LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2011年01月の記事一覧

精神医療とソーシャル・キャピタルの関係

2011.01.30
昨秋から参加していたコースがひと段落着いたので、その中で僕にとっては全く新しい考え方である、ソーシャル・キャピタルメンタル・ヘルスがどうつながっているのか、ということをさくっとご紹介したく。

 自分の言葉で説明できるほど通暁しているわけではないので、英語と日本語のウィキペディアから勝手に引用します。


ソーシャル・キャピタル(Social capital, 社会関係資本)は、社会学、政治学、経済学、経営学などにおいて用いられる概念。人々の協調行動が活発化することにより社会の効率性を高めることができるという考え方のもとで、社会の信頼関係、規範、ネットワークといった社会組織の重要性を説く概念である。人間関係資本、社交資本、市民社会資本とも訳される。また、直訳すると社会資本となるが、概念としては区別される。
基本的な定義としては、人々が持つ信頼関係や人間関係(社会的ネットワーク)のこと、と言って良い。上下関係の厳しい垂直的人間関係でなく、平等主義的な、水平的人間関係を意味することが多い。しかし、この語には実に多様な定義があり、以下のPortes(1998)の文献によれば、共同体や社会に関する全ての問題への、万能薬のように使われている言葉だが、1990年代終わりからは学会外でも社会的に有名な語となった。


Social capital is a sociological concept, which refers to connections within and between social networks. Though there are a variety of related definitions, which have been described as "something of a cure-all" for the problems of modern society, they tend to share the core idea "that social networks have value. Just as a screwdriver (physical capital) or a college education (human capital) can increase productivity (both individual and collective), so do social contacts affect the productivity of individuals and groups".

 コースワークを書くために集めた資料の中に、ウィキペディアで名前が挙げられているロバート・パットナムによる定義を見つけたので、二次引用になりますが挙げておきます。

1. Community networks: number and density of voluntary, state, and personal networks.
2. Civic engagement: participation and use of civic networks.
3. Local civic identity: sense of belonging, of solidarity, and of equality with other members of the community.
4. Reciprocity and norms of cooperation: a sense of obligation to help others, along with a confidence that such assistance will be returned.
5. Trust in the community


 言葉の響きから、なんだか直裁的な「金」の印象がありましたが、とても基本的、そして直接(インターネット上ではないという意味で)のコミュニケイションのことに過ぎないと思います。解説にあるように、当初は政治、経済の分野で主に使われてきたようですが、最近になって、まず身体的な健康への関連、ついで精神医療の面でソーシャル・キャピタルと精神疾患の発症と回復にどのような関連性があるのか、というのが盛んに議論されているそうです。特にアメリカとイギリスでは、ソーシャル・キャピタルを構成する要因のひとつであろう、暮らす場所が提供する「地域への帰属の程度」が精神疾患の発症プロセス、また回復に違いがあるのではということの検証が続いているようです。

 講習会で学ぶ内容を深く理解するために挙げられた参考文献でも、とりわけ地域内で精神を病んだ人たちをどのように受け入れるか、受け入れないかという点が取り上げられています。

Warner, R. The Environment of Schizophrenia. London: Brunner-Routledge, 2000.

Warner, R. Recovery from Schizophrenia. 3rd ed. London: Routledge, 2004.


後者は、初版は1985年ですが、2004年に第3版の改訂版が出るほど精神医療と政治・経済事情を関連付けた基本的な文献とのことです。大げさでなく、とても読みやすい英語です。さくさく読めます。精神医療と社会経済に興味がある方にはとても面白い本だと思います。問題は、アマゾンの中古でもいまだに値段が高い。

双方に上げられているイタリアの例から。

Worker cooperatives employing people with mental illness began in Italy in 1970s and similar enterprises have subsequently been developed in Switzerland, Germany, Spain, Ireland, Sweden and elsewhere.
In Trieste, Pordenone and Palmanova in north-east Italy, and in other parts of Italy, each business consortium employs a mixed workforce of mentally disabled and healthy workers in manufacturing and service enterprises. 中略 There are fewer cooperatives in the south of Italy.

(イタリアでは、1970年代に、メンタル・ヘルスの治療を受けている人と風通の人が一緒に働くソーシャル・ファームズというのが始まった。トリエステなどの北東イタリアでは盛んだったが、南部イタリアでは多くなかった)

People with schizophrenia are much more likely to live with their own families in some cultures than in others. A study found that over 70 per cent of a large sample of people with schizophrenia in treatment with the public mental health system in Bologna, Italy, were living with their family, compared to 17 per cent of a similar sample in Boulder, Colorado.
(イタリアのボローニャでは、公的な精神治療を受けている患者の7割が家族と住んでいる。それに比べて、アメリカのコロラドのある町では2割にも達しない)

 ワーナーの調査が行われたのは1980年代、90年代ですから現状は、おそらく変わってしまっているのではないかと推測します。

 精神医療をソーシャル・キャピタルと関連付けて話すときに留意しておかなければならない点は、単なる文化の違いだけでは、そこで表示される数字が完全に正しいわけではないということ。今回、いくつか文献を読んでみたのですが、調査をどの国(もしくは文化圏)、もしくは同じ国のどの地域で行うかによって調査結果は微妙に違っていました。一部では、ソーシャル・キャピタルを論じれば、メンタル・ヘルスの将来に光明がさすという議論があるらしいです。しかしながら、ソーシャル・キャピタルは万能ではない、ということはどの文献でも必ず強調していました。

 もうひとつ、ワーナーの議論で興味深かったのは、メンタル・ヘルスと収入格差の関連性についてでした。

People with low income respond much more severely to economic change.

When the economy improves, it may be the low-income group that disproportionately has to pay the psychological price of adapting to new jobs in new location with new people .


 これを僕自身の言葉で勝手に変換すると。たとえば、ロイヤル・オペラ・ハウスやウィグモア・ホールの会員になれるだけの資金的余裕がある人は、会員になれるほどの経済的余裕がない人よりも早く、優位にコンサートやオペラのチケット(高価である必要はない)を購入することができる。会員になれない人は、先行発売という優先権から外れるだけでなく、残っているチケットが高価であれば買えないし、チケットが残っているとも限らないので、オペラやコンサートそのものを経験することができない可能性が、会員よりも高い。収入格差で生じる、生活の満足感の差はこんなところにもあると思います。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1290.html

 ソーシャル・キャピタルに興味を持って資料を探していた時に遭遇したのが以下のものです。

Kawachi, I. and Berkman, L.F. (2001) Social Ties and Mental Health. Journal of Urban Health Vol. 78, No. 3, 458-467.

