LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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2011年04月の記事一覧

名前は「どこ」にある?

2011.04.24
最近、すっかり日曜ブロガーになってしまっているのは、自分で蒔いた種が、とんでもないことになってしまっているからです。刈り入れられるかどうか、現在のところ、不明です。

 東日本大震災は、間接的に、僕の生活にも影響を及ぼしました。紙不足や運搬の課題で、コラム掲載の日程が変更になったことです。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1362.html

 コラムの中で言及している「Deed Poll」という制度のことは、イギリスに住んで10年にもかかわらず、まったく知らないことでした。記事を書くに当たってイギリス人の友人たちに訊いて回ったところ、大体の反応は「えっ?日本にはないの?」、というもの。それだけイギリスではいたって普通のことのようです。情報収集で参考にしたサイトです。

http://www.ukdps.co.uk/

 このポストのタイトルは、ふと「名前って、どこにあるんだろう?」と思ったからです。考えるときりがないです。もう名前を思い出せないですが、かつて「古い骨」という推理小説で知られたアメリカ人作家のデビュウ作で、アメリカ先住民のある部族では、本当の名前を他者に知られてはならないという規律があったと読んだような記憶があります。
 僕は、ブログに名前らしきものを出しています。例えば、街中で突然、「ブログをかかれている守屋さんですよね?」と尋ねられても、「違います」と言い切れるし、自分が自分の名前を知っていれば問題ないし。
 そのようなことを考えると、名前ってどこにあるんだろう、と。紙や戸籍に書かれた名前のほかに、自分の名前はどこに存在するのか。「名前」を作り出したことは人類の功績であると同時に、あらゆる意味において逃れられないものでもあるのかな、なんて思います。

 今回、Deed Pollという精度を知ったおかげで、長年気になっていたことがなんとなく腑に落ちました。かつて、「JAPAN」というイギリス出身のバンドがいました。彼らの「ブリキの太鼓」、およびそれに収録されている「Visions of China」は傑作です。
 話をバンドに。バンドのフロント・マンはデイヴィッド・シルヴィアンという名前。彼の弟でバンドでドラムを叩いていたのは、スティーヴ・ジャンセン。ミュージック・ライフかロッキング・オンのどちらかだったはずですが、あるとき日本人ライタァがシルヴィアンのパスポートを見る機会があり、てっきりステイジ・ネイムだと思っていた「シルヴィアン」という名がしっかりパスポートに記載されていたそうです。30年以上もずっと忘れずにいたこのエピソードの答えを、見つけたよう思いました。

 もうひとつ、「名前」の存在が興味深いのはファッション業界。先日、人種差別発言でディオールを解雇されたジョン・ガリアーノは、彼自身の名前を冠する「ジョン・ガリアーノ」からも解雇されました。ジョン・ガリアーノがいない「ジョン・ガリアーノ」の存在意義ってなんだろうと思いますが、ファッション業界ではこの手の話はかなりあります。数年前に身を引いたジル・サンダーは、今も存続する「ジル・サンダー」にはまったくかかわっていないはず。ケイト・ミドルトン嬢のウェディング・ドレスはここに発注したのではないかと推測されている「アレクサンダー・マックイーン」の創始者のマックイーンは既にこの世にはいない。マックイーンでない、彼の元で働いていたけど彼の家族ではない女性が彼の名前で服を作り続ける。

 もって産まれたものではないのに、名前と自分の関係、そして自分のあり方について考える面白いトピックになりました。

[追記:4月25日]
 友人によると、アメリカでも名前を変えることはできるそう。インド系アメリカ人作家、ジュンパ・ラヒリの「その名にちなんで」を勧められた。確か、新潮社クレスト・ブック・シリーズに入っているはず。

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ロンドンの日本食の選択肢

2011.04.24
初夏のような爽やかな暑さが続くロンドン。29日は、雪が降ったりして。

 最近、和食を食べる機会が増えています。表向きの理由は、ロンドンでの日本食レストランの選択肢が確実に増えている上に、その増えた選択肢の「質」がとても高いことが上げられます。しかしながら、心理的な理由のほうが大きいことは確実。昨年7月に、自分でこんなことを書いています。

