LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2009年09月の記事一覧

ウッディ・アレン、ロンドンの好天を大いに嘆く

2009.09.30
7月は本当にひどい天気で、「今年も夏が来ないまま、ロンドンは秋、そして冬に突入か。ま、いつものことだけど」、と嘆いていたのが信じられないほどの好天が、8月からずっと続いている。8月の好天といっても、30度を超えるなんてことはなかったように思うけど、雨の降らない天気が続いている。

 先週末のある新聞のガーデニング・セクションで、「雨が降らなくて秋が早まっている」との記事を読んだときは、「イギリス人は、何があっても幸せになれない人種なんだ」、と改めて思った。ところが、この素晴らしい天気を恨めしく思っているのはロンドナーだけではなかった。

Woody Allen interview
http://www.telegraph.co.uk/culture/film/starsandstories/6243935/Woody-Allen-interview.html

 ロンドンでは4本目になる映画撮影の目的は、「雨」だったアレン。ところが、さすが人の期待を裏切ることが得意のイギリス、アレンが望んだ大雨はまったくなし(確か、9月はじめの月曜か、火曜が大雨だったかな)。

“I hate sunshine,” he mutters. “It should be raining.” Then he shrugs philosophically. “But those are the breaks. We’ll have to shoot it differently or maybe use a garden hose on the windows.”

The 73-year-old New Yorker is currently making his fourth film in London and instead of the grey skies and rain he loves, he has endured days of sunshine and blue skies. “The sun is a very, very big problem,” he says gloomily.


 確実なのは、撮影を終えてアレンがイギリスを離れるいなや、大雨が降り始め、ゲイル(西風)が吹き始める。人が期待することを叶えてあげようなんて思わないのが、イギリスという国。

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Anish Kapoor展:戸川純さんに見て欲しい

2009.09.29
9月26日から、ロイヤル・アカデミー・オブ・アーツhttp://www.royalacademy.org.uk/)で始まったAnish Kapoorの展示を早速観てきました。レヴューは割れているようですが、「視覚」だけにもかかわらず、息苦しくなるほど、心臓がバクバクするほど五感すべてが刺激されるような展示でした。

 始まる前は、Kapoorって、誰?状態でしたが、思い出しました。数年前、テイト・モダンのタービン・ホールに超超巨大なホルンのような物体をインストールした人です。



 圧倒されたのは、展示されているものが巨大だから、ということではないです。その巨大なものを作り上げようとした、作り上げたKapoorの精神。たとえば目玉の一つ、Svayambhサンスクリット語で、Self-generatedの意)。
 たぶん、重量1トン以上はあるに違いない巨大な赤い塊が、ロイヤル・アカデミーの優美な展示室5部屋をぶち抜いているだけでなく、その赤い塊が往復3時間かけてレイルの上を動く。


(恐らく、ニュー・ヨークで展示されたときのもの)

 その赤い物体を目の前にしたとき、僕の目の前をゆっくり確実に動いていくさまを見つめていたときに湧き上がってきたのは、「人間はなんて愚かで、無駄なことをして、にもかかわらずなんて面白い生物なんだろう」。
 見たことはまだないですが、スフィンクスやピラミッドをどうして人類は作るにいたったのか。Kapoorの作品(といっていいのか)が千年以上も残ることはありえない。でも、そのコンセプトは形を変え、場所を変えて残っていく。人類の歴史遺産とネガティヴな見方をすれば「コンセプト・アート」という消耗品とを比べるのは筋違いなのかもしれないですが、何かを作り上げることによってしか伝えられない大きな意思、という点では共通するものがあるのかな、と。

 それとこの赤い塊、歌手・女優の戸川純さんにぜひ見てほしいです。彼女が所属した「ヤプーズ」というバンドの「ダイヤルYを回せ」という作品の最後にこんな歌があります。

赤い戦車
/ YAPOOS
作詞:戸川 純  作曲:中原信雄

水彩画より油絵の凝固した色味にも似た
迷いなく確固たる動かぬ血の色の野望

Red bloody the will is
たえざる意志の保持なり

重ねて同じ色を塗り続け幾たびになろう
しかして立体化した型状の絵すなわち成就

辛酸はだいだいの
It's not more red than my hard will

突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の
ペインティングス まるでキューブな自己実現
生きるために生まれたんだと確信する色

重ねて同じ色を塗り続け幾たびになろう
しかして立体化した型状の絵すなわち成就

辛酸はだいだいの
It's not more red than my hard will

傷を染める清冽な赤 凝視するほど傷は癒える
ペインティングス 赤く輝く血は源泉
死人じゃないってこれほどまでに確信する色

突き上げるあつい想いが描きなぐった血の色の
ペインティングス まるでキューブな自己実現
生きるために生まれたんだと確信する色



 もうひとつ、この展示で感じたのは、「アートは、いつも必ず美しくなければならないわけではない」。赤い塊を「排泄物」と想像することもできるでしょう。大砲から打ち出される「赤」が白い壁にべったりと張り付く瞬間、そして重力に抗えずに床に落ちていくシーンが想起させる暴力的な、あるいは醜悪なイメイジ。にもかかわらず、そこにある「意志」とその「力」に刺激される自分と、その刺激を受け入れてしまっていることへの戸惑い。


(発射は20分ごと)

 最後に、「Yellow」という作品を見上げたときに、大昔に読んだ漫画の一こまが急に目の前に。それは記憶違いでなければ、「百億の昼と千億の夜」で、主要登場人物の一人が、弥勒像の口の中に入ることにより外の世界の破壊から救われる。この展覧会、見る側の国籍なんて小さな記号を見事なまでに吹っ飛ばすほどの刺激があるように思いました。12月11日まで。

Cafe de バッキンガム宮殿

2009.09.29
先週は、期待、かつかなり丁寧に準備していた仕事(テクニカルな通訳)がキャンセルになり、5日間ぽっかりと空いてしまった。
 天気が思いのほか素晴らしかったので、気分を切り替えて、溜まっていたブログのねたを消化したりしたけど、やはり予定がないままの5日間というのは結構長い。で、ある「季節限定カフェ」がまだ営業していることを思い出した。それは、バッキンガム宮殿の中庭のカフェ。
*情報、写真はすべてhttp://www.royalcollection.org.uk/からの借用。


Take tea on the terrace at Buckingham Palace

Enjoy a moment of relaxation and refreshment during a visit to the State Rooms at the Palace’s brand-new café. Specially created for the eight-week Summer Opening, the café welcomes visitors at the end of their tour of the State Rooms as they walk from the Bow Room into the Palace garden. Perfectly positioned on the West Terrace, it offers views over Palace’s famous lawn and lake.

The Garden Café is open throughout the Palace’s visiting hours, 09:45-18:00 (last admission 15:45). It serves a selection of refreshments, including tea, coffee, juice and a choice of sandwiches. Particularly tempting is the array of cakes and pastries made exclusively for visitors to Buckingham Palace.

The State Rooms at Buckingham Palace, including the special exhibition Queen & Commonwealth: The Royal Tour, are open until 30 September.


