LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2008年07月の記事一覧

ロイヤル・オペラの賭け

2008.07.29
こちら(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-841.html)でさらっと触れたロイヤル・オペラ・ハウスとイギリスの大衆紙、The Sunの共同企画が朝日新聞で紹介されていました。

http://www.asahi.com/culture/update/0727/TKY200807270153.html

労働者にオペラを 英歌劇場、大衆紙だけにチケット情報
2008年7月27日19時35分

【ロンドン=大野博人】ロンドンのコベントガーデン王立歌劇場のシーズン初日のチケットがほしければ大衆紙サンを買って――。世界的な名門歌劇場がファン層を広げるための「奇策」に出た。

 同歌劇場によると、チケット入手の方法を今月30日付のサン紙が独占掲載し、それに従って申し込んだ読者が抽選に当たれば1人につき4枚まで購入できる。今季初日は9月8日で演目はモーツァルトの「ドン・ジョバンニ」。

 サン紙の部数は約300万で読者の大半は労働者層。オペラは自分たちには無縁と思いこんでいる人に、王立歌劇場は彼らのためにも存在することに気づいてもらい、新たなファンとして取り込むのが狙い。同歌劇場には国から多額の補助金が出ている。しかし、一部の社会階層しか楽しんでいないのでは税金を使うことが正当化できないとして、ファン層の拡大が重要な課題となっている。

 同歌劇場は、初日公演を各地の映画館で生中継することも計画。地方の人びとの鑑賞機会を広げる狙いだ。



 9月8日は、実際には新シーズンの初日ではないです。公式には、10日。8日のパフォーマンスは、ロイヤル・オペラ・ハウスの大口寄付者の一人が協賛している「特別」公演のはず。
 そんなことはさておき、この賭けが吉と出るのか、凶とでるのか。個人的には、聴衆を増やしたいのなら、チケットの価格を抑えるべきではないかと。例えば、ロイヤル・バレエのシーズン最初の演目の「白鳥の湖」は、一番高いチケットが£100-シルヴィ・ギエム吉田都さん、セナイダ・ヤナウスキー、タマラ・ロホ、アリーナ・コジョカルなら喜んで払います。でも、例えば観にいった日のキャストが変更になってオデット/オディールがギエムからAA(仮名)になったら、ひと暴れしてでも払い戻しを要求する、そんな金額です。
 それに、£100-といったら、先日の東京公演のチケットとさして変わらないはず。イギリス国内では経済が大減速、燃料費の暴騰で海外からわざわざ観に来る人を見込むのが難しい時に、ここの価格は無謀だと思います。

 どんな結果になるのか。興味津々。



[追記:7月30日]
 ロンドンで暮らし始めてから、初めてThe Sunを購入。新聞本紙についているクーポンを集めて送るシステムだと思っていたら、以下のアドレスにまずアクセス。
http://www.thesun.co.uk/sol/homepage/fun/competitions/promotions/article1465073.ece
そこから、以下のロイヤル・オペラ・ハウスのリンクに飛んで登録。
http://www.roh.org.uk/firstnight/

 厳密には、サンの読者だけに限ったものではない。ただ登録の最初の箇所で、ロイヤル・オペラ・ハウスにアカウントを持っているかどうかを尋ねられるので、ロイヤルに何度か行っている人はここで刎ねられるのでは、という気がする。

 抽選だから、どのランクの席が当るかは判らないシステムのだろう。それでも、通常£195-の最高額の席が£30-で購入できるとなれば、更に、チケット1枚につき(恐らく)シャンペンを一杯無料で振舞うというのは、常連の人が「差別だ!」と文句を言いたくなるであろう気持ちも判らなくもない。
 とりあえず、申し込んでみた。もともと「ドン・ジォヴァンニ」は好きではないので行く気なし。でも、これで購入権が当ったら、そしたら行くかな。

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2008/2009:ウィグモア・ホールの歌のプログラム

2008.07.28
既に発売になっているとのことだけど、ウィグモア・ホール(http://www.wigmore-hall.org.uk/)から2008/2009シーズンのプログラム紹介の冊子が届いた。フレンズ会員でもなく、メイリング・リストにすら登録していないにもかかわらずお知らせが来たのは、ひとえに大枚はたいた、6月に行ったこの特別リサイタルのおかげ。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-801.html

 エンタメは、歌ものとバレエが中心になってしまうこと、また火曜日の夜は勉強会があること、この二つの理由で、どうしてもロイヤル・オペラ・ハウスが優先されてしまい、暫くはウィグモアからは遠ざかっていた。でも、再び行ってみると、あのこじんまりとしたホールで聞く一流の歌手によるリサイタルは、ロンドンならではの特別なものを感じる。
 ということで、昨年に続いて(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-482.html)、歌物から個人的に興味が有るのものを幾つか。ちなみに、9月から12月にかけて予定されている幾つかのリサイタルのチケットは既に完売。また、全体を通して、ハイドンの死後200年ということで、小編成の器楽演奏会が多く予定されている。

6th Sep: Joyce DiDonato
28th: Dame Felicity Lott (Sunday Morning Coffee Concert)
28th; Angelika Kirchschlager
2nd Oct: Christian Gerhaher
23rd & 26th: Simon Keenlyside (23日は、ロイヤル・オペラのMatilde di Shabranの初日)
4th Nov: Diana Damurau (!)
20th: Dorothea Roeschmann (!)
21st: Thomas Quasthoff
27th; Kate Royal & Mark Padmore

9th Jan 09: Alice Coote & Jonas Kaufmann (!!)
11th: Jonas Kaufmann (!!!)
13th: Dietrich Henschel
19th: Sir Thomas Allen (Monday Lunchtime Concert)
24th: Kate Royal & Christine Rice
26th & 29th: Anna Caterina Antonacci (!)
17th Feb: Toby Spence
12th Mar: Mark Padmore
17th: Ailish Tynan
1st Apr: Dame Felicity Lott
23rd: Christine Schaefer
1st & 3rd May: Alice Coote
11th: Sophie Koch (Monday Lunchtime Concert)
18th: Anne Schwanewilms
12th Jun: Andeas Scholl (!)
15th, 17th &20th: Matthias Goerne
22nd: Gerald Finley
23rd & 25th Jul: Ian Bostridge


 グルベローヴァターフェルがいない分、昨シーズンと比べるとやや華やかさに欠ける印象は否めない。一方で、ディドナートキーンリィサイドダムラウ等は既にほぼ完売状態。新年早々にあるカウフマンアントナッチの双方のリサイタルもチケットは争奪戦になるだろう。高くても£35-で素晴らしい歌を聞くことが出来るのだから、もう少し頻繁にいけるようになれば。


(7月28日は、Beatrix Potterの誕生日だったらしい)

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Monkey:西遊記を元にしたオペラ

2008.07.27

(2007年、初演時のポスター)