外国にたくさん行っているわけではないですが、行った先々で和食を食べたいと思うことは殆どありません。ロンドンでも、誘われない限り自分から日本食レストランに行こうとはあまり思いません。なぜなら、日本に帰ればいくらでも食べられるから、と。5月に行われたイギリスの総選挙の前まではそう思う理由を深くは追求しませんでした。
 そう、日本に帰れれば。日本に帰れることは、「必然」ではなく「条件」。でもその条件が絶対に実行されると思い込んでいた自分。身体的、経済的、はたまた国際政治的な理由で、もう二度と日本に戻れないとなったら、「イギリスで日本食なんて食べる必要なし」、なんていっていられるだろうか?いや、言っていられないでしょう。醤油一滴、海苔一枚を求めてのた打ち回るかもしれません。念のため、毎日このようなことを考えているわけではないですから。


http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1235.html

 3月11日に起きた東日本大震災を実際に体験したわけでもないのに。また日々の食べ物に困っているわけでもないのに。これでは、買占めに走る人を批判することはできません。

 まず、すでにとても有名ですが、Sohoの中心部にある、KOYAといううどん屋さん。

http://www.koya.co.uk/

 場所は、ロンドン随一のゲイ・エリアのど真ん中ですが、東京の新宿2丁目のような観光エリアになっているので、いかがわしさはまったくありません。
 聞いた話によると、毎日の開店時には行列ができるそうですが、客の回転が早いので、それほど待つことはないと思います。僕は、大体一人で行くので待たされたことはありません。
 このうどんを食べられるだけでもありがたく、不平を言ってはいけないとは判っています。判っているのですが、もう少しうどんの量が欲しいなとか、丼もののご飯の量が少なすぎるとかはあります。でも、旨いうどんを食べられることがこれほど気分を高めてくれるとは思っていませんでした。
 いくつか、経験したことを。店内は、日本人ばかりではありません。さすがにロンドン中心地、さまざまな人種がうどんを楽しんでいます。僕が感じる問題は、彼らがうどん屋という存在、そして日本人の麺類の食べ方を知らないということではないかと思います。2回目に行ったとき、出されたうどんをものの2分くらいで食べ終わり、さあ出ようかなというときに、ラテン系とオリンエタル系の二人づれの女性が入ってきました。すぐさまラテン系のほうが、「これから10人来るから席を確保して」と、気の優しげな日本人男性のウェイタァにとても高飛車に伝えました。男性が「ここでは予約をとりません」と言い終わらないうちに、「どうしてよ、私はgood customerよ」と。
 あれこれ言ってもらちが空かないと判ったラテン系は、それでも自分だけは試すということで空いている席に座ろうとしたところで、その男性を呼びつけて「椅子がよごれているじゃない。ふいてよ!」。「出てけよ」という言葉がでかかったと同時に、大昔に読んだ秋月リスの「OL進化論」のあるエピソードで、うどん屋に香水つけてくる無粋な客のことが描かれていることを思い出しました。
 僕自身、相席になることはまったく気になりませんが、隣が日本人客でないと、うどんをすするのがはばかられます。タイミングよく厨房のカウンタァ席につけたときには、つるつるとすすって(英語だとsuck upかな)、うどんののど越しを堪能します。うどんをすすれないと、その美味しさも半減です。

 ワレン・ストリート(Warren Street)駅から徒歩数分のところに、「」という名の寿司ストランがあります。

http://www.sushiofshiori.co.uk/

 このお店の存在を知ったのは、昨年の夏の終わりごろ。ロンドンの夕刊新聞、イヴニング・スタンダードが詳しく紹介したからです。ワレン・ストリートにすし屋という珍しさもあって、そのときもすぐに電話したのですが、紹介された直後ということで予約できませんでした。
 先日、ふと時間があいた土曜日の夜に電話してみたところ、一人だったら席があるということで。

 はっきり言って、お店の構えはほかの日本食レストランのような「日本」を思わせるものではありません。また、カウンタァに3人、窓際に5人というとても小さな店です。でも、とても旨かったです。場所柄ほとんど日本人がいないそうですが、こんなに旨い寿司を外国人だけが味わうなんてことはよくない、ということで予約を入れようと思っても、特に週末は早めの予約が必須です。
 キッチンでもくもくと、しかし美しい姿勢で寿司を作り上げる寡黙な旦那さんに代わって、お店を切り盛りする(確か)奥さんの存在が素晴らしいです。僕が行った夜、寿司飯が残り少なくって来たときに、ほろ酔い加減の3人の男性イギリス人グループが入ってきました。奥さんは、寿司飯が少ないこと、でも刺身はあるからそれでもいいならどうぞ、と。思うに、そのイギリス人たちは少しは日本食のことを知っていたようで、「餃子はないのか?」とか「から揚げが欲しい」と次々に。すかさず奥さんは、「ここは寿司レストランです。餃子とかやっていません。でも、海草サラダや刺身はこれとこれがありますよ」、とにこやかに、かつとてもプロフェッショナルな物腰で酔っ払いたちをあしらっていました。

