると、「オーソリティ」を身につけなくてはならないのは、何も主役に限りません。数年前、シルヴィ・ギエムロイヤル・バレエで(恐らく)最後の「マノン」を踊ったときのこと。第2幕、高級娼婦として客と踊るマノンギエム)のスカートの一部がほつれ、マノンの足に絡みました。それをさりげなく、物語の流れをとぎらせることなく直したのは、マダムを踊ったエリザベス・マックゴリアンプリンシパル・キャラクター・アーティスト)。スカートのほつれを直すのは、客でもなく、ムシュー・GMでもない、ましてデ・グリューマノンがするべきことではない。サロンを取り仕切る「マダム」の役目。そのことをマックゴリアンはきっちり理解していました。
 だからこそ、ロイヤル・バレエにはキャスティングについてもう少しましな判断をして欲しい。ギエムバッセルがカンパニーから去ったのであれば、彼女たちに割いていた、「背の高い男性ダンサーを招聘する予算」をヤナウスキーに回すべきだ、と声を大にして言いたいです。
 ちなみに、マハテリを快く思わなかったのは、僕だけではないと思います。The Guardian紙のバレエ・クリティックの方は、レヴューの中で「Aminta」という単語は使いましたけど、マハテリの名前はおろか、誰が踊ったのか、どう踊られたのかには一切触れていませんでした。一歩間違えれば無礼なレヴューになる所ですが、この方の明確な意思表示だと思います。また、こういう批評の方法もあるんだな、とプチ目から鱗でした。

 シルヴィアのチケットの売れ行きについては、インターネットで知った情報なのでどこまで信憑性があるのかは判りませんが、売れているとはいえ「飛ぶよう」ではないらしいです。本当にいいバレエです。是非。



(第3幕から、シルヴィアを踊るセナイダ・ヤナウスキー

貴方はイギリスに来たくなる

2008.02.24
日本の風景とイギリスの風景のどちらが素晴らしい、などというのは愚問。どちらも、心に響く。
 という前置きをしておいて。The Daily Telegraph紙で紹介されていたのは、イギリスが誇る自然の美しさ。北アイルランドが抜けている理由がよく判らないけど、記事で紹介されている写真からは、イングランドウェールズスコットランドの飛び切りの風景に目を奪われる。

http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2008/02/20/eaviews120.xml
http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2008/02/20/eaviews20.xml



Bamburgh Castle, Northumberland, England © Britainonview / Jaspal Jandu



Cot Valley and Porth Nanven, Cornwall, England © Britainonview / Philip Fenton

 全ての写真は、プロのカメラマンによって撮影されたものだし、これらの場所に行けばいつでもこんな風景を見ることができる、というわけではないのは自明。
 そうは判っていても、「この場所に行きたいぞ」、と思わずにはいられない。ちなみに、瑣末な情報を。写真が展示されるOXOタワーテムズの南側、最近人気の高いサウス・バンクにある。OXOのレストランは、「勝負デート」で使われるので有名。

 まだまだ、イギリス国内で行ったことのない場所は多い。その中でも是非行ってみたいのは、例えばこの島。
http://www.guardian.co.uk/travel/2008/feb/21/scotland
B&Bはあるようだから、野宿はしなくても済みそう。

 その他に、内陸からは行くことが出来ない、スコットランド西岸の「Inverie」、イギリス国内で一番寒いらしい「Buxton」、アウター・ヘブリディーズの「ハリス」と「ルイス」等々。ロンドンに閉じこもっていては、駄目だな。

 この写真は、ネットで見つけたもの。サマセットにあるグラストンベリーは、好きな場所の一つ(ただし、フェスティヴァルの期間は除く)。グラストンベリー・トアーは周囲からぽつんと浮かび上がっているので、どのようにこの写真が撮影されたのかは判らないけど、グラストンベリーの魅力を上手く伝えていると思う。



毎朝の楽しみ:テレグラフのカトゥーン、MATT

2008.02.24
これまでも、何度か無断に拝借してきたThe Daily/Sunday Telegraph紙のカトゥーン、MATT。文化の違い、ニュースをどのようなフィルターを通して解釈するかは個々人の間で大きな違いがあるから、毎日、MATTのセンスを理解できるということはない。
 でも、2月16日から23日にかけては、ほぼ毎日笑わせてもらった。早朝のバス停で、新聞を広げてくすくす笑っている姿は、他の人には奇異に映ったかもしれない。それぞれに、MATTが取り上げたニュースのリンクも貼り付けておきます。
http://www.telegraph.co.uk/



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/14/wspielberg114.xml
 これはスピルバーグ北京オリンピックから手を引くというニュースを受けてのものとはすぐに判ったけど、個人的に真っ先に思い浮かんだのは別のこと。
 絵柄は似ても似つかないけど、イラストレイター・漫画家の「さべあ のま」さんによる「ミス・ブロディの青春」の一こまに似たようなシーンがある。恋人にチャイニーズ・レストランに連れてこられたミス・ブロディが箸を使えないことにちょっと恥じる場面。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/15/nhighstreet315.xml
 しっかりと記事を読んだわけではないけど、大規模スーパー・マーケットの進出を容易にする法律改正について。最近のロンドンを訪れたことがある人なら気付いたかもしれないけど、スタバテスコか、というくらい街中にテスコが溢れている。この影響で、街の中心の通りで地域に長年根ざして営業していた個人経営の店の多くが廃業に追い込まれている。 
 イギリスの話だから、他に国に暮らしていれば関係ない、と思われる方もいるだろう。でも、テスコによる「イギリス」破壊は、イギリスが好きな人にだって他人事ではない。
http://www.guardian.co.uk/business/2008/feb/23/tesco.supermarkets
ガーディアンの報道によると、ストーンヘンジからそれほど離れていない所に、巨大な倉庫などを建てる計画が進んでいるとのこと。この倉庫が出来てしまうと、ストーンヘンジへの道路を、昼夜を問わず、1年364日、テスコのトラックが走り抜けることになる。わざわざストーンヘンジを見にきたのに、視界に入るのは、そして記憶に残ったのはテスコのトラックのロゴだけだった、というのは願い下げ。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/19/wcastro1319.xml
 米ソ冷戦時代のことを学んでいない若い皆さんには、ぴんと来ないかも。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/20/nmigrant120.xml
 イギリスへの移民に、入国に際して税金をかける、というもの。地方行政、医療の財政が大量に押し寄せる移民の為に圧迫されている現状では、これは議論が交わされるべきことだと思う。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/21/nfat121.xml
 何度見ても笑える、個人的には「これこそ、イギリス人のsense of humour」。風刺漫画を翻訳することほど余計なお節介なことはないですが。
 「お子さんが3人も。まあ、なんて素晴らしいこと。で、彼らはどんなかしら?肥満、それともアルコール中毒?」。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/23/ndrink123.xml
 えー、イギリス人の友人によると、「シェリー・トライフル」で酔っ払うとしたら、それはシェリーをかけすぎたときだけに起こることだし、愚かなことだそうです。

Banksy(バンクシー)の展示、販売

2008.02.20
いつから、Banksyの名前と彼のグラフィティを意識し始めたのかは思い出せないけど、例えば、ロンドンの街かどでBanksyの作品が見つかると、ほぼ必ずメディアが取り上げる。

Banksyって、誰?
Robert "Banksy" Banks is a well-known pseudo-anonymous English graffiti artist. He is believed to be a native of Yate, Greater Bristol and born in 1974, but there is substantial public uncertainty about his identity and personal and biographical details. According to Tristan Manco, Banksy "was born in 1974 and raised in Bristol, England. The son of a photocopier engineer, he trained as a butcher but became involved in graffiti during the great Bristol aerosol boom of the late 1980s." His artworks are often-satirical pieces of art that encompass topics such as politics, culture, and ethics. His vandalism, which combines graffiti writing with a distinctive stencilling technique similar to the late 1970's Parisian stencil artist Blek le Rat, has appeared in cities around the world.
cited from http://en.wikipedia.org/wiki/Banksy

バンクシー(banksy、生年月日未公表)は、イギリスのロンドンを中心に活動する芸術家。グラフィティアート、ストリートアートを世界各地にゲリラ的に描くという手法を取る。Banksy本人は自分のプロフィールを隠そうとしており、本名をはじめとして不明な点が多い。2005年、自作を世界各国の有名美術館の人気のない部屋にゲリラ展示し、しばらくの間誰にも気づかれないまま展示され続けたことがあった。

