LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2010年09月の記事一覧

Hellas紀行番外2:アジストリ島の風景

2010.09.30
ちょっと単調だけど、内陸部の写真はあまり撮らずに主に豊穣の、そして人々の生活から切り離せない海を。

reflection1.jpeg

 ある朝の日の出直後の海面。デジカメではないから鮮明ではないけど、それなり味わいがあるかなと。

WindyMorning.jpg

 確か木曜日の朝。この日は天気は良かったけど、朝から強風が吹き荒れていて、唯一泳げなかった日。

AgistriExpress2.jpeg
(クリックで拡大します)

 その木曜日の朝7時半。アジストリとエギナを結ぶ「アジストリ・エキスプレス」の第一便。

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Hellas紀行番外1:ロージィの小さな村の写真

2010.09.30
書き始めたばかりなのにすでに番外なのは、書ける時間がいつになるかわからないので。少しですが、写真をアップ。

ViewFromNo11a.jpeg

 これが、ルーム11からの眺め。まさに、「ギリシャ」。


Rosy1.jpeg

SeaAtRosy.jpeg

 この海は、ロージィのホテルからすぐに飛び込める。ホテルの敷地内に砂浜はないけど、この海で泳げるだけで十分。


KittyAtRosy1.jpeg

 ホテル内に住み着いていた、生後1年未満の子猫。その食欲の旺盛なこと。

Hellas(ギリシャ)紀行1:Rosy`s Little Village@Agistri Island

2010.09.28
まるで日本の晩秋のような寒さのロンドンは、いまだに夏時間です。

 気がつけば、過去数年はイギリス国内をうろうろするだけで日本に帰国する以外はほかの外国に行っていないことに気づいたのが初夏のころ。英語と日本語が通じるところにしか行きたくないというイギリス人並みのへたれの態度は良くない、でもいくとしたらどこがいいかなと思っていたときに友人に勧められたのが、アテネから高速ボートで1時間、サロニク海に浮かぶアジストリ(Agistri)という小さな島。そしてRosy`s Little Villageでした。

http://www.agistrigreece.com/pages/agistri_intro.htm

http://www.rosyslittlevillage.com/

 すでにここのリピーターである友人曰く、「小さな島に行くのが好きだっていつも言っているだろう。絶対に気に入ると思うよ。特別なことなんて何もないけど、ロージィと旦那、ロケイションが作り上げているホテル(ではありませんが便宜上)を一度は経験してみるといいよ」とのことでした。

 朝4時半にフラットを出て約8時間後、ホテルのレストラン・エリアから目の前に広がるのは真っ青な海、その先にはエギナ(Aegina)島。友人の言ったとおり特別なことは何もありませんでしたが、体を覆っていた重い鎧が一気に足元に崩れ落ちたかのような爽快感で体中が満たされるようでした。ホテルに到着して最初の食事は絶対にこれと決めていたタコを平らげたあとは、海で泳ぎまくったのは言うまでもありません。海で、しかも海底が見えるほど、泳いでいる魚の姿を目で追えるほど澄んだ海で泳ぐなんて、それこそ10年以上ぶりのことでした。

 ホテルを経営しているのは、ドイツ人のロージィとギリシャ人のご主人(宿泊客からはキャプテンと呼ばれています)。ロージィがこのホテルを始めたのは1971年とすでに40年も前ですが、2004年に大規模なリノヴェイションがあったそうで、僕にとって滞在は快適そのものでした。

 ウェブに掲載されている写真をご覧になればわかると思いますが、高級リゾートではないです。家族経営の海辺の大きなペンションといっても差し支えないでしょう。また、出される料理も、繊細という言葉はないに等しいもの。ほぼ毎日、魚料理をホテル内で食べていましたが、日本人の基準からすると量が多い上に調理が単調(揚げるか焼くかだけ)かなと。
 でも、ホテルから一歩も出なくても、まったく飽きることはなかったと思います。起床して、食べて、泳いで、食べて、泳いで、寝て、泳いで、食べて、寝る。この単調な繰り返しのなんて贅沢なことか。

 リピーターが多い上に、二つ目のウェブのワークショップという欄に情報がありますが、ホテルのロケイションがヨガやヒーリングのワークショップに最適ということで9月中旬にもかかわらず、ホテル自体は満室。それでも来たいというリピーターはすでに今年の営業を終えた隣のホテルに泊まり、食事や泳ぎはロージィのところでというくらいでした。ロージィによると、新しいゲストはなるべくホテル内にとしているそうですが、リピーターには事情を説明して納得の上で、隣のホテルにということになることが最近は多いそうです。

 また、ホテルの営業は3月から10月まで。キャプテンによると、休業する4ヶ月間は天気が良くないのでゲストに来てもらう意味がないとのこと。また、営業期間中はまったく休みのない彼らにとっての休養期間、かつホテルのメンテナンスの時期でもあるそうです。

 若いころ、仕事で長崎、神戸、名古屋、そして横浜に行ったことのあるキャプテンには日本人客を迎えたことが嬉しかったようで乞われて日本のことをあれこれ話したり、彼の思い出を聞いたり。ロージィからは、「どんなに思い出そうとしても、あなたが日本人ゲストとしては2組目だわ」とのこと。

 二人から、「日本人だけをということではないけど、日本人にはこのホテルはアピールするか?」、と尋ねられました。滞在中、二人といろいろと話す機会があってホテルも彼らも気に入ったので正直な感想を伝えました。

