LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2010年01月の記事一覧

In the Spirit of Diaghilev

2010.01.31
2009年は、ディアギレフがパリでバレエ・リュスを旗揚げしてから100年の記念の年。ということで、ロイヤル・バレエ、イングリッシュ・ナショナル・バレエやパリ・オペラ座バレエ等々バレエ・カンパニーは特別プログラムを組みました。
 バレエの枠組みを変えた、言ってみれば当時のバレエ・ダンス界の風雲児であったであろうディアギレフへの想いは、ロンドン・ダンス・パワー・ハウスと称されるサドラーズも同じ。「In the Spirit of Diaghilev」というプログラムを10月に。全て新作のこのプログラムに参加した振り付け家は、4人ともサドラーズのアソシエイト・アーティストです。解説はしたの英文をどうぞ。実際の上演は、マックグレガー、マリファント、チェルカウィ、フルトスの順です。

Formed in 1909 by Sergei Diaghilev, Les Ballets Russes revolutionised the art of dance. One hundred years later, four ground-breaking choreographers pay a thrilling tribute to this unique artistic venture.

For this special event Sadler's Wells has commissioned brand new works from Sidi Larbi Cherkaoui, Javier De Frutos, Russell Maliphant and Wayne McGregor who will each create work inspired by Les Ballets Russes and its spirit of collaboration.

Each artist, working with all or part of his own company, gives their own original response to the famous challenge that Diaghilev once issued to Jean Cocteau: “Surprise me!”

Wayne McGregor: Dyad 1909


Inspired by Shackleton's Nimrod expedition to the South Pole in 1909, the year that Les Ballets Russes was founded, Wayne McGregor creates a brand new Ballet Blanc, Dyad 1909. Wayne McGregor | Random Dance collaborates with acclaimed artists and filmmakers Jane and Louise Wilson, lighting designer Lucy Carter and costume designer Moritz Junge. Music is by acclaimed Icelandic composer Ólafur Arnalds.

Sidi Larbi Cherkaoui: Faun

Sidi Larbi Cherkaoui examines the animalistic nature of human movement and the power of mythology in Faun. This brand new duet, created for two of his company dancers, takes an alternative look at the eponymous creature from Stéphane Mallermé's poem, Claude Débussy's music and Vaslav Nijinsky's choreography. With additional music by Nitin Sawhney and costumes by leading fashion designer Hussein Chalayan.

Russell Maliphant: AfterLight

Using Vaslav Nijinksy's geometric drawings and paintings as a starting point, Russell Maliphant will create a brand new solo entitled AfterLight. Featuring Daniel Proietto from the Russell Maliphant Company, lighting and sound design is from regular Maliphant collaborators Michael Hulls and Andy Cowton. The work has been developed in collaboration with designer Es Devlin and animation company onedotzero industries.

Javier De Frutos: Eternal Damnation to Sancho and Sanchez


Olivier Award-winner Javier De Frutos's Eternal Damnation to Sancho and Sanchez is a cautionary fable inspired by Cocteau's scenarios and designs for Les Ballets Russes and set to Maurice Ravel's La Valse. De Frutos joins forces with theatre designer Katrina Lindsay and lighting designer Michael Hulls.


 ロイヤル・バレエの常任振付家でもあるマックグレガーが自身のカンパニーに振付ける度に思うのは、踊れる人が踊らないと彼の作品は焦点がぼやけるということ。観に行った日は、テクニカル・プロブレムで開演後数分でストップ。再び最初からということになり、観る側の緊張も途切れたのでは、という感じでした。この公演にあわせて、ガーディアンに彼のインタヴューが掲載されました。

Wayne McGregor: Zen and the art of dance

http://www.guardian.co.uk/stage/2009/oct/13/wayne-mcgregor-interview

 マリファントは後で。3番目の「牧神」は二人のダンサーの身体能力は素晴らしいものの、踊りから感じた印象は、「溢れ出る若さに任せてセックスを楽しんじゃえ」ってな感じしかもてませんでした。個人的に「牧神」はジェローム・ロビンスのものが一番好きです。

 このプログラムが始まる数日前に、サドラーズから以下のメイルが送られてきました。

As you are no doubt aware, all of the work featured in this show is brand new. With the programme now in its final stages of development, we felt it would be appropriate to notify all ticketholders that one of the four works, Javier de Frutos’ Eternal Damnation to Sancho & Sanchez, will contain scenes of an adult nature and some violence.

 まさかダンサー全員全裸、なんて思いましたが、違いました。肉襦袢をたっぷり仕込んでまるでジャバ・ザ・ハットのように腐敗した脂肪しか体に残っていないような様相の法王が、若い修道僧を強姦し、妊娠している尼僧を強姦し、挙句その尼僧は、二人のほかの尼僧にロザリオで首を絞められて殺される、と。二度と観たいとも、またダンスとも思いませんでした。レヴューによると、最前列に座っていたのでまったく気づきませんでしたが、途中で席を立つ観客がかなりいたそうです。





ジャン・コクトーディアギレフを挑発した「Surprise me!」に引っ掛けて、これこそバレエ・リュスの本流だ、と褒めちぎるレヴューがある一方で、ただ単に嫌悪感だけを書き連ねたレヴューと真っ二つでした。
 このプログラムは、昨年末にBBCで放映されたそうですが、この最後のだけはどうやら放送されなかったようです。

BBC drops ballet featuring a deformed Pope who rapes nuns
http://www.telegraph.co.uk/culture/tvandradio/6663273/BBC-drops-ballet-featuring-a-deformed-Pope-who-rapes-nuns.html

 マリファントの「Afterlight」はプロット・レスですが、全体を4つのパートに分けることができると思います。ステイジの真ん中で男性ダンサーがわずかな照明の中心でゆっくりと、まるでスーフィーのように回りだしたときは、「またか」と思ってしまったのですが、ぜんぜん違いました。
 第2シークウェンスに入ると、照明が照らしだす空間がほんの少し広がり、ダンサーの動きもまた少し広がりました。ちなみにダンサーはまったく止まることなく回転を続けています。



