LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2010年07月の記事一覧

素晴らしき哉、自転車ライフ:バークレイズ・サイクル・ハイヤァ

2010.07.31
ロンドンの貸し自転車制度、バークレイズ・サイクル・ハイヤァ、が昨日30日に始まりまりました。最初に書いておくと、とても楽しいです。「楽しい!」、と日本にまで電話をかけまくっているくらい、ロンドンを自転車で走る醍醐味を満喫しています。

 この計画が発表された当初からは予定が変更されて、30日から自転車を利用できるのは年間のメンバーシップを払って、アクセス・キィを持っている人のみで、旅行者等が手軽に利用できるのは8月下旬、もしくは9月上旬までずれ込むということが発表されました。この変更は、おそらく起こるであろう争奪戦と混乱を前に自転車を乗り回すいい機会だと思い、25日、土曜日に早速オンラインでメンバーシップを払いました。これ、ちょっと紛らわしいですが、アクセス・フィーが£45で、プラスアクセス・キィが£3-なので、合計£48-。更に、このメンバーシップ・フィーの支払いは、イギリスで発行されているクレディット・カード、もしくはデビット・カードのみとの制限がついているようです。

 で、29日までに届けば立派と思っていたところ、火曜日にはすでに手元に。29日の夜に、オンラインでアクセス・キィのアクティヴィエイションを済ませました。あけて30日、近所のドッキング・エリアに行ってみた所、昨夜にはなかった自転車が十数台、すでにスタン・バイ状態。いそいそとアクセス・キィをスロットに差し込んだところ、利用不可の赤のランプが点灯。他の数台で試しても利用不可で、「これがイギリスの標準だよな」、と思いつつもどうしても初日に試してみたかったので、サポート・センターに電話し増した。予想に反して電話はすぐにつながり、対応してくれたのは、思うにこれまでカスタマー・ケアなんてしたこともないであろう若い男性。失礼というのではなくて、緊張感が全くなし。彼に、アクセス・キィが動作していないようだと伝えたところ。

Your key has been activated and it seems OK. How many time did you try?

What do you mean?

I mean you would try your key at the different docking places. It may take longer time.

What?

It might work, it might not work. If not work, please let us know. We will replace it at free of charge.


 「初日なんだから、文句言わないで何度か試してみてよ。問題があれば無料で交換するし」、怒るというよりもここはロンドン、ということを改めて実感しました。ま、そういうなら試してみようじゃないかということで、2箇所目。そこも、だめ。そして3箇所目にしてやっと緑のランプが点灯し、自転車をドッキング・スタンドから離すことに成功しました。

 ここからがまたどきどき。というのも、最後に自転車に乗ったのは、20世紀。脳神経心理学の講義の中で、「水泳や自転車のこぎ方(日本人だと箸の持ち方も入るでしょう)は、どんなに時間が空いても体が記憶しているものだ」ということを聞きましたけど、いざ十数年ぶりとなると、やはり不安が。こんな公道のど真ん中でこけたらどうしよう、と。更に、久しぶりに、自分の体が日本人のそれであることを実感させられました。自転車がでかいんです。サドルの位置を一番下に下げてやっとつま先がつくくらいですし、なんか、ハンドルのもち手の間も日本人には広いような。
 サドルの位置を調節し、深呼吸してからペダルを踏むと、ナノ・セカンドふらついたもののあとは軽やかに。自分の庭と称しているエリアなので、交通量が激しい通りを避けて裏道をのんびりこいで回りました。丁度昼時で天気もよかったので、パブやカフェの前を通るたびに、「How is it?」とか、「Is it OK?」等の声がかかり、広告塔よろしく、「It is worth. Try it!」と。
 昨夜は、バレエを観た帰り道、途中駅で下車して夜のサイクリングも試してみました。できる限りバスが走るところは避けたのですが、一箇所だけどうしても通らなければならないところで、折り悪くバスに遭遇してしまい、そこはやはり怖かったです。バスが過ぎるまで路肩に止まりました。また、これは昼夜関係ないですが、ロンドンの道路のコンディションの悪さを改めて知りました。夜や雨天時のサイクリングはけっこう危険かもしれないです。自転車は3段ギアになっていて、なれれば乗りやすいですが、重いです。これは、盗難やいたずら対策のためかと思います。

 もちろん、観光向けの利用も考えられてはいるようですが、基本的にこの貸し自転車制度は、短距離の移動を主に想定していることは覚えておくべきだと思います。ロンドン交通局の課金情報の頁をご覧になれば一目瞭然ですが、最初の30分は無料、一時間の利用も1ポンド。しかし、最大利用の24時間だと£50-にはねあがります。

http://www.tfl.gov.uk/roadusers/cycling/14811.aspx

 今日利用して発見したことの一つ。それなら、30分ごとに乗り継いでいけばいいじゃないかと思って、あるドッキング・スタンドに自転車を戻し、その隣の自転車をすぐに利用しようとしたところ、利用不可の赤いランプが点灯。同じところからすぐに借りるのはだめなのかと思い、それほど離れていない別のドッキング・プレイスに行っても同じ状況でした。推測するに、一度自転車を戻すと、最低30分は次の利用ができないのではないかと。

 最初に書いたように、本当に面白いです。歩くことは大好きですが、いつもと同じ道路が自転車から眺めるだけで全く違った表情を見せることは新鮮な驚きです。また、たった30分弱のサイクリングにもかかわらず、乗り終わると膝の筋肉に力が入らなくて、歩行困難に。どれだけ運動不足なのやら。なので、起床して天気がよければ、近所を乗り回して一汗かいて一日を始めるのも良いかなと思います。前ロンドン市長、ケン・リヴィングストン氏の天敵ジャーナリストとして知られる、アンドリュー・ギリガンという記者がいます。以前はイヴニング・スタンダード紙の著名コラムニストでしたが、ロシア人億万長者に買収された同紙にさっさと見切りをつけて、今では保守のテレグラフ紙のコラムニストになっています。
 そのギリガン氏、スタンダード時代に自転車通勤を始め、数ヵ月後には、まるで別人のごとく爽やかな痩身に。

AndrewGilligan460.jpg
(before)


andrewg460x276.jpg
(after)

彼のようにはいかないでしょうけど、この自転車制度を利用することで、ロンドンを新発見、且つ運動不足解消の一挙両得を目指せれば、メンバーシップの元は十分に取れそうです。おそらく、誰もが利用できるようになると、そこここで混乱がおきる(ロンドンはサイクリスト向けの都市ではないですから)ことは火を見るより明らかなので、それまでせっせと利用するつもりです。

London saddles up for new bike hire scheme
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-london-10810869

Cycle hire scheme launched in London
http://www.guardian.co.uk/uk/gallery/2010/jul/30/cycle-hire-schemes-cycling

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同じなのに、同じでない:エイジ、ジェンダー、セクシャリティ

2010.07.27
今年前半、英国ニュースダイジェスト誌のニュース・コラム、「ウィークリィ・アイ」を書く機会があったとき(http://www.news-digest.co.uk/news/content/view/6117/265/)に、ひとつとても興味を惹かれ、かなりの資料を集めたものの、なんとしても書けなくて諦めたものがあります。それは、ヴァチカンにまで広がった、英国国教会内部の揉め事でした。
 その揉め事とは、女性をビショップに任命するかどうか、というもの。女性ビショップ任命の動きがでるたびに、教会内のトラディショナリスト・ビショップたち(もちろん、全員男性)は猛烈に反対し続けています。今年の冬、その強硬派の中で影響力が強く、教会内の順位が高いいく人かのビショップたちは、カンタベリー大司教のウィリアムズ博士を通さずにヴァチカンと接触。アングリカンを離脱したらローマン・カソリックに受け入れてもらえるよう交渉し、法王もゴー・サインを出したとの報道でもちきりでした。
 もちろん、女性ビショップ反対派への抗議意見もきちんと報道されました。その中で僕が驚いたのは、女性信者のある意見。確かテレグラフ紙に短いコメントとして書かれていたものだったと記憶していますが、「私は、彼女たち(女性司祭)の人間性を疑っているわけではないわ。でも、ビショップは女性ではだめなのよ」、と。
 宗教が人々に心のよりどころとなる機能を果たしていることは認めるものの、僕個人は常に、「人間が先であって宗教が先ではない。宗教が人間を生み出したのではない」、という位置。もちろんこの位置づけに、学問的な裏づけはないです。それでも、どうして人間が生み出した宗教が、その人間を性別で差別するのかに対しては、言いようのない窒息感をいつも感じます。
 この話題を書こうかどうか迷っているとき、イギリス人の友人たちの意見を尋ねたところ、大体が「やめたほうがいいよ」。で、僕自身、書くのはやっぱり無理かと思いつつ、最後に研修仲間の女性(イギリス人)に、アングリカン内の性別・セクシャリティによる区別についてどう思うかを尋ねてみました。曰く、「この騒動が気になるのは、あなたが『外国人』だからでしょ。あなたが、区別について敏感になるのは判るわ。でも、上手く線引きできることではないけど、私は、私たちが生まれたときにはすでにその宗教があった、という事実が考慮されるべきだと思う」。
 そのときは彼女が言わんとすることは判ったような気がしたのですが、過去数週間、再びアングリカン内で起きた、同性愛であることを公言している男性を、あるランクの高いビショップ任命の選考リストに入れて落とすということを強硬派がしたというニュース。

Gay bishop for Southwark 'will split Church of England'
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/05/anglican-church-bishop-southwark-gay

 渦中のジェフリー・ジョン氏の支持者は、「落とすために彼の名前をリストに加えるとはどういうことだ」、と怒りの声を挙げていますが、僕もその怒りはもっともだと。

Archbishop warns against delay over women bishops
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/12/archbishop-delay-women-bishops-canterbury

Guardian12Jul10.jpg
(7月12日にガーディアンから)

 そんな区別・差別についてもやもやした気持ちでいたときに読んだ特集記事には、頭をがつん、と。

So, I had a sex change
http://www.telegraph.co.uk/relationships/7867780/So-I-had-a-sex-change.html

 性転換をした三人の方がインタヴューに応えているもの。彼ら3人の人生を、したり顔で語れるなんてことはできません。が、ひとつ、僕の目の前に常にありながら気づきたくなかったであろう、二重、三重と複雑に反転した性差別があることを気づかせてくれた言葉。