 今年の特別展示、「エリザベス女王のドレス」コレクションもよかったし、いつも感じるけど足の裏に感じる絨毯の心地よさには、裸足になりたい、寝転がりたい、転寝したい衝動に駆られる。見学コース内で唯一足を止めたのは、1954年の女王夫妻のオーストラリア訪問のときの映像。今ではちょっと信じられないけど、半世紀前にはまだ「ローマの休日」を思い起こさせる熱狂がオーストラリアにはあった。
 ここ4年くらいは行っていなかったけど、見学コース内に大きな変化があるわけでもなく、わずか15分で中庭へ。それが目的だから。 



 設営されたカフェは、頭上が白い幕に覆われたいたってシンプルなもの。それでも、思い込みがあるから何かが違う。紙コップやトレイに使われていた濃い目のスカイ・ブルーはとてもいい選択だと思う。



 正直なところ、飲み物とケイキにはあまり期待していなかったし、それは正解。紅茶はブランド名が記載されていないティー・バッグ(味は良し)。スコーンに塗られていたクリームはほぼ無味、エクレアのコーヒー・クリームは歯が溶けてしまうよだった。ヴァニラ・クリームをこれでもかとはさんだミルフィーユは合格。
 でもこのカフェのチャームは、「場所」。目の前に広がる、手入れの行き届いた芝生、その奥に広がる「女王の森」の木々が風に揺れている。この「場所」があって、そして来ることができてうれしかった。

 エリザベス女王は政府にバッキンガム宮殿を含む王室関連の施設の維持費の増加を依頼しているらしい。税金を悪用する政治家に比べたら、とても真っ当なことだと思うし、自分が払う税金は、たとえ「限定」でしか訪れることができなくてもバッキンガム宮殿の維持費に使われてほしい。形はどうあれ、僕の生活に還元されたのだから。

 入場料、飲食費、合わせて£30-超。今年は明日、9月30日まで。来年も、営業されることを切望する。

鮮血のような赤に沈むロイヤル・アカデミー

2009.09.23
9月26日からロンドンのロイヤル・アカデミー・オブ・アーツhttp://www.royalacademy.org.uk/)で始まるAnish Kapoorの展覧会。



 BGMはヤプーズの「赤い戦車」。

 誰だかまったく知らないけど、観に行こう.

http://www.royalacademy.org.uk/exhibitions/anish-kapoor/

Anish Kapoor paints the Royal Academy red
http://www.guardian.co.uk/artanddesign/gallery/2009/sep/22/anish-kapoor-royal-academy?picture=353277375

How much do you know about Anish Kapoor?
http://www.guardian.co.uk/artanddesign/quiz/2009/sep/16/anish-kapoor-royal-academy-quiz



ロンドンでの外食の一例

2009.09.23
8月後半から今月前半にかけていい気分がしないことが続いたときに、仕事がらみ、交友関係で食事に誘われて訪れたところが面白かったのでご紹介。

 8月最後の週末に行ったのは、オックスフォード・ストリートから数分のところにあるランガム・ホテルhttp://london.langhamhotels.co.uk/en/index.html)。有るのは知っていたけど、足を踏み入れたのは初めて。
 ロビーのすぐ後ろにあるパーム・コートhttp://www.palm-court.co.uk/)が今年の4月に改装され、そこが今売り出し中のアフタヌーン・ティーのプロモーションがあるからとのお誘い。持つべきものは友。プロモーションといっても、アフタヌーン・ティーそのものが安くなるのではなく、シャンペイン飲み放題というもの。


(写真はすべてホテルのサイトから拝借)



 ホテルが売り込みをかけていたのは、「Bijoux」というメニュー(2枚目の写真)。サンドウィッチは通常のフィンガー・タイプのものではなく、かなり手のこんだもの。女性フロア・マネイジャーいわく「新鮮さが売りなので、お客様からのオーダーを受けてから作ります。10分ほどかかりますので、それまでシャンペインをお楽しみください」、とのこと。
 4人分が運ばれたとき、最初の印象は、「なんだかとても小さい」。ところが味は、ロンドンとは思えない美味。全員、無言で一気に平らげて、御代わりを所望。10分後に再び運ばれたサンドウィッチには追加料金はかかっていません。
 もしかしたらプロモーションだからという可能性もあります。また、どのホテルでもお代わりに追加料金はかからないかどうかは判りません。しかし、何事も、尋ねるのは無料ですから。
 続いてのスコーンは、可もなく不可もなく。が、メニューで強調している、「コーンウォールからのクロッテド・クリーム」、激美味。クリームは客が席に着く前からテイブルにおかれているので、スコーンを食べるころには程よい柔らかさ。友人たちがジャムに夢中になっている隙に、クリームを食べるためにスコーンを食べましたという勢いで。追加のクリームはどうやら冷蔵庫から取り出してきたばかりのようで、かなり硬め。これが唯一の失点。
 ケイキは、美味しかったことしか思い出せませんが、印象に残っているのは、「マカロンはロンドンでも普及しているんだ」、ということ。サンドウィッチとケイキをお代わりして、一人頭£45-というのは納得できるかな。さすがに夕食は食べられなかった。

 メニューを読んでいて気づいたことが二つ。このアフタヌーン・ティーの名前はフランス語。にもかかわらず、説明の文書の最初には、ドイツ語の「Über」が形容詞として使われていた。英語って、日本語とは別の意味合いで、外国語を貪欲に取り込んでいく言語であることを改めて実感。
 このパーム・コートは、5時からハイ・ティーが始まる。ウェスト・エンドからもそれほど離れていないので、観劇前の腹ごしらえにはいいかもしれない。

 9月8日、友人の誕生日に呼ばれたのハマースミスから徒歩15分ほど、テムズ沿いにあるパブ、The Old Shiphttp://www.oldshipw6.com/)。



 ロケイション、最高。この日は天気が素晴らしく、オレンジ色が濃くなる夕暮れの空とテムズを眺め、昇ってきた月が照らすテムズの川面から吹いてくる風の柔らかさ。友人いわく、サンデイ・ローストもかなりいけるそうなので、真冬でも、暖かい室内でロースト・ビーフとワインを楽しみながらテムズを眺める、ということもできるでしょう。

 観光客時代は自腹で、最近は、日本から来た仕事関係の方を連れて行くのが、Odin'sというレストラン(http://www.langansrestaurants.co.uk/)。
 観光客に人気のあるMarylebone High Streetの角を曲がってすぐのところにあるにもかかわらず、観光客は皆無。顧客の大半は、Maryleboneエリアに住む地元民。
 ミシュランがどうのこうのとか、セレブリティ・シェフがどうのというレストランではない。でも、出される料理はとてもまっとうなものだし、気張らずに美味しい料理を一人でも、二人でも、グループでも楽しめるレストランだと思う。このレストランがロンドンではかなり知られている理由のひとつは、壁を覆うおびただしい絵画。中には、どうでもいいものもあるだろうけど、デイヴィッド・ホックニーのオリジナルなどもあるとのこと。
 初めてだと、接客がフレンドリーとは感じられないかもしれない。でも、プロフェッショナル。メニューが判らなければ丁寧に説明してくれるし、付け合せの温野菜も結構客の要望にこたえてくれる。
 お財布に余裕があれば、デザートはグランマニエ・テイストのスフレがお勧め。人様の財布で行くときはさすがに頼まないけど、先々週XXさんといったときには、まだサマープディングがあり、久しぶりにきちんと作られたものを食べることができて幸せでした。

[追記:9月27日]
 コメントをいただいてから書き忘れていたことを思い出しました。ストーク・オン・トレント出身で、サヴォイを常宿にしていた作家、アーノルド・ベネットの名がついているオムレツは、パーム・コートのハイ・ティーのメニューにありました。

 もう一つ。マリルボーン駅から一本入ったLisson Groveにあった、ロンドンのフィッシュ・アンド・チップスのレストランとして有名だったSea Shellは、今年の夏に起きた火災により閉鎖。再開する予定のようですが、いつになるかは全く不明。

ブロークン・ブリテン7:持ってしまった者と、持てなかった者

2009.09.23
今年の春、The Daily Telegraph紙が放ったスクープ、多くの下院議員が議員への補助制度を悪用・乱用していた、しているというニュースは日本でも報道されました。一番悪用されたのは、ロンドンに住まない議員たちによる、セカンド・ハウスの家賃補助と、ローンにかかる利子免除の優遇制度でした。検索すれば、いくらでも記事が出てきますので、ここでは大々的にキャンペインを行ったテレグラフ紙の頁をリンクしておきます。

MP’s expenses
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/mps-expenses/

 テレグラフが政治家による「裏切り」を報道し始めた当初、超保守のテレグラフの立場からすれば当然といえば当然ですが、矛先は労働党に向けられていました。ブラウン首相と彼の主要閣僚への攻撃が一段楽したところで、保守党議員の公費悪用を出し始めたのですが、丙丁つけがたいほどひどいことが判ったようで、その後は党に関係なく際限なく出てくるという状況でした。無視、もしくは無関心を装っていたほかの報道機関も、さすがに追随しなければならかなった、というのが僕の印象です。

