LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
Home未分類 | Dance | Sylvie Guillem | Royal Ballet | Royal Opera | Counselling | Sightseeing | Overseas Travel | Life in London(Good) | Life in London(Bad) | Japan (Nihon) | Bartoli | Royal Families | British English | Gardens | Songs | Psychology | Babysitting | Politics | Multiculture | Society | Writing Jobs | About this blog | Opera Ballet | News | Arts | Food | 07/Jul/2005 | Job Hunting | Written In English | Life in London (so so) | Speak to myself | Photo(s) of the day | The Daily Telegraph | The Guardian | BBC | Other sources | BrokenBritain | Frog/ Kaeru | Theatre | Books | 11Mar11 | Stage | Stamps | Transport | Summer London 2012 | Weather | Okinawa | War is crime | Christoph Prégardien | Cats | Referendum 23rd June | Brexit | Mental Health 

2010年10月の記事一覧

日本人は自殺するために生まれたわけではない

2010.10.26
今日のメンタル・ヘルスの講習会の主題は、「精神医療現場から考察する、自殺者を減らす対策」というもの。自殺についての議論に参加するのは、まったく平気。でも、「短絡思考の参加者が、日本=自殺者が多い国」という議論を始めませんようにとひそかに願っていた。

 最悪だった。

 今日の男性講師はロンドン郊外に住んでいるため、終電を逃さないために早く終わらせたいということで、クラスを二つに分けて議論を戦わせるということになった。議論の題目は、「Is suicide preventable?」。

 議論が始まってしばらくたったところで、相手側の一人の女性が、参考資料の新聞記事を片手に話し始めた。「We also need to discuss this issue from cultural point of view, for instance, harakiri or kamikaze...」。

 これですめばいいやと願っていた。が、彼女はこう続けた。

 「In Japan, suicide is honorable (日本では、自殺は名誉なこと)」。

 ぶちっ、とどこかが切れたのと「Wait, suicide is NOT honorable in Japan」とさえぎるのは同時だった。
 
 その女性と、彼女の隣もう一人の女性が笑いながら、「だって、新聞に書いてあるもの」。

 「As a Japanese, I WANT to tell you we, Japanese, are not born to kill ourselves. What the newspapers write about is Westerners fantasy」。

 ここで講師が間にはいって、「Kojiが正しい。自殺するために生まれてくる人なんて世界のどこにも居ない。自殺は病気ではない、行動だ。だから、僕たちは議論しているんだ」。

 彼女たちに怒ったわけではない。イギリスの新聞に怒った訳でもない。イギリスで自殺の話題が出るときは、こういう状況になることはわかっている。でも、

 くやしくて

 くやしくて

 くやしくて。

 怒りをぶつけたいのは、日本の政治家たち。毎年、3万人以上の国民を死に追い込んでいる連中が自らを「政治家」と名乗るんじゃない!

 今晩で吹っ切れた。これからは、自殺防止の議論に参加するのは躊躇しない。相手が納得するまで言い続ける。

 The Japanese are not born to kill ourselves!!!


http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1030.html

スポンサーサイト

鬱に関する一考察

2010.10.25
しばらく前から、「こんなことも知る必要があるだろう」と思って、一般論としての「ローカル・コミュニティにおけるメンタル・ヘルス(精神医療)」の講習会に参加しています。まだそれほどの回数を重ねているわけではないので、終わるまでにどのような知識を習得できるかは見えません。大まかな主題が、「メンタル・イルネスを防ぐためには何ができるか」といういわば「予防」の観点が含まれているのが興味深いです。医療全般から見ても、イギリスではあまり「予防」という意識を生活の中で感じることは少ないように感じます。ま、それだけ「メンタル・ヘルス」によって社会にもたらされるであろう影響が、無視できないほどになってきたということもあるのだと思います。

 これまでずっと(これからも)携わっている「カウンセリング」では、「予防」すると言うことを考察することはあまりなく、「なってから」どう回復するか・させるかということが中心でした。参加している講習会は、心理療法の方法論を抑えつつも、心理学にシフトしています。ということで、統計がやたら出てくるので数字に誤魔化されないようにするのが肝要です。

 先週の主題は「鬱」。やっと僕にとってなじみのある話題が出てきたこともありますが、ゲスト・スピーカーで招かれたクリニカル・サイコロジスト(臨床心理学者)の方の話がとてもわかりやすく、また興味深かったので、ご紹介。日本語・英語が混ざりますが、ご了承のほど。
 話を進める前に。僕がこちらの大学で心理学のコースを終了したころは、クリニカル・サイコロジストカウンセリング・サイコロジストはかなり明確に区別されていました。前者になるには、実地研修を数年積んでからドクター・コースで。後者は研修を積みながらマスター・レヴェルのコースを終了するというのが普通でした。
 ところが、最近になってちょっと調べてみたところ、どうも両者が重なり始めたような印象があります。確証はないですが、メンタル・ヘルスの現場でもいろいろな変化が起きているのかなと感じます。

 ゲスト・スピーカーとして招かれたのは、Dr Dorothy Rowe

http://en.wikipedia.org/wiki/Dorothy_Rowe

 著作リストの2番目にある、「Depression: The Way Out of Your Prison」が最も知られている著作のようです。60年代からクリニカル・サイコロジストとして活動を始め、その経験を基にした「鬱」についての彼女の持論を、1時間話してくれました。彼女の話の中のいくつかのフレイズを箇条書きで。念のため。彼女のスピーチは彼女が彼女自身の経験から築き上げたことでしかなく、これが「鬱」解決の唯一の方法、ということではないということは強調しておきます。

Only good person gets depressed.

In order to be depressed, 1) you have to be good and 2) then, in order to be good, you have to work harder.

If you are a good person, you do not blame other people.


All faults are done by you.
(極端な例として、9/11やロンドン同時多発テロも自分のミスと考えてしまう)。

Then, you would reach a stage of hating yourself.

Depressed people cut themselves from themselves off, cutting off invisible connections, such as friendship, relationship and connection with society.