I consider having been raised as a boy to be a significant advantage in business. It has not only given me an unusual outlook, but put me at a huge advantage, because I was brought up to be confident business-wise, and technologically inclined. My schooling was completely different to my sisters’; I was pushed much harder in different areas. A lot of the women I meet who want to go into business have all the skills but lack the confidence, which is also partly why many women in IT are still disadvantaged; they are paid a staggering 23 per cent less than men in the IT sector. (By Kate)
 (今は女性だけど)男の子として育てられたのは、会社経営者としては得がたい有利なことだった。私の妹と違って、さまざまな分野でたくさんのことを経験することができた(男の子のだったから)。私の周りにいる女性会社経営者はスキルはあるものの、(会社経営者としての)自信が欠けている。

 「エー、女性でいることって、そんなに不利なのか?」、ということを選択に偏りが有ること承知の上で、ビジネスコンサルタント会社を経営するスコットランド人の友人(二人の娘の母)に言ってしまったところ、「社会心理学を専攻して、カウンセリングに従事している人がそのことをきちんと理解していなかった、というのはまだまだね」、と切り返されました。

 支離滅裂になってきましたが、もうひとつ。年齢。イギリス推理小説界の仙人、P D Jameshttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1133.html)。来月、90歳の誕生日を迎える彼女が、現代の技術革新の速さに高齢者は有無を言わさずに置き去りにされているのではないか、という懸念を率直に語っています。また、道徳観の変遷についても言及しています。とても平易な英語なので全文は翻訳しませんが、一箇所だけ。

PD James 'frightened' by pace of technological change
http://www.telegraph.co.uk/culture/books/ways-with-words/7884086/PD-James-frightened-by-pace-of-technological-change.html

Baroness James has admitted that she is frightened by the “horrifying” pace of technological change brought about by the internet.

Older people who struggle to use computers are being left behind by society at a time when everything from shopping to booking tickets is being moved online, she warned.
“I think what’s a bit horrifying and frightening is the speed of it. Even with my writing – I started with an old typewriter, then my secretary had a word processor and now, of course, she’s got a computer. Every week some marvel is unveiled,” she said.

“It’s awful, really, because when you get to the age of 90 you can’t really use a computer. I can check my emails but not much else. There’s a world out there and you can’t understand it, and it’s happening very quickly.

“My generation now, over and over again we are told to get online. I have a friend who was going to Yorkshire by train and went to King’s Cross to buy her ticket.

"There were posters up: ‘Silly Cecil got his ticket by coming to the station and buying it. Clever Clive bought his online and got it for half price’. Well, I don’t think there are many over-75s who can go online to do that. Why should we have to pay 50 per cent more for our ticket?”

(キングス・クロス駅にはポスターが張られていた。「愚かなセシルは、彼の切符を駅に来てから買った。賢いクライヴはオンラインで購入したので半額だった」。私は、オンラインで切符を購入する75歳以上がたくさんいるとは思わない。どうして(同じ切符を買うのに)、5割も余計に払わなければならないのか?)

Baroness James said her 1920s childhood was little different from Victorian times. “Excepting transport, generally life was very much the same. Food was eaten in season, for example. It’s entirely different now, in quite a frightening way.

“Morality hasn’t caught up with our technology. We are very clever, perhaps too clever for our own good. It’s a world where people don’t feel quite at home. Perhaps that’s why people like a nice, cosy detective novel from the 1930s, an Agatha Christie – there was a more assured morality then, where people knew the place they lived and were at home with it.”

 以前、ある友人とメイルを交わしたとき、その友人曰く、結局コインの表にいることができるのか、コインの裏側に回ってしまうのかで多くのことが変わってしまう、と。

 自分自身のままでいようとしているだけなのに、裏側になってしまう。年齢を重ねるという、今のところ誰一人として抗えない、変えることのできない体の営みの結果としていつの間にか置き去りにされる。個々人の人生を、ひとつの型に無理やり押し込めることは難しい、ということでまとめになるかどうか。

マリルボーン・ファーマーズ・マーケット

2010.07.27
昨年10月の好天のときに撮ったマリルボーン・ファーマーズ・マーケット(http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157622566527989/)。夏の情景も記録に残しておきたかったのと、2週間に一度ここでアメリカン・パイのストールを開いているパメラが、「今年は天気がよすぎて売れないのよ」、とこぼしていたので微力とはいえ宣伝してあげようと思った。そしたら、25日はパメラは病欠。

 折角カメラを持っていったので、よく利用する店を紹介。

TheButcher.jpg

 この肉屋、Old Hall Farmはここの世話役のような存在。且つ、おそらく写真を撮られることには慣れているのでしょう、素晴らしい営業スマイル。屠殺処理以外はすべて自分たちでやっている、ということなので品質にはものすごい自信を持っているようです。8月のお勧めは、牛フィレだそうです。

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 イモしか売っていないけど、その多様なイモを見るだけでも楽しいのがここ。どんなイモ料理を考えていると伝えると、即座にそれにあった種類を見つけてくれる。このシャイなおじさんは生産農家の販売を手伝っているだけで生産には加わっていないとのこと。ケントの農場で生産されているこのイモを購入できるのは、ロンドン・ファーマーズ・マーケット内のさまざまな政治的駆け引きにより、ロンドンではここだけ。

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 10時半までに行かないと、大物がほとんど売切れてしまうほど、行列が途切れない魚屋。推測だけど、営業開始時間の午前10時より前には、販売してはいけないという規則があるようで、営業開始を待っている人たちの行列とは別の行列ができていて、おそらく常連向けの予約販売もやっているよう。自分では絶対に作れないフィッシュ・パイが食べたくなると、ここで購入。ドレス・クラブもいけるかな。

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 夫婦なのか、雇われなのかよく判らないこの二人が中心になって切り盛りしている八百屋、兼花屋。イギリスに来て、折角だからウィンドウ・ボックスやハンギング・バスケットを飾ってみたいけどどこに頼んでいいのか判らないという方は、この二人に相談してみるの一考かと。

CilternSt1.jpg

 ペイカー・ストリートの一本裏にあるのが、チルターン・ストリート(Ciltern Street)。ここにある、使われていない消防署の前に、ココリーノhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1115.html)が新しくカフェをオープン。天気がいい日曜日、店先のテイブルで無人の通りを眺めながらお茶をしていると、ロンドン中心部とは思えない静寂が嬉しくなる。ちなみに、この消防署跡はすでにアメリカのホテル経営会社が買収していて、数年後には知る人ぞ知る隠れ家ホテルとして売り出したいらしいとのうわさ。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157624579708410/


ロンドン・レンタル自転車の準備状況

2010.07.25
7月30日に正式に始まる予定の、ロンドン交通局による貸し自転車制度「Barclays Cycle Hire」(http://www.tfl.gov.uk/roadusers/cycling/14808.aspxhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1211.html)。現在、ロンドン各所に順次設置場所の整備が進んでいる。

PaddingtonStreet.jpg
(ベイカー・ストリートに近い、Paddington Street)

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(マリルボーン・ハイ・ストリートの北側、コンラン・ショップがあるところの角)

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(サイン・ポストには近隣の観光情報も掲載されている)

 現状では、30日には正式稼動するものの、利用できるのは年間のメンバーシップ料金を払い、アクセス・キィを持っている利用者のみとの報道。実際、メンバー登録はしたけど、30日までにアクセス・キィが届くかどうかは不明。でも、楽しみだ。交通量の多い道路を走る勇気はないけど、リージェンツ・パーク周辺を自転車で走ったら気持ちいいだろうと思うとわくわくする。次の課題は、ヘルメットが見つかるかどうか。

ミハイロフスキィ・バレエ:ラウレンシィア(Laurencia)

2010.07.25
BBCのプロムスが始まり、ボリショイ・バレエのロンドン公演も始まり、更にイギリスのあちらこちらで夏の文化イヴェントが重なり、ファンにとっては日程的にも、経済的にも大いに迷う中、来ることすら知らなかったミハイロフスキィ・バレエによる「ラウレンシィア」というバレエを20日に観てきました。「ミハイロフスキィ・バレエって、何?」と思う皆さん、僕も同じです。で、バレエに詳しい友人に尋ねたところ、以前はレニングラード国立バレエ団という名前だったそうです。日本ではかなり公演をしているようです。
 バレエに詳しい別の年長の友人に、このバレエは観ておいたほうがいいよといわれるまで、存在すら知らなかった「ラウレンシィア」。物語の大筋は、Lope de VegasFuente Ovejunaという物語とのこと。振り付けは、Vakhtang Chabukiaini(以下、茶武器兄、もといチャブキアニ)で初演は1939年、キーロフ・バレエだったそうです。これを、ミハイロフスキィの現在のバレエ・マスターである、Mikhail Messereが再構築したものが、ロンドン公演に先立つ今年の6月5日に上演されたとのこと。

Laurencia: Irina Perren

Frondoso: Denis Matvienko

Jacinta: Oksana Bondareva


Laurencia-006.jpg
(ガーディアンから拝借。第二幕第三場。写っているのはペレンではありません)

大まかなあらすじ
第一幕:Fuente Ovejunaの村人たちは、将軍を待っている。ラウレンシィアと彼女の恋人フロンドソは、楽しげに踊っているものの、ラウレンシィアは恋にまだ本気ではない様子。そこへ、将軍一行が到着する。村人の期待とは反対に、将軍はとても威圧的。村民の歓待には応えず、美しいラウレンシィアを我が物にしようと村民を追い払うが、ラウレンシィアは機転を利かして逃げる。村の娘の一人、ジャシンタは将軍の部下たちにいたぶられ、ぼろぼろの姿で村人たちの前に戻ってくる。

第二幕:ラウレンシィアとフロンドソの結婚に沸き立つ村人たち。そこへ、怒り心頭に将軍たちが現れ、フロンドソは牢に連れて行かれ、ラウレンシィアを力づくで連れ去っていく。村人たちは集まるものの、恐怖で何もできない。そこへ、ぼろぼろの姿で戻ってきたラウレンシィアは男たちを鼓舞する。手に手に武器を持った村人たちは城へなだれ込み、将軍を倒し、フロンドソは牢から助け出される。