昨年、イングランド中部のマンチェスターで開催された国際フェスティヴァルで、BlurGorillazのフロント・マンとして、ブリティッシュ・ロック・ポップスのファンだったら知らなきゃ駄目だろう、というくらい有名なデイモン・アルバーンDamon Albarn)が作曲したオペラ、「Monkey: Journey to the West」が上演されました。
 オペラに関しては超コンサヴァ、且つBlurOasisと共にブリット・ポップを牽引していた90年代は、僕はイギリス・ロックへの興味を失っていた頃でBlurへの関心も薄く、情報を集める気なんてまるでありませんでした。レヴューはかなりいいものだったとのあやふやな記憶のみ。ただ、アルバーンについては、ゴシップまみれのちゃらちゃらした他のミュージシャンと違って常に前進しつづけている印象は、新聞各紙の音楽欄の情報から得ていました。
 それが、いつの間にかこの「Monkey: Journey to the West」はロイヤル・オペラ・ハウスの夏の特別公演に加わり、友人に勧められてチケットを購入。「行けなくなってもいいか」くらいの気持ちでいたら、全7公演のチケットはあっという間に完売、リターン・チケットを求める長い列が連日できるほどの盛況ぶり。そこで情報を集めた所、このオペラは前述のマンチェスターのフェスティヴァルとパリのシャトレ座、そしてドイツのベルリン国立歌劇場による共同制作の新作オペラであるとのこと。ということで、本来ロイヤル・オペラ・ハウスでの上演は予定されていなかったか、もしくはずっと先だったのかもしれません。ところが、The Guardian紙のレヴューから得た情報によると、ベルリンでの上演が中止になり、ロイヤルがその機会を利用した、というのが上演になったいきさつのようです。
 若い世代の聴衆増をあの手この手で画策しているロイヤル側としては、またとない機会だったでしょう。実際、その目論見は大当たりだったと思います。アルバーンはイギリス音楽界ではカリスマ的な人気を誇り、また彼のプロジェクトの一つであるGorillazと同じアニメイションが使われるとなれば、それを観たさに多くの若い世代、言い換えればオペラ・ハウスに行くことなんて考えたこともなかった世代が大挙して押し寄せたという印象を、観にいった最終公演のときに感じました。以下は、ロイヤル・オペラ・ハウスのウェブにあった情報です。

Composer
Damon Albarn

Conceived and Written by
Chen Shi-Zheng(陳土争)

Directed by
Chen Shi-Zheng

Visual Concept and Costume by
Jamie Hewlett

Design and Animation by
Jamie Hewlett

Background
First performed in the UK at the inaugural Manchester International Festival in 2007, following sold-out runs, Monkey: Journey to the West is a new opera for the 21st century directed by the world renowned Chen Shi-Zheng with music composed by Gorillaz award-winning mastermind Damon Albarn and design and animation by Jamie Hewlett based on the ancient Chinese legend of spiritual enlightenment.

This reworked version is a dazzling spectacle involving nearly 40 circus acrobats, martial artists and singers from China with an orchestra of Western and traditional Chinese instruments. Performed in Mandarin with English surtitles, Monkey is a thrilling experience, an unforgettable sensual and spiritual journey.



(クリックで拡大します)

 オペラは、「西遊記Xi You Ji)」を元に、九つの場面で構成されています。
 1.Birth of Monkey and His Quest for Immortality
 2.Crystal Palace of the Eastern Sea and the Iron Rod
 3.Heavenly Peach Banquet
 4.Buddah's Great Palm
 5.The Pilgrims
 6.The White Skeleton Demon
 7.The Spider Women
 8.Volcano City
 9.Paradise


 情報を集めたとはいえ、周辺情報のみ。どのような「オペラ」だかは全くしりませんでした。レヴューはかなり好意的で、「厳密にいえばオペラではないけど、こんなオペラがあってもいいだろう」、という雰囲気。アニメイションが多用され、アクロバットや少林寺のような武闘場面がたくさん有るとのこと。また怖れていた通り、英語表記では全く判らない中国語。「Tripitaka」という単語をレヴューで見つけたときは、「これ、もしかして三蔵法師?」。
 物語については、新しい発見がありました。三蔵法師一行の白馬にも、きちんとした役付けがあるんですね。元は「竜の王子」で、父親を怒らせることをして白馬になってしまったと。

 オペラの構成は、よく練られていたと思います。冒頭の孫悟空Sun Wukung、オペラではMonkey King)誕生のシーンは、アニメイション。よく出来たアニメイションでしたが、運悪く僕の席は通路を挟んで巨大な投影機のまん前。機材が発する音がちょっと耳障りでした。そんなことはさておき、イギリスでは日本ほどは広く知られていないであろう「西遊記」の物語のコアの部分を判りやすくまとめていて、事前に物語を知らなくても、「どうして三蔵法師が西を目指すのか?」、ということが判る脚本だったと思います。言い換えれば、中国人や日本人には物足りない点があるかもしれません。

 行くまで全くしらなかったのは、歌手が「マイクロフォン」を使うこと。三蔵法師以外はアクションシーンがたくさんある上に、一聴瞭然、歌手の皆さんはオペラ歌手では「ない」ので仕方ないのでしょう。ただ、この歌手のマイクロフォンの他に、オーケストラの音もスピーカーで増幅されていたのはやかましかったです。僕個人の想像ですが、ロイヤル・オペラ・ハウス自体、マイクロフォンやスピーカーを使うことを前提に音響効果が設計されていないのではないか。ということで、音の反響が無茶苦茶で、僕の聴覚にはかなり痛かったです。

 音楽自体は、いいメロディもあれば、的が絞れていないのではと感じる旋律もあり。なんと言っても、「オペラ」を締めくくるアリアが無い、というのが致命的。特に残念だったのが最後の場面。とても良いメロディにもかかわらず、歌がありませんでした。場面もちょっと長すぎたし。脚本がそうだったのだとは思いますが、なんと言うか一つのオペラを聞ききった、観終わったという達成感が希薄でした。全体としては、脚本と音楽の均衡は、かなり脚本側に傾いていたという印象です。


デイモン・アルバーン

 このオペラのウェブがあります。
http://www.monkeyjourneytothewest.com/
どうやらアルバーンは、このオペラの曲をCDにして発表するようです。ぶつくさ書きましたが、音楽のクォリティはかなり高いです。現役ばりばりのロック・ミュージシャンが作曲したオペラなんて、そうそうあるものではないですから、一聴の価値はあると思います。

 観終わってみれば、京劇とサーカスが協力してオペラを制作してみました、という感じです。実は、楽しみました。オペラ・ハウスは限られた人々の為にあるという間違った認識を持つ人々を惹きつける、且つ教育するには最適な演目だったと思います。にもかかわらず、客席が一番盛り上がったのは、デイモン・アルバーンがカーテン・コールで舞台に出てきたときという事実は、ロイヤル・オペラ・ハウスが目指すゴールはまだまだ遠いかな、と。

ロイヤル・バレエの昇進情報

2008.07.25
7月24日にロイヤル・オペラ・ハウスから届いたE-News Letterにロイヤル・バレエの昇進情報が。

To Principal
Lauren Cuthbertson (First Soloist), Rupert Pennefather (First Soloist).


カスバートソン@セレナーデ

To First Soloist
Yuhui Choe (First Artist:二段階の昇進), Steven McRae (Soloist)

To Soloist
Helen Crawford (First Artist), Laura McCulloch (First Artist), Ryoichi Hirano (First Artist), Paul Kay (First Artist), Sergei Polunin (Artist:彼も二段階昇進), Eric Underwood (First Artist)


アンダーウッド@ウィールドンの新作

To First Artist
Elizabeth Harrod, Romany Pajdak, Pietra Mello-Pitman, Liam Scarlett (all from Artist)

Gillian Revie will become Guest Principal Character Artist from next Season.