 ほかの文献の参考資料のリストの中に見つけてこれは役立ちそうだと予測したのですが、なかなか手に入らなくて最後は大英図書館経由で入手しました。ビンゴでした。これがなかったら課題の内容がかなり変わってしまっていたかもしれないです。
 さらに興味深かったのは、メインの研究者の方の名前がどう見ても日本人。今でも、ハーヴァードに所属されているようです。

http://www.hsph.harvard.edu/faculty/ichiro-kawachi/

 思いもかけず、こんなところで日本人に遭遇すると、意味なく嬉しいです。数年前に、心理学コースの卒論と格闘していたときには、Shinobu Kitayamaという名前が記載された文献に何度も遭遇し、実際とても参考になりました。そのときは男性なのか女性なのかわからなかったのですが、男性でした。

http://sitemaker.umich.edu/shinobu.kitayama/home

 以上、ソーシャル・キャピタルの核心どころか、入り口にすら達していませんが、皆さんの興味を惹ければ幸いです。
 最後に、イギリスの健康調査に関する統計資料です。どれも分量はかなりありますが、数字を見ているだけでも結構面白いと思います。

SOC2010 Volume 3 NS-SEC User Manual (2010)
http://www.ons.gov.uk/about-statistics/classifications/current/soc2010/soc2010-volume-3-ns-sec--rebased-on-soc2010--user-manual/index.html

Singleton, N. and Lewis, G (2003) Better or worse: a longitudinal study of the mental health of adults living in private households in Great Britain
http://www.statistics.gov.uk/downloads/theme_health/PMA-AdultFollowup.pdf

The Marmot Review (2010): Fair Society, Healthy Lives

http://www.marmotreview.org/AssetLibrary/pdfs/Reports/FairSocietyHealthyLives.pdf

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イングランドの森が売られていく

2011.01.30
Lake District, Cumbria, England
(カンブリア、北部イングランド。こちらから拝借 http://thundafunda.com/33/travel-world-pictures/

2010年10月から11月にかけて、連立政権が進める予算削減、新たな予算の確保、そして第3セクター群の廃止というこれらが絡まりあって導き出されたの、政府、というか国民の税金で維持・保全されているイングランドの森を売却する、という案が成立した。

 僕が知る限り、当初熱心にこのことを報道していたのはガーディアンだったが、先週の日曜日以降大手新聞各紙が取り上げ始めた。

Save our forests, say celebrities and leading figures

http://www.telegraph.co.uk/earth/countryside/8276327/Save-our-forests-say-celebrities-and-leading-figures.html

Forest sell-off could leave heritage sites in hands of'supermarkets and sleazy bankers’
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/conservative/8287080/Forest-sell-off-could-leave-heritage-sites-in-hands-of-supermarkets-and-sleazy-bankers.html

England's forest sell-off
http://www.guardian.co.uk/environment/england-forest-sell-off



 連立政権が矢継ぎ早に打ち出してきた大学教育値上げ、福祉切り捨て、文化予算削減、NHS予算の実質凍結・削減、それに伴う医療現場の質低下、そして消費税率の上昇を、生活が楽になるならばとなんとか受け入れてきたように見えるイギリス国民だけど、国土が切り売りされる、しかもその切り売りされる土地が彼らが、そして彼らの先祖が額に汗し、見返りを期待せずに守ってきた森林地帯というのはさすがに受け入れられないようだ。

 連立政権、すでに「死に体」の様相を示してきているように思う。1992年にポンドを大混乱に陥れたジョージ・ソロスから、「このまま予算削減、実質的な増税を力づくで押し進めれば、イギリス経済は再びリセッションに陥るかも知れない」といわれるほど。キャメロンとオズボーンの二人は、結局お坊ちゃまにしか過ぎないのだろか。昨日のイヴニング・スタンダードによると、ボリス・ジョンソンが二人にいつ減税が実現できるのかを示すべきではと質問したとのこと。

http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23918264-boris-johnson-urges-george-osborne-over-lower-taxes.do


 いくつかの記事によると、売られてしまう可能性のある森林地域には、日本人が愛してやまない湖水地方のウィンダミアに近い場所や、シャーウッドの森、そしてヨークシャァコーンウォールに広がる森も含まれているらしい。
 連立政権がこの森林売却を推し進めたら、それは魂を売り渡すことと同じではないかと思う。



http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1317.html

自分の中の他人:二つの文化のはざ間で

2011.01.29
日本語を話している映像を撮ってもらう機会があった。自分ではできないけど、助けがあってその映像を家族や遠くにいる友人、そしてイギリス人の友人たちにも送った。そして、イギリス人、また遠くに住む非日本人の友人たちからの反応がとても新鮮だった。曰く、

「I have never seen you speak Japanese. When you were speaking in Japanese, your body language and facial expression were completely different from those when you speak to me in English. You looked like a person who I know for years, but who has not shown me who you are」。

 日本語を全く理解できない人と日本語でコミュニケイションする意味なんてないのだから、彼らに向って日本語を話したことはない。だから、仮に彼らに向って日本語を話したとして、そこに何らかの違いあるだろうなんてことを考えたことなどなかった。
 身体的には、日本語を話すときと英語を話すときの違いにはずいぶん前から気づいている。声帯のどの部位から音が出ているのかの違いは自分には明らかだ。

 英語を話すときの自分。日本語を話すときの自分。他者なのだろうか、本人なのだろうか。一人の体の中で時計の振り子のように二つの文化が移動している。個人の中に異なる文化が存在している、そのようなことだろうか。

ディーヴァ・ザッパのロンドンでの初個展

2011.01.29
美術に関してはとても保守的だけど、友人に頼まれたし、ディーヴァ・ザッパのお父さんの活動には一時、かなり興味を書き立てられたこともあるので。

 まず、このブログに初めて迷い込んでしまった皆さんへ。このブログは、「官能」を売りにはしていません。

IMG_3219a (1)
(エイジェントのウェブサイトから拝借)

 故フランク・ザッパの未亡人とは無二の親友であるW夫人に、「今度、フランクの末の娘のディーヴァがソーホーのギャラリィで個展を開くから」ということで、宣伝。以下は、プレス・リリース。

“When I knit I never know what will happen. I am inspired by all that is around me, light, trees, leaves, colors, breath, sounds, sparks, magic, beauty, frustration, heat, love, coffee, humour, feathers, shadows, smells....everything. It all gets in there somehow.” Diva Zappa on her knitting 2010

“In my canvases I embroider each piece by hand making them couture canvases.”
Diva on her unique artwork 2010.

Diva Zappa the 31-year old daughter of the legendary musician Frank Zappa is staging her first British exhibition at the Maison Bertaux Gallery in London’s oldest patisserie. The show featuring her knitwear art pieces and couture canvas runs from
February 4th to June 1st 2011.

http://www.hooliganartdealer.com

 理解するに、編み物による服とキャンヴァスに何かを描いたものになるのかな、と。フランク・ザッパは、良くも悪くも彼の音楽にかなり影響を受けたけど、だからといって娘が同じオーラを放っているかどうか楽しみ。

 ギャラリィの場所は、まさしくソーホーのど真ん中。観光、もしくはチャイナ・タウンでお昼を食べた帰りに寄ってみると、ロンドンのアート・シーンの多様性を感じることができるエキシビションかもしれない。

トランスジェンダァ・アウェアネス・ワークショップ

2011.01.25
先週の土曜日、ずっとヴォランティアとして参加しているHIV感染者支援団体のテレンス・ヒギンス・トラスト(以下THT)が、ヴォランティアのために設けている勉強会のひとつに参加してきました。
 主題は、「Transgender Awareness」です。この勉強会、人気が高くてこれまでに2回、抽選にもれて3回目にしてやっとでした。関心がない人のほうが多いとは思います。僕も、THTに参加しなければ、自らこの勉強会に赴くなんてことはなかったと思います。でも、心にかかわる分野で活動している以上少なくとも「知る」ことは大切だと最近感じることが多かったのでとてもいい機会でした。参加してなんというか、イギリスってある意味すごい国なんだなと改めて感じることが多くありました。いつもはできる限り使わないようにしているのですが、今回は、訳を一つ一つ気にしているといつまでたっても終わらないので、カタカナがたくさん出てくることをあらかじめお知らせしておきます。