House of shame
http://www.guardian.co.uk/politics/2009/may/10/houseofcommons-mps-expenses-gordon-brown

MPs' expenses: how scoop came to light – and why journalists fear a 'knock on the door'

http://www.guardian.co.uk/media/2009/may/18/mps-expenses-how-scoop-came-light
(これは、どのような経緯でこのスクープがテレグラフにわたったか、というもの)

 このスキャンダルで、僕自身が一番驚いたことは、結局文字通り辞任に追い込まれたのはマイケル・マーティン下院議長だけで、税金を悪用し、公費の返還を渋々した多くの議員たちは、来年であろうと予想される総選挙までその地位に留まっていること。さらに開いた口がふさがらなかったのは、もっとも貪欲に家賃補助を貪り取った労働党の女性議員が言ったとされる発言:

 私は何も間違ったことはしていない。こういう制度があることがそもそもの間違い。それに、私がやったことが間違っているなんて、国会の経理職員は言ってくれなかったもの。私が悪いわけじゃない。

 この女性議員、次の総選挙では、労働党からの出馬は認められないようです。

 このテレグラフの報道は、もうひとつ、イギリスの闇を改めて浮きぼりにしました。国会から、過去1年、各議員が使ったとされる経費が発表されたとき、その公式文書の多くの詳細な数字は、黒く塗りつぶされていました。なぜかといえば、デイタ・プロテクションです。

 これほど大規模なものでは有りませんでしたが、2008年はじめに、ある保守党議員による職権乱用が報道されました。彼の家族を職員として雇用したことにして、その実、雇用されたはずの彼の息子たちは給料が払われていたにもかかわらず、何もしていなかった。

Shamed Tory MP who paid £1.5million to his family to quit (but not before he earns £120,000 more)
http://www.dailymail.co.uk/news/article-511202/Shamed-Tory-MP-paid-1-5million-family-quit-earns-120-000-more.html


(このクリスマス・カードも経費から)

 もちろん、僕はこのデレク・コンウェイ議員については報道からしか知りません。裕福でない地域の労働者階級家庭で育ち、苦労した後、国会議員にまでなった。中流階級出身の奥さんと家庭を築き、子供たちに最良の教育の機会を、とここまでは美談でしょう。
 現実は、今の暮らしを維持するため、教育費を払うための経済的余裕がなかった。政治家だけでなく、どの階級の、どのような家庭でも起こりうる状況だとおもいます。一般市民とコンウェイ議員の違いは、彼が何らかの特権を「持ってしまった」側にいたこと。これは僕個人の勝手な考えですが、イギリスではその「持ってしまった側」に一度でも足を踏み込んでしまった人々の多くは、もっともっとと足掻き、持ってしまったものを失うことへの恐怖感にかきたてられる。その悪循環にはまり、周りが見えなくなる。
 では、もてなかった側にいるとどうなるか。置き去りにされるか、カレン・マシューズのようになるか。僕は、前者は現代イギリスでは、高齢者と子供だと思っています。他人事のように書いていますが、僕自身、「持ってしまった側」にいることを思います。たとえば、インターネット予約のみで享受できる、鉄道料金の大幅割引。収入が減るであろう高齢者の皆さんほどそのような特典を使いたいであろうけど、インターネットを自宅に持っている老老家庭がいくつあるだろうか?

 上手くつなげられませんが、つい最近、ガーディアンで、経営者とその会社で働く一般雇用者との給与格差についての記事を読みました。

Pay gap widens between executives and their staff
http://www.guardian.co.uk/business/2009/sep/16/guardian-executive-pay-survey-ratios

 一般論としてはくくれないであろうトリッキーな記事なので、読まれる際はご注意のほど。興味を惹かれた点を引用します。

According to the left-wing thinktank Compass, which has called for a high pay commission to monitor top pay in the same way as the Low Pay Commission advises the government on the national minimum wage, the average ratio of chief executive-to-employee pay has risen from 47 to 128 over the past 10 years.
左派系のシンクタンクの試算では、過去10年で、経営者と雇用者の給与格差は、47倍から128倍にまで広がっている。

The banker John Pierpont Morgan, founder of JP Morgan, once said that no one at the top of a company should earn more than 20 times those at the bottom. Among FTSE-100 companies last year, only two chief executives met Morgan's test. Michael Lynch of the software firm Autonomy had a salary only 9.5 times as large as the firm's average of £64,500, while Andrew Sukawaty at the satellite communications group Inmarsat earned 16 times the firm's average – although that average is a hefty £119,000 a year.
JPモルガン銀行の創始者は、経営者の給与は、雇用者の給与の20倍を超えてはいけない。昨年、ロンドン株式市場に上場している企業の中でそれに当てはまるのは2社に過ぎなかった。ただし、その2社の従業員の平均給与は、かなり高額。

 記事の最初で言及されている方は、天文学的な高額報酬を払われるほどの素晴らしい業績の数々があるのでしょう。でも、ひがみ、やっかみ、ねたみといわれようとも、思うんです。3,700万ポンドという年収を必要とする暮らしは、今の社会にどのような意味があるのだろう、と。


 一人の外国人として思うのは、階級闘争、というよりも階級間の断絶は、埋まっていない。トニー・ブレアが政権に就いたとき、彼はクラス社会は終わったと宣言したそうですが、僕は彼自身、そんなこと小指の先ほども信じていなかったのではないかと思います。首相を辞めてからのブレア夫妻の荒稼ぎ振りを知るにつけ、ブレア自身、彼が持ってしまった側にいることを自覚しているな、と感じます。
 階級の断絶はすぐにはなくならないと思います。また、この断絶を少しでも埋めるには、教育が必要だと考えます。が、今朝のガーディアンの報道からは、教育現場の喪失感が甚だしいようですし。

 まとめになりませんが、5年前話題になった、チャールズ皇太子の発言を。

'Don't try to rise above your station'

http://www.telegraph.co.uk/education/educationnews/3346802/Dont-try-to-rise-above-your-station.html
(5年前の記事を閲覧できるテレグラフの太っ腹に感謝)

 「皇太子」という立場の人が言ったから顰蹙を買ったのかもしれませんが、僕はチャールズさんのコメントは的を得ていると思います。

 自分を見つめることの大切さ、そして難しさ。


 本当はアフガニスタン戦争のこともと思っていたのですが、別の機会に。お付き合いくださり、ありがとうございます。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1079.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1080.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1084.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1091.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1092.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1094.html

ブロークン・ブリテン6:イギリスが誇る輸出品、それは酔っ払い

2009.09.22
タイトル、「酔っ払い天国、イギリス」と差し替えても違いはまったくありません。飲酒に関して寛容と言われてきた日本では、最近、若い世代の飲酒量が減っているというニュースを何度か読んだことがあります。イギリス人とアルコールについての話をすると、ほぼ必ず隣国のアイルランドこそ、飲酒に関しては深刻な問題を抱えていると彼らは主張します。
 しかしながら、イギリス人が酒で引き起こすトラブルは国内だけにとどまらず、少なくともヨーロッパ全域では、フーリガンと同じくらい悪名を轟かせています。とりわけもっとも深刻な被害をこうむっているのは、観光が主産業のギリシアの島々。

 どうやらきっかけはテレヴィ番組のようですが、その番組で紹介された、開放的な島で楽しむ、質は悪いけど安いアルコール、毎晩のレイヴ・パーティ、そして手軽に経験できるセックス。それに惹きつけられた10代後半から20代前半までの若いイギリス人が大挙してミコノス、ロードス、クレタ島などの小さな島になだれ込み、連日連夜、過度の飲酒、Binge Drinking、による暴力、強姦が繰り返されると。

Curse of the boozy Britons returns to Greek resorts

http://www.guardian.co.uk/world/2008/jul/27/greece.drugsandalcohol


Antics on Crete would delight Dionysus but the local police are not laughing
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/aug/16/malia.police

Zante, bloody Zante: Sun, sex and the dark side of The Med
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/zante-bloody-zante-sun-sex-and-the-dark-side-of-the-med-905318.html

Britons warned over rise in Greek holiday 'binge-drinking' rapes
http://www.guardian.co.uk/society/2009/jun/14/alcohol-greece-rape-bingedrinking

 酒を呷ることだけを目的にいく輩がいる一方で、初めての海外旅行を友人たちと気楽に楽しみたい、という無防備な若者がいる。そんな両極端な若者に共通するのは、他者へ配慮するという姿勢と、他者からどう見られるかに気を配るという感覚、この二つの欠落のように思います。年嵩の友人たちの話を聞いていると、日本と同じように、昔はイギリスでもほかの人をじろじろと見つめることは、礼を失すると教えられていたそうです。言い換えれば、自分の行動を内からも外からも律する、そんな礼儀教育があったのでしょう。
 そのような礼を知らない若い酔っ払いが引き起こす問題に業を煮やしたイギリスは警告を発したようですが、どうなるか。一つ目のリンクに記載されているギリシア警察の困惑振りを転記します。

What is wrong with the British? Why can’t you have fun calmly? We try to be tolerant – after all, these are only kids, but we find ourselves asking why.