 「日本からギリシャに来る観光客に、この島に、そしてこのホテルに来なさいとは僕は言わない。日本からギリシャに来るなんてこと、多くの人にとってはおそらく一生に一度のことかもしれない(ギリシャから日本へも然り)。そんな人たちをこの島につれてくるのは公平ではないと思う。でも、EU圏内で暮らす日本人というなら、たとえばロンドンからなら半日もかからずにこんな別世界に着けるのだし。小さな島で過ごす時間の魅力を知っている人ならなおさらだと思う」。

 ホテルが迎えた初めての日本人ゲストは、ドイツで暮らす家族だったそうです。島とホテルを大変気に入ったらしく、12日間も滞在したそうです。

 ロージィによると、アジストリはリラックスする島、そしてエギナは観光の島(別項で後述)。初めてホテルを訪れるゲストには、最初の2日はアジストリでのんびり過ごし、ゲストが希望するなら、エギナ観光や、ウォーター・タクシーで近隣のポロス島や、ペロポネソス半島の一日観光の手配をするそうです。ただし、複雑な手配はやらないとのこと。

 今回、リピーターの友人を含めて3人で行ってきました。アテネ空港からエギナとアジストリへの高速船が出るピレアス港までロージィに彼女が信頼するタクシーを手配してもらいました。このドライヴァーがまたとても愉快な人物で、アテネについてたくさん学ぶことができました。

 仮に来年、ロージィのホテルにと興味をもたれた方には、6月と9月上旬がいい季節のとのこと。8月は島全体が混雑のあまり異様な雰囲気になることが多く、初めての人には勧めないそうです。また、4月から5月上旬にかけてはすでにいくつかのワークショップの予定が集まり始めているそうです。それと、シー・ヴューを希望するなら、1,2,10,11,12,14の部屋です。僕があてがわれた15番からは海を見ることはできませんでした。

 最後に。これはあくまで僕が個人的に感じたことです。一義的には、もちろんゲストがこのホテルを選びます。が、ホテル自体、言い換えればロージィも人を選ぶと思います。ロージィが気に入らないゲストを追い払う、ということではないです。ただ、彼女の良くも悪くもパワフルなキャラクターには、合う合わないがあるだろうなと。

 基本的に、彼女はまったく怖い人ではありません。ただ、世界各国から訪れるまったく違うゲストから寄せられるまったく違う要求を、感情を交えることなくてきぱきとさばいていける女性です。

 同じ時期に、リピーターと思われる家族が滞在していました。15歳くらいの、ダウン症の息子さんも一緒。彼らが毎晩静かに、そして楽しげに夕食をとっているテイブルにロージィは毎晩必ず歩み寄り、彼の肩を抱き寄せては、「今日は楽しかった?」、と尋ねていました。

 細く、小柄なロージィですが、強くそして温かい人です。

The Arrival by Shaun Tan

2010.09.16
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マリルボーン・ハイのドーント・ブックスでみかけて気になっていたショーン・タンによる「The Arrival」を購入した。タイトルが、アバのアルバムの中で一番気に入っていたものと同じということもあるし、何より、ひきつけられるように手にしてしまった。


The Arrival

The Arrival is a migrant story told as a series of wordless images that might seem to come from a long forgotten time. A man leaves his wife and child in an impoverished town, seeking better prospects in an unknown country on the other side of a vast ocean. He eventually finds himself in a bewildering city of foreign customs, peculiar animals, curious floating objects and indecipherable languages. With nothing more than a suitcase and a handful of currency, the immigrant must find a place to live, food to eat and some kind of gainful employment. He is helped along the way by sympathetic strangers, each carrying their own unspoken history: stories of struggle and survival in a world of incomprehensible violence, upheaval and hope.
(著者のサイトでの紹介文)

http://www.shauntan.net/books.html

 じっくり読んでみて、というか絵を目で追ううちに想像力が掻き立てられて、まるで僕自身の物語を読んでいるかのごとくだった。

 絵柄も、突っ込みたいところはいくつかあるけど、自分の好み。

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 かなり昔のことだから思い違いの可能性は高いけど、漫画家の西原恵理子さんの学友で、転倒したクレーンの下敷きになってなくなられた画家の方の絵とも共通する、「これから起こる過去」という居心地の悪さと懐かしさが混ざった雰囲気がとてもいい。

the-arrival8.jpg
(イラストは、著者のサイトから拝借)

 この上の絵は、「ナウシカ」の巨神兵と、江口ひさしのある挿絵を想起したので、日本の漫画からの影響はあるのかなと思いつつも、独自性はとても高い。

 タイトルが示すことは、何度か本文中で提示される。その中でも、最後の「再会」と「導き」を示すところは、すがすがしい。僕個人に限れば、最近、移民に関してはかなりネガティヴな意見(http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/globalstringer.html)を発している。でも、「移民」から「希望」を紡ぎだすこの本に出会えたことは、嬉しい。
 
 日本でもすでに発売されている。いまさらこのブログで紹介する必要は無いけど、異国で暮らしている皆さんには、楽しめる本。

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14/Sep/10 Nikkei

2010.09.14
*著作権は日本経済深部者に帰属します。

日経夕刊20100914


歌手が「歌」になるとき:カリタ・マッティラ@ウィグモア・ホール

2010.09.12
If I was wise, I should not do any more, but I am not. I just turned into 50yo and my life is getting finer.
Such an honor to be here tonight and warmth from the audience. It was 13 years ago when I last sang here. This is for you.

The extraordinary and tearful soprano, then, started to sing Zueignung (dedication) by Strauss.



