LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2010年12月の記事一覧

政府と企業は、弱き者を見捨てる:酒税の陰で死んでいくホームレス

2010.12.28
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(批判をかわすためかどうかはわかりませんが、今は生産されていない銘柄)

時間があるときに、得意分野ではないので書きあぐねていた話題を。

 自分ではあまりアルコールは摂取しないし、また、ホームレスの人たちがアルコール中毒になるのは本人の勝手ではないかという思いがいつもあってこれまでは見てみぬ振り、という感じでした。これを書くからといって、正直に言えばアルコール中毒患者への考えが劇的に変わるとは思っていません。ただ、依存性の高いアルコール飲料を売る企業の倫理観、人命と企業を秤にかけて企業を取る政府について一言書くことはやっておきたかったので。

 今年の8月末、僕個人にとって大げさかもしれないですが青天の霹靂と感じる、安くて度数の高いビールの過剰摂取による中毒で命を落とすホームレスの数が増えている、というニュースが日曜新聞紙のオブザーヴァに掲載されました。

Super-strength alcohol 'is killing more homeless people than crack or heroin'
http://www.guardian.co.uk/society/2010/aug/29/super-strength-alcohol-killing-homeless

 日本でも、酒税が上がるたびに、その税金から逃れるために、新しい種類が製造・販売されているはず。僕は日本のビールの度数すら意識したことがありませんので、記事に書かれているアルコール度数7.5%のビールが、現在のポン円の換算レイトからすると、もしかしたら100円以下で購入できるかもしれない、ということがどれほど社会にインパクトがあることなのかは判断しかねます。
 また、記事で取り上げられているチャリティ団体、Thames Reachにとっても、保護したホームレスにアルコールをやめさせるのは至難の業のようで、一見、資金の無駄と思われる可能性もあるかもしれません。結局、路上で野垂れ死にさせないで、せめて屋根のあるところで命を終わらせてあげるに過ぎない、そんな印象は拭い切れません。

 しかしながら、記事を読んでいると、人の命を蝕むアルコール飲料が低価格のままで売られていることへの疑問が大きくなってきました。

"Many people we work with tell us they find it more difficult to get off super-strength than heroin," Nicholas said. "With drugs you've got to find dealers, whereas super-strength alcohol is in every corner shop."

多くの人が、この「超強力」アルコール飲料をやめることが、ヘロイン等の麻薬をやめるより難しいと感じている。麻薬は、売人を見つけなければならない。でもこのアルコールは、街角で普通に売られている。

"Of course, alcoholism among the homeless is hardly new. But what is different is the speed of the deterioration caused by the super-strength drinks. Consuming them is akin to pushing the fast forward on your life."
アルコール中毒はホームレスが抱える問題としては新しいわけではない。問題は「超強力」アルコール飲料が引き起こす健康悪化の早さだ。これらのビールを飲むことで、命が尽きるのを早めている。

If prices were increased on super-strength alcohol, "people seriously addicted to alcohol would move over to weaker, cheaper lagers and ciders". It would then be much easier to help them take further steps towards abstinence and recovery.
"If they're drinking normal-strength lagers or ciders they stop behaving like maniacs," Swain told the Observer. "We can at least talk to them and have a serious conversation. Getting these people into detoxification centres is difficult because the levels of alcohol they are consuming are too high for them to come down from."

もし、「超強力」アルコール飲料の価格が上がったら、それらの飲料に極度に依存している人たちは価格が安くて度数の低い飲料に移っていくだろう。そうなると、彼らにアルコールをやめさせたり、回復の道へ導くのが今よりましになるかもしれない。
 もし、(アルコール中毒の)ホームレスたちが普通のビールに移れば、彼らの異常な行動は止まるだろう。少なくとも彼らと話せるようになるし、真剣な会話だってできるようになるだろう。彼らが飲み続けているアルコールの度数が高いと、そこまで降りてくるのが難しく、彼らをリハビリに連れて行くことは難しい。

 この部分に特にひきつけられました。というのも、カウンセリングのアドヴァンスで麻薬やアルコール中毒患者に対してどのようにカウンセリングをしていくかというレクチャーに参加したときに、参考資料がとても少なくて驚きました。
 記事の発言のように、結局、中毒の程度が深刻だとコミュニケイションできない。カウンセラーも患者自身もお互いのことを理解できないのではないかと推測しました。中毒が深刻だと、まずは精神科医の領域になり、投薬治療等でコミュニケイションできる程度にまで回復できないと、サイコセラピィやカウンセリングが患者の心に届かないのだろうと思います。

 そんな低品質のビール、どうせ名もない企業のものだろと思われるかもしれません。でも、記事によると、カールスバーグハイネケンがそれらの企業として名を連ねています。

 上にリンクした記事の関連記事として、5年前の記事が上げられています。

Call for ban on super-strength 'tramp juice'
http://www.guardian.co.uk/society/2005/oct/03/drugsandalcohol.homelessness

 記事の最後に、カールスバーグの広報の女性の発言が引用されています。噴飯ものです。

A spokeswoman for Carlsberg UK said that a ban on extra strong lager would be a "nanny state" measure. She said: "We are keen to promote responsible drinking. We give information about the alcohol content on all our products, it's up to individuals to take responsibility for what they consume."