 友人情報によると、最近、ケンジントン・ハイ・ストリートに醤油を使わないで食べるすし屋ができたそうです。

ロイヤル・オペラ:フィデリオ、指揮者トーク、オペラ作曲に挑戦企画

2011.04.17
天気がよすぎる。すなわち少雨の春で、農作物の生育に早くも影響が出ているらしいイギリス。程よい加減、ということはすべての事象においてイギリスには存在しないのではないかと、たまに思います。

 本題に行く前に。キャサリン・ミドルトンさんが独身最後の夜をすごすのは、ゴリング・ホテル。2010年1月に、このホテルでアフタヌーン・ティーをしました。時代の先を読む嗅覚(というか食欲)が鋭いと自画自賛したり。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1136.html

 本題。今週は、最近にしては珍しくロイヤル・オペラ・ハウスに3回も通うことになりました。3回ともまったく違った企画でしたので、短くご紹介。
 11日、月曜日にフィデリオの2回目。この日と最終日の16日の指揮者は、マーク・エルダー(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1353.html)ではなく、ロイヤル・オペラ・ハウス所属のデイヴィッド・サイラス。幸か不幸かこれまでサイラスの指揮には遭遇したことはありませんでした。この夜も指揮者の真後ろの席でした。サイラスの指揮への感想は、「もしかして、背中にぜんまいを巻く穴がありますか?」というように、矢鱈にカクカクした動き。これならパッパーノのうなり声のほうがまだいいかもと。
 指揮者への印象はあまり高いものではありませんでしたが、歌手陣が絶好調。初日にがっかりさせられたヴォットリッヒも、第2幕の第一声はちょっとかすれ気味でしたが、その後は調子を取り戻した上に声にこれまでになかった広がりが加わり、シュテンメとの二重唱には大感動。シュテンメにいたっては、彼女の声が持つ暖かさが、ロイヤル・オペラ・ハウスの隅々までいきわたるような豊かさに満ち溢れていました。

 14日。この日は日本支援のコンサートに行く予定でした。ところが、友人から「リンベリィでアントニオ・パッパーノ(ロイヤル・オペラ)、エドワード・ガードナー(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)、ヴラディミル・ユロウスキィ(グラインドボーン・フェスティヴァル・オペラ)というイギリスを代表するオペラ・ハウス、カンパニィで音楽を監督を務める3人によるトークというイヴェントに誘われました。もちろん、日本新コンサートのほうは払い戻しはしないでチケット代は寄付、別の友人家族が行ってくれました。
 3人の音楽監督の人となりは、こちらのブログをご参照ください。

http://ameblo.jp/peraperaopera/entry-10863623280.html


 1時間半、3人とも沢山話してくれたので全部は覚えていませんが、ガーディアン紙が録画していたので、こまめにチェックしていればご覧になれるかもしれません。個人的に興味が惹かれた点をいくつか。順序はばらばらです。

「音楽監督の役割について」
 パッパーノが長く演説したのは、現代のオペラ・カンパニィの音楽監督はもはや象牙の塔に閉じこもっていられることはないということ。いつかきちんと紹介したいと思っていることに、イギリスの名のあるオペラ・ハウスやダンス劇場がどのようにして裕福なフィランソロピストを惹きつけようとしているか、ということがあります。例えばロイヤル・オペラには、確か「マエストロズ・サークル」という名のシンディケイトがあります。これに年間ウン万ポンドを払った皆さんは、パッパーノのレクチャアを受けたり、一般には絶対に公開されない特別なリハーサルに招待されるという恩恵があります。
 パッパーノは、お金のことを切り離せるなんてことはない、この事実を受け入れないと、と強調していました。音楽監督の仕事のひとつは、フィランソロピストたちに、オペラの魅力、オペラがどのようにして作り上げられていくかを知らせることなんだ、とのこと。ほかの二人も大きくうなずいていました。

「世界のオペラ・ハウスの音響」
 これは、会場からの質問。三人がすぐさま、「ラ・スカラの音響は酷い」と異口同音に発言したのがおかしかったです。しばらく、この3人がスカラ座に招待されることはないでしょうね。