 ギリシアで問題を起こしたのは、酔っ払いだけでは有りません。昨年、ギリシアでイギリス人が引き起こした事件の中でとりわけ異様だったものが2件あります。ひとつは、離婚危機にあった夫婦がやり直すためにギリシアの島に行ったけど、結局だめで、妻から離婚を切り出されて精神錯乱に陥った夫が幼い息子と一緒にホテルのバルコニーから飛び降りた事件。悲しいことに、お子さんは死亡、助かった夫は精神錯乱でギリシアでは咎めなし。もうひとつは、以下のリンクに。

British tourist charged with murdering her child after giving birth in Crete hotel room
http://www.guardian.co.uk/world/2008/jul/22/internationalcrime.greece

British mother accused of killing her newborn son collapses in Greek court

http://www.guardian.co.uk/world/2008/jul/25/internationalcrime.greece

 2008年7月のある日の早朝、クレタ島の地元救急隊はあるホテルからイギリス人の若い女性が出血しているとの連絡を受けた。到着した地元警察は、その女性の部屋ですでに亡くなっている新生児を見つけた。警察は、女性を殺人の疑いで逮捕。
 この事件が異常だったのは、逮捕直後、この20歳の女性は自身が妊娠8ヵ月半だったとは知らなかったと主張したこと。さらに、彼女の家族も妊娠していたなんて気づかなかったと。ところが、殺人罪で長期間の収監の可能性が高まると、一転して女性も家族も妊娠していたことは知っていたと。
 その5のカレン・マシューズの事件のところで書いたように、ここでも事件の背景に潜む心理的要因は、羨望だと思えてなりません。「姉妹や友人がギリシアに休暇に行って楽しむのに、どうして私だけがいけないなんて、それはおかしい。妊娠しているからなんて、そんなの理由にはならない。私だって楽しみたい」、そんな羨望。

 自分よりも若い世代ばかりを取り上げていると、僻みと思われてしまうかもしれないので、いい大人もです。

Britons abroad: Foreign Office warning over bad behaviour

http://www.telegraph.co.uk/travel/travelnews/5549091/Britons-abroad-Foreign-Office-warning-over-bad-behaviour.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1025.html


Stag parties: 'badly-behaved Britons is a price Riga must pay'

http://www.telegraph.co.uk/travel/travelviews/5977979/Stag-parties-badly-behaved-Britons-is-a-price-Riga-must-pay.html

Britons behaving badly abroad
http://www.telegraph.co.uk/travel/picturegalleries/5549845/Britons-behaving-badly-abroad.html

 ご存知の方はおられると思いますが。Stag/ Hen Partyは、結婚前夜の新郎と新婦が同性の友人たちと独身最後を楽しむパーティです。が、最近では、乱痴気騒ぎの代名詞になっているように感じます。

 フーリガンのことも付け加えようと思っていたのですが、力尽きました。写真リンクに写っている禿と刺青の二人は、競技場への入場を無期限で禁止になりました。

Football: Crowd trouble at West Ham v Millwall
http://www.guardian.co.uk/football/gallery/2009/aug/25/carlingcup-footballviolence

'Firms' used web to organise football violence
http://www.guardian.co.uk/football/2009/aug/26/web-organised-football-violence

ガーディアンは日本週間

2009.09.21
政権政党が変わったご祝儀なのか、それとも世界がつかの間トラブル・フリーなのかどうかはわからないけど、先週来、ほぼ毎日、ガーディアン本紙に日本発のニュースが掲載されている。いいニュースばかりではないし、イギリス人の読者から突っ込まれているニュースとさまざま。

Jobs for the boys - and girls - at KidZania replica town in Tokyo
http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/16/kidzania-tokyo-replica-town-children

 何故、この時期にキッザニアなのかはまったく不明。

Japanese police launch crackdown on commuter gropers
http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/17/japan-tokyo-police-commuter-gropers

 次に世界に広まる日本語が「痴漢」、というのは困る。

 個人的に読んでいて、こういう紹介なら良しとしよう、と思えたのが先週土曜日の「弁当の復権」と、今日掲載された「偽家族斡旋所」。まずは後者から。

Lonely Japanese find solace in 'rent a friend' agencies

http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/20/japan-relatives-professional-stand-ins

 この話題自体、目新しさはないし、キッザニア同様、「何故、この話題がこの時期に?」、という疑問は付きまとう。面白いのは、ウェブのほうに寄せられているイギリス人の反応。一般化してはいけないのだろうけど、総じてイギリス人らしい諧謔嗜好にあふれている。

 2週間ほど前、イギリスで大きく報道された「日本、不況を脱出」というニュースを信じなかったし、それは間違っていなかったと確信できたのが、前者。本紙で使われた写真は、中年男性が公園のベンチで弁当を食べているなんとも侘しくなってしまう写真だったけど、ウェブでは、記事を書いたガーディアン東京特派員のマッカリィ氏が、自ら弁当を作るヴィデオを見ることができる。

Japan's white-collar workers turn to homemade lunches in face of recession
http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/18/japan-white-collar-workers-bento

僕自身は、海外にいても和食を食べなくてもまったく平気。日本人からもイギリス人からも不思議がられるけど、日本に戻ればいくらでもたべられるのだから、「なんちゃって和食」を食べたいとは思わない。食べ物が決していつも美味しいわけではないイギリスだけど、ま、いろいろなものを試せるし。
 それでも、弁当だけはたまに食べたくなる。働いていたころ飽きずに食べていた、赤坂、溜池、虎ノ門界隈の料亭がサーヴィスで売る弁当は、美味かった。あれは、日本が誇れる食文化のひとつだと思う。

 マッカリィ氏は、彼の前任者と違って日本のことが好きなようだから、彼の書く記事はたとえ嫌なニュースでも悪い感情は持たない。リクエストできるなら、沖縄文化のことをイギリスに紹介してほしい。

ブロークン・ブリテン5:ドンカスターの惨劇と羨望による社会秩序の破綻

2009.09.21
この「ブロークン・ブリテン」は、昨年、2008年の春から夏にかけて読んだ新聞記事に触発されて書ければいいなと思っていた事柄中心なので、今年の晩夏に大きく報道された、ヨークシャー南部のドンカスターという町で起きた事件は取り上げるつもりはありませんでした。それに、新聞の見出しを読んだだけで、「また、こんな凄惨な事件。読みたくない」との気持ちもありました。
 ただ、そのドンカスターの事件の裁判が引き起こした、「子供を社会的、経済的、そして精神的不毛状況から救えるのは誰なのか?」という大論争を読んで、昨年起きたある狂言誘拐事件が起きた精神的背景について漠然とした考えが浮かんできたので。先に書いておきますが、最初の二つのリンク、読んでいてまったく気持ちのいいものではありません。

Schoolboys plead guilty to torture attack
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/crime/6130899/Schoolboys-plead-guilty-to-torture-attack.html