By cutting themselves off, they create an invisible prison.

Your invisible prison is invisible for the other people, but for you, the prison is visible.

People suffering from mental illness would not want to be better since being depression is a kind of defense.

Hope is based on uncertainty.

Freedom exists in uncertainty.

Although it takes a long time, being valued and accepted by the others would encourage the depressed to get out of their prison.
(鬱の人にどう対処するのがいい方法なのか、という質問に答えて)。

ある参加者から、「子供時代に虐待を受けたりすると、鬱になりやすいのか?」という質問には。

Do not misunderstand an explanation with an excuse. For instance, [since my childhood was terrible] is not an explanation of being depressed.

For, even if some people had terrible childhood, some of them would be inspired by that terrible experience.


個人的に、この回答は胸のつかえをとってくれたようなもの。精神医療に限ったことではありませんが、症状を説明するためにカテゴリやラベルを使うのはもっともなことだと思います。でも、たとえば、「私はアダルト・チルドレンだったから」なんていい続けている人を見るたびに、「それで」としか思えないです。

 Everybody is uniqueなのだから、そこから先に進もうよ、と思うんです。

テロや自然災害、もしくは命にかかわる事件に巻き込まれても、それを克服する人としない人の差は何か?、という質問には。

It depends on an ability of how to interpret experiences.


 ドロシィのスピーチの間にクラスを観察して興味深かったのは、アフリカ出身の黒人男性のほとんどがまったく興味を示していなかったこと。個人の資質の差や興味の対象の差は考慮されるべきですが、僕は文化の違いを強く感じました。

 後半のセミナーが始まってすぐに、セミナー・リーダーの女性はこういいました。「私はドロシィを尊敬しているし、彼女の経験は疑いもなく素晴らしいもの。だから今晩来てもらうことができて本当に嬉しい。
 「でも、ひとつ忘れてならないのは、彼女はアカデミックではないということ。今晩彼女が話してくれたことは彼女の臨床経験から得たこと。それが間違いということではない。でも、この講習のひとつの目的は、統計の結果から鬱になる人の割合や、それを基にした予防方法を考えていくもの。それを忘れないように。
 「ただし、その統計についてもいつも考えなければならないことがある。それは、統計の数字がすべてに当てはまるとは限らないということ。数字のマジックに惑わされないように」。

 こういう風に書いてくると、「心理学やカウンセリングってなんてあやふやなんだ」と思われる方が居ると思いますが、僕もそう思います。逆に言えば、人間の心は脆くもあるけど、可能性を持っていることになるのではないかな、と。
 ドロシィのスピーチを聞いてから改めて考えたのは、「うつ病」になる可能性は誰もが持っていると言うこと。限られた特別な人だけが「うつ病」になるのではない。「うつ病」を、「うつ病になること」を特別視、または無視することは間違いなのではないか、ということを多くの人が考えられるようになればいいのかな、と思います。
 最後に、この講習会のもうひとつ面白い点は、精神医療の予防策やワークショップの可能性を議論する際にはいつも、「実現できるものなのか?その際予算はいくら必要になるのか?」、ということを常に問われること。先週発表された国家予算の大幅削減で、精神医療の予算はどのような影響を受けるのか興味津々です。


*このエントリィをもとに、質疑応答をするなんてことはまったく考えていません。

Hellas紀行番外3:コモン・センスと社会の多様性は融合できるか?

2010.10.20
寒いロンドンのおかげで、すでに記憶としては数年前のような気もするギリシャ旅行ですが、太陽、空、海と同じくらい興味を強く惹かれたのは、あくまで僕個人の想いですが、社会が均質、というか同質のままであるように感じる経験をしたこと。

 観光業に携わる多くの人が流暢な英語を操り、ギリシャ特有の移民問題を内包しているとはいえ、観光客の視線に入ってくる大多数の人はギリシャ人。勝手な想像ですが、彼らの日常生活の中で、理解するのが難しい行動や思考に遭遇する、直面しなければならないことはそれほど多くないのではないだろうかと思いました。言い換えれば、多文化社会で起きているであろう異文化を理解するため、また拒絶することによっておきる軋轢は少ないのではないかと。

 そう強く思ったのは、Grand Bretagnehttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1271.html)のレストランででした。給仕するすべての人がギリシャ人。もちろん、彼らの流儀を僕自身が知ることも必要ですが、誰に何を頼んでも、まったく同じクォリティのサーヴィスが提供される。ギリシャに行く少し前に、フォトナムでの多国籍の給仕の皆さんによるてんでばらばら、サーヴィスを受ける客のほうが気を使わなければならない経験をしたばかり(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1255.html)ということで、誇張しているのかもしれません。

 でも、それぞれの給仕の皆さんがまったく違う行動を、予測できないタイミングでする状況より、たとえシンプルな動作でも、肩に力を入れずにサーヴィスを受けることができた時間と空間は、コモン・センスの共有ってもはやありえないのではと感じるロンドンで暮らす僕には、とても新鮮、かつ心にやさしい経験でした。

 もちろん、「じゃ、コモン・センスって何?」と。ヴォランティア活動や、自分が関係していることで、僕は人が手紙を書かなければならない場面によく遭遇します。宛名を封筒の真ん中に書かない国ってなんて多いんだと唖然とすることはすでに日常だし、まだまし。「手紙の宛名って、どこにどう書くんですか?」と尋ねられることは何度あったかもう数え切れないくらいです。「いくらE-メイルが日常生活でのコミュニケイションの基礎になっているからといって、手紙の書き方を知らないって、おかしいことではないのか?手紙の書き方を社会に出るまでに学校、否、少なくとも親が教えることって、もはや常識じゃないのか?」、と。

 ペンの握り方、数字の書き方等々、そんな些細な、でも日常生活の基礎だろうと思われる、思っていることで自分の常識には合わないことに遭遇しています。ポーランド人が書く数字の「4」は僕の脳が認識できる「4」ではないし、インド人が書く英語の「r」は何度目の当たりにしても、どこか異世界のまったく知らない記号にしか見えないです。逆に、僕が非常識と心の中で罵っている外国人の皆さんは、「この日本人の宛名の書き方、変だよ。日本って、常識のない国なのかな」、と思うこともあるでしょう。