 9月10日、ウィグモア・ホールの2010/11シーズンが開幕した。今年は、同ホールがオープンして110周年ということで、年間を通してのプログラムは昨年とは比べられないほどの充実振り。いくつかのリサイタルは、ティケット争奪戦は一般発売前に終わってしまうことは確実の編成。カウフマン、アルゲリッチ、バレンボイム、バルトリなんて一般発売には出回らないだろう。
 そしてそんな激戦のひとつが、シーズン開幕の10日、フィンランド出身のソプラノ歌手、カリタ・マッティラのリサイタル。持つべきものは友、高いほうの会員になっている友人に便乗させてもらったので、前から4列目のど真ん中に座れる幸運に恵まれた。

Mattila7.jpg
(世界のソプラノなんだから、そろそろ新しい肖像写真をリリースしてほしい)

会場に早めに着いてみると、ホール内ではリハーサルが続いていた。扉越しに聞こえてくるにもかかわらず、マッティラの声は絶好調のようだった。

 いくつか空席があったのは意外だったが、ホール内はほぼ満席。素晴らしい歌を聴けるに違いないという期待が、ホール内を満たしているようだった。
 いつもの前説の男性が登場し、聴衆へいつもの注意事項を説明し始めた。特に咳に関しては何度も何度も言及していた。最後に、マッティラの調子は最高ではないけど、彼女は歌います、と伝えて下がっていった。
 不安がよぎる。あくる11日に予定されていたアンゲリカ・キルヒシュラーガーのソロ・リサイタルは本人が病気のため、急遽、イギリス人メゾソプラノのセイラ・コノリーに差し替えられた。風邪でもはやっているのだろうか。でも、リハーサルで聞こえた声にはそんな気配がなかった。

 やがて舞台後方右側にある扉が徐に開かれ、カリタ・マッティラとピアニストのマーティン・カッツが登場した。マッティラは背中が開いた、新緑を少し燻した感じの緑色のイヴニング・ドレス。「Wigmore Memories」と銘打たれた当夜のプログラム。

Wigmore Memories
Performers
Karita Mattila soprano
Martin Katz piano

Programme
Berg Sieben frühe Lieder

Brahms
Vergebliches Ständchen Op. 84 No. 4
Der Gang zum Liebchen Op. 48 No. 1
Meine Liebe ist grün Op. 63 No. 5
Von ewiger Liebe Op. 43 No. 1

Sibelius
Illalle Op. 17 No. 6
Vänskapens blomma Op. 57 No. 7
Demanten på marssnön Op. 36 No. 6
Våren flyktar hastigt Op. 13 No. 4
Flickan kom ifrån sin älsklings möte Op. 37 No. 5

Strauss
Der Stern Op. 69 No. 1
Wiegenlied Op. 41 No. 1
Allerseelen Op. 10 No. 8
Frühlingsfeier op 56 no 5

About this concert
To open Wigmore Hall’s 110th anniversary season we have a very special event. Hailed by Musical America in 2005 as ‘the most electrifying singing actress of our day’, Finnish soprano Karita Mattila traces almost a century of Austro-German song, and includes a selection by her compatriot Sibelius.



 多分、最後のリヒャルト・シュトラウスの3曲以外は初めて聞く歌ばかり。だから、歌のことは何もわからない。できることは、彼女の歌に身を任せることだけ。確かに、調子は絶好調ではなかったのかもしれない。歌い終わると、何度か喉に手を添える仕種をしていた。でも、咳なんて一度もしなかった。
 マッティラの声は僕の理解をはるかに超えていた。信じられない。この声は何によって生み出されているのか?ホーキング博士は、新著で神がこの世界を創造したのではないとした。そうなのだろう。でも、ウィグモア・ホールを満たすマッティラの声は何者かの力と意志があってこそという響きしか感じられなかった。

 いつもより長いと感じるインターヴァルの後、マッティラは同じデザインの黒いドレスに着替えていた。フィンランド語とスウェーデン語で歌われたシベリウスの曲では、歌の内容を追うのをやめた。マッティラの歌う姿を見ないでいるなんてできなかった。

 シュトラウスの最初の3曲は、これまで別の歌手で何度か聞いたことがあるもの。まったくの別の歌に聞こえた。
 最後の「Frühlingsfeier」(rite of spring)は、プログラムによると、「ザロメ」を作曲し終わり、「エレクトラ」に取り掛かり始めたころにシュトラウスが作曲したものとのこと。詩はハイネ。

 詩の内容、まさしくシュトラウスな荒々しい旋律はどちらもとてもブルータル。マッティラは腕を振り上げ、何かを砕くように打ち下ろし、身をよじり、引き裂かれるように歌い続ける。のどからだけでなく、体全体から奔流のように流れ出る感情の迸りは言葉で書き換えられるレヴェルではない。これが奇蹟でなかったら、何が奇蹟だろうか。
 マッティラは、歌の内容を舞台上に声で描き出そうとしているのかと思った。

 違う。歌になりたかったのか、それとも歌になってしまったのか。勝手な想像に過ぎない。でも、あの時、マッティラは「歌」そのものになっていた。

 一度目のカーテン・コールでは彼女には花束が二つ、カッツにはワインかシャンペンのボトルが贈られた。「私にもそのボトルを見せなさいよ」といった感じの茶目っ気をそのときはまだ見せていたマッティラだが、何度かカーテン・コールに応えるうちに感情が高まってきたようだった。何度目かのコールに応えて二人が出てきたとき、カッツは譜面を持っていた。
 舞台の中央に立ったマッティラの目は、潤んでいた。そして聴衆に向けて話し始めた。

If I was wise, I should not do any more, but I am not. I just turned into 50yo and my life is getting finer.
Such an honor to be here tonight and warmth from the audience. It was 13 years ago when I last sang here. This is for you.


