LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2008年03月の記事一覧

アナーキー・イン・The UK

2008.03.29
明日、3月30日未明に、夏時間に変わります。今年は、夏らしい夏が来てくれることを願うばかりです。

 3月14日に、エリザベス女王を迎えて、グランド・オープニング・セレモニーまで開いたヒースロー空港の新しいターミナル(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-739.html)、通称「T5」は今週27日に、実際の商業運用を始めました。
 恐らく、人々はこのようなことが起きるだろうと不安に思いつつ、一方で、国の威信をかけ、さらに46億ポンド(およそ1兆円かな)も費やして建設された、イギリスの国際玄関となるヒースロー空港の新しいターミナルが初日からこけるなんてこと、考えたくもなかったことでしょう。
 ええ、ここはイギリス。当然、こけましたとも。それも、これ以上はないであろう最悪、最低の大混乱振りです。日本でこんなことが起きたら、自らの命を絶つ関係者が続出するかも、それほどの状況です。朝のシフトで働く関係者の為の駐車スペイスが無いから始まり、従業員が空港内に入る為のセキュリティ要員が足りなかった、チェック・イン・デスクのコンピューターにログインできない等々、27日の夜までに、T5は機能不全に陥ったそうです。



 27日に夕刊紙に出ていたBAの広報のコメントは、「初日に、問題が起こらないほうが珍しいのよ。Teething(歯が生える、の意味)期間は、トラブルが起きてもそれを解決していく期間だと思うわ」、という余裕綽々、言い換えれば自分たちがおかれている状況を把握できていなかったとしか思えないコメントを出していました。が、T5発着便の半分がキャンセル、また運良く到着しても手荷物が永遠に出てこない状況に、流石に28日には、BAのトップが詫びを入れる状況にまで追い込まれました。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/27/nheathrow427.xml
3月27日
http://www.guardian.co.uk/business/2008/mar/29/britishairwaysbusiness.theairlineindustry
3月28日
http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2008/03/28/bcnpr128.xml&CMP=ILC-mostviewedbox
イギリスの機能不全リスト

http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidQF10GWUOR0D5NQFIQMGSFFWAVCBQWIV0;jsessionidBLT3XRSRDIIS5QFIQMFSFFWAVCBQ0IV0?xml=/news/2008/03/27/terminal5.xml&site=news
http://www.guardian.co.uk/uk/gallery/2008/mar/27/1?lightbox=1
写真

 丁度、フランスのサルコジ大統領夫妻がイギリスを公式訪問していたときに重なり、政府にとってはイギリスの評判を高める言い機会だったはずだろうに。ところが、National Humiliationはこれだけではありませんでした。
 昨日、28日のThe Daily Telegraph紙によると、アメリカの雑誌、Timeの最新号の特集記事は、「荒れるイギリスの若者達」。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/28/ntime128.xml
Time magazine features Britain's violent youth



 まだ、その記事を読んでいませんが、ヘッド・ラインに「Unhappy, Unloved, and Out of Control - An epidemic of violence, crime and drunkenness has made Britain scared of its young」、と書かれそれが世界中で読まれては。テレグラフのウェブに寄せられた読者の反論の中には、「無軌道なのは白人の若者だけだ」、との意見が見られました。そんなことを主張する人の期待を打ち砕いたのが、同じく28日に、各メディアで取り上げられた以下の記事。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/28/nstreet128.xml
600 police arrive in one north London street



 ロンドン北部に、地下鉄のヴィクトリア線とピカデリー線が止まるフィンズベリー・パークFinsbury Park)と言う地域があります。人種の坩堝、というと聞こえはいいですが、犯罪の温床になっている地域であり、また過激派イスラム教徒が多く集まる地域としても知られています。
 フィンズベリー・パーク地域全体が危ない、というわけではないとは思います。でも、犯罪を撲滅する為に、600人もの機動警官を投入しなければならないほどの犯罪がはびこっている、という状況を安穏とした気分で受け入れられる人はそう多くないと思います。

 これだけでも既に充分過ぎるほどなのに、追い討ち。

http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23467010-details/Strikes+will+shut+Tube+for+four+days/article.do
Strikes will shut Tube for four days

 ロンドンの夕刊紙、The Evening Standardの報道によると、従業員の安全性の向上を図るために、ロンドン地下鉄の従業員が、4月6日より4日間のストライキを計画している、と。
 ロンドン地下鉄の安全性が高まることは、利用者の一人として、大歓迎です。でも、それが利用者の為ではなくて運転手や係員の為だけで、そのためにストライキを強行すると言うのは、それは違うだろう、と。それにしても組合幹部の強かさ、狡賢さを改めて感じます。5月のロンドン市長選を前に、賃金アップを理由にしたストライキでは、共感を得ることは出来ないかもしれない。でも、「安全性」を前面に出せばストライキを強行しても、メディアや政府は強く非難できまい、と。

 昨年の夏、銃犯罪が横行した時に(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-531.html)、保守党党首のデイヴィッド・キャメロン氏は、イギリスの荒廃振りを「Anarchy in the UK」と表現しました。僕は、今がまさにそのときだと感じています。

 最近、世界中で起きていることの幾つかの事象を新聞で読むたびに、人間社会で起きていることは、もはや地球と言う「星」の許容を超えてしまったのではないかと感じることがあります。一方で、世界の多くの地域で、人間が自分たちの首を絞めることをほぼ同時期に引き起こしているのは、人類の運命って、結局決められているのかな、とちょっとペシミスティックになってみたり。

 明るいニュースを書きたい。

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カーラ・サルコジ:イギリスの新しいアイドル

2008.03.28
サルコジ大統領夫妻がイギリスに着くまでのイギリス・メディアの姿勢は、大統領か夫人のどちらかが何か失敗したら、すぐさまあげつらってやろう、という雰囲気だった。
 ところが、カーラ(本人の母国であるイタリアでは、カルラ)夫人の洗練された立ち居振舞いやあっさりとしたメイクが醸し出す清楚な雰囲気に、いともたやすく陥落。到着してから数時間後には、大げさに言えば、1時間ごとにカーラ夫人の写真がアップされた。なかでもカーラ夫人の装いに注目が集まった。
 カーラ夫人がイギリス滞在中に披露したドレスのほぼ全ては、フランスを代表するクチュール・ブランドの「クリスチャン・ディオール」。この選択が絶妙。何故なら、ディオールのメイン・デザイナーは、イギリス人のジョン・ガリアーノだから。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-700.html
ガリアーノのコレクション)
http://www.47news.jp/CN/200803/CN2008032801000534.html
共同通信社47NEWSから)

 だらだら書くより、見てもらったほうが早いでしょう。



 これは、今回の公式訪問の最終行事だった(はず)の、ロンドンのギルドホールで催された晩餐会でのドレス。



 右の写真は、初日、ウィンザー城でのエリザベス女王主催の晩餐会に出席したときのもの。



 このような写真をウェブに載せるほど、イギリス・メディアは大興奮。ディオールの靴をまじまじと見たことなんて無いから、ま、面白いけど。



 右の写真をご覧頂くと、いかにサルコジ大統領の靴のかかとが高いかが、わかることでしょう。

 イギリスのメディアの興奮振りの背景には、政治の世界にこれほどグラマラス、且つ洗練された印象の女性が長いこといない、というのもあるのではないかと思う。ジョン・メイジャー元首相の奥さんがどんな感じの人なのか思い出せる人はいないかもしれない。トニー・ブレア前首相のシャーリー夫人はメディアを眼の敵にしていたし、何より彼女はでしゃばりすぎた。ゴードン・ブラウン首相のサラ夫人は、良妻賢母という感じで、印象は良いけど万人の注目を集めるタイプではない。
 そんな所に突如現れたカーラ夫人は、曇天に見入られたイギリスの空から一瞬さした、光だったのかも。一つ現実的な情報を。カーラ夫人は、イタリア語、フランス語、英語に堪能。加えて、上流階級の出身と言うことで、慌ててマナーを身につける必要も無いらしい。

 この7月の洞爺湖サミットには、同行するのかな?カーラ夫人が同行しないと、サルコジ大統領は日本に行かないかも。

http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2008/mar/26/nicolassarkozy.france?picture=333255878
http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7314230.stm
http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/mar/28/fashion?lightbox=1
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/28/wcarla128.xml
以上は写真リンク。

http://www.telegraph.co.uk/fashion/main.jhtml?xml=/fashion/2008/03/28/efcbruni128.xml
テレグラフ紙のファッション担当記者による解説。

注目を浴びるって、大変:エリザベス女王

2008.03.27
昨日、2008年3月26日、フランス大統領のニコラ・サルコジ氏がカーラ夫人とともに、イギリスを公式訪問した。フランス大統領がイギリスを公式に訪問するのは12年ぶりとのこと。支持率急落に悩むブラウン首相とサルコジ大統領は、この機会を「イギリスとフランス、実は仲がいいんだ」、ということを強調することにより、印象を良くしたいという思惑があるように感じる。

 ヒースロー空港に到着した大統領夫妻は、まずチャールズ皇太子夫妻による「Royal Welcome」を受けそのままウィンザー城へ。で、エリザベス女王夫妻のお出迎え、と言うことになったのが下の写真。大方の期待を裏切って、言い換えると結構地味なカーラ夫人の衣装。ジョン・ガリアーノのデザインによる「ディオール」のコート。グレイはこの春の流行色らしい(
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/26/wsarko826.xml
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/27/nsarkozy427.xml)。



でも、目が止まったのはカーラ夫人ではなくて、エリザベス女王の方。昨年のクリスマスに、教会を訪れたときのものにちがいない。



ブローチ以外、全く同じ。



http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-638.html
 エリザベス女王は、ものを大切に保存することで知られている。ドレスも一度着ただけでしまいこむということは無いらしく、デザインを少し変えたり、色を染め直したり、また帽子とドレスの組み合わせを変えたりして同じドレスでも印象を変えるようにしている。なのに、3ヶ月前の衣装とほぼ同じと言うのはどうしたことだろう。それこそ、張り合って欲しかったな。

http://www.telegraph.co.uk/core/Slideshow/slideshowContentFrameFragXL.jhtml;jsessionidKOTFGWUBLATFPQFIQMGCFGGAVCBQUIV0?xml=/news/2008/03/26/sarkozy.xml&site=news
カーラ夫人の靴がハイ・ヒールでないのは、旦那より高く見えないため、というのが定説。

太ったウサギが生き残れる理由は?

2008.03.26
今日のThe Daily Telegraph紙に、2つ、動物に関する記事が掲載されていた。



http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/25/nfat125.xml
'the UK's largest rabbit'

 2つめは、カナダ発。


http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml?xml=/earth/2008/03/26/easeal126.xml
Canada defiant over annual seal pup cull

 この二つの記事が、同じ日に掲載された裏側には何か意味がある、とは思わない。一方で、カナダでの、アザラシの子供を狩ることに、「可愛いから殺すことに反対」、というのでは「捕鯨反対」を感情論に摩り替えている人たちと同じなのではないかと感じる。

 人間がどこまで自然に関わるのか、関わるべきでないのか、という議論があってもいいのではないかと思う。

英国人病を治せるのは誰?

2008.03.24
日本は花粉の飛散が酷いらしいですね。花粉を取るか、ライオンが吼えまくっている凍える3月を取るか?