 現在のギリシャが、国内にどれほど多くの外国文化を抱えているか、それによる衝突を経験しているかを知らないまま書いています。が、いち観光客からすると、消化しなければならない異文化がひとつだけ、というギリシャでの日々は懐かしいんだか、ないものねだりなんだか自分でも良くわからないものでした。

 ロンドンに戻ってからこれを書き始めるまで時間がかかってしまったのでその間に、「常識A」と「常識Z」の「融合と衝突」とくくれるであろうニュースいくつか読みました。

China cracks down on African immigrants and traders

http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/06/china-crackdown-african-immigration
 僕自身の見識の狭さを露呈しますが、僕は中国がアフリカからの移民(もしくは季節労働者)を受け入れている事実に驚きました。

Angela Merkel declares death of German multiculturalism

http://www.guardian.co.uk/world/2010/oct/17/angela-merkel-germany-multiculturalism-failures?intcmp=239
 本文の解説記事には、この反移民の傾向は極右勢力の躍進と解説しています。でも、欧州諸国での反移民のうねりは、政治的に右なのか左なのかで判断するのは危険のように僕は思います。どこの曲がり角で、世界は迷ってしまったのか。

 旅行記という趣旨からはずいぶん外れてしまいましたが、異文化に直面するのはchallengingであると同時に、すぐには血肉にはならないけど結果としてrewardingでもあるのではないかと思うギリシャ旅行でした。

予算削減の大鉈は天国への階段か、斬首台か

2010.10.17
朝から大病院の救急病棟に行かなければならなくも、日没直前、ロンドンが珍しく橙橙一色に染まって終わる素晴らしい日曜日でした。

 今日の新聞各紙の報道によると、連立政権による予算削減の実行案が20日に発表になるとのこと。それに先んじて、今週は防衛費の削減にフォックス防衛大臣が同意したとか、全国で警察官が何万人単位で削減されるかも等々。このような状況で各地で攻防戦が繰り広げられています。
 
 個人的なことですが、ある所からコンペの誘いが来てちから入れて書いたのですが、没になったのが以下のもの。

研究費削減で頭脳流出の危機

連立政府による大幅な予算削減の方針は、英国内でその影響を受けない分野を見つけるのが難しいほど。公共事業の中止・縮小、防衛費、文化事業費、果ては英国王室の予算ですら削減・凍結の対象になっている。
 中でも、社会からの関心が届かないところで危惧されているのが、科学研究費削減により、第一線の科学者が英国を離れる動きが加速していることだ。
 国内に世界市場を牽引する大ブランドはほぼ皆無、また自然資源が豊富ではない英国。そのような状況を背景に、潤沢な予算で常に世界中から優秀な研究者を招き、彼らの研究成果によって世界ランクの上位に幾つもの研究機関を送り込む。ガーディアン紙は、英国政府は常に科学研究が国家にもたらす成果を高く評価していたと報道している。
 しかしながら、過去数年、不況からの脱出を必死に模索する英国では、科学研究予算は「聖域」ではなくなり、削減比率は、年を追うごとに増加している。
 科学者も、予算削減の痛みを分かち合うのは必要という声はある。だが、英国外から招かれた科学者にとって、予算獲得の陳情に時間を費やし肝心の研究ができないのであれば、早急に見切りをつけて他の国に移動するほうが得策という考えが広がっている。これまで、ガン研究、遺伝子治療や量子物理学等の分野を牽引してきた研究者の何名かは、科学研究予算が増えているドイツ、合衆国やオーストラリアの大学からの招聘に応える意志をすでに表明している。奇しくも、ノーベル物理学賞を受賞したマンチェスター大学の科学者は二人とも非英国人。
 英国の緊縮財政政策は、不況脱出には効果的と評価されている。他方、大鉈を振るいすぎて、国の勢いに悪影響を及ぼすのではとの批判意見も常にある。成果が出るまでに時間がかかる科学研究の予算削減、それに伴う頭脳流出の動きが英国の国益にどのような結果をもたらすのかは不明だ。


 的が絞り切れていないのが、落選の理由だと勝手に推測しています。もしくは、連立政権が力まかせに推し進める予算削減案については、市井の一外国人の僕が何を書いても何も変わらないという思いが歯切れ悪かったのかもしれません。
 僕の生活にどのような影響が出るのかは、今の段階ではまったく予想できません。が、「影響が出るのは確実」というのは確実でしょう。今回の削減案で最もフラストライションが溜まるのは、「誰と誰が、誰のためにどのような痛みを何年にわたって分かち合うのか?」というのがまったく見えてこないこと。銀行が痛みを分かち合う責任を逃れているのに、どうして個人が、そして特に医療制度が血を流さなければならないのか。

 今週初めに亡くなったクレア・レイナァという方がいます。テレヴィ・ドラマで活躍された方のようです。

http://www.guardian.co.uk/media/2010/oct/12/claire-rayner-obituary

 そのクレアさんが、家族に託した最後の言葉が大きく取り上げられました。キャメロン首相へのものです。

"Tell David Cameron," she reportedly told relatives before she died on Monday, "that if he screws up my beloved NHS I'll come back and bloody haunt him."