「批評家について」
 これも会場からの質問。間違いでなければ、ユロウスキィは、「マイスター・ジンガーのリヴェンジ云々」と。パッパーノの発言には僕も賛成です。パッパーノいわく、「多くの批評家が、公演が終わると、カーテン・コールを待たずに席を立つ。観客の反応を書いていないのはフェアではないと思う」。全国紙の批評家は顔写真が公表されているのでわかります。僕のこれまでの経験でも、彼らがカーテン・コールまでしっかり座っていたのを観たのはほとんどありません。
 一方で、ガードナーかパッパーノが言ったのか思い出せませんが、ニュー・ヨークに比べると、批評の数はロンドンのほうが多い、といっていたような。ガーディアンによるパッパーノへのインタヴューのリンクです。

Antonio Pappano: 'I didn't know what I was. Now I'm discovering my Italian roots.'

http://www.guardian.co.uk/music/2011/mar/13/antonio-pappano-interview-peter-conrad

Portrait of the artist: Antonio Pappano, conductor

http://www.guardian.co.uk/culture/2011/mar/21/antonio-pappano-conductor

 ユロウスキィが、オペラを作り上げていく過程を彼自身がお子さんの出産に立ち会った経験をメタファにして語った部分も大変興味深いものでした。

 土曜日、16日に再びリンベリィ・スタジオ劇場で観たのは、ROH2部門が毎年、通常のオペラ作曲家ではない音楽にオペラ創作を依頼する企画、「Operashots」の今年の2作品。ひとつは、もとポリスのドラマー、スチュアート・コープランドが曲・台本の両方を創作した「The Tell-Tate Heart」。もうひとつは、元The Art of Noiseのアン・ダドレィ(Anne Dudley)作曲、脚本がモンティ・パイソンの一人、テリィ・ジョーンズによる「The Doctor’s Tale」。どちらも、僕にとっては台本に問題ありでしたが、音楽はとても楽しめるものでした。

 コープランドが取り上げた物語は、エドガァ・ポォの「告げ口心臓」。僕は大学生のときに、予備知識がほとんどないまま「アーサー・ゴードン・ピムの物語」を原書で読むという、僕自身にとってとても無謀なゼミ(読みましたけどね)に参加して以来ポォには近づかないようにしてきました。なので、この話を読んだことはありませんが、大筋は知っていましたし、舞台を観てこれはオペラ向きの話であることには賛成します。問題は、コープランドの台本が弱すぎ。
 ありていに言えば、コープランドが創作した旋律はオペラとは断言しません。旋律の一つ一つはとても雄弁ですが、それが融合するというマジックは欠けていたかもしれません。それでも旋律が醸し出す雰囲気はとても可視的なものでした。ところが、物語は旋律が描くヴィジョンに追いついていけない、そんな印象が全体を通してぬぐいきれませんでした。
 最終日だったからか、コープランドも会場いました。さすがに元ポリス。多勢の人に囲まれていました。

 「医者の物語」は批評家の受けがよかったので楽しみにしていました。そして、こんな予想もしない機会に、改めて日本とイギリスの間に横たわる文化の溝の深さを実感しました。
 物語は、あるところにとても評判のいい医者がいる。患者には慕われ、尊敬され、診療予約は惹きもきらない。ひとつ問題が。それは、その医者は、犬である、と。
 これでどたばたの悲喜劇が繰り広げられるのですが、僕はずっと、「この馬鹿らしい話のどこかに必ず、寓話的、かつ道徳的な主題が隠されているに違いない」と神経を研ぎ澄ませて、一場面とも見逃すまじ。そんな僕をよそに、満員の会場をうめた9割以上のイギリス人の観客は爆笑に次ぐ大爆笑。
 終わってからも、この物語は何だったのだろうと思っているところに、イギリス人の友人を偶然見つけたので、「この話って、どんなメッセイジがこめられていたのか?」と尋ねました。答えは、「これは、ただの馬鹿らしい話じゃないか。これは単に、Sillinessなだけだよ」と。
 恐るべし、イギリス人、というかテリィ・ジョーンズ。オックスフォードまで出て、新作オペラの台本が、ただただ馬鹿らしさをこれでもかと散りばめただけなんて。同じくモンティ・パイソン出身のテリィ・ギリアムが来月、イングリッシュ・ナショナル・オペラで上演される「ファウスト」でオペラ演出デビュウを飾ります。行こうかと思っていたんですが、やめます。
 この企画は来年もあり、先日発表された情報によると、ウォーカー・ブラザーズ(懐かしい)のメンバーと、音楽を聴いたことはないですが、イギリスのポップ・バンドのひとつ、The Divine Comedyのフロント・マンが作曲するようです。