 日本に住んでおよそ20年になろうとする、アメリカ人の友人がいます。これまで、欧州系の会社の日本支社、もしくは極東支社を統括する仕事をしてきたマネジメント、そして営業のプロフェッショナルです。その友人が、このたびイギリスに本社がある企業・団体に、日本駐在のマネイジング・ディレクターとして迎え入れられました。詳しい業態をかけませんので、仮にQuangoの一つとしておきます(Quangoについてはこちらをご参照ください:http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-534.html)。

 これまでのイギリス生活の中で、日本ではほぼ起こりえないであろうと思われるトラブルが降りかかるたびに、友人に愚痴を聞いてもらってきました。友人はとても聞き上手ですが、ある程度は、僕がことを大袈裟に話しているのだろうと思っていたかもしれません。しかし、イギリス人と働くことになったいま、僕の経験はまごうことなき事実だったと認めざろうえない現実に、友人は直面しました。

 先週末、新しい職場の雰囲気に慣れたかどうかを尋ねようと電話したときのこと。

 僕:「そろそろ、新しいポジションにもなれた?!」
 友人(以下W):「君が今まで僕に話してきた苦労が、やっとわかったよ。月曜日(17日)、オフィスを出る直前にイギリス本社のある男性社員から、ある案件について調べて、その結果ついて今週の金曜日(21日)までに知らせて欲しいというメイルが送られてきたんだよ」。

 僕は、既にこの時点で、友人が何を言わんとしているのか、何が友人に起きたのかを理解していました。

 W:「日本は木曜日が祝日(20日)だったから、火曜日と水曜日に他の業務の合間を縫って彼が知りたいと言ってきたことについて調べて、返事を書いて、日本時間の水曜日(19日)の夕方に返信したんだよ。そしたら、驚いたことに、すぐに彼から返事が届いた。なんて書いてあったと思う?」

 もちろん、僕は答えを知っていましたが、彼が続けるのを黙って聞いていました。

 W:「Unbelievable, it was an auto reply and it said that he is going to be away from his desk until 25th. I managed to complete his request on time and replied to him on time when he was supposed to work at his desk. 居ないのが判っているのに、どうして人に急ぎの仕事を頼むんだ?!
 僕:「I told you many times

 こんなことが一回だったら友人も気にしなかったのかもしれませんが、立て続けに三度も起きたそう。僕と違ってとても温厚な性格の友人も、流石に腹に据えかねたようです。この「英国人病」の特徴の一つは、周りに迷惑をかけている皆さんが、自分たちが間違っているとは絶対に認めない点。さらに「英国人病」が怖いのは、非常に高い確率で伝染するということ。友人曰く、東京のオフィスで働く日本人スタッフに同じ兆候がみられるそうです(ちなみに、僕の経験は、これhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-69.html)。

 でも、この病に悩まされるのは、何も日本人やアメリカ人だけではないです。イギリス人ですら、この病から逃れることは出来ません。故ダイアナ妃の次男、ハリー王子は、彼の母親がしたのと同じように、アフリカでHIVに感染した孤児たちを助けるための慈善基金を設立しました。基金は、約2億円を集めたそうです。しかしながら、孤児たちに送られたのは、約1,700万円のみだったそうです。人件費、ウェブのデザイン、車の調達、オフィスの調度をそろえることに集めた募金の9割が消えてしまっては、ハリーではなくても怒ります。

Mandrake(Telegraph)
By Tim Walker
Last Updated: 12:01am GMT 17/03/2008

Harry's charity gives fraction of funds to Aids orphans children

Prince Harry is angry that Sentebale - the charity he set up in southern Africa in honour of his mother - has been able to give only a tiny fraction of the money it has raised to the Aids orphans it was intended to help.

The first set of accounts filed to the Charity Commission show that despite receiving donations totalling £1.15 million, only £84,000 has so far gone to the children.

"Harry is bitterly disappointed by the figures," a senior courtier tells Mandrake. "He knows it's the orphans who need the money - and quickly."
A total of £250,000 has been spent on staffing costs, with a single unidentified member of the charity's staff being paid £100,000.

A total of £46,909 went to the offices of the Prince of Wales and the Duchess of Cornwall, in what were described as "recharged payments."

Repayments totalling £21,715 were also made to a company called Traditional Arts, of which Sentebale's chief executive, Geoffrey Matthews, is a director. Fees paid to Mr Matthews totalled £38,989.

A further £86,000 was spent on setting up a website and "developing the charity's ability to raise funds and awareness." Vehicles accounted for £49,000 and £26,000 went on fixtures, fittings and equipment.

Harry co-founded Sentebale - meaning "forget me not" - with Lesotho's Prince Seeiso, the brother of King Letsie, in 2006.

A Clarence House spokesman says that expenditure was expected to be high in the first year and it was important that the money was spent on the "right projects".


 「Seagull Managementhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-523.html)」という言葉を教えてくれた友人は、それほど遠くない昔、イギリス人はもっと働く国民だったのに、と言っていました。社会構造、価値観の変化でこうなってしまったと言うこともできるでしょう。あるいは、押し寄せる外国人移民にその原因を押し付ける人もいるかもしれません。でも、折々感じることの一つは、イギリスの伝統や、社会構造を破壊しているのはなにも外国人だけではない、イギリス人だってしているのでは、ということ。

 昨日のThe Observer紙の文化面で、バレエ・クリティックがロイヤル・バレエ国際化、つまり非英国化になっている現状ついて問題提起をするような文章を書いていました。
http://arts.guardian.co.uk/theatre/dance/reviews/story/0,,2267483,00.html
 すぐに思ったのは、「英国バレエの伝統を、イギリス人が理解していない、理解しようとしないことが先に論じられるべきじゃないのか?」、と。先週の火曜日に、ロイヤル・バレエのある女性プリンシパル・ダンサーにインタヴューする機会がありました。現在、ロイヤル・バレエのプリンシパル・ダンサーの中に、イギリス人女性は一人もいません。インタヴューの中で、彼女自身はどのようなダンサーかという話になったとき、彼女は迷いもなくすぐさま、そして誇らしげに、「I feel I am now an English dancer!」と。僕はこの言葉を聞いて、「少なくとも、ロイヤル・バレエはまだ平気だ」と思いました。

 ロイヤル・バレエの伝統を守ろうとしている非英国人ダンサー達。イギリスの景観の保全を訴える団体の現在の代表は、アメリカ人作家(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-673.html)。僕は、イギリス人が昔日の誇りを取り戻せるか、それともその機会をこのまま失うかは、「イギリス人」次第ではないかと考えます。その一方で、このような状況はイギリスだけでなく、日本やほかの国でも程度の差こそあれ、おきていることだとも思います。

 イギリス人と働くことになったら、まずは、下記のカードを送って彼らの出端を挫いてみると、案外、楽しく働けるかもしれませんね。

Office Timetable


ロイヤル・バレエ:眠れる森の美女

2008.03.23
ロンドン、イースターなのに寒い、と言うのは正確ではありません。「3月下旬」にもかかわらず、この寒さは何事?、というのが正しい表現。なんてぶつくさ言わないとやっていられないほど寒いです。今朝は短時間でしたけど、吹雪ました。本日、3月23日のロンドンの予想最高気温は摂氏3度。最低気温はマイナス1度。

 今週の前半は、バレエ、正確に言うとロイヤル・バレエ関連三昧(舌噛みそう)で、久しぶりにコヴェント・ガーデンに三日間通い詰めるという、ロイヤル・バレエのいちローカル・ファンとしてはとても充実した毎日でした。17日に「眠れる森の美女」、18日にあるダンサーにインタヴュー(掲載日未定)、そして19日はミックス・ビルの最終公演。

 「眠り」の初日は13日でしたが、観にいった17日のキャストがカンパニーとしては一押し、つまりカンパニーが自信と余裕を持って披露できるであろう豪華な配役でした。

Princess Aurora: Tamara Rojo
Prince Florimund: Federico Bonelli
Lilac Fairy: Marianela Nuñez
King Florstan XXIV: Christopher Saunders
His Queen: Cindy Jourdan
Carabosse: Genesia Rosato
Princess Florine: Sarah Lamb
Bluebird: Yohei Sasaki


 主役のタマラ・ロホフェデリコ・ボネッリリラの精を踊ったマリアネラ・ヌニェスに加えて、マーラ・ガレアッツィサラ・ラムラウラ・モレイラプリンシパル・ダンサーが6人も。更に、その下のランク、ファースト・ソロイストからは7人が舞台に立つという、とてもきらびやかな夜。毎年上演されていてちょっと見飽きた感のある古典バレエの全幕ものでも、これほどのキャストで観ると、エンタメとして芸術としていっそう楽しめるというもの。
 現在、ロイヤル・バレエがレパートリーにしている「眠り」のプロダクションは、ロイヤル・バレエ創立75周年を記念して、カンパニー創立者のニネッテ・デ・ヴァロワ女史演出のものを再現したのヴァージョンで、2006年5月に初演。今回は、2度目の上演になります。舞台装置や衣装等に、いろいろ批判はあるようですが、僕は、第3幕のオーロラ姫のティアラを除けば、さしたる不満はありません。
 と言いつつ、人から疎まれるであろう薀蓄バレエ・ファンへの道を突き進んでいる僕としては、幾つか突っ込みを入れたくなる点がありました。このプロダクションで僕がこれまで観てきた王妃は、当夜カラボスを踊ったジェネシア・ロサートか、エリザベス・マックゴリアンのどちらかでした。二人ともプリンシパル・キャラクター・アーティストとして古典全幕の舞台では欠かせない存在で、クリストファー・サウンダースギャリー・エイヴィスの王様に負けない威厳を醸し出していました。彼女達に比べると、シンディ・ジョーダンは若すぎました。王と王妃が登場した途端、思わず、「王様、その若い王妃は何人目?」、と突っ込まずにはいられなかったほど。それに、カラボスと対峙する場面では、マイム、雰囲気全てにおいてロサートと対等に張り合えず、この配役だけはちょっと納得いきませんでした。



ロサート演じる、カラボス

 二つ目。アメリカン・バレエ・シアターから移籍して2年目、Eric Underwoodというダンサーがいます。ランクはいまだにコール、古典ではまだまだ群舞の一人ですが、モダンやコンテンポラリーの新作ではほぼ必ず振付家に選ばれるほどの実力があります。でも思うに、本人は古典バレエのほうが好きなのではといつも感じています。今回も第1幕のガーランド・ダンスで楽しそうに踊っていました。が、思わず目に付いて、目が離せなくなったのが、彼の頭。
 ガーランド・ダンスで踊る男性コール・ドは、後頭部の下のほうに、結った髪にリボンがついているものをつけています。アンダーウッドがその飾りをつけるためにわざわざ変な鬘をかぶっていたというのではなく、その逆で地毛のまま。惜しいかな、アンダーウッドの地毛はとても短く(5分刈り?)、揺れる飾りが不自然で。



ガーランド・ダンス

 青い鳥を踊った佐々木洋平さん、堅実、且つ優雅な舞で安心して観ていられました。派手さはないですが、カンパニーの伝統をきちんと表現できる存在は立派だと思います。フロリナ姫を踊ったサラ・ラムも、踊りに柔らかさがでてきてカンパニーに馴染んできたのがよく判りました。
 リラの精を踊ったマリアネラ・ヌニェスは、昨シーズンまではどうも相性の悪いダンサーでした。批評家が誉めるほど彼女の技術が良いともおもえず。また、極端な言い方ですが、二通りしかない彼女の感情表現(「眉間にしわを寄せる」と「顔いっぱいで笑う」)の貧しさがどうしても気になってしまって。ところがその貧しかった感情表現が昨年の「ダイアモンド」から一気に豊になり、それに伴ってプリマ・バレリーナとしてのオーラを発し始めたように思います。先月、あるガラ公演で見た彼女も素晴らしかったですし、この夜は、これまで何度か観てきたヌニェス演じるリラの精の中で、最良の出来でした。
 ボネッリ。何度も書いていますが、ノーブルな王子役としては、今はカンパニーで一番でしょう。サポート、舞台での端正な佇まい、そして彼自身の踊りすべてが輝いて見えました。下手すれば凡庸と言われかねない、プリンス「だけしか」踊れないダンサーではないです。
 で、ロホ。彼女のオーロラに初々しさを求めるのは、もはや筋違いとしかおもえないほどの落ち着きぶり。批判しているつもりは全く無く、こちらの期待を上回る舞台を見せてくれるロホ。彼女が繰り出す技術に批判的なバレエ・ファンがいるのは承知していますし、僕も、音楽との調和を乱してまでいたずらにバランスを延ばすというのであれば、それは願い下げです。しかしながら、今のロホは技術的にはプライム・タイムにいるのは明らか。そのような時間は長く続かないもの。であれば、楽しまなければ。
 揺るがず、美しさを失わない「ローズ・アダージョ」。第3幕、グラン・パ・ド・ドゥの最後の最後で、5回転(もしくは6回転)のピルエットを連続で。ロホのこの潔さが大好きです。