Doncaster torture case: Social workers 'must intervene earlier'
http://www.guardian.co.uk/uk/2009/sep/04/doncaster-torture-abuse-history

Doncaster torture case: children's groups warns against naming brothers

http://www.guardian.co.uk/society/2009/sep/05/doncaster-torture-case-anonymity

Children questioned over 'torture' of schoolboys in Edlington are brothers
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/5114495/Children-questioned-over-torture-of-schoolboys-in-Edlington-are-brothers.html

 事件が起きたのは今年の4月。12歳と10歳の兄弟が、近所に住む11歳と9歳の少年二人を長時間にわたり暴行した。二人が見つかったときには、11歳の少年は意識がなく、ほとんど死ぬ直前の状態だった。どのような惨劇だったかは、翻訳するのがつらいので、テレグラフの記事から。

Setting about beating them with bricks and sticks and forcing them to eat nettles. During a sustained and sadistic attack on April 4 this year, they repeatedly threatened to kill the boys, aged just nine and 11, and forced them to a perform a sex act together.
At one point a disused kitchen sink was dropped on the head of the older boy and a noose put around his neck. He was then thrown 30ft into a disused railway line and left, half naked, drifting in and out of consciousness face down in the mud. The younger victim was burned with cigarette ends on his eyelids and ear before being stabbed with a sharpened stick and cigarettes were pushed into his open wounds.


 暴行を加えた兄弟は、ソーシャルワーカーや警察からすでに危険視されていたが、彼らはこれといったことは何もしなかった(したくなかったのでしょう)。この兄弟からやはり暴行を受けたことのある子供の親が警察から言われたのは、「とにかく、記録はとっておきなさい」、というものだった。

 この時点で、チャイルド・プロテクションっていったい何のためにあるのか?、という疑問が何度も浮かんできました。

 子供が子供を拷問し、殺しかけたという異常な事件が社会全体の思考を麻痺させた。一方で、そのことに目をつぶりたかったのかもしれません、社会が沸騰したのが兄弟が育ったい歪な家族環境でした。アルコール中毒の母親、薬物中毒の父親。両親は子育てを放棄し、というか子育てする能力が欠如し、社会福祉制度によって払われる幾つかの生活補助で暮らすことしか知らなかった。
 Baby Peterhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1079.html)同様、生活能力のない親、常識が欠落した親から子供を救うためには、そういう親の下に生まれた子供はすぐにでも親から引き離すべきだ、という意見が出ました。

Take more babies away from bad parents, says Barnardo's chief

http://www.guardian.co.uk/society/2009/sep/06/children-babies-parents-care-barnardos

Barnardo's chief Martin Narey calls for children to be taken away from 'failed' parents at birth

http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/6146430/Barnardos-chief-Martin-Narey-calls-for-children-to-be-taken-away-from-failed-parents-at-birth.html

Children need more from us than just giving them rights

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2009/sep/06/jenni-murray-childrens-rights-protection

'We didn't know our babies had been damaged by alcohol'

http://www.guardian.co.uk/society/2009/sep/13/foetal-alcohol-spectrum-disorder

 口火を切ったのは、イギリスを代表する、子供を守る活動をしているチャリティの代表。彼の主張が正しいかどうかという議論は別にして、すべてのリンクに共通するのは「親」の存在が子供がこの社会で生きていくのにいかに大切なのか、ということだと思います。4番目のガーディアン紙の記事は、引き取った子供が実の母親が妊娠中にずっとアルコールを過剰に摂取していたために、引き取った子供の生活態度に悪影響が出た、というものです。

 僕は、これを通して「親は聖人であるべき」なんてことを言うつもりはまったくありません。子供を育てることが、いかに大変で、でも多くの冒険に満ちているかということを、周りの友人たちの暮らしぶりから経験しています。
 真っ先に思うのは、「社会福祉行政」があるのはなぜ、そして誰のために、ということ。

 もうひとつ、社会の雰囲気というのも見逃せない要因と思います。昨年、やはりイングランド北部で起きた、シングル・マザーによる実の娘の狂言誘拐。

She 'loved Shannon to bits'. But she had her kidnapped. Inside the dark, dangerous world of Karen Matthews
http://www.guardian.co.uk/uk/2008/dec/07/shannon-matthews-kidnap-trial

 記事の冒頭に記者が書いているように、カレン・マシューズが実の娘お誘拐するにいたった背景には、貧困や、今でも歴然と且つこれまでになく突き崩しがたい階級社会の厚い壁等々、いろいろな要因が見出せると思います。
 僕が思うのは、「羨望」。マシューズがこの狂言誘拐を思いついたきっかけのひとつは、マデレイン・マッカンの失踪事件(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1084.html)といわれています。マデレインちゃん発見のためにメディアが出した巨額の懸賞金。それがほしかった。
 それって羨望なの、と思われるかもしれません。僕はそう思います。マデレインちゃんの失踪も、彼女の両親の悲しみもマシューズの目には入らなかった。ただ「懸賞金」がほしかった。子供がいなくなって懸賞金が手に入るなら、私にだってできる。私がもらってはいけないという理由はない。子供を殺めるわけではない、でもあの「懸賞金」をみすみす失うわけには行かない。そんなとても短絡な「羨望」がマシューズの心を支配していたのではないか、と。
 僕はテレヴィを見ない生活をしているのであくまで想像ですが、世間一般で騒がれるリアリティ番組(何がどうなればリアリティなのか、まったく理解できません)が今でも話題になるのは、「羨望」という欲望が今の社会を支配しているからなのかな、と思えてなりません。
 そんなとても幼稚な羨望と、それを抑える術を知らない大人によって子供が子供でいられることを奪われる社会というのは、異様だと思うんです。

ブロークン・ブリテン4:市民が先か、規則が先か

2009.09.21
ブロークン・ブリテン3(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1084.html)で名前を出しただけのData Protection, Child Protection、そしてHealth and safety regulationのばかばかしさをご紹介。

 まず、Health and safety regulationはこの記事を。

Royal tradition takes a backward step as the Queen bows to 'health and safety' concerns
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/theroyalfamily/5994745/Royal-tradition-takes-a-backward-step-as-the-Queen-bows-to-health-and-safety-concerns.html

 英国王室内の伝統で、王、また女王にあった後に退出する際は後ろ歩きでという伝統が、後ろ歩きしているときに転んで怪我をすることになったらバッキンガム宮殿が訴えられる可能性があるので、Health and safety regulationに鑑みて廃止したと。エリザベス女王は、何世紀にも渡って続いてきた伝統がいきなり完全に廃止されることを望んではいないようで、とりあえず少なくとも特定の二人だけはこの伝統に則って、後ろ向きで退出することになっているそうです。

 次に、Data Protection。これは、僕個人の経験から。例えば、カード会社が、優良ユーザーへ新しいサーヴィスを売り込もうと、彼らから電話してきたとします。

 僕:Hello.
 カード会社:Are you Mr XXXX?
 僕:speaking
 カード会社:I am calling you from XXcard. In order to protect personal information, I am asking you some questions on your ID.
 僕:Wait, who are you? YOU call me and why do I have to answer your questions to identify who I am without being told why you are calling me and what you want to tell me? I am not asking you to call me.
カード会社:I am sorry, but because of Data Protection, we need to ask and we cannot answer your questions.
僕:fine, if you are not confident in your database, do not call me!