デイヴィッド・キャメロンに伝えなさい。もし彼が、私の愛するNHSをめためたにしたら、この世に戻ってきて、彼を呪うわ、と。


 年金問題で大揺れの隣国フランス。でも、今回の予算削減で、イギリスにも大嵐が来てもおかしくないのではと考えます。

Hellas紀行4:アテネ、そのほか

2010.10.15
本編はこれが最後になります。番外の3が続くかもしれません。

アテネ
もともと、遺跡等にはまったく興味が湧き起こらないということはきっちり自覚しているので、アクロポリスを見学する気はまったくなく。また、アテネに戻って二日目の土曜日の午前中に土砂降りに見舞われて、唯一観にいこうかなと思っていた「ニュー・アクロポリス・ミュージアム」へ行く気が削がれ、観光らしい観光は、土曜日の午後早い時間に、市内観光バスに乗ったこと。

 新しい建築物ではナショナル・ライブラリィには再びアテネを訪れる機会があれば訪れてみたいと思ったほかは、さして興味を引くものはなく。逆に普通の町並みを眺めているのがとてつもなく面白かったです。というのも、市内中心部にもかかわらず、長いこと無人のままで打ち捨てられているような建物、また改修工事が途中で放棄されたままの中途半端な状況の建物がいくつもあること。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5065045046/

 観光の基点となるシンタグマ広場から数ブロック下ったところでもそのような建物があったので、財政破綻の影響なのか。また、http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1268.html)によると2004年のオリンピック以降、市内のあちらこちらで、無理な計画で頓挫したままの建築計画も多いとのことでした。本当に、オリンピックってろくでもないな、改めて思いました。

 宿泊したホテルは、部屋からアクロポリスを眺められる好位置にありながら、二人しか乗れないエレヴェイターとか、怖い受付のお姉さんのためかランクは二つ星。でも、シンタグマからもプラカからも徒歩5分圏内なので、食事や買い物にはとても便利でした。

 シンタグマやプラカ周辺を歩いて居てギリシャらしいなと感じたのは、ギリシャ正教の催しで使われる祭祀用具やプリーストの皆さんがまとうのであろう豪華な刺繍が施された衣装を売る店が、普通に町並みに溶け込んでそこかしこにあること。

 歩いて楽しかったのは、シンタグマから伸びる「KAR SERVIAS」通り。シンタグマから入ってすぐのブロックには、これでもかというくらいの数のチョコレイト屋さん。泥水のようなギリシャ・コーヒーを飲むにはこのチョコレイトが必要なんだろうと思いつつ、美術品のようなチョコレイトには見惚れました。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5064432145/

 さらにこの通りを進むと、両脇に並ぶのは宝石店、宝石店、そして宝石店。ダイヤモンドは透明な石、ルビーやサファイアも色つきガラスの塊としか認識しない僕にはまったく意味のないそれらの店のはずだったんですが、その石を引き立てるデザインの美しいこと。
 シンタグマとプラカ周辺というとても狭い範囲ででしかアテネを経験しませんでしたが、「やっぱり、ここは異国」と改めて感じたのは、蚤の市の最深部のカフェでコーヒーを飲んでいたとき。気がついたら、英語がぜんぜん耳に入ってこなくなっていました。言葉が通じないことはどういうことかを体験したい方には、お勧めです。


食事
反論が有ることは承知の上で、ギリシャ料理は単調で飽きる。ということで、アテネでは違ったものを食べたいなと思っていました。

 アテネに戻ってきた金曜日の夜。プラカ周辺を歩いていると、1ブロックごとに「ここで食べていきなよ」という客引きが行く手に立ちふさがります。呼び込みをするレストランには入らないというのが僕の鉄則なのですが、歩いても歩いてもそんなレストランらばかりでうんざりしていたときに行き着いたのがここ。

http://www.eatatmiltons.gr/


http://www.thestar.com/travel/europe/article/774489--hot-new-nightspots-liven-up-scene-in-ancient-athens
(結構有名なシェフなのかな、と)

 石を投げればミシュランの星を持つシェフに当たる昨今では、「ミシュランひとつ星のアラン・パロディがメニューをプロデュース」といっても感じ入ることはなかったのですが、それはそれでメニューがほかでは無かったものばかりだったので、試しました。大当たりでした。

 結局ここに通い詰めてしまって肉、魚、デザート類を食しましたが、ひとつを除いてすべて満足のいくレヴェル。特にこれまた、「ここはギリシャだ」と友人たちと変に感心してしまったのは、デザートにドーナツが入っていたこと。金曜日の夜、何も知らない僕はそれを頼みました。待てど暮らせど出てこないドーナツ。それまでの食事も給仕もすべて満足のいくものだったのですが、これ以上は待てないなと思い始めたころにやっとキッチンから届いたドーナツ(丸いのではなく細くねじったものを一口大にちぎってある)は揚げたての熱々、ふわふわ。客の注文を受けてから揚げるんだそうです。あまりにも美味しくてもうひとつ頼みたかったのですが、さらに15分待つのはちょっとということであきらめました。

 これを読んでいってみようかと思った方への注意は、「海苔巻きは頼んではいけない」ということ。お米の炊き具合も許容範囲、ねたも結構いける、さらに海苔までと素材はすべて素晴らしいのに、それが合わさって「海苔巻き」になるとどうしてここまで不味いのか、というものでした。すしを作れるのは日本人だけなんてことは信じていませんが、作り方を知らないとこうなってしまうんだな、という例だと思います。

 Tによると、「one of the finest hotels in Greece」であるらしい、Grand Bretagnehttp://www.grandebretagne.gr/)。土砂ぶりで出鼻をくじかれた土曜日、「じゃ、そのGrand Bretagneでランチを試してみよう」といったのは僕。友人の一人曰く、「いいのか?プライシィだぞ。それにその格好はだめかも」と警告を受けました。その格好とは、ずっと昔に購入して以来まったく着る機会のなかった、ある欧州ブランドの高級麻素材の半そでシャツと短パン。
 ホテルに到着すると、ロビィは存外に無機質。格好で拒否されることも無く。が、ロビィ・レストランに足を踏み入れた瞬間、「すいません、ギリシャのこと、見下していました」。

 超高級ホテルとはいえ、国家財政が破綻する国の超高級なんて、と無意識に決め付けていた傲慢な自分。その内装、雰囲気、調度の優美なことと言ったら。足をむき出しにしている僕の存在がどれほど場違いかを痛いほど感じました。偏見はほんのたまに、わが身を守る鎧になることもありますが、偏見をきつくまとっていると大切なことを見逃すことが多いことを思い出しました。ま、きてしまったからには体験しなければということで、もっともお手ごろ価格、つまり払える範囲の価格帯のチキン・スープとクラブ・サンドウィッチを。