(名前の後ろにあるランクは昇進前のもの)

 怪我でシーズン最後と極東巡業を棒に振ったとはいえ、マックレイの昇進は当然か。崔由姫さんは、今シーズンの目覚しい活躍からすると、二段階昇進も当然という気がする。余計なお節介だろうけど、今後の活躍いかんでは、吉田都さんと比較されることもあるだろう。
 長いこと停滞していた印象のある「ファースト・ソロイスト」のランクが活気付くことを期待。

 若手では、ポルーニンばかりが目立つけど、アンダーウッドポール・ケイの昇進も、当然。特に、アンダーウッドにはもっと活躍して欲しい。新作にどんどん起用されているけど、アンダーウッド本人は古典をもっと踊りたいのでは、という印象がある。

 全体を眺めると、男性ダンサーが充実してきた感じ。逆に、女性ダンサーがぱっとしない印象を否めない。昇進した方の名前をみても、顔が思い浮かばない人が大半。

ロイヤル・オペラ:The Rake's Progress

2008.07.23

7月11日に、僕にとってはロイヤル・オペラの今シーズンの最後の演目となった、ストラヴィンスキー作曲の「The Rake's Progress放蕩息子一代記)」を観てきました。

 通常、ロシアの作曲家はできるだけ敬遠、且つストラヴィンスキーの音楽は一度聞いたくらいでは全く楽しめたためしがない僕が、どうしてこのオペラを観にいったかというと、ひとえに題材となったウィリアム・ホガースによる同名の8枚の連作絵画(オリジナルは油彩)でした。
 ホガースが大好き、というのではなくて大昔、卒業演習で1年かけてみっちり勉強しました。ホガースの人となりついてはすっかり忘れていますが、「The Rake's Progress」、「 Beer Street, Gin Lane」、「Marriage A-la-Mode」等を指導教授のもとわかったつもりで眺めていました。その頃は、まさかイギリスで暮らす機会があるとは思うはずもなく。でも今は、新聞でホガースの絵が使われるたびに、勉強しておいて良かったと思います。

 特に「The Rake's Progress」には思いいれもあるし、あの濃密な連作の世界をどういう風にオペラにしたのだろうとの興味がありました。ロイヤル・オペラも売れないと思ったのでしょう、先に上演されたベルギーのモネ劇場の舞台写真をたくさん使っていたので、今回上演されるプロダクションは、舞台を現代風にしてあることは判っていました。

The Rake's Progress
Music Igor Stravinsky
Libretto W.H. Auden and Chester Kallman

Conductor: Thomas Adès
Director: Robert Lepage

Cast
Anne Trulove: Sally Matthews
Tom Rakewell: Charles Castronovo
Trulove: Darren Jeffery
Mother Goose: Kathleen Wilkinson
Nick Shadow: John Relyea
Baba the Turk: Patricia Bardon


 僕が観にいった11日は3回目の上演。初日に観にいかれた方がブログに感想をアップされていました。
http://dognorah.exblog.jp/9190114/
 こちらのエントリで知ったオペラの粗筋を読んですぐさま、「これはホガースじゃない」、と。すぐに気持ちを、「これはたまたまホガースの代表作と同じタイトルを持つ、全く別の物語によるオペラ」と切り替えました。実際の舞台を観て思ったのは、台本はよく出来たものだと思います。が、決定的に違うのは、ホガースが原作や版画に込めた「人々を啓蒙する」という意思は影をひそめ、替わりに寓話的な要素がかなり強められたものであること。
 ただ、気分を切り替えて観にいったのが良かったのか、ストラヴィンスキーのときに雄弁、時にとても繊細な旋律が生み出す豊かな音楽世界は、自分でも驚くほど堪能しました。また、20世紀に作曲されたオペラにもかかわらず、レチタティーヴォのシーンが結構あることも新鮮に感じました。ストラヴィンスキーのオペラでハープシコードの音色を聞くなんて全く想像していませんでしたから。

 音楽が予想していた以上に多彩、且つ力強いものだったので、がっかりしたのが歌手の皆さん。サリー・マシューズはかなり健闘していましたけど、いろいろな意味でパワフルな旋律に拮抗できるほど強いパーソナリティを、特に主役の二人から感じることはありませんでした。初見のオペラだったので、勉強の意味でプログラムを購入。それによると、1951年のファニーチェ劇場での初演時のAnne TruloveElisabeth Schwarzkopfが。ロイヤル・オペラでは過去にフェリシティ・ロットと、名だたる歌手が起用されていることから思うに、普通の歌手では歌うだけでせいいっぱいのオペラなのではとの印象を持ちます。

 今回のプロダクションの演出家、ロベール・レパージュは、オペラだけでなく様々な舞台の演出を手掛けているようです。最後の精神病院の場面だけは凡庸な印象を持ちましたが、全体的にはこのオペラの「性格」をよく理解した演出だと思います。特に、ヴィデオの使い方が秀逸でした。ロンドン在住の友人から教えてもらった情報によると、シルヴィ・ギエムの新作を手掛けるそうです。


 指揮をしたのは、イギリス人作曲家、ピアニストのトーマス・アデス。自らが作曲したオペラ、「テンペスト」を指揮したとき同様、黒のTシャツ姿で指揮するのはいただけなかったですけど、熱のこもった指揮ぶりでした。今年の夏、アデスはあちらこちらで大活躍。その後、2009年は休息期間に入るそうです。

 今回の上演で、もう一つ面白く思ったのは、批評がばっらばらだったこと。ある批評家がレパージュの演出をくさした翌日に、別の新聞の批評家は「アデスの指揮は、このオペラを死ぬほど退屈なものにした」、と切り捨てる。かと思うと、日曜紙のレヴューアーは満点の五つ星を献上。評価が定まらないのが、このオペラの真の魅力なのではないかと。


 ご参考までに、2004年の初夏にロイヤル・オペラ・ハウスで上演された、似たような主題の舞台の感想です。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-302.html
兵士の物語
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-303.html
オネーギン
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-304.html
ファウスト

 閑話休題。今日のThe Guardian紙で見つけた、ロイヤル・オペラ・ハウスの興味深い記事。
http://www.guardian.co.uk/music/2008/jul/23/classicalmusicandopera.sun?gusrc=rss&feed=media
Sun readers' exclusive: a night at the opera
First-night offer to attract new audience - and justify £25m of public funding


 ロイヤル・オペラの新しいシーズンの初日の2日前に特別公演を行う。上演されるモーツァルトの「ドン・ジォヴァンニ」のチケットを、イギリス大衆紙と言えばの「The Sun」の読者にのみ販売するというもの。「ナクソス島のアリアドネ」の最終日にハウスで遭遇したトニー・ホール氏は、「ロイヤル・オペラ・ハウスに来たことがない人にこそ来て欲しい」と熱く語っていました。こういうのもありなんだろうとは思います。
 いろいろと思うことはあるんですけど、コメントは控えます。

アリアドネ、再び:全て世はこともなし

2008.07.22
再演の初日、とてもとてもとても満足したので、ロイヤル・オペラの「ナクソス島のアリアドネ」を、最終日の7月1日にも観てきました。初日の感想はこちらに。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-798.html


 ヴェルディの「ドン・カルロ」とモーツァルトの「フィガロの結婚」に挟まれて、初日以外のチケットの前売りは芳しくなかったようですが、レヴューでタイトル・ロールのデボラ・ヴォイトの歌唱が誉められていたので売れたのでしょう、初日同様に最終日もほぼ満員でした。ボックス席が売れ残っていたのは仕方ないかなと。