 本題に行く前に、この記事を読んでみてください。とても長いですが、ガーディアンにしては平易な英語です。

A life less ordinary:The extraordinary life and death of Sonia/ David Burgess
http://www.guardian.co.uk/uk/2011/jan/09/david-burgess-sonia-lawyer-death

 2010年10月25日の夕方のラッシュ・アワー時、ピカデリィ線のホームから一人の女性が、彼女の連れの女性に突き落とされ、入ってきた車両の下で死亡しました。僕もこの記事をイヴニング・スタンダード紙の比較的小さな囲み記事で読んだと記憶しています。また、この殺人事件がこれ以上大きくなるとは思ってもいませんでした。
 ところが事件は予想外の方向に進みました。突き落とされた人物の身元がわかったからです。その人は、移民・政治難民の人権を扱う男性弁護士でした。その分野では、イギリスの法律の歴史に名を刻む活動をしてきた方だそうです。社会の好奇心を一気に掻き立てたのは、彼がプライヴェイトでは女性として生活していたこと。上にリンクを張った記事の中で人称は「彼」と「彼女」で揺れ動いています。が、僕は勉強会に参加した後では、なくなった方は自身のジェンダァを「女性」としていたであろうと感じます。

 THTでヴォランティア活動を始めたとき、正直に言えば、トランスジェンダァにかかわることなど予想していませんでした。でも、トランスジェンダァの中にもHIVに感染している人がいることを活動を通じて知るようになりました。
 で、実際、コミュニティ・サポート・ヴォランティアとして担当しました。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-458.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-50.html


 ありていに言えば、このときは「トランスジェンダァ」といって思い浮かべることは「性転換した人」、これだけでした。また、当時のサポート・グループのリーダーもそれほど深い認識を持っていたかどうかはわかりません。
 上の経験をしたときは、あまりにもパワフルだったので結果として僕自身が疲弊してしまい、トランスジェンダァって何だろう?と考える余裕をもてませんでした。でも、ここ数年、特に昨年はイギリス国内だけでなく海外からもジェンダァにまつわるニュースを読む機会が増え、今回、勉強会に参加できて、新たな戸惑いもありますが、得た知識のすべては有益だと思っています。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1240.html

 まず、講師の二人が素晴らしかった。手馴れているというより、この複雑な話題をどうやって明瞭に伝えていくかという姿勢に一点の曇もありませんでした。彼ら曰く、2月にはロンドン・メトロポリタン・ポリスの現役警察官を相手に同じワークショップを開くのだそうです。こんなところで日本とイギリスの比較をしても全く意味がないことはわかっていても、もしかしたら日本でも同様なことは僕が知らないだけで行われているのかもしれないですけど、ロンドンという都市が抱える複雑さ、つまり人種、性別、異文化が絡み合っている現実を感じました。

 ワークショップは、次の質問で始まりました。

Where is your gender?
 
 僕は、真っ先にRさんのことを思い浮かべました。「私は女性よ」。ジェンダァって、自分自身の中だけでなく、他者の頭の中にある自分にもつながるのかなと。この質問に関してのディスカッションのあとに言われたことは、Transgenderという言葉はアンブレラ・タームであるということ。

 ワークショップは、もちろん医療関係者向けではないです。手術のことなんて説明されても、僕にはわかりませんし。ただ、ロンドン北部のハムステッドにあるNHS病院が編集した資料が情報のもとになっているようなので、そちらから少し引用します。平易な英語なので、訳しません。

A person who is Transgender is someone who expresses themselves in a different gender to the gender they were assigned as birth. For, transsexual people, this is usually a permanent gender change. Cross-dressers and transvestites are people who adopt the manner and dress of the opposite gender for part of their lives. Some, but not all, transvestites opt for gender confirmation (reassignment) treatment later in their life.
The noun “Transgender” as an umbrella term is appropriate for the majority of people who identify in some way as “Trans” although “Gender Variant” is fast becoming a popular alternative.


 ワークショップの前半の主要トピックは、Transsexualsについてでした。配られた資料によると、

Transwoman: someone born with a male body, but internally sense of gender is female

Transman: someone born with a female body, but internally sense of gender is male

 このことについて参加者が意見や質問をしているときに、「なんだか、男性から女性へ、ということだけが取り上げられている」という風に感じ問題提起してみました。講師の一人曰く、「そのとおり。トランスセクシャルの話を始めると、多くの場合男性から女性へのことばかりが取り上げられる。このトピックですら、偏見からは逃れられない」、とのこと。NHSの資料から。

The term “transsexual” is a medical term and has a recognized medical diagnosis and care pathway for treatment. Specialist Gender Identity Clinics (GIC) under the care of psychiatry has historically led the treatment of trans people. This has led to stigmatization and the mistaken assumption that trans people are mentally ill.

Being “Trans” is neither a lifestyle choice nor a mental disorder but a condition widely recognized to be largely innate and somatic.

What is vital in every case is for trans people to be given the freedom and respect to express their gender identity.

Fashion and dress codes for men and women change, and vary across the diverse cultures that form part of our society. Therefore, it is not unusual that a patient may appear with an uncertain gender, but not identify as trans.


 ここで強調するべきことは、1)トランスセクシャルは精神疾患ではない、そして2)トランスセクシャルは、ヘテロセクシャルのこともあればホモセクシャルのこともある。つまり、女性から男性になった人が女性と結婚するのは、その人にとっては本来の性別になって異性と結婚すること以外のなにものでもない、ということ。

 続いてワークショップで紹介されたことは、性転換手術をして、二人の精神科医からGender Recognition Certificate (GRC) を発行してもらえると、出生証明書 (Birth Certificate) の書き換えがみとめられるというもの。

The Gender Recognition Act 2004 (GRA) gives legal recognition to trans people who have or have had gender dysphoria, have had at least 2 years medical supervision in their confirmed gender, and intend to live in that gender for the rest of their lives. To get this legal recognition the trans person must apply to the Gender Recognition Panel (GRP) for a Gender Recognition Certificate (GRC). If the application is approved, the trans person will receive a GRC and a new birth certificate. At the point they become their confirmed gender for all legal purposes, and must be treated as such.

 これに続いて言われたことで、僕は知らなかったとはいえ間違いを冒したことを悟りました。講師によると、特定の場所でトランスセクシャルの人と会ったとする。その人の許可がない限り、ほかの場所でほかの人にその人がトランスセクシャルであるということ、さらにトランスセクシャルではないかという推測を他者に伝えることは、法律を犯すことになるとのこと。また、

It is against the law to ask a trans person to show you his or her GRC; if verification of identity is required they may show you their birth certificate or other identity documentation such as a passport.
The law makes it a criminal offence, with a financial penalty, for an organization or the employee of an organization to knowingly reveal the status of a trans person with a GRC and disclose this “protected information”.