 第一幕は二部構成、第二幕は三部。第二幕一場までの印象は、「ジゼルの第一幕とドン・キホーテをくっつけて、カルメンのスパイスをふりかけみました」という感じでした。実際、ジャシンタとラウレンシィアが手籠めにされて村に戻ってくる場面は、ジゼルの狂乱の場にそっくり。踊りのピークは、第二幕第一場の、結婚の場。主役二人のヴァリエイションの難易度の高さは、並みのプリンシパルでは歯が立たないであろうほど。イリーナ・ペレンとデニス・マトヴィエンコのソロが終わるたびに、会場からは大喝采。
 舞台の雰囲気は、第二幕第二場、ラウレンシィアが村民たちを鼓舞するところで一転し、ロマンティックな印象から言ってみればヴェリズモっぽくなります。そして将軍を倒してからは、主役二人を含む村民すべてが舞台で勝利に沸き立つ踊りで終わるというもの。印象は全く逆ですが、ヌレエフ版の「ドン・キホーテ」の終わりのようでした。

 バレエ団の印象は、男性が弱い。逆に女性は、コールから主役まで見ごたえがありました。違和感があったのは、メイキャップ。ロイヤル・バレエではついぞ観たことのないほど強烈なもの。特に、女性、男性に関係なく、目の下に力強く引かれた直線は、凄く異様にうつりました。

 プログラムに掲載された、ジャシンタを踊ったボンダレヴァの写真はこれまで見たことないようなもの。腕組みして横目でにらんでいるんです。よく本人がそんな写真を認めたなというくらい、優雅さのない写真。更に、彼女の姿は、十数年前に観たジェニファー・ゲルファンドを髣髴とさせる、見た目とてもがっしりした印象でした。ところが、踊り自体はとても上手でしなやか。加えて、狂乱の場ので怒り、悲しみの演技は迫真もの。彼女が上のランクにいけるかどうかは、バレエ団がどうやって彼女の魅力をアピールしていくかにかかっているような気がします。

 マトヴィエンコは突出しすぎ。彼の技術が凄すぎて、バレエ団の男性ダンサーの印象、全く残りませんでした。

 ペレンの踊りを観るのは初めてでしたが、彼女の技術もまた、マトヴィエンコに優るとも劣らないほどの素晴らしいもの。前半、表情の作り方が薄っぺらな印象があったのですが、ボンダレヴァ同様、狂乱の場の表現力の深さには、彼女のジゼルを観てみたいと思いました。レヴューによると、実際、彼女の「ジゼル」はとても評価が高いです。

 チャブキアニによるバレエを観るのは今回が初めて。まだまだ、世界には観たことも、聞いたこともない面白いバレエがあることを痛感しました。ボリショイ・バレエの初日の翌日と、タイミング的にはとても不利な日程だったにもかかわらず、会場はほぼ満員。ロイヤル・バレエのダンサーを何人か見かけましたし、著名なバレエ評論家たちも大集合。観客もとてもこの演目を楽しんだようで、カーテン・コールは5回くらい続きました。今回のロンドン公演のトップに持ってきた「白鳥の湖」へは手厳しい評価ばかりでしたが、これと「ジゼル」はおおむね好評のようなので、数年後にはまたロンドン公演があるのではと思います。

Mikhailovsky Ballet: Laurencia
http://www.guardian.co.uk/stage/2010/jul/21/mikhailovsky-laurencia-review

Spartacus; Laurencia
http://www.guardian.co.uk/stage/2010/jul/25/bolshoi-spartacus-eno-laurencia

Laurencia / triple bill, Mikhailovsky Ballet, Coliseum, review
http://www.telegraph.co.uk/culture/theatre/dance/7902697/Laurencia-triple-bill-Mikhailovsky-Ballet-Coliseum-review.html

コミュニケイションの変質:フォースクゥエアとグラインダァ

2010.07.24
日本は猛暑・酷暑とのこと。ロンドン、数年ぶりに、最高に爽快な夏です。

 実売数が激減しているガーディアンhttp://www.news-digest.co.uk/news/content/blogcategory/18/263/)応援と、世界最大のソーシャル・ネットワーキング・システムのフェイスブックの登録者数が、世界で5億人を超えたという報道があったので。

 今週の金曜日、23日のG2(ガーディアンの付録紙)の巻頭特集は、iPhone等のスマート・フォンで使われるアプリケイションのひとつ、「Foursquare」についてでした。

How I became a Foursquare cyberstalker
http://www.guardian.co.uk/technology/2010/jul/23/foursquare


(ネットで見つけたもので、画面が何を意味するのかは全くわかりません)

 スマートフォンってなに?、という感じで僕が現在使っている携帯は、購入してからすでに4年。あと2年は使いたいと思っている僕には、この記事は技術的な観点からでは「未来の話ではなくて、現在の話なんですか?」というくらい先鋭的。どうして携帯電話ごときにここまできるのか、全く理解できません。
 なので、的外れになるかもしれませんが、記事を要約すると。スマートフォンの利用者が無料でダウンロードできるアプリケイションのひとつに、「Foursquarehttp://foursquare.com/)」というのがある。これは基本的に、同じアプリを使っている友人・知人同士が、今、どこで、何をしているかを共有するもの。フォーススクェアに入力した個人情報は、トゥィッターや他のSNSと連動させることができる(この時点で、僕の思考は止まります)。もちろん、個人情報は保護されている、はずだった。ところが。

Last month, a coding expert called Jesper Andersen managed to capture the details of 875,000 check-ins in San Francisco – currently, the global hotspot of Foursquare use – over a three-week period after noticing a privacy glitch in the "who was here" function which allowed him to monitor who had been checking-in to any location, regardless of the users' privacy settings.

 最も多くの人がフォースクェアを利用しているサン・フランシスコで、暗号の専門家が、(見ず知らずの)利用者が一日にどのような行動をとったかの情報を、簡単に入手することができた。記事の最後に掲載されていた、サイバー・ストーキングの経験談。1980年代、90年代の映画やSF小説で疑似体験したことが、すでに現実になっている、そんな怖さを感じます。

The night I was cyberstalked on Foursquare
http://www.guardian.co.uk/technology/2010/jul/23/cyberstalked-foursquare?intcmp=240

 完璧に保護されていると信じていた個人情報が、全く気づかないうちに未知の他者に共有される。共有されるだけでなく、どこかからずっと見られている。ある日突然、「1週間前、どこそこで、誰にあっただろう。昨日は、あのレストランに行っただろう。今は、カフェにいる」、なんてことを突然かかってきた電話で言われたら。

 記事によると、アンダーセンによって脆弱な情報保護システムを曝け出されてしまったフォースクゥエア社は、にもかかわらず小手先の変更をしただけだそうです。このような会社側の姿勢に対しての批判はもちろんあります。

"Many of these companies, such as Foursquare, are only paying lip service to privacy concerns," says Stamper. "Their motivation is growth. They need a critical mass of users to make their service more useful so they have to leave their doors open as much as possible.

"Privacy seems to be very low down their priorities. In theory, if every user knows the risks, this is fine. But they just don't. It's being targeted at 18 to 25-year-olds. Facebook was forced in the end to change its default privacy settings due to public concerns. Foursquare should do the same. Some people are even checking in when they're at home. Think of the implications. It's crazy."


 (フォースクゥエアのような)会社にとって、個人情報の安全性を検討することはプライオリティのトップではない。彼らにとって最も重要なのは、会社の成長であり、そのために、多くの利用者を惹きつける方策として(安全性を無視してまで)開かれていなければならない、というのが現実。もし、すべての利用者がその危険性を知っているのなら、いいだろう。しかし、利用者は全く(そのリスクを)知らない。

"Technologically, it's not a huge step, but, socially, it is huge. The big moral questions are being left to the app developers to answer at the moment. This is irresponsible. Users are being socially engineered into allowing this level of privacy invasion through the over-hyping of the benefits."

 技術的には大きなことではない。でも、道徳的には大きな問題だ。道徳に関する疑問へは、アプリケイション開発会社からは何の答えもないまま。利用者は、プライヴァシィへの侵略を許してしまっているままだ。

 道徳観が古いとか新しいではなく、「この行動は、道徳にかなっているのかどうか?」という、何か根源的なところを揺さぶられているのが現代なのか、という気がします。が、まだあります。

Grindr: a new sexual revolution?
http://www.guardian.co.uk/media/2010/jul/04/grindr-the-new-sexual-revolution

 ちょっとリサーチしてみたら、この記事、ヘラルド・トリビューンやジャパン・タイムズが使うなど世界的な関心を呼んだようです。内容は、男性同性愛者の皆さんが、セックスできる相手を手軽に簡単に探すためのアプリケイション、グラインダァの紹介です。僕の理解できる範囲の表現だと、「自分の携帯電話に存在する出会い系サイト」、とでも言うのでしょうか。記事の後半では、世界中で爆発的に利用者が増えているこのアプリが、既婚者マーケットに広げたらどうなるか?、というところまで分析しています。

 この二つのソフトについては、まさについ最近その存在を知ったばかりですが、僕の実際の生活にはかかわってこないことは確実。思うのは、このようなアプリに頼らないと、人間は他者とコミュニケイションを成立させることができなくなったのか?突き詰めて、現代において、コミュニケイションっていったいどんな喜び、もしくは苦しみがあるのだろう?