 カッツがピアノを弾きだしてすぐ、「Zueignung」だと判った。予定調和といえばそれまで。でも、この歌のほかに、この桁外れに美しい夜への帳を下ろせる曲はなかった。



 何かが外れてしまったようなブラヴォーの嵐に何度もうなずきながら、名残惜しそうに舞台から去っていくカリタ・マッティラの姿は、とてもとてもとてもとても、とっても愛おしかった。

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村上隆のエキシビションに抗議行動:ヴェルサイユ宮殿

2010.09.11
takashi-murakami-art-basel-miami-1.jpg
(ネットから見つけたもの。アーティストも大変、というよりも本人がやりたがったのかな)

友人のブログで、村上隆のエキシビションがヴェルサイユで開催されることを教わった。

http://fumiemve.exblog.jp/10800736/

 好きとか嫌いではなくて、今、体験・体感してみたい芸術家、アーティスト。イタリアに行って、フランスにいくにもかかわらず、イギリスには来ないのか、とフランスが羨ましかった。

takashi-1.jpg
(彼の作品では、フィギュアより、このような作品のほうにとても興味が湧く)

 ヴェルサイユにも行ったことないし、観光をかねて、ついでにパリ・オペなんてと思っていたところで読んだのが今日のガーディアンの記事。

Takashi Murakami takes on critics with provocative Versailles exhibition
http://www.guardian.co.uk/world/2010/sep/10/takashi-murakami-versailles-exhibition

 何でも、ムラカミの作品はヴェルサイユにそぐわないということで、公式オープニング(らしい)来週の火曜日、14日に抗議行動を起こそうという計画にすでに1万人以上もの人が署名したらしい。

 で、写真。

Takashi Murakami at the Palace of Versailles

http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2010/sep/10/takashi-murakami-palace-versailles

The-sculpture-Flower-Mata-018.jpg

 すでに、ヴェルサイユと一体化しているじゃないか!抗議行動を計画している人々は、実物を見たのだろうか?ヴェルサイユ宮殿は、21世紀にムラカミ作品を展示するために作られたといっても過言ではないように感じてならない。

The-Murakami-exhibition-i-025.jpg

 フランスが要らないなら、ぜひ、イギリスに持ってきてほしいぞ。どこがいいかな?ありえないだろうけど、テイト・ブリテンなんて展示会場として良いのではないだろうか。

 批判への村上隆の言葉が素晴らしい。

"When someone scores a goal, someone is going to be unhappy,"

 芸術って、戦い。

英語に関するあれこれ1:Are you sure?

2010.09.07
Tower-of-Babel.jpg

ここのところ英語に関する愚痴は控えてきましたが、最近、心のそこから大嫌いなフレイズ、と言うか厳密に言うと、そのような表現を使う人々の意識の問題によるものだと考えますが、があります。それは、「Are you sure?」。

 往来で場所や建物の所在を尋ねられたとします。幸か不幸かロンドンの中心地の地下鉄網であるとか、バス路線の効率の良い乗り継ぎを知ってしまっているので、なるべく答えるようにしています。で、答えます。「そこに行きたいのであれば、何番のバスに乗れば乗り換えなしで目的地にいけますよ」、と。すると質問者の反応は、

 「Are you sure?」

 「最近、この返答が多いな」、と気づき始めたころは、周りに信頼できる人がいないに違いない可哀相な人なのだろうからいちいち気にしないように、と自分をだましてきました。が、最近ではあまりにも多くて。ちなみに、これ、外国人観光客だけではありません。イギリス人のほうが多用しているくらいです。善意を踏みにじられていると言う大げさな気持ちではありません。質問して返ってきた答えに、感謝を伝える前に全く思考をせずに自動的に「Are you sure?」と言うその態度が大嫌いなんです。なので、最近では、

 「Are you sure」(Sureを強調します)

 「If I am not sure, I am not telling you」、と静かに且つ冷徹な口調で切り捨てます。言ってあげなければ判らないですから。で、大方はここで「しまった」と言う表情で引き下がるのですが、中には、

 「Don't take it personally」、と切り返してくるのがいるので(だいたいアラブ系)、そのようなときには、

 「Because you take it personally, why should I not take it personally?」、と。特にイラン系やイラク系(勝手な思い込みですけど)は、失礼にもほどがありますが「お前何人だ?」と迫ってきますので、絶対に答えません。

 ええ、大人げないなとは思います。でも、本当に腹が立つんです。先日もこんなことがありました。ケンジントンのオープン・カフェで友人(イギリス人)とあっていたときのこと。外のテイブルに座っていました。ベイビー・バギーを押した、60半ばくらいに見える白人女性がふと僕たちのところで止まり、「Excuse me」も「sorry to bother you」も何もなくいきなり、「このあたりは、コンジェスチョン・チャージ(混雑税)は払うのかしら?」と質問してきました。僕は全く知らないので、「知らないよ」と即座に。そこで、ローカルの友人が答えました。で、見た目ミドル・クラスのご婦人は即座に、「Are you sure?」。

 一瞬、友人と僕は「またか」と言った感じであたかも、「どっちが答える?」と言った視線を交わしたあと友人は、「Madam, you ask me and I answer you. No argument, please」。