 先に、会場で仕入れた情報を。現在のロイヤル・オペラのこのプロダクションは、セットの交換に時間がかかるために、インターヴァルは通常よりも長い40分。一人で行くと、手持ち無沙汰な上に、最終日ともなると顔見知りの皆さんもいず、早々と席に戻りました。
 そしたら、前半の「プロローグ」のときに空席のままだった真後ろの席に、ロイヤル・オペラ・ハウスのチーフ・エグゼクティヴのトニー・ホール氏が座っていました。そんなときに限って名刺を忘れてきた自分をののしりつつ、「ナクソス島のアリアドネ」を再演してくれて本当に嬉しいと話し掛けました。
 誉められれば嬉しいだろうし、ハウス内で客に話し掛けられたら彼の立ち場としては邪険に出来ないでしょう。続けて、以前、ロイヤル・バレエの監督であるモニカ・メイソン女史にインタヴューしたことがあるといったところ、数日前にロイヤル・バレエの中国公演を観てきて帰国したばかりである、と。中国公演は大成功で、ホール氏はもとより、カンパニー全体に幸福感と達成感が漲っていたそうです。
 「時差ぼけさえなければ、プロローグから観たかったんだけどね。でも、このプロダクションは本当に良いものだと自負しているよ」、とホール氏。ヴォイトを首にした話を持ち出すほど愚かではないので、せっかくの機会だからと思い、「ワーグナー以外のドイツ語オペラをもっと上演して欲しいですけど」、と軽く訴えてみました。すると、「僕たちもそう願っているけど、どうも反応がね」、と。暗に「ドイツオペラは売れない」、と認めたことになるのかな、と。
 めげることなくここぞとばかりに、昨年上演された「フィデリオ」をどれほど楽しんだか、批評家の的外れなレヴューに失望したかを伝えました。特にある批評家が、「オペラの初日を日曜日の昼間に持ってくるなんておかしい」とロイヤル・オペラを批判したことを、週末の昼間にしか来られない人がたくさんいるであろうから、そう考えるほうがよほどおかしいといったところ。
 「そうなんだよ。ロイヤル・オペラ・ハウスの使命として、多くの人に、特にロンドンに住んでいない人たちにも来て欲しい。平日の夜にくることが難しい人が多くいることも判っている。だから、年に少なくとも10数回のマチネ公演をするようにしているんだ。そのような取り組みをしているということを広く知ってもらう為に努力しているんだけどね、どうもね」、とのことでした。
 で、一番尋ねたかった、2010年の9月に予定されている、18年ぶりになるロイヤル・オペラの日本公演。
http://www.nbs.or.jp/festival2009-2011/index.html
予定演目の一つ「マノン」は、2009年7月初演予定のプロダクションとのことですが、来シーズンのロイヤル・オペラの予定には入っていません。なので尋ねたかったのですが、邪魔が入って聞けずじまいでした。でも思うに、このプロダクションは恐らく他のオペラ・ハウスとの共同演出で、ロイヤル・オペラ・ハウスで上演されるのは次の次のシーズン、その後、日本に持っていくというスケジュールではないかと推測します。それと、9月に始まる新しいシーズンから、ロイヤル・オペラの若手養成プログラムに、日本人女性が初めて加わります。既に幾つかのオペラに出演予定になっています。


 ドイツ語で歌われるオペラの主役二人がアメリカ人ということには思うことは多少はあります。が、アリアドネを歌ったヴォイトバッカスロバート・ディーン・スミスの二人が披露した歌唱・演技にとても満足出来たからでしょう、「ナクソス島のアリアドネ」というオペラを初めて全体的に考える余裕を持てました。
 初日を観てから、「こんな視点でこのオペラの主題を観ることも出来るのかな」、と思っていたことが最終日の舞台を見ていて確信に変わりました。それに、「プロローグ」の最後で、作曲家が叫ぶ、「どうして僕をこの世界に引きずり込んだんだ!」というフレイズからも触発されました。

 僕が考えつくくらいですから、既に語られている事だと思います。まず思ったのは、「古い価値観」と「新しい価値観」の対立。価値観は「世界」と置き換えても。

 シェイクスピアの「テンペスト」の主題であると教わった、「旧世界」と「新世界」の対立。「テンペスト」ではそれはヨーロッパとアメリカ。「アリアドネ」ではその対立図はないと思います。あるのは、プリマ・ドンナアリアドネ)が体現する「旧態依然」の人生。価値観にとらわれない生き方をしているように描かれているツェルビネッタは新しさの象徴。ただし、ホフマンシュタールのリブレットは、どちらが優れているのか劣るのかという判断を下しているとは思いません。優劣を問うのではなく、この世界にそれらは共に存在している、と。交わるかもしれない、交わらないかもしれない。でも、ことの良し悪しを判定するのは誰でもない、と。

 で、こんなことをああでもない、こうでもないと想いを巡らしていたときに浮かんできたのが、ロバート・ブラウニングの詩の一節でした。

God's in his heaven, all's right with the world
神は天にいまし、全て世はこともなし


 「ナクソス島のアリアドネ」というオペラで、通して一度も舞台に出てこない、でもその存在を無視することが出来ない人物がいます。館の主です。彼、もしくは彼女の意思は「執事(歌わない役)」を通して伝えられる。古い価値観と新しい価値観はぶつかることもあったけど、結局、それぞれが望む方向に進むのみ。

 今回のプロダクションの最後、幻想的に揺れるキャンドルが両端に置かれた長いテイブルの向こう側に二つの扉が開かれています。右側のドアの奥はほの暗い赤に染められています。左側は、夜空と同じ深い群青色。「新しい価値観」に属する人物達は全て、右側の扉から赤くぼんやりとした世界に去っていきます。
 先に扉の奥に進んだバッカスに導かれ、左の扉の奥に広がるであろう群青色の世界に歩いていくアリアドネ。ドアの向こう側に行ってしまう直前、扉の所で振り向いたアリアドネは、そしてヴォイトは、静かな自信で輝いていました。あたかも彼女が自分自身のために何をしたいのか、彼女が誰なのかを理解したように。



字を読めることは奇蹟、それとも不自然:その2

2008.07.20
自分自身のためにディスレクシアのことは最低限のことはきちんと理解して書ければ良いなと思っていたとき、その希望が通じたのか、気まぐれで購入したファイナンシャル・タイムズの付録雑誌で以下の書評を見つけました。

http://www.ft.com/cms/s/0/031b954c-fec3-11dc-9e04-000077b07658.html?nclick_check=1
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-833.html
As Difficult as ABC

 強く意識しなければ、言葉を話し、書くことは人類に生まれついての能力と思うかもしれません。でも、書評にあるように、言葉って人類が「わざわざ」生み出したものなんですよね。その「わざわざ」がないと人類はどうなっていたかを説明するであろう例が最近ありました。
 事件の性質からか、日本では詳しく報道されなかったような印象のある、オーストリアで発覚した実の娘を24年も監禁していた事件。イギリスでは、連日、事細かに報道されました。その中で「発達心理学者」が強く興味を惹かれたであろうと思われるのが、同じく監禁状態にあった子供達が発した「音」です。
 母親が教えることを心がけ、またテレヴィを与えられていたので、子供たちが話せるであろうと関係者が期待したドイツ語は、意思疎通が出来る程度は話せたそうです。しかしながら、兄弟二人の間では、時に関係者が全く理解できない「音」で会話していたそうです。これに似た状況は、双子の発達研究で報告されたこともあります。最近では、倫理・人権問題でやってはいけないということになっているように思いますが、過去の実験観察によると、全てではないですが、双子の間だけで成立している、親や他の兄弟姉妹たちは理解できない「言葉」によるコミュニケイションがあることもあるそうです。