 カールスバーグ、この程度の企業だったのかと。

 最初の記事を読んで以降、この件についての政府の方針が気になっていました。11月末にやっと出たようです。

Tax on super strength beers and lagers set to increase
http://www.bbc.co.uk/news/uk-politics-11879061

 骨抜きの上に、施行は来年の秋。企業に真っ向から対峙できない政府が国民を幸せにできるのか大いに疑問です。国民が幸せになるためには、まず企業が儲からなければというのは本末転倒。企業のいうことを聞かないと出て行ってしまうから、というなら出て行ってもらえばいいんじゃないですかね。資本主義から抜け出せない企業から離れることができれば、国の再生が始まるかもしれない、というのは理想に過ぎないのかもしれません。が、このホームレスのアルコール中毒問題もまたイギリスや日本が抱える財政問題等を考えてみるきっかけになるのではないかと考えます。

 タイトルが扇動的なので、終わりは、皆さん年末・年始、飲みすぎには注意しましょう。


[追記:12月30日]
 メインで紹介した記事の最後の部分を引用するのを忘れていました。ホラー映画よりもずっと怖いです。

Swain said he had recently encountered a group of homeless Polish workers who were employed by off-licences to unload deliveries and were being paid in White Ace. In their alcoholic state they had resorted to barbecuing rats for food.

"Wherever you have these drinks, there's always going to be trouble."

チャリティの代表は、最近、ポーランド人のホームレスのグループに遭遇した。彼らはオフ・ライセンス(イギリスの酒屋)に雇われ、荷卸の賃金の代わり「超強力」ビールを与えられた。彼らのアルコール依存は深刻で、ねずみを焼いて食べていた。
この「超強力」ビールがあるところはどこでも、問題が起こる。

 東欧からいい仕事を目指してイギリスに来た人々のうち、英語を話せない人々は搾取され、ホームレスになり極度のアルコール依存になっているという現実は、イヴニング・スタンダードでも何度か報道されています。

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イギリスの新聞の訃報記事は、情報の宝庫

2010.12.28
年末・年始だろうが、一年を通していつかいてもふさわしくない話題かもしれないです。また、すでにご存知の方も多いと思います。が、簡単にでも一度は紹介しようと思っていたこと。それは、イギリスの新聞の訃報記事を読むことの面白さ。
 「訃報記事を読むことが面白い」というのは言葉の上では不謹慎かもしれません。でも、日本の新聞と比べると、分量も多く、亡くなられた方がどの分野で活躍されたかによって、まったく知らなかったイギリス近・現代史、もしくは現代世界史の勉強になります。

 たとえば、2年前のこのポスト。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-763.html


 僕はこの方の訃報記事を読むまで、スペインにこんな人がいて、こんな歴史があったことを知りませんでした。というか知らなくて当然でしょう。でも、イギリスの新聞が書いた彼女の訃報記事によって、フランコ独裁時代のことについて日本では知る術すらなかったであろうことを知ることができました。

 取り上げられるのは、もちろんイギリス人が多いです。が、なくなられた日本人の訃報記事が思いもよらずに掲載されると、「このようのことにイギリスのメディアは注目していたのか」と感心させられることもあります。
 2010年だと、1月4日になくなられた山口 彊(つとむ)さん。

http://www.telegraph.co.uk/news/obituaries/6943088/Tsutomu-Yamaguchi.html

http://www.independent.co.uk/news/obituaries/tsutomu-yamaguchi-survivor-of-both-the-hiroshima-and-nagasaki-atomic-bomb-blasts-1885195.html

http://www.timesonline.co.uk/tol/news/world/asia/article6978319.ece


http://www.guardian.co.uk/world/2009/mar/25/hiroshima-nagasaki-survivor-japan
(これは訃報記事ではなくて、ガーディアンが2009年に山口さんのことを紹介した記事)

 僕はテレグラフの記事を読むまで、山口さんの存在すら知りませんでした。このような人がいたことを、訃報記事とはいえきちんと書いてくれるイギリス・メディアなのに、山口さんのことをジョークのねたにしたBBChttp://playsandbooks.blogspot.com/2010/12/bbc.html)には大変がっかりさせられました。

 もう一人は、8月24日に亡くなられた今 敏監督について、たった2日後の26日にガーディアンがほぼ一面を割いて、その才能と業績をたたえています。

http://www.guardian.co.uk/film/2010/aug/26/satoshi-kon-obituary?INTCMP=SRCH


 現役の日本の政治家が仮に亡くなったとしても、誰がこれほど大きくとりあげられることか。

 記憶違いでなければ、このような訃報記事は、特に高齢な著名人の場合、先に書かれていることが普通のはず。それはイギリスも日本も同じことでしょう。これに関連する興味深い例を。
 10月10日、往年のソプラノ歌手、ジョーン・サザランドが亡くなりました。以下にガーディアンの記事を。

http://www.guardian.co.uk/music/2010/oct/11/dame-joan-sutherland-obituary?INTCMP=SRCH


 彼女の訃報記事を書いたのは、Alan Blythという方になっています。そして、記事を下までずっと読むと、この方すでに2007年に亡くなっています。つまり、サザランドより3年も早く亡くなった方が準備していた訃報記事が問題なく使われているんです。

 亡くなられたかたがたのご家族や近しい皆さんには悲しい、もしかしたら読みたくないものかもしれません。でも、訃報記事から得られる情報は、教室では教えられないであろうことが多く、目を通す価値は十分にあります。

郵便番号は、故郷にあらず

2010.12.27
今年の7月31日に、デイリィ・テレグラフ紙が先行し、ほかのメディアが即座に後を追った、ロイヤル・メイルのある方針についての報道がありました。

Counties to be axed from postal addresses
http://www.telegraph.co.uk/news/uknews/royal-mail/7919253/Counties-to-be-axed-from-postal-addresses.html

Royal Mail set to delete counties from addresses

http://www.bbc.co.uk/news/uk-10825499

 一番に報道したテレグラフが一番わかりやすいですが、2016年までにロイヤル・メイルが管轄するイギリス全土の住所のデイタ・ベイスからカウンティ(county)の名前を削除するというもの。まずは、2013年から今では存在しないカウンティを削除することから始める予定でいる、とのこと。