 丁度今日の午前中、ヴォランティア希望者のインタヴューをしてきました。もう一人のインタヴューアーが、休憩時間中にiPhoneを取り出したので、この二つのアプリのことを知っているかどうかたずねたところ、知らないし興味もないとのこと。同僚曰く、「そうだな、今25歳以下の年代って、彼らが物心つくころにはすでに携帯電話があり、インターネットがあった。だから、彼らにとっては別にたいしたことではないのかもしれないじゃないか」。それを引き取って、「That is true. It would be impossible for them to think about their life without mobile phones. It is also for us too convenient to go back」。

 ハリウッド映画の「マトリックス」が描き出した世界が来るのも、もはや遠くないのかもしれないと感じます。ここしばらく、ガーディアンの記事への依存度が高くなっているので、ガーディアンの購読者数が増えますように。

戸川純、ヤプーズの動画

2010.07.23
自分のため。

http://www.youtube.com/watch?v=7YWWWMZXcVY&feature=related
フール・ガール。この画像があったことすら知らなかった。奇蹟。

http://www.youtube.com/watch?v=0jYhU7y1e2w&feature=related
ラヴ・クローン。

http://www.youtube.com/watch?v=UKq2fdHlel4&feature=related
ヤプーズじゃないけど。

http://www.youtube.com/watch?v=kOAyMuMyB4A&feature=related
これ、著作権、平気なのかな。

http://www.youtube.com/watch?v=qIuUEE8S3eo&feature=related
こちらはゲルニカ。どこに保存してあったんだろう。

http://www.youtube.com/watch?v=6_yCb1NBmtM&feature=related
復興の唄。もう、30年近く前なのか。

http://www.youtube.com/watch?v=GCdsAWzGdBQ&feature=related
バーバラ。吉川さんのPCはいつのもの。

http://www.youtube.com/watch?v=qFA19tfP75A&feature=related
肉屋。

http://www.youtube.com/watch?v=hy4XHLNDR9U&feature=related
宇宙士官候補生。オネアミスを思い出す。

http://www.youtube.com/watch?v=NjceUcufKvg
彼が殴るの with Tricomi

http://www.youtube.com/watch?v=LP_eEd4yK6Q&feature=PlayList&p=2124E149F61FDE9B&playnext=1&index=1
赤い花の満開の下。励まされる、いつも。

 ライヴで聞く機会がなくて、一度は、シンプルなロックで聞きたいのは「鉄の火」。

凍てつく闇に燃え上がれ
愛は恐れ知らない
血吹き上げ宙へ舞い上がれ
神のみぞ知る運命
欲望の果ての惨事 終わりなく夢と変わる
鉄の火浴びて 鉄の火潜って
鉄の火で天に昇れ

裸の星がまたひとつ
愛の証 輝く
いとおしい女を照らし出せ
神のみぞ知る姿
欲望の果ての惨事 終わりなく夢と変わる
鉄の火浴びて 鉄の火潜って
鉄の火で天に昇れ

「僕はここで生きてる いつも君を見守っている」
鉄の火浴びて 鉄の火潜って
鉄の火浴びて twist of fate
「泣かないで 終わりじゃない 愛せるよ 今までよりも」

鉄の火浴びて 鉄の火潜って

移民という人種2:アメリカ・ウォッチ連動企画

2010.07.22
アメリカ・ウォッチ
http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmblog.html

先日、ミクシィの日記にIMFが日本へ消費税を上げなければ云々の報告についての感想を書いたとき、僕自身全く考えていなかったこと、でも、日本でもおきて当然だよなというコメントがありました。それは、税金が上がることで国内産業が冷え込み、競争力を上げている「発展途上国」に日本人が出稼ぎしなければならなくなるかも、というものでした。
 僕は、「ありえるよな」、としか考えられませんでした。日本人が国外に出稼ぎに出ることに、何か問題があるのだろうか、と。おそらく、「先進国」である日本に暮らす日本人が出稼ぎに出るなら「先進国」でなければ、という日本人らしい「恥」の概念があるかもしれません。でも、こんな混沌とした時代に、20世紀の概念である「先進国」と「途上国」の違いって何だろう、と。もちろんこれも、奇麗事です。僕だって、その「途上国」で働きなさい、といわれたら腰が引けることは確実。
 多くの人が共有しているとは思いませんが、有効求人率が低空飛行のままのイギリス国内からも就職活動を海外で、という動きがでているようです。

Graduates look overseas as jobs dry up
http://www.guardian.co.uk/money/2010/jul/10/graduates-overseas-jobs
 
 イギリス人の強みは、「英語ができる」こと。彼らはその点、本当に恵まれていると思います。英語礼賛ではなく、事実として、英語を話せる人種であることのメリットを最近、改めて考えます。とりわけ英語圏やEU圏に行くとなれば、英語を話せるほうが受け入れられやすくなるでしょう。
 でも英語を、現地語を話せなくても日本だって、昔、たくさんの方が海外に移住した歴史があります。今年の1月、ロンドンで公演をされた古典琉球音楽家の喜瀬慎仁さんと話す機会がありました。喜瀬さんによると、公演を行った各地で沖縄出身の人に会えたことで、沖縄が多くの人を世界に送り出し、その絆が今でも強いことを知ることができて嬉しかったとのこと。
 日本の経済状況が今向いている方向に突き進むのであれば、多くの日本人が再び海外に出て行くことはありえるのではないかと思います。もちろん、その理由はバブル経済のころとはまったく別のものになることでしょう。少子化問題、国内経済の先行き等のさまざまな要因はあれども、「移民」という存在を自分の生活として日本で暮らす人々が考えなければならない可能性はあるのではないかと考えます。

 ここまで書いてきてなんですが、僕は、自分が移民なのか、季節労働者なのか、長期滞在者なのか、よくわかりません。ただ、ひとつだけ、まだ自分が崖っぷちに立っていないな、と思うことがあります。それは、食事。
 外国にたくさん行っているわけではないですが、行った先々で和食を食べたいと思うことは殆どありません。ロンドンでも、誘われない限り自分から日本食レストランに行こうとはあまり思いません。なぜなら、日本に帰ればいくらでも食べられるから、と。5月に行われたイギリスの総選挙の前まではそう思う理由を深くは追求しませんでした。
 そう、日本に帰れれば。日本に帰れることは、「必然」ではなく「条件」。でもその条件が絶対に実行されると思い込んでいた自分。身体的、経済的、はたまた国際政治的な理由で、もう二度と日本に戻れないとなったら、「イギリスで日本食なんて食べる必要なし」、なんていっていられるだろうか?いや、言っていられないでしょう。醤油一滴、海苔一枚を求めてのた打ち回るかもしれません。念のため、毎日このようなことを考えているわけではないですから。


 総選挙後、連立政権は年間の非EU圏からの「移民(高度技術者を含む)」の数に上限を設定する動きに出ています。他方、中には首を傾げてしまう理由もありますが(たとえば同性愛を認めない国から、それを理由にしてイギリスに難民申請すれば受け入れられることになった、と最近の報道で読みました)イギリスに押し寄せる「難民」の数は増えるばかり。

specialreports_2edb.UK Net Legal Immigration
(ネットから。こうやって見ると、21世紀に入ってからの増加が凄い)

ImmigrationGuardian.gif
(ガーディアンから)

6月に、ガーディアンに掲載された母国に戻ることも、イギリス社会に受け入れらることも拒否されたイギリスで暮らす難民たちの生活のレポートには、僕のたわごとなんて跡形もなく吹っ飛ぶほどの衝撃を受けました。

The asylum seekers who survive on £10 a week
http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jun/16/asylum-seekers-survive-on-streets

 その前日には、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)による、世界の難民数が掲載されました。

http://www.guardian.co.uk/news/datablog/2010/jun/15/refugee-statistics-unhcr


 世界の人口から見て、4300万人が多いのか少ないのか。その一例ですが、EU圏へ難民として受け入れられるためにイタリアへの不法入国を目指したにもかかわらず、マルタ共和国に漂着したアフリカからの難民と地元民との軋轢を報告したものです。

Joe Sacco: Not in my country A tale of unwanted immigrants
http://www.guardian.co.uk/world/interactive/2010/jul/17/joe-sacco-unwanted-immigrants

 イタリアへ難民が押し寄せているのは友人のブログで読んだ事があります(http://fumiemve.exblog.jp/8293859/)。が、そこに書いてあったにもかかわらず、地中海の小国、マルタでこのようなことが起きているとはしりませんでした。マルタといえば、エリザベス女王夫妻が新婚時代を過ごした思い出の島、また人気・実力が高まっているテノール歌手、カレイヤの出身地。そんなことしか知りませんでした。

Immigration2Italy.gif
(BBCから)

 今月上旬、6年ぶりに会ったオーストラリア人の友人からこんなことを言われました。

 「オーストラリアは金融危機にも巻き込まれなかったし、今は移民の数を規制しているから(本当かどうか、僕は知りません)、イギリスに疲れたらオーストリアに移住すればいいじゃないか。君は一応英語を話せるから、審査も他の英語を話せない移民よりは楽かもしれないよ」、となんとも呑気なこと。友人曰く、6年ぶりに戻ってきたロンドンで、中東から来たと思しき夥しい数の人々に愕然としたそうです。いつ、誰がどの機会に言ったのか全く思い出せませんが、「ユダヤを飲み込んだ中国ですら、ムスリムを手なずけることはできなかった」、という趣旨の発言の意味を反芻する機会が増えている最近です。
 更に、友人は続けて、「今でも見かけるけど、(オーストラリアで)日本人は少なくなったような気がする。どうしてだか、理由を知っているかい?」。とりあえず、不況だからと当たり障りのない返答をそのときはしました。そのあとに思ったことですが、よい意味でも悪い意味でも、国外でどれだけ同胞を見かけるかによって、その国は少なくともアクティヴなのかどうかが判るのでは、という気がします。
 
 ここまで、なんともネガティヴなことを書いてきたことは承知していますが、イギリスで暮らす一人の外国人、日本人として思うのは、異国に出てみるのは興味深い経験だと思います。現在、海外で暮らすことは、その準備段階ですでに高い高いハードルがあります。内向きになっていると称される現代の日本人の多くの方は、そんな苦労をしてまでと思われるかもしれません。でも、一度、自分が生まれ育った国を外から見てみることは面白いことでないかと、今、ようやく思います。それは、国外に出ることには限らないと思います。日本国内で、生まれ育った街を離れるのは大変なことでしょう。次元が違うだけで、そこで起こるであろう精神的軋轢、疎外感、でも新しい発見というものは、基本的に根元は同じなのではないかと思います。移民問題、外国人(よそから来た人という意味を含めて)とのコミュニケイションは、日本がこれ以上避けてはいられないことではないかと思います。

 書き終わってみると、やはり上っ面をなぞっただけのものになりましたが、世界を動かすひとつの要因は移民ということを書いてみるいい機会になりました。

移民という人種1:アメリカ・ウォッチ連動企画

2010.07.22
「移民」と「人種差別」という問題、というか社会現象については、思うこと、経験することはたくさんあるのですが、いざ書こうとするとミクロからマクロ、マクロからミクロへとさまざまなことが多層的に複雑に絡まっているので結局自分の言葉にならないままで終わりそうといつも思っていました。そんなときに、「アメリカ・ウォッチ」を主催する松尾さんから、できればアメリカに関連することをロンドン発で書いてみませんかというお誘いをもらいました。