 ロホボネッリと踊っている写真がどうしても見つからなかったので、再演された時にカルロス・アコスタと踊ったときの写真。



 それと、ロホの回転をたっぷり味わえる、「白雪姫」。




エディタ・グルベローヴァ、ソロ・コンサート

2008.03.21
例によって、連休となれば、天気最悪のロンドン(週末は雪の予報)ですが、今週は、Ego-satisfiedなエンタメ(と仕事)が連日あり、愚痴は言いません。

 幸運にも、リターン・チケットを購入できてしまった(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-736.html)、エディタ・グルベローヴァウィグモア・ホール・デビューとなったソロ・コンサートを、昨日、3月20日に観てきました。完売のわりには空席が目立つとか、通常ウィグモア・ホールの聴衆の平均年齢はかなり高いうえに、昨夜はさらにいつも以上に高く逆に若い聴衆があまり居なくてなんだかな、という印象がありました。でも、グルベローヴァの歌唱は、「Once in a lifetime」という誉め言葉では充分でないほど、素っ晴らしいものでした。

 正直に言えば、会場に着くまで「最後の最後でキャンセルになっていたらどうしよう」、とずっと思っていました。プログラムを購入してまず目に飛び込んできたのは、「Due to unforeseen circumstances」。「げっ、グルベローヴァのお面をかぶった歌手が歌うのか?」、と怯みました。が、実際は、彼女の長年のパートナーで、ピアノを弾く予定だったフリードリヒ・ハイダー氏が欠場。僕は、ハイダーのピアノの腕前は知りませんが、急遽弾くことになったピアニストの方は大変素晴らしかったです。昨夜のコンサートの成功は彼のピアノに負うところも有ったと思います。

 ウィグモア・ホールの定員は、およそ600人。貴族の館のサロンよりは大きいですが、東京やロンドンのほかのコンサート・ホールに比べると、舞台と聴衆の間の距離は短く、こんな小さなホールでグルベローヴァの歌を聞けるなんて、僥倖の一言です。
 ご存知無い方のために。グルベローヴァは既に還暦を幾つか越えていますが、コロラテューラ・ソプラノ、またリーダー・シンガーとしての名声は全く衰えていません。揺るぎない地位を確率し、且つヨーロッパで主に活動しているにもかかわらず、ロンドンはおろか、イギリスにはほとんどきたことがありません。一緒にいった友人の記憶では、彼女が最後にロンドンで歌ったのは、1997年ごろではないかとのことでした。翻って、日本にはよく行くんです。僕も彼女をオペラとソロ・コンサートで観たことがあります。それ以来、ずっとグルベローヴァの歌をなまで聞くことなどなかったので、リターンを奪取してから毎日、一日千秋の思いで昨夜を待っていました。僕の隣に座った女性は、グルベローヴァを観るのは初めてと、興奮を隠せない様子。ということで、昨夜の布陣と、プログラムです。

Edita Gruberová: Soprano
Stephan Matthias Lademann: Piano
Andrew Marriner: Clarinet("Der Hirt auf dem Felsen")

Mozart: Als Luise die Briefe(Louise's lover's letters); Das Veilchen(The violet); Oiseaux, si tous les ans(If yearly, birds); Dans un bois solitaire(In a lonely wood); Ridente la calma(Tranquility fills my soul); Un moto di gioia(A thrill of joy)
Schubert: Der Jüngling an der Quelle(The youth by the brook); Der Fluß(The river) ; Im Haine(In the wood); Lied der Mignon
Nos. 2-4: Heiß mich nicht reden(Bid me not speak), So laßt mich scheine(Let me appear), Nur wer die Sehnsucht kennt(Only those who know longing); An Silvia(To Sylvia); Gretchen am Spinnrade(Gretchen at the spinning-wheel); Der Hirt auf dem Felsen(The Shepherd on the Rock)
Interval
Dvorák: Love Songs Op. 83(チェコ語省略、Oh, our love does not bloom, Death dwells in so many a heart, Now I falter past the house, I know that in sweet hope, Gentle slumber reignes over the countryside, Here in the forest by a brook, In the sweet power of your eyes, Oh, dear matchless soul)
Richard Strauss: Die Nacht; Allerseelen(All souls); In goldener Fülle(In perfect happiness); Zueignung(Dedication)


 前から14列目ということで、目が悪い僕には彼女のドレスの素材は、はっきりとは判りませんでしたが、本人の雰囲気にとてもあう、オフ・ホワイトを基調にしたドレスでした。添付の写真は3年程前のソロ・コンサートからのもので、昨夜も写真同様ネックレスはしていませんでした。そうそう、目とは対照的に、今でも衰えない聴力を恨めしく感じた夜でもありました。右斜め後ろに座る人の腕時計の秒針の音を拾ってしまって。どうして聴覚って、コントロールできないんでしょうね。

 モーツァルトの最初の2曲は、どうも中音域が幾分薄く感じられ、「やっぱり、グルベローヴァも歳を取ったんだな」、と。ところが3曲目になると、中音域だろうが、高音域だろうが歌の意味が判らないにもかかわらず、彼女が紡ぎだす一音一音のニュアンスがとても豊かになり、グルベローヴァは、いまでも「Die Edita Gruberová」のまま。それと、全編を通して感じたのは、彼女のドイツ語、フランス語、チェコ語全ての発音が正確で綺麗なこと。
 プログラムの中で、聞いたことがあるのはシュトラウスの2曲のみでした。しかしながら、どの歌もとても自然に歌われ耳への響きも心地よく、グルベローヴァが自分のことを判ったうえでよく考えられた構成だったと思います。
 シューベルトを歌いだすと、全ての聴衆が息をしていないのではないかと思えるほど聴衆の集中力は高まりました。それを感じたのか、グルベローヴァウィグモア・ホールではこれまでも何度も歌っているのではと感じるほど、余計な力の抜けたよう。それでいて、本物のプロフェッショナルな歌手だけが醸し出す優しい緊張感を失うことはありませんでした。
 「An Silvia」での歌唱で、既に目が潤んできました。息をするように、自然に生み出される高音域がもたらす高揚感は、幸せなときに流れる涙ってこういうものなんだな、と思い出させてくれました。驚異と言ってはグルベローヴァに対して失礼でしょう。自分のキャリアを、声を、そして自分の「歌手としての欲求」を考えに考え、最善の道を歩んできたであろうグルベローヴァ。その道のりは決して楽なことばかりではなかったと思います。が、そういう生き方を選んだ芸術家が生み出す「一瞬の美」に遭遇できた幸運。
 シューベルトの最後の曲が、クラリネット奏者との共演でした。小さいウィグモア・ホールですから、クラリネットの音はかなり大きく、曲の前半では、グルベローヴァの歌とクラリネットの音が重なることがなかったので、「流石のグルベローヴァでも、クラリネットと張り合う歌唱なんてないのか」、と思っていました。ところが後半になると、楽しげにクラリネットとともに歌うグルベローヴァ。クラリネットの音に負けまいと、声を張り上げたなんてことは、ないです。それにもかかわらずクラリネットの音色を包み込むように軽やかに響くグルベローヴァの声。歌を聴く喜びは、この時点で既に満たされていました。

 後半の最初のドヴォルジャークは、一転して、やや内省的な印象を持ちました。グルベローヴァの声、そして佇まいは、まるで祈りを捧げているかの如く静謐な雰囲気を醸し出していたように思います。そして、僕の隣に座った女性が待ちに待っていたシュトラウス
 表現できる言葉を持ち合わせていません。仮に「神」という言葉を使うなら、当夜のグルベローヴァにこそ使いたい、そう思いました。最近、使われるべきではない分野にまで使われている「ディーヴァ」という手垢のついた称号は、グルベローヴァには合いません。なにものかから授かったのものを、昇華し聴衆とわかちあうことに喜びを見出す一人の偉大な歌手。グルベローヴァが「Zueignung」の歌い終わると同時に、隣の女性は両手に顔を伏せたまま。僕の目も、恐らく真っ赤だったと思います。

 拍手が鳴り止まぬ中、2回くらい出てきてそれに応えるだけでしたので、アンコールは無しかと思いました。が、3回目でアンコールが始まりました。曲目は判りませんでしたが、友人曰くビゼーの曲ではないかと。そして、本編ではほぼ披露されなかったコロラテューラ全開。聴衆、大歓喜。続く2曲目は、多分「シャモニーのリンダ」からのアリア。本編だって決して易しい歌曲ではなかったにもかかわらず、コロラテューラの連続。それも、全然無理していない、耳に優しいコロラテューラ

 願いはただ一つ。グルベローヴァさん、もう一度、来てください。




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改題:3月のライオン、イギリスで咆哮

2008.03.21


BBCの天気ペイジから拝借。2008年3月22日午前6時の風の予報。理性的に考えれば、地理的要因による所が大きいことは理解できる。でも、つくづく思う。この国は、とことん、太陽に見離されている。

[追記:3月22日]
今日、ネットをうろうろしていたら、3月を表すのに、以下の言葉あることを知った。
March comes in like a lion and goes out like a lamb.

 出自は今ひとつ判らなかったけど、逆もあるらしい。ということは、今年のイギリスの3月は、まさに、March comes in like a lamb and goes out like a lion そのもの。

 次の The Daily Telegraphの記事に、いかに今年のイースターが早いか(95年ぶり)が書かれている。また、イースターのシステムが決められたのは、西暦325年だそう。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/20/neaster120.xml

ゼナイダ・ヤナウスキーへのインタヴュー

2008.03.19
このインタヴューは、日本のあるメディアに依頼されてもの。バレエを知らないかもしれない一般の人々に対して、来日するロイヤル・バレエ団のプリンシパル・ダンサーに語ってもらうという趣旨でした。インタヴューは、頂いた40分があっという間と感じるほど、楽しいものでした。が、諸般の事情により、現時点(2008年7月2日)では日の目を見ないことがほぼ確実となっています。
 メディアの世界では、起き得る事ですし、このまま仕舞っておこうと思っていました。が、今年のロイヤル・バレエの日本公演は、度重なるキャスト変更等により、なんだか盛り下がっている様子。ロイヤル・バレエのいちローカル・ファンとしては、もうちょっと盛り上がって欲しいと思っています。 
 なので、ルール違反は承知の上で、インタヴュー記事をここに掲載して、少しでも多くの人にロイヤル・バレエの魅力を知って欲しい、公演に足を運んで欲しい、と。
 読んでくださる皆さん、わざわざこのブログにきていただいてありがとうございます。申し訳ありませんが、このインタヴュー記事に関してのお問合せには、お応えできません。ひとつお願いがあります。このインタヴュー記事のいかなる転用・転載もご遠慮ください。



バレエを始めたのが遅かったそうですが、なにか特別な理由があるのですか?
私がバレエ・ダンサーになろうと決めたのは、14歳のとき。これには深ーい理由があるのよ。実は、両親がダンサーだったの。だから子供の頃、私にとって踊りは特別なことではありませんでした。普段の生活の一部と感じていたので、他の事をやりたいとずっと思っていました。
 ところが、14歳の時に踊ることが私にとってどれほど特別なことかが見えてきたの。普通は、遅くとも10歳前後までに始めるから、他の人から比べると本当に遅かったわ。丁度母からも、この機会を逃したらバレエ・ダンサーへの道には絶対に進めないといわれて、決断しました。
 スタートは遅かったけど、決めてからは他の人に追いつくのに時間はかからなかったわ。なんと言っても、私の生活の中にはずっと「踊り」があった。自然に体がいろいろなことを既に知っていたのだと思うわ。