 不安に思う気持ちはわかります。でも、尋ねられることの大半は、事前に自分たちで調べられるべきこと。自分の不手際や不安に他者をいとも簡単に巻き込むことで自分の責任をなかったものにし、他者にその責を負わせて不快な思いをさせると言うのは世界共通なんでしょうか。でも、日本で道を尋ねられて、日本語で「それは確かですか?」、とは返ってこないと思うのですが。

 閑話休題。数年前、ロンドンで知り合った日本人の友人がいます。大学院を終了し、帰国して教育現場に身を置いても、毎夏、ロンドンで英語を磨き続けています。今年の夏も研修の合間に短時間でしたけどあうことができました。

 友人が教鞭をとるのは、いわゆる進学校ではない高校。その高校での英語教育の内容を、即座には信じられませんでした。ひとしきり話を聞いたあと、「僕たちの世代って、中学で関係代名詞を習わされましたよね?英語の発音記号、中学で覚えさせられましたよね?記憶を美化していませんよね?」。

 ゆとり教育の弊害で、授業の内容はスカスカ。その反省と反動で、これから再び英語の授業が増やされるらしいとか。では、そのゆとり教育で、学ぶ機会を奪われた皆さんはどうなるんでしょうか?

 僕は受験が厳しくなってきた時代に育った世代。日本にいたころ、あの受験英語が自分の人生にどれほどの意味があるのかなんて、考えたことなかったです。でも、今、あれがあったからこそここで生き抜けて行ける、と感じます。競争で負けるのが可哀相だからと言う理由で英語教育を受ける機会を奪うより、有無を言わせず叩き込んだ英語を使える機会を増やすことが重要なのではないかなと思います。英語は素晴らしいと言う気は全くないですが、悲しいかな、英語が廃れる気配がないのも事実だと考えます。

 友人のもうひとつの指摘も、個人的に賛同します。曰く、「(英語の)語学留学を考えている日本人は、イギリスに来る前に可能であればプロフィシエンシィ・レヴェルまで到達しておいたほうが精神的に楽だと思う」、とのこと。
 これ、うなずけます。なぜなら、たとえば、英語の能力が同じアドヴァンス・レヴェルだとして、さらに日本人がちょっとだけ優れているとしても、非英語圏のEU諸国から来ている外国人学生は、彼らが間違っているはずがないという態度を絶対に崩さないので、自信を持って「君の英語のほうが間違っている」といえるくらいでないと、楽しくないのではないかなと思います。欧州語圏から来る学生の多くは、英語と同じ、またはほぼ似たようなアルファベットを共有しているという驕りがあるのだと思いますが、英語の発音を英語の発音として学んでいないことが多いようです。たとえばスペイン語圏の人だと英語の「Z」の発音を直そうという意志はないように思えますし、また英語固有と思われる「th」の発音ができない、もしくは発音が違うことを知らないラテン語圏の人は多いです。個人的に、イタリア人の英語は、まともに聞いていると、まるで首を掴まれて頭をグワングワン揺さぶられている気分になります。

 翻って、日本人は良かれ悪しかれですけど、英語のアルファベットの影響から遠い言葉を使う民族。学ぶプロセスと、学びを活かす方法が確立されれば、素晴らしい英語使い、外国語使いの国民になれるのではないかと。
 8月の終わりに、別の友人からとても興味深い話を聞きました。友人は、日本のある高等教育部門で、日本語を学ぶ外国人にどのように日本語を教えるかということに長く携わっています。どの段階に達しているのかは聞き忘れましたが、友人によると、現在、EUの各国内でばらばらの英語検定試験の基準を統一させるという動きがあるのだそうです。僕はそのような統一基準がない事実に驚きました。
 友人からはさらに、「言葉や言語に興味があるのなら、これからPlurilingualism(複言語主義)と言う言葉を覚えておいてもいいと思う」、とのことでした。

 いつまでたっても英語によるコミュニケイションがままならない、僕自身の足掻きぶりと思って読んでいただければ幸いです。

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The Fountain Restaurant @フォートナム・アンド・メイスン

2010.09.05
珍しく、ロンドンの食の紹介を。最近のイギリスの飲食業界のニュースは、ゴードン・ラムゼイ帝国の崩壊、ナイツブリッジにある老舗高級ホテルがアメリカやフランスから著名シェフを呼び寄せて相次いでレストランをリニューアル・オープン等々、話題には事欠いていないようですが、これらは僕には無縁。金銭的にもかなり無理がありすぎるし、何よりイギリスの食の質が観光客時代と比べて格段に良くなっているので、わざわざそんなところにまで行きたいとは思いません。

 ただ、暮らしていて、これといって理由が無いにもかかわらず足が遠のく、もしくは今すぐに行かなくてもいつか行けるだろうと思ってしまうのが、主に大昔の創業年を誇るような老舗。で、観光客だったときも含めて、フォトナム本体には何度も、というか一時期は入り浸っていたことがあったにもかかわらず、これまでまったく試したことが無かったフォートナム・アンド・メイスン内のファウンテン・レストランに行ってきました。


(実際はもっと薄暗かったです。右上に見えるのが、メザニンのレストラン)

 ある友人が携わっている国際人道チャリティ団体のファンド・レイジングの催しが、ピカデリー・サーカスにある教会の、普段は一般に公開されていない中庭であるというので行ってきました。開催場所は素晴らしかったのですが、催しの段取りが壊滅的なお粗末さで、会場でばったり会った別の友人(イギリス人)と早々に退場しました。ジャミン・ストリートをグリーン・パーク方面に向かって歩いていると、いやでもファウンテン・レストランが視界に入ってきます。ちょうど夕食時、お互いに、「入ったことある?」、「無い」とのこともあり、また価格も目が飛び出るほどではなかったので、お試し気分で入りました。