 ゲリラ的な活動の為、彼がロンドンの街に描いたグラフィティをリアル・タイムで見るのは難しいと思う。でも、一度は彼の描いたものを間近で観てみたいと思っていた。

 それが、2月29日からロンドンのあるギャラリーでひと月の間、Banksyの作品約60点が展示、販売されるとのこと。

http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2258101,00.html
記事
http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2008/feb/19/art?picture=332592369
画像



これは一般に公開されるのは恐らく初めてとのことで、今回の展示の目玉の一つらしい。



とぼけた表情が好き。



これは、Banksyがガザ西岸を訪れたときの作品の一つ。これまで観たことのあるBanksyのグラフィティの中で最も印象が強い。

http://www.andipamodern.com/
ギャラリーのサイト
http://www.banksy.co.uk/
Banksyのサイト

 Banksyがどんな目的で、そして誰の為、何のために創作を続けているのかは判らないけど、ロンドンが好きなんだろうな、と思う。そんな彼の作品を観る機会、これを逃したら当分ないかもしれない。

凍る欧州

2008.02.20
イギリスは、先週半ばから今日までほぼ全土で寒さが戻った。この寒さが戻る前の2週間ほどは、ロンドンでは最高気温が10度を超え、スノードロップスが咲き始める陽気だったから、かなり冷え込んだように感じた。以下の写真は、テレグラフから。
http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidPM5Y3L2HBHNA3QFIQMFSFFWAVCBQ0IV0?xml=/news/2008/02/19/weather/weatherpix.xml&site=News



西ヨークシャーのどこか。



Tadcasterという所。

 冷え込んだのは、イギリスばかりではないらしい。イタリアで、そしてギリシアで。



 アテネのパルテノン神殿も雪にうっすらと覆われたらしい。そして上の写真、ギリシア北部のIoanninaという海岸沿いの街の風景。イギリスは丁度学校のハーフ・タームで、多くの家族連れがギリシアをはじめ、太陽を求めて地中海沿岸に行ったようだけど、この写真を見るかぎり、イギリスの寒さより厳しかったのではないかと思える。

 でも、スノードロップスが満開になり、ウェスト・カントリー(コーンウォールやデヴォンなどのイギリス南西部の地域をこう呼ぶ)では水仙が咲き始めている。春はもうすぐ。

カエルも好きだけど、虎も大好き

2008.02.20
哺乳類の中で造形の美しさ、雰囲気から一番好きなのは虎。新聞に掲載された虎の子供の写真の切り抜きは結構な数になる。で、The Guardian紙のウェブで見つけたのがこれ。



http://www.guardian.co.uk/environment/gallery/2008/feb/15/wildlife.photography?lightbox=1
この写真を使ったカードが販売されようものなら、箱買する。

 さらに、The Daily Telegraph紙で昨日報道されていたのが以下の虎の記事。



http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2008/02/19/eatiger119.xml
 インドのコルカタ(以前のカルカッタ)南部の村に迷いこんだ虎が、無事に自然に戻されたと時のもの。凛々しい。屏風絵に描かれても不思議でないほどの迫力がある。
 でも、自然戻ることが出来たのは、この虎にとって本当に幸運なことだったと思う。同じテレグラフの写真セクションには、密猟の犠牲になったスマトラ虎の記事があった。
http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidBC2M5ZVOMT4ELQFIQMFSFFOAVCBQ0IV0?xml=/earth/news_galleries/tigerz/tigerz.xml&site=News
 カエルの将来も暗いけど、虎が絶滅の道を引き返してこられる希望は、あまり大きくないのが現実だろう。


 閑話休題。2月19日に、各メディアがこぞって取り上げたのがこれ。



http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2008/02/18/scifrog118.xml
http://news.bbc.co.uk/1/hi/sci/tech/7251666.stm
 7000万年前の、猫ほどの大きさのあるカエル。

最近のニュースから:トライアングル・ラヴ、他

2008.02.17
最近面白く感じたニュースを三つ。

 「ナルニア国物語」や「なんとか・クレイトン」という映画をご覧になられた方はご存知かと思いますが、Tilda Swintonというイギリス人女性の俳優がいます。僕は、映画を殆ど観ないので、彼女の役者としての質がどのように評価されているかは全くしりません。しかしながら、最近、Baftaで助演女優賞を獲得したので、評価は高いのだろうと推察します。



 僕がスゥイントンの存在を知ったのは、映画の「ナルニア」での白い魔女役。確か、カンヌかどこかの映画祭にほぼすっぴんに近いメイク、かつハリウッド女優の皆さんが我も我もと着たがるクチュール・ドレスでなく、高価なんだろうけどあっさりしたパンツ・スーツ姿で赤い絨毯のうえを颯爽と歩き去った姿は鮮烈でした。勝手に、「スゥイントンって、スカートをはかないことを選んだ女性なんだろう」と思い込んでいました。
 なので、今年のBafta授賞式で、彼女がジョン・ガリアーノによるディオールのクチュール・ドレスを着て出席した姿を見た時は、ぶっ飛びました。



でも、綺麗だなあと思いつつ数日後の新聞記事で、更に驚くというか並の女優ではない、ということを知りました。
 受賞式の夜、ティルダ・スゥイントンをエスコートしたのは彼女のパートナーであり、10歳になる彼女の双子の父親のディレクター(68歳)、ではなくて、彼女より16歳若いアーティスト。曰く、パートナーとは表向き一緒の家に住んでいるが、仕事で世界を回る時は、この若い芸術家とともにいる、と。そこに、今のところ「嫉妬」はないらしいです。タイトル、「ラヴ・トライアングル」だと愛憎どろどろの場を思わせるかと思って、ひっくり返してみました。

http://lifeandhealth.guardian.co.uk/relationships/story/0,,2255977,00.html
ガーディアン
http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/showbiz/showbiznews.html?in_article_id=513775&in_page_id=1773&ICO=TV_SHOWBIZ&ICL=TOPART
デイリー・メイル

 知りもしない人の結婚生活にあれこれ口を挟むことほど愚かなことはありませんが、なんかこう、別次元の人たちという感じです。さらに面白いのは、取り上げたガーディアンデイリー・メイルの切り口の違い。僕は、滅多にタブロイド新聞を読みませんが、さもありなんと思わせた、デイリー・メイル。「Toyboy」だとか、スコットランドの自宅で子供の世話をする旦那は哀れに違いない、という煽動するような文体、言葉の使いまわし。一方でガーディアンはといえば、哲学的な雰囲気を漂わせつつ、男女の複雑な関係に想いを馳せる、といった具合。
 今のところ、僕はガーディアンが見ている方向に進めば、子供が嫌な想いをしないであろうからいいかなと思っています。が、明日には、デイリー・メイルが喜びそうな修羅場になっていないとは、誰が言い切れるのか。もう一つこのニュースで思い出したのが、1990年1月に、石田えり藤竜也主演で放送されたNHKドラマ、「別の愛」(インターネットって凄い)。このドラマでは、藤竜也のポジションが、まさにスゥイントンがいまいるポジション。NHKのドラマって、侮れません。


 女性にとって、パーティーの場などで、「これほど素晴らしいドレスを着ているのは、今夜は絶対に私だけ」と思っていた所に、全く同じドレスを着た女性と鉢合わせすることほどばつの悪いことはないだろうと思います(セクハラのつもりは一切有りません、念のため)。また、他の女性が着ていたドレスを、すぐに真似することはプライドが許さないと思っていました。でも、違うようですね。
http://www.telegraph.co.uk/fashion/main.jhtml?xml=/fashion/2008/02/13/efjemima113.xml
 パキスタンの政治的混乱を収束させる為のロビー活動を熱心にしている一方で、ヒュー・グラントとくっついたり離れたりを繰り返してゴシップ雑誌にねたを提供しつづけている、ゴールドスミス家の長女、ジェマイマ・ハーン。お洋服大好きな彼女がしたことは、あるパーティーで一緒になった友人がきていたのと全く同じドレスを、翌日、別のパーティーに着ていったと。



面白いですけど、心理学者まで動員するほどのニュースではないと思うんです。
 男性の場合、他の人たちが着ることなど考えたこともないようなデザインと色のタキシードを着る人は、ある意味変わり者(僕のことでは有りません)でしょうから、それを真似しては、逆に自分の立場が危うくなるのではないかと考えます。