 話をディスレクシアに戻します。いくら専門外とはいえ、書くのであれば最低限のことを知っておきたかったので、日本語のウィキペディアを読んでみました。やはり、ディスレクシアの報告は、英語圏に多いと。FTの記事でも、同じ西ヨーロッパ言語の中でも、ドイツ語やスペイン語のほうが綴りと発音が一致するとあります。ドイツ語、今は全くはなすことなど出来ませんが、読めます。それに、興味のある話題だと、なんとなく意味が判ってしまうのが不思議です。
 当然そういうことはあるだろうと思っていましたが、ウィキペディアの記述の中で、海外に行って初めてディスレクシアと診断される日本人もいるとのこと。日本語からみで、一つ興味深い経験があります。
 ある友人のお嬢さん(H)は、軽度のディスレクシアです。幸いにも、数年前にエデュケイショナル・サイコロジストによる適切な指導を受ける機会があったので、今では授業を受けるのに全く問題はないそうです。が、本人に言わせると、他のクラスメイトに比べると教科書を読む速さはちょっと遅く感じるらしいとのこと。
 アルファベットを読むことに多少の問題がある一方で、Hは図形を認識することに長けているそうです。そのことに気付いた友人は、2年前からHが通う学校で始まった日本語のクラスを取ることを、Hに勧めました。なぜなら、アルファベットに煩わされることがないであろうとの考えからです。僕からすれば、週に1回の日本語のクラスで何が出来るのかなと、実はあまり真剣には考えていませんでした。が、友人の選択は大正解でした。

 一時帰国から戻り、友人宅にお土産を持っていきました。一つは、飴の袋で、「くだもの」と平仮名で書かれているものでした。友人との話が途切れたとき、僕の隣に座っていたHが袋に指を伸ばして、「これ、『くだもの』って読むんでしょ」、と。
 友人が嬉しそうに「日本語に聞こえた?」、と尋ねてきたので正直に「上手だよ」、と答ました。Hはよほど嬉しかったようで、数分静かにしていたと思ったら、僕の横で黙々と平仮名50字を書いていました。それが、はっきり言って僕のよりもずっと綺麗。Hとはこれhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-100.htmlからの付き合いですが、いいお嬢さんになったな、と。また、少子化でこれ以上使う人口が増えることを望むのが難しいであろう日本語が生き残る道を見た想いです。英語なんて、偶然が重なって世界中で使われれる言葉になってしまったようですけど、もしかしたら日本語が世界標準になったかもしれないんですから。余談ですが、外国人に漢字がどう機能するかを説明するときに最近頻繁に使うのが「」。魚偏の意味と、「つくり」の春の部分を説明すると、外国人の皆さんは一様に感心してくれます。更に友人から聞いたことですが、日本では「漢字」を読むのを困難に感じる人がいるそうですね。字を読むのが困難な状況というのは、文化の違いによって、条件・症状は違うのだろうと想像します。

 で、ここからは、日本における英語教育と表記への八つ当たり。僕個人の勝手な思い込みだと思いますが、日本語って、外国語の発音を、発音そのままに日本語として表記できる、世界でも稀な言語だと思います。英語なんて、酷いものです。例えば、ドイツのケルンが「コローンCologne)」ですよ。フランス語だって、チャールズが「シャルル」ですし。
 で、イギリスに来て以来、何度も何度も、だれかれとなく言っているのは、僕は一生掛かっても、「L」と「R」を口語で聞き分けるのは不可能。思うのは、その原因の一つは、似非英語でしかないローマ字とカタカナ表記の不完全性。
 例えば、ローマ字。英語のTherapyをローマ字で書くと「Serapii」になると思います。これは、英語ではないです。例えばカタカナ外国語。英語の「mail」は「メール」という発音ではないです、「メイル」です。カタカナ表記を否定するつもりは全くありません。でも、せめて元の綴りを必ず一緒に表記、更に二重母音を正確に表記、この二つを徹底して欲しいです。英語教育の小手先の変更より、この点をどうにかして欲しいと僕は思います。

 頭の中で翻訳しながら英語を喋ることはもう殆どしませんが、綴りが長い単語や、日本語に本来ない発音がふんだんに入っている単語を使わなければならない時は、話す速度を意識的に落として綴りを思い浮かべて発音するようにしています。英語に限らず、母国語でない言葉を話すときは、仕方ないのかなと。母国語を学ぶことだって大変な困難を伴うのですから、外国語の習得はよほど才能に恵まれていないかぎり本当に難しいこと、と個人的には強く思います。

 最後は、英語への恨みつらみを少しは発散できるもので。以前書いたものですが、英語がどれほど「非論理的」な言語であるかを、お楽しみください。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-152.html
Why English is so hard to learn



字を読めることは奇蹟、それとも不自然

2008.07.20
ここに書くことは、どの言葉を話せる国民が知能が優れているとかではないです。また、僕の能力の限界、集めた情報の性格上、英語を含めたアングロ・サクソンラテン語系統の言語が使うであろうアルファベットに限った話になります。

 ディスレクシアDyslexia)という言葉をご存知の方はかなりいると思います。手持ちの英和辞書では、「難読症」と訳されています。僕がこの「言葉」をはじめて耳にしたのは、ロンドンで心理学の勉強をしていた時、一回目の筆記試験の直前でした。ある講義の終わりに、教授が「ディスレクシックの学生は、学生課に行って判定試験の手続きをすることを忘れないように」、とのこと。そのときはあまり気にせず、またアドヴァンスの「発達心理学」の講義でトピックとして取り上げられなかったので、心理学を学んでいるときは忘れかけていました。
 それが身近に感じられ始めたのは、カウンセリングの勉強をはじめてからです。なぜかというと、ディスレクシアのためにいじめを受けたことが、心に刺さったとげになっているというクライアントの症例を何度もめにしたことがきっかけでした。

 先に進む前に、ディスレクシアは、医療・教育現場では誰が診療に当るか?イギリスでは、クリニカル・サイコロジスト(日本語で言えば、臨床心理士でしょうね)、もしくはエデュケイショナル・サイコロジスト教育心理学者)が第一に当ります。「精神科医ではないのか?」と思われる方に。現在の大家さんが精神科医なので確認した所、答は「NO」です。精神科医が診療に当るのは、「スキゾフレニア」や「過度の躁鬱」、また生死に関わるほど深刻な状況にまで進んでしまった「拒食症」等、投薬治療を伴う症状がメインです。これは、非常に乱暴に言うと、脳内の化学物質の均衡が乱れることによって起きるであろう症状。ディスレクシアは、脳内で、単語の綴りと意味を結びつける機能が上手く働かない症状だけど、生活指導や教育によって全快はしないけど改善の方向に進むであろうもの、というのが僕の理解です。
 もちろん、ディスレクシアの症状が酷くて、それによって深刻な鬱状態になれば精神科医が担当することもあるでしょう。また、「鬱病」の原因の幾つかが心の葛藤であったり、「読み書き」が出来ないことでいじめられた過去を誰かに話したいということになれば、そこでセラピスト/カウンセラーの出番となります。日本でも同じ状況だと思いますが、「心のケア」は誰がするのか、という区分けは関わっていないと大変わかり辛いと思います。

 今年の3月、日曜紙のThe Observerで以下の記事を見つけました。
http://www.guardian.co.uk/society/2008/mar/02/socialexclusion.adultliteracy
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-834.html
Why a million UK adults cannot read this headline