 このような不毛な電話が四六時中。自分たちから電話をしてきて、彼等のほうに用件が有るにもかかわらず、「今話している方が本人であるかを確認します。デイタ・プロテクションにより、貴方からの質問には答えられません」。勿論、詐欺という可能性も否定は出来ませんが、デイタ・プロテクションを掲げれば、電話に応答したユーザーに質問に答えることを強制することが当然のことと思っている倣岸な銀行。

 Child Protecitonについては、昨年書いたこちらを。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-956.html


 この三つ、検索しても、いつ、どのようにして始まったのかを調べることはできませんでした。好意的に考えれば、市民生活をより快適にするために起案され実行にうつされたものだと思います。一つ明らかなのは、掲げている行政機関、会社や団体によって勝手に解釈されているということ。
 日常生活レヴェルで感じるのは、問題が起きることを極度に恐れる行政、事業主によって彼等の都合のいいように捻じ曲げられているということ。デイタ・プロテクションやチャイルド・プロテクションを掲げれば、そしてそれを掲げることができる「側」にいれば、何でもできる。従わない市民のほうが間違っている。そして、仮に問題が起きた時には、これらの規則をたてに、一切の情報公開を拒む、拒めると信じている。
 昨日書いたアイルランドでの悲劇につも通じるものを感じますが、どうして自分たちが作った規則に最低限の権利すら奪われてしまうのか。そして、間違っていることを間違っていると言えない権力が生み出される。
 
 イギリスだけとは思いません。

尼僧のようにひそやかに:修道女たちに引き裂かれた母と息子の絆

2009.09.20
タイトルは、伝記作家として著名な、そしてノーベル文学賞受賞作家の故ハロルド・ピンターの奥方として知られるアントニア・フレイザーが初めて書いた推理小説です。ちなみに、推理小説家としての彼女の傑作は二作目の「野生の島」のみだと思います。

 19日のThe Guardian紙の「家族」セクションの巻頭特集記事は、1950年代のアイルランドで、修道女たちによって引き裂かれた母と息子が、長く苦しい苦悩の果てにどうやってめぐり合えたか、というものでした。残念ながら、母は生きている息子に会えることはありませんでした。

The Catholic church sold my child

http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2009/sep/19/catholic-church-sold-child

 1952年7月5日、フィロミナ・リーは修道院で息子を生んだ。彼女は未婚だった。出産後3年、修道院で奉公人のように働かされた後、修道院を代表する修道女がフィロミナに強制したことは、彼女の息子、アンソニーを修道院に託し、養子に出すことを認め、かつ絶対に息子の行方を捜さないことをそして誰にも息子のことを話さないと修道院に誓う誓約書への署名でした。

 裕福なアメリカ人夫妻に引き取られた(実際は、修道院によって売られた)アンソニーは、マイケルと名づけられた。彼は、ブッシュ・シニアの時代、共和党の選挙戦略に携わり、頭角を現した。ブッシュ・シニアは彼が大統領になったとき、マイケルを要職に採用した。
 悲劇は、彼が同性愛者であったこと。養父に、そして義理の兄弟に受け入れられず、また80年代アメリカ南部という超保守の場所柄、彼のセクシャリティはいまだ許されざるものだったと思います。そんな苦悩の中でマイケルが求めたのは、実の母親の所在を知ることでした。同じころ、彼の母親もまた、手放した息子の行方を求めて何度も修道院に赴いたそうです。
 しかしながら、修道女たちは、情報を公開することを一切拒んだそうです。自暴自棄になり、HIVに感染したマイケルの最後の願いさえ、自分たちが過去にしてきたことが公になることを恐れてでしょう、修道女たちは彼の母についての情報を得ることの願いを一顧だにしなかったようです。
 ようやく息子の墓を訪れることができたフィロミナは、再び教会に通い始めた。でも、彼女は自分を責め続ける。

 僕自身は、アグノスティック(無神論ではなく、I do not care whether God exist or not)であり、面倒くさいことに僕を巻き込もうとする意思がない限り、自らは関らないようにという姿勢でいます。それに、「人間が宗教を生み出した」のであって、「宗教が人間を生み出した」のではない、と。なので、宗教に左右される人生は、今のところ僕の選択肢ではありません。
 この記事に書かれている、修道女たちのあこぎ、冷酷、貪欲さは、「そういう時代だったから」といういい訳では済まされないと感じます。彼女たちが求めたのは、「権力」と「金」だけで、「安らぎを与える」なんてこと考えたこともなかったのではないかと。舞台はアイルランドですけど、ディケンズの小説でも描かれているように、子供って昔から真っ先に社会の犠牲になっていることが多いことを改めて認識します。翻って、今の時代、子供は半世紀前より幸せなのか。イギリスでは、貧困にあえぐ子供の数はいっこうに減っていないようです。夢のない書き方になりますが、こういう記事を読むと、「小公女の物語って、ありえない」としか思えないです。それに、もうひとつ思うことは、このような時代と社会があったから、多くのアメリカ人がイギリスやアイルランドを訪ねて自分探しをするのかなと。

チャールズ皇太子の会社、ウェイトローズと提携

2009.09.16
先週末、経済面ではく、各メディアが社会面でかなり大きく報道したのは、チャールズ皇太子の会社、Duchy Originalshttp://www.duchyoriginals.com/)と高級スーパーマーケットのウェイトローズが提携して、10月1日からDuchy Originals from Waitroseというラインでこれまでの製品、さらに新しい商品が販売されていくというニュース。

Waitrose in deal with Prince Charles's Duchy Originals food company
http://www.guardian.co.uk/uk/2009/sep/10/prince-charles-duchy-originals-waitrose

That'll be £28.49: Prince Charles and 'an old bag' pop down to Waitrose
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1212403/Waitrose-saves-Prince-Charless-food-firm-financial-collapse.html

Duchy Originals v Morrisons
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/wordofmouth/gallery/2009/sep/11/duchy-originals-morrisons-taste-test
(これはリベラル左派のガーディアンのおふざけ)


(ウェイトローズの、ベルグレイヴィア支店で。ここ、恐らく最も小さい支店だろうけど、場所柄顧客がロールスロイス等で買い物に来るらしい)

 報道を読むと、「提携」というよりは、収益が落ち続けているダッチィ・オリジナルズにウェイトローズが助けを差し伸べた、というところだろう。どうしてウェイトローズが選ばれたかというと、これまでもっとも長く、かつ最も多くダッチィの商品を販売してきたからとのこと。
 10月1日以降は、これまではウェイトローズの競合スーパーマーケットでも売られてきたダッチィの商品は引き上げられ、ウェイトローズ、(恐らく)関連のジョン・ルイス、それと独立系のデパート(フォトナムとかセルフリッジかな)でのみの販売になるらしい。そうなったからといって困る人はそれほどいないだろうし、逆に「イギリス発のイギリスらしい食品」というステイタスがより安定することになるのかな。今回の「提携」によって、価格も少し抑えられるかもしれないとのコメントがあるところに期待。
 ダッチィの商品は、日本だとビスケットなどで知られているだけかもしれないけど、イギリス国内で売られている商品群は本当にさまざま。乳製品に始まり、レディ・メイドのパイ料理等々。パイ料理は、他のスーパーの独自商品と比べると確かに値段は高い。でも、美味しいと思えてしまうのは、ブランドに弱いからかもしれない。

日経9月15日夕刊

2009.09.15


*著作権は、日本経済新聞社に帰属します。

イギリスにはこんな人がいる:60年前からエクササイズを提唱

2009.09.15
晩秋らしい曇天に恵まれたロンドンの週末の楽しみは、分厚い日曜紙をのんびり読むこと。週末のFTは、いくら盛りだくさんとはいえ、新聞紙としてはあるまじき£2.50-。それでも、たまに視点を変えたくて購入すると、特に付録雑誌の特集記事に興味深いものが結構ある。先週末も、そんな出会いがあった。
 第二次世界大戦終了から間もない1949年のイギリスで、運動(エクササイズ)の必要性を発見した男性がいた。そして、99歳の今も、その男性は元気に過ごしているという。


The man who invented exercise
http://www.ft.com/cms/s/2/e6ff90ea-9da2-11de-9f4a-00144feabdc0.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1086.html

 メディアにつま先を浸している人間としては、ルール違反だけど、こんな面白くて有益なインタヴュー記事を、限られた人しか読めない状況はおかしいと思うので、転載しました。

 ジェリー・モリス(Jerry Morris)氏、2010年5月に100歳になる今も、毎日London School of Hygiene and Tropical Medicineに出勤している。
 
 彼がエクササイズと健康の関連を考えるきっかけになったのは、心臓麻痺で亡くなる人々の間の共通項、もしくは原因を見つけようとしていたとき。違った職種、世代ごとの傾向を探っていたときにまず報告されたのは、「バス」という同じ職場で働きながら、運転手と車掌という職業の間に心臓麻痺でなくなる比率に大きな差が有ること。そのことに興味を抱いたモリスは、運転手と車掌の仕事ぶりを観察した。その結果、運転手は、当然だが、座ってばかり。ところが車掌は、二階建てのバスの中を、毎日何度も何度も昇り降りしている。
 その結果からモリスが導き出したのは、エクササイズの大切さ。今では、もっともな、改めて口に出す必要もないことだけど、60年前、モリスの主張はまったく省みられなかった。しかしながら、彼はそんなことには臆せず、自身の発見を信じずっと主張してきた、というのがとても雑ですが彼の歴史。

 彼が戦ってきたこと、信じていることはインタヴューを読んでみてください。長いですが、とても面白いものです。
 本人はいたってまじめで、笑わせるつもりなんてまったくないことは判っていても、思わず笑ってしまうエピソードもたくさん。
 いわく、90代半ばまで泳いでいたけど、周りの人々が心配するのでやめた話。

He uses his own example: until his mid-90s, he was a habitual swimmer (he stopped in part because he was embarrassed by people rushing over to help him out of the pool). And, “well, swimming means there must be pools”.