 チキン・スープ。何度も何度も満足のため息が出るほど美味しかったです。お代わりしたかった。サンドウィッチは、見た目これだけど思ったのですが、いざかぶりついてみると素材の新鮮さとヴォリュームに大満足。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5064430773/


プレゼンテイションも凝っていて。ちなみに、皿やカップ&ソーサーはすべてヴェルサーチ

 どんな人が利用しているのかと周りを眺めると、結構地元の人と見受けられる皆さんがコーヒー一杯でおしゃべりに花を咲かせていました。いまさらながら、欧州文化が培ってきたエレガンスの伝統と歴史をまったく知らないことを勉強できました。そうそう、最近、猫も杓子も「アフタヌーン・ティー」と感じているのですが、ここでもアフタヌーン・ティーが。正午から夜8時まで注文できるそうです。


パスポート
出不精になっていた最大の理由は、パスポート。これまで、引っかからなかったことを数えたほうが早いくらいです。今回、質問攻めにあったとかの嫌な経験ではありません。日本とギリシャのどちらに問題があるのかわかりませんが、係員の前に鎮座する読み取り機が僕のパスポートを認識するのにゆうに5分以上。入国だけならまだしも、出国時ですら「どうしてこんなに時間がかかるんだ」というくらい。日本国籍を放棄する気などまったくありませんが、EU圏内の行き来自由のIDがほしいです。
 それと、あからさまに人種差別ですが、個人でギリシャに行かれる際、出入国審査の列に並ぶときは、その列に南アジア系と思しき皆さんがどれだけいるかで順番が回ってくる早さが目に見えて違ってきます。ペロポネソス半島に義妹が住んでいるので頻繁にギリシャに行っているW夫人もその点を認めています。

 書ききれなかったことはまだありますが、この辺で。お付き合いくださってありがとうございます。

ウィニー・ザ・プーの切手、発売

2010.10.12
100712_childrens_books_set.jpg

 最近、切手の事をまったく追っていなかったら、今日、プーの記念切手が発売になったそう。

http://www.norphil.co.uk/2010/10a-winnie-the-pooh-stamps.htm

Hellas紀行3:会話編

2010.10.12
今回のギリシャ滞在で、とても興味深い人たちとの会話から見えてきた彼の地での人々の暮らし、思い、現実。多くの人がとても流暢な英語を操るので、普通の観光旅行では見えてこなかったであろうことを知りました。感想を交えずに、話の流れを簡単に。

 アテネ空港でピック・アップしてくれたのは、ロージィが信頼する運転手グループの一人、。彼と、T、Gは時間に正確なので国際金融機関から信頼されているとのこと。苦境にあえぐアテネのタクシー業界にあって、かなりビジネスは安定しているそうです。彼の奥さんがイギリス人なので、まるでネイティヴな英語をマシンガンのように繰り出し、話を聴いていてあきませんでした。

 僕は、ギリシャ人は少なくともひとつの外国語を話せるべきだと思う。なぜなら、観光は大きな産業なのだから、ギリシャ語しか話せませんではやっていけないよ。
 でも、息子たちが受けている教育からは、ギリシャ語の教育レヴェルの低下がはなはだしいことを感じる。古典を読めるべきだとは言わない。しかし、せめて母国語を誇りを持って話せるような教育をすべきだ。

 アテネはどんどん拡大している。多くの人が集まり住みたがるのは仕方ない。流入してくる新しい人たちの住まいを供給するために、住環境は悪化している。どんどん新しいビルディングが建設され、新しいフラットができているけど、どれもこれも狭くて小さくて、ギリシャらしいところなんてまったくないんだよ。

 僕は、「Selective racist」だ。アルバニア人はうんざりだよ。彼らのおかげでアテネは変わってしまったよ。
 (アルバニアは隣国だから共通点とかないのといってしまったところ)いいかい、ギリシャとアルバニアに共通点は少ないんだ。言葉も宗教も違う。彼らがアテネに流れ込んでくるまで、アテネでは夜中に窓を開けていても何も起きなかった。でも、彼らが来た後では、そんなこと二度とできない。


 MとTは僕から見ても信頼できるタクシー運転手なので、アテネに行かれる方は連絡先をお知らせしますので。

 ロージィhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1261.html)のだんなのキャプテンはちょっと見怖いけど、実は大変なおしゃべり好き。長崎では三井造船(だと思います)の施設で美しい女性にあったとか、神戸で腹痛に見舞われたときに日本人の医者が処方してくれたのは、ギリシャのオリーヴ・オイルだったとか話題も豊富。ホテルでの肩書きは、一応ジェネラル・マネイジャーだそうです。ロージィによると、「ギリシャ人を夫に持つのは大変なことなのよ」。どう大変なのかは、話してくれませんでした。

 このホテルのキッチンで働くmy Albanian boysは本当に良く働いてくれる。ギリシャ人の若者なんて雇えたものじゃないよ。
 (そんなのイギリスでも同じだよと言ったところ遮るように)ギリシャ人の若者は楽なことばかりを求めて働くことの意味をまったくわかろうとしない。彼ら(アルバニア人)が居なかったらこの国の産業は立ち行かなくなることもあるかもしれないな。


 最後に、リピーターの友人がホテルで会いたがっていたというアテネ出身の28歳のシングル・マザー。昨年から今年の6月までロージィのホテルで働いていたそうです。アジストリでの暮らしを終えて、アテネに1週間後に戻るというときに2度話しました。ちなみに彼女のお母さんが英語教師ということで、素晴らしい英語でした。

 1年半アジストリで暮らし働いてきたけど、人間についてたくさんのことを学んだわ。私は、アジストリには二度と戻ることはない。でも、経験したことはこれからどう生きていくか、他人とどうかかわっていくか得がたい勉強になったわ。