アメリカ・ウォッチ
http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/fmblog.html

 原稿に書いたことは、専門家から見れば点でしかないかもしれません。また、僕が書けることは、僕自身がロンドンで経験すること、見聞きすることに限られます。ということで、あくまでニュートラル、且つ僕個人の考えとして、「外国人」として生まれた国の外で暮らす生活から感じることを。また、「移民」という概念を、たとえば、イギリスで働き、暮らすすべての日本人が共有している、とはいえないと思います。会社内の異動でたまたまイギリスに赴任している人、勉強のために留学している学生たちが、彼ら自身を「移民」とみなすことはないのではないかと思います。英語にしても日本語にしても、「移民」と「外国人」という言葉の捉え方、自分自身とその意味との関連付けは、ひとつの考え方で縛られるものではないと考えます。

 「アメリカ・ウォッチ」に移民問題について書こうと思ったきっかけは、記事の後半で触れたアリゾナ州の「SB1070」です。この州法について知ったのは一般のメディアからではなく、音楽雑誌出版社のロッキング・オン社のウェブからでした。この州法に反対してロック・ミュージシャンが立ち上がったというもの。名前すら聞いたことがない人もいらっしゃるかと思いますが、「今」のアメリカを代表するロック・バンドのひとつに、Rage Against The Machineというグループがあります。

Rage Against The Machine wallpaper 1 (8)

親が子供に聞いて欲しくないロック・バンドのひとつとしても有名かもしれません。音楽的には僕の範疇からは少し外れるのですが、ここのギターが好きなんです。で、バンドのヴォーカリスト、ザック・デ・ラ・ロチャが同法の廃止のために立ち上げたのが以下のサイトです。

http://www.thesoundstrike.net/


 で、このサイト立ち上げの際にザックが寄せた文章の中で以下のものが、個人的にとても衝撃でした。

When Rosa Parks refused to give up her seat, they arrested her. As a result, people got together and said we are not going to ride the bus until they change the law. It was this courageous action that sparked the Montgomery bus boycott. What if we got together, signed a collective letter saying, "we're not going to ride the bus", saying we are not going to comply. We are not going to play in Arizona. We are going to boycott Arizona!
(同サイトのプレス・リリースより)

 21世紀も10年を過ぎて、このような文章が「自由の国、アメリカ」から発信されるとは予想もしていませんでした。でも、アメリカだけではないでしょう。移民への偏見、それに伴う新たな人種差別意識(racial profiling)が21世紀のThe Second Decadeにどのように変化していくのか、というのが僕個人にとって移民という現象のマクロ的な事象を考える発端です。

Arizona immigration battle turns bitter
http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/18/hispanics-flee-arizona-immigration-law


 日本で暮らしていたころは、「移民」という概念を自分の生活の一部として考えることは皆無でした。また、そのような機会がなかったといってもいいのではないかと思います。日本国内における「移民現象」である「出稼ぎ」を関連付けて考えることもなく、単に世界の「歴史」の一部としてしか見ることはなかったと思います。また、中学生、高校生のころに教えられたのは「人種差別」の歴史は白人と黒人のそれだけ、しかも黒人や白人も多種多様という事実を知ることはありませんでした。

 ロンドンに来てすぐに自分が「外国人」であることは実感していました。イギリスという国と、何のつながりもないわけですから。学生という身分だったころ、自分が「移民」として他者から見られることもありえることなど考え付きませんでした。そんな中で、「移民問題」を初めて自分の生活の一部として経験したのは、これだと思います。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-96.html

 ただ、このころは日本人コミュニティに属さず、また、ロンドンで知り合った友人も少なく、極端な話、社会との接点が希薄だったころなのでこれ以上のことを考えることはありませんでした。その後、カウンセリングの勉強を始め、ヴォランティア活動を続けていく中で、徐々に「ロンドンって、本当に多種多様な人種がいるんだ」という経験を積み重ねてきました。で、すでに何度も我田引水していますが、僕自身が「移民」として見られることを強烈に感じたのは、このときでした。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-50.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-70.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-71.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-72.html

 自分自身でこの点に行き着いたので、ショックを受けるなんてことはありませんでした。逆に、ワークショップや研修先で経験するレイシズムがもたらす影響や、どうして人は「外国人を差別するのか、するにいたるのか」を考え始めるきっかけでした。

もちろん、奇麗事だけではないです。実際は研修先で、初めて「外国人だから」と言う理由でクライアントから拒否されたときは、自分の存在って、何?、と。また、一般論としてですが、たとえば「白人VS黒人」の人種差別問題には、僕は加われません。当事者ではないのですから。石原慎太郎を倣えば、「三国人」であると感じます。同じ土俵に上がれないんですから。もう長くは表舞台にはいないであろう石原氏には、彼の人種差別発言は、回りまわって日本人にも戻ってくるということを知って欲しいものです。話しずれますが、人種差別を表す言葉といううものは、星の数ほどあるように感じた報道が、最近ありました。

Was it necessary to turn an insult involving coconuts into a criminal prosecution?
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/crime/7862137/Was-it-necessary-to-turn-an-insult-involving-coconuts-into-a-criminal-prosecution.html

 ブリストルの黒人女性が、24年前にイギリスに移住したインド人女性のことを、「ココナット」と呼んだことが人種差別に当たると。この場合、表は有色なのに、中は白い椰子のみになぞらえて、白人ではないのに白人の振りをするという人種差別語になるそうです。僕は、人種差別というよりも、マイノリティ同士が足を引っ張り合ってどうするのか、と脱力しました。

 続きます。

移民と社会福祉にまつわる一例

2010.07.21
週末、ロンドンは雨の予報。公園の芝生には丁度いいくらいの雨量になるといいな、と。

 最近、移民にかかわることへの関心が大いに高まっているので、その火が消えないうちに日本とイギリス両国で報道された、移民(大雑把な意味で)に関連した類似のことを、記事の添付という形で。

 まず、6月下旬に読売新聞をはじめ、幾つかのメディアが流した記事。

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20100629-OYT1T00630.htm

 大阪市は29日、同市西区在住の78歳と76歳の日本人女性2人の親族を名乗る中国人計48人が5月以降、次々に来日し、市に生活保護を申請していたことを明らかにした。

 うち32人はすでに受給を認めているが、市は「短期間での大量申請は不自然」として残りの対応を保留し、大阪府警、法務省とも連携して実態調査に乗り出す。

 市によると、女性2人は中国から帰化したといい、48人は子どもから高齢者まで、いずれも2人の介護を目的として入国した。5月6日~6月15日に在留資格を取得。外国人登録後3日~26日以内に西、港、大正、浪速、東淀川の5区に「仕事がなく、収入がない」として保護申請した。いずれも市内の同じ不動産業者が付き添っていたという。

 在留資格があり、要保護状態にあれば、生活保護制度を準用できるとの国の通達があり、市は「要保護状態にある」と判断して32人について保護費の支給を決定。現在は17世帯に分かれて市内に住んでいる。

 しかし、特定女性の親族を称しての中国人の大量申請には不審点も多く、市は「元々、生活保護の受給を目的に入国した疑いがある」として、6月7日以降の決定は保留。不正請求と断定された場合、32人の保護の取り消しを検討する。
(2010年6月29日14時11分 読売新聞)

 
 この日本で起きたこと、老齢の女性たちに悪気はなかったとしても、周りに制度を利用しようとした人物がいた、ということが問題なのではと思います。先週末、ロンドンで暮らすソマリアからの難民に、ロンドンでも有数の高級住宅地、ケンジントン区域にある£210万もの家があてがわれたというものです。

Somali refugee given £2.1million taxpayer-funded house owed £7,000 in rent on previous home
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1295601/Somali-refugee-given-2-1million-taxpayer-funded-house-owed-7-000-rent-previous-home.html

 日英両国とも、行政側の手続きについてまずは問われることだとは思います。でも、毎日齷齪(あくせく)働いて、最近では定年はどんどん遅くなり、年金受給なんて生きている間には起きないのではないというご時世.。納めている税金がこんな風に使われることを、一般市民は行政の不手際より、恩恵にあずかるこれらの人物への嫌悪感を真っ先に感じることを僕は否定できませんし、僕だってケンジントンにある豪邸に無償で住みたいです。
 イギリスでは、同様なことが、特にロンドンで多く起きていることも理由のひとつと思われますが、最近では、配偶者ヴィザで入国した人物は働けない、という規制が強まっているようです。特に学生ヴィザ。ここ数年、毎年のようにホーム・オフィスはヴィザの申請の仕方を変更・強化しているとのこと。移民は必要だけど、来て欲しくない人はこれからは断固入国お断り、ということなのではないかと思います。

ロンドンで、ヴァニラ・ショート・ケイキ@Lanka

2010.07.18
昨晩は、スコットランド人の友人宅で、夕餉に招ばれた。高校生の娘さんがメレンゲを作ったので、それをふんだんに使ったパヴァロワをたっぷりと食べたので、しばらく甘いものは必要ないと思った。

 あけて、今日、日曜日の朝は曇天。すっきりしない天気、慌ただしかった一週間、さらに駄目押しで今朝、不愉快なことがあったので、「こんなときこそ、ケイキだ。Lankahttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1176.html)に行こう!」、とマリルボーン・ハイ・ストリートにいたときに思い立つ。

 リージェント・パークを突っ切る最短、且つ最も起伏の少ないルートを歩いたとはいえ、思い立って25分後には、ついていた。物欲と食欲、どちらかで身が滅びるなら、確実に食欲。

 店に着くころには晴天になっていて、店内はほぼ満員。ケイキが入れられているガラス・ケイスの前のテイブルが空いていたので、そこに腰掛けようかなと思った刹那、ケイスの最上段にホールのショート・ケイキがあることに気づく。はやる心を抑えて、「これ、中は抹茶スポンジですか?それともヴァニラ・スポンジ?」。「ヴァニラです」。
 「ホールで食べてもいいですか?」という質問を飲み込み、切り分けてもらえることを確認した上で店内で食すことに。さらに、新作らしい「ストロベリィ・ムース」となんだかクリームの量が増えたような「モンブラン」も。相変わらず、プレゼンテイションは繊細で気が利いている。
 
 これまで何回か通って、ヴァニラ・スポンジのショート・ケイキは原則、注文によるホールでの販売ということを知っていたので、誰かの誕生日のときに注文してご相伴にあずかろうと思っていた。それが、偶然とはいえ、ふと思い立っていった日に食べられるなんて。