選択は間違っていなかったようですね。
 ええ、今は心からバレエを愛しています。それに、踊ることだけではないわ。舞台を創り上げていく過程、同僚やスタッフと過ごす時間。バレエに関わる全てのことを楽しんでいるわ。
 どうしてだか判るかしら?何故なら、私一人だけでは、舞台を創り上げることはできないことを知っているからです。他のダンサーやスタッフと一緒にゴール(=舞台)を目指していくプロセスは美しく、私に幸せをもたらしてくれます。


バレエ・ダンサーとしての日常はどのようなものでしょうか?
バレエ・ダンサーでいることは、自分の時間の大半をバレエのために費やさなければならないわ。月曜日から土曜日まで、朝10時半から一日が始まります。午前中はウォーム・アップ・クラスで身体をほぐし、午後はずっと7時くらいまでリハーサルが続きます。
 実際の舞台がある日は、午後のリハーサルは体力をキープする為に短くするけど、主役として舞台に立った翌日、また朝のウォーム・アップ・クラスから一日が始まります。
 バレエ・ダンサーとしてのキャリアは短いわ。幸運にも、私はあまり怪我をすることもなくこれまで踊ってくることが出来たし、これからももっと踊りつづけたいと思っています。だから、いつもきちんとしたトレーニングを心がけているし、それを苦に感じることはありません。
 バレエ・ダンサーとして大切なのは、情熱を持ちつづけること。難しいのは、その情熱を執着に変えてしまわないようにすることだと思うわ。


本当に大変な、言い換えれば過酷ですらある毎日ですね。
 時折、友人や知人にこう尋ねられるのよ。「そんなにバレエのレッスンに時間を取られてしまって、失ったものが多いのでは?バレエ・ダンサーの(短い)キャリアを不公平に思うことはないのか?」って。私は、そうは思わないわ。
 バレエが人生の全てではない事は判っている。でも今、バレエへの情熱がとても健康的なものとして私の中にあるのを感じています。私自身、そしてバレエ団の皆はバレエへの情熱が何であるかを判っている。だから、毎日のレッスンも長いリハーサルも、バレエ・ダンサーとして必要なことなのです。
 それでも、普通の人の生活から比べると、バレエ・ダンサーの生活はちょっと特別かもしれないわね。例えば、今月(3月)、私は、三つの全く違ったバレエに主演しています。フレデリック・アシュトンによる全幕古典バレエの「シルヴィア」。クリストファー・ウィールドンによる世界初演のモダン・バレエ。そしてアシュトンの「田園のひと月」。
 それぞれが全く違った物語ですが、精神的な面は私にとっては難しくありません。でも、身体への負担はとても大きいです。それぞれがとても難度の高い振付で、全く違った動きを要求される。
 オペラ歌手も、あるときはプッチーニ、またあるときはヴェルディを歌うということがありますから、ダンサーだけが特別だとは思いません。でも、バレエ・ダンサーの場合、スケジュールによっては、毎晩違った振付を踊り、しかも全てにおいて「最良」でなければならない。ですから、早く燃え尽きてしまわない為にも、体の管理は大切です。


プリンシパル・ダンサーでいることは、貴方にとってどんな意味があるのでしょうか?
プリンシパル・ダンサー(トップ・ダンサーのランク)でいるというのは、文字通り最高のポジションにいるわけですから、とてもエキサイティングなことです。貴方がもしプリンシパル・ダンサーなら、自分自身が「芸術」そのものになったと思うことも有るかもしれません。
 ただ、とても変わった立場ともいえるわね。私自身、いつどのようなときでも、人から注目されたいとは思っていないのよ。でも、プリンシパルとして舞台に立つとき、観衆の注目が私だけに集まっていることを感じるのはとても光栄なことだし、興奮するわ。その興奮を味わう為に、舞台に立つのです。一方で、喜びを得るには、強靭な精神力が必要になる。そういった意味では、プリンシパル・ダンサーとして舞台に立つことほど「ハード・ワーク」なことは他にはないのではと感じることもよくあります。


緊張を強いられる毎日のようですが、オフ・ステージはどう過ごされているのですか?
舞台で一身に注目を集めるのは私の喜びであると同時に、ある意味「仕事」でもあるわ。だから、ロイヤル・オペラ・ハウスから、そして舞台から離れた時間は、本当に私自身の為だけ。
 シーズン中は私生活を楽しむ時間なんて殆どないので、本当に普通よ。テレビを見たり、週末は郊外でウォーキングをしたり、マーケットに行って買い物をしたり。時間がある時には、劇場に行くこともあります。
 私の夫も同じ環境(イギリス人オペラ歌手、サイモン・キンリーサイド)にいるから、今は一緒に過ごせる時間が多くないの。でも、私はバレエ・ダンサーのキャリアがそれほど長くないということは理解しているので、今しか出来ないであろう、プロフェッショナルなダンサーとしての生活を楽しんでいるわ。


ヤナウスキーさんは、古典バレエからモダン・バレエまで、様々な異なる振り付けで常に高い評価を得ています。ご自身では、どのようなダンサーを目指しているのですか?
私が目指しているのは、単なるバレリーナではなく、「ダンシング・アクター」です。それぞれの踊り、振付は、それぞれ違ったスタイルを持っています。ダンサーとして、過去の著名なダンサーの踊りを真似するだけでは、私自身を表現できません。本物のマーゴット・フォンティンの踊りを観た人が、偽もののフォンティンを観たいとは、私は思わないわ。それに、他の人のスタイルに無理やり自分を押し込めることは、ダンサーとして大きな間違いを犯すことになるでしょう。
 振付や物語を、自分のやり方で理解し、自分の踊りで表現する。違う振付で、違う自分を舞台で見せる。バレエを見に来てくださる観客の皆さんに、いつも違った「私」を見せることができれば嬉しいし、それが私が目指していることなのです。


ロイヤル・バレエはどのようなバレエ団だと思われていますか?
よく知られているように、現在のロイヤル・バレエのダンサーの多くは、世界各国から集まっています。でも、モニカ(・メイソン、ロイヤル・バレエ監督)は緩やかなやり方で、ロイヤル・バレエを「イングリッシュ・バレエ・カンパニー」として維持しているように感じるし、私は彼女のその指導の元で踊れることが楽しいの。
 私の祖父は、ウクライナからスペインに移住しました。そして私の父はバスク女性と結婚し、私はフランスのリヨンで生まれ、スペインのカナリー諸島やマドリッドで育ちました。そんな私にとって、今、「ホーム」と感じるのはロンドンなの。どうしてかと言うと、これまでの人生で、同じ所に14年も住んだのはロンドンが初めてなんです。イギリス人の夫と結婚してからは、私は、今の自分を「イングリッシュ・バレエ・ダンサー」とファンの皆さんが見てくれたらと思っています。実際、海外のバレエ団に客演すると、「You are an English dancer!」とよく言われるのよ。
 現在のロイヤル・バレエは、一人のダンサーとしてそしてダンシング・アクターとして、とても素晴らしいバレエ・カンパニーだと私は思います。


日本公演に参加されないのは残念ですが、日本のバレエ・ファンに伝えたいことはありますか。
2005年の日本公演では、私が踊れる役がなかったので、カンパニーと一緒に行けなくて本当に残念だったわ。今回、初めてカンパニーと一緒に大好きな日本にいける機会が巡ってきて、しかも日本で初めて全幕の主演(「シルヴィア」)を踊れることは大変な名誉だと思っていたので、いけなくなってしまったのは残念です。でも、今の私には別の幸せがあるから(この秋に第一子出産予定)。
今年の日本公演で上演される「シルヴィア」は、バレエ・ファンの皆さんにはとても見応えのあるバレエだと思います。ギリシア神話を元にした愛の物語。三幕で構成されているけれど、各幕ごとに雰囲気が違うので、観客の皆さんはそれぞれ違うテイストを楽しめると思います。
 ダンサーには、特に主役のシルヴィアは、踊り甲斐がある一方でとても、とても難しい役です。第1幕では、跳躍や回転が連続であって、アスリートのようなスタミナが必要です。第2幕は、一転して「シバの女王」を思わせるエキゾチックな踊り。そして第三幕は、「眠れる森の美女」のような純粋な古典バレエ。この全く違うテイストを、たった2時間半で踊らなければなりません。でも、現在のロイヤル・バレエは上昇する勢いをキープしているので、日本でも素晴らしい舞台を皆さんにお見せできると思います。日本のバレエ・ファンの皆さんもきっと楽しんでいただけると信じています。

 カンパニーには戻るつもりです。カンパニーも応援してくれると思います(注)。機会があるのなら、次の日本公演には、是非参加できればと思っているのよ。3年前、名古屋で開催されたガラ公演で日本に行きました。観客の皆さんがバレエに寄せられる情熱を知ることが出来たのはとても嬉しい経験でした。また、短い滞在だったけど、日本の美しい自然を知ることもできました。あの美しい自然の中で、是非、ウォーキングをしてみたいの。どうしてって?、私は「イングリッシュ・バレエ・ダンサー」ですからね。


注:ロイヤル・バレエ団は、出産後のダンサーの復帰をカンパニー全体で奨励している事で知られている。
(2008年3月18日、ロイヤル・オペラ・ハウスにて)

チャールズ皇太子の店、オープン

2008.03.18
イギリスの王位継承権第一位、チャールズ皇太子がオーナーとなる食料品店が、昨日、3月17日にオープン。テイプ・カットはオーナー夫妻じきじきに。



外観も内装も、取り立てて「Royal」な感じには見えない。郊外のファーム・ショップとあまり大差はないかな。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/18/nhighgrove118.xml
http://news.bbc.co.uk/1/hi/england/gloucestershire/7300189.stm
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/mar/18/monarchy.retail?gusrc=rss&feed=46

 エリザベス女王夫妻がこの店に来るかどうかは判らないけど、ウィリアムケイト嬢、もしくはハリーチェルシー嬢がこの店でたまに接客するなら、見に行ってみたい。ハリーがあの野太い声で、「お釣り、2ポンド1ペンスです。ありがとうございます」、と言っている情景を思い浮かべると、思わずクスリとしてしまう。

チャールズ皇太子、食料品店のオーナーに

2008.03.16
今日はとてもイギリスらしい、惨めな天気のロンドン。僕は、イギリス人と違って、この天気で幸せを感じることは、「幸運」にもまだないです(解説は後で)。

 本題に行く前に。復活祭の連休の週末、イギリス国内の鉄道網、特に長距離を走る路線は保守工事のためにストップします。春休み、そして急激な円高を利用してイギリスに来られる方は、ご注意ください。BAのパイロットによるストライキは、既に回避されました。
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/mar/08/transport?gusrc=rss&feed=networkfront
 「どうしてせっかくの連休に、わざわざ保守工事をするんだ?」、と思われる方がいることでしょう。それはこの国が、イギリスだからです。


 本題。昨日の土曜日、The Daily Telegraphのウィークエンド・セクションの特集記事は、チャールズ皇太子が、ついに彼自身の食料品店をオープンすることになったというものでした。写真は店内の様子。



店がオープンする場所は、皇太子が愛して止まない彼自身の私邸、Highgrove
http://www.telegraph.co.uk/wine/main.jhtml?xml=/wine/2008/03/14/edhighgrove114.xml
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-740.html