 私はギリシャ人よ。外国人移民じゃないのよ。働いてきて、暮らしてきて小さな島だけど、知り合いもできた。でも、知り合った島民の人たちの家に一度だって招待されたことなんてなかったわ。

 アテネから移り住んできたということで目立ってしまったのかもしれない。私の知らないところで噂がまわり、気がついたときにはやわらかく、でも深々と背中にナイフが突き刺さっているように感じる経験は何度もあったわ。そんなこと、アテネでは一度も経験したことがなかった。ギリシャ人なのに受け入れられないことが、当初はまったく理解できなかった。小さな島の人間関係がこんなに複雑で絡み合っているなんて知らなかったもの。今はアテネに戻りたいだけよ。それに、もっと自分の国のことを知りたいわ。
 

 2回目にあって話していたとき、ずっと気になっていたことを尋ねました。

 「ギリシャ人は、自国のことをなんて呼んでいるの?」 

 「どうしてそんなことを尋くの?」

 「ギリシャ語のメニューを読んでいて、Greekって出てこないから別の呼び方があるのかな、って思って。やっぱり変な質問だったかな」。

 「こんなことを外国人に尋ねられたのが初めてだったので、どうしてそんなことを知りたいのかが不思議だったの。でも、ぜんぜん変な質問じゃないわ。逆に、尋ねてくれて嬉しいわ。
 「Greeceって、古代トルコ語からきているの。奴隷(slave)の意味が含まれているのよ。だから、私は好きじゃないの。私たちの言葉では、この国はHellasよ」。

 ということで、旅行記のタイトルをどうして「Hellas紀行」としたかはこれが理由です。ただ、奴隷云々を戻ってからウィキ等で正確な情報なのかを調べてみたのですが確証を得られていません。ご存知の方がおられましたら、ご教示いただけると嬉しいです。

 カウンセリングとメンタル・ヘルスにかかわり、心理学に足を突っ込み、移民のことを考えることが多い僕には、今回の旅行は、とても面白いものになりました。世界は広いですね。Eと会うことはもうないでしょうけど、Mとキャプテンとはまた話す機会があればと願っています。

1億個の向日葵の種(陶器)@テイト・モダン

2010.10.12
これまで、こんなの(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-557.html)とか、こんなの(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-235.html)でいつも注目を集めているテイト・モダンタービン・ホールの新しい展示が今日から始まる。アーティストは、Ai Weiwei

http://www.tate.org.uk/modern/exhibitions/unileverseries2010/default.shtm

People power comes to the Turbine Hall: Ai Weiwei's Sunflower Seeds
http://www.guardian.co.uk/artanddesign/2010/oct/11/tate-modern-sunflower-seeds-turbine

In pictures: Ai Weiwei's Sunflower Seeds at Tate Modern
http://www.guardian.co.uk/artanddesign/gallery/2010/oct/11/aiwewei-sunflower-seeds-tate-modern?intcmp=239

Ai-Weiwei-007.jpg
(写真は2枚ともガーディアンから拝借)

 数日前からメディアが騒ぎ始めていて、いくつかの記事をざっと斜め読んで得た情報によると、この1億個の向日葵の種はセラミックで、一つ一つが1,600人もの職人によって向日葵の種の模様が手書きされたものらしい。


(踏まれて壊れないのかな?)

 数日前、アート関連のメンターであるW夫人から、「ゴーガンとかのブロック・バスターなんていつでも見られるんだから、新しいアートをもっと見なければだめよ」、といわれた。

 これって、アートなのかな、と逡巡する自分。来年5月までと長期だから、日本から来られる皆さんも体験できるのでは。

Les Pecheurs de perles(真珠とり)・コンサート形式@ロイヤル・オペラ

2010.10.06
今シーズン、僕にとっての初演目は、コンサート形式による、ビゼーの「真珠とり」でした。ENOの舞台(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1223.html)で観たばかりですが、やっぱりフランス語で歌われるのを聞きたかったので。

Conductor
Antonio Pappano

Léïla
Nicole Cabell

Nadir
John Osborn

Zurga
Gerald Finley

Nourabad
Raymond Aceto

 ロイヤル・オペラが最後に「パール・フィッシャーズ」を上演したのは、1920年のことだそうです。さらに、購入したプログラムの解説によると、そのときまでの舞台(10月4日の舞台でたった15公演目)ではイタリア語で歌われたそうで、思うにフランス語で歌われる「パール・フィッシャーズ」は初めてだったのかもしれません。それが理由かどうかわかりませんが、主要4人のうち誰一人としてフランス人が居ない(と友人が指摘)というのは良いことなのか悪いことなのか。

 出だし、ナディールを歌ったオズボーンの声が元気いいだけで、切れがないなと感じてしまって、集中力を欠いたまま聴いていました。デイヴィッド・キャメロン首相を思い出させる表情もマイナスだし。

背筋が伸びたのは、第1幕の、そしてオペラ全体の中でも見せ場のひとつ、ナディールとズルガーが歌う「テンプル・デュエット」。前半部分が終わり、このまま耳になじんだあの旋律がつむがれると思っていたところ、聴いたことのない旋律。しかも、美しい。今まで、何度も聞いてきたデュエットで旋律の展開を覚えていた僕には新鮮な驚きでした。

 その未聴の旋律を聴きながら思い出したのは、ENOのときのプログラムの解説。それによると、初演の後もビゼーはこのオペラを何度も改定したらしく、ENOは何度目かの改訂版を復元したスコアを使っている。ビゼーによるオリジナルの初演スコアは、消失したのだか、ほとんど使われなくなっているとか。いずれにしても、「パール・フィッシャーズ」といえばこれ、というアリアに別のヴァージョンがあることには驚きましたし、その旋律の美しさは格別でした。

 旋律で驚いたところがもうひとつ。2幕だったか、レイラの許にナディールが訪れる場面の冒頭で流れてきたのは、ジョージ・バランシーンの「シンフォニィ・イン・C」の第2シ-クウェンスで使われているメロディ。「どうして?」と一瞬思ったものの、「C」の音楽はビゼー。その点は納得するも、ではどうしてENOでは聞かなかったのか?