 最後。クレジット・クランチで景気後退の懸念が声高に叫ばれても、シティやカナリー・ワーフで日々マネー・ゲイムで血みどろの戦いを繰り広げているであろうトップ・バンカー達に支給されたボーナスの総額は、史上2番目の高額になったそうです。そんなトップ・バンカーたちは、不動産に、高級車に、そして高級ワインに有り余るボーナスをつぎ込みます。で、こんなニュース。
http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23436349-details/Waiter,+this+%C2%A318,000+1961+Petrus+is+fake/article.do
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/09/npetrus109.xml

 ロンドンにある、ミシュラン一つ星のイタリアン・レストランで、ある顧客が£18,000-(およそ380万円)のヴィンテイジ・ワインを頼んだ所、そのワインは偽物であると突き返し、替わりに£20,000-(約425万円)の別のヴィンテイジ・ワインを注文し、楽しんだと。僕は偽物を見破った云々より、こんな高額なワインが存在し、さらにそれを注文できる人が、もしかしたらロンドンのある通りで、僕の隣りを歩いていることだってあるかもしれない、という事実を受け入れがたいです。

 円高ですよ、皆さん。飽きることが一瞬たりともないであろうロンドンに、是非。

ダンツテアター・ヴッパタールのロンドン公演

2008.02.17
ロンドンにも、冬が戻り結構寒いですが、好天続きで天気に関しては何の不満もない週末です。

 今週から、ロンドンのイズリントン区にあるSadler's Wells Theatreで、ピナ・バウシュ率いるTanztheater Wuppertalによるロンドン公演が始まりました。ロンドンに来るのは3年ぶり(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-378.html)で、演目は 「Café Müller」と「Das FrühlingsopferThe Rite of Spring春の祭典)の二つ。どちらも意外なことにロンドンでの上演は初めて(エディンバラのフェスティヴァルで上演されたことがあるそうです)とのこと。日本では、2年前に既に上演されたようです(http://www1.ocn.ne.jp/~ncc/pina06/content.html)。

 日本ではほぼ毎年公演を行っているヴッパタールですが、ロンドンには数年おきにしか来ません。なので、毎度チケットの争奪戦が激しいのですが、コンテンポラリーは好きではないとぶつくさ言いつつも、サドラーズのサポート会員の特典を行使して獲得し、16日の夜公演を見てきました。
 ピナ・バウシュによる「春の祭典」は、舞台に泥を敷き詰めたセットということは以前から知っていたので、「万が一にも泥をかぶるのは避けたいから、前から4列目にしておこう」、と思って席を予約しました。ところが、開場して席に向うと、セットの都合上、最前列でした。しかもど真ん中。この席は、二つの演目の印象を見事に分けました。コンテンポラリーの範疇に入るダンスを語るのは、今でも自分では納得できない事が多いので、時系列で。

 舞台にはカーテンが降ろされてなく、最初の演目「Café Müller」で使われる舞台装置が既に整っていました。ヨーロッパのどこにでもあるようカフェの内部に、所狭しと並べられたテーブルと椅子。ダンサーは6人。今回、ピナ・バウシュ自身がこの演目に出演することになっていましたが、体調不良ということで踊りませんでした。



 恐らく、確たる物語はないと言い切れるでしょう。夢遊病のようにカフェの中を何度も横切る女性。その女性が椅子やテーブルにぶつからないように、彼女が進む方向に有る障害物を力いっぱいすっ飛ばしながらどかしつづける男(あるレヴューでは、ウェイターだそうです)。そしてその女性と、お互いを交互にカフェの壁にたたきつけ、床に放り投げあう別の男。別の女は、まるでハムスターのように音をたてないようにしながら、小走りにカフェに入り、カフェを出て行くことを繰り返す。ピナ・バウシュを投影した女性ダンサーは、一人、カフェの後方で、時に壁に身体をあずけながら、静かに、あたかも舞台に存在しないかのように踊りつづけている。
 公演が始まる前の特集記事やレヴューを読んでいると、この作品の主題は、バウシュ自身が子供の頃の記憶による影響が大きいそうです。ということで、理解不能でした。また、席に座ると、舞台が視線よりちょっと低い位置なので、何十脚も置かれた椅子やテーブル、後半になると男がつき飛ばしたそれらが山積みになって視界が邪魔されてしまい、ちょっと気が削がれたというのもあります。一度、僕の右隣りの女性に向って椅子が吹っ飛ばされてきた時は、その女性、彼女のボーイフレンドと僕の3人が、立ち上がりはしませんでしたけど、腕を伸ばして舞台に押し戻しました。
 ただ、前回でバウシュの手法に少し慣れたらしく、45分の間一度も眠りに落ちず、また、終ったとき、「えっ?もう45分過ぎたの」、と感じたことからすると、作品の求心力は強いように思います。会場は、拍手と歓声の渦でした。

 「Café Müller」が終ると、恐らく総勢20人くらいの舞台クルーが舞台装置を片付け始めました。これが壮観でした。椅子、テーブル、壁が次々と片付けられ、舞台がさらになると、今度は舞台の9割を覆うほどのビニール・シートが敷き詰められました。シートのたるみをなくし、四方を固定したところで、重そうなタンクに入れられた土が運び込まれます。タンクは全部で6台くらいだったかな。全ての土が舞台に運び込まれると、まず土をならし始めました。ある程度ならした所で、全員が舞台前方に横一列に並び、舞台後方に向って最後の調整をはじめると、見守っていた観衆から大きな拍手が湧き起りました。期待が、一気に膨らみました。それと、ホッとしたのは、土が湿っていなかったこと。

 暗転した舞台に、女性ダンサーが一人出てきて横たわる。間隔をおかずに、一人、また一人女性たちが土を蹴散らす勢いで舞台に飛び出してくる。女性たちは何かに突き動かされるように集まり、離れ、踊り続ける。そして、その何かからは逃れることが出来ないことを理解している。選ばれてしまう恐怖を、残されてしまう罪悪感を顔に貼り付けたまま。
 やがて男たちが現れ、男女は、それぞれのグループで、また交わって踊りつづける。リーダー格の男が土に突っ伏す。やがて立ち上がった男のもとに、「赤い」ドレスを手にして女たちが、かわるがわる歩み寄る。既に、何を恐れているのか理解不能になったような、声をあげることすらできない表現しがたい感情が身体を貫いているよう。
 何人目かの女の腕をつかむ男。選ばれてしまった女性の表情をなんと表現できるのか?赤いドレスを着た女性は、踊りつづける。恐怖を忘れる為?、それとも、自分が誰だったかを忘れる為?怖れを昇華した、というものではなく、何者も抗うことが出来ない「もの」の存在に飲み込まれる絶望を感じることがないままでいたい。精神の極限に達した女性は、土に倒れこむ。



 こんな凄まじい舞台を、ダンサーの汗、筋肉の動き、心臓が止まるのではないかと思うほどの激しい息遣い、そしてなお踊りという表現手段の一瞬の美しさ見せつける彼らを至近距離で見ることが出来たことは、幸運以上のものでした。少し土をかぶりましたけど、瑣末なこと。
 これまで、(当時の)キーロフ・バレエによる原版に近い振付、ロイヤル・バレエケネス・マクミランによる「春の祭典」を観たことが有ります。どれが一番いいというよりも、バウシュの振り付けは、ダンスの歴史に「春の祭典」という一項目をつくり上げてしまったように思います。しかも、踊りが美しい。パリ・オペラ座バレエが彼らのレパートリーに入れたのも納得です。ただ、僕は、「犠牲」という概念の東と西の捉え方の違いをいまだに言葉に出来ず、違いをいつか知りたい(理解できるとは思っていません)と思っています。

 会場の反応も、ちょっと異様なくらい。ダンサーも、心ここにあらず状態でした。赤いドレスのダンサーに手をとられて舞台挨拶に出てきたピナ・バウシュ。体調不良といわれなくても一目でわかるほど、青白かったです。3月に日本公演があるそうですが、それまでに体調が戻ればいいのですが。そうそう、日本公演の料金は高いですね。最前列で僕の席は、£34-だったので、単純計算で7,000円くらい。

 会場を出るとき、ロイヤル・バレエアリーナ・コジョカルスティーヴン・マックレイが目の前にいました。現在、ロイヤル・バレエで上演中の「クローマ」を首の怪我で降板したコジョカル。心配だったので調子を尋ねたところ、万全ということでした。日本でのロイヤル・バレエの公演を楽しみにしているそうです。普段着のコジョカルを観たのは、昨夜がはじめて。本当に細い。あんなに細いのに、舞台で観るコジョカルの姿は堂々たるプリマ・バレリーナそのもの。一流のバレエ・ダンサーって、本当に興味深い人たちだと思います。