 だからこそゆっくり味わって食べればいいものを、あっという間に食べてしまった。感無量。ロンドンで、きちんとしたショート・ケイキが食べられる日が来るとは。
 僕の理想のショート・ケイキは東京のホテル・オークラのそれ(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-784.html)。比べることは無意味とは思いつつ、スポンジのエッジがちょっと硬めなのが気になったけど、瑣末なこと。生クリーム、スポンジ、イチゴが生み出す絶妙の味わい。おいしいショート・ケイキは日本が世界に誇れるものだと思う。
 
 ムースもモンブランも大変おいしかったのだけど、ヴァニラ・スポンジのショート・ケイキを食すことができた嬉しさは大きく、もうひとつ、という欲求に抗えなかった。二切れ目も、とても美味しかった。皿に盛られていたパイナップルのシロップ漬の味がさっぱりしていて、もうひとつ食べられるかなと思ったけどさすがにやめる。

 店を出ると、頭上には抜けるような夏の青空。からっとした風が吹き抜けるリージェント・パークをのんびり歩いて現実に戻る。

イギリス郵便事情:極々限定考察

2010.07.13
Post-box-in-Knaresborough-001.jpg
(ガーディアンから拝借)

今週は、ロンドンの夏も一休み(と思いたい)。適度なお湿りが、茶色になってしまったハイド・パークにはいいお湿りになればいいのですが。

 これまで、延々と郵便についての愚痴を書きなぐってきました(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-919.html)。昨年の秋に、いろいろ興味深い、且つ噴飯ものの記事を幾つか読んだこともあって、以下のようなものを習作を書いてみました。


郵便を出すのは泊りがけ


書留や小包を出すためには、泊りがけで町まで行かなければならない。いつの時代のどこの国の話と思われるだろうが、21世紀の英国において、このような状況に置かれる人が増えている。

 2007年、英国全土の郵便局を運営する「Post Office」社は、慢性的な赤字体質から脱却し経営体質を強化するために、全国で2500箇所の郵便局を閉鎖すると発表した。

 計画が実行される直前に閉鎖を免れた郵便局はあるものの、結果として約2200もの局が閉鎖された。ロンドン等の大都市圏でもいくつもの郵便局が効率化の名の下、街角から消えていった。しかしながら、この大規模な閉鎖計画によって、もっとも深刻な影響を受けているのは、地方で暮らす人々だ。

 イングランドのある村では、コミュニティの中心的存在だった郵便局が閉鎖された。その結果、最寄の郵便局は10数キロ離れた町になった。その町へのバスは一日に一往復のみ。車を持たない人々は郵便局へ行くときは、午後に町に戻るバスを利用するしかない。しかも村へ戻るバスは翌朝までない。小包を出すために、公共料金を払うために、町に一泊しなければならないのだ。

 郵便局閉鎖に反対姿勢を示すテレグラフ紙によると、1960年代には2万5千あった郵便局は、今ではその半分以下。社会や生活の変化、たとえばインターネットの普及も理由に挙げられるだろう。しかし、人と社会をつなぐ郵便局の役割を、効率が悪いという理由だけで切り捨てるのはコミュニティの衰退に拍車をかけるだけのように思える。



 結局、習作のままで、タイミングも逃してしまったのでずっと放っておいたのですが、最近、僕自身が住んでいる地域からそう遠くないロンドンのある地域、郵便番号が「W」で始まる地域の郵便事情が急速に変化していることを聞いたので。事情を書く前に、ひとつ説明。イギリスの郵便局は、ごぞ時の皆さんも多いと思いますが、「ロイヤル・メイル」と呼ばれる会社で説明されることが多いと思います。これは、大雑把に言うと、「アンブレラ・カンパニー」です。また、一応私企業ですが、株式の半数以上は、政府が今でも保持しているはず。

 この「ロイヤル・メイル」の下に幾つかの会社があるようですが、これから書くうち、郵便(航空便、船便、パーセル・フォース等々)の投函や切手の販売、年金受け取りや公共料金支払いの業務、そのほかもろもろの窓口業務を行う実際の郵便局は「Post Office Ltd」という会社が運営。パーセル・フォース以外の一般郵便の集荷・配達を行うのが「ロイヤル・メイル」ということになっています。

 先にあげた習作に書いたように、ポスト・オフィス社管轄の郵便局がどんどん閉鎖されているのは、地方だけでなくロンドンでも全く同じ。最近では、ロンドン中心部で「Post Office」の看板を見つけることも場所によってはかなり難しいことになっているのではと推測します。年金を郵便局で受け取る人たちは、ロンドンですらバスや地下鉄に乗ってとりに行かなければ、という状況になりつつあるようです。

 最近聞いたのは、「W1」を除く幾つかの「W」地域で、これまで地域の中心だった大きな郵便局に併設されていた「ロイヤル・メイル」社による郵便物の集荷・配達のオフィスを次々と閉鎖され、かなり遠い地域に一箇所にまとめられるというもの。これにより、郵便物の配達時間が、地域によっては午後遅くになることもあるであろうというもの。

 何だ、それだけだったらたいしたことではない、と思われる方もいるでしょうし、もしかしたらたいしたことではないのかもしれません。さらに、昔と比べることほど無益なことはないのかもしれませんが、たった10年前と比べてこの変わりようは凄まじいと思います。10年前ロンドンで暮らし始めたころ、ロンドン中心部の郵便配達は毎日2回。しかも午前便は、午前9時前にはきちんと届く。それが今では一日1回に減り、日によっては配達が午後3時なんてこともざらです。郵便物の集荷も同様です。10年前は、日曜日ですら2回、街角の赤いポストから郵便物を集めていて、翌日の月曜日にはロンドンだけでなく、イングランドのほかの地域宛に投函したものさえ配達されることが普通。今では、土曜日の午後12時までにポストに入れないと、週があける月曜日までポストに残されたまま。

 瑣末なことにこだわっているのかもしれません。でも、今でも多くの人々の暮らしの基本部分に深くかかわっている郵便や、そのほかの公共事業を、「効率化」という点からのみばっさりと切り捨てていくのは、納得いかないです。

Three rural post offices closed every week
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/4317457/Three-rural-post-offices-closed-every-week.html
(参考にした記事のひとつ)

ロイヤル・オペラ:マノン

2010.07.11

(第3幕。ガーディアンから借用)

7月7日に、新しいプロダクションであり、この9月、ロイヤル・オペラ18年ぶりの日本公演で上演されるマスネの「マノン」を観てきました。初日をご覧になられ方の感想です。

http://dognorah.exblog.jp/14647257/

 先に罰当たりなことを書くと。辛口のオペラ・クリティクから熱心なオペラ・ファンまで多くの方が大絶賛されているデ・グリューを歌ったイタリア人のテノールのヴィットリオ・グリゴーロ、そんなに大絶賛されるほどの歌手とは僕には思えませんでした。彼の声質が僕の嗜好から外れるということが一番大きな理由ですが、さらに感じたのは声がでかすぎ。「ヴェルディを歌っているわけではないんだからさ」と感じることは何度も。さらに僕の耳に致命的に聞こえたのは、というか聞こえなかったのは彼のフランス語の発音。フランス語を話すことも読むこともできない僕が、世界を飛び回るプロのオペラ歌手の発音がおかしいといっても全く説得力はないですが、ネトレプコを始め他の歌手の皆さんの歌や台詞はきちんとフランス語として聞こえました。が、グリゴーロからはフランス語をフランス語たらしめる抑揚や響きを感じることはほぼ皆無。ま、僕の耳なんてあてにはなりませんが。

 準主役から脇役にいたるまで、ロイヤルにしては芸達者を集めた舞台だと思います。が、ダントツはネトレプコでした。第一幕の素朴(無垢ではなかったです)な印象の少女から、自分の望む男、愛、金、富、セックスを手にして世界の頂点を極めた女性、そしてその頂点から奈落に転げ落ちても「マノン」であり続けた演技。残念ながら、風邪の症状が出始めたところだったそうで、歌は彼女の「最高」ではありませんでした。が、世界で最もギャラの高い歌手といわれても納得の演技でした。
 
 日本公演もあるし、さすがにキャンセルはしないだろうと淡い期待を持ちつつも、馴染みのないオペラでプリマ・ドンナがでなかったら何を楽しもう?、と。この「マノン」、ネトレプコがでる、ロイヤルでもすでに評価の高いロラン・ペリーによる新演出という割には、一般発売を前にしても、日によってはチケットの売れ行きが半分以下という状況でした。ということで、ネトレプコがキャンセルしたときの保険として観てみたいと思ったのは、パッパーノの指揮。で、売れ行きが芳しくなかったおかげで入手できたのは、マエストロの後ろ。パッパーノがノイズを発するのは知っていましたが、

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1040.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1209.html

オペラを愛するパッパーノの指揮振りを間近で見てみたい。どのようにオーケストラから音楽を引き出し、指揮台からどのようにして歌手、コーラス、オーケストラを統率してオペラをオペラ以上のものにしていくのか。予想したように、ノイズはありました。でも、全く気になりませんでした。なぜなら、彼がオペラを心から楽しんでいたから。彼の大仰な身振りもノイズも、舞台の一部として感じられらたことは面白い経験でした。ピットから去る前に、素晴らしい演奏をした団員たちと熱い握手を交わすパッパーノ。一部で熱血漢と称されているそうですが、納得の姿でした。彼の音楽監督しての契約は2013年までらしいですが、それまでにまた彼の指揮する姿を間近で観てみたいものです。

イドメネオ(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)

2010.07.11
ロンドン、今日も晴天です。この好天続きで、芝生が枯れてしまってハイド・パークは茶色になり、渇水の夏が予想されるイギリス。この国には、程よい、ということが少なすぎると思います。

 贅沢なこととであることは十分承知していますが、3時間を超えるオペラを二晩続けてというのは、けっこうつらいものがありました。まず、7月6日に、イングリッシュ・ナショナル・オペラによる、モーツァルトの「イドメネオ」を観てきました。

Idomeneo Paul Nilon; Idamante Robert Murray; Elettra Emma Bell; Illia Sarah Tynan; Voice of Neptune Pauls Putniņš

Conductor Edward Gardner; Director Katie Mitchell; Set Designers Vicki Mortimer, Alex Eales; Costume Designer Vicki Mortimer; Lighting Designer Paule Constable; Video Design Fifty Nine Productions