そして第3シークウェンス。ダンサーが腕を伸ばし、彼の手のひらが光と闇の境に触れると、ダンサーの周りの光がまるでカーテンが広がるようにふわりと範囲を広げた、あたかも光が質量を持っているかのごとくふわりと外側に押され空から降り注ぐ光の帯が照らしだす空間が広がった、ように見えたんです。そして最後、光が照らす空間は次第に狭まり、ダンサーはもう闇を押し返すことが出来ない。ダンサーが闇に完全に沈むと音楽も止まる。
 本当に小さな演目でしたが、振り付け家、照明、そしてダンサーの動きが3以上のものを生み出し、大げさに言えばダンスってこれほどの可能性をまだ持っているのか、と。テレグラフだったか、オブサーヴァーだったか、「文句なしの傑作!」としていました。
 マックグレガー同様、マリファントの振り付けを彼のカンパニーのダンサーが踊っていいと思ったことはあまりないです。が、これは途中から考えることをやめ、目の前で生み出されている踊りを見逃すまいと。世界に輸出できる水準のダンスだと思います。

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オペラ:大いなる幻影

2010.01.31
時間がないというのは本当に益体もない言い訳ですが、本当にめっきりエンタメに行く機会が減りました。ひとつは、最近報道されたことですが、ロンドン、またイギリス国内の劇場興行(オペラ、バレエを含む)の売り上げがすさまじい、つまり良い舞台ほどチケットの争奪戦が激しくなっている。これは、国内理由は不況によって、レジャーが安・近・短になっていること。ま、ロイヤル・オペラに限れば、人気オペラの最高席は間違っても安いとはいえませんが。ドミンゴが出るヘンデルのオペラは完売。たった2回だけ他のテノールが歌う日はまったく売れていなくて、ダンピングされています。
 さらにいつまで続くポンド安、ということでとりわけユーロ圏からロンドンにエンタメを楽しみに来る人が増え続けている、ということもあるようです。

 個人的な理由。毎晩観続けてもいい、世界の果てまで追っかけてもいいと、世界の果てが無理ならせめて東京までは追っかけたいと思うバレエ・ダンサーが居なくなると、ここまでロイヤル・バレエへの想いが萎むのか、というくらい盛り上がりません。自分は絶対にならないと信じていた、「過去にすがるバレエ・ファン」へまっしぐらです。吉田都さんの本拠地での最後の舞台となる「シンデレラ」、もちろん確保済みです。

 ということで、昨年10月以降に見たエンタメを自分の記録もかねて簡単に。全部書ききれるかは判りませんが。

 滅多に行かないイングリッシュ・ナショナル・オペラ(ENO)で観たのは、リゲティによる「Le Grand Macabre(大いなる幻影)」。リハーサルをご覧になられた方のブログであらすじ等はご確認ください。

http://dognorah.exblog.jp/12366927/


(写真は全てネットで集めたもので、ロンドン公演のものとは限りません)

 リゲティなんて聞いたことあったかな、無かったかなというくらいですから、舞台を観る前は予備知識なしでした。唯一判っていたのは、批評家の言葉を借りれば、このオペラは、「Anti Anti-Opera」であると。観る前も、観終わってもこの表現が意味することはまったくわかりませんでした。
 オペラは、意外な事に結構楽しめました。まず、舞台装置、コスチュームが秀逸。とりわけ舞台装置の変幻自在の仕組みには圧倒されました。



音楽的には、しょっぱなの「雑音」一音で、「そうか。不協和音も和音なんだ。雑音は音楽ではないけど、きちんとした不協和音もれっきとした音楽なんだ」、ということに初めて考えがいたりました。どうも漢字表記の「不協」という意味にネガティヴな方向に引っ張られがちですが、音楽の一要素であるわけで。



旋律はやアリア(といえるのか?)を聞いていて、「あれ、この旋律(もしくは声)、どこかで聞いたような」、と感じることがしばしば。インターヴァル中に読んだプログラムで知ったのは、「ミノタウロhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-767.html)」に出演していたカウンター・テノールがキャストされていること。後半が始まると、「テンペストhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-477.htmlhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-260.html)」で聞いたような金切り声のコロラテューラ。一瞬、リゲティが真似ているのかと思いましたが、活躍した時代を考慮すればその逆であろうと。アデスバートウィッスルに影響を及ぼしたのがリゲティなのかなと。


(こんな衣装を着て、歌いながらセックスの真似事をするんだから、オペラ歌手も大変)


どんなオペラも英語で歌われることが嫌なのと、コリセアム劇場がどうしても好きになれなくてENOには年に一度くらいしか行きません。が、今年の夏、どうしても舞台で観たかったオペラがやっとロンドンで上演されるので、再び行くことになりそうです。
 観たいオペラは、ビゼーの「パール・フィッシャー(真珠とり)」。このオペラではテノールとバリトンによって歌われる「テンプル・デュエット」が超有名ですが、ソプラノのアリアもまた素晴らしいんです。一度はきちんとした舞台で観たいと願っていたオペラの筆頭です。不安なのは、出演予定のテノールの紹介文を読んでいると、「本当にオペラ歌手なのか?」と首をかしげる経歴。英語で歌うのはこの際いいとしても、まともな歌い手であって欲しいです。

イギリスにおける貧富の差

2010.01.27
今日、1月27日に大きく報道されたニュースは、イギリス国内における貧富の格差が、第二次世界大戦以降最大になっているという報告書が政府によって発表されたこと。

Wealth gap in Britain is wider than ever
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/7080374/Wealth-gap-in-Britain-is-wider-than-ever.html

Unequal Britain: richest 10% are now 100 times better off than the poorest
http://www.guardian.co.uk/society/2010/jan/27/unequal-britain-report

Rich-poor divide 'wider than 40 years ago'
http://news.bbc.co.uk/1/hi/business/8481534.stm

 メディアの取り上げ方でちょっと意外だったのは、右派のテレグラフにとって貧富の差が拡大ということで労働党政府を責めるには絶好の機会であろうに、ほんの少ししかペイジを割いていないこと。思うに、アッパー・クラスの読者をターゲットにしているテレグラフにしてみれば、生涯賃金の格差、ソーシャル・ウェルフェアの拡大を招いたのは労働党だけど、その根底にある、分断された階級社会についての立ち居地を突っ込まれたくないという意識があったのではないかと思うのは、考えすぎでしょうか。

 イギリスの階級社会については、一人の「移民」である僕にはメディアから得る情報はあっても、では実際に階級とは何なのかと考えても、語れる経験はないです。言い換えれば、人種差別にも通じるものがあると思いますが、「移民階級」はアッパーにも、ミドル・クラスにも、そしてワーキング・クラスでもない、ということがいえると思っています。


(数日前のテレグラフのカトゥーン)

 ということで、個人的にはとても興味を惹かれるニュースですが、僕自身言葉で語れることではないので、ガーディアンの記事から幾つか文章を転記します。翻訳は大雑把なものですので、ご興味ある方はご自分で訳してみてください。

A detailed and startling analysis of how unequal Britain has become offers a snapshot of an increasingly divided nation where the richest 10% of the population are more than 100 times as wealthy as the poorest 10% of society.