 記事をざっと読んだ所では、Highgrove邸のガーデン・パーティーに招待された人だけが購入することが出来た、皇太子ご自慢のオーガニック野菜や食肉を購入したいという需要の高まりに応えるもののようです。
 チャールズ皇太子の会社、 Duchy Originalshttp://www.duchyoriginals.com/public/default.aspx)の商品のほかに、オーガニック農場で飼育された牛や羊の肉の販売、乳製品を販売するようです。チャールズ皇太子がイギリス国内に所有する土地はこちら(http://www.duchyofcornwall.org/aroundtheduchy.htm)でみることが出来ます。どうやら、宿泊施設も運営しているようです。結構手広くやっているんだな、と。
 チャールズ皇太子が、グロスターシャーGloucestershireコッツウォルズのちょっと上辺り)にあるHighgrove邸を愛しているのは有名な話。たまに、公務を遂行するより、敷地内の農場を見て周ったり、狩りをしているほうが楽しそうなくらいです。エリザベス女王とは違ったやり方でイギリスの伝統を守ろうとするチャールズ皇太子の姿勢はメディアが揶揄するほど悪くはないと思います。ただ、人気がない。更に、ちょっとoutspokenなのも、将来の国王としてはまだまだ修行が足りないかなと思います。



(販売される商品の一つらしいです)

 食品ついでに、今イギリスで最も熱い「食」の話題を。ゴードン・ラムゼイのようなセレブリティ・シェフではありませんが、人気・影響力ではラムゼイと肩を並べるくらい有名な料理家で、デリア・スミスDelia Smith)という女性がいます。そのスミスさんの最新の料理本、「 How to Cheat at Cooking 」を巡ってメディアだけでなく彼女のファンからもかなり非難が寄せられました。というのも、家庭での調理を楽にする為(他の理由もあり)に、調理済みの食品をもっと使いましょう、と。これに対してこれまで彼女を賛美していてファンからは、「裏切りだ!」、との声が。



 そんなこんなで話題になっている彼女の最新レシピを別のセレブ・シェフが試し、フード・クリティックに食べ比べてもらおう、という企画がThe Guardianでありました。
http://lifeandhealth.guardian.co.uk/food/recipe/0,,2265305,00.html
G2本文
http://www.guardian.co.uk/lifeandhealth/gallery/2008/mar/14/foodanddrink?lightbox=1
写真

 イギリス人の間での議論は、「裏切りだ」とか「いや、デリアは一般市民の生活を理解している」とかばかり。が、僕は、問題の本質は「イギリスの、冷凍食品を含む調理済み食品の質は低すぎる」、これに尽きると思っています。農薬混入問題で揺れる日本では別の問題があるのかもしれませんが、日本で販売されている調理済み食品の質は、日本人の味覚に合わせているとはいえ、品質、種類ともにイギリスから比べれば、いいと思うんです。

 おまけ。数日前にテレグラフ紙に掲載された、イギリス人の性格についての記事を二つ。「イギリス人は、不幸であるときほど幸福である。また、イギリス人の、他者を、そして自分すら貶めるユーモアのセンスは、イギリス人の遺伝子に組み込まれている」のだそうです。

http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/09/nbrits109.xml
Misery makes Britons happy, says US writer
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/10/nhumour110.xml
British humour 'dictated by genetics'

 イギリス人の友人・知人に、特に前者について尋ねてみた所、ほぼ全員が同意していました。自覚しているんですね、皆さん。下の写真は、イースター・フライデイに食する「Hot Cross Buns」。スパイスが効きすぎていて、残念ながら僕の味覚にはあいません。




ヒースロー空港のターミナル5、公式にオープン

2008.03.15
3月14日、エリザベス女王を迎えて、ロンドン・ヒースロー空港の新しいターミナル、「ターミナル5」でグランド・オープンのセレモニーがあった。



前日に、リュックサックを背負った不審人物が滑走路に進入して、セキュリティ面の不備を危惧する声があがったけど、セレモニーは予定通りに。
 ターミナル5を使う航空会社は、ブリティッシュ・エアウェイズだけとのこと。そんなたった1社のファースト・クラス利用者の為だけに、これほどゴージャスなラウンジを作る必要があるのかどうか。



(ファースト・クラス利用者専用のラウンジ、The Concorde Room

 エリザベス女王がテイプ・カットしたからと言って、ターミナル5が快適であるかどうかはわからないし、いまだにテロの危険に直面しているイギリスでは、これが現実だろう。



 BA専用ということだから、春休み中に日本からBAを利用してイギリスに、またヒースロー経由で他のヨーロッパ諸国に行く人は、もしかしたらこの新しいターミナル5を利用する機会があるのではないかと思う。
 問題は、ヒースローがヨーロッパだけでなく、世界の主要空港の中でも最悪の飛行場になっているという点。混雑しているから離発着の大幅な遅延に始まり、手荷物の紛失率も最悪。
http://www.telegraph.co.uk/travel/738684/Heathrow-voted-world's-least-favourite-airport.html
Heathrow voted world's least favourite airport

 遅延の原因となっている混雑の軽減を図るために、第3滑走路の建設案が出されている。当然というべきか、周辺住民や教育機関、企業は猛反発。
http://www.guardian.co.uk/environment/2008/mar/13/travelandtransport.theairlineindustry
 こういう反対活動はどこの国でも同じだけど、ヒースロー空港を運営するBAAへの反感・不信感による所が大きいように思う。ちなみに、空港建設、道路拡張、風力発電の巨大風車建設等に反対する人々を表す単語は、NIMBYNot In My Backyardから。

http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7287161.stm
BBCターミナル5・オープンの関連ペイジ。
http://www.guardian.co.uk/uk/gallery/2008/mar/14/transport.architecture?picture=332977973
ガーディアンの写真ペイジ。
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/03/14/nheathrow314.xml
テレグラフ。ターミナル内の店舗情報なども充実。
http://www.heathrowairport.com/
ヒースロー空港の公式サイト。

天気図から考察するイギリスという国

2008.03.12
今週の月曜日未明からイギリスに吹き荒れているGale(西風)を伴うこの冬最強の嵐の影響はまだ残っているようで、今朝もロンドンでは強風が吹き荒れています。各地で水道や電気の切断、道路や空港の封鎖が相次いで、地域によってはかなり深刻な状況にあるようです。

 台風の国、日本では珍しくもないかもしれませんが、月曜、火曜と二日続けて面白い天気図がThe Daily Telegrph紙の本紙に掲載されたので、ご紹介。テレグラフのウェブ(http://www.telegraph.co.uk/news/index.jhtml)はかなり充実していますが、天気図だけはウェブ上にアップされません。著作権のことでミクシィを批判する資格はないです。双方の画像(クリックで拡大)は、本紙をスキャニングしたもので、ちょっと荒いかもしれません。今回も画像処理は、友人の協力があってこそ。



(3月10日の最終版から)



(3月11日の最終版から)
 イギリス全土で天気が大荒れというのは同じですが、月曜日には前線がくるっと巻いていたのが、翌火曜日は一直線、という極端さがイギリスらしいなと思います。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-527.html

 どれほど荒れたかは、The GuardianThe Timesの写真でお判りいただけると思います。

http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2008/mar/10/weather?picture=332882423

http://www.timesonline.co.uk/tol/template/2.0-0/element/pictureGalleryPopup.jsp?id=3520874&offset=0§ionName=Sport




「始まりの時代」の終わり:ミクシィの混乱に思うこと

2008.03.10
今日、月曜日10日、イングランド南部とウェールズに、この冬最大の嵐が襲い掛かりました。これ、数日前からメディアも取り上げていて、いろいろと準備していた人もたくさん居たはずです。でも、イギリスという国は、良かれ悪しかれそこに暮らす人の期待を裏切る国。抜けるような青空がロンドンに広がっても、驚かないと呑気に考えていましたが、実際はとてつもない冬の嵐でした。




 多くの皆さんが、多少なりとも、ソーシャル・ネットワーク・サーヴィスSNS)を提供するブランドの一つである、「ミクシィ」という名前を聞いたことがあると思います。また、利用されている方も居ることでしょう。利用者は、日記を簡単に書くことができ、また同じ趣味、嗜好や生き方を共有する人とコミュニティを通して交流を図ることができる。一言で説明すれば、こんな所でしょう。日記やコミュニティは、ミクシィ全体に公開しているものから、限られた友人(マイミクと呼ばれています)やコミュニティのメンバーのみが閲覧でき、交流を深めるものまで様々。とりわけこの安定した環境で、「限定された場を提供する」機能が、他では語り合えることの出来ない心の悩みを抱える人たちを引きつたとも言われています。
 僕がミクシィを使いつづけているのは、1)日本や他の国にいる友人たちとのコミュニケイションが簡単、2)他愛もない日記を、気軽に書き綴ることができる、というのが理由です。言い換えると、安定したSNSという「場」であれば、仮にミクシィを使う魅力がなくなれば、我慢してミクシィを使いつづけなければならない理由はない、ということです。使いづらいものやサーヴィスを、愚痴をこぼしつつつも買わざろう得ない、使わざろうえないのは、ロンドンの生活だけで充分です。

 先週、ミクシィの運営会社は、来る4月1日から効力を発動する新しい「規約」を発表しました。規約に含まれる条項の数が2倍以上になった事実もさることながら、ユーザーが即座に反応したのが、18条。

第18条 日記等の情報の使用許諾等
1 本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2 ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。


 これには、クリエイター等のミクシィを積極的に活用していると思われる利用者が、一斉に猛反発。ミクシィを通して発表してきた作品や音楽、原稿を勝手に使われる上に、「著作権はないよ」といわれたのであれば、当然の反応でしょう。こういう利用者は、ミクシィが提供した「SNS」という場を利用する替わりに、ミクシィに商業的、また社会的な成功をもたらしたであろうグループ。そういう、ある意味コアな利用者グループが反発、ミクシィを退会すると反発した状況に慌てふためいたミクシィ側は、数日後にとりあえず「コメント」を出しました。しかしながら、コメントに法的な拘束力があるでもなく、そのあとはなしのつぶて。過去にもしてきたようにミクシィ側は現在の所は、頬被りをしたいようです。が、状況はそうも行かないことになりつつあります。

http://www.j-cast.com/2008/03/05017474.html
規約改定騒ぎに広告落ち込み ミクシィ株、3日続落

ミクシィ株の下落が止まらない。2008年3月5日は終値で前日比3万6000安の98万4000円だったが、一時は96万2000円まで下がった。これで3日連続の下落となり、とうとう100万円を割った。ミクシィ株については、三菱UFJ証券が3月4日、投資判断を「2」から「4」に2段階引き下げた。「4」は2番目に「悪い」評価だ。これが売り要因とされるが、一部ではミクシィの利用規約改定に、「mixiユーザーのみならず、株主も怒りをもっている」との見方もある。


 でも、問題があるのは、18条だけではありません。

第21条 本利用規約及びその他の利用規約等の有効性
1 本利用規約及びその他の利用規約等の規定の一部が法令に基づいて無効と判断されても、本利用規約及びその他の利用規約等のその他の規定は有効とします。
2 利用規約等の規定の一部があるユーザーとの関係で無効とされ、又は取り消された場合でも、利用規約等はその他のユーザーとの関係では有効とします。


「えっ、ミクシィって、治外法権?」、と唖然とさせられたそのあとに、

第23条 準拠法及び管轄裁判所
1 本利用規約の準拠法は、日本法とします。
2 ユーザーと弊社の間で訴訟の必要が生じた場合、東京地方裁判所を第一審の専属的合意管轄裁判所とします。