 まず、カウンティとは?上手く説明できません。ウィキペディアの該当部分を読んでみたのですが、歴史的背景、行政のやり方ともに複雑怪奇でまったく歯が立ちませんでした。きわめて大雑把ですが、日本の都道府県と同等としておきます。
 で、その都道府県に当たるカウンティの中で、存在していないものをどうして今まで保存してあるのか?この点は、ロイヤル・メイルの方針ですからまったくわかりません。ひとついえるのは、もはや存在していないカウンティの名前を住所に書く人は、今でもたくさんいる、これは自信をもって言い切れます。たとえば、Middlesexという県は存在しませんが、今でもかたくなに、もしくは自動的に住所の最後にMiddlesexと書き加える人はたくさんいるはずです。

 状況をこのようにややこしくしているのは、イギリスの「カウンティ」設定の複雑な過程があるからだと思われます。たとえば、後でリンクを張るガーディアンで取り上げられている、Rutland(ラトランド)というカウンティ。ここは、1974年に一度、行政区としてその存在が取り消されました。ところが、1990年代中期に、ステイタスに変更はあったようですが復活しました。このように、一度存在を抹消された県が、再び息を吹き返す、このようなイギリス国民だって何がなんだかわからないであろう状況では、カウンティの名前を書かなくてもいいですよといわれても、はいそうですか、とすぐに納得できる人は多くないのではないかと推測します。
 でも、ここまで書いてきて思い至りました。日本でも同様なことがつい最近起きていたと。「平成の大合併」。日本の地名を覚えることを趣味とする外国人(いるかな?)にとって、村や町の人為的な消滅、歴史的背景なんてまったくない新しい行政区分がいきなり現れては混乱することでしょう。
 最近、矢鱈とメディアで目にする「無縁社会」。イギリスでも日本でもそのような社会を普通の人々が望んでいるとは思えないです。社会を無縁にしたがっているのは、むしろ政治家、企業、そしてメディアのように感じます。

england-county-map.gif

ceremonial-counties-of-england-map.gif
http://www.itraveluk.co.uk/maps/england/から拝借。下の地図がセレモニアルとのこと。セレモニアルとは、選挙区区分の意味合いも含まれているのではないかと思います)

 テレグラフやBBCの報道には、多くの意見がすぐに寄せられました。公式には、ロイヤル・メイルが新しい郵便番号認証システムを導入した1996年からカウンティ名を入れなくても良いようになっているから何をいまさらや、存在しないカウンティを入れることにどんな意味があるというロイヤル・メイルの発表への賛同意見。そして、もちろん多くの反対意見。その反対意見の大多数は、自分たちが生まれた地域につながる自己のアイデンティティの否定につながるという、とてもエモーショナルなもの。

Royal Mail plan to delete counties from addresses faces a stamp of disapproval

http://www.guardian.co.uk/uk/2010/aug/07/royal-mail-county-addresses-plan

 これ、新聞本紙に掲載されたときのタイトルはずばり、「We are not a postcode」でした。つまり、自分たちの生まれ故郷の名前を削除して、ただの記号に過ぎない郵便番号だけで十分とは納得行かない、と。

 まず僕自身が日本に郵便を出すときのことを考えてみました。語弊があるのは承知ですが、日本人なら知っていて当然という大きな都市圏に出すときは、「東京都」とか「京都府」とは書きません。でもマイナーな住所と思うときには都道府県名を書いています。
 確かに、イギリスも日本も郵便番号と通りの名前(日本だと番地)さえあれば、郵便物は届けられることでしょう。でも、郵便番号で十分というのは、その国を構成する地域を知る、知りたいという興味の目が芽生える前に踏みにじられてしまうような気がします。
 皆さん、ラナークシャァ(Lanarkshire)がイギリスのどこにあるかご存知ですか?郵便番号だけだと、おそらく「G」で始まる記号で示されるところです。勘の良い方は気づかれることでしょう、グラスゴゥの南側です。でも、ラナークシャァの表記がなくて、Gで始まる郵便番号だけでは、どこにあるかすら判らないままということもありえると考えます。

 僕はこの発表をガーディアンの記事で知ったとき、「現在のイギリスらしいな」、と感じました。ロイヤル・メイルからすれば、機能上使わなくてもいい情報を削除すれば、なんからのメリットがあるのかもしれません。つまり、余計なことはしたくない。だから、それに従えと。
 10年以上もすんでいると、郵便番号から、「ここはどの地域だな」とわかることも多くなりましたが、見たことのない郵便番号だと、「ここはどこだろう?」と思うわけです。インターネットの時代、検索は簡単ですが、僕は部外者ながら、カウンティ名を入れるのは差出人に任せるべきと思います。

 時間が持てたらしっかり書きたいと思っていたことですが、部外者にはわからないことが多くて僕としては不完全燃焼のままです。が、興味をもたれた方は、ウィキペディアUKで、「Postal counties of the United Kingdom」や「Ceremonial counties of England」で検索すると情報を入手できます。

 閑話休題。イギリスの郵便番号の書き方について。僕が知る限り、郵便番号がアルファベットと数字の組み合わせなのは、カナダとイギリス。最近オランダも郵便番号の前か後ろのどちらかにアルファベット二文字を入れるようになったときいた記憶がありますが、確認していません。

 イギリスの郵便番号を書くときは、前後二つの部分に分かれます。ここで重要なのは、前の部分は場所により、アルファベットと数字の組み合わせで2文字から最大4文字になりますが、後ろは絶対に3文字。しかも、後半の最初は必ず数字で残り二つは必ずアルファベット。もちろん、最初の部分が正しくなければなりませんが、この後ろの部分の規則を知らない人がかなりいるようです。最近では、イギリス人の子供たちも知らないらしいとか。学校は何を教えているのやら。