イギリスは、とても不平等な国になっている。10%の富裕層の資産は、10%の貧困層の資産の100倍にもなっている。

The new findings show that the household wealth of the top 10% of the population stands at £853,000 and more – over 100 times higher than the wealth of the poorest 10%, which is £8,800 or below (a sum including cars and other possessions).

10%の富裕層の平均資産は£853,000。貧困層のそれは、£8,800かそれ以下。


 統計に詳しい方には数字のトリックをお分かりになるのだろうと思います。どちらの数字もあくまで平均ですから、それ以上もそれ以下もあるはず。貧困層の平均以下の生活水準は、本当に酷いものだと想像します。
 ヴォランティア活動の中で、生活保護を受けている人たちが、行政から借り受けているフラットに何度も訪問したことがあります。もちろん、そこで暮らさなければならない皆さんの意識の問題もありますが、ロンドン中心部にこれほど劣悪な住環境があるのか、と何度も言葉を失ったことがあります。イギリスというと、多くの人が住環境は優れていると思われるかもしれませんが、それは収入があればの話です。

A central theme of the report is the profound, lifelong negative impact that being born poor, and into a disadvantaged social class, has on a child. These inequalities accumulate over the life cycle, the report concludes.

貧困家庭に生まれた子供には、その階級が彼・彼女にもたらす影響は深く、生涯に及び、不平等は生活の中で積み重なっていく。



 このようなことを書くとまた社会主義かぶれと思われることもあると思いますが、僕自身、このような状況を考えること、書くことが社会主義的なこととはまったく思いません。主義・主張でなく、デモクラシーという「意識」がこの国から消えてしまうのかなという悲しみのような気分です。

 イギリスは、equality社会を目指しているようです。以前も何かの機会に書いたように思いますが、平等社会というのはありえないと考えています。多文化社会化を突き進むイギリスに限れば、数え切れないほどの言語、人種、歴史、暮らしぶりがある中ですべてを平等にというのは、不可能だと思います。
 全てを平等ではなく、スタート・ラインに付ける機会は均等に与えられる。スタートした後は、個人の可能性しだい。そこに、仮に階級等のバイアスがかかるときのみ、そのバイアスを排除する、というのが言うは易しですけど、個人を重んじるイギリスが目指すべき方向なのではと、つらつら思います。

 平等とは、機会の均等とはと考える中で、昨日のガーディアンに一人の大臣による興味深い投稿がありました。

You are right to be angry. The banks should have to pay for state backing
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/jan/24/banks-taxpayers-bailout-bonus

It is the fundamental unfairness of the rescue that should be the cause of lasting anger. When recessions hit, businesses get into trouble. And some businesses fail, taking many jobs with them. Banks, however, were for the most part protected from the rules that applied to everyone else – and ¬protected at great cost to public funds. In the wake of the financial crisis, governments have been working together to address many areas for reform. But our task will be incomplete if we cannot address this fundamental inequity at the heart of global capitalism.

If a bank is judged to be too big or too important to fail, it should be the banks and their owners, not taxpayers, who pay the price for saving it.


この不況で多くの企業が倒産し、多くの人の生活に大きな影響が出た。そんな中、どうして銀行だけが救済されるのか。
もしある銀行が大きすぎて倒産させられないとの判断が下されたとき、救済するための資金を出すのは、納税者ではなく、銀行でありその所有者であるべきだ。

Lord Myners calls time on 'greed is good' bank culture
http://www.guardian.co.uk/business/2010/jan/24/banking-bonuses-lord-myners-greed


(昨年12月にガーディアンに掲載されたカトゥーン)

 投資銀行がバンカーたちに巨額ボーナスを支給し、世界各国の政府が何もしない、何も出来なければ、平等、そして自由という言葉はその本来の意味を失ってしまうかも。

ブロークン・ブリテン8:常識が常識でなくなる社会

2010.01.26
ブロークン・ブリテンhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-category-37.html)」を続けるなら次はアフガニスタン戦争のことを思っていましたが、戦争について書くならもっとしっかりとした考えを持って書いてみたい、でも、それはいつのことになるのか。他方、一外国人の考えを書いてみたところで、イギリスのことを本当に理解して書いているのか、との逡巡はいつもあります。

 でも、昨年後半からまだひと月も経っていない2010年にかけて、「叩く、戦う相手が間違っていないか」、ひいては「20世紀の常識は、21世紀の常識として機能しないのか」と思うことが幾つかあったので、簡単に。


 昨年10月、The Sunday Telegraphで以下の記事を読みました。

Pensioner questioned by police after complaining about gay pride march

http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/religion/6424895/Pensioner-questioned-by-police-after-complaining-about-gay-pride-march.html

 イングランド東部のイースト・アングリア北部に位置するノーフォーク県に住む敬虔なキリスト教徒の女性は、彼女が住む町で開催された同性愛者団体によるパレイドについて、キリスト教徒の視点での抗議の手紙を行政に送りました。手紙を受け取ってから数ヵ月後、二人の警察官が女性宅を訪れ、彼女の手紙は、「hate crime(憎しみを増長する犯罪とでも)」とみなすことが出来、最悪の場合、犯罪として扱われるであろう、と伝えたそうです。
 テレグラフの記事によると、確かに女性は差別的な単語を使ったそうです。でも、個人の意見を行政に伝えただけで犯罪者として扱われる社会って、いったいどういうシステムでその行政機構は運営されているのか。当事者の片方である、同性愛者の立場向上を推し進める団体すら警察の行動はやりすぎだとしています。

 記事の後半に、女性が助言を求めたキリスト教団体の代表者の言葉があります。

"For democracy to survive people must be free to express their beliefs – yes, even unpopular beliefs – to government bodies without fear of a knock at the door from the police. It's not a crime to be a Christian, but it increasingly feels like it."