 数年前までは、このような新しいものには絶対に近づきませんでしたが、最近では自分自身のリアクションを観察するのが面白いです。また、きちんとした情報を集められれば書きたいと思っていることのひとつですが、異なる音楽分野で活躍する作曲家がオペラ創作に取り組むのはどうしてか、というのも興味があります。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1177.html
ルーファス・ウェイライトの「プリマ・ドンナ

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-846.html
デイモン・アルバーンによる「モンキィ

日本について外からの見方:アメリカからの二つの異なる視点

2011.04.15
今日、4月15日付のガーディアンは、本紙の真ん中見開き一面の全部を使って、被災地で見つけれられた写真を紹介しています。すでに、原発に関する報道の数もかなり減りましたが、よいことも悪いことも含めてまだまだ考えて行かなければならないことが山積していると思います。

 先日、ガーディアン紙のジョナサン・ワッツ記者の記事を紹介した(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1361.html)時に触れた、英語版のLe Monde diplomatique紙(http://mondediplo.com/2011/04/08japantrust)に掲載された記事を。知らせてくれたアメリカ人の友人が指摘したように、一行一行は正しいにもかかわらず、読み終わってみるとなんとも釈然としません。全文を掲載するのは問題かと思うので、記事の後半、天皇についての部分を。

Since the second world war, the Japanese have been disciplined into a society that emphasises hard work, uncomplaining sacrifice, conformism, steadfastness, loyalty and acceptance. Paradoxically, this has produced indifference to an unresponsive political class, and profound distrust and criticism of its leadership. The atmosphere in Tokyo grew quiet and tense as the Fukushima situation, less than 300km away, remained unresolved despite many attempts, while people living in the immediate vicinity of Fukushima were evacuated and checked for radiation. Despite government assurances of safety, some have panicked and those who can afford to leave Tokyo have done so, like many foreign residents from China, France and Britain – by car, plane, train and bus. Photographs of this migration say more about the real Japan than do the tears of Tepco’s president or Emperor Akihito’s appearance on television.

The emperor called on the people to remain calm and hopeful and take care of each other, and reminded them of a similar broadcast by his father Hirohito in 1945 that announced the end of the war, asking the nation to “endure the unendurable”.

Akihito does not claim divinity (Hirohito renounced that) but only the status of a national symbol, and this appeal consolidated the government’s request that people should remain patient, and make more sacrifices. Using the emperor in this way reinforces Ishihara’s statement and suggests an attempt to shift the responsibility from the government to the people. Most Japanese would say the imperial institution is not important, yet the fact that the government summoned the emperor to make the speech revealed that in fact it is. Few Japanese question the symbolic status of the emperor.

The emperor embodies the nation and is therefore in a position to ask people to accept the existing political arrangements (going against the constitution which says that the people are sovereign). The idea is to transfer the Japanese people’s loyalties towards their social (and ethnic) community onto the state and the form of political rule that has been constructed to control them.

The government called the emperor in as damage control, an attempt to calm a mistrustful population and to protect the present system of authority. But the clear failure of the government to act decisively and give prompt and accurate information and aid, risks damaging the carefully constructed identification between popular sovereignty and political leadership in Japan. This threatens to undermine any chance of managing the difficult task of recovery that lies ahead.


 この記事が書かれたのは3月の後半、もしくは4月になってすぐの頃。まだその頃には、天皇や美智子皇后が被災者を見舞っていなかった。情報が極端に少ないですから知りようもないので、僕自身は日本の皇室メンバーには取り立てての思い入れはない。そのような時間差、僕個人の捉え方がちうであろうという点を考慮してなお、アメリカを代表する日本研究家が、天皇をまるで政治の駒のようにしか思えない表現の仕方をしているのには、なんといえない不愉快な感情が湧き上がりました。天皇の表現と裏腹に、政治家についての指摘は情けないけどうなずくしかできないのがまた悔しいです。

 同じアメリカからでも、フランシス・フクヤマ博士のメッセイジにはあせる心を鎮めてくれるような暖かさを感じました。

日本の友人たちへ
http://www.47news.jp/47topics/e/203432.php
(共同通信社も、このような素晴らしい企画、もっと宣伝のしようがあるだろうにと思います。アーカイヴに永く残しておいて欲しいです)