 つまり、トランスセクシャルであると判ったとしても、本人にCertificate を見せることを強要することは法律に違反し、罰金が科せられる。これは、一義的には、トランスセクシャルの人々の平等雇用を守るということですから、イギリスで事業を展開する企業、そして人事関係者は知らなくてはならないことでしょう。
 同時に、戸惑いを感じたのはこの点です。雇用者や、医療関係者、そしてヴォランティアとはいえ彼らの生活に携わることがある可能性がある僕は知っておくべきことである。でも、イギリスで暮らすすべての人が、このことを知っておかなければならないのだろうか、と。ただでさえ日々の生活の苦しさが増加している昨今、乱暴な言い方ですがマジョリティがマイノリティを気にかける余裕はあるのだろうか、と。さらに極端なことを想起すれば、観光でイギリスに来て、たとえばパブで隣り合った人物がトランスだった、そしてそのことを翌日に誰かにいったらそれは犯罪になってしまうのか。

 書ききれていないことはまだいくつもありますが、それはまた僕の知識が深まっているかもしれない次の機会に。

アンナ・ニコル:ロイヤル・オペラの新作、公演せまる

2011.01.24

(ロイヤル・オペラ・ハウスのウェブから拝借。モデルは、主演のソプラノらしい)

 初めてこのブログをご覧になる皆さんへ。こちらは、健全なブログですので誤解なきように。

 広告を見ても判るように、2月17日に世界初演を迎えるロイヤル・オペラの新作、「アンナ・ニコル」をメディアが取り上げる頻度が急上昇している。

http://www.roh.org.uk/

Mark-Anthony Turnage: A life in music
http://www.guardian.co.uk/music/2011/jan/22/mark-anthony-turnage-opera-composer

Anna Nicole: the opera

http://www.guardian.co.uk/music/2011/jan/02/anna-nicole-smith-the-opera-turnage-conrad

誰一人、どんなオペラだか知らない新作のわりに、チケットの売れ行きはすこぶる好調。初日の2月17日はすでに完売状態。最終日の3月4日もここ数日中には完売になるのではといった感じだ。

 2回観る予定でいる。世紀の駄作になるのか、永きに渡って語り継がれる伝説の舞台になるか。楽しみ。ちなみに、お子様は16歳以上が望ましいとロイヤルは言っているようです。

 前回の新作は2008年のこれ。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-767.html



始まりはここから

2011.01.23
BBCからの返信を転載したとき、まさかこれほど大きなことになるとは予想していなかった。週末、イギリス本国の主要メディアも大きく取り上げた。

BBC quiz's jokes about survivor of both A-bombs outrages Japan

http://www.dailymail.co.uk/tvshowbiz/article-1349517/Quite-Insensitive-BBC-quizs-jokes-survivor-A-bombs-outrages-Japan.html

 何が悲しいって、読者からのコメントの大半がヒステリカルなこと。イギリス人だけでなく、日本からの書き込みも。ひとつ前のポストに書いたことと同じだけど、結局日本とイギリスに限れば、僕たちはお互いのことを何も知らない。

BBC apologises for Japanese atomic bomb jokes on QI quiz show
http://www.guardian.co.uk/media/2011/jan/23/bbc-apology-atomic-bomb-jokes

 今回の報道の結果を前向きに捉えれば、結局、何も知らないことが判ったのだから、日本とイギリスの違いは何なのか、イギリス人と日本人の考え方がどう違っているのかを知る一歩になるのではないかと。時間はかかるだろうし、障害もたくさんあると思う。でも、手遅れではない。

 最後に。今回のことで、BBCが謝罪するべきなのは、山口さんと彼の家族だけ。

Japan protests to BBC over treatment of 'double A-bomb survivor'

2011.01.21
自分の考えを改めて書くことも含めて。共同通信社による英文ニュースが世界に発信されています。


Japan protests to BBC over treatment of 'double A-bomb survivor'

LONDON ―

The Japanese Embassy in London lodged a written protest against the BBC and a TV production agency, arguing that they insulted a deceased Japanese man who survived both the U.S. atomic bombings of Hiroshima and Nagasaki during World War II, embassy and other sources said Thursday.

The Japanese Embassy received on Friday a letter of apology from a producer of the popular quiz show, ‘‘QI,’’ dated Monday, after the producer had apologized to people who had sent protest e-mails.

The content of the letter to the embassy was similar to the producer’s e-mail response to the people who protested, and said that ‘‘we greatly regret it when we cause offence’’ and ‘‘it is apparent to me that I underestimated the potential sensitivity of this issue to Japanese viewers.’‘

In a comedy quiz show broadcast by the BBC on Dec 17, Tsutomu Yamaguchi, whose international profile has been raised as a double hibakusha and who died at age 93 last January, was introduced as ‘‘The Unluckiest Man in the World,’’ with pictures of his face and atomic clouds presented in the studio.

But the producer added in his message that “QI” is not the type of program that makes fun of featured subjects and it introduced Yamaguchi’s experience without misrepresenting it.

On the show in question, the host explained that Yamaguchi was badly burned by the atomic bomb when he was in Hiroshima on business and after returning to Nagasaki, he was atomic-bombed again.

One of the guests asked whether Yamaguchi got on a train to go to Nagasaki. The host said, ‘‘Even though the atom bomb fell, the trains were working. So he got on a train to Nagasaki and a bomb fell again,’’ drawing laughs from the show’s personalities and the audience.

The show prompted the Japanese Embassy to send the BBC and the production agency a letter on Jan 7, saying it is ‘‘inappropriate and insensitive’’ to present Yamaguchi in the way that it did, it said.

In Japan, Toshiko Yamasaki, 62, Yamaguchi’s oldest daughter living in Nagasaki, expressed her anger, saying on Friday, ‘‘I cannot forgive (the quiz show) as it looked down on my father’s experiences when the world is moving toward nuclear disarmament.’‘

She said her family had laughingly talked about her father being unlucky, but ‘‘it is a different story when (my father) was treated in that way in Britain, a nuclear-capable nation.’‘

This kind of problem occurs due in part to ‘‘a lack of seriousness about nuclear reduction,’’ she said.

Born in Nagasaki, Yamaguchi suffered the A-bombing of Hiroshima on Aug 6, 1945, and the bombing of Nagasaki three days later after returning home.

© 2011 Kyodo News. All rights reserved. No reproduction or republication without written permission.


http://news.oneindia.in/2011/01/21/japanprotests-to-bbc-over-treatment-of-double-abomb-aid0126.html

http://japantoday.com/category/national/view/japan-protests-to-bbc-over-treatment-of-double-a-bomb-survivor

 ジャパン・トゥデイの読者からのコメントをいくつか読んでみると、予想していたとおり、感情論、そして「だから日本人は」や「だからイギリス人は」という点から脱していないものが多い。

 僕がBBCにメイルを送ったのは謝罪を求めてではなく、「原爆の恐ろしさを本当に理解しているのか?」、という点を問いたかったから。

 BBCからの返信、日本のメディアの報道への日本人、そしておそらくイギリス人からの反応を読んでいると、イギリス人が日本のことを知らないのと同様に、日本もまたイギリスのことを知っているわけではないということを改めて感じる。
 日本に今では将軍がいない事実をイギリス人が知らないように、すべてのイギリス人が今でも毎日アフタヌーン・ティをしていると信じている日本人がいるかもしれない。

 None of us, Japanese, British, American, Chinese and no matter what nationality we are, might be able to fully understand who they are, what they are.
Being aware of the differences between us would be more productive than criticising each other. I know it is difficult, but worth trying it.