 宗教の是非については、最近目にした(Atheistらしい)アメリカの思想家、メンケンの言葉を考えている僕には首を突っ込みたくない題目。一方で、この老齢の女性が社会に危害を加える人物かどうかなんて、1秒後に何がどこで起こるのかまったくわからない今の世界では、誰にもわからないこと。でも、行政に向かって何もいえなくなる社会は、それは「民主主義社会」なのか、と。

 二つ目は友人から聞いた話なので、固有名詞の表記はしません。アート関係に友人・知人が多い僕の友人が親しくしている、ちょっとボヘミアン的な女性画家に降ってかかったまさに、災難。
 その女性はすでに70代後半。体力の衰えはあるけれども、体調がよければ絵を描き続けているそうです。ロンドン中心部の割に、その女性の家は静かな場所にあり、小さいながらも前庭があるそうです。
 長らく飼っていた猫が、年齢から来る衰えで食事量が減り、前庭で静かに過ごすことが増えてきたので、女性は獣医に連れて行くことをやめました。最期がきたらそれは猫の寿命と割り切って暮らしていたそうです。そのことは、彼女の家族・友人は知っていました。

 ところが、彼女の飼い猫への態度を「飼育放棄」と決め付けた隣人が、動物愛護チャリティとしてはもっとも著名な団体のひとつに報告し、その団体は画家の女性を「動物虐待者」として法廷に訴えたんだそうです。
 資金がふんだんにあるその団体への反論は、一人の市民として暮らす女性にはとても困難なこと。結果、今後猫を飼うことは認められず、今後1年間は昼間外出するときには足首に電子タグをつけなければならなくなったそうです。
 電子タグをつけるということは、その女性は法廷から「犯罪者」と宣言されたということです。虐待しても居ない猫を虐待したとわめかれた挙句が、「犯罪者」。僕が法廷とその動物愛護団体に尋ねたいのは、ひとつだけ。「他にやることないんですか?」。

 僕の友人の話自体が本当かどうか、と問われれば僕は友人を信じていると言うことしか出来ません。本当に、何が現実で何が非現実なのか、見極めがしづらくなっているように感じることが、僕自身たまにあります。
 そのような状況を考慮しつつも、虐待しても居ない猫を虐待したと決め付けれたことで、一般市民が凶悪犯罪者と同じ電子タグをつけられるイギリスという社会に、自分の常識が揺さぶられるということに恐怖を感じます。


 上手くつながるかどうか自信ないですが。昨年のクリスマス・ディに未遂に終わったアメリカの飛行機テロを受けて、イギリスでは新しいスキャナーが導入されることになっています。

Full body scanners may break child pornography laws

http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/terrorism-in-the-uk/6933898/Full-body-scanners-may-break-child-pornography-laws.html



 確かに、スキャナーの精度は素晴らしく、丸見え。そう、人権団体の皆さんが仰るように、このスキャナーによる画像がインターネットに流れるなんてことはあってはならない。でも、そんなこと、言わなくても誰もがわかって当然なのでは。
 民主主義の国だから、そう、言いたいことがあればそれは許されるべき。でも、僕はこの見出しを見たときは、「Where is common sense?」と思わずにはいられませんでした。
 ここで戦うべきなのは、インターネット犯罪者や小児性愛犯罪者、ではなく、テロリストではないのか?個人の尊厳を力づくでスキャナーに剥ぎ取られるこの状況を作った大本はテロリストでしょ、と。今のイギリスで目にするのは、小手先のことだけに時間、人材、資金を費やすばかりで、大本は見て見ぬ振り、あたらず触らずで結局は何も変わらない。結果として社会が築き上げてきたコモン・センスこそが間違いだった、そんな風潮が社会のメイン・ストリームになりつつある印象が強まるばかりです。

エクアドルの絶滅危機のカエルほか(写真あり)

2010.01.26
エクアドルの熱帯雨林で、新種を含む、かつどれもが絶滅の危機に瀕している両生類と爬虫類が発見されてしまったそうです。

Glass frog and snail-sucking snake discovered in Ecuador

http://www.guardian.co.uk/world/2010/jan/15/ecuador-new-species-discovered

 このような珍しい種を見ることができて嬉しい反面、見つからなければよかったのにとも思う。



正面から見るとどうなっているんだろう。


強大な鯨を目の当たりすれば同様な感想を持つのだろけど、どうしてこんな小さな脊椎動物が存在するのか、不思議でならない。

Lost worlds: New species found in Ecuador
http://www.guardian.co.uk/environment/gallery/2010/jan/14/ecuador-animals-biodiversity-environment?picture=358068889
(写真リンク)
 両生類・爬虫類が苦手な方は、クリックしないほうがいいと思います。6枚目の写真は、僕も退きました。決してグロテスクではないと思いますが、近くで見るとちょっと不気味かな、と。

二人の王子の肖像画

2010.01.26
先週、エリザベス女王の名代としてのニュー・ジーランドとオーストラリア公式訪問で人気大爆発のウィリアム王子と、兄同様、元カノとよりを戻したららしいと報道されているハリー王子、二人一緒の公式肖像画がトラファルガー・スクウェアにあるナショナル・ポートレイト・ギャラリーに今月から展示されています。



Official portrait of Prince William and Prince Harry on display
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/theroyalfamily/6942780/Official-portrait-of-Prince-William-and-Prince-Harry-on-display.html

 イギリス王室メンバーの肖像画というと、似ている似ていない、酷すぎるとよく話題になるけど、これは結構まともに見える。写真同省、肖像画も若いときほど誤魔化しが効く、ということだろうか。