そうなると、記憶は鮮明でないながらも、ENOで聴いたのと少しづつどこかが違うように感じてきました。たとえば、歌手の皆さんに要求されている声の幅が、ENOのときに比べると広かったような。録音されていたようなので、仮にCDとして発売される場合、既存のスコアのものとの差別化を図る目的でも有ったのではないかなと想像します。

 歌手で傑出していたのは、ジェラルド・フィンリィ。一人だけ、リーグが違うことを見せ付けていました。その彼ですら、第1幕での最高音域ではとても慎重に歌っていたので、このオペラがあまり頻繁に上演されないのは、物語の設定の古臭さとともに、歌手にとっては簡単なオペラではないということなのかもしれません。

 オズボーン、経歴だけ見ていると、メトロポリタン・オペラではかなり活躍している様子。でも彼の歌い方からは、「ベル・カント・テノール」とは鮮明に感じられませんでした。来年1月、ロイヤルの「理髪師」にカウント・アルマヴィーヴァで出演予定になっています。「パール・フィッシャーズ」では第3幕になって声に透明感が増してきたように感じられたので、「理髪師」も聞いてみようかという気になっています。

 キャベル嬢。これまた彼女の登場の場面で、「なんだか声の響きがモチモチしているな」、とネガティヴに入ってしまいました。こんな粘着質の響きで、2幕と3幕の声を転がすアリアを歌えるのか、と。オズボーン同様、後半に向けてどんどんと良くなってきましたが、短距離競争のようなコンサート形式の舞台では、最初から最高レヴェルで臨んでほしいものです。

 久しぶりに聞くロイヤル・オーケストラは良かったです。特に、いつもはほめることなんてない木管・金管が素晴らしいできでした。打楽器が一度だけ、音を消し忘れたほかは目立った瑕もなく、パッパーノの指揮のもと良い演奏だったと思います。

 ロイヤル・オペラの18年ぶりの日本公演は、いろいろあったようですね、特に「椿姫」。代役の代役が歌う状況なんて、引越し公演ではあまり起きてほしくないこと。それがどう評価されるのかはわかりませんが、ガーディアン紙が密着取材をしたそうです。

The Royal Opera on tour in Japan

http://www.guardian.co.uk/music/2010/oct/02/rpyal-opera-japan-nicholas-wroe

Team Tokyo: behind the scenes with the Royal Opera in Japan
http://www.guardian.co.uk/music/gallery/2010/sep/30/royal-opera-manon-japan

Royal-Opera-perform-Manon-005.jpg
(ガーディアンより拝借。フィッティング中のネトレプコ)

Hellas紀行2:アジストリ、エギナ

2010.10.05
今回、ギリシャに行く前には、目的は何もしないということだったので、アテネのガイド・ブックは購入しましたが、ほかには何の予習もせずに行きました。ただ二つのことだけ。大学1年のとき、「古典ギリシャ語」コースを一般教養で選択しました。2ヶ月で脱落しましたが、そこで習った「エフカリスト(ありがとうの意、現代ギリシャ語ではエフハリスト)」だけはずっと記憶に残っていました。それと、ギリシャ語のアルファベットの小文字の「」はギリシャ語の発音では「」であることも、いつどこで教えられたのかは思い出せませんが、知っていました。

 ここ(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1256.html)でも書きましたが、英語の発音記号(今回の場合θδ)を叩き込まれていてつくづく良かったと思ったのは、ギリシャ語の綴りを何とか読めてしまったこと。もちろんすべてではないです。それに音として読めても、一般名詞はその意味を知らなければまったく意味を成しません。が、固有名詞、特に地名のつづりを原語で読めたのは面白かったです。数学を専攻している人にとっても、ギリシャ語のアルファベットは読みやすいのではないかと思いました。Λ(ラムダ)とかΓ(ガンマ)とか馴染みがあるでしょうから。僕は、「Γ」の小文字(γ)を認識するのにてこずりました。どれだけの人に意味を成すかわかりませんが、φ(ファイ)を見るたびに、発音するたびに思い出されたのは、「ルースターズ」。

 もうひとつ言葉で思ったことは、自分の日常が如何に英語のアルファベットにがんじがらめに影響されているか、ということ。アテネ空港に到着する前には、「英語が通じなかったらどうしよう」なんてつまらないことばかりを考えていました。実際、アテネ空港や港で目に飛び込んでくるギリシャ文字の洪水には、「The Arrivalhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1260.html)」の主人公の気持ちそのもの。が、ギリシャ語の発音が英語のアルファベットの発音にどのように置き換えられるかが判り始めると、フランス語やスペイン語からは感じたことのない、「まったく新しい言葉に遭遇しているんだ」という感覚を久しぶりに持ちました。そうそう、英語の「Exodus」って、ギリシャ語の「出口」から派生しているようですね。

 アジストリは、本当に小さな島です。公式ウェブによると人口は1,000人強。キャプテンによると、750人。一応、いろいろな変化が進んでいるそうです。まず、来年春ころに、アジストリは「Municipality」に昇格して、医療センターが開設されることになっているとのこと。現在も島には医者が一人だけ常駐しているけど、センターが開設されれば急患が出たときの対応が良くなるであろうと期待されているそうです。

 それと、エコロジカル、グリーンな島を目指すということで、太陽発電のパネルの設置や島内のゴミ捨て場の徹底管理等も進めたいらしいです。自らを「ビジネスマン」と呼びつつも、絶対にロマンティストに違いないキャプテンは島の暮らしのこれらの変化が達成されることに自信を持っているようでしたが、現実的なロージィは、「私の孫の世代に実現するはずよ」、とだけ。

 人が住んでいる集落は、ミロス港を擁する「メガロチョウリ」、もうひとつの港「スカラ」、スカラの高台にある「メトチ」、そして島の反対側にぽつんとある、「リメナリア」。

SignAtSkala.jpeg
(これを眺めているだけで、ギリシャ語が読める気になるはず)