 正直に言って、見出しからは記事の内容を予想することはできませんでした。長い記事ですが、一度読んだだけでは、イギリス国内に、字を読めない大人が100万人以上もいるということがすぐには信じられませんでした。先進国、G8のメンバーであるイギリスで母国語を読めないイギリス人が100万人単位でいるということが、自分が今住んでいる国が抱える問題としてみることが不自然に思えました。また僕自身が非常な困難を伴って母国語でない英語を使っているという日常生活から見れば、冗談だろう、と。
 非常に興味を惹かれたのですが、いかんせん、僕自身がディスレクシアのことについて殆ど知らないこともあって、どうしてこのような現状にあるのか記事からははっきりとは判りませんでした。そこで、幾人かの友人たちに尋ねて判ったのは、イギリス国内で「ディスレクシア」という症状により読み書きを学ぶことが普通の人より大変な人がいる、ということが社会で認識されてきたのは、3、40年前くらいでしかなかった。ディスレクシアが知られる前は、それに苦しむ人は周りから「怠け者」であるとか「のろま」と見下された。本人達も、どうして人と違うのかもちろん知るすべもなく、適切な教育を受けることが出来ずに、読み書きが出来ないことを隠すようになり、そういった悪循環に陥ることによって、ディスレクシアを抱える人はきちんとした教育を受ける機会を失っていった。記事の後半にでてくる70歳台の男性の経験を読んで、適切な教育を施す環境、受けるタイミングの難しさを感じました。同時に、昔のアメリカ映画、「チャンス」を思い浮かべました。
 ディスレクシアの人に単語の綴りがどう見えるのか、どう見えないのかを正確に理解するのは、その立場にいないものにはとても難しいことでしょう。だって、読めてしまうものを「読めない」と思い込むことは、難しいですから。ただ、記事で紹介されている、字が読めないことを隠すために、使ってもいない眼鏡を「忘れてきた」ことにして、他人に字を読んでもらわなければならないというのは、ディスレクシアという症状がどれだけ人生に影を落とすかを示しているように思います。当事者にとってはとても悲しいことでしょう。


 どうしてディスレクシアに苦しむ人ってイギリス(あるいは英語圏というべきかも)で多いんだろうと思っていたところ、というかそう思っていたので目に付いたのだと思いますが、以下の記事。一つ目の記事と同じ記者によるもので、英語の綴り(spelling)に苦労を強いられる子供たちの現状を取り上げたものです。記事の後半で取り上げられている、英語のスペリングの改革についての議論は、今更変えられても僕としては困るんだけど、という感想しかないです。またいちからやり直すのなんて、嫌ですから。
http://education.guardian.co.uk/schools/story/0,,2284503,00.html
English is too hard to read
 
 この記事を読んで改めて考えたのは、「英語って、どういう言語なんだろう?」、と。再び、特にマルティ・リンガルの友人、英語教育に携わる友人たちに聞きまくりました。まず、仏、西、葡語が堪能な友人、M曰く「英語はillogicalだから」。「非論理的」という言葉にすぐに飛びついちゃいました。日々、まさにそう感じることの連続です。でも、一人の意見で決め付けてもと思い、日本在住の英語を母国語とする別の友人にも尋ねました。彼曰く、「Irregularかもしれないけど、illogicalとはいわないな。英語を母国語としない、また言語学を知らない人からすれば非論理的な側面が強調されるかもしれないけど、irregularな中にも規則はあるんだよ」、と。
 確かに頷ける意見だったので、専門家に尋ねてみようと、語学学校時代に教わって以来、英語で悩むたびに助けてもらっているHに。「僕は、英語という言語を説明するのにirregularとillogicalの二つの選択肢しか与えられないのは、公平ではないし、適切でもない、とまず言っておこう。英文法の、とりわけ君の質問に関連する英語の綴りの6割以上は論理的なんだ。重要なのは、数百年前に音と綴りの関連性が変わってしまったこと。また、英語は外国語を多く取り入れているから、それによって綴りに一定性がないように見えてしまうのは事実だ」。
 最後に、今でも英語への自信を失くしてしまった時に活を入れてもらうCに。彼女は、国際会議の通訳をこなす方。「ディスレクシアに悩む人たちにとって、英語の綴りは厄介だと思うわ。例えば、throughthrew。発音は全く同じなのに、綴りも意味も、そして文脈で使われる単語の性質も全く違う。でも、だからと言って英語は論理的な言語でない、と判断するのは適切ではないわよ。もう一つ。ディスレクシアは、スペリングと発音に関する問題であって、貴方が挙げた、アクセントの位置が変わるのはディスレクシアとは関係ないといわれています。確かに、貴方が言ったように、analyseanalysis、動詞と名詞でアクセントの位置が変わるのは、一見不規則に思えるでしょうけど、これにも規則はあるのよ」。
 英単語を構成するアルファベットの一つ一つには、際立った意味などなく、綴りと意味を関連付ける能力(reasoningかな?)がきちんと働かないディスレクシックな人々にとって、英語は母語であるにもかかわらず、覚えることが極めて困難な言葉に思えてしまうのかな、と。

人類がまだ知らない自然:クロコダイルを襲う豹

2008.07.18
爬虫類、及び流血の類が苦手な方は深呼吸をしてからどうぞ。






 
 2008年7月18日、The Daily Telegraphのウェブで見つけた写真。南アフリカで撮影された、豹がクロコダイルに襲い掛かっている場面の連続写真。









http://www.telegraph.co.uk/earth/main.jhtml;jsessionid=IP002YZ1NJEA5QFIQMGSFGGAVCBQWIV0?xml=/earth/2008/07/18/ealeopard118.xml
Leopard savaging a crocodile caught on camera

 記事によると、南アフリカのクルーガー国立公園(Kruger National Park)で偶然撮影されたもの。過去に、クロコダイルが豹を襲って捕食する事例はあるらしいけど、その逆の例が目撃されたのは恐らく初めてのことらしい。クロコダイルの強力な顎と、骨を砕くであろう尾のパワーは、どう考えても豹の力をはるかに凌ぐものだろう。
 撮影された豹は、その両方から巧妙に身を翻している上に、たった5分でクロコダイルを仕留めたというのだから。クロコダイルの肉は、こんな危険に見合うほどのご馳走ではないと書かれていることから考えられるのは、よほど空腹だったのか、それとも腹の虫の居所が悪すぎたのか。
 今日は、テレグラフ本紙で、「人類、どうみても絶滅の道を進み始めたな」、と思いたくなるようなイギリス・ローカルのニュースを読んだ。
 そんな気分の時に、自然界では人類の想像をはるかに超えることがおきていることを知ると、人類がいなくなっても、地球は輝きを失わないような気がする。

Zeppelinと飛ぶ、ロンドン上空のひととき

2008.07.17

ロンドン北東に位置するEssexから離陸。


ゴンドラ内部。


ロンドン・アイよりも眺望は良いはず。


眺め良し。

http://www.telegraph.co.uk/news/picturegalleries/2300936/Stella-Artois-zeppelin-over-London.html
http://www.guardian.co.uk/travel/gallery/2008/jul/15/london.travelnews?picture=335703197
写真
http://www.guardian.co.uk/travel/2008/jul/15/travelnews
Poetry in motion: over London by airship

 今年の夏、8月21日までこの飛行船によるロンドンを空から眺めるたびが経験できるそうで。写真で見るかぎり、天気が良ければ、まさしくBreathtakingな眺めを楽しめると思う。落ちる危険も、爆発すこともなさそうだから、是非体験してみたいけど、1時間お一人様£360-(約75,000円)は、ほかのヨーロッパの都市に行けるお値段。
 地上に写る飛行船の影は、鯰が泳いでいるように見える。



歌は誰のために:For whom songs are sung

2008.07.14
BillyBraggAndMickJones


数年前に、ロイヤル・オペラ・ハウスで知り合ったイギリス人の友人(以下N)がいます。友人は60代、ノンポリですけど、生活信条は保守の部類に入るでしょう。先日、久しぶりに会ってオペラやバレエの話をひとしきりした後に、僕から以下のことを話し出しました。