ゴードン・ブラウンはどうして首相の席にしがみつくのか:首相の給料

2010.01.19
PDジェイムズがBBCのトップを叱り付けたことを書いた中(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1133.html)で、BBCの中には、イギリスの首相より高給の社員がいることを書きました。

 首相の給料は、およそ£190,000-。これを多いか少ないかと見るかはイギリス国内でも議論が分かれるのではないかと思いますが、BBCの社員だけが首相より高額な給料を受け取っているわけではありません。

Met Office chief receives 25pc pay rise
http://www.telegraph.co.uk/topics/weather/6931584/Met-Office-chief-receives-25-pc-pay-rise.html

 この冬の大雪を、昨年夏の冷夏をはずしまくった気象庁のトップの給料が、このご時勢にもかかわらず25%もアップし、結果としてブラウン首相の年間給与を上回ったというものです。記事によると、給与アップは2008/2009年のことなので、上回ったのはずっと前のことだったようです。

 気象庁の広報によると、

Mr Hirst’s total pay had jumped because a performance related bonus from 2007/8 was paid in 2008/9. There was no underlying increase in salary.

His salary reflected the need to bring in, and appropriately reward, skills to meet the significant opportunities and challenges in our weather and climate business.


 ハースト氏の報酬が上がったのは、2007/8の期間の成功報酬で、払われたのは2008/9。他の上昇はない。彼の報酬は、彼をこのチャレンジングな分野のトップで働いてもらうには妥当である(超簡略した訳です)。

Met Office boss says winter forecasts have been very good indeed

http://www.telegraph.co.uk/topics/weather/6996634/Met-Office-boss-says-winter-forecasts-have-been-very-good-indeed.html
(ハースト氏の言い訳)

 この二つの記事を読んで改めて思うのは、成功報酬、そして失敗報酬というのは高給をはらうべき、払われるべきときの言い訳としてもはやまったく機能していない。そのことに気づいていないのは、経営トップだけ、という印象が強まります。

 さらにこの気象庁に関して言えば、天気を「予報」することが仕事なんですから、正確な予報をすることは当然、言い換えればその職・機関の原始的・基本的な存在意義。そのようなポジションに「成功報酬」を持ち込むこと自体、それにふさわしくない人物であると宣言していることではないかと思います。的確な予報をして当然、それ以上のことを成し遂げたときのみ、報酬が払われるべきかどうかを検討すべきではないかと考えます。

 またガーディアンを持ち出すのは偏向が過ぎるのは承知のうえで。昨年末、以下のような記事が掲載されました。

Cleaners worth more to society than bankers, says thinktank
http://www.guardian.co.uk/business/2009/dec/14/new-economics-foundation-social-value

 再び、省略しまくりの訳ですが、病院で働く清掃係のほうが、シティの金融機関で働くバンカーたちよりずっと社会に貢献している。巨額ボーナスを払われる銀行員、広告代理店の経営者、そして税金コンサルタントは社会の価値基準を破壊している。他方、清掃員、児童福祉関連で働く人々等は、彼らが社会から得るものより多く社会に還元している。

The thinktank (The New Economics Foundation) said it had found a way to calculate how much someone should be paid in relation to the value they create through a series of measures including conventional economic returns, environmental impacts, and knock-on effects for jobs and wellbeing in society.

 たとえば、年間給与が100万ポンド以上の銀行員は、1ポンドの価値を作り出すときに、7ポンドの損失を社会に与える。(国営化された)ロイヤル・バンク・オブ・スコットランドや(住宅ローン最大手の)ハリファクスが結果としてしたことは、過去20年間に生み出された利益を帳消しにしたようなもの。

 この記事の全てを鵜呑みにするほど純粋ではありませんし、記事の後半でシンクタンクも認めているように、全ての清掃員や公務員がまじめに仕事をしているなんて小指の先ほども思いません。が、混乱、幻想、そして狂乱の00年代が終わった今、身の丈にあった生活を考えることもいいのではないかと時折思っています。負け犬の遠吠えといわれてしまえばそれまでですが。

 で、タイトル。叩かれても、叩かれても、外からも身内からも叩かれ続け、これで終わりだろうと誰もが思っても一線に戻ってくるゴードン・ブラウン首相。彼がどうして首相のいすにこだわるのかは、現代イギリスの七不思議といっても差し支えないかもしれません。

アフタヌーン・ティー@The Goring Hotel

2010.01.12
今週末に向けてやや暖かくなりそうなロンドンですが、曇天続きで一向に太陽を望めないのがつらいです。

 昨年の夏にランガム・ホテルで、ロンドンのホテルでのアフタヌーン・ティーに再び味をしめてしまい(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1096.html)、次に行くならここ、と決めていたThe Goring Hotelhttp://www.thegoring.com/)に行ってきました。


(ホテルのウェブから借用)

ロンドンに、イギリスに住んでいるからアフタヌーン・ティーなんて飽きた、なんてことはまったくありません。でも、何かしらの機会でもない限りわざわざアフタヌーン・ティーを、なんてこともないです。

 ある友人から、「ゴリングのアフタヌーン・ティーが良いそうだよ」と聞いていました。ホテルのウェブから感じた印象も結構良い感じだったので、イギリス生活の難しい局面で、いつもさりげなく、でも得がたいサポートをしてくれる友人二人を、お年賀代わりに誘っていってきました。
 
 行ったことがないにもかかわらず、きちんと場所を確認していなかった僕に責任がありますが、ホテルにたどり着くまでには、さまざまな困難が次々と降りかかり、到達できないのではないかと思いました。
 誘った友人の家族が、「僕が車で送ってあげるよ」といってくれたのはよかったのですが、ゴリング・ホテルが位置するヴィクトリア駅周辺は、一方通行の道路ばかり。さらに、観光シーズンの閑散期を見越し、加えて寒波によってあちらこちらで水道管が破裂しまくっていることもあり、いつ果てるともわからない道路封鎖で迂回迂回の連続。
 ついに友人の家族が、「そんなホテル、本当にあるのか?」と泣きが入り、ホテルに電話し、コンシェルジュにナヴィゲイトしてもらって漸く到達してわかったのは、「あの最初の角を見逃していなかったら、こんな苦労はしなかっただろうに」。ということで、ホテルのエントランスはとてもわかりづらい場所にありますが、言い換えればヴィクトリア駅至近にもかかわらず、とても静かな佇まいです。