 同じ時期に、ロイヤル・オペラで「シモン・ボッカネグラ」に出演していたドミンゴによる録音があるので何度もCDでは聞いていて、これもまた舞台を観るのが楽しみだったオペラの一つ。長いからなのか、ダ・ポンテ三部作に比べると知名度が劣るからなのかは判りませんが、これもまた大幅なディスカウントのオファーがあったので行ってきました。が、現代風の舞台装置で、且つ、現代英語で聞くという違和感はぬぐいきれないままでした。あらすじは、こちらのリンクを。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%89%E3%83%A1%E3%83%8D%E3%82%AA

 まず、演出。ひどかったです。ガーディアンでぼこぼこに叩かれていました(http://www.guardian.co.uk/music/2010/jun/21/idomeneo-eno)が、設定を現代にしたところまでは許せたとしても、舞台の忙しなさときたら。歌手の皆さんが歌っている前後、左右をどこかのデパートのフロア・マネイジャーのように仕立てたコーラスの面々を、ひっきりなしに歩かせる趣向にはいらいらしっぱなしでした。イドメネオやイリアが見せ場のアリアを歌っていても、その場面にいる意味がない人物が舞台からいなくならないのは集中力がそがれてしまって。最悪だったのは、第2幕第2場。クレタ島の港が、フェリーのさびしい桟橋の待合所に。海神ポセイドンの怒りとの関連性を全く見出せませんでした。

 さらに、英語で歌われること。モーツァルトが作曲した、古代ギリシアの愛憎劇を基にしたオペラが現代ブリティッシュ・イングリッシュで歌われるというのは。イダマンテが「I can`t go」なんてとても明瞭に歌うと、オペラの歌詞は判らない方がいいなと改めて感じました。これは、僕個人の嗜好によるものだとは思いますが。

 歌手の皆さんは、素晴らしかったです。タイトル・ロールのイドメネオを演じたポール・ニロンは疲弊しきった印象が強かったですが、技術的には申し分なし。貪欲さと色気を思うがままに放出しまくりのエンマ・ベルは、他の歌手と比べて一人だけキャリアがちがうのも納得の歌唱と演技。意外と言っては失礼ですが、最も感心したのが、イダマンテを歌ったロバート・マレィ。ロイヤル・オペラ・ハウスの若手研修プログラムのメンバーだったころは、端役だろうが彼が歌いだすたびに、早く終われと思っていたものですが、立派なテノールになっていました。天才肌の歌手がいる一方で、こつこつと着実に成長していく歌手もまたいるんですね。

 ロイヤル・オペラがやらなさそうな演目を積極的に取り上げる姿勢には賛同するものの、英語で歌うことについては路線変更していもいいのではと思うのですが。

働けども、わが暮らし楽ならざり:エリザベス女王

2010.07.09
働けども、働けど 働けども、働けど
働けども、働けど 働けども、働けど

中略

労民は寓話と奇跡を信じる
労民は寓話と奇跡を信じる

と、「労働慰安唱歌」で歌ったのは戸川純

 この歌をご存知かどうかはもちろん判らないけど、バリバリ、バリバリ働き続けるのはエリザベス女王とフィリップさん。

 イギリス国民が、真夏の太陽を楽しんでいるときに、カナダ訪問の初日、エリザベス女王を迎えたのは、大雨。

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(デイリィ・メイルから)

Royal visit takes in tepees and muddy fields - but it's Canada, not Glastonbury
http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1290587/Queen-Elizabeths-visit-takes-tepees-muddy-fields--Canada-Glastonbury.html

 大雨と強風にあおられながらも、笑顔を絶やさず、花束を受け取り公務を全うする女王。でも、人間だから、顔にでてしまうこともあるだろう。たとえば、面白くもなんともないダンス。

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(デイリィ・メイルから)

Queen Elizabeth II not amused by Ottawa celebration

http://www.guardian.co.uk/uk/2010/jul/02/queen-elizabeth-ottawa-canada

Red letter day as the Queen and Prince Philip help Canada celebrate its birthday
http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1291374/Red-letter-day-The-Queen-Prince-Philip-help-Canada-celebrate-birthday.html

 秒刻みで進む行事。一息つく時間、午後のお茶でほっとする空白の時間はあったのかどうか。

The Queen tours Canada and celebrates the centenary of the Canadian Navy
http://www.telegraph.co.uk/news/picturegalleries/royalty/7862993/The-Queen-tours-Canada-and-celebrates-the-centenary-of-the-Canadian-Navy.html

The Queen pulls out all the sartorial stops on Canadian trip

http://www.hellomagazine.com/royalty/gallery/201007063815/queen-elizabeth/fashion/canada-visit/1/1/

 もちろん、一般の生活からすれば、凄まじい仕事量だとは言え、恵まれているように思われることが多いだろう。だから、衣装だって、必要であればリサイクル。

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(2009年。トリニダードの晩餐会で)

Toronto2010.jpg
(今回のカナダ訪問。トロントでの晩餐会)

Make do and embellish: How the Queen breathed new life into her favourite dress
http://www.dailymail.co.uk/femail/article-1292392/Make-embellish-How-Queen-breathed-new-life-favourite-dress.html

 カナダで終わりと思いきや、ニュー・ヨークに直行。国連で演説し、その足でグラウンド・ゼロへ。


(デイリィ・メイルから。このドレスは、いい感じ)

'Worst thing I've ever seen': Queen tells widow of her horror on 9/11 as she visits Ground Zero
http://www.dailymail.co.uk/news/worldnews/article-1292594/Queen-tells-widow-horror-9-11-visits-Ground-Zero.html


 「女王」という特異な、誰もがなりたくてなれる立場ではなく、明日、路頭に迷うことなどはありえないであろう暮らし。でも、80歳をゆうに超えてなお、国のために働き続ける女王。にもかかわらず、連立政権は、女王への年間予算の凍結を決定した。

 どうして?

 働いて、働いて、働いて、貪欲な銀行家や会社経営者のように巨額ボーナスを要求することもなく、さらに働いて、働いて、働き続ける女王。そんな女王に、その仕打ちはないんじゃないのか。

The Queen: what price a global superstar?

http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/theroyalfamily/7876310/The-Queen-what-price-a-global-superstar.html

 エリザベス女王に今年の12月、新たなタイトルが加わる予定。

One is delighted! Queen to become a great-grandmama as Peter Phillips announces wife Autumn's pregnancy
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1293168/Queen-great-grandmother-time-Peter-Philips-announces-wife-Autumns-pregnancy.html



(Hello!から)

消費税が上がらなければ

2010.07.06
「ロンドンでは」とか、「イギリスでは」といった「ではの守」にならないように。時差はあれども、7月6日の日英の主力新聞紙によるトップ記事のひとつはほぼ同じ内容のものでした。

Graduates warned of record 70 applicants for every job
http://www.guardian.co.uk/education/2010/jul/06/graduates-face-tougher-jobs-fight

就職留年7万9000人…読売調査推計
http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20100706-OYT8T00262.htm?from=yoltop

 長引く金融危機に疲弊して雇用が生み出せない両国にあって、大卒新人の就職活動は、就職できるかではなくて、職があるかどうかという状況になっているようです。

JobLosses.jpg
(ガーディアンのカトゥーン)

先月末に連立政権が打ち出した緊急予算案による支出削減・縮小がイギリス社会に及ぼす影響についての論議は尽きることはなく、公務員の大量解雇、希望退職時の一時支給金の大幅減額、年金受給年齢の引き上げ、警察官の削減、社会福祉支給基準の厳格化と支給額の減額、エリザベス女王への年間予算の凍結など枚挙に暇がないほど。著名な経済学者の何人かは、今回の緊急予算案のなりふりかまわぬ切捨て振りに警鐘を鳴らしています。僕は、連立政権が言う、「今は痛みを受け入れて、喜びはあとに」というのは理にかなっていると考える一方で、労働党政権がしてきたことを跡形もなく打ち消すことに躍起になっているだけのようにも感じられます。

 で、支出を減らすのと同じくして起こるのは、増税です。株式譲渡などにかかるキャピタル・ゲイン何とかタックスについてはよく判りませんが、誰もが仕方ないんだなと反対の声を挙げる気力もなく事実として受け止めているであろうことは、2011年の1月よりイギリスの消費税にあたる、VAT(Value added tax)が現在の17.5%から20%に引き上げられることです。


(ガーディアンから)

 ありていに言えば、税金が上がることは、仕方ないと思います。それしか、イギリスという「国」の現金収入が伸びることはほぼありえないわけですから。これまで多くの消費者が、「Buy now, pay later」カルチャーの虚像と踊ってきたイギリス一般市民からすれば、血肉を削られた上に、さらに骨の髄まで国に搾り取られて、「今は痛みを耐える時代」と自身を納得させることは、この現実こそ夢に違いないと逃避を試みるのではないかと嗜虐的に思ったりもしています。

 同様な経済状況であろう日本では、参議院選挙が近づいていますが、偏りはあることは確実ですが報道だけ読んでいると、現状は「増税反対」というお題目を唱えるところでとまっているように思えてなりません。税金が上がることは、誰にとっても大変なこと。でも、税収でまかなえない予算案しかない国がどうやって生き残っていくのか。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1185.html

 7月5日に朝日新聞のウェブに掲載された二つの選挙関連のニュースを読んで政党も有権者も、結託して現実を見ないようにしているのではないかと感じられてなりませんでした。

消費税10%発言、止まらぬ民主離れ 朝日新聞世論調査
http://www.asahi.com/politics/update/0704/TKY201007040331.html

「消費税反対で79年総選挙再来を」―共産・志位委員長
http://www2.asahi.com/senkyo2010/news/kotobaTKY201007050400.html

 消費税10%と発言したから菅首相は偉い、という気は毛頭ありません。誰かが言わなければならなかっただけであろうし、その誰かが偶然、菅首相だっただけに過ぎないでしょう。不安に思うのは、消費税率を「上げる」という発言だけで政党のよしあしを決める有権者が多いのではということ。消費税が上がるのは避けられない現実。それならば、増税を打ち出した政党や政治家が何をするのか、何ができるのかということを議論・考察するべき選挙なのではないか。