BBCからの返答

2011.01.18
昨年末、コメントを戴くYoshiさんがBBCの「QI」という番組で広島と長崎で二度被爆し、2010年1月に亡くなられた山口 彊(つとむ)さんのことを、「世界一運の悪い」という形容詞で取り上げたBBCの見識を質問しませんかということに賛同して、BBCにメイルを送った。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1300.html
(ここに山口さんの訃報記事をリンクしてあります)

 返事をよこす気なんてないのだろうと思い始めていたら、今日、届いた。以下、全文。

Dear Mr Moriya

Thanks for contacting us. Below is a response to your concerns from the producer of ‘QI’.

‘Thank you for taking the trouble to write to us about the recent edition of QI which dealt with the remarkable story of Tsutomu Yamaguchi, to which I am responding in my capacity as Producer of the programme.

I should say from the outset that we greatly regret it when we cause offence, and that it is never our intention to do so. QI is not a programme which habitually mocks its subject-matter; on the contrary, we try to recognise and celebrate less well-known people, events and ideas. On this occasion we pointed out the very striking nature of Mr Yamaguchi’s experience by relating, without distortion, a story which had been covered extensively in the Japanese media and about which Mr Yamaguchi himself spoke quite openly. We then went on to sincerely admire the resilience of the Japanese in the circumstances of the time (in the context of how the trains continued to run in the aftermath of the bombing).

It has been suggested to us that we would not have run an item of this kind about the European or American experience of the Second World War. For the record, I would point out that we do in fact run such pieces quite regularly.

However: having said all this, it is apparent to me that I underestimated the potential sensitivity of this issue to Japanese viewers. It isn’t hard to see that they might well regard this topic as altogether unsuitable for inclusion in a light-hearted television programme however sensitively it was handled. I thank you for making us aware of the issue, and for the courteous terms in which you did so; please rest assured that I do recognise your concerns and will certainly take them into account in future.

Yours sincerely

Piers Fletcher
Producer, QI’

Thanks again for taking the time to contact us.

Kind Regards

BBC Audience Services


 Yoshiさんのところにもまったく同じものが届いたとのこと。

http://playsandbooks.blogspot.com/

 Yoshiさんが書いておられるように、日本大使館が行動を起こしたことに関しては敬意を表する。逆に、日本のメディアの反応のなさにはとてもがっかりした。メディアという、情報を発信することにかけては一般人よりもずっと優位な立場にいるはずであろう新聞社が、声を上げないというのはどういうことなのか。

 TVライセンス(NHKの受信料金に相当)を払っていない外国人にまで、まったく同じ内容とはいえ返信を送ってきたBBCの姿勢は評価に値する。
 でも、この一文は、はいそうですかと受け入れることは、僕個人としてはできない。

It has been suggested to us that we would not have run an item of this kind about the European or American experience of the Second World War. For the record, I would point out that we do in fact run such pieces quite regularly.

 BBCにさらに問える機会があるとするなら、「では、先日、アリゾナの銃乱射で殺された2001年9月11日に生まれた女のこのことを、『世界一不幸な女の子』とジョークのねたにできるんですか?」、と。
 たとえが違いすぎるとか、これはまだおきたばかりだからとさまざまな反論があることは承知の上で、僕にとっては根っこは同じように思える。市井の人々の人間としての尊厳をBBCはどう捉えているのか。

 この返答からは、予想外だったけど、巨大メディアの驕りを垣間見ることができたように思う。

火があるところに猫はいる

2011.01.14

現代イギリス社会における社会的経済階級の仕組み

2011.01.13
現在、個人的にやらなければいけないことの一環で、健康調査における階級の分け方を調べなければならないことに。

 で、Office for National Statisitcs (国立統計事務所)から最新の情報を得た。伝統的な、上流階級とか中流とかではなくて、経済的にどのような位置にあるかという点でのステイタス。このカテゴリィの正式名称は、the National Statistics Socio-enocomic Classification (NS-SEC)という。

1. Higher managerial, administrative and professional occupations

1.1 Large employers and higher managerial and administrative occupations

1.2 Higher professional occupations

2. Lower managerial, administrative and professional occupations

3. Intermediate occupations

4. Small employers and own account workers

5. Lower supervisory and technical occupations

6. Semi-routine occupations

7. Routine occupations

8. Never worked and long-term unemployed


http://www.ons.gov.uk/about-statistics/classifications/current/soc2010/soc2010-volume-3-ns-sec--rebased-on-soc2010--user-manual/index.html


 最初は面倒くさかったけど、いざ読み始めると今のイギリスの社会を構成している階級はこんな風にみれられているのかということが判り、とても面白い。

 この階級わけは、さまざまな統計で使われることが前提になっている。健康調査に限らないようだ。こういう情報に接すると、階級間の区別・差別をどうこう言うのは暖簾に腕押しのようながきがしてくる。考えるべき、議論されるべきは、その区別・差別が公平なのかどうか、ということなのかもしれない。

サンダーバードの記念切手

2011.01.11
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個人的に、サンダーバードにはまったく思い入れはない。子供心に、あの人形の動きがとても不自然で気持ち悪かったからだろう。でも、好きな人はたくさんいるようなので。

http://www.norphil.co.uk/2011/01a-gerry_anderson_animations.htm

Thunderbirds stamps are go: Royal Mail puts Gerry Anderson's work in motion
http://www.dailymail.co.uk/news/article-1346008/Thunderbirds-stamps-Royal-Mail-puts-Gerry-Andersons-work-motion.html

 イギリスの蒸気機関車がお好きな方には、2月1日に記念切手が発売予定。さらに、2月24日にはウェスト・エンドのミュージカルの切手。図柄には「ビリー・エリオット」や「オリヴァ」が入っている。そしてさらに、3月8日は、イギリス発のファンタジィの魔界の登場キャラクタァをあしらった切手も。これ、消印を集めるのが楽しそう。


朝、食べるケイキは

2011.01.09
午後に食べるケイキと違うなんてことはないはず。


 今朝、ファーマーズ・マーケットでりんごを買って戻ろうとしたら友人にばったり。新年最初ということでマーケットは盛況、頭上に広がるのは抜けるような青空だったけど、寒いからお茶しようという事で、カフェ・ヴァレリィへ。

 もう11時を回っていたので朝ごはんでもないなと思って、イチゴのショート・ケイキを頼んだ。友人は何も言わなかったけど、運ばれてきたケイキを見て、隣の家族連れが驚いていた。

 朝にケイキを食べるって、そんなに変なことなのか?朝からショート・ケイキを食べることができる人生がどれほど楽しいかを知らないことはもったいない、と心のそこから思う。

ロンドン交通事情

2011.01.08
VATが上がった上に、毎年恒例の定期代の盛大な値上げが実行され、ロンドンに、そしてロンドンで通勤する多くの人には年初からあまりいい気分ではないと思います。それでもいい機会なので、ロンドンの交通事情について僕個人の感想を。

 昨年12月の大寒波のときには、寒くて寒くてさすがに乗りませんでしたが、昨年7月に導入された、ロンドンの貸し自転車制度(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1242.html)、すでにメンバーシップ料金のもとを取って、さらにおつりが来るであろうと感じるくらい頻繁に利用しています。僕の場合、なんと言ってもLankahttp://www.lanka-uk.com/jp-home.html)に行くのがこれでとても楽になり、重宝しています。
 12月上旬から、延期につぐ延期だったカジュアル・ユーザーによる利用も始まったそうです。どのようにして料金を払い、利用できるのかはまったく知りませんし試そうとは思いません(試す必要がないですから)、日本から来られて利用される方に会えて一言するならば、イギリスでは自転車による歩道走行は認められていません。