 「ちょっと前に、イギリス人の別の友人から、あまりレフト・ウィンガーっていわないほうがいいよ、と言われたんだ」。

 N:「その友人は正しい。今の時代、レフト・ウィンガーなんて、何も意味をなさない」。

 「僕は、コミュニストじゃないからね。ただ、おかしいと思うことに声を挙げる姿勢をレフト・ウィンガーといわれるなら、それでいいと思っているだけ」。

 N:「いいかい、レフト・ウィンガー、それにSocialistというのはロマンティストなんだ。資本主義のこの世界で、ロマンティストに出来ることなんてない。幻想だよ」。


 茶のみ話の一部なので、深刻なものではないです。また、今日本で話題になっているらしい「蟹工船」を読まなければ、なんて決して思いません。カーラ・ブルーニのインタヴューが読みたくて久しぶりに購入したThe Sunday Timesで偶然このような特集記事を見つけました。
http://143.252.148.161/tol/news/uk/article4321671.ece
The credit crunch is bringing Marxism back into fashion

記事の中で取り上げられている若者と似たようなもので、僕自身、それほど社会主義的、民主主義的なものに理想を抱いているわけでもなく。でも、声を挙げ続けなければ、との想いは常にあります。

 で、そんな僕の気分に引っかかった話題が、本題。以下の二つのリンクは、どちらもThe Guardian紙からで扱っているの話題はいわゆる商業音楽。でも、記事の方向は全く正反対です。

http://music.guardian.co.uk/pop/story/0,,2289508,00.html
For your ears only

 この記事は、最近のクレディット・クランチの影響や人権費の高騰によるコンサート収入の減少、またインターネットによるダウンロードでCDの売上が伸び悩む中、ビッグ・ネイム・ミュージシャンがロシアのビリオネアーや、イギリスのサッカー選手、ウェイン・ルーニーの結婚式等でプライヴェイト・コンサートをすることで、クィック・キャッシュを手に入れている、と。
 記事によると、ローリング・ストーンズが7億円でテキサスの億万長者の60歳の誕生日にギグを。ドラッグまみれで一般のコンサートをキャンセルしまくっている、イギリス人ソウル・シンガーのエイミー・ワインハウスが、イギリスでやりたい放題、サッカーのチェルシーのオーナーでもあるロシア人億万長者のローマン・アブラモヴィッチに呼ばれてモスクワでプライヴェイト・コンサートをして2億円。ワインハウスに関しては、これだけドラッグで話題を振り撒き、好き勝手にふざけた生活していて、結局金かよ、と思います。
 記事の後半では、そのようなビッグ・ネイムでなくても、思い出のバンドを誕生日や結婚式に呼ぶビジネスが盛んになっているとのこと。ミュージシャンにとって「音楽」、そして「歌」は生きていく為の手段。ですから、このような状況を一方的に悪いと切り捨てるつもりは全く有りません。僕だって、仮に今この瞬間、自分が死の床にいたら、バルトリが歌うセレナーデ、いやフローレスターフェルによる「テンプル・デュエット」、そんな自分の好きな歌を好きな歌手の声に包まれて息を引き取るのもいいかなと思います。でも、なんだか釈然としないです。「歌」は、多くの人にむけて歌われるものではないのかな、と。

 掲載されたのはこちらのほうが先ですが、心情的により深い共感を持ってしまいます。
http://music.guardian.co.uk/rock/story/0,,2288732,00.html?gusrc=rss&feed=networkfront
'They brought us in some peace'

 刑務所に赴いて、収監されている犯罪者の為に歌うことが歌手の本分だとは、もちろん言いません。それに、歌手だって無償でやっているわけではないようです。記事の後半にありますが、ミュージシャンへ払われるギャラは税金から賄われているそうです。犯罪も犯さず、汗水流して一生懸命に働いても、好きなミュージシャンのコンサートに行く経済的余裕もCDすら購入することも出来ない人々はたくさんいることでしょう。そのような状況にいる人からすれば、受け入れがたい感情があるかもしれません。
 でも、「歌」で救われるなら、「歌」で犯罪が減ることにつながるのであれば、僕自身は、こちらの記事で取り上げられているミュージシャン(ボニー・タイラーを除く)にシンパシーを感じます。写真に元クラッシュミック・ジョーンズと写っているビリー・ブラッグBilly Bragg)は、労働者階級代表のばりばりの左翼ロッカーです。彼のインタヴューを読んでいると、共感する部分もあるし、彼のデビュー時からつかずはなれずという感じで聞き続けています。が、彼の声がいまひとつ好きになれないのがいかんともしがたく。

 ところで、そのブラッグジョーンズが赴いた刑務所の名前が「Wormwood Scrubs」。なんか聞いたことあるなと思ったら、驚愕の事実。現在住んでいる所から、歩いて数分の所にこの刑務所があることを知りました。カウンセラーのはしくれとしては、将来、刑務所でも経験を積んでみたいと思っています。こんな例もありますし。
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-644.html
 で、実際の状況として、刑務所でカウンセラーとして働くのはとっても狭き門らしいです。身元調査がとても厳しいらしく、非EU圏からの外国人が採用されることがあるのかどうか。

 いつも身近に歌がある生活をずっと送ってきた僕にとっては、歌は多くの人のために歌われて欲しいな、と。それがパンクであろうと、オペラのアリアであろうと。

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ロンドンのバス、無料乗り放題、でした

2008.07.13
2008年7月12日土曜日の午前中、幾つか所用を済ませる必要があったので、移動するのに3回、バスを使った。3台いずれもが、運転席の脇にある「Oyster card reader」に乱暴な手書で「故障中」と書かれた紙が張られていた。
 ここは、ロンドン。ま、3回続けてというのもあるかな、と。3回目に乗車したとき、運転席のそばの席に座っていたので、次の停留所で乗り込んできた客と運転集の会話が聞こえてきた。なにやら、運転手が、「system down」と言っていたような。

 午後遅くに出かけた時も、やはり故障中。「ふーん」と思いつつ、パディントン駅始発の332バスに乗り込んだところ、乗客は僕一人。運転手に、何が起きているのか尋ねた。

 答は、「オイスター・カードのシステムが、完全に落ちたんだ。笑っちゃうよな」。
 
 「明日も、乗り放題かな?」。

 「いや、ひと月ぐらい復旧しないかもよ。俺は、別に構わないけどね」。

 で、Transport For Londonのウェブに行ったところ、以下の文書がアップされていた。
http://www.tfl.gov.uk/

Oyster cards - an update
13 July 2008

There was a technical problem with the Oyster card computer system yesterday morning, Saturday 12 July, until around 9.30am.

As a result card readers across the TfL network were not accepting Oyster cards for parts of the day yesterday.

The problem has been rectified and cards are now being accepted across London Underground, DLR, London Overground, London buses and on those First Great Western, First Capital Connect and CTC services that accept Oyster. Local Oyster Ticket Stop retailers have also been affected but will be coming back on-line through-out today (Sunday).

All passengers who incurred a maximum fare on Saturday 12 July will be given an automatic refund from Tuesday. They do not need to take any action to obtain this refund.

A number of cards used on London Underground before 9.30am yesterday may not be working as a result of yesterday's technical problem. Customers who topped up their cards at Oyster Ticket Stops during the day may also have been affected. Customers whose cards are not working are advised to go to their nearest London Underground ticket office where they will be able to exchange their card for a replacement.

A small number of Freedom Pass and Young Persons Oyster card holders may also have been affected. They will be required to apply for replacement cards through their relevant local authority and through the young persons travel card helpline respectively. Our staff will be instructed to allow these card holders to continue to travel whilst replacements are issued.

We are investigating the cause of the problem and apologise to our passengers for the inconvenience caused.