イタリアン・セレブには気をつけろ

2008.02.17
先日、ロンドンの日本総領事館から、以下のメイルが送られてきました。当事者には笑い事でないし、僕には笑い資格はないですが、笑えます。


日本総領事館からのお知らせ
2008年2月15日

安全・テロ情報

在留邦人の被害情報(詐欺)

1.最近、ロンドン市中心部のロンドン大学付近において、当地在留の邦人学生複数が詐欺の被害に遭ったとの報告がありました(概要下記の通り)。本件につきロンドン大学からも、「大学にも複数の被害報告が寄せられ、アジア系の学生が狙われているようである」旨の連絡がありました。

2.当地警察からは、見知らぬ者から声をかけられ、金品の貸与等を求められた場合等は、絶対にこれに応じないことが重要であり、類似の事件は頻繁に発生している旨のアドバイスがありましたので、皆様も十分ご注意願います。

3.当館としても当地警察等に連絡しつつ、情報収集に努めていきたいと思いますので、在留邦人の方で、同様の犯罪被害に遭われた場合には、最寄の警察に届出て頂くとともに、差し支えない範囲で当館に報告いただければ、幸いです。報告のあった情報は、個人が特定できない形で、在留邦人の方への注意喚起に利用させていただきます。

<事件の概要>
ロンドン大学(University of London, Vernon Square, Penton Rise, London WC1 9EL)付近の路上において、次のような人物から声をかけられ、「盗難にあったので助けてほしい」と言葉巧みに高額な金銭の貸与を求めてくる。
・白人男性、
・身長170cm程度
・こげ茶色の髪
・イタリア語アクセントのある英語を話す。
・職業はモデル、父親はイタリアのセレブであると称している。
・シルバーの小型車に乗っている。



 まず、「イタリア語訛」の強烈なアクセントをもつ英語だったら、僕は話を聞くことすらしないとおもいます。差別だろうがなんだろうが、胡散臭いではなくて、端から怪しいです。だいたい、僕がこれまでゴシップ雑誌から学んできたことは、イタリアのセレブはイギリスに来たがらない。何故なら、イギリスではセレブとして認められない可能性が高いから。それに、盗難にあったら、警察に行くのが先。

 皆さんの中には、「ロンドン大学に留学している人がそんなことに引っかかるの?」、と思われるかもしれません。領事館からの文面だと、被害に遭ったのがロンドン大学に留学している学生かどうかは特定できません。また、ロンドン大学と言っても、講座の種類はPhDから語学コースと多岐にわたり、どのレヴェルに在籍するかで、学生の人生経験の差はかなり大きいのではないかと推察します。また、日本でだったら経験から判断して、自分ではしないようなことを、異国の地では思わずしてしまう、ということも有るかもしれません。

 こんな批判をしつつ、3週間ほど前に、生まれて初めて掏りの被害に遭いました。盗まれた金額は5ポンドだけでしたが、気がつかなかったことがショックで。ロンドンに来て以来、常に財布から注意を反らすことなく過ごしてきたにもかかわらず、その日に限って財布を入れるポケットを替え、長い一日のあと、空腹感と疲労で油断したほんの一瞬の出来事でした。二度と経験したくないです。

 3月から4月にかけて、日本からは短期・長期で留学する学生の皆さんがイギリスに多勢いることと思います。皆さんの周りにそのような方がいるようでしたら、注意を喚起してあげてください。家族や友人から遠く離れた土地で、このようなことに巻き込まれるのは、悲しいですから。

English Winter, 日本の冬

2008.02.15
霜が降りた朝に浮かび上がる冬の薔薇。



BBCのウェブで見つけたもの。キャプションからはイギリスで撮影されたかのかどうかが判らないけど、薔薇といえば、イギリスでしょう。週末に欠けて、寒さが再び厳しくなるロンドン。自分でも、こんな写真を撮ってみたい。

 次は、The Guardian紙のサイトで、「2月15日の世界の写真」の中の一枚として掲載されていたもの。



Yokote, Japan: Children wait for visitors in huts made of snow on the eve of the annual snow festival
Photograph: Yumi Ozaki/AP


 秋田には、一度も行ったことないし、かまくらを直に見たこともない。それでも、懐かしさがこみ上げてくる。
 先月のある土曜日、The Daily Telegraph紙のトラヴェル・セクションの「ここはどこ?」クイズでも、横手が取り上げられていた。横手には、イギリス人を惹きつける何かがあるのかもしれない。

御難続きの王立芸術学院:クラナッハ展

2008.02.13
3月8日から、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで「Cranach 」展が始まる。ポスターは、下記のもの。



今日の新聞報道によると、地下鉄構内に掲示するには、基準から外れるということで締め出されることになったらしい。
http://arts.guardian.co.uk/art/news/story/0,,2256043,00.html

 こういうことに目くじらを立てるのって、日本の専売特許だと思っていた。なので、イギリスでこのようなことが問題になることには、ちょっと驚いた。アカデミー側は望みを捨てていないようだけど、どうなることか。
 
 下の画像は、国立フランクフルト美術館のサイトから。
http://www.staedelmuseum.de/




 個人的に、今週はピナ・バウシュ、ロイヤル・オペラが来月上演するシュトラウスの「ザロメ」、そしてこのクラナッハ展と、ちょっとしたドイツ文化月間になりそう。

久しぶりの地下鉄の悪夢

2008.02.12
火曜日の夕方は、ロンドン北部のマズウェル・ヒルという所にあるカウンセリング・センターで勉強会。いろいろ、ロンドンの地名が出てきますが、知っているふりをしてください。

 いつもは、ユーストンの手前にあるウォレン・ストリートから134番のバスでセンターの近くまで。約1時間バスに揺られながら新聞を読み、軽食を食べて勉強会に備える。
 今日もそのはずだった。ところが、夕方のラッシュ・アワーになろうという時間帯で、20分以上バスが来ない。これは、恐らくカムデン・マーケットの火事の影響かと思い、ウォレン・ストリート駅からヴィクトリア・ラインフィンズベリー・パークまで出てそこから別のバスでマズウェル・ヒルまで、というルートに切り替えることにした。
 ホームにたどり着いたらすぐに電車が入ってきた。何とか隙間を見つけもぐりこむも、なかなか発車しない。暫くして、「キングス・クロス駅で病人が出た為、ヴィクトリア・ラインは全線で止まっています」。すぐに同じ駅内の、ノーザン・ラインアーチウェイにでることに。アーチウェイまででられれば、134番は無理でも、43番でいけるだろうと期待。そしたら、アーチウェイについたら、次々に134番のバスが通り過ぎている。カムデン周辺の渋滞に巻き込まれていたのだろう。センターには余裕で到着。

 勉強会が終わると、同僚の一人にいつもアーチウェイまで車で送ってもらう。今夜は、勉強会に行く前に、セントラル・ラインが人身事故でリヴァプール・ストリートマーブル・アーチの間が不通になっていた。アーチウェイの改札を通り抜けながら、運行状況の掲示板を見ると、「Sever delay」。セントラル・ラインは即座に諦め、時間はかかるけど、ノーザン・ラインレスター・スクウェアに。そこでピカデリー・ラインに乗り換えハマースミスへ。そこからバスで北上して家につくというルートを取った。
 
 甘かった。悪名高いノーザンで問題なくレスター・スクウェアにはついた。そこでピカデリーに乗り二つ目の駅、グリーン・パークについたとき。「ホルボーン駅で車両故障が起きたので、ピカデリー・ラインは全線でストップしました。ハマースミスアールズ・コートへ向う方は、ヴィクトリア・ラインヴィクトリアに行き、そこでディストリクト・ラインに乗り換えてください」。

 いつもはだいたい50分で帰宅できるところ、今夜はおよそ2時間。北部ロンドンのゾーン3から、西部ロンドンのゾーン2までは、確かに距離がある。でも、2時間有れば、パディントンからウェールズの首都、カーディフに着くんだぞ。オックスフォードなら特急で往復してなお時間が余るんだぞ。

 呪われている、自分?それとも、自分の判断ミス?