 日本人がすさまじいまでの苦しみ、心の痛手を負うのは初めてではない。1923年の関東大震災や第2次世界大戦での敗戦の時も、同様であった。しかし、ある意味で、日本人はつまずいたり、苦難に出会ったりした時にこそ、最高の資質を発揮してきた。国家再生のためにいかにして結束するかを理解し、「共通善」に向かって喜んで自己犠牲の精神で取り組んできた。

中略

 日本は人口減と高齢化、それにともなう経済・財政課題の全てに直面する最初の先進国家である。日本に必要で欠けているのは、つまらない抗争などにかまけず、国家経済の長期的な健全化を図るために必要な自己犠牲へと国民を引っ張っていける政治指導だ。 いつも通りやっていればなんとかなるという慢心から人を目覚めさせるには、時として厳しい精神的苦痛が必要となる。それが人間の性だというのは残念ながら事実である。大津波被害への短期的な取り組みで人々の粘り強さが試される。そこを通じ、しっかりとした国家目標意識が生まれ、その意識が当面の危機を越えて続いていくことになるかもしれない。そうなれば、この大災害の被災者らの苦しみも、いくぶんかは報われることになろう。


 未曾有の自然災害の衝撃からようやく立ち上がることができた時期にあって適切な表現ではないかもしれません。でも、日本という国が、そして日本人がどの方向に進んでいくのか、試され、観察され、そして世界と協調していけるかどうか問われるのではないかと感じています。

精神医療啓蒙ポスターの一例

2011.04.14
知的財産権、著作権を悉く無視しているので、絶対に転載しないでください。場合によっては削除もありえます。



 2010年秋から参加している精神医療のワークショップで出された課題の一つが、ポスター製作。パブリッシャーと格闘することトータル10時間。嬉しいことに、かなり高い評価をもらえました。このような感じのポスターが日本でも普通に受け入れられるようになればとの希望を込めて。

芸術はいつも、暮らしとともにある

2011.04.14
文化庁長官が4月12日に、震災後の文化活動について発表したもの。

http://www.bunka.go.jp/bunkazai/tohokujishin_kanren/chokan_message_2.html

当面の文化芸術活動について

 このたびの東日本大震災によって亡くなられた方々のご冥福を衷心よりお祈り申し上げると共に,被災された方々に心からのお見舞いを申し上げます。被災地においては,今なお行方不明の方々の捜索が続き,不安かつご不自由な生活を余儀なくされている方々が多数いらっしゃることには胸が痛むばかりです。

 こうした中で,余震の恐れや計画停電,事業の自粛などにより,被災地以外の地域においても伝統的な行事や文化芸術活動が縮小されるなどの動きがあると承知しております。文化芸術は本来,私たちの心に安らぎと力を与え,地域の絆を強め,明日への希望を与えてくれるものであり,その縮小は経済社会全体の活力にとって好ましいものではありません。全国各地の活発な文化芸術活動によって国民ひとりひとりが活力を取り戻すことが,日本全体の元気を復活させるために必要なことであり,被災された方々に対する一層の支援につながるものと考えます。こうした動きはまた,復興に向けた力強い日本の姿を国際的に印象づけることにもなりましょう。

 被災地では様々な生活支援事業に加え,既に各地で文化芸術を通して被災された方々を慰め,勇気づける自主的な取組みが見られることに意を強くしています。文化芸術は,復興への歩みを進める方々の心の滋養になることを過去の経験が物語っているからです。また大震災直後から国の内外で文化芸術分野におけるチャリティーの催しが数多く行われ,それらを通じて皆様が心を一つにして支援の動きを強めておられるのを目の当たりにしております。海外のアーティストによる支援活動も広がっており,芸術家の国境を越えた連帯と,文化芸術のもつ力を再認識しました。

 文化庁は,従来の文化芸術振興策を積極的に推進すると共に,被災地の復興と歩調を合わせながら,現地での文化芸術活動への支援など,被災された方々を勇気づける取組みにも意を用いて参ります。

 今後,被災された方々に心を寄せつつ,電力事情,安全性等を十分踏まえながら,それぞれのお立場で,文化を創造しあるいは親しむ活動を積極的に行うことにより,日本の力強い復興を支えてくださいますようお願い申し上げます。

 平成23年4月12日
 文化庁長官  近藤誠一


11Mar11    ↑Top

被災者への心理ケアはいつ始まる?