 障害が起きた時のバック・アップ体制、どうなっているんだろう?サーヴァー、まさか2台なんてこと、ロンドンなら考えられなくもないような気がしなくもない。少なくとも10万人単位の利用者がいるであろうオイスター・カードのシステムがほぼまる一日落ちたままだなんて。しかも、お詫びは、最後に気持ちていど。誰も責任をとろうとしていないことは、いつものこと。
 厳密に言えば、「乗り放題」だったとはいえないだろう。でも、運転手もいちいち、「チケットを見せなさい」、という気は端からなかったようだ。状況を知らない乗客が、きちんとオイスター・カードを読み取り機に当てたり、チケットをかざすたびに、手振りで「今日は見せなくていいよ」、といいたげだった。

 こんなことが、オリンピック開催時に起きたらどうするんだろう?「まだ、4年もある」、と担当者は言うだろうけど、4年では無理だろう。オリンピック開催、白紙にならないかな。なって欲しい。

 世界一高い都市ロンドンを、無料公共バスで見て回ることができた人は、幸運でしたね。


[追記:7月14日]
 今夕、ロンドンの夕刊紙のイヴニング・スタンダード紙の記事によると、7月12日の午前5時半から午前9時半までに何らかのトランザクションをしたオイスター・カード6万枚が、交換の必要があるとのこと。

Balloons on Balloons

2008.07.10


http://news.bbc.co.uk/1/hi/in_pictures/7497556.stm
Balloon lumpfish attach themselves to a balloon at an aquarium in Tokyo, Japan.



http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2008/jul/09/24.hours?picture=335579440
Tokyo, Japan: Balloon Lumpfish (Eumicrotremus pacificus) attach themselves to balloons at the Epson Shinagawa Aqua Stadium. The deep-sea fish have ventral sucker disks, which help them to cling to rocks in the water. Photograph: Kiyoshi Ota/Getty Images

ロンドン・バスの新しいデザイン、公募中!

2008.07.07
かつてロンドンを縦横無尽に走っていた、車掌が乗っていたタイプの2階建てバスが既にロンドンから消えてしまったことは、多くの方がご存知だと思います。その消えてしまったタイプのバスの総称は「Routemaster」で、イギリス国内だけでなく、世界各地でいまだに根強い人気があるようです。日本でも確か山口県のどこかで、ぴっかぴかに磨き上げられたRoutemasterが元気に走っているはずです。



 そのRoutemasterにとって替わったのは新しいタイプの2階建てバスと、「Bendy Bus」と呼ばれる蛇腹でくっついたタイプのバス。前ロンドン市長のケン・リヴィングストン氏は後者の導入に異常なくらい積極的でした。利用者の一人としては、別にどうこういうつもりはありませんが、このバス、火災などの事故が多くリヴィングストン氏の政敵の皆さんはことあるごとに攻撃していました。



 その筆頭が、現ロンドン市長で、保守党のボリス・ジョンソン氏。確か、彼は公約の中でBendy Busの撤廃とRoutemasterの復活を挙げていました。で、ロンドン市長に「なってしまった」ジョンソン氏、就任して2ヶ月経つかたたないうちに、こんなことをはじめました。

http://www.tfl.gov.uk/tfl/corporate/projectsandschemes/technologyandequipment/anewbusforlondon/default.aspx
 なんと、新しいRoutemasterのデザインを公募することに。一応全部に目を通してみましたが、外国人、もしくは外国からの応募は出来ない、とは書かれていないようなので日本からも応募できるのではないでしょうか。締め切りは、2008年9月19日、イギリス時間午後12時必着です。デザインが採用された時の賞金は、単純換算で、500万円です。これを読んだ何方かが受賞したら、僕は紹介料を戴けるのかな、と。
 早速、公約の一つを実現すべく行動を起こしたジョンソンさん、本人は有頂天かもしれませんが、現実は甘くないようです。以下のガーディアンの記事に詳しく書かれています。
http://www.guardian.co.uk/politics/2008/jul/05/boris.transport
 資金面からみた難しさもさることながら、各方面から大きな反発を引き起こしそうな点は、仮にジョンソン氏がオリジナルのRoutemasterに固執した場合の最大の問題として身体に障害がある人、妊婦、高齢者の利用の妨げることになるであろうということ。ジョンソン氏が思うほど簡単にいきそうもない感じがします。更に就任2ヶ月足らずで、彼の側近の一人が経歴詐称で辞職に追い込まれた状況は、ジョンソン氏の政治手腕、及び人事管理の技量の弱点を曝け出してしまいました。かなりの痛手になるように感じます。それに、バスをどうこうするより先にすべきことは山積。特に、世紀末的と言ってもいいほど酷い状況になっている、ほぼ毎日、誰かが犠牲になっているナイフによる殺人事件。これを真っ先にどうにかすべきだと、僕は思います。


 バスに関するもうひとつの話題は、牧歌的というか、イギリス的というか。お試し原稿の一つで、時期的に外れてしまったので採用されなかったもの。許可を得たのでここで。


バスを乗りこなすのは、楽じゃない

 年度末に道路工事が集中するのは、日本だけではない。ロンドンでも全く同じだ。特にこの冬は、交通量の激しい通りに工事が集中している印象がある。道路工事による影響は一般車両やタクシーにも当然及ぶ。しかし最も深刻な影響を被るのはロンドンを走るバスであり、バスを毎日利用する乗客だ。
 日本と違い、工事が始まる前に利用者に注意を促すお知らせがバス停に張られることなど殆どない。ある朝気がつくと、いきなり工事が始まり道路が封鎖される。この道を真っ直ぐ行けば降りるバス停なのに、バスは思いもよらない細い通りに入り込むか、目と鼻の先のバス停にたどり着くまでに信じられないほど長い迂回路を延々と進む。
 運転手が迂回路を理解していれば問題ないが、馴れない細い通りを何度も曲がっているうちに進路を誤る運転手もいる。そんな時、乗客はどこで降ろされるか判ったものではない。
 乗客が呆然としようが抗議しようが、運転手はおかまいなし。当然だろう。ある意味、彼らも道路工事の被害者なのだから。客を降ろしたバスは何事もなかったかのようにのんびり車庫に戻っていく。
 このような工事が短期間、且つ一度で済めば利用者は納得できる。が、一つの工事が終わるとすぐに別の工事が始まるのがロンドンの日常。迂回路を進むバスの窓から、「おっ、こんな通りがあったのか」、と発見を楽しめる余裕を持つことが、ロンドンでバスを乗りこなす心得かもしれない。



 この状況、年度末で終るかと思っていたのですが、残念なことにロンドンの水道会社であるThames Waterが2010年終了の予定で、古くなった水道管の総とっかえ作業をそこかしこでやっているので、状況は変わっていないどころか悪化する一方です。取り替える予定の水道管の一部は、ヴィクトリア時代のものというのですから、ロンドンの生活基盤がどれほど古いかということがお判りいただけるかと思います。始末が悪いのは、取り替えたばかりの新しい水道管がすぐに水漏れ、ひいては道路に大洪水を引き起こし、塞がれた道路がまた掘り返されるという悪循環がエンドレス。知らなかったバスルートの開拓につながるのはいいのですが、それにも限度がありますし。こんな状況に毎日接していると、2012年のオリンピックは、実現しないと確信します。

[追記]
 ロンドン西部を走るバスから始まった、停留所の車内アナウンスがどんどん他のバス会社にも広がっています。これまで、バスに乗ってロンドンを回りたいけど、どこで降りていいのか判らないから乗りづらいと思っていた観光客の皆さんには朗報ではないかと。

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