 過去の経験。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-52.html

レコード・ジャケットはこう使え!:sleeveface.com

2008.02.11
2月11日付、The Guadian紙のG2セクションの特集記事の一つ。世界にはいろいろなことをする人がたくさん居るんだな、と。単純に、笑えた。







http://www.sleeveface.com/
http://www.sleeveface.com/?p=17
ウェブの情報からだと、FacebookやFlickrに同じような写真を集めたセクションがあるとのこと。

 レコードって、「ジャケ買い」をする楽しみと、リスクがある。散財もしたけど、驚くような出会いもあった。ジャケットをこんな風に楽しむというのも、面白い。

 べただけど、ジャケットで個人的に一番インパクトがあるのは、昔も今もこれ。




BEST PICTURES ON THE INTERNET, 2007

2008.02.10
[BEST PICTURES ON THE INTERNET, 2007]という写真特集を先週、見つけた。
http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionid=PMA0HHFOAUX0VQFIQMFCFFOAVCBQYIV0?xml=/news/2008/02/03/bestpics2007/bestpix.xml&site=News
何枚かの写真は、既に昨年、何らかのサイトで目にしたことがある。動物ものは相変わらず、強い。

 気に入ったのは「Street Painting」部門のこれ。



このような騙し絵を描ける才能も技術もないので、反動と憧れの為に強く惹かれる。更に、異世界に飛び込んでいくような不思議な浮遊感覚が結構好き。でも、これは駄目。



これと比べたら、ヤドクガエルのほうずっと可愛い。ちなみにこの写真からはもう一つ、イギリス本格推理小説の黄金時代に活躍したクリスチアナ・ブランドの「はなれわざ」の、事件解決につながる場面を鮮明に思い出すことができる。

From Russia:すったもんだの挙句の素晴らしい美術展

2008.02.10
日本は寒さが厳しくなっているようですね。ロンドンに限れば、ここ数日、文句の付けようのない素晴らしい天気が続いています。もちろん、不幸探しが上手なイギリス人にかかれば、天気の素晴らしさよりも「寒い」ことを愚痴るほうが一大事。

 ロンドン中心部、バッキンガム宮殿からもそれほど遠くない所にあるロイヤル・アカデミー・オブ・アーツで、1月26日から始まった2008年前半の美術展の中でもいろいろなことで注目を浴びていた「From Russia」を見てきました。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-686.html

 どんな騒動が起きたのかは後で書くとして。今回の展示作品は、モスクワの国立プーシキン美術館、国立トレチャコフ・ギャラリー、セント・ピーターズパーグのエルミタージュ美術館と国立ロシア美術館の4つの美術館が所有する、19世紀後半から20世紀前半にかけての、フランス絵画とロシアの画家による絵画を集めたもの。展覧会のタイトルが示すように、フランスの画家の影響を受けたロシアの画家たちが、その影響を受け止めた上で、どのように開花させていったのか、というのが趣旨です。
 展示は、九つのセクションに分かれています。

 1)Russian Art and FrenchInfluences in Russia, 1870-1900
 2)Shchukin and Morozov Pioneering Russian Collectors
 3)Shchukin and Morozov: Partrons of the Avat-garde
 4)Diaghilev and the [World of Art]
 5)New Directions in Russian Art
 6)Neo-Primitivism
 7)Cubo-Futurism
 8)Towards Abstraction
 9)Tatlin and Constructivism


 幾つかの絵画の写真は以下の二つリンクで見ることが出来ます。

http://www.royalacademy.org.uk/exhibitions/from-russia/about-the-exhibition,500,AR.html

http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2008/jan/22/art.artnews?picture=332171581

 ロシアを代表する4美術館からこれだけの絵画を集め展示することは、恐らく今回が最初で最後でしょう。ロイヤル・アカデミーの力の入れようも判るし、このような貴重な機会に巡り会えたことは、単純に素晴らしいと思います。しかしながら、「美術展」自体は、テーマが大きすぎて散漫な印象が拭えませんでした。また、後半のセクションは、個人的には馴染みの薄い近代ロシア・アヴァン・ギャルドの色合いが強く、殆どの作品を素通り。

 そんな印象を差し引いてなお、この美術展が素晴らしいのは、展示された絵画が発する「力」。今回の目玉、イギリス初公開になるアンリ・マティスの「ダンス」は、正直な所、僕には傑作だとは思えませんでした。絵全体の大きさ、単純、且つ鮮烈な色の配置の仕方、そして人物のポジション。それぞれの要素は、ひとつひとつがとても説得力のあるもの。恐らく、制作された時代には、センセイショナルな作品だったと思います。が、普遍性というマジックは失われてしまっているように感じました。
 ところが、事前報道では取り上げられていなかったセザンヌシャガール、そしてValentin Serovの作品には、心を鷲掴みにされました。会場には恐らく1時間半いたと思います。その半分近くを、この三人の画家の作品を見ること、心に刻むことに費やしました。

 まず、シャガール。悪い習慣ですが、僕の中ではシャガールは「色とりどりの包み紙に包まれた甘ったるいキャンディ」のような絵を描く人、というイメージが出来上がっていました。彼について何一つ知らないまま、全て知ったつもりになっていました。今回、シャガールの2作品が展示されていました。一つは、彼の愛妻と一緒にいるところを描いた「プロムナード」。もう一つが、下の画像、「The Red Jew」です。



この作品を「プロムナード」の隣に見つけたとき「どうしてシャガールの甘い絵の隣にこんな醜くて、しかも目を離せないくらいパワフルな絵を並べたんだろう?」、と思いました。ところが、クレジットを見たら、シャガール。数秒間、信じられませんでした。
 描かれているユダヤ人男性の醜悪さ、恐さ。絵を支配する「赤」が醸し出す何かとてつもなく重いものがねちっこく燃え上がるような印象を、さらに重くする、濃緑に染められた男性の右手。対照的に、まるで何年も太陽の光を浴びたことがないと確信するほど白い左手。これまで僕が勝手に築き上げてきたシャガールのイメージががらがらと崩れただけでなく、シャガールって何者?、と。絵に気圧されて、どうやら低く驚嘆の唸り声を上げてしまったようで、隣にいたご夫人が僕のほうに振り返り、僕もその素振りを察して夫人のほうに向き、お互い目を丸くしたままの表情で頷きあってしまいました。

 セザンヌの絵は4作品、肖像2作に風景画2作です。もともとは、モロゾフのコレクションだったようです。大学生の頃、セザンヌの魅力って、全く判りませんでした。こんなぼんやりした絵のどこがいいんだろう、と。ところが、今回、特に肖像画から感じた、画家の気迫と描かれた人物の明瞭な存在感が拮抗しているからこそ生み出される生命力。人物を描いたというより、描かれた人々が自らの意思でキャンヴァスの中に身を投じた、そんな印象を持ちました。
 それと、知らないからこそ的外れだとは思いますが。セザンヌって、雲ひとつない青空を描くことができなかったのかな、という印象を風景画からは感じました。

 そして、セロフ。この画家の名前を知ったのは今回が初めてです。添付の画像は、ディアギレフが率いた「バレエ・リュス」のスター・ダンサーだった、イダ・ルビンシュタインの肖像画。



この絵自体にはさほど強い印象は持ちませんでした。が、強いて言えば、こんなに空間が空いていいのか?とか、背景と肌の色が同じなのは面白い、とか。絵そのものよりも興味深かったのは、解説に掲載されていたルビンシュタインの写真。「クレオパトラ」というバレエを踊ったときの写真でした。こんなバレエ、聞いた事ないです。「バレエ・リュス」の時代に生み出され、人々を魅了し、その後失われてしまったバレエのなんと多いことか。
 セロフも2作品展示されていました。もう一つは、ギリシア神話からであろう、「オイロパの強奪:The rape of Europa」。絵の構図は、複雑なものではありません。ウシに姿を変えた神の背中にオイロパが乗っかっている。ウシは海原を突き進むが、水は重い。そんなものです。
 カウンセリングの勉強の一環でギリシア神話を読み始めたところですが、この物語は知りません。ですから、元の話からは何も影響を受けていません。少女の諦念の表情、力が漲りながらも不安を覗かせるウシの目は背後に向けられている。そしてなんとも静謐な背景から浮かび上がってくる、この後少女の運命はどうなるのかがわからない根拠のない不安は、まるで指に刺さったとげが取れない苛立ちのよう。画像を探したのですが、どうしてもみつかりませんでした。