 レストラン内の装飾、雰囲気は僕には、「そうそう、観光でロンドンに滞在していたとき、こんな雰囲気のレストランばかりを探していたよな」と思わず懐かしい気分に浸ってしまったほど、イングリッシュ。確か、数年前に新装されたはずなので古びたとかかび臭いとかのネガティヴなものではありません。
 一番奥のコーナーでは、我が家でのように食事を楽しんでいる皆さんがいる。ダイニングの真ん中では、小さなお子さん連れの家族が、家族団らんという感じですごしている。音楽がかかっていなかったので、半分くらいの入りのレストランのあちらこちらから聞こえてくる軽やかな笑い声はとても心地よかったです。なんと言うか、イギリスのリゾート地にある老舗ホテルのメイン・ダイニングが夏の繁忙期が過ぎて宿泊客が減り、閑散とした中にも明るい寂しさをにじませている、そんな感じでした。一応、ほめているつもりです。

 21世紀のロンドンだなと痛感したのは、給仕の皆さん。イギリス人が独りもいないのは仕方ないとしても、酷すぎ。乱暴とか、雑というのではなく、全員が「お客のことに注意を配らないように訓練されている」、としか思えませんでした。客が目配せで合図しようが、手を振ろうがまったく気づかない素振り。悪気でやっているなら文句の言いようもありますが、「給仕って、皿を持ってくることと下げることだけではないんだよ」、といったところから何かがずれているようでした。

 友人はフォトナムのレストランがこの体たらくかとがっかりしていました。もちろん、マネジメントが真っ先に責められるべきですが、僕はこれが今のイギリスの基本なのかな、とも思います。なぜなら、あまりにも「多文化」化が過ぎて、たとえば「給仕」というシンプルとみなされる仕事でさえ、コモン・センスの共有ができないのではないか、と。

 逆に、料理は大変素晴らしかったです。セット・メニューがとても平凡だったので、アラカルトで注文。もちろん、あまりにも突飛な注文は給仕の皆さんに一言尋ねてみたほうがいいでしょうけど、前菜、魚、肉と注文しなければならない、ということではないです。お金を払うのは客ですから。

 友人は、フィッシュ・アンド・チップス(£18-)のみ。友人のハドックは、皿からはみ出るほど大きく、肉質もプリップリ。付け合せのマッシュ・ピーズは、新鮮な豆を茹でてつぶしたもの。
 僕は、前菜から夏野菜のスープ(£6-)、「魚料理」からグリルド・サーディーン(£12-)。つまり、焼き鰯(と付け合せは、辛子ソースをからめたジャガイモ)。スープは目にも鮮やかな緑。それに、ソラマメの味をしたソラマメをイギリスで食べたのは初めてかも。鰯はどこで獲れたものかは判りませんが、懐かしい、日本の夕餉の味がしました。熱々の白いご飯と醤油がほしかった。
 単品のデザートの値段はちょっと高い感じ(£6-、もしくは£7-)ですが、食前酒は、価格、質、量からするとバーゲンと思えるくらいお得でした(£3.50-)。

 問題は、やっぱり給仕に行き着きます。これほど単純な食事にもかかわらず、客の入りも満員から程遠かったにもかかわらず、席についてから食事を終え、支払いを済ませるまでに約2時間。土曜日の夜で、僕たちは時間に追われていたわけではないので食事中には気になりませんでした。が、せっかちな人には向かないかもしれません。

 ファウンテン・レストランは、月曜日から土曜日までは朝7時半から営業しているそうなので、機会があれば、フォトナムで食べるフル・イングリッシュ・ブレックファストも試してみたいものです。

 メザニンのレストランに関しては、友人のレポをご参照ください。

http://fumiemve.exblog.jp/7859286/

 友人の観察のとおり、こちらのほうがサーヴの質はいいと思います。

ドイツ語をたくさん聞ける機会到来:プレガルディーンほか

2010.09.02
数日前、僕と違ってウィグモア・ホールのランクの高い会員になっている友人宅で、「The Score」という、そのような高い年会費を払っている会員にのみ届くであろう会報を読んだ。

 その中で、ディレクターのジョン・ギルフーリィ氏が今年の4月にホールで催された、ドイツ人テノール歌手、クリストフ・プレガルディーンによるリサイタルをこう評している。

As I look back over the 2009/10 season, some personal highlights come to mind. For me, Christoph Prégardien and Michael Gees of songs and arias `Between Life and Death`in April 2010, was one of the vocal highlights of the season, with some of the most exquisite singing heard in the Hall for quite some time.