 彼自身、ワーカホリックであることはわかっているけど、何がおかしいのか。

He’s not about to stop pushing governments now. “Unfortunately,” he tries to look sorrowful, “I’m a work addict. It’s an obsession, a compulsion. I don’t think it’s a disease. Now, that’s a happy way of getting into old age. It’s better than an alcohol addict or – are there womanising addicts in old age?

 モリス氏の言動を知るに連れ思い出したのが、今年の春に鬼籍に入ってしまったK夫人との会話。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-66.html


 モリス氏をエキセントリックというのは違うだろう。しかしながら、自分が正しいと証明したことを、周りに惑わされることなく貫ける意志を持ったモリス氏のような人がいたから、いるからこそイギリスは踏みとどまっているように思う。

アムネスティの報告書を読んで

2009.09.14
世界中のメディアが取り上げ、日本国内でも報道されたアムネスティがまとめた日本の死刑制度についての報告書を読んだ。

http://www.amnesty.org/en/library/asset/ASA22/005/2009/en/0c404dcb-8ddd-441c-ac0c-7449cef51474/asa220052009eng.html

http://www.amnesty.org/en/library/asset/ASA22/005/2009/en/0a0beedd-f6b6-475a-bf92-844c8f7d3915/asa220052009eng.pdf
(PDF。アクロバット・リーダーが必要)

Prisoners driven insane on Japan's death row, says Amnesty

http://www.guardian.co.uk/world/2009/sep/10/japan-death-row-insane-amnesty

 死刑制度は「捕鯨」と並んで進んでかかわりたくない。ありていに言えば知識がないことだから。双方のトピックは語るべき事象がまったくが違うけど、双方とも冷静に議論することがもはや不可能ではないかと思うことがしばしばある。それでも、アムネスティの報告書にはかなり考えさせられた。

 詳細は省くが、アムネスティの報告書が書いていることが事実の半分としても、死刑囚の置かれている待遇は劣悪。強調されているメンタル・ヘルス関連の部分は、あまりにも一方的で報告されている状況を俄かには信じられなかった。さらに、77歳の老人に死刑を執行するって、それは犯した罪の「償い」と多くの人は思えるのだろうか。

 死刑を宣告された犯罪者によって、その人生を破壊された人々の苦しみ、慟哭、怒りは僕にはどうすることもできない。どんな慰めの言葉も無に等しいかもしれない。でも、「罪を償う」こと、「罪を償わせる」ことは日常生活の中でどのように機能し、社会といわく組みの中にどのように組み込まれるべきなのか、ということを考えてみるべきなのではないか。

サドラーズ・ウェルズでのチケット交換について

2009.09.11
先月、このブログを読んでくださっている方から、サドラーズ・ウェルズ・シアターのボックス・オフィスについての質問が届きました。いただいた質問への明快な回答はできませんでしたが、質問された方がどのようにしてチケットを変更することができたかの経緯は、他の方へも有用な情報だと思います。了解をいただいた上で、経緯を転記します。

*この経緯は本拠地のサドラーズ・ウェルズ・シアターでのことで、他の劇場(例:コリシアム劇場)で同じかどうかは判りません。

 [いただいた質問]

 (ある理由で)チケットを取り直したいと考えています。お伺いしたいのはこの件で、サドラーズウェルズではチケットのキャンセルができるかどうか、ご存じないでしょうか?
 ウェブサイトを隅から隅までチェックしたつもりですが、それに関する記述が見つけられませんでした。もしかすると、窓口に足を運ぶ必要があるのでしょうか?



[返信]

 サドラーズではチケットのキャンセルをしたことがないので、キャンセルできるかどうかは知りません。僕がいつもしているのは、いけなくなった公演の代わりに、変更手数料を払って別の公演に振り替える、ということです。勿論、席がまだあることが条件です。
 個別のヴェニューにわざわざ尋ねたことがないのであくまで個人的な印象ですが、こちらの劇場は払い戻しにはあまり積極的ではないと思っています。日にちを変更したいのであれば、例えばメイルで連絡する際、最初のチケットを購入した時のレファレンス番号を知らせて、理由を説明して日にちを変更して欲しいと尋ねてみては如何でしょうか。
 サドラーズはとてもフレンドリーなスタッフが揃っているので、判りやすく説明すれば先方もなんとかしてくれると思いますよ。


 [結果]

 早速ですが前述の件、結論から言うと、4ポンドの手数料で別の日の同列のセンター寄りの席と交換してもらうことができました。実際に行ってみると、最後列から5列以上は完全に空席でしたので、完売でなかったために融通をきかせてくれたのかもしれません。
 ご教示いただいたように、メールで日程変更希望の旨とその理由を予約番号と一緒にお知らせしたところ、10分後には「手数料4ポンドで××の席を用意できるので、確定するなら連絡ください。手数料はクレジットカードから引き落とします。」という返事が来ました。翌日、そのメールに「ではよろしく」と返信したところ、また10分後には「では×日をキャンセルして×日を予約しました。クレジットカードに4ポンド請求しました。予約番号は×××です。」という返事が来ました(ちなみに予約番号は変わりませんでしたけど)。
 当日は、支払ったクレジットカードを持参するだけで、特に通常と異なった手続きが必要になるわけでも、トラブルになるわけでもなく、スムーズにチケットを受け取ることができました。



 サドラーズは夏、冬の長期公演以外は、週単位か数日単位のスケジュールが多いので、特に海外から観にこられる方は、直前に日程を変更をするのは難しいことが有るかもしれません。また、人気演目だと、変更できないか、変更できても希望の席種ではなくなる可能性が高いでしょう。
 ただ、返信で書いたように、サドラーズは彼らが主催する「ダンス」を観に来てくれる観客の皆さんに満足してほしい、そのためにはどうすれば良いか、ということをいつも念頭においている印象があり、だめもとでも尋ねみるとできる限りのことはしてくれるように思います。その際は、「please」を使うことをお忘れなく。

 ミュージカル、演劇には一切行かないので、その方面に関してはまったく情報を持ち合わせていません。ロイヤル・オペラ・ハウス、サドラーズ、バービカン、またウィグモア・ホール等でのチケット変更の経験から個人的に思うのは、こちらのヴェニューの多くは「払い戻し」には積極的ではないということ。個人的に無条件の払い戻しは、2回しか経験していません(ひとつは、同時テロのとき)。
 いいほうに解釈すれば、劇場側とすれば、「せっかくこの演目に興味を持ってくれたのだから、日にちを変更できるのであれば、ぜひ来てほしい」、というところだと思います。
 ひとつ留意するとすれば、予約のときに利用したカードは必ず持参すること。今年、ロイヤル・オペラ・ハウスで、チケットをHP経由で購入したときに使ったカードを忘れたところ、他のカードを提示を求められた(これは当然)上に、住所と電話番号を言わなければなりませんでした。別にいやな思いはしませんでしたが、煩わしかったので、購入に使ったカードはしっかり覚えておいて持参したほうがいいでしょう。