 三つ目の画像は、殆どの人が素通りしていました。ですから、絵から流れ出す赤は、僕ひとりの為。




 今回の展示、悪く言ってしまえば、寄せ集めです。テーマはありますけど、それは時代であって、絵画や画家ではない。それぞれの絵が全く違った方向に場を支配する力を発している。そんな強力で、しかも性質の違う磁場で満たされた会場を、「From Russia」という単なる記号に過ぎないテーマでは、まとめ上げることは出来ていなかったように思います。
 僕自身は、セザンヌシャガールセロフを受け止めるだけで精一杯だったので、恐らく幾つかの絵を見逃しているはず。なので、展示が終了する4月までは、何度も足を運ぶことになりそうです。


 今回の展覧会は、美術が政争の手段になってしまったことで注目を集めました。KGBのもとスパイ暗殺事件の扱いで急速に冷え込んでいるイギリスとロシアの関係。ロシア側が今回の展示で最も恐れたのが、ロシア革命のときに絵画を没収された一族の末裔が絵の所有権を主張して裁判所がその主張を受けて絵画をイギリス国内に残す決定が下される。結果、半分以上の絵画がロシアに戻らないことでした。そんなことを起こさせないとイギリス政府が確約しなければ、絵画の貸し出しはしないと揺さぶりをかけ、切羽詰ったアカデミーは政府に泣きつき、政府は前倒しで法律を発効。きな臭い、というよりも生臭いというべきか。以下のリンクで、The Evening Standard紙の著名批評家がその点を手厳しく批判しています。

http://www.thisislondon.co.uk/arts/artexhibition-20639657-details/From+Russia:+French+And+Russian+Master+Paintings+1870-1925+From+Moscow+And+St+Petersburg/artexhibitionReview.do?reviewId=23434170

 更に、今日2月10日のThe Sunday Telegraph紙にショッキングな事実。絵画を所有していた一族の関係者に、展覧会の会期中、絵の所有権を主張しないようにとロイヤル・アカデミー・オブ・アーツが現金を支払っていたという報道。要するに、金で黙らせた、と。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/10/nra110.xml

 素晴らしい絵画を見ることは出来ましたけど、なんだか外野がとてつもなく騒がしい展覧会です。でも、観る価値は大いにあります。アカデミーのウェブサイトからの購入できるチケットはすべて売り切れていますが、当日券はいたって簡単に、窓口で購入できます。お勧めは、夜10時まで開館している金曜日。会期の後半になれば込み合うとは思いますが、3月中旬までは、タイミングさえ合えば、スカスカの会場で、思う存分素晴らしい絵画群と対峙できる機会があることでしょう。ノヴェルティに関してですが、まず、カタログとてつもなく重く、さらに高いです。絵葉書のセレクション、最低です。僕が気に入った絵が、一枚も選ばれていませんでした。
 絵画のみならず、バレエや音楽、あらゆるパワフルな美術・芸術と向き合うのは、なんというか、心の格闘技という印象を今回の展覧会から鮮明に感じました。

A losing game:ケニアのある悲劇

2008.02.10
2週間ほど前のある日、The Daily Telegraph紙に、大統領選の混乱にたんを発したと認識している、ケニア国内の騒乱の中で起きた、ある悲劇の写真が掲載されていた。
 とまやのような簡素な小屋の奥にある椅子の上で、小さな子供が泣き叫んでいる。子供の目線は、カメラマンに何かを訴えている。
 写真の前面には、剥き出しの土の床に横たわる人物。恐らく子供の母親。仰向けに倒れている人物の首は、横を向いている。彼女の頭は、血の池に浸っている。目に生気はない。

 正直、第一印象は、「こんな写真、掲載するなよ」、というもの。子供のことも、女性のことも全く考えられなかった。自分がいる日常に、その写真は相容れなかった。

 忙しい暮らし。社会の歪みが、毎日毎日、一つどころか、二つも三つも噴出している今のイギリスでの生活の中では、ケニアで、毎日命を守ることに必死になっている人々のことを考える一瞬の余裕はなかった。

 でも、日増しにあの子供がどうなったかが心配になってきた。カメラマンが助けたのだろうか、それとも国際的人道支援団体によって救われたのだろうか?

 今日のThe Observer紙でこの男の子が助かったことが報道されていた。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/10/kenya

 この男の子一人が助かったことで、ケニアの騒乱が収まることなどありえない。僕に出来ることは、ブログを書くことだけ。
 争うことは人間の、生物としての生存本能の一つではあるだろう。

 いつも最初に犠牲になるのは、力弱いもの。そのような立場の人を救える智恵を出せるのも人間だと思うし、そう信じている。




 ガーディアン紙のケニア騒乱に関するほかの記事。
http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/07/kenya.chrismcgreal

http://www.guardian.co.uk/world/2008/feb/08/kenya.travelnews

Left Alone: Another Super Tuesday

2008.02.06
Life goes on without them.



From The Daily Telegraph
http://www.telegraph.co.uk/

犬たちは働く、人々のために

2008.02.05
今日、2月5日に、ロイヤル・メイルから以下の記念切手が発売された。



ロイヤル・メイルの解説:
Cats please themselves, but dogs like to please people. And when it comes to work, they are devoted. This Issue celebrates the 100th Anniversary since the introduction of the first working dogs.

BBCの解説:
The Royal Mail has launched a series of stamps to celebrate the roles performed by working dogs in the UK. It is 100 years since the first British police dogs were introduced.
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7227176.stm

 訓練された犬たちが、人間のためにイギリスで働き始めてから100年経ったことを記念した切手。個人的には、ロンドンの日常生活ではそれほどWorking Dogsを見かけることはない。しかしながら、切手のデザインを見ていると、彼らの働きを僕達がどれほど必要としているのかということが、はっきりと伝わってくる。
 今日は偶然、中日新聞で以下のニュースを読んだ。
http://www.chunichi.co.jp/s/article/2008020590144933.html

主かばい盲導犬事故死 運転手らに中部協会が賠償請求
2008年2月5日 17時15分

目の不自由なお年寄りをかばって、トラックにはねられ交通事故で死んだ盲導犬を無償で貸与していた中部盲導犬協会(名古屋市港区)が、高知県のトラック運転手とその建築・運送会社を相手取り、約540万円の損害賠償を求める訴えを名古屋地裁に起こした。

 訴状などによると、2005年9月26日午前10時ごろ、静岡県吉田町の信号交差点で、横断歩道を渡っていた視覚障害の男性(72)と盲導犬「サフィー」(メス6歳、ラブラドルレトリバー)が右折してきた大型トラックにはねられた。男性の前にサフィーが立ちはだかったため、トラックはサフィーをはね飛ばし、その後男性をひいた。サフィーが緩衝材のような役割をしたせいか、男性は頭などを強く打つ全治2カ月の重傷を負ったものの、命に別条はなかった。サフィーは即死した。

 中部盲導犬協会は、サフィーを訓練した2000年当時、サフィーを含む10頭の育成費用は年間で人件費、飼育費、訓練費などで総額約3880万円だったため、サフィーを失った損害として1頭当たり約388万円かかったと算定。さらに慰謝料100万円などを合算し約540万円を請求することにした。

 訴訟前の交渉では、運転手と会社らは「子犬価格は10万円」などとして、約20万円の支払いを提示していた。

 中部盲導犬協会は「盲導犬を育成するのには、長い時間と労力、費用がかかる」と指摘。「『盲導犬サーブ』のように、視覚障害者に寄り添う盲導犬は人間の身体の一部であることを理解してほしい」と話している。

 運送会社の社長は「弁護士に一任しているので、コメントできない」としている。

(中日新聞)


 ことの是非をここで取り上げるつもりはない。ただ、働く犬達が、どのようなことを思って僕達とともにいるのか、ということへの関心と理解がこの切手の発売によって深まれば、それは素晴らしいと思う。イギリスや日本だけでなく、多くの社会で犬たちは彼らができることで人々を支えてくれているのだろうし。

 ところで、「働く犬」の代表として多くの人が思い浮かべるのは、盲導犬だろう。彼らの助けを必要とする視覚障害者の世界を知ることは難しい。以下の二つのリンクは、参考までに。

http://fumiemve.exblog.jp/6754131/
 突然、世界が暗闇になったら。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-262.html
 助ける側と、助けを必要とする側の信頼関係はどう築かれるのか(我田引水です)。

芸術は資産投資2:音楽産業

2008.02.04
年末に送った以下のもので少し触れたのは、イギリスの音楽会社の中でも老舗中の老舗、EMIの経営権を資産運用会社が買い取ったというニュース。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-645.html