 一貫性が全くありません。僕は、18条の非常識具合よりも、仮にも株式を市場に上場している企業が、首尾一貫を欠く姿勢に不信感を強めています。
 ミクシィは「場」を提供してきたのであるから、その代わりに利用者がミクシィに提供した情報は、ミクシィのものであるといっているように捉えることができる今回の規約改定。確かにミクシィがこれまで提供してきたサーヴィスは魅力的だったことでしょうし、多くの利用者が集まったことは事実。でも、そのサーヴィスにさらに磨きがかけられ、ミクシィの商品価値がさらに高められたのはユーザーがいたからという面があると思います。
 ユーザーは、愚かではないです。理不尽を我慢してまで使わなければならないサーヴィスにいつまでもしがみつくことはないでしょう。今回、ミクシィ自らが引き起こした騒動は、例えて言うなら、急に態度があやふやになっただけでなく、苦情処理や修繕にきちんと対応しない大家に愛想を尽かした店子が、大挙して出て行く、そんな状況のように思います。

 ソーシャル・ネットワーク・サーヴィスが生まれたのは、恐らく3、4年前くらいだと思います。が、今では、日本だけでなく世界中で多くの人が毎日新たに利用し始めている状況にあるようです。アメリカ発のSNSに、「Facebook」という企業があります。創業した男性は、フォーブス誌の最新長者番付に名前が載ったそうですから、成功の規模、ユーザーの数はミクシィの比ではないでしょう。そんな美味しいツールを他の企業が看過するはずがなく、最近ではFacebookを利用する企業や団体が増えているようです。一例を挙げると、ロイヤル・オペラ・ハウスhttp://www.facebook.com/pages/London-United-Kingdom/Royal-Opera-House/6597757578)。

 ただ、急激な勢いで人々の生活に浸透して来ているSNSは、社会に影を落とす事件や問題に関わることが増えてきているようにも思います。
 イギリス、ウェールズ南部のある街で、2007年1月から現在までに17人の若者が自ら命を絶っています。その多くは10代。
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/feb/20/wales?gusrc=rss&feed=networkfront
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2008/02/06/ncult106.xml
この、ウェールズ南部にある恐らく何の変哲もないBridgendという町の若者が自殺しつづける一つの心理要因に、Bebohttp://bebobling.com/)というSNSが深く関係しているのではないかといわれています。それは、若者が自殺した後に、友人たちがBeboに彼らの「追悼」ページを作ることが「COOL」である、と。自分が見ることが出来ない自分への「追悼」ページのどこが「Cool」なのか、僕には全く判りません。
 僕は、イギリスの、特に若い世代に蔓延する、何もかも十把一絡げにして「Coooool!」といえば何かを言い表していると錯覚しているこの「Cool Culture」が、大っ嫌いです。全てが薄っぺら。最近、いい歳した大人まで多用している状況になりつつあり、表現力の低下を感じます。
 Beboや他のSNSが若者達に自らの命を絶つ決断をさせる主要因であるとは僕は思いません。ただ、SNSという新しいコミュニケイション・システムが、自分たちの生活に悪い影響を及ぼすのでは、という根拠のない不安を人々が抱いて居るのではないかと考えます。

 インターネット時代の初期から使われてきたブラウザの一つ、ネットスケイプがそのサポートを終了、つまりその使命を終えて表舞台から去るということをご存知の方は多いと思います。競争に敗れ、ユーザーのニーズにあったサーヴィスを提供できなくなるというのであれば、仕方のないことなのでしょう(画像はクリックで拡大)。



 ただ、インターネットを使い始めてから昨年までずっとネスケを使い、今でもある特定の作業の時だけは使っているので、この状況は寂しいです。そんな想いをミクシィの日記に書いたとき、ミクシィで知り合ったある方から寄せられたフレイズが、タイトルの「始まりの時代の終わり」です。この方とは、一面識もありませんが、このような出会いの機会をもたらしてくれたミクシィには感謝しています。

 ミクシィに話を戻すと。何もかもが予想を超える速さで進化しつづける、変貌しつづけるインターネットの世界にあって、SNSというサーヴィスはまだ始まったばかりといえるのかなと思います。日本に限って言えば、ミクシィはその先駆者的企業であるのでしょう。ただ、最近ではSNSミクシィのような大所帯だけでなく、特定のトッピクだけのSNSが急速にその数を増やしているらしいです。そのような状況では、仮にミクシィが今回の騒動の落しどころを見誤れば、ミクシィの存在意義が急速しぼんでいくこともありえるのではないかと思います。そうなれば、ごく近い将来に、「かつてSNSの草創期、ミクシィという企業があった」、と過去形でしか語られず、もはや過ぎ去ってしまった「始まりの時代」を物語る一つの通過点としてしか見られなくなる、というのはあながち的外れの予想でないと思います。

10数年ぶりの再会は叶うか?:エディタ・グルベローヴァ

2008.03.07
昨年、ロンドンの繁華街、オックスフォード・ストリートを2本裏に入った所にあるウィグモア・ホールのプログラムについて書いた。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-482.html
その中で、絶対にチケットを購入できるはずはないから、知らなかったことにしておけば諦めもつくだろうと思っていたのが、エディタ・グルベローヴァのリサイタル。ロンドンはおろか、イギリスに殆ど来ない大物オペラ歌手の筆頭といえるグルベローヴァが、こじんまりとしたウィグモア・ホールで歌うとなれば、フレンズ会員だって下手したら取れないことだってありうる。

 自分で書いておきながらだけど、暫く経っていたので、リサイタルの日時をすっかり忘れていた。終ってしまっていれば、諦めもつくと思っていた。でも、2月中旬に、一度きちんと確かめようと思ってウィグモア・ホールに電話した所、まだ終っていなかった。当然、その時点ではソールド・アウト。やはり諦めようと思った。

 今週水曜日の午前9時半ごろ、翌木曜日の午後に、ひと月以上も時間をかけて調整しておいた二つのアポがドタキャンになった知らせが、相次いで届いた。「何度目だよ、こんなこと」、と鬱々とした気分のまま、気がつけば正午。
 どうしてウィグモア・ホールに電話してみようと思ったのかは、全然、思い出せない。不思議なことに、殆ど待たされることなく、ボックス・オフィスの担当者につながった。

 僕:「ないと思うけど、3月20日の、リターン・チケットありますか?」
 WH:「丁度、リターンがあるよ」。
 僕:「えっ?、いま、なんて言いました?リターン・チケットが有るって言いました?!」
 WH:「そうそう、ちょっと前にもどってきたのがあるよ。どうする?」

 買うに決まっている。電話してからチケット購入までの所要時間は、ほんの3分くらいだった。今シーズン、本当にリターン・チケット獲得には恵まれている。リターン・チケットの女神に気に入られているのかな、なんて。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-595.html (ロイヤル・バレエのジュエルズ
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-606.html (ロイヤル・バレエのくるみ
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-681.html (ラ・トラヴィアータ
 



 3月20日のリサイタルの構成は、以下の予定。

Edita Gruberová (soprano)
Friedrich Haider (piano)
Andrew Marriner (clarinet)

Mozart Als Luise die Briefe ihres ungetreuen Liebhabers verbrannte; Das Veilchen; Oiseaux, si tous les ans; Dans un bois solitaire; Ridente la calma; Un moto di gioia; Der Jüngling an der Quelle; Der Fluss; Im Haine; 3 Mignon Lieder; An Silvia; Gretchen am Spinnrade
Schubert The Shepherd on the Rock
Dvořák Love Songs Op. 83
Strauss Die Nacht; Allerseelen; In goldener Fülle; Zueignung

We are delighted to welcome Edita Gruberová, one of the most acclaimed sopranos of recent decades, for her Wigmore Hall debut recital.

 グルベローヴァには思い出がある。初めての海外旅行は、ウィーンだった。三つだけ、今でも覚えている。ザルツブルクで、一人で食べきった、ラグビー・ボール大のカスタード・クリームの固まり、「ザルツブルガー・クノッケルル」。ウィーンで購入した狩猟用のマント(今でも愛用)。
 そして。この旅行に誘ってくれた会社の先輩と、「ルチア」を観終わった後に中華を食べ、その後オペラ・ハウスに戻ってみると、グルベローヴァアルフレード・クラウスがサインに応じていた。グルベローヴァは、あの頃は40代後半。脂が乗り切っていた頃だったと思う。彼女がしていた巨大な真珠の一連のネックレスは、本当にゴージャスだった。今では自分でも信じられないけど、あの頃はまだかろうじてドイツ語を話せた。ドイツ語で話し掛けたら、グルベローヴァがにっこり微笑み、「東京でお会いしましょうね」、とかなんとかドイツ語で返したきたような記憶がある。
 こう書いてみると、縁があるのかな。このリサイタルのチケットを持っている全ての人の望み、それは、グルベローヴァが歌ってくれること。



ルチアを演じるグルベローヴァ

 ロンドンには来なくて、日本贔屓なのはグルベローヴァだけではない。シルヴィ・ギエムもそう。ロンドンに居れば少なくともギエムを観る機会は年に一回はあるけど、演目は大体いつも同じ。今年の夏、東京バレエ団を引き連れて、モーリス・ベジャール追悼公演をヨーロッパ大陸でするギエム。どうしてロンドンでその公演をしてくれないのだろうか。

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ロイヤル・バレエのWarm-Up Class

2008.03.06
昨日水曜日の段階で、それぞれひと月ほど時間をかけて準備していた仕事や約束全てがドタキャン。逆に、取れないと諦めていたハイパー・スーパー・プラチナム・リサイタルのチケットが取れたりと浮き沈みが激しく、第1週目にもかかわらず、既に自分の中では3月も下旬のような気分です。

 2ヶ月ほど前、ロイヤル・オペラ・ハウスから手紙が届きました。内容は、「ロイヤル・オペラ・ハウスフレンズ会員の中でも、特にロイヤル・バレエを熱心に支援してくださっている皆さんに、来る3月6日の午前10時30分から始まる、ロイヤル・バレエWarm-Up Classを見学していただく機会を設けます」、とのこと。無料ではありませんでしたが(と言ってもたいした金額でもなし)、バレエ・ダンサーを間近に観られるだろうし、レッスンなんて一度も見たことがなかったので、これは行ってみるかと。時折オペラ・ハウスでお会いしてオペラのことを話すことのあるロンドン在住のDさんをお誘いして行ってきました。

 ロイヤル・オペラ・ハウスにつくと、すでに長蛇の列。どうしたことかと思ったら、夜に公演のある「ザロメ(写真はクリックで拡大)」の当日券を求める人たちの列でした。



初日の前はかなりチケットが売れ残っていましたけど、評判が良くて初日の後は残っていたチケットは完売したようです。今日は、メイン・オーディトリアムでは、ロイヤル・オペラの「ユージン・オネーギン」のスクール・マチネがあったりして、平日の昼間にしては、ロイヤル・オペラ・ハウスは活気に満ちていました。

 ウォーム・アップ・クラスが行われたのは、オペラ・ハウスの最上階にある「Clore Studio Upstairs」。



これまでこのスタジオでは、
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-426.html (ピノッキオ
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-67.html (テンペスト
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-461.html (連隊の娘
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-581.html (ミノタウロ
のワークショップ等に参加してきましたが、ロイヤル・バレエのダンサーの練習を観るのは初めてでした。今日のクラスは、Roland Price氏が教師、ピアニストはKate Shipwayさんという方。クラスが始まる前、ソロイストDavid Pickering(ダンサーに興味をもたれ方は、このリンクをどうぞ、http://info.royaloperahouse.org/ballet/index.cfm?ccs=87)が「Class」とは何かを簡単に説明してくれました。以下に書き写したのは、開場を待っているときに配られたパンフレットにあった説明です。

Ballet dancers do a daily warm-up session or class five to six days a week for their entire careers. This warm-up session is usually referred to as [class]. Just as an athlete must arn up muscles and joints before a race or a game, dancers must prepare their bodies for the working day of rehearsals and performances. Class allows dancers to practice difficult steps in the same way that a footballer would practice skills.

Dancers in The Royal Ballet have usually completed six to eight years of full-time training before joining the Company. Most started dancing in their local community and then spent times at vocational schools such as The Royal Ballet School which combine ballet training with academic lessons.