 ロンドンの名の知れたホテルというと、イギリスらしさを残しつつも、現代的な印象が先行するのかもしれません。ゴリングは、個人的にはゴージャスとは思いませんでした。田舎の高級リゾートにある由緒正しきホテル、というのがエントランスでコートを預けているときの印象でした。
 アフタヌーン・ティーを供するラウンジに入っても、その印象は変わりませんでした。それに、テイブルを予約しておいた中庭に面するフロアのインテリアを一目見ただけで、友人いわく「エドワーディアンよ」。ラウンジの右側には、炎が暖かく燃え盛る暖炉。その前のテイブルで、おしゃべりに花を咲かせる人々。「ここは、本当にロンドンか?」。

 テラス側のテイブルはほぼ満席。給仕する皆さんはとても忙しいそうでしたが、せかされるような雰囲気は微塵もありませんでした。テイブルにさりげなくおかれていた小さな案内にはこうかかれていました。

The Goring lounge is a place for you to relax and unwind. So we ask you to help us preserve your fellow guests’ sense of tranquillity.

Please
Switch off your mobile telephone
Let us look after your computer
Hide away all those business papers
Sit back and relax!


 W夫人に、「夏は、紳士の皆さんは短パンで入ってきてはいけないらしいよ」、と伝えたところ、「Gentlemen are believed not to wear shorts」、とにこやかに、嬉しそうに切り返されました。ロンドナーですら「イギリス」を感じるホテルなのかな、と。

 アフタヌーン・ティー自体は飛びぬけて素晴らしい、というものではないかもしれません。が、始まりから終わりまで、手を抜いていない高品質のものでした。
 非日常だからいいだろうということで、シャンペンつき。一緒に運ばれてきたのは、イチゴとクリーム。もちろん、「女峰」や「ももいちご(というのが日本にはあるそうで)」には遠く及ばないでしょうけど、こんな美味しいイチゴがイギリスでも食べられるようになったのか、と意外なほど旬な味でした。シャンペンで口が潤ったころを見計らって運ばれてきたのは、小さなグラスに盛られた、ラングスティーンとジュレを盛った一品。これが絶妙の味わいで、後に続くサンドウィッチ、スコーン、そしてケイキへの期待は否応もなく。
 フィンガー・サンドウィッチは、スモーク・サーモン、エッグ・マヨネイズ、そしてコロネイション・チキンと、種類としてはかなり無難。が、中身の入れ方がとても太っ腹。僕の限られた経験の中では、あれほどたっぷりとスモーク・サーモンが挟まれたフィンガー・サンドウィッチは初めてだったかもしれません。どのサンドウィッチの味も素晴らしかったのですが、コロネイション・チキンなんて最近ではあまりお目にかかれないので、それだけ追加を所望したら、次に運ばれてきたのは、カレー風味のもの。これも大変美味しかったですが、誤算だったのは、この時点ですでに結構な量。
 サンドウィッチの次は、スコーン。小ぶりな上に、軽くてさくさく。不満だったのは、クリーム。普通、アフタヌーン・ティーのスコーンにつけるクリームといえば、クロテッド・クリーム。その名が示すとおり、血管が詰まるほどの「こってり感」が特徴。ゴリングで出されたのは、かなりホウィップを施されたような、スコーンと同じくらい軽い仕上がりでした。それが特徴なのかもしれませんが。
 ケイキ。いつも思うことですが、イギリスで食べるチョコレイト・ケイキに満足する日が来ることはないだろう、と改めて思いました。不味いという事ではないのですが、ケイキ好きとしてはもう一工夫が必要だといつも思います。

 何とかケイキを食べ終え、時計を見たらすでに2時間。あとは支払いと思っていたところへ、「アフタヌーン・ティーの終わりとして」、運ばれてきたのは再び小さなグラス。新鮮なイチゴを砂糖漬けにしたものに生クリームがかかっているものでした。これで、一人£34-。非日常を楽しむには、お値打ちの部類かなと。

 話が先に戻りますが、ロンドンで暮らしている皆さんにとって、アフタヌーン・ティーはある意味、非日常。友人たちも、海外から親戚や友人が来たときだけのイヴェント、とのこと。だからこそ、地元民同士で行っても面白かろうと思ってのことですが、期待にたがわず楽しかったです。

 一回だけの経験で印象を決め付けるのは早急ですが、ゴリングは「良質のイギリス」のホテル、という印象を持ちます。レストランのメニューをウェブで見たところ、日替わりのロースト・ランチもあるようです。イギリスらしさを体験できるホテル、という感じではないかと思います。

幸せのハードル

2010.01.09
日本に一時帰国していた友人から新年のメイルが届いた。

 友人は、発展途上、もしくは他の国の援助を必要としていると目される国々の開発プロジェクトに携わり、今は僕だったらどんなに頼まれてもできれば暮らしたくない、いや暮らすことなど不可能ではないかと思える国で暮らしている。
 その友人からすれと、電気や水道が途切れることもなく供給され、治安も断然に良い日本。もちろん日本でずっと暮らしていれば異論はあるだろうけど、友人の最後の言葉に、僕自身のことをまず考えた。

日本人も幸せのハードル下げればもっと幸福感を味わえるんじゃないのか、と思ったりしています。

 以前に比べれば、ずっと物欲も減ったし、自分に関係ないことにむやみに首を突っ込むことはなくなった。自分の選んだ生活を、自分が楽しめることが出来れば、それでいいと思っている。それでも、ロンドンの暮らしを愚痴っている僕自身、幸せのハードルの設定を見誤っていることはないだろうか、と。

「崖の上のポニョ」、イギリスで一般上映へ

2010.01.07
宮崎駿監督の「崖の上のポニョ」が、やっとイギリスでも一般上映されることが決まりました(2月12日)。実は、昨年の11月下旬に、バービカン・シネマで一回だけ上映されたときに観てきました。観客に占める日本人の割合は思っていたほど多くなかったと記憶しています。