 僕にとって郵便番号は、自分が暮らす地域のアイデンティティでもあり、しかしながらその地域を知りたいと思うきっかけになる手段のように思います。


(ガーディアンから拝借)

Martin Pebble by Jean-Jacques Sempé

2010.12.26


 日本でも広く名が知られている、ジャン=ジャック・サンペが1969年に発表した「マーティン・ペブル」。2006年に英語版が出版され手からまもなく偶然ドーント・ブックスで見つけ、書店内で読みふけり即買した。

アマゾンUKの解説

MARTIN PEBBLE is a timeless, touching and humorous book that brings to life the adventures of a little boy who blushes a lot, and who is happiest in the summer, when everyone else has a red face too. He sets out to find a reason for his strange affliction, and finds a friend instead - Roddy Rackett, who keeps on sneezing, even when he doesn't have a cold.

One day, his new best friend moves away and Martin Pebble is very sad. He goes on to make other friends, but doesn't have the same bond with any of them as he did with Roddy Rackett - the kind of friendship where you play games and make jokes and never feel bored. Years pass and Martin grows up, and moves to the big city. One day they meet again, on a crowded bus, and there's a lot of catching up to do. Soon they realize that some things never change: Martin still blushes, Roddy still sneezes, and the two of them are still the best of friends.

A French classic since 1969, MARTIN PEBBLE is now available in English for the first time, in a translation by the award-winning translator Anthea Bell. Illustrated with Jean-Jacques Sempe's colorful drawings, it the perfect gift for any child who has ever felt that they were a little bit different and found a best friend that makes them, even for a little while, feel better. MARTIN PEBBLE will make the perfect holiday gift and is sure to become an instant classic.


 僕がサンペを知ったのは、21世紀に入ってからなのでつい最近。また、彼の作品すべてが好きなわけではない。でも、これは笑えて、涙して、人と出会うこと、そして友人を持つことの意味を一緒に考えてくれる。
 子供向けになっているけど、大人が読んでこそまた味わいが違うと思う。クリスマスに限らず、贈って、そして贈られて嬉しくなる本。

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メイヒュウ・クリスマス・イヴニング

2010.12.24
クリスマスに間に合ってよかった。16日にセント・ジョンズ・ウッド教会で、犬・猫を保護するチャリティ団体、The Mayhewが主催するクリスマス・イヴニングに参加しました。

http://www.mayhewanimalhome.org/

 なぜこの団体のクリスマスの催しに参加することになったかというと、現在住んでいるところの大家が昨年の夏にメイヒュウから、前の飼い主が母国に戻るということで保護された齢12歳になる猫を引き取ったからです。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/4956597777/

 大家はずっと猫を飼いたがっていましたが、引き取る条件として「庭がなければだめ」という、ロンドン、特に中心部で庭付きの家に住んでいる人なんて本当にいるのかとの突っ込みを入れたくなる非現実的な項目に阻まれて何ヶ月も待った末でした。
 色の濃い洋服を着るときはできるだけ近づかないようにしていますが、猫の居る生活というのも面白いな、と最近やっと感じられるようになってきました。

 メイヒュウがクリスマス・イヴニングを催す理由のひとつは、もちろん資金集めもあることでしょう。でも、参加して感じたのは、資金集めだけではなくて、この小さな団体を日ごろから援助してくれる人々と共に、暖かいひと時を分かち合いたい、そのような想いを強く感じました。

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(セント・ジョンズ・ウッド教会)

 16日は、イギリスに大寒波が押し寄せた日。生憎の吹雪の中を歩いてたどり着いた教会内では、歌手の皆さんのリハーサルがほぼ終わるところでした。きいていたセレブリティ・レセプションとはこんなものかとちょっとしょぼい雰囲気のウェルカム・ドリンクで飲んだMulled Wineは冷え切った体も心も温めてくれました。

 プログラムは、休憩を挟んで2部構成。歌と、メイヒュウをサポートしている俳優の皆さんによる猫や犬にちなんだ詩や小説の一部の朗読が交互にというものでした。
 僕はテレビを見ないので誰が誰だかまったくわかりませんでしたが、前半、Peter Eganが「猫に薬を飲ませる方法」というのを朗読したときは、教会内は爆笑につぐ爆笑。笑いながら深くうなずいている人たちは、おそらく猫を飼っている人たちなんだろうな、と。

 前半が終わり、クリスマス・ブッフェ。ドリンク・レセプションの印象を覆す、ある意味とても豪勢なものでした。スパイシィ・フードが次から次に。サモサをはじめとしたインド料理、コリアンダーどっさりの春巻、なんだか良くわからない揚げ物。そして、イギリスのクリスマスといえばの、ミンス・パイ。すべての人がとても幸せそうでした。
 一緒に行った大家以外には誰一人として知り合いは居ませんでした。が、まったく予想していなかった、「コミュニティの中にいるんだ」という気分に包まれたのは、意外でした。

 後半は、メイヒュウの代表の女性による2010年を振り返る報告から。報告が終わると、代表の女性は、飼い主の引越しなどの理由で翻弄される犬の想いを描いた詩を朗読。終わる直前、感際まって涙声になる代表からは、単純ですけど、心から動物を愛しているんだろうなと。
 この心に届く詩の朗読に続いたのは、お約束のオークション。これを仕切ったAnnabel Gilesという方がとても上手くて、何度も笑わせてもらいました。