 渦中の人物は、かつて、野村證券ヨーロッパで名を馳せたGuy Hands氏。僕の理解の範囲では、Hands氏率いるプライヴェイト・エクイティ会社、Terra FirmaがEMIの経営権を入手した最大にして唯一の目的は、「EMIを再生させて、利益の上がる会社にしてから、経営権を取得するために支払った金額の数倍の価格で、別の会社に売り払って利益を得る」、です。「投資会社」の本質からすれば、とても真っ当なことです。

 で、その「再生させて利益をあげる」ためにまず彼がしたことは、投資家の視点からの「無駄の排除」。人員の削減、録音するスタジオの受付に毎日飾られる花と新鮮な果物の廃止、更に、レーベルに所属するミュージシャンへの、「働かない者はいらない」という趣旨を書いたらしい手紙の発送等々。また、音楽業界では通例の、売れることが確実と思われるミュージシャンとの契約の際に前払いされる巨額契約金システムの構造を変えたい、という野望もあるらしいです。

 当然のことながら、ミュージシャンからの反発は強いです。ポール・マッカートニーやレディオヘッドは、EMIを離れ、またロビー・ウィリアムズはHands氏から明確な説明がなされない限り、次のCDは発売を無期延期にする等々。一方で、この変化に賛同するミュージシャンもいます。ペット・ショップ・ボーイズや新進のリリー・アレンなど。この状況を一言で表現するなら、誰一人として、何がどうなるか予想できていない、ということではないかと思います。

 今でもポップス・ロックは偶に聞きますけど、洋楽を必死になって聞いていた若かりし頃から、EMIというレコード・レーベルは僕にはあまり重要ではありませんでした。なんと言っても、ビートルズが全く駄目だったので。しかしながら気にかかるのは、仮にHands氏の試み、「無駄の排除」が投資家の視点から上手くいった場合、他の無駄、例えば過去のレコードやCDを抹殺するという方向に流れてしまうのではないか、ということ。さらにもっと心配なのが、オペラの切捨て。2年位前に発売された、プラシド・ドミンゴの「トリスタンとイゾルデ」以来、EMIから出たオペラの新録CDって、ないような気がします。
 この世に生み出された全ての音楽を聞くことは不可能でしょう。それは判っていても、まだ耳にしていない音楽に、心を動かされるかもしれない。僕の人生観を覆すような音楽が過去にあったかもしれない。そういう素晴らしい遺産を「利益を生み出さない無駄」として切り捨てるなんてことが、全ての音楽会社で起きたらどうしよう、と。

 一方で、消費者の立場からすると、今のデジタル時代には旧来の音楽産業は成り立たないのでは、という意見もあると思います。音楽会社だから利益を出さなくてもいい、ということはないわけだし、CDの売上が激減している現状では、構造改革は避けられないのだと思います。今日のThe Observer紙に、音楽産業に関しての特集記事がありました。
http://music.guardian.co.uk/news/story/0,,2251409,00.html

 ただ、一度も音楽をダウンロードしたことがない、ダウンロードしてどうやって音楽を聞けるのか、その仕組みを今ひとつ理解していないアナログ・デジタル人間の僕としては、「音楽」が投資のためにその本質を変えさせられるかもしれない状況は、単純に寂しく思います。

 下に貼り付けてあるのは、ファイナンシャル・タイムズに掲載されていたGuy Hands氏についての特集記事と、記事に使われていた彼のイラストです。知的財産権を侵害しまくっていますが、面白い記事ですし、イラストも秀逸。


Man in the News: Guy Hands

By Martin Arnold and Andrew Edgecliffe-Johnson
Published: January 18 2008 18:51 | Last updated: January 18 2008 18:51



After completing his £3.2bn ($6.3bn) buy-out of EMI last August, Guy Hands flew 7,000 miles to Hawaii for a week’s holiday with his family. The deal was sealed only after a tense stand-off with Citigroup as credit markets seized up ? and Mr Hands’ beach house might have seemed an inviting place to relax.

Yet hardly anyone could tell he was gone. A round-the-clock team kept him informed of calls to his office as he maintained his pace of working 18 hours a day, staying up to ensure he was awake during European hours.

The 48-year-old’s near-maniacal obsession with work has been a feature of his life since his schooldays. It has rarely been more needed than now. As one of Europe’s last big leveraged deals to be signed before the credit squeeze stalled cheap debt, Terra Firma’s purchase of EMI is being closely watched. Critics believe they already know how the song will end. Mr Hands is the classic example of private equity overpaying in a boom, they say, and then resorting to crude cost-cutting when times get tough.

Indeed, Mr Hands told staff this week that a third of them ? up to 2,000 people ? will be gone within six months. The news provoked alarm from managers of some EMI artists, such as Robbie Williams and Coldplay, who have threatened to delay albums.

Headlines about Radiohead’s earlier defection and managers’ comments have irritated Mr Hands, but he is adamant that he knew what he was getting into. Terra Firma, he says, is a contrarian investor, which deliberately looks for investments which others have written off. This quest for returns above market growth is more volatile, more elusive and “more scary”, he admits, but has generated internal returns of more than 40 per cent over 13 years.

“EMI looks very risky from the outside,” says Jon Moulton, the Alchemy Partners boss who worked with Mr Hands on several deals including one of his few failures ? the buy-out of Le Meridien hotels. “But Guy is a risk-taker and that is to be encouraged. He will either get it right and deserve a knighthood, or lose a lot of money.”

Mr Moulton was Mr Hands’ neighbour in Sevenoaks “until his house started to block out all the light”. Mr Hands, who says his only extravagances are fine wine and CDs, bought the property for £10m in 2001 (his wealth is estimated at £200m). Once owned by Winston Churchill, it now features two swimming pools, a fitness centre and a sauna. Current neighbours say the family’s annual fireworks party outstrips the town’s official bonfire night event. Some of the wine comes from the vineyard on his 1,700-acre Tuscan estate. His other great hobby is photography, yet he has a curiously unsentimental, restless bent. He has said he has taken at least 15,000 slides, got them processed, then never looked at them again.

Mr Hands’ language is peppered with jargon about “monetising” music, yet he is not the slick-suited financier EMI’s staff and artists might have expected. His work ethic and dishevelled blond curls have earned him a spartan image which has helped his case as details leaked out of the excesses of the old EMI.

Mr Moulton sums up these apparently contradictory traits by describing him as “sometimes quite an extrovert and at other times quite an introvert”. Another veteran buy-out boss who has known Mr Hands for many years says the Terra Firma boss is “likeable but mercurial”.

His showmanship was on display this week in a presentation where he appears to have won over some doubters to his view that urgent change is inevitable at EMI and in the music industry. His decision to make his case publicly marks him out. While others in private equity prefer the shadows, Mr Hands has chosen to operate in the limelight.

Those who have known him longest say his personality was forged at The Judd School in Tonbridge, Kent, where he overcame dyslexia to win a place at Oxford university. “I think [this] made him extremely driven, feeling a little like ‘Screw you guys, watch me now’,” one says.

Mr Hands admits that has been a chief motivation in his career, telling the FT: “I am often trying to prove people wrong. EMI is a classic example ... I spent so much time at school either being bullied when I was younger or ridiculed when I was older that I have got pretty thick skin.”

At Oxford he read philosophy, politics and economics and shared a flat with William Hague, former leader of the UK Conservative party and later his best man. He met his wife, Julia, when he was 18. She now runs Hand Picked Hotels and they choose anniversary destinations in alphabetical order. (This year the location will start with “X”.)

His early City career started in 1982 at Goldman Sachs as a trader in floating rate notes before moving to Nomura where he ran the Principal Finance Group. At Terra Firma there are echoes of his trading background: everyone in the dealing-room style office is visible from his desk. Employees are expected to match his work ethic and keep their mobile phones on at all times. “I expect dedication from my team. I start work at six, I get to the office at seven and I leave around midnight. I work weekends too,” he admits.

“He is a tough negotiator and has a hell of a temper,” says a senior banker who has worked closely with him. “He can blow hot and cold really quickly.”

Mr Hands has an impatient manner, interrupting meetings to answer calls about other deals. Someone who has seen him work says: “He rules Terra Firma with a rod of iron, so no one else speaks in negotiations, even if he is accompanied by a team of people, which is unusual in private equity.” Mr Hands describes his leadership style as “blunt, direct and not very tactful”.

Mr Hands’ track record earns respect among his peers. Terra Firma’s maiden ?2bn ($2.9bn) fund was rated the top performing European fund raised in 2002, on the back of successful investments in waste management and cinemas. But he has had setbacks, such as a seven-year attempt to transform off-licences, which ended when he sold Thresher for almost no profit.