 この自転車制度、あっという間にロンドナァの生活に浸透、かつ今ではなくなったら本当に困る、それほど強力なステイタスをすでに獲得したようです。昨秋のある日、ロンドンの夕刊紙、イヴニング・スタンダードに面白い記事が掲載されていました。曰く、駐輪場が徒歩圏内にある賃貸フラットの人気が上がり、貸し手市場になっているとか。あまりの成功ぶりに、最近メディアでの呼び名は、「ボリスの自転車」となっています。

 その「ボリスの自転車」について、昨日、イヴニング・スタンダードが興味深い報告を載せています。

Boris bike users are... like Boris Johnson
http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23910653-boris-bike-users-are-like-boris-johnson.do

 この貸し自転車制度に登録しているマジョリティは、25歳から44歳の白人男性で、年収は£50,000-以上。言わずもがなですが、僕はこのマジョリティの条件にまったく合致しません。ただ単に、使いたかったのと、誰かがいつも僕のために自転車を整備していてくれるので、自分で整備する必要も、盗難の心配をしなくてすむ。これに尽きます。
 このマジョリティの条件を読んで思ったことが一つあります。現在、精神医療の観点から考えてSocial Capitalはどのように捉えられるべきなのか、という話題によく遭遇します。まだ自分の言葉になっていないので、Social Capitalはこうであるとはいえません。が、貸し自転車制度に登録している人のマジョリティの人物像から言えるであろうことのひとつは、裕福な人ほど選択肢を多く持ち、かつ行使できるということ。

 自転車制度は上手くいっているようですが、いくつかの変化、もしくは利用者が自己防衛しなければならない状況もあります。

 まず、おそらくマイノリティですが、僕はケン・リヴィングストン前ロンドン市長が導入したベンディ・バスが大好きでした。過去形なのは、このベンディ・バスを目の敵にしているボリス君のもと次第にでも確実に廃棄処分になっている現実。市長が変わるだけで、なんという無駄。

ロンドン市内で移動する際、オイスター・カードはとても有益です。が、多くの観光客が使うであろう、pay as you goで利用する際、心しておかなければならないことがあります。それは、とりわけ下車駅で改札が開いたままだとしても、絶対にオイスターを読み取り機にかざして清算しておくこと。ラッキィと思ってかざさないのは、ロンドン交通局のミスではありません。かざさなかった利用者のミスになります。つまり、知らないうちに超過料金が加算されることになります。

Anger at Oyster cards 'rip-off' as millions hit for not 'touching out'
http://www.thisislondon.co.uk/standard/article-23912022-anger-at-oyster-cards-rip-off-as-millions-hit-for-not-touching-out.do

 ロンドンの常識。それは、間違いを犯すのは常に「利用者・顧客」であって企業ではない。企業のわなに引っかからないようにするには、自己防衛しかない、ということです。
 今後、ロンドン・オリンピック関連でロンドン東部を訪れる方が増えるであろうと思います。これまで利用する機会のなかったオーヴァーグラウンドなどの交通機関を使うことも増えるでしょう。ドックランド・ライト・レイルウェイは一般の改札口がないことのほうが多いです。

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特に初めての駅を利用するときは、改札がなくても必ずオイスターをかざす機械がありますから、お忘れなきように。また、オーヴァーグラウンド(地上鉄、http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1192.html)とアンダーグラウンド(地下鉄)が接続している駅もごくたまに予想もつかない場所に機械があるので、これも駅員や通勤している皆さんに尋ねて探し出しておかないと、後で超過料金をふんだくられることもありえます。

 オイスターがらみでもうひとつ。最近、国は限定されているようですが、ロンドンを訪れる前に「ヴィジタァ・カード」が購入できます。

http://visitorshop.tfl.gov.uk/

 ヴィジタァ・カードは僕の理解している範囲では、pay as you goのみ。仮にロンドンに丸々5日滞在するとしたら、僕はあてにならないロイヤル・メイルにやきもきするより、ロンドンについてからオイスターを購入して一週間利用にしたほうが若干お得だと思います。

 最後に観光情報を二つ。まず、ロンドンで今、最も話題の建築物。

http://www.shardlondonbridge.com/

 プリムローズ・ヒルズの頂上の景色の中にすでに溶け込んでいます。

 そして、セント・パンクラス駅のホテルが今春、開業だそうです。

http://www.marriott.co.uk/hotels/travel/lonpr-st-pancras

 イングランドの鉄道の歴史を彩るホテルなのに、外資です。

猫は掃除の邪魔をする

2011.01.04
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掃除をサボる口実にもなる。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/


政治家は子供が嫌い?!:日英両国の政治家の愚行

2011.01.02
一つ一つだとまとまらないけど書きたいと思っていたことを、エリザベス女王のクリスマス・スピーチの一節を使って無理やりまとめることができればと願いつつ。

 12月26日のオブザーヴァ紙の一面トップは、連立政権の愚行に向けられた、イギリスを代表する作家たちから寄せられた、怒りの声でした。

Writers furious at plan to axe free books scheme for children
http://www.guardian.co.uk/books/2010/dec/26/booktrust-funding-cut-pullman-motion

 これは、1992年に設立され、2004年から国家予算によって運営されるようになった、子供たちに本を贈るチャリティ団体への予算を、完全になくすという方針への怒りの声です。現在の連立政権を見ていると、予算を削ることが政治の本流と勘違いしているとしか思えないです。

 生後9ヶ月から、11歳まで子供たちに無料で本を送るこの制度、意地悪な見方をすれば、作家たちにとってはある意味、安定収入になっているからその収入を失いたくない、という思惑があるかもしれません。でも、イギリスの小学校に当たるプライマリィ・スクール終了時での11歳児の子供の読み書き能力が大幅に低下しているときにこの愚行。作家たちがすぐさま立ち上がったのは、当然のことだと思います。いくつかの発言を。まず、僕の中では戦う作家の筆頭になっている、フィリップ・プルマン

"It's like seeing someone smashing aside a butterfly with the back of their hand: wanton destruction," said Pullman. "Sheer stupid vandalism, like smashing champagne bottles as a drunken undergraduate. It doesn't matter: someone else will clear it up. Well, if you miss the first years of a child's development, nothing can clear it up. It's gone. It won't happen. A whole generation will lose out."
特に後半の、「もし、子供の発達の最初の数年を逃したら、それまで。二度と戻ってこない」という指摘は、発達心理学、そして児童心理学の原則をきっちりおさえていると思います。
 
 反対の声を上げたのは児童文学者だけではありません。日本でも人気であろうと推察する、イアン・マキューアンものその一人。

"I'm appalled to hear that Bookstart is for the chop and I'm counting on Michael Gove to reconsider. This modestly funded, truly civilised scheme has brought to millions of kids benefits far beyond the calculations of politicians. Who knows what seeds have been planted in young minds? It's by initiatives like this that we hope to measure ourselves as a mature and thoughtful society. A U-turn on this would be an honourable choice."