 ディレクターという公職にある立場で、このほぼ最大級の評価。このリサイタル、実際その場にいたし、素っっっ晴らしかった(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1180.html)。ところが、レヴューはまったく見当たらず、イースターのころで日本人客もいなくて誰ともあの感動を共有できなかったので、ギリフーリィ氏によるこの評価はとても嬉しい。

 で、今年の12月1日に再び、プレガルディーンのリサイタルがウィグモア・ホールである。

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(12月のリサイタルの競演ピアニストと)

 内容はシューマン(今年は生誕200年)とシューベルトのリート。チケットの売れ行きは、6割くらいといったところだけど、舞台正面のいい席、特に前のほうの席は既にほぼ完売。熱心なファンや、4月のリサイタルで感動した音楽ファンがいい席を求めたということだろうか。

 9月8日から始まるウィグモア・ホールのシーズン・プログラムはドイツ語の響き、ドイツ語で歌われるアリアやリートが好きな方にはたまらない編成。生誕200年のシューマンに絞ったプログラムや、1810年から1910年を10年ごとに分けて、その間のドイツ語歌曲だけのプログラムがシーズンを通してある(歌手別では、フロリアン・ベッシュキーンリィサイドディアナ・ダムラウはおさえたい)。

 オペラ・ファンの間ではすこぶる評判の悪いロイヤル・オペラの新シーズンも、ドイツ語オペラをたくさん聴ける僕にとってはまたとない機会。「アリアドネ」か「ダフネ」も聞きたかったと欲を言えばきりが無いけど、「魔笛」、「フィデリオ」、「ヘンゼルとグレーテル」。さらに、十数年ぶりに「タンホイザー」を聴いてみるのもよさそう。

 ちなみに、ロイヤルのプログラムがしょぼいのは、おそらく2012年の「カルチャラル・オリンピアード」と2013年のヴェルディとヴァクナーのダブル「生誕200周年」に予算をかなり取っておいているのではないか邪推。

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4AD、生誕30周年

2010.09.01
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4AD」だけで、このエントリの内容が想像できた皆さんは、洋楽、とりわけイギリスのロック・ポップ音楽が好きな方でしょう。

 8月最後の日曜日、オブザーヴァー紙は本紙の文化面の半分を割いて、イギリスのインディ・レイベル、「4AD」が設立されて今年で30周年ということを紹介した。

http://www.4ad.com/


Milestone of the record label that gave birth to indie cool

http://www.guardian.co.uk/music/2010/aug/29/4ad-indie-label-30th-anniversary

30 years of 4AD
http://www.guardian.co.uk/music/gallery/2010/aug/28/indie-nick-cave

Label of love: 4AD
http://www.guardian.co.uk/music/2010/mar/17/label-love-4ad
(これは3月の記事。思うに、ガーディアンには4ADのファンがいるのだろう)

 本紙には、コクトー・トゥインズ(Cocteau Twins)のヴォーカリスト、エリザベス・フレイザーの写真や、髪の毛がまだあるころのフランク・ブラック(the Pixies)の写真が掲載されていて、なんとも懐かしい。
 4ADというレコード・レイベルの名を意識したのはいつだろう?確か、ピーター・マーフィー率いるバウハウスを中心にしたコンピレイションで、「真夜中の舞踏会」なんてのがあったような気がする。オブザーヴァーの記事でも、バウハウスのシングルがレイベルとして最初のレコードとして書かれている。でも、バウハウスはその存在に気がついたときにはすでに分裂、もしくは休止状態かなんかで聞く意欲が起きなかったはず。
 僕個人にとって4ADといえば、Dead Can Dance。当時購読していたロッキング・オンとミュージック・マガジン双方で高い評価を得たことなどなかった気がするし、アルバム一枚通して聞くと、「これは捨て曲?」と感じる作品もあったような。逆に、一度聞いたら耳から離れない曲もある。とりわけ、4枚目の「Aion」に収録されている「サルタレッロ(saltarello)」というインスト曲は今でも口ずさめるほどの衝撃があった。

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 今のゴスロリの起源といえるのかもしれないけど、当時からコクトーズは人気が高かった。音楽、特にロビンのギターはよかったし、リズの声も僕の嗜好のど真ん中。が、コミュニケイションする気があるのかどうかわからない歌い方というのはあの当時から好きではなくて、彼らの活動情報が聞かれなくなるのにあわせて、忘却のかなたへ。昨年後半、リズのインタヴュー記事が突如として掲載されたので、かなり驚いた。

Elizabeth Fraser: the Cocteau Twins and me
http://www.guardian.co.uk/music/2009/nov/26/cocteau-twins-elizabeth-fraser-interview

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 4ADがアメリカのバンドであるピクシーズとどうして契約したのかは知らないし、また、ピクシーズの音楽はまったくの素通り。が、そこから派生したブリーダーズターニャ・ドネリーにはかなりはまった。ブリーダーズはライヴを観にいったような気もするけど、どうだったかな。最近、どこかでドネリーのインタヴューを読んだ気がするんだけど。

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 今ではアメリカを代表するロック・バンドのひとつといっても良いであろう、イギリスでも人気の高いthe Nationalも所属している4AD。同じインディペンデント・レイベルでもラフ・トレイドとはまったく違った彩り。インターネットに押されて青息状態の音楽業界にあって、設立時の輝きを失っていない(と思われる)レコード会社があるのはなんだかうれしい。

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若くても、そして歳を重ねてもセックス・エデュケイションは必要

2010.09.01
さっさと秋が来てしまったイギリスへのフラストレイションがあってこのようなことを書いているわけではありません。21世紀の最初の10年が過ぎてなお、洋の東西を問わず「性教育」って行き渡っていないんだ、と考える報道があったので。

 7月下旬に、オーストリアのウィーンでHIVに関する国際会議があったそうです。そこで注目を集めたことのひとつは、イギリス国内で、50歳以上の年齢グループのHIV感染率が2000年から2007年の間に、単純計算で2倍以上になったというもの。

HIV infection rates for over-50s growing quickly

http://www.guardian.co.uk/world/2010/jul/21/hiv-infection-rates-over-50s-growing-quickly

HIV cases double among the over-50s
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2010/jul/25/hiv-increases-in-middle-age

 最初の記事の後半で強調されていますが、50歳以上のグループのHIV感染率は全体の1割弱です。どちらも長い記事ではないですが、要点をまとめると、このグループの感染率の上昇に関しては生活様式の変化が要因のひとつではないかということ。離別、死別と状況は違うであろうけれども、50歳を過ぎてからの新しい出会い(もちろん、セックス込み)が昔と比べて急増していることがあるからであろうとのこと。二つ目の記事からの引用です。

The 50-plus divorcee does not necessarily think of protecting him or herself from HIV when launching into a new relationship, perhaps after years of marriage. In the past, they may not have thought sexual health warnings had any relevance to them.