At EMI, he faces a different waste management job. Although he has long had a love of rock music (and has an enormous karaoke collection) the closest he has come before to applying his skills to a creative business was financing a Crocodile Dundee film. Rival executives remain divided over the EMI deal, yet one says: “Anyone who can get Robbie Williams on the front pages saying ‘This is terrible’ must be doing something right.”


Copyright The Financial Times Limited 2008

芸術は資産投資1:絵画オークション

2008.02.03
雪に弱い東京、皆さんの通勤が楽だったことを祈るばかり。

 いつの頃だかははっきりと覚えていませんが、世の中にオークション・ハウスという会社が存在するのを知ったのは、90年代半ば頃かなと思います。以来、しばらくの間は、自分の人生に全く関係ない分野だろうし、社会の表舞台に華々しくその名を轟かせるとも思っていませんでした。

 もちろん、今でも僕の人生には全くかすりもしないオークション・カンパニーですが、実社会における認知度、また存在感は10年前とは比較にならないほどではないかと感じています。ゴッホの名画が史上、また市場最高額でニュー・ヨークのオークションで落札された翌日には、ロンドンでその落札を超える金額でモネが売られる。その逆も然り。しかも、バブル経済が絶頂の頃、日本企業が競って名画を購入したときと違って、最近では、個人コレクターが落札・購入ということが多く、一瞬美術マーケットに現れた名画の数々が、すぐに個人所有となり、次に一般の人の目に触れるのは、その絵が再びオークションにかけられるとき。その繰り返しの印象が強まるばかりです。一般の人々の目に触れることなく、文字通り、そして確実に「幻」の名画となる絵画。画家は、キャンヴァスに集中し、一心不乱で筆を走らせていたときそんな状況を予測し、そして期待しているのか。

 先日、テレグラフのウェブに、今週、2大オークション・ハウスの一つ、サザビーズで競売される絵画の写真が掲載されていました。
http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidFBE30OOD4YMFNQFIQMFSFFOAVCBQ0IV0?xml=/arts/slideshows/sothebys/sothebys.xml&site=news
 僕はマグリットが好きで、これまで何冊も彼の作品集を手にしてきましたが、添付の目玉のものは恐らく初見だと思います(写真は、双方ともテレグラフから拝借)。



間近でじっくり、また距離を置いて見る印象も確かめたいもの。でも、この絵を美術館なりで見ることは、恐らくないでしょう。
 購入した人がどこに飾るのかは、その人の権利。でも、観たいです。

 今週末、再び購入したファイナンシャル・タイムズの週末版で、以下のニュースを読みました。ちなみに、FTの広告は、一般全国紙では滅多にみることのない、金持ちをターゲットにしたものばかりです。

Auctioneers hope for £500m art sales
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-709.html
 クリスティーズとサザビーズの二つのオークション・カンパニーは、今月開催される幾つかのオークションで、総額5億ポンドの売上を期待しているというもの。

 FT本紙のみの情報によると、
 2月4日:クリスティーズは、印象派、現代画家、そしてシューレアリズムの絵画のオークションを開催。オークションのかけられるのは、マグリットシャガール、それとエゴン・シーレ等。
 2月5日:サザビーズも印象派と現代画家の作品のオークション。目玉は、パブロ・ピカソの「Portrait of Dora Maar」とルノアールの「La Loge」。予想落札価格は前者が、18億円前後、後者は8億円前後。
 2月6日:クリスティーズが、第二次大戦後のコンテンポラリー・アートの大規模なオークション。話題は、出品されるフランシス・ベイコンの「Triptych」が、恐らく30億円以上で落札されるのではないだろうか、との点(絵画の美術的価値より、金銭的価値)。



また、ウォーホールバスキアも出品される。
 2月7日:クリスティーズは、The Collection of RB Kitaj(個人コレクション)のオークション。所蔵作品は50以上で、ホックニールシアン・フロイトが含まれる。
 2月27日:サザビーズは、ウォーホールの作品を。「三つの自画像」の予想最低落札価格は22億円以上。

 最近このての美術品オークションで話題になったのが、イギリス人俳優のヒュー・グラントが、数年前に購入したウォーホールによるエリザベス・テイラーのポートレイトを購入価格の約2倍の値段で売却したそうで。ますます彼は働かなくなって、パーティー三昧、プレイ・ボーイとしての生活を楽しむことでしょう。最近、グラントって、映画に出演していますか?

 僻みといわれれば、その通り。でも、最近自分の中で気になっている、「金持ちだけが、さらに金持ちになる」、そんな気分です。多くの素晴らしい絵画を、多くの人々が余計なことをしなくても鑑賞できる環境は、過去のことになりつつあるのかもしれません。

言葉が判らなくても

2008.02.03
金曜日の夕方、帰宅前にスタバによって、新聞を読んでいたときのこと。隣に、国籍不明、ちょっと見、スペイン人にみえる女性が一人で座っていた。彼女の前の席は空いたまま。テーブルには、カップの他にノートが開いておかれていたので、学生がクラスメイトを待っているようにも見えた。暫くすると、これまた国籍不明、アジア系にも、ラテン系にも見える男性が現れ、にこりともしないでどかっと女性の前に座った。

 ロンドンにきて、いろいろな言葉を聞いているから、意味が判らなくても、音と幾つかの単語からどこ系の言葉かは大体類推できる自信があるけど、彼等の言葉からは全くどこの言葉か判らなかった。スラヴ系かなとも思ったけど、二人の外見はスラブ系ではなかったので、どの言葉だったのかは今もって謎のまま。

 男性が話し始めた途端、「あっ、この二人の間になんか不穏なことがあったな。しかも、男性が優位だ」、ということがすぐに判った。
 この場合、耳がいいとかではない。なんせ、通路を挟んで隣に座っているのだから、言葉の抑揚、語られないニュアンスが手にとるように判った。また、ボディ・ランゲイジって、言葉と同じくらい、感情を深く、鮮やかに描き出す。

 話し始めて数分間は、男性が一方的に、でも怒った風ではなく女性に話しつづけている。話し続けながら男性は、女性から体の正面を反らして、かがみこんで左の靴の紐を直そうとしている。でも、紐はほどけてもいず、直す必要もなかった。要するに、いいにくいことを言いたいけど、女性に面と向いたくなかったと。もしくは、こんなことで呼び出すなんて、俺は暇じゃない、との意思表示だったか。
 男性が話し終わった後数秒間の沈黙のあと、女性がすねるように一言。いきなり立ち上がり、ブルゾンを羽織り席を離れようとする男性。でも、本当に離れる気なんてなかった。だって身体は彼女からそらしていたけど、足が出口に向いていなかったもんね。よく見てるよな、自分でも。

 案の定、彼女が蚊のなくような声で何かを言うとブルゾンを脱ぎ、また席に座る。そのあとは、延々と続く男性の演説。女性は時折聞こえるか、聞こえないかのか細い声で話す。その間ずっと、女性は腕を組んだまま。また、身体もちょっと左に反らしていた。
 女性は通して守りに入っていたけど、一つ「ほほー」と思ったことがある。彼女は、沈黙をコントロールしていた。感情が高ぶっているであろう時に、自身を「沈黙」の中に置きつづけるって、難しい。ただ、男性が優位だと感じたのは、彼が女性の沈黙をものともせず、彼もまた沈黙で返していたこと。これは、さらに難しいし、男性でここまで出来る人って、かなり稀じゃないかと思う。

 話している内容は全然判らなかったけど、男性が主導権を手放すことなく進んでいる感じだった。そして、徐に男性が立ち上がり、彼女の額にキス。で、二人はスタバを出て行った。

 どんな会話がなされているのか判断できる単語を一度たりとも拾えなかったけど、二人の間で交わされた沈黙は、雄弁だった。いつも「カウンセラー・モード」にしていると疲れるから、普段は遮断しているけど、今回ばかりは、二人の会話が始まった途端スイッチが入ってしまった。

 男女の仲は古今東西、世界共通。

 写真は、ブログで使おうと思ってとっておいた写真。こんなタイトルのエントリで使われては、この日本人女性も迷惑かもしれないけど。一応、二人の間の「信頼」、というキー・ワードを込めて。



ちなみに、フィギュア・スケイトとバレエ・ファンはかぶるという話を聞いた事がある。そう思うけど、この「デス・スパイラル」だけはバレエの舞台では出来ないだろうな。
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