 集まった皆さん全員参加の合唱が終わり、再び代表の女性が登壇し、チャリティを支えているヴォランティアへの感謝を伝えました。小さな団体ですから、ヴォランティアが居なければ運営もままならないでしょう。
 で、思ったこと。インターネットで検索してみましたが、イギリスへのペット持込は現在でもかなりの金額、時間、そして忍耐(飼い主、ペット双方)が要求されるようです。2,3年単位での赴任や留学にペットを連れてというのはそれにかかる労力と精神力に見合わないようですし、断念する方も多いと思います。
 もちろん、ヴォランティアとして参加したとしても、常に犬や猫にすぐに触れられるなんてことはないでしょう。でも、このような、動物愛護のチャリティをヴォランティアとして援助することは、動物好きの方には、外国で暮らしているだけでコミュニティに溶け込む機会がないという生活環境に、小さいけど何か違ったものをもたらしてくれるではないかと考えます。

 吹雪の中戻るのかと思っていたら、外は雲ひとつない澄み切った冬の夜空。煌々と輝く月を見上げながら何度もクリスマス・キャロルを口ずさんでいました。


Merry Christmas!

歌はどこへ行った?

2010.12.21
学費3倍への学生たちの抗議行動は、暴力を肯定するつもりはまったくありませんが、彼らの怒りは僕は当然だと感じています。また、その怒りを抗議デモンストレイションとしてイギリスの若い世代が示せたことは健全だとも思います。
 でも、今回の抗議行動で何かが足りないなとも感じていました。そんな時、ブログに寄せてもらったコメントへどのようなことを書こうかと考えていて浮かんだのが、「プロテスト・ソングがない」。
 リアルタイムで経験したことではないですが、昭和中期の日本では、平和運動のデモ隊が童謡を歌って警官隊と対峙したなどと読んだことがあります。また、今の僕の生活の中でははるかに遠くなってしまっているアメリカ文化の中で、ひとつだけいつも心の中にあるのは、ピート・シーガー(確か、90歳を超えた今でも現役)やピーター、ポール&マリー等のフォーク・シンガーたち、そして彼らが社会に向けて歌ったプロテスト・ソングの数々。

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(ガーディアンから拝借。2009年のシーガー)



 勝手な思い込みとは承知の上で、社会が大きく動くとき、そこに多くの人が集まる歌があった、そしてあると思っています。
 
 今回の学生たちの抗議行動を通して、彼らが歌を歌わないのは、簡単に言ってしまえば世代の違いなのかも知れません。不思議でならないのは、彼らの怒りを代弁する歌、それをともに作り出そうとする「ロック・シンガー」の不在。
 この考えをイギリス人の友人たちと話したとき、彼らからは、「プロテスト・ソングができるかどうかはこれからの動き次第じゃないかな」とか、「今はまだ、protestingの段階ではない。Manifestingに過ぎない。そんなときにプロテスト・ソングはできないと思うな」とのこと。
 そのような意見に頷きつつも、考えてみると、政権が変わってから次々と打ち出される教育費の大幅削減、文化予算の削減に立ち向かった音楽家・アーティストっていただろうか?と。誰も思い浮かびません。
 ロイヤル・オペラ・ハウスや、ナショナル・シアター、そして数々の美術館・博物館のトップは声を上げました。でも、人々の生活を歌うはずのロック・シンガーの誰かが歌のひとつでも歌って怒りを代弁しただろうか?人々の生活を描くことで、社会に人々の声を届ける助けとなる絵を描いた画家はいただろうか?まったく、思い浮かびません。彼らはどこへ行ってしまったのか?

 僕にとって、歌は人生の一部。今の時代から目をそらさないでいられる、そのような歌を口ずさみたいです。多感なころに初めて聞いて以来、ずっと静かに歌い続けている歌があります。最近、手抜き気味ですが、その歌詞を。

Rally ’round The Flag

Yes, we'll rally 'round the flag, boys
We'll rally 'round again
Shouting the battle cry of Freedom
We will rally from the hillside
We'll gather from the plain
Shouting the battle cry of Freedom

The Union forever, hurrah boys, hurrah
Down with the traitor, up with the star
While we rally 'round the flag, boys
Rally once again
Shouting the battle cry of Freedom

We will welcome to our numbers
The loyal, true and brave
Shouting the battle cry of Freedom
And although he may be poor
Not a man shall be a slave
Shouting the battle cry of Freedom

So we're springing to the call
From the East and from the West
Shouting the battle cry of Freedom
And we'll prove a loyal crew
To the land we love the best
Shouting the battle cry of Freedom


More lyrics: http://www.lyricsfreak.com/

 ライ・クーダーの「流れ者の物語(Boomer's Story)」に収録されている曲です。彼のオリジナルではなく、1930年代か40年代のアメリカで歌われていた歌のようです。インターネットって本当に素晴らしい。このような歌の歌詞まで出ているんですから。

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世界の話題:2010年12月21日

2010.12.21
*著作権は、日本経済新聞社に帰属します。

日経夕刊20101221

暴動を起こしたのは愚者、デモを呼び寄せたのは政治家

2010.12.12
今日は、ランカhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1176.html)で朝食に南瓜のリゾットを食べることができたので心も体もほかほかになり一時的な幸福感に浸ることができました。が、新聞やラジオの報道を見聞きしていると、この国の状態がよくわかりません。一方で、ウィリアム王子とケイトさんの婚約発表、結婚式の計画が発表されておめでたいニュースがある。他方、暖房費の値上がり、福祉の大幅見直し、そして学費3倍法案に反対する学生のデモンストレイション。幸せと落胆、高揚感と体の奥から突き上げる怒りが混在している、そんな印象を持ちます。

 最悪のことにまではならなかったであろうとも、多くの人がショックを受けたであろうチャールズ皇太子とカミラ夫人が巻き込まれたデモの果ての暴動。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1292.html

 今日のサンディ・テレグラフの一面トップ記事は、「暴動なんかで公式行事参加を見合わせるなんてことはしないよ」、との皇太子の意気込み。

Defiant Charles and Camilla: we won't be cowed
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/theroyalfamily/8196721/Defiant-Charles-and-Camilla-we-wont-be-cowed.html

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(これは、12月11日付のFTから拝借。後方に描かれている二人は、今回の投票で造反したリブデムの元と前の党首)


 この記事の中で紹介されている一文があります。

They(皇太子夫妻の側近)also insisted that the couple remained "extremely supportive" of their police protection officers, and blamed the incident on the rioters, and not the police.