 一緒に連れて行った、スコットランド人の友人のお嬢さん二人は、日本語の響きに戸惑いながらも(英語字幕ヴァージョン)かなり楽しめていたようなので、日本のアニメイションの質の高さと親しみやすさを改めて実感しました。が、僕自身が楽しめたかと尋ねられれば、ちょっと、間があきます。

 偏見といわれても仕方ありませんが、ディズニー等に比べると、映像技術は素晴らしいと思います。幾つかの、しかも何てことないような場面の映像に想像力を掻き立てられました。たとえば、ポニョが大波に乗って宗助が乗っている車を追いかける場面から伝わる力には圧倒されました。同じくアニメイションの「幻魔大戦」で、敵役が溶岩の上をすべるように飛んでくる場面を見たときと同じくらい鮮烈な印象を持ちました。さらに、ポニョのお母さんが現れるときの海と一体化した彼女を表現するための色彩は、「桃色浄土(坂東眞砂子)」のクライマックス場面がアニメ化されたらこんなだろうなと思いながら画面に見入っていました。

 でも、距離を感じてしまったのも事実。ひとつは他愛もないこと。どうして所ジョージを使ったんでしょうか?下手すぎるのにもほどがあるはず。

 最大の困惑要因は、宮崎監督作品にはいつもあることだと思うのですが、「ポニョ」に限ると、語られていないことが多すぎる、と感じてしまったこと。なにがどうと過去の作品の特定の場面を思い出すことは難しいですし、宮崎監督のほかの作品でもたくさん、「語られないまま」の話があったと思います。でも、今回は、「この語れないままの話は、語られるべき話なのではないか」、と感じる場面が何度かありました。自分でも些細な点で引っかかっているとは思うのですが、ポニョのお母さんと宗助の母親、リサが話し合っている場面から感じた違和感。話すことは当然なんだとは思います。人間になることをポニョが選んだら、世話をするのはリサですから。でも、話し合っている内容ではなく、二人が話し合うことにどうして同意したのか、という説明が端折られたことに納得できません。

 ぶつくさ言いつつも、日本人としては、イギリスでどのように評価されるかをしるのは楽しみです。上映は、英語字幕とアメリカで作成された吹き替え版の2パターンらしいです。

 以下のリンクは、テレグラフの記者が、ヴェネツィア映画祭を訪れた宮崎監督にインタヴューしたものです。公判で語られる宮崎監督の環境問題等への想いは大変興味深いです。

Hayao Miyazaki: drawn to perfection
http://www.telegraph.co.uk/culture/film/6911264/Hayao-Miyazaki-drawn-to-perfection.html


 偶然だとは思いません。1月2日にBBC2で「千と千尋の神隠し」が放映されました。面白かった。これと「もののけ姫」がイギリスで商業的に大成功にならなかったのは、本当に残念です。

 ちなみに、放映されたヴァージョンはこれまたアメリカン・イングリッシュ版。市場の規模を考えれば、アメリカ英語になるのは致し方ないことなのでしょう。でも、英語のせりふはネイティブ・スピーカーに作ってもらって、吹き替えは日本人の声優がその英語を読む形にしたほうがより自然な感じがすると思ったしだいです。

PDジェイムズ、BBCを叱りつける

2010.01.05
2010年、明けましておめでとうございます。今年もお付き合いただければ幸いです。初端ですから、多くのイギリス人が初笑いを楽しんだであろう話題を。

 アガサ・クリスティの名前は知っていても、PDジェイムズとなると、イギリス推理小説界にずぶずぶと足を踏み込んでいる方しかご存じないかもしれません。イギリスの文学界では大御所、というかもはや仙人と表現してもいいかもしれないです。クリスティのように作品が大々的に映画化されるということはない方ですが、人気は絶大、かつイギリス上院の保守党名誉議員(って言っていいのかな?)で、オフィシャルな肩書きは、Baroness James of Holland Parkです。


(PD ジェイムズ)

 今年の8月に90歳の誕生日を迎えるジェイムズは、もしかしたらもう作品は発表しないかもとも言われています。彼女の作家デビューは遅くて確か1962年。作品数も、毎年クリスマスに新作を発表していたクリスティや、もう一人の仙人、ルース・レンデルに比べると多くはないです。彼女の作品のメインの探偵は、アダム・ダルグリッシュ。警察官であり詩人という設定。ポワロと違って、作品が出るたびにダルグリッシュも歳をとり階級が上がっていくというのは自分が生きている時代に重ね合わせることが出来ていいのですが、PDJの作品は、特に中期以降になるととても長く、かつ殺人の動機が哲学的過ぎて「こんな理由で人を殺すか?」と思うことがあったので、「死の味」以降は読んでいません。コーンウォールのことを書いていたときにダルグリッシュを思い浮かべたのは、初期の「黒い塔」のことを思い出したからです。で、これを書くにあたって彼女の作品リストをアマゾンで調べたら「灯台」(未読)でコーンウォールを舞台にしていました。縁を感じます。余談になりますが、PDJに興味を惹かれたら、まずは初期の作品から読むのをお勧めします。それと、他にはパトリシア・モイーズクリスティアナ・ブランドも古きよきイギリスって感じの描写があっていいと思います。

 12月31日に、BBCのRadio4の朝の番組に特別編集者として招待されたPDJは、BBCのトップ、マーク・トンプソン氏に公開インタヴューを申し込み、待ち受けている運命を知る術のなかったトンプソン氏は受け入れました。


(マーク・トンプソン)

 PDJがトンプソン氏に質した事柄のひとつは、BBC上層部の高給と外から見ると何をする仕事なのかわからない人が多くいることです。PDJが例として取り上げたのは、以下のリンクにある4つのポジション。僕も、彼らの仕事の区別がわかりません。

The senior BBC executives identified by PD James
http://www.telegraph.co.uk/news/6916936/The-senior-BBC-executives-identified-by-PD-James.html

 PDJは続けます。

I mean, it really is quite extraordinary when you think that, is it 375 earn over £100,000, 37-plus more than the Prime Minister? The Prime Minister is, no doubt, probably underpaid but an organisation that has 37 of its managers earning more than the Prime Minister surely ought to ask itself, you know, is this really justified?