 イングランドの学校でのスポーツ予算を先に大幅に削減したときも批判を浴びた政権は、今回はすばやく方針を修正したそうです。

Michael Gove dubbed 'Scrooge' amid partial U-turn over free books scheme
http://www.guardian.co.uk/politics/2010/dec/26/free-books-scheme-funding-u-turn

Literary heavyweights force free books U-turn

http://www.telegraph.co.uk/culture/books/8225711/Literary-heavyweights-force-free-books-U-turn.html

 予算廃止から、運営を見直すという方針に変わっただけなので、これからも何かが起きると思います。

 12月中旬に可決された東京都の「性描写」に関する法案。東京都知事と、賛成した政治家への質問はひとつだけ。
 
 「あなたたち、どうやって産まれてきたの?」

 とまあ、こんな感じでしたが、友人が教えてくれたあるサイトを読んで、まったく気づいていなかった考察するべきことがあることを知りました。サイトは現在のところあまりアクティヴではないようなのでリンクを張ることは迷ったのですが、この法案について考える立場としてはとても興味深いと思うので。

http://ponkotsukazoku.blog45.fc2.com/blog-entry-311.html

 これを読んでなお、東京都知事に問いたいのは、「日本人を根絶やしにしたいんですか?」。

 晩婚化、「無縁社会(本当に気分が悪くなる表現)」等々の状況で、ますます出生率が下がり続けている現在の日本で暮らしている子供たちに「セックスはよくない」というイメイジを、東京都知事をはじめとした賛成した政治家すべてが押し付けているとしか思えないです。
 どうして人間はセックスが必要なのか、どうして人間にとってセックスは生殖活動以外の意味があるのか、どうしてセックスにおぼれてしまうのか、セックスは快楽?、義務?、遊び?なのか、どんなセックスがノーマルでどれがアブノーマルなのか?
 今の時代、性について学ぶことは、普通だと思います。僕は、何もこんな極端なことを教えろとはいいません。

Somers(アンチ加齢のセレブリティ・グルらしいです) describes herself in 2041, when she will be 94: "Most mornings start with wonderful sex with my 105-year-old husband, Alan."

America's $88bn anti-ageing industry: dangerous and with no scientific backing

http://www.guardian.co.uk/science/2010/sep/05/anti-ageing-america-arlene-weintraub

 性についての基礎を教える義務を怠り、言い換えればセックスについて学ぶ機会を子供たちから奪った上に、セックスの「負」のイメイジだけを結果として植えつけていく。僕は、子供たちは性についての教育をきちんと理解できると思います。心配なのは、生きていくために必要な性の情報を得る前に、歪められた形、極端な言い方をすると、「セックスはよくない」という恐怖には、子供たちの心はとても脆弱であるのではないかということ。一度、まったく説明されることなく強制的に植えつけられた「恐怖」を克服するのは、今回の都の愚行に限らず、並大抵のことではないと考えます。
 フィリップ・プルマンの発言を、僕がそうであってほしいという願望で当てはめると、「きっかけを逃したら、その機会は二度と起こらない」。

 もうひとつ、今回の法案可決の過程でとても残念に感じたことがあります。どうして、ほかの表現者は反対の声を上げなかったのでしょうか?漫画だからですか?
 イギリスで同様なことが持ち上がったとして、プルマンマキューアンは反対の声を上げるだろうかと考えたとき、あげない可能性のほうが高いでしょうね。漫画だから。でも、今回の規制案は漫画だけにはとどまらないと思います。性表現から逃れられない文化なんてあるのでしょうか?文学者は、芸術家は、写真家は、音楽家は漫画を守る必要なんてない、というまったく理由のない傲慢さを抱いてい似非表現者は、東京都知事と同じ考えの持ち主といわれて当然だと考えます。

 12月25日、恒例のエリザベス女王のクリスマス・スピーチは、バッキンガム宮殿ではなく、ハンプトン・コートで収録されたとか、スポーツがコミュニティにもたらす恩恵について述べたことが大きく取り上げられました。個人的にちょっと気になったのは、女王の声がちょっと低く聞こえたこと。
 スピーチの大詰めで、女王は次のように話します。

We know that nothing is more satisfying than the feeling of belonging to a group who are dedicated to helping each other.
(http://www.royal.ov.uk/ImagesandBroadcasts/TheQueensChristmasBroadcasts/ChristmasBroadcasts/ChristmasBroadcast2010.aspx

 女王が正しいというつもりはないですし、まして僕の解釈が女王が意図したことだなんてまったく思っていません。
 でも、イギリスの政治家、日本の政治家がしていることには、女王が言う、「お互いに助け合うことをよしとする社会に属しているという気分ほど心を満たしてくれるものはない」ことを人々が実感できるようにしようとする意思をまったく欠いているように思います。
 子供たちから本を奪い、親が読んでくれる物語を聞く喜びを子供たちから奪い、本能としての性行為について子供たちが知る機会を奪って、何が残るのか?他者とコミュニケイションできない孤立した人間が増えるだけ、そんな状況になる可能性もあるのではないかと。そして突き詰めれば、子供は投票できないからどうでいいやという政治家の驕りを感じます。

 本題から少しずれますが、今のイギリスが国民ありきではなく、外国企業ありきの国になっているというコメント記事です。左派系新聞のコメントですから、受け入れ難しと感じる人もいるかもしれません。が、人と社会のつながりについて考えるとき、面白い意見ではないかと思います。

Heathrow's chaos is indicative of a wider national malaise
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2010/dec/25/will-hutton-british-ownership-rules

2011年、ヨーロッパ経済はまだ荒れ気味

2011.01.01
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(オーストラリア遠征中の、イングランド・クリケット・チームが勝利したときに披露したらしい踊り。暢気に踊っている余裕なんてあるのかな)

日本にいないで日本の経済ついて書くよりは、小さな島国の片隅とはいえ、一応欧州の一部ですから、日本では一般新聞が報道しないであろうヨーロッパ経済ニュースを少し。

 年末・年始にまず目に付いたのはイタリアの財政・内政についての報道。

Italy's debt costs approach red zone
http://www.telegraph.co.uk/finance/financetopics/financialcrisis/8230413/Italys-debt-costs-approach-red-zone.html

 イタリア国民の皆さんからすれば、不況に苦しんでいるイギリスに言われる筋合いなどない、という気分でしょう。それでも、興味深いので。平明な英語なので訳しませんが、三箇所引用します。

Italy's borrowing costs have jumped to the highest level since the financial crisis over two years ago, raising concerns that Europe's biggest debtor may slip from the eurozone's stable core into the high-risk group on the periphery.

Italy avoided the sort of property bubble seen in Spain or Ireland and has kept a tight rein on public spending under finance minister Giulio Tremonti. However, the rise in yields looks ominously like the pattern seen in Greece, Ireland, Portugal and Spain when they first began to lose easy access to the capital markets.

The country's trump card is a high savings rate and low private debt. Total debt is 245pc of GDP, below the eurozone average, and much lower than in Spain, Britain, the US or Japan. This may be the relevant indicator for an economy as a whole. However, low private debt may equally reflect deep pessimism in a country where growth has been glacial for a decade, productivity has fallen since 1995, and global export share is in steep decline.