 今回のデモ・暴動、突き詰めていえば連立政権ががむしゃらにやり抜こうとしている国家予算削減のためのあらゆるトップ・ダウンへの反対運動の中で、イギリスの警察は、誰のために働いているのだろうと考えることがよくあります。

 11日のガーディアン紙に、警察機構トップの一人へのインタヴューが掲載されていました。

Police must not be seen as arm of the state, warns top officer

http://www.guardian.co.uk/uk/2010/dec/10/police-tuition-fees-protests-orde

 もちろん、インタヴューを受けている人は、暴動を正当化などしていません。しかしながら、現在のような社会情勢の中、警察が「国の軍隊として見られることは絶対にあってはならない」、と明瞭に危惧を表明しています。

Police fear becoming the focus of public anger at government cuts and that repeated clashes with demonstrators risk damaging their reputation.

It was crucial that police do not appear to be "an arm of the state" who are being used to allow the government to "impose cuts".

Asked if there was a danger to the police's reputation by repeated clashes at demonstrations, Orde told the Guardian: "Yes, if it is allowed to be played as the cops acting as an arm of the state, delivering the elected government's will, rather than protecting the rights of the citizen.

"We need to be clear we are doing it as operationally independent, and not subject to influence by anyone as to how we do it. The police are not against anybody."



 昨晩、テレグラフの読者である友人(超コンサヴァ)と昨今のデモンストレイションについて、かなり熱く議論しました。僕が、「誰もがデモンストレイションをする権利を持っている」といったのを引き取って、「でも、皇太子夫妻を危険にさらしたり、公共の建物に被害を加えて言い訳ではない。ガーディアンなんて読んでいるとそこら辺が理解できないのじゃないか」と。 この余計な一言が僕の血を滾らせる結果となり、「ちょっと前に、これほど厳しい経済状況の中では everybody が我慢しなければならないって言ったよね。連立政権は、法人税を逃れている大企業、たとえばヴォーダフォンやグラクソ・スミス・クライン、トップショップやバークレイズ等にきっちり税金を払わせているかい?それに、どうして高額年金受給者が平気でいられると思っているのか本当に不思議だよ。高額な年金を受給し続けているある特定の人たちの年金を下げるというのなら学生たちも納得するかもしれない。我慢しているのはeverybodyじゃない。マイノリティだけだよ」。

 食事がまずくなるのでここでやめました。でも、「今」受け取っている年金とその制度が明日にでも廃棄されることだって、今の世の中、財政建て直しの案としてあってもおかしくないということは、選択肢としては見られないものなんでしょうか?年金制度が人類の歴史の中でどのように生まれ、運用されて来たのかまったく知りませんが、永久に続く制度なんてありえないだろうし。「年金」という概念が消滅することだってありえるのではないかと思います。それを言ってしまえば、学費の上限がずっと£3,250-、ということもありえないだろうし。
 自分だけは平気と多くの人が思っている限り、苦しみを分かち合えない政治が続く限り、多くの人が幸福感を分かち合える社会になるには、どこでも長期間の軋轢が続くのではないかと、素人は考えます。

 イギリス国内では、今回の暴力的デモンストレイションを引き起こしたのは誰か、と犯人探しにメディアも政治もシフトしてきているようです。僕は、この状況を引き起こしたのは、連立政権、ひいてはキャメロン首相の驕りと思っています。
 こんな風に書くと、左だからとか共産主義とか思われてしまうこともあるでしょうけど、僕は共産主義なんてまったく信用していないし、同時にイギリスってここまで追い込まれてなおキャピタリズムから抜け出せないんだなと感じるだけです。おかしいと思うことを、「おかしい」といえなくなることが最も怖いです。


 ウィキリークスについては語る言葉も知識もありません。が、ひとつだけ感心したことがあります。在野のハッカーたちが大企業のウェブを止めてしまったこと。彼らがやったことを素晴らしいと表現するつもりはまったくありません。しかしながら、国家権力がすべての国民のデイタを把握しているであろうと感じる21世紀に、いまだに権力が把握できていない非暴力的な「力」がまだ存在することが、とても新鮮な驚きでした。

28歳の肖像:ロイヤル・エンゲイジメントの公式写真

2010.12.12
最近、テレグラフは写真をダウン・ロードできなくしてしまったし、ガーディアンは王室関連の写真だとろくなものがない。ということで、本紙を購入することなど年に1回あるかどうかだけど、デイリィ・メイル様さま。
(このポストは、写真等すべてにおいて知的所有権、著作権を侵害している可能性が大きいと思われます)


The Prince of Cuddles: The touching embrace that shows the love between William and Kate... and a refreshing departure from Royal protocol
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1337859/Prince-William-Kate-Middleton-wedding-The-touching-embrace-shows-love-William-Kate--refreshing-departure-Royal-protocol.html

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(こちらが形式ばったもの)


(こちらはカジュアル)

Royal wedding: William and Kate release engagement photographs

http://www.guardian.co.uk/uk/2010/dec/12/royal-wedding-william-kate-photographs

 こんな、イギリスの幸せを体現している二人に、日本から贈りたいのは、この歌。

二人のことば
作詞:寺山修二
作曲:田中未知
(戸川純のベスト、「TOGAWA LEGEND」から)