2011.04.13
以下にリンクしてあるヴィデオは、NHSにおける医療情報を提供するサイト、NHS choiceshttp://www.nhs.uk/Pages/HomePage.aspx)が製作した、Cognitive Bahavioural Therapy(CBT)を紹介するもの。


CBTについて
http://www.youtube.com/watch?v=JSO6iAFekPw&NR=1

CBT:ケイス・スタディ1
http://www.youtube.com/watch?v=GVX4iVXtT-o&feature=relmfu

CBT:ケイス・スタディ2
http://www.youtube.com/watch?v=7rm73HPUf8Y&feature=relmfu

 これらのヴィデオを紹介した理由は、CBTが素晴らしいと褒めちぎるわけではない。3月11日に起きた「東日本大震災」後、僕が情報を集めた限り、被災地で心理ケアが始まったということをまだ聞いていないことが気になって仕方ないから。

 CBTやサイコダイナミック・カウンセリング等のかくサイコロジカル・トリートメントが科学的にその効果が数字として完璧に立証されているかと訊かれれば即答はできない。でも、心配なのは、現在のような混乱の時期に、「とんでもセラピィ」にはまってしまって、心がさらに傷ついてしまう人が出るのではないか、と。

 今の日本の状況にあってなお、足を引っ張り合うだけしか能がない政治家に何も期待できない。期待できないけど、政府には被災した人々の心をサポートする政策を一日も早く実行に移して欲しい。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1002.html

地震、津波の被災者を忘れてはならない

2011.04.06
ガーディアン紙のジョナサン・ワッツ記者が、最近の原子力発電所の報道により、地震と津波による被災者への関心がそらされているのではないかという記事を書いた。とても考えさせられる記事だと思うので全文を。難しくありません。ぜひ、読んで欲しいです。


Fukushima: the future is unknown, but the present is terrible enough

http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2011/apr/03/fukushima-fears-nuclear-angle-japan-suffering

We must not let our fear of the potential risks of radiation eclipse the real and present dangers the Japanese people face

Of all the grim headlines to have emerged from Japan in recent weeks, this one on the Kyodo newswire was particularly disturbing: "Up to 1,000 bodies left untouched near troubled nuke plant". It followed reports that police abandoned the corpse of a tsunami fatality in Fukushima because leaks from the broken reactors made it dangerously radioactive to carry. They bagged the body and left it in a building; a burial or cremation will have to wait until radioactivity diminishes. Their action was a gruesome illustration of how disaster victims are being put to one side while the world is gripped by fear of a meltdown.

The explosions and radiation leaks at the nuclear plant have dominated coverage of Japan's multiple catastrophe, although they have so far resulted in far fewer casualties than the earthquake and tsunami. This is frustrating to anyone who has seen the situation in the evacuation shelters, where the need for food, fuel and care is enormous. It is also disappointing because humanitarian disasters are among those rare occasions when the media are actually useful. Reporters can put a face on disaster, identify needs, and sometimes fill in the information gaps left by overstretched emergency services. They can also help to drum up humanitarian assistance. This time that is also being done by microblogs, including Quakebook, a Twitter sourced charity book that will be published within days.

So why has the media focus remained on less tangible nuclear fears? The old media adage "If it bleeds, it leads", was clearly not the deciding factor. The problems at the plant have not yet resulted in a single fatality, whereas the 28,000 people dead or missing as a result of the earthquake and tsunami make it Japan's deadliest disaster since the war.

The shifts of the earth and ocean on 11 March reset the scales of modern catastrophe. The magnitude nine quake (one of the five most powerful ever recorded) and the 30m to 40m tsunami (the highest ever seen in Japan) caused more economic damage than any disaster man has known. They pulverised several hundred kilometres of coastline and left up to 400,000 people homeless. Fewer than a third are nuclear evacuees.

Conventional news values would normally suggest the strongest images are given precedence, but not in this case. There is little that can compare to the videos of the black wall of water crashing through cities or the eerie aftermath of ships beached in carparks. Yet these powerful scenes have been pushed aside by a radioactive threat we cannot see.

The proximity of fear offers a clue as to why. The nuclear crisis hits closer to home. There is a far higher chance of a reactor accident than a tsunami in most countries, particularly in Europe and North America. But, strangely, the degree of panic seemed to be in inverse proportion to proximity to the reactors. At one point, people in Sendai (80km away) were going about their business as usual while embassies and firms in Tokyo (200km away) were frantically evacuating personnel. And shoppers in China (1,000km away) were fighting one another for salt (wrongly believed to be an antidote to radiation). The difference in the reactions suggests media messages are being distorted and amplified.