 もうひとつは、今日、2011年1月1日から、イタリアではビニールのショッピング・バッグを顧客に提供することが禁止になるというもの。これは、日本でも報道されたようです。

Italian shops to bin plastic bags from New Year's Day
http://www.guardian.co.uk/world/2010/dec/30/italian-shops-bin-plastic-bags

 ビニールのバッグが禁止されるというのは目新しいことではないと思いますが、イタリアらしいなと思ったのが実行に移すまでに与えられた日数が10日に満たないという事実。

"As usual in Italy, we've been told absolutely nothing."

It was not until 22 December that it became clear that she would succeed in bringing in the ban, and the government has so far not circulated information to the people who will be responsible for implementing it. The co-owner of Barbantini, Fabrizio Ferrari, said he understood producers were forbidden from manufacturing plastic bags from 1 January but retailers could sell them until stocks ran out. "But that's the only thing I know and I got it from the TV news," he added.

(実際にこの制度に従わなければならない人によると)テレビのニュースで知ったよ。

 ということで、イタリアへ買い物に行かれる皆さん、ショッピング・バッグは必携のようです。

 そしてスペインでは、日本風によると、「子供手当て」受給資格を失う直前、2010年12月31日午後23時59分までに出産を急ぐ妊婦の方がたくさんいたとか。

Spanish women push to beat government 'baby cheque' deadline
http://www.guardian.co.uk/world/2010/dec/29/spain-mothers-baby-cheque-deadline

 翻って、イギリス。

Happy New Year? Britons among the most pessimistic in the world

http://www.independent.co.uk/news/uk/home-news/happy-new-year-britons-among-the-most-pessimistic-in-the-world-2173351.html

 イタリア、そしてベルギーについで、イギリス国民はもっともペシミスティックな国民とのことですが、外から見ると、桁外れな予算削減で経済が回復するとの見方がされているようで、イギリスを目指す移民の数は一向に減りそうもないであろうとのこと。

Irish influx to thwart Conservative election pledge on migration

http://www.guardian.co.uk/world/2010/dec/30/irish-influx-conservative-migration-pledge

 昨年、松尾文夫さんのサイト、「アメリカ・ウォッチ(http://homepage.mac.com/f_matsuo/blog/globalstringer.html)に書かせていただいた内容に重なりますが、すでに経済が破綻した隣国のアイルランドから、多くの経済移民が押し寄せてきているだけでなく、リトアニアやラトヴィアからの移民は一向に減る兆しがないというもの。
 連立政権は、移民の実数を減らす政策として非EU圏からの移民の数に上限を設定しました。が、EU圏内からの移民をとめることはできませんので、移民の実数は結局減らない。さらに付け加えると、EU圏内からの移民すべてが「高度」な技術を保持し、「流暢」な英語をしゃべれるとは限りません。産業界が望む非EU圏からの、イギリス経済に大きく貢献することが期待できる移民の数は制限され、そのギャップを補えるほどの移民をEU圏内から得ることは難しい、そんなディレンマに陥るのではないかと推察します。

 最後に日本の話題も。タイムズの記事のリンクを張ることができないので、タイトルだけでも。

Japan stuffs the mattress like never before

 記事によると、日本国内で滞留している「現金」の総額が82兆円を超えているとのこと。これだけの「現金」が存在していることが、経済界、もしくは金融界の観点から日本経済にとってどれほどの影響があるのか僕にはまったく判りませんが、不況といわれて久しい日本のどこにこれだけの「現金」があるのか不思議です。

カテゴリィが変わるだけなのに:マジョリティからマイノリティへ

2011.01.01
あけましておめでとうございます。ロンドンの大晦日の花火イヴェントは年々規模が大きくなってきているように感じます。いつから、イギリス人もこれほど新年を大げさに祝うようになったのか。

 昨年10月から参加している講習会の第1回目で、ある講師が言及したことに個人的にとてもひきつけられました。それは、ラベリングの功罪と強まる偏見ということです。
 ラベリング、つまり年々、精神医療にかかわる新しい症状名が次から次に、主に製薬会社主導で生み出されている。数年前、単に「うつ病」だった症状が、今年は別の名前がつけられ別の新しい薬を勧められる。精神医療の現場では、社会の偏見を訂正するために多くの人が努力しているにもかかわらず、新らしいラベル(症状)によって偏見は弱まるどころか強まってきている。

 ベイビー・ブーマー世代、丑年生まれ、どこそこの地域の生まれと世の中には数え切れないほどのカテゴリィとラベルが存在し、それなくしては社会生活が成り立たないというほど存在を否定することが不可能なものあります。
 他方、「草食男子」、「アラフォー」等々、誰が必要としたのかまったく理解できない無意味なラベルが無理やり生み出され、そこに誰かを無理やりはめ込もうとする。

 いつものとおり、僕自身の中ではつながる話です。昨晩、大家が友人家族を招いて、楽しいニュー・イヤーズ・イヴのホーム・パーティを催し、末席に加えてもらいました。パーティが始まったら、自分だってテイブルについて友人たちと食事と会話を楽しみたい大家は、知人から紹介されたフィリピン人の女性に給仕を依頼しました。
 仕事振りはてきぱきしていたその女性は、始まる前は緊張していたようなので余計なお節介だろうとは思いつつ、話しかけました。
 東洋人の風貌にほっとしたのか彼女自身のことを話してから、僕に「Are you a Chinese?」と。

 まず強調しておくと、人種差別なんてこと、まったく頭の中には浮かんできませんでした。思ったことは、「日本人は、もう名実ともにマイノリティなんだろうな」、ということ。2011年のイギリスでは、極東系の人種を見て真っ先に日本人と思い浮かべる人は減少しているように感じます。
 数の上ではすでにマイノリティであるとは2年位前から感じていました。でも、過去の実績や現在の日本の漫画・アニメイションは知っていていても、「日本人である」、「日本人にイギリスで遭遇する」ということはそのインパクトを失いつつあるのだろうと実感しています。
 もう一方で、このステイタスの変移にはいらつくこともあります。社会の「公平性」を達成することが国是(でも、不可能)であるイギリスでは、大学入試や公共機関の就職時に、「エスニック・マイノリティ」を受け入れることが条件になっていることがあります。日本人がそのカテゴリィに加わることはまだ当分ないでしょう。
 僕は、日本人は今も昔もイギリスでは「エスニック・マイノリティ」と感じますが、社会はそう見ません。なぜなら、中国に抜かれたとはいえ、いまだに世界第3位の経済大国であるから。

 先に書いたように、ラベルやカテゴリィは対象となる人物や文化、そして国を知る取っ掛かりになるのであればとても有益だと思います。でも、日本に限らず、また精神医療に限らず、今の時代、どうしてこうもラベルが生み出されていくのか?先が見えない不確定の時代だからともいえるのかもしれません。でも、僕はあまりにも過剰のように感じます。何かを創造するためのカテゴリィではなくて、わけのわからないものに近寄りたくないという理由で生み出す、そんな印象があります。

 頭のてっぺんからつま先までラベルに包まれた人間はいない。ラベルに覆われていることを見られる社会になるのかどうか。


 友人から届いた新年メイルで、面白い言葉を教えてもらいました。

 「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをマジめに」。

 ブログでは、これまで以上に思ったことを書き連ねつつ、本職では地に足のついた、僕ができることをできるようになりたいものです。

 新年早々、訳わからないものになってしまいましたが、今年もまた、皆さんが平和に過ごされることを。

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