二人のことば 二人の手
二人のモーツァルト 二人の海
二人の歌 二人の夢
二人の故郷 二人の愛

二人ぼっちでいるだけで
しあわせになるあなたと私

誰もいない無人島で
あなたと二人きりで暮らしたい
毎日海で泳ぎ
裸足で恋をしたい
鳥のように歌いながら

二人の土地 二人の海
二人の子供 二人の愛

二人ぼっちでいるだけで
しあわせになるあなたと私

2011年4月29日の情報

2010.12.11
とはいえ、これまでこのブログに根気よく付き合ってくださっている方に。もしかしたら、日本ではまだ報道されていないかもしれないであろう情報を二つ。

 本当は、ロンドン交通局関連のポストで使おうと思っていたニュース。4月29日のロイヤル・ウェディングにあわせて、ロンドン交通局が特別のオイスター・カードを作る計画をしているとのこと。

TfL to create Kate and Wills Oyster card for royal wedding

http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23903749-tfl-to-create-kate-and-wills-oyster-card-for-royal-wedding.do


*これは、このようなイメイジで作成されるかもしれないとの予想でイヴニング・スタンダードが作成したものであって、実際にこうなるかどうかはまったくわかりません。

 実際に発売されることになり、是が非でも入手したい方は、こちらをこまめに確認してみては。

http://shop.tfl.gov.uk/

 いち利用者としては、実際の運行状況改善に力を入れてほしい。

 二つ目は、当然といえば当然、2011年4月29日、ロンドンのホテルはすでに軒並み満室に近い予約状況にあるというニュース。

Prices rocket as London's top hotels charge 'Kate rate' for royal wedding

http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23905228-prices-rocket-as-londons-top-hotels-charge-kate-rate-for-royal-wedding.do

 記事では、五つ星のサヴォイ等が通常より倍近い値段でオファーしているだけでなく、最低3泊からでないと予約を受け付けないという、完全に売り手市場。それでも、ほぼ満室というのだから。極端な話、二人が結婚する29日にイギリス本土に居たいと願う人は、最果ての村のB&Bでもいいのかもしれない。

 その、サヴォイ。10月上旬に2年余りの改装が終わり再オープン。人気があるのは判るけど、週末のアフタヌーン・ティーの予約、最低3ヶ月前の予約は必須です、といわれた。


[追記12月20日]
 こんなニュースが。

英切手から女王が消える? 郵便事業民営化で騒動に
http://www.47news.jp/CN/201012/CN2010122001000005.html

危機一髪!チャールズ皇太子 & カミラ夫人

2010.12.10
朝、忙しいときに気づいてあわててアップしたので、補足として感想を。

 の前に。「ウィリアム王子とケイトさんの結婚式をどうして書かないんですか?」への返答は、興味ないからです。イギリス王室で僕が興味を持っているのは、エリザベス女王夫妻。
 それと、王室ねたへのコメントで、妄想、思い込み、伝聞等のコメントは戴いていも削除するだけです。

Pure terror in her eyes: Charles and Camilla surrounded by baying tuition fees mob who attacked their car screaming 'Off with their heads'
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1337088/TUITION-FEES-VOTE-PROTEST-Charles-Camillas-car-attacked-thousands-students-descend-Parliament.html

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 順番はよくわからないけど、奥さんが旦那を守ろうと手を伸ばしている、ように思う。この写真を見て、それでもこの夫妻の人間性を攻撃できる人は、まずご自身の生活を見直すべきではないかと思う。

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 王室のメンバァとはいえ、血の通う人間。こんな状況では、身がすくむのは当然だと思う。

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Prince Charles and Camilla caught up in London violence after student fees vote
http://www.guardian.co.uk/education/2010/dec/09/charles-camilla-car-attacked-fees-protest

 キャメロン首相は中国で、「イギリス人学生の学費が上がれば、留学生の学費は下がることもあるかもしれない」といったらしい。その言葉を、誰が信じるだろう。イギリスの首相の質もここまでか、と思った。

The Night Bookmobile:夜の移動図書館

2010.12.09


クリスマス目前で、いつも激混雑のドーント・ブックスに立ち寄るたびに手にとってします絵本、というか絵で読む小説。著者の解説によると、これを書くきっかけになったのは H.G.Wells のある短編とのことだけど、内容は別物らしい。
 ある、書評サイトでは、以下のように評されている。

I could not help but think of Borges’ famous quote, “I have always imagined that Paradise will be a kind of library.”

http://www.finebooksmagazine.com/issue/201012/night_bookmobile-1.phtml


 絵が可愛いなんてことはないし、ぜひ手元におきたいとまでは思わないけど、混雑している本屋でこれを開いていると、本の中に引き込まれるような感覚を持つ。

 個人的に、絵本は買うのも貰うのも好き。友人たちへのプレゼントはこれ(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1260.html)。この「夜の移動図書館」は結末が結末だから、クリスマスにはちょっと不向きかもしれないけど、ブッキシュな人には面白いと思う。

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ハピネス、収入格差と財政破綻の相関図

2010.12.05
「最近、書いていることが暗いのは時節柄ですか?」、と友人たちから問われたのですが、僕には暗いことを書いているという実感はまったくないです。書きなれていない分野に頭を突っ込んで表現がこなれていないという自覚はありますが。

 11月中旬、ガーディアン紙が大きく取り上げた(テレグラフは囲み記事だけでほぼ黙殺)のは、キャメロン首相が国内経済の発展を促進するために、国民の幸福度を測る計画を改めて発表するというものでした。

Happiness index to gauge Britain's national mood
http://www.guardian.co.uk/lifeandstyle/2010/nov/14/happiness-index-britain-national-mood