But now they are back into discovering new sexual relationship. This is a rally clear message. If you are starting a new relationship, use a condom until both of you have been tested for HIV and sexually transmitted infections.


 感染に気づいていなかったという悲しいケイスもあるようですが、すでに経験している結婚生活を再び始めるにあたって、何を心配する必要があるのかという、言い換えれば何の根拠もない「自分に限ってそんなことはない」という普遍的な不安の裏返し。そして、その不安を話し合うタイミングを逃して相手に感染させてしまうかもしれない。最近ドイツであった裁判を思い出せば、このような不安は世代を超えてあるように感じます。

 で、このようなことを書いているからといって、「50歳を過ぎたらセックスするべきではない」、と僕は言っているわけではないです、念のため。でも、そんな声がたくさん響き渡ったのでしょう、それに反論するべく、ガーディアン紙でセックスに関する相談に真摯に答え続けているパメラ女史が反論を寄せました。

Sex after 50
http://www.guardian.co.uk/theguardian/2010/aug/10/sex-after-50

 女史いわく、「(50代に限らず)セイファー・セックスを考えることは躊躇いがあるかもしれない。また、相手が病気を持っていることなどありえないという間違った思い込みがあるかもしれない。しかしながら(前述の記事を含めて)報道の多くは、50代、60代、70代、そしてそれより上の世代のセックス・ライフへの否定的(もしくは無知)なものばかり」、と。

It is true there are probably some people at middle age who mistakenly think their sexual partners are above suspicion, and others who did not enter their dating lives using condoms. Safer sex practices may not come so easily for them, yet the prominence and style of these articles underscores the sexual ageism that pervades our society. Where are the positive messages about the sex lives of people in their 50s, 60s, 70s and beyond? Do we ever hear the truth about how sexually vibrant they can be – without an attached warning about physical dangers and moral pitfalls? Sex among elders is surely one of the greatest sexual taboos in western society.

 人生の高齢期でのセックスに関する話題がタブーでない国が地球上にあるのかどうか知りたいところです。パメラ女史のこの記事を読んで考えたことの一つは、50歳を過ぎて性生活を普通に送る人たちへ向けられる社会からの視線は、精神的、身体的障害者に向けられているものと同様なのではないか、ということ。記憶違いでなければ、確か数年前、日本のある教育関係者が、「知的障害を持つ生徒に性教育をするのは間違っている(もしくは必要無い、だったかも)」なんて発言をしたはず。歳をとっても、障害があっても性欲はあるんですから。
 それに、性・セックスにまつわる間違った思い込みも根深いな、と。セックスを含めてコミュニケイションの形態は個人差、社会差と千差万別。にもかかわらず、たとえば雑誌で宣伝されていた形態のセックスを楽しめない自分は間違っているのかもしれない、という強迫意識を植え込まれてしまう環境とそれを助長するメディア。パメラ女史いわく、歳を重ねてからのセックスが、若いときと同じであるはずがない、と。さらに念のため。だから、50歳過ぎてもセックスをしなければいけないんだ、と書いているわけでもありません。まったく、個人の選択。
 脱線します。パメラ女史の記事の冒頭で使われている「promiscuous」という単語。英語と米語では若干意味合いが違うらしいですが、いずれにしても良い意味の単語ではないので、万が一にも使用される場合は、充分に気をつけて。

 このようなことを書いているからには、僕が四六時中セックスにまつわることを考えている、なんてことではないです。パメラ女史のコメントを読んでもうひとつ思ったのは、個人個人の思い込みの尋常でない強さ。研修仲間から聞いた二次情報ですが、しばらく前のあるテレヴィ番組による10代の意識調査で、「30歳を過ぎたらセックスはするべきではない」との答えがあったそうです。
 たとえば、「だれそれがこう言ったから、それが正しい。それ以外は間違いだ」と個人が、そして社会がたったひとつの方向に突き進む力。そしてそのひとつのことだけしか見ようとしない「力」を盲目的に維持しようとする「意志」の手の施しようのないほどの強大さ。最近、日本で起きたホメオパシーにまつわる事件。ホメオパシーを肯定する気も否定する気もないですが、ヴァリエイションはあるはずですから。本題に戻れば、知る機会がないことが如何に危険であるか、ということをもっと知るべきではないかと。

 これをブログに載せるにあたって、許容範囲の画像が見つかるかなと検索していたところ、アメリカ発のこの本に行き着きました。

Grandpa-Does-Grandma-Phil-Parker-Guide-Senior-Sex-LG.jpg

実際に中身を読んではいませんが、世界にはこのような本もあるのだな、ということで。

Grandpa does Grandma
http://www.grandpadoesgrandma.com/index.cfm

 還暦を迎えた多くのベイビー・ブーマー世代向けのようです。

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