(375人ものBBCの職員の給与が10万ポンド以上、さらに37人の給与がイギリスの首相より高い(ゴードン・ブラウン首相の給与は19万8千ポンド)というのは桁外れなことです。これは正しいことなのか、と問うべきではないですか?)

How PD James skewered the BBC’s Mark Thompson
http://www.telegraph.co.uk/culture/tvandradio/6920354/How-PD-James-skewered-the-BBCs-Mark-Thompson.html

 このリンクをお読みいただけると判りますが、哀れトンプソン氏はしどろもどろ。僕は元日中、何度もこのインタヴューの抜粋を読んでは笑い転げていました。ちなみに、トンプソン氏の給与は約90万ポンドです。
 勘違いされませんように。僕は直接聞くことは出来なかったのですが、最も頁を割いて報道したテレグラフによると、PDJの姿勢はとても謙虚で、決してトンプソン氏を声高になじる、というものではなかったそうです。とても穏やかな口調で、彼女が信じる「正当」をBBCの最高責任者に問い質すPDJ、聞きたかったです。

 順序が逆になりますが、インタヴューの最初の部分で、PDJは今のBBCのことを以下のように表現しています。

But basically, I think it has changed and to me sometimes it seems like a very large and unwieldy ship that’s been floating there since 1920, taking on more and more and more cargo, building more decks to accommodate it, recruiting more officers, all very comfortably cabined, usually at salaries far greater than their predecessors enjoyed and with a crew somewhat discontented and some a little mutinous, the ship rather sinking close to the Plimsoll line and the customers feeling they’ve paid too much for the journey and not quite sure where they’re going, or indeed who is the captain. And that may be a little unfair but it’s, basically I think, how a lot of people might see the BBC – basically, very unwieldy and very bureaucratic and less clear about what it should be doing.

(基本的に、BBCは変わってしまっています。まるで大きくて扱いが難しい貨物船のようになって、もっともっとと荷物を積み込み、それらを積み込むためにさらにデッキを増やし人員を増やし、その人たちは高額な給与を受け取る – 中略 – 客(つまり視聴者)は旅のために払ったお金が払いすぎとわかっていながら、どこに向かっているかも、誰がキャプテンであるかもわからない。このようにいうのは不公平かもしれません、でも、多くの人は現在のBBCを非常に扱い難く役所的な機関であり、BBC自身が何すべきかまるでわかっていない、とみていることでしょう)

 言葉をつむげる人って、本当にすごいと思います。これほど簡素で判りやすく、にもかかわらず深い深い響きのある言葉、英語でも日本でもまねすることすら出来ません。

 テレグラフが最も頁を割いた理由は、昨年の下院議員たちによる税金不正使用スキャンダル報道をきっかけにBBCの役員たちの高給と天井知らずの経費使用、かつ、一部のタレントに法外なギャラが払われていることをすっぱ抜いたことがあるからとも考えられます。でも、もっとも彼らが言いたかったのは、「コモン・センスは死んでいない」、ということを伝えたかったのかな、と。いつもはバレエ・ダンス評を書いているクロンプトン女史がこう書いています。

Here, finally, on the last day of the decade, was someone saying what so many people feel. This was the real voice of Britain, or at least Britain as it aspires to be: courteous, civilised, exasperated by incompetence and inefficiency, but proud of this country’s institutions and determined to preserve and strengthen them.

PD James and the BBC: Here at last was someone saying what so many people feel
http://www.telegraph.co.uk/culture/culturecritics/sarahcrompton/6920390/PD-James-and-the-BBC-Here-at-last-was-someone-saying-what-so-many-people-feel.html


 The Timesは記事の冒頭で、かつてPDJが彼女の小説の本質を表現したことを引用しています。

What the detective story is about is not murder but the restoration of order.

P.D. James attacks BBC over ageism and executive pay
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/tv_and_radio/article6972479.ece
(タイムズのリンクは、いつまで有効なのかわかりませんので、興味のある方は早めに印刷したほうがいいかと)

 ここで彼女が使っているorderを「秩序」とするなら、彼女が長年愛してきたBBCが失ってしまった「秩序」を取り戻すきっかけを、PDJはトンプソン氏に提供したかったのかもしれません。そのほかのリンクを以下に。

Baroness James, and her killer instinct

http://www.telegraph.co.uk/comment/personal-view/6924203/Baroness-James-and-her-killer-instinct.html

PD James attacks BBC's 'overwhelming burden of bureaucracy'

http://www.telegraph.co.uk/culture/tvandradio/6917252/PD-James-attacks-BBCs-overwhelming-burden-of-bureaucracy.html

PD James accuses 'unwieldy, bureaucratic' and wasteful BBC of losing its way
http://www.telegraph.co.uk/culture/tvandradio/6915329/PD-James-accuses-unwieldy-bureaucratic-and-wasteful-BBC-of-losing-its-way.html


 推理小説がらみでもうひとつ。元日の夜に、民放のひとつであるITVで、ミス・マープル・シリーズのひとつが放送されました。取り上げられたのは、マープルものの初期の作品、「魔術の殺人(They do it with mirrors)」。実は、マープルものではこれだけ読んだことがなくて、こんな物語あったかな?、と思いながら観ていました。でも、面白かったです。特に、マープルを演じたジュリア・マッケンジーという方がイメイジにどんぴしゃだったので。でも、翌日電話で話したある友人は、マッケンジーには大変失望したとのこと。ま、イギリス人にとって、誰がポワロ、マープル、ホームズを演じるかはいつも喧々囂々。日本で言えば誰が水戸黄門を演じるか、実写版のサザエさんは誰がいいか、それと同じだと思います。

 PDJレンデルの仙人二人は、自身の作品のテレヴィ番組化をお気に召していないようです。

 レンデルいわく、

They(番組制作者)put a car chase in all of mine. There is no reason for a car chase but everyone likes one. In the end, you do not care.

 こんなこと、日本の作家はいえるんでしょうか?ま、PDJレンデルも、もはや仙人。自分の創作意欲のためだけに書ける人に怖いものはないことでしょう。

P.D James and Ruth Rendell reveal dislike for TV adaptions of their books

http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/article6871835.ece


(ルース・レンデル)

Nikkei on -5/Jan/2010

2010.01.05


*著作権は、日本経済新聞社に帰属します。
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