 僕は日本共産党を支持しています(幼少時からの刷り込みもありますし)が、今回の志位委員長の発言には、大変がっかりしました。共産党が長年にわたって「増税反対」を掲げているのは知っています。でも、共産党が本気で日本の国政にかかわりたいのなら、この大変換の時代に現実を見ないでどうする、と。国が破綻するかどうかのときに、「まずは党勢の拡大を」なんて小さいことを言っているようでは。「申し訳ないけど、路線を変換して増税します。しかし、増税によって、これだけは絶対に実現します」、というリスク・テイカーの気概が全く感じられません。「蟹工船」人気で党員が増えたにもかかわらず、昨年の総選挙で全く伸びなかった結果に終わったのは、この発言で納得です。

 政治が選挙が、祭りではなくて政に戻りますように。

文化予算大幅削減の影響はすでに:大英博物館

2010.07.04
6月下旬、リブーコン連立政権が発表した緊急予算案は、ごく一部の例外(医療費など)を除き国からの予算を大幅に削減するというもの。警察官が最大2万人削減される、その煽りでイギリスが直面するテロリストからの脅威が高まる等の国家危機管理に関するパニックから、年金の受給年齢の大幅引あき上げ、それに伴う「死ぬまで働け」、子供手当ての凍結等々、一般レヴェルにいたるまで大混乱を引き起こしている。
 僕個人としては、年金制度なんてどこの国でもすでに破綻しているにもかかわらず、その現実を受け入れたくないという逃避が世界を覆っている現状で、はるか昔に年金なんてもらえないものと割り切っている。だからこそ、死ぬまで働くことも、可能であるなら全く気にならない。

 こんかいのある意味ショック療法、というか労働政権が如何に駄目だったかを強調したいがためだけとも考えることができる今回の予算大幅削減で、最も大きく、さらに最も早く影響が出るであろう分野は文化だと危惧していた。そして、その通りだった。

British Museum early closing fears with cash cutback target

http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23851614-british-museum-early-closing-fears-with-cash-cutback-target.do

 7月1日のイヴニング・スタンダード紙に掲載された記事によると、緊縮財政の中、支出を減らすために大英博物館が、開館時間を短縮するという計画を検討しているというもの。端的に言えば、人件費、および光熱費の削減をまずして、人員削減は先延ばしにしたいということだろう。気になるのは、現在無料の入場料を有料にするということは現段階ではないが、将来は有料にもどることの可能性を否定していない点。

 年金という、いわば破綻した銀行(=国)が請け負う預金制度を頼れない、言い換えれば信頼できない以上、死ぬまで働くことはかまわない。今の時代、定職を得て、定年退職できるなんて人生の贅沢、どれだけの人が経験できるだろう。
 
 だからこそ、生活の中の潤いとしていつでも素晴らしい芸術・美術にアクセスできる制度は残って欲しい。今のイギリスのデモクラシィは薄っぺらなものかもしれないけど、文化・芸術を一般市民がアクセスできるようにしたのは本当に素晴らしいこと。
 今回の予算案、それに伴う影響によっては、芸術は再び一部の人のものだけになってしまう、そんな不安が日増しに強くなってきている。

念願の「真珠とり(パール・フィッシャーズ)」を舞台で:イングリッシュ・ナショナル・オペラ

2010.07.04
ロンドン、信じられないほど素晴らしい天気が続いています。いいことなんてめったに続かないロンドン、そしてイギリスで長く暮らしていると、この晴天を喜びつつ、「もしかしてこれからの5年分の晴天がこの夏で消費されてしまうのじゃないか」、と気を揉んでいる自分がいることも事実です。

 6月29日に、イングリッシュ・ナショナル・オペラによる「真珠とり(Les pêcheurs de perlesビゼー作曲)」をコリシアム劇場で観てきました。劇場が好きでない、外国語で歌われるオペラをわざわざ英語に翻訳しなおして歌われるのがいやだ、という理由でめったに観にいく気が起きないENOのプロダクションを観にいったのは、大幅なディスカウントがあったからではなくて、この「真珠とり」をオペラの舞台で観たい、という長年の願望が叶えられる機会を逃したくなかったからです。

 おそらく、2001年か2002年くらいのことですが、ラジオから流れてきた男性二人によるデュエットの美しさに魅了され、オペラの師匠に速攻で問い合わせたところ、ビゼーの「真珠とり」の中で歌われる「Au fond du temple saint (神殿の奥深く)」であろうということでした。

http://www.youtube.com/watch?v=dWZqg-Te97s&feature=related
(これを書くに当たっていろいろ探した中で、個人的に一番好きなコンビネイション)

 その回答を頼りに、メトロポリタン・オペラのガラ・コンサートのCDの中にアラーニャとターフェルによるそれらしきデュエットがあったので購入したところずばりでした。その後、往年の名テノール、ニコライ・ゲッダ等の録音によるCDで全編は何度も聞いていたものの、コンサート形式ですらロンドンではほとんど上演されることはなく、諦めかけていたところでENOが上演することになった、と。ちなみに、あらすじはこちらを。バレエ・ファンの皆さんには、「ラ・バヤデール」に通じるものがあるのではないかと思います。三角関係の男女比率は逆ですが。
http://www.d3.dion.ne.jp/~rulicon/perles.htm

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9C%9F%E7%8F%A0%E6%8E%A1%E3%82%8A

http://www.guardian.co.uk/books/2010/jun/18/digested-opera-pearl-fishers-bizet
(これはガーディアンの現代風の解釈)

Leila Hanan Alattar;
Nadir Alfie Boe;
Zurga Roland Wood;
Nourabad Freddie Tong

Conductor Rory Macdonald;
Director Penny Woolcock;
Set Designer Dick Bird;
Costume Designer Kevin Pollard;
Lighting Designer Jennifer Schriever;
Video Design Fifty Nine Productions;
Movement Director Andrew Dawson


 
 不満だった点を書くと。やっぱり、英語で歌われる、ということ。ENOの翻訳は評価は高いのですが、今回の舞台では、歌われるアリアと旋律が微妙に乖離している印象を幾度も持ちました。それと、おそらく歌われる内容を伝えようということがあったのではないかと推測しますが、妙に判り易い英語で、それが逆にとても耳障りでした。言い換えると、僕はオペラを観るときは旋律と歌手の声に集中します。極端ですが、歌われる内容にまで気を回したくない、というのが基本姿勢。なので、歌われている内容が耳に入ってきてしまうと、脳に余計な情報処理が加わるのが煩わしかったです。
 不満ではなくて、面白いなと思ったのは、観にいった日には手話通訳者(女性)による同時通訳が入っていました。目触りなんてことは全くなくて、オペラ全編、約2時間にわたる手話通訳者の熱演には感心しました。カーテン・コールでは彼女にも盛大な拍手が送られていました。

The-Pearl-Fishers-by-Bize-006.jpg
(なんだか、Bollywood映画みたい。第2幕の終盤)

 オープニングの場面。オーケストラが序章を奏でている間、舞台にはカーテンが降りたまま。そこに、3人の女性真珠とりが上部から海に潜る姿が映し出されます。あまりにも自然な動きだったので映像だろうと思っていたら、紗幕の裏でダンサーがワイヤーに吊られて海に潜っているように見せていました。そこで、いきなり舞台に引き込まれたのですが、カーテンが上がると舞台セットは南アジアか、東南アジアだかわからない、ロマンティックのかけらもないものではありました。そんな小さな不満を消し去ってしまうほどの感動を得られたのは、オペラそのものの魅力に尽きます。テンプル・デュエットだけでなく、ナディールやレイラのそれぞれのアリア、そして緻密、パワフル、且つ美しいコーラス・ワーク。個人的には、同じビゼーでも「カルメン」よりもずっとオペラらしいオペラという印象です。こんなに水準の高いオペラがめったに上演されないなんて、不思議でなりません。
 日本では、たとえば、MIKIMOTOなんかがスポンサーになって、毎年超一流の歌手をそろえて真珠の産地でこのオペラだけを上演する、なんてことがあっても面白かろうと思います。

 今回、チケットを購入した後に発表されたロイヤル・オペラの予定で、今年の10月にロイヤルもコンサート形式ですが、2回、上演します。どうせ売れないだろうと高を括って、会員先行発売日の数日後にアクセスしてみたら、かなり好調な売れ行きで、いい席が残っていなくて焦りました。もちろん、2回とも聞きに行きますが、ロイヤルにはぜひコンサートではなく、きちんとした、且つ現代風にアレンジしない古風なセットで上演をしてもらいたいです。

 今回、念願の「真珠とり」を舞台で観ることができたので、もうひとつ、あるアリアを知ってからずっと舞台で観たいと願っているオペラも観られる日も必ず来るだろうとの期待が高まります。そのオペラは、カタラーニの「La Wally」。

http://www.youtube.com/watch?v=2hsmoo97CVA

 初見呪縛とはまさにことのことで、このアリアに関してこれを超える歌唱にはまだ巡り会えていません。オペラの物語は、人間そこまで愚かになれるか、という悲恋物語のように個人的には思いますが。

 期待していた以上に楽しむことができたので、たまにはENOの宣伝も。今年の秋からの新シーズンの演目は、ロイヤル・オペラよりずっとましとの評価を得ているENO。すでに発売になっている秋・冬の演目の中で興味を惹かれるのは、まずはヤナーチェクの「The Makropulos Case」。この作品、数年前に上演されたときは大絶賛で、チケットは完売でした。そのあとに続くのがヘンデルの「Radamisto」。初めて聞くタイトルですが、ENOによるヘンデル作品はいつも評価が高いので、これもかなり期待できるのではないかと。

吉田都さん、ロイヤル最後の舞台写真:ガーディアン、偉い!

2010.07.01
7月1日付のガーディアン本紙の5頁目に、吉田都さんのロイヤル・バレエのダンサーとしての最後の舞台となった東京公演での写真が掲載されていた。外出直前に気づいて、あわててウェブに行ってみたら、以下の写真がアップされていた。ガーディアン、偉い。

Miyako-Yoshida-has-her-ha-009.jpg
 初々しい。同世代とは絶対に思えない。

Miyako-Yoshida-is-applaud-008.jpg
 29日の公演を観た友人によると、ジョナサン・コープやエドワード・ワトソンから花束が送られていたとのこと。

 写真はすべて、ガーディアンから拝借。違法ということは十分承知。ロイヤル・バレエ、および吉田都さんのファンの皆さん、これからもガーディアンの写真が、無料で楽しめることをの祈りましょう。

The Royal Ballet's Romeo and Juliet in Japan
http://www.guardian.co.uk/stage/gallery/2010/jun/30/royal-ballet-ballet

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