David Cameron aims to make happiness the new GDP
http://www.guardian.co.uk/politics/2010/nov/14/david-cameron-wellbeing-inquiry

David Cameron should measure mental health, not happiness

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/nov/26/david-cameron-happiness-mental-health

 何を寝とぼけたことを言っているんだ、と終わっていたところですが、折りよく「精神医療」の講習会でポジティヴ・サイコロジィ(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1286.html)のことをやっていた、さらに、ネットで知り合った方から、アジアの小国ブータンでは過去30年もの間、National Gross Happiness(NGH)が国の成長の指標として使われているということを教えてもらい、俄然興味を持ってしまいました。ちなみに、そのブータンのことを教えてもらって改めてガーディアンの記事に使われていたチャート(2006年)を見ると、ブータンのほうが日本より国民の幸福度は高かったです。 


(このグラフは2006年のもののはず。なので、アイルランドの幸福度は現在は違うだろう)

World_happiness.png
(色的には、こちらのほうが見やすいかな。でも、幸福度が高いのが青と言うは違和感がある。日本は不幸自慢の国、ということは覚えておいてもいいかな、と。言い換えると、日本人の幸福度を西洋の物差しで測るのはとても無意味)

 性格によりますが、僕はこの幸福、イコール精神面の健全性、ひいては国の成長が改善されるとは、鵜呑みにはできません。たとえば、ポジティヴ・サイコロジィを例に。セリグマン博士が推進していることは、心理学の範疇ではエヴィデンス・ベイスだし、統計の取り方もきっちりとやっていることはわかります。でも、突き詰めれば、やはりアメリカの風土、文化、国民性の中で培われたもので、それが即座に地球規模で当てはまるとは思えません。
 さらに、気になっているから目に付いてしまうのだと思いますが、最近やたらと、「読めば元気になることを目指している」ライフコーチング本とか「ポジティヴになれば云々」という文言が増えてきているように思えます。

 けちをつけているといわれれば、はいそうです、としか答えようがないですが、「ポジティヴって、何ですか?」と尋ねたくなります。念仏を毎日唱えれば救われる、と同じレヴェルのように感じます。その先を見るための思考が止まってしまっているように感じることがしばしばです。一例。最近猫も杓子も使う「PTSD」。「PTSDは判ったからさ、それを理解するためにどうしてそうなったかのプロセスなり要因を考えませんか」と促されても、「でも、PTSDはPTSDでしょ?」という僕にとってはかなり不毛な議論が講習会で何度も出てきます。PTSDは指標ではあるかもしれないけど、内容ではないですから。

 精神医療の予防策としてどんなことが考慮されるべきか、ということが講習会で何度も強調されます。そのひとつが、収入格差、収入不公平の是正。言うは易し、書くは易しですが、今の時代、これこそ実現することが難しいことはないのではないかと思います。持ってしまったものを手放すことの難しさは、自分でも何度も経験しています。
 先日、ある友人と意見を交わしていたときに感じたことですが、健康で居ること、そして普通でいることは、今のキャピタリズムの時代、なんて難しいことなのかと。普通で居ること、健康で居ることは大変なのに、誰もそれを評価しない。極端に走っている人々だけがメディアでもてはやされる。そんな気がします。

 日本でも最近では収入格差の話題が出ているようですし、イギリスもまったく同じです。個人的にかなり衝撃だったのが、11月28日にオブザーヴァ紙が掲載したイギリス国内の給与不公平がどの程度なのかを分析した以下の記事。

Britain must close the great pay divide
http://www.guardian.co.uk/business/2010/nov/28/pay-inequality-hutton-review

 以前は、このような分析記事とともに掲載されているグラフ類もウェブで見ることができたのですが、今回は見つけられなかったので解説を。イギリスのFTSE100に入っている企業のCEOの平均年収は500万ポンド。たとえば看護婦の平均年収は、3万ポンド、そして教師や警察官は4万ポンドに届くかどうか。金額には反映されないかもしれない福利厚生を入れればもう少し増えるのかもしれませんが、格差の溝は埋められるレヴェルのものではありません。

 イギリスの収入上位1%の人たちの収入が全国民の総収入に占める割合が、1980年代初頭にそこを打ってから21世紀に入ると格差の開きが加速しているグラフにも少なからず驚きましたが、最も驚いたのは、OECDのデイタを基にした先進諸国の収入格差の実態グラフ。

IncomeChart.jpg
(収入上位1%の総収入の推移。フランスとドイツの数字が逆の意味で新鮮)

incomeinequality_oecd.jpg

GINIinequality.jpg

 オブザーヴァが使用したグラフには日本は入っていませんでしたが、何に目が釘付けになったかというと、OECD30カ国平均より上か下かでどの国が現在どのような現状にあるかがはっきりわかることです。
 平均より収入不公平格差が大きい国の中で、ギリシャとアイルランドはすでに破綻、スペイン、イタリア、ポルトガルは国内財政破綻が視野に入ってきている状態。国民の収入格差が大きい国ほど財政破綻の確率が高い。僕が気づくくらいですから、多くの人がすでに話し合っていることだとは思います。

 で、日本。国内での収入不公平度がどれほどなのか、僕はわかりません。しかし、グラフによればすでに破綻したギリシャと破綻寸前らしいスペインの間。ということは、日本の財政って、破綻にかなり近い状態なんでしょうか?ギリシャやアイルランドと違って賃金格差がそれほど大きくない日本で財政が破綻したら、国民の幸福度はどうすれば維持・向上できるのか?

 世迷言を書き連ねているだけかもしれません。帰国すれば、息苦しさは感じるけど、これほど暮らし易そうに思える国はない。だから、気になって仕方ありません。

spirit-level.png
(参考までに再掲載)


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