Class starts at 10:30 each morning and last for an hour and fifteen minutes. There are too many dancers to fit into one warm-up sessions so there are usually two classes held each morning. Following class the dancers will have several hours of rehearsal, lasting until five or six o'clock in the evening. On performance days they have a two-hour rest break before the performance begins. This break give the dancers time to get something to eat, put n their costumes and make-up, and mentally and physically prepare themselves for the performance.

Every ballet class follows the same basic format, but each teacher will vary the exercises slightly according to what they want to achieve that day, and possibly what the dancers will be performing.


 スタジオには既に20人ほどのダンサーがいました。今日の会場は、観客が座る一辺をのぞき、他の3辺には壁にバーがあります。また、3台のバー・スタンドがスタジオに据えられていました。ダンサーはそれぞれ壁のバーやバー・スタンドにもたれて柔軟運動をしていました。ちなみに、観客席の向かいの壁は鏡。本来このクラスには客なんて居るはずがない上に、さらに鏡にうつる自分の姿の後ろに客の姿が映っている、と言うのはダンサー達にとって妙な気分だったのではないかと思います。
 素顔のダンサーって殆ど会ったことない上に、特に女性ダンサーの顔と名前が一致しなかったんですが、僕達が座った席の前のパー・スタンドには、Roberta MarquezSian Murphy(舞台で観ると大きく感じる彼女ですが、細かった)、小林ひかる。他に気付いたのは、Johannes Stepanek、 Thomas Whitehead、Deirdre Chapman、Brian Maloney、Andrej Uspenski、Henry St Clair、Paul Kay、Richard Ramsey、Fernando Montaño

 まずは、バー・レッスンから。教師が与える指示に従い、音楽にのって、ゆっくりしたものから始まり、次第に細かな足さばきを何度もするもの、上半身と下半身の動きを合わせたものへと進んでいきます。僕は、バレエ用語についての知識はほぼないので、プライスさんの指示から拾えたのは、アラベスク、フロント、それにバックだけでしたし、レッスン自体、単調といえば単調なのかもしれません。
 でも、経験やコンディションによって体の動かし方にかなり違いはあれども、教師が出す細かい指示をきちんとこなしていくダンサーの姿は、綺麗でした。英文の解説に書かれているように、既に10数年、バレエ・ダンサーとしての経験があるわけですから、いちいち「それは何、これはどこをどう動かすの?」なんてことを尋ねる必要はないのでしょう。それでも、教師が早口で与える指示を、20人ものダンサーがきちんとこなしている光景は、とても素晴らしい舞台を観たときと同じくらい心に迫ってきました。
 上半身、下半身それぞれをほぐすであろうムーヴメントが終ったあと、体全体を使ったムーヴメントが始まりました。そのうちの一つで、ピアニストが音楽を奏で始めて数十秒の間、その音楽にのって上半身を反らしながら片腕でゆっくり大きな弧を描くムーヴメンとを続けるダンサー達の姿があまりに美しくて、知っているはずの音楽なのにタイトルが浮かんできませんでした。かなでられたのは、「アメイズィング・グレイス」。この曲がバレエに使われるとは思っても居なかったのと、音楽とダンサー達の動きの同調があまりにも自然で美しく、思考が止まったようでした。
 次第にルーティンの速度が上がっていき、「あ、この足捌きはあの全幕の群舞かな」とか、「おっと、あの二人足の動きが教師の指示と違う。あっ、修正した」とか。観ているうちに、ランダーの「エチュード」が観たくて堪らなくなりました。これまで「エチュード」は2回観たことがあります。最初はパリ・オペラ座バレエで、2度目はキーロフ現マリインスキー・バレエ団で。双方とも、至上の舞台だったので、ロイヤル・バレエが上演するならそれを凌ぐものであって欲しいですが、バー・レッスンを見ていたら、これなら出来るのでは、と思えました。
 バー・レッスンは休みなく40分続きました。一つルーティンが終るたびに、額に浮かぶ汗が流れ落ち、シャツを、上着を脱ぎ、顔を上気させながらも手を抜くことなく身体を動かしつづけるダンサー達。男女が混じり、体型もばらばら、そして国籍もばらばら。にもかかわらず、スタジオ内に漲るエネルギーは同じ方向に。バー・レッスンがダンサーたちにとってどれほど大切かを初めて実感できましたし、数年前にシルヴィ・ギエムが、「コンテンポラリーやモダンを踊るときでも、朝はバー・レッスンからはじめる」、と言っていたことが、改めて思い出されました。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-410.html

 バー・レッスンが終ると、スタンドは部屋の隅に片付けられました。何人かのダンサーがスタジオから出て行くのと入れ替わりに、プリンシパル・ダンサーエドワード・ワトソンセナイダ・ヤナウスキー、そしてサラ・ラムがスタジオに。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-733.html
ワトソン
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ヤナウスキー

 後半は、2グループに分かれて、鏡に向ってピルエットやアラベスク、また他の動きを舞台の上さながらに踊ることから始まりました。始まってすぐに感じたのは、やはりトップ・プリンシパル・ダンサーともなると一つ一つの動き、静止したときに身体のラインがみせる美しさが、違う。第一グループにワトソン、第2グループにヤナウスキーが居ました。彼ら二人は鏡に一番近いところで踊っていたので、僕が座っていた所からは遠かったにもかかわらず、目が離せませんでした。さらにこの二人、いまの所、プリンシパル・ダンサーの中では最も多忙なダンサーかもしれません。ワトソンは先月のトリプル・ビルで大活躍。そして今月は、クリストファー・ウィールドンの新作に。ヤナウスキーは、2月はコヴェント・ガーデンで踊っていなかったはず。でも今月は、「シルヴィア(全幕)」、ワトソンと同じくウィールドンの新作、そしてアシュトンの「田園のひと月」の主役デビュー。今月末には、ロンドンでカルロス・アコスタのグループ公演にも出演予定。加えて今日の午後は、スペインのテレヴィ局が彼女をずっと撮影する予定だとのこと。
 レッスンの合間に、ピアニストが急に「Happy Birthday」を弾き始めました。今日は、Fernando Montañoの誕生日だったようです。場が和んだところで、クラスは別のレッスンへ。
 まずは、鏡のある壁側から、客席に向ってダンサー達が回転や跳躍を織り込みつつ踊ってきました。いつもだと、双眼鏡の中でしかみることのないダンサー達が、汗を飛び散らし、荒い呼吸をしつつ踊りながら自分の目の前数メートルまで迫ってくる臨場感。ついで、スタジオの一角から対角線上に、実際の舞台での群舞のパートのように踊り、僕の前を颯爽と駆けぬけていくダンサー達。何度も何度も。
 一人、また一人とスタジオを去る中、最後まで全力で踊りつづけていたのが、Thomas Whitehead、Andrej Uspenski、Richard Ramseyの三人。ウスペンスキの跳躍はジークフリートを踊れるかなと思わせるものがありました。けど、彼を実際の舞台で観ると、何故だか重く感じてしまいます。
 2006/07シーズンは、マシュー・ボーンの「SWAN LAKE」に参加していたホワイトヘッド



彼はキャリアとしては既に中堅ダンサー、正直な所、上のランクに上がれるかどうかは不透明。ということで、踊る役より、演技する役が多いようです(写真)。でも、バレエ・ダンサーとしては、やはり踊りたいだろうし、その技術をみせたかったんでしょう。最後まで張り切っていました。ちょっと、見直しました。

 このクラスを1回観た所で、技術用語に関してはまだまだです。が、本番の舞台でしか観たことのないダンサー達が、舞台に上がるまでにどのようなことをしているのかを知ることが出来る機会に恵まれたのは幸運でした。ま、それだけロイヤル・バレエにつぎ込んでいるということでもありますが。バレエが好きでよかった、と心の底から思えた1時間15分でした。

利用者の権利はどこに:ミクシィの場合

2008.03.04
海外に住んでいると、日本や他の地域に住んでいる友人・知人たちがどう過ごしているかを簡単に知りたい。それがミクシィを使いつづけている一番大きな理由。

 来る4月1日に、ミクシィは規約を改定する、そうだ。その中で問題になりそう、既になっているらしいのが18条

1
本サービスを利用してユーザーが日記等の情報を投稿する場合には、ユーザーは弊社に対して、当該日記等の情報を日本の国内外において無償かつ非独占的に使用する権利(複製、上映、公衆送信、展示、頒布、翻訳、改変等を行うこと)を許諾するものとします。
2
ユーザーは、弊社に対して著作者人格権を行使しないものとします。


 まず、ミクシィがここまで伸びたのたって、誰のおかげだと思っているのだろう。この18条で、ミクシィは、特にミクシィの商業的・社会的成功に貢献してきたであろうユーザーにとって、「必要」ではなくなる。ユーザーは愚かではない。「必要」なくなったものに固執するなんてこと、ない。本末転倒もはななだしい。

 次に。この18条を加えるに当って、社内外の専門家の意見を踏まえているだろうから、様々な反論を考慮しての上だろう。だから、ここに書くのは僕の全くの想像。
 「日本語」という特殊言語が中心とはいえ、恐らく日本語を母国語としないユーザーも居るだろう。仮にそのようなユーザーで、「EU」圏に国籍をもつ人が居れば、「EU」は黙っていないのではないだろうか。
 こういう、大袈裟に響くかもしれないけど、「ユーザーに基本的人権はない」という発想がいつまでも日本からなくならないのは、本当に不思議。業態は全く違うけど、ここ数年、日本を大きく揺るがしている、「食品の製造年月日偽装」の発想と根は同じなのではないかと感じる。

 SNS大手のFacebookは、そのユーザー数を急激に減らし始めている。今回のミクシィの規約改定は、SNS衰退の流れを加速させる助けになっている、というのが個人的に思うこと。
 この18条が残るのかどうかは判らない。でも、この発表で、ミクシィの縮小はあっても、拡大はもうないだろうな、と思わざろうえない。

 ググッてみたら、既にたくさんの反応。

http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20080303

http://d.hatena.ne.jp/textfile/20080304/mixi

http://purple.noblog.net/blog/a/10503065.html

http://profile.allabout.co.jp/ask/column_detail.php/27354
 以上のリンクは、かなり冷静だし、書き方はいたって公平だと思う。そして、慌てふためくミクシィ
http://bb.watch.impress.co.jp/cda/news/21151.html
[追加]
http://www.j-cast.com/2008/03/04017425.html

 ミクシィからアカウントを強制的に削除されないかぎり、すぐに退会することはないと思う。でも、ソーシャル・ネットワーク・システムの限界を、業界大手のミクシィが自ら露呈してしまったように思う。

 いつか何かの機会で使えないかと思っていた写真。ミクシィの規約改定の動きを表しているかな、と。


ロイヤル・バレエのトリプル・ビル:その2

2008.03.02
ロイヤル・バレエの元監督で、イギリス・バレエを語るときに忘れることなんて許されないのは、ケネス・マクミラン。巷では評価が高いにもかかわらず、彼の代表作の一つ「ロミオとジュリエット」は、シルヴィ・ギエムが踊ってもいまひとつしっくり来ない僕には、マクミランへの評価は、作品によって天と地ほども変わってきます。
 今回上演された「ディッフェレント・ドラマー」は、19世紀前半のドイツ人作家、Georg Buchnerゲオルク・ビュッフナー、uにはウムラウト)の「Woyzeck」に触発されてもの。オペラに詳しい方には、アルバン・ベルクのこれまたとことん救いのない「Wozzeck」とオリジナルは同じだそうです。