ピレアス港から高速ボートやフェリーで手軽にこられるということで、アテネから訪れる人たちで週末はかなり込んでいました。ただ、ミロスやスカラのそばの海岸は、ホテルによって置かれたおびただしい数のビーチ・ベッドで埋められていて、海は綺麗でしたけど僕は泳ぎたいとは思いませんでした。

 ロージィのホテルの海で面白かったのは、スカラ港に入港してくるフェリーを泳ぎながら見られたこと。もちろん、間近ということではないですが、フェリーが入ってくるほどの港のそばで泳げるなんてことは、とても新鮮な経験でした。気をつけなければならないのは、フェリーが着岸すると、その衝撃による結構強い波が押し寄せること。泳いでいるぶんには余り気になりませんでしたが、岩場のそばに居ると足元をすくわれそうなほどの波でした。

 小さな島ということは、自分の足で回れるであろうと思われる皆さん、それは大きな間違いです。小さな島といっても、集落が4箇所もあればそれはそれででかいんです。僕のこれまでの経験(波照間島、アイラ島、粟国島、シリー諸島のセント・マーティンズ島)で言えるのは、島に住む人が、「そこに行きたいなら、この道をまっすぐ行けばいいだけ」というのは島外から来た人にとっては「まっすぐ」ではない、ということ。島に住む人にとっては「まっすぐ」というのは、結局目的地にまっすぐに着くから「まっすぐ」であって、一本道とは限らないということ。この「まっすぐ」な道には、あちこちでわき道や曲がり角が出現するんです。今回も、メガロチョウリを抜けてリメナリアにいく道路に出るまでに何度迷ったことか。 

 リメナリアにある唯一のカフェの裏にある小道を抜けてたどり着ける「マリサ」という小さな泳ぎ場(砂浜でも、岩場でもなくはしごがあるだけでいきなり水深20m)は、もっとも水が綺麗と多くの人が認めるところ。

 で、その美しい海を見たいと思って、リメナリアに行こうとしました。メガロチョウリからリメナリアへ延々と続くなだらかな、でも自転車だと結構心臓破りな、どこまで行っても終わらないように感じてくる長い上り坂には2度、ギヴ・アップ。せみの声しか聞こえてこないアスファルトの道に一人でたたずんでいると、こんな小さな島で迷うわけもないのに、なんだか不安になってしまって。そんな僕をずんずん歩いて追い抜いていく、ギリシャ正教会のプリースト。やっと、強風が吹いたちょっと涼しい日に到達できましたが、ロージィのホテルからゆうに1時間半はかかりました。逆に、リメナリアから戻るときの、誰も居ない道路をまるで海に飛び込んでいくように走り降りていくときの爽快感は素晴らしかったです。

 そのような小さな島にあって、いろいろな場所で見かけるのが、教会。暮らしている人々の暮らしに深く根ざしているなと感じることが何度もありました。アジストリに限ったことではないですが、教会の前を通り抜けるたびに胸の前で十字を切る人々。そして、アジストリとエギナを結ぶ、「アジストリ・エキスプレス」がエギナに到着したときに、無事に海を渡れたことを静かに祈っていた老婦人。


 アジストリよりはるかに大きいエギナには、たくさんの観光名所があるそうです。中でも多くの人の目的は、教会を訪れること。キャプテンによると、ビザンティン様式を保存している教会が多いとのこと。僕はエギナをあくせく観光するつもりはなかったので、朝のマーケットを見ただけでしたが、とても楽しかったです。

 どこでも見かけた出来あがったばかりの巨大ドーナツの素朴な旨さ。まるで日本から輸入したのではと思うほどそっくりな箒を店先においている雑貨屋。「JANOME」のステッカーをウィンドウに張っている電気屋。需要よりはるかに多いであろうそこここにある女性下着店、魚屋、八百屋、薬屋、そして島の名産であるピスタチオを並べている店。そんな中でお勧めは、AΦAIAΣ(アファイアス)34にあるお菓子や。ここのチョコレイト、最高でした。ギリシャのお菓子やチョコレイトにはキロ単位の価格が表示されていますが、違った種類を二つずつ頼んで、その合計で量り売りをしてくれました。ひとつのものを1キロ買わなければならない、ということではないようです。それと、このお菓子屋のちょっと先にある肉屋で購入したヴィール・チョップをロージィのところで焼いてもらったのですが、激美味でした。

 エギナですごかったのは、スクーターやモペットの数。一生分見たと思います。移動に便利ということはわかりますが、マーケットの間の細い路地にすら入り込んでくるスクーターに生活の違いを垣間見た思いです。

本條秀太さんのフリー・コンサート@バービカン

2010.10.02
2009年1月から2月にかけてロンドンのバービカン・シアターで上演された「Shun-kin」が11月に再び同劇場で上演される。

 で、ロンドン公演最終日の前日、11月12日に本條秀太さんのフリー・コンサートが催される。

Pre-show concert

Fri 12 Nov, 6.15 - 6.45pm
Honjoh Hidetaro: The Shamisen
Barbican Theatre

Offering a rare opportunity to hear the traditional Japanese Shamisen played live, Honjoh Hidetaro returns to the Barbican this autumn. Honjoh is an acclaimed Shamisen Master and composer of the haunting soundtrack to Complicite and Setagaya Public Theatre’s Shun-kin.

Admission is free, but please reserve your place by calling Box Office on 0844 848 3395 or email preshowconcert@barbican.org.uk


http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-988.html
(前回の模様)

 バービカン側の説明にあるように、事前予約をお忘れなく。三味線を聴いたことがなくても、楽しめると思います。

 本條さんのサイトの公演予定情報によると、今回はロンドンを皮切りに、パリ、東京、台北と続く長期公演。前回のロンドン公演の後、イギリスのダンス・シーンの先頭を走るアクラム・ハーンが2009年に最も印象に残った舞台のひとつと評価していた(はず)ので、お見逃しなく。

shunkin2010b.jpg
(本條さんのウェブから借用)


Template by まるぼろらいと

Copyright ©LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン All Rights Reserved.