ブロークン・ブリテン3:親子が親子でいられなくなる国

2009.09.05
2007年5月、ポルトガルのリゾート・ホテルから、当時3歳だったマデレイン・マッカンちゃんが、両親が食事をしている間に行方不明になりました。まさに国を挙げての騒ぎになり、サッカー選手のデイヴィッド・ベッカムがマデレインちゃんの顔がプリントされたシャツを着た姿が世界のメディアに配信されたので、ご存知の方もいることでしょう。

 その2でふれたSohamの事件とこのマデレイン失踪事件によって、とりわけ親の側のパラノイアに歯止めが利かなくなったようです。何かおかしいな、というもやもやした気分はこの国民全体のパラノイアぶりなのかなと考え始めるきっかけになったのが、昨年の夏にテレグラフ紙が掲載した「イギリス人」でいることがいかに「親」にとってはストレスフルなことなのか、不幸なことなのかということを示してくれた記事でした。

Madeleine McCann abduction leaves family holidays haunted by fear

http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/2435894/Madeleine-McCann-abduction-leaves-family-holidays-haunted-by-fear.html

 短く記事の中身を紹介すると、海外のリゾート地で過ごすイギリス人家族にとって、場所選びはとても重要。ホテルが用意する子供向けの施設で働く係員はすべて身元調査を受けているか、英語を話すことができるか。そのような条件を満たしているところでも、瞬きしたら子供が消えてしまっているかもしれない。そんな恐怖感を背負ったままリゾート地で疲弊するイギリス人の親。
 そんなパラノイア振りは、イギリスに住むほかのヨーロッパ人の親にも伝染し、母国では屋外自由に子供を遊ばせているであろうフランス人やオランダ人の親も、イギリスではひと時たりとも子供から眼を離せなくなってきている。
 さらにイギリス人の親を追い込むのは、他のイギリス人からどう見られてしまうか、という恐怖感。

Last summer in Corfu, my friend Anne left her children – the eldest is 12 and more than capable of looking after her two younger siblings – on the beach while she dashed to a nearby kiosk to get some water. By the time she returned, a concerned English couple were quizzing the children as to where their mother was. “I felt like a criminal,” Anne told me. “The couple seemed to think my children were about to be snatched. We are all over-paranoid.”


 ちょっと子供から離れて用を足しているだけで、犯罪者と見られてしまう、子供を虐待していると見られてしまうのではないかという、まったく根拠のない恐怖感。言うは易しなのでしょうけど、当の親からすればそのようなプレッシャーに四六時中身をおかねばならないのであれば、気の休まることなどないでしょう。
 その2でも個人的な印象として書いたように、社会を、そしてコミュニティを形成する人々の間にあったであろう「信頼」が消滅しかかっている。記事の最後にある男性の苦悩が、その状況が如何に逼迫しているかを説明しているように感じました。

"I saw a boy. He was crying his eyes out and calling out for his parents. I could tell he was lost but felt I couldn't help because I'm a man. That's sad, isn't it? That I can't help a lost child for fear of being thought of as a pervert."

 迷子になり、泣いている子供に手を差し伸べたかった。でも、できなかった。なぜなら、彼は「男」だから、もしかしたら「人攫い」に、いや「小児愛性向者」と見られてしまうかもしれない。助けてあげたい、でもその代償に自分の生活が無に帰す。人として、子を持つ親として秤にかけることではない。でも、そんな危険は冒せない。
 話がずれますが、「男」であるがゆえに「小児愛性向者」に見られてしまうという恐怖感はイギリスにいないと判りづらいかと思いますが、相当に根深いです。本当はこれだけ取り上げて別項で書こうか迷ったのは、初等教育機関で働く「男性教員」の数がほとんど回復不可能なほど激減しているという状況。労働党政権は、ブレアの時代から教育を最重要課題のひとつとして掲げていますが、この男性教員絶滅状態はまったく改善される様子がありません。

 「親」でいることをさらに難しくしているのは、Data Protection, Child Protection、そしてSafety and Security regulation

Grandmother banned from taking photos of her grandchildren
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/5918526/Grandmother-banned-from-taking-photos-of-her-grandchildren.html

Parents banned from taking pictures of their own children at sports day

http://www.telegraph.co.uk/education/educationnews/5560978/Parents-banned-from-taking-pictures-of-their-own-children-at-sports-day.html

Playing children ordered down from tree by police
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/5966042/Playing-children-ordered-down-from-tree-by-police.html

 検索すれば他にもいろいろ出てくると思います。公営プールで遊ぶ孫の写真を撮ろうとした85歳の女性が、係員に写真の撮影をとめられた。学校の運動会で、生徒の親がわが子の写真を撮影することを学校が禁じた。木に登って遊んでいた子供たちに、近隣からうるさいと苦情を受けた警察官が出向き、子供に警告書を手渡した。

 これらの記事を読んで浮かび上がってくるのは、行政側の怠慢。先の三つのルールを使って「厄介ごと」と考えている問題を、そしてそれらの問題を解決するために何をどのように取り組んでいくのかを考えるのではなく、問題が起きたときに「被害者」になるであろう親と子供を封じ込めることで自分たちの手を汚さない、自分たちの仕事を増やさない。つぶしてもつぶしても後から後から出てくる犯罪者を取り締まるより、すでにその所在がわかっていて、権力の言ううがままに群れ惑う市民を規制したほうが事は簡単。
 インターネットがもはや日常生活とは切り離せず、悲しいかな、どこに小児性愛者がいて、いつどこでどのように子供の写真がインターネット上に流れるかが判らない。そんな現代において、三つのルールを掲げるのは、一見、理に叶っているように思えるかもしれません。でも、結局、犯罪者は野に放たれたまま、将来の被害者のほうが眼に見えない「檻」に入れられ、本来持っていたであろう自由を理不尽に取り上げられている。
 怖いのは、この状況をどうやらイギリス社会はすでに当然こととして受け入れてしまっているように思えること。2番目の記事にありますが、写真を禁じられるのは残念だけど仕方がない、という親たち。そして、その恐怖を取り除くのではなく、その恐怖が「正しい」という立場で自らの行動を縛っていく社会。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1083.html


I’m frightened of taking photos of children in the park, should I be?


Where you can, please take extra care when taking photographs of other people’s children, so ask their permission. Please avoid submitting photos of children in circumstances where the publication of the image might cause them harm or embarrassment.

 このような、自らが作り出した「恐怖」に脅かされて、お互いの信頼を失っていく社会は、ある意味、眼に見えるテロリズムと同じくらい、時にはそれ以上に怖いと感じます。もうひとつ気になっているのは、このような「親子の絆」を脅かす「緩やかな狂気」に関する記事に取り上げられるのは、その多くは白人。が、根拠はありません。

公園のある暮らし

2009.09.05
イギリスの他の都市のことまでは知らないけど、ロンドンは緑が多い。帰国するたびに、その印象は強まるばかり。
 詳しいことは下記のウェブを読んでいただくとして、そんな緑あふれる公園と人々の日常の暮らしは深く強くつながっている、ということを広める(と勝手に解釈)ための写真コンテストが今年で3回目を迎えたらしい。入賞した写真の中で、気に入ったのを二つ。ウェブから勝手に拝借しています。

http://www.postcardsfromthepark.org.uk/

http://www.green-space.org.uk/loveparksweek/postcardsfromthepark/index.php


 今は亡きジョージ・ロイ・ヒルが監督した「ガープの世界」を思い出す。


 先月行ったグリニッジ・パークも、雪に覆われてまた別の魅力。おそらく、このとき(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-982.html)に撮影されたのかと思う。

意地悪アンのサヴァイヴァル

2009.09.01
アン・ロビンソンが再び脚光を浴びている。


(4年位前かな)


(2007年)


(2009年夏ヴァージョン)

 いち早く噛み付いたテレグラフによると、アン・ロビンソンは「プラスティック・サージャリー」を否定し、最新の照明の技術でこう見えると主張しているそう。

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