 観てきた18日のキャストはファースト・キャストでした。しかも、想像ですが、長らく怪我で休養していたヴァチェスラフ・サモドゥロフがこの夜にやっと復帰したようでした(カーテン・コールの時に、エドワード・ワトソンと固く握手していましたので)。日本のファンの皆さん、彼のOrionシルヴィア)を東京公演で観られる可能性が高くなったのではないかと思います。
 主人公のWoyzeckワトソン、彼の内縁の妻、Marieリアン・ベンジャミンDrum Major(なんでしょうね?鼓笛隊の隊長?)にサモドゥロフAndresWoyzeckの友人)をベネット・ガートサイドキャプテンティアゴ・ソアレス医師ホセ・マーティンと、「クローマ」に負けない豪華キャスト。

 プログラムに粗筋が紹介されていないので、細部は間違っているかもしれませんが。どこかの戦場で、ヴォイツェックは隊長と医師に何かの薬を飲まされる。



(多分)故郷に戻ってみると(もしくはマリーが戦場を訪れたのかもしれません)、マリーDrum Majorと通じていた。精神に破綻をきたしたヴォイツェックマリーを殺めてしまう。物語の最後、ヴォイツェックはバスタブに身を沈め、蓋を閉める。






 舞台を観て判断しただけの不完全な粗筋ですけど、これだけでもどれほどディプレッシヴなバレエか、ということがお判りになると思います。初演当時、ドイツでは受け入れられたそうですが、イギリスの観衆は反発したそう。だからか、僕が観にいった18日で、ロイヤル・バレエでの上演がわずか21回目でした。バレエは、前半は登場人物が入り乱れ、さらにマクミランが多くの要素を詰め込みたかったからか散漫な印象が先行し、「これも駄目か」と思っていました。
 ところが後半、特にヴォイツェックマリーのPDDになると、印象は一転。他のマクミランの作品同様、とてつもないリフトやツイストがふんだんに盛り込まれています。そして、二人の間に走る緊張感が生み出す美しさには言葉で言い尽くせない何かが存在していました。この夜は、現在のロイヤル・バレエの中で、最も評価の高いマクミラン・ダンサーであるベンジャミンワトソンが踊ったことも、鮮明な印象を得た理由の一つでしょう。が、二人の最後のPDD(あるレヴューではNecrophiliaPDDなんて書かれていましたけど)の振り付けは、作品の性格はまったく違いますが、「ウィンター・ドリームズ」のそれと遜色ないくらい。聖とか俗とかではなくて、人間の一面ってなんて弱く儚いものなんだろう。生きることは難しい。だからこそ、慈しみたい、と。
 各クリティックから高い評価を得ていたのはワトソン。本当に上手かった。先に上演されたクローマでの印象を凌駕するほど。特に、マリーを殺めてからのソロ・パート、情けなく、人生に負けまいとしながら、何も出来ない喪失感。その素晴らしい表現力を、どうか古典バレエでもみせて欲しい。
 ただ、僕にとってこの舞台を忘れられないものにしたのは、ベンジャミン。カンパニー最高齢(かな)、世代交代が進むカンパニーの中で全幕を踊ることも、一幕ものでもあまり初日に踊ることも少なくなってきているベンジャミン。でも「マクミラン・ダンサー」というタイトルは、この夜は彼女一人に捧げられるべきだと感じました。同じマクミランの「レクイエム」で見せた、あどけない童女の無垢を踊りで表現した同じダンサーとは思えないほど、俗に、欲にまみれたマリー。更に、ヴォイツェックに殺されてからも、腕は思いっきり引っ張られる、舞台の上を乱暴に引きずりまわされるなど、体力的にももの凄い負担のある役。素晴らしかった。
 


レクイエムでのベンジャミン
 
 思い込みでバレエを判断しては、駄目ですね。

ロイヤル・バレエのトリプル・ビル:その1

2008.03.02
2月2日、15日、18日、20日、23日とやや変則的な日程で、ロイヤル・バレエトリプル・ビルを上演しました。上演された順に、「Chromaウェイン・マックグレガー)」、「Different Drummerケネス・マクミラン)」、そして「春の祭典マクミラン)」。この3作品に共通するテーマは、僕には判りません。

 昨年4月に、今シーズンのプログラムが発表されたとき、このトリプル・ビルを観る事はないだろうと思っていました。「クローマ」は観たいけど、「春の祭典」はともかく、聞く所によるととっても救いのない「ディッフェレント・ドラマー」を観ることで、薄暗いロンドンでさらに鬱鬱した気分になりたくないな、と。とはいえ、文句を言う前に、一度は観ておこうということで、なんとかチケットを購入(クローマの人気でほぼ完売状態でした)し、18日に観てきました。結果として、観ると聞くとでは大違いということはある、ということを実感した舞台でした。感想は、印象の薄かった順に。

 まず、マクミランの「春の祭典」は、僕にとって良い意味でも、悪い意味でも印象が強い作品。数シーズン前に一度観たときに、観客に振り付けの背景にある意思を考えることを「許さない」振り付けに思え、またそれはそれで作品の「性格」として受け入れました。ですから、何か新しい発見を期待することもなく。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-722.html

 タイミングの悪いことに、前の週の土曜日(2月16日)にピナ・バウシュ振り付けの「春の祭典」に圧倒されたばかりだったために、振り付け、舞台セット、コスチュームは全く別物にもかかわらず、どうしても比較してしまいました。



ロイヤル・バレエ:ケネス・マクミラン



ヴッパタール:ピナ・バウシュ

ピナ・バウシュを観た後にロイヤル・バレエの舞台から違和感を強く感じてしまったのが、衣装とメイク。プリミティヴな印象を強める意図があったのだろうと想像しますが、ヴッパタールを観た後では、「身体より頭で考えたのかな」、と。The Chosen Maidenを踊ったタマラ・ロホは、トップ・プリンシパル・ダンサーとして充分以上な踊りでした。でも、観終わったあとは、皮肉にもヴッパタールの「」をもう一度観たい、と強く思いました。以下のリンクは、写真を見つけようとネットを彷徨っていたとき偶然見つけた、ピナ・バウシュ関連の写真です。

http://www.guardian.co.uk/arts/gallery/2008/feb/06/pinabausch?picture=332404865

 古典バレエのバック・グラウンドがないまま、Wayne McGregorロイヤル・バレエの常任振付家に任命されたのは、2006年11月に初演されて大成功を納めた「クローマ」によるところが大きいだろうし、それに異論がある人は少ないでしょう。通常、シルヴィ・ギエムが踊らない場合、コンテンポラリーやモダンの振り付けに強く揺さぶられることはそれほど多くないですが、この「クローマ」は楽しみました。昨年の秋に披露された「ニンバス」も良かったので、期待度は高かったです。初演メンバーのうち、アリーナ・コジョカルが降板、プリンシパル・ダンサーの一人、マーラ・ガレアッツィコジョカルのポジションにキャストされていましたけど、それはそれで何か新しい発見を期待していました(添付写真は、初演時のもので、コジョカルエドワード・ワトソン)。



 極限まで身体を伸ばし、曲げながらも「バレエ」という一瞬の芸術を生み出す彼らの身体能力には、今回も圧倒されたのですが、気になってしまったことが一つありました。ガレアッツィだけでなく、タマラ・ロホ、そしてロイヤル・バレエの期待の星、スティーヴン・マックレイから流れ出る気に触って仕方なかった違和感は、「自己主張」。どのような振り付けの中でも、それぞれのダンサーの「らしさ」が出るのはいいことだと思います。でも、特にこの3人に共通していたのは、目に無用な力を込めすぎていたこと。
 マックレイが素晴らしいダンサーであり、近い将来、ロイヤル・バレエのプリンシパルになることは誰もが疑わないだろうし、僕も、彼には一日でも早くプリンシパルになって欲しいです。でも、今回の「クローマ」では、客席に顔が向いているときはずっと、眉間にしわを寄せたままでした。プロットレスの振り付けなんだから、演技する必要なんてないだろうに、と。一方で、もしかしたら、マックグレガーが新しいアイディアを入れたのかな、とも思いました。
 幸運なことに、インターヴァルの間にマックグレガーがバーの辺りにいたので、振り付けや踊りのディレクションを変えたのかどうか尋ねてみました。マックグレガー曰く、「全然変えていないよ。どうしてそう思ったの?」、と逆に尋ねられたので、「この3人が、客席を意識しすぎていたように感じたから」、と。「気がつかなかったよ。面白い所を観ているんだね」、と感心されたのか、それとも呆れられたのか。
 良かった所。ダーシー・バッセル引退後に空席のままの、「イギリス人女性プリンシパル・ダンサー」のポジションに一日でも早くついてもらいたいとカンパニーが願っているであろう、ローレン・カスバートソン。体型のことをいっては申し訳ないけど、彼女は典型的なイギリス人の体型。それに、技術的には、4回転が出来るとか、空気を裂くようなジュテが出来る、といった超絶技巧を誇るタイプのダンサーではないでしょう。
 彼女が優れていると思うのは、彼女自身の能力をしっかりと理解した上で、舞台上でその限界を常に伸ばそうとしているように見える点。今回、エリック・アンダーウッドとのPDDで、激しく振り回され、つかまれているうちに、彼女の肌は血が滲み出るのではないかと心配になるくらい赤くなってきました。そんな心配なんて無用といわんばかりに、クールに、凄まじい踊りを続けるカスバートソンは、かなり成長したように感じました。

Card-Reader:ネット詐欺とのおっかけっこ

2008.03.02
ロンドンだけでなくイギリスのほぼ全土で、2月はかなり晴天に恵まれたので、地震で国は揺れても、水仙が既に満開だそうです。昨日、3月1日は「St David's Day」。グーグル・UKからです。




 下の2枚の画像をご覧ください。なんだか判りますか?もしかしたら、日本では既に日常なのかもしれませんが。






 似たようなもの、数日前に銀行から送られてきました。銀行から送られてくる郵便は、明細書以外は読まないので送られてきた意図が判らず、「何でこの時期に電卓なんて送ってきたんだろう?」、としか思いませんでした。

 で、きちんと手紙を読んでみたところ、「先日お知らせしたように、Online Bankingのセキュリティの精度を高める為にCard-Readerを送ります。これから21日以内に、Card-Readerを使うようになりますので、銀行のサイトで使用方法等を確認しておいて下さい」、とのこと。

http://www.guardian.co.uk/technology/2007/aug/30/guardianweeklytechnologysection.comment1
ガーディアン
http://news.bbc.co.uk/1/hi/programmes/working_lunch/7177502.stm
BBC
http://www.natwest.com/microsites/general/card-reader-user-guide/index.asp?cmp=reader
NatWest銀行の該当サイト


 こういうガジェットには滅法弱いので、今ひとつ全体像が見えていないのですが、一つ理解したのは、今後オンライン・バンキングを利用するとき、例えば新しい支払い先を設定する時には、このCard-Readerを使わなければならないことになる、と。
 セキュリティの精度が高まり、無用なカード詐欺などから自分の口座が守られるのは歓迎です。でも、なんか面倒くさいというか。これ、今後いつも「出かけるときは忘れずに」、と鞄の中に入れておかなければならないのかな、と思うと厄介です。個人情報を入れる必要はないようなので、仮に紛失しても実害はないと思われます。が、一方で、外出先などで急にオンライン・バンキングをしなければならなくなった時に、「忘れた・紛失した」で何も出来ない、というのは困ることになりそうだし。
 もう一つ。穿った見方ですが、「本当に顧客の為だけかな?」、とも。もちろん、銀行側もトラブルを回避できる方法を開発するのは必須。でも、「ほら、こんなに面倒なんだから、A銀行との掛け持ちはやめて、当銀行だけにしましょう」、なんて顧客の囲い込みの意図もあるのではないかと。

 友人の一人が、最近になって現金を引き出すとき以外にはカードを出来るだけ使わないようにし始めました。理由は、「カード社会・会社に踊らされるのに飽き飽きしたから」、だそうです。「リスクはどこにでもある。ならば、現金で暮らしたほうが楽だよ」、と。
 何が正しいのか、誰が正しいのか。最近、ある方の言葉で考えさせられたのが、「便利って面倒」。実感します。

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