I read that those who evacuated from Tokyo absorbed four times more radiation on their flights than they would have done if they had stayed. Even now, the peak number of microsieverts per hour in central Tokyo last Thursday remained only slightly higher than that of London and New York. This is not to dismiss the threat. Nobody can predict what will happen next, because we have not been here before. This novelty, more than anything, explains why the nuclear angle has pushed the continuing human suffering in Japan off the front pages.

The media loves fresh meat. We have had earthquakes and tsunamis before, but we have never consumed a multiple meltdown threat quite like this. The efforts to contain the leak have been horrifyingly compelling – both extraordinarily brave and yet, given the enormity of the problem and the improvised nature of the countermeasures, touchingly inadequate. Until the threat posed is clear, we must watch it closely.

While doing so we should not lose sight of suffering and need. I was spooked several times during my stint in the disaster area as reports came in of explosions at the reactors, and friends urged me to get out. But expert advice suggested the radiation risk was tolerable if we kept a decent distance. A bigger concern was the shortage of food and fuel, which took hours to find each day. I have never felt so acutely humanity's dependence on fossil fuels. Without oil, there was a very real risk of society grinding to a halt. For those in the shelters, of course, the situation was much worse. So far, they have coped in extraordinary conditions, but like the nuclear crisis, we should not forget that the humanitarian challenge is not over.



 下線を引いて青字にした部分は、僕自身がとても考えさせられた部分であって、読まれる方によっては別の部分に関心を惹かれる部分もあるだろう。
 ワッツ記者が最後に提起した、「we should not forget that the humanitarian challenge is not over」は今の災害後の混乱がいまだに終息せずに、被災者の支援が遅れているという異常事態に世界がようやく気づいたということだと考える。
 東京電力の社員の皆さん、自衛隊、消防隊、警察とできうる以上の人力と時間を費やしてなお、たった一つの会社と政治家たちの不手際による人災のために、助かった命が失われるなんてこと、絶対に起きて欲しくない。

 ワッツ記者の記事に寄せられた読者からのコメントも、時間があるようでしたら一読してみてください。世界がどのように今の日本の状況を観ているかの一端がわかると思います。

 日本滞在20年を超す外国人の友人が、http://mondediplo.com/の新聞紙面で、Duke UniversityHarry Harootunian教授による、「Crisis mismanagement」という記事を読んだそう。友人曰く、「一行一行は正しく感じたにもかかわらず、全文を読み終わったら、まったく納得できなかったよ」とのこと。ネット上で見つけられるかどうか画策中。

英国における、クレジット・カードによる多重債務:その2

2011.04.04
どうしてこのポストを書こうと思ったかというと、多重債務に陥った人へのシンパシィからではないです。エンパシィはありますが。
 海外で長く暮らしていても、このような生活に直結する金融情報を知る機会は少ないのではないかと思ったからです。多重債務ついては、借りたものは返すのが当然のルールであるとの立場です。でも、同時に個人では抜け出したくても抜け出せない状況もありうるだろう、そのような状況を避けるためにも、消費者が知っておくべき情報・教育は行政がしっかりやるべきではないのかと考えます。
 最近になって知った情報によると、イギリスでは「政府がDebt Settlement Orderをはじめた」というスパム・メイルがでまわっているそうです。イギリス政府はこのようなことを実行しているという事実はなく、後述する「IVAビジネス」に誘導するのが目的とのこと。
 「海外で暮らす日本人」という観点から、僕の勝手な憶測ですがひとつ、気になり始めていることがあります。今回の原稿は、2月中には大方書き終わっていました。そして、3月11日の「東日本大震災」。メディアは被災された皆さんの我慢強さや、冷静さに賞賛を送ります。しかしながら、その震災後の混乱振りもそろそろ詳しく報道されてきています。自然災害後の政財界のリーダーシップの欠落は、世界の経済・金融市場からは、「日本に資金を回すのはリスクが大きすぎる」と見られてしまうことにつながるのではないか、と。
 多重債務とは別に、イギリス国内で最近問題になりつつあるクレジット・カードをめぐる報道がありました。これについても、時間をもてたときにかければと思っています。


英国における、クレジット・カードによる多重債務:その2


英国では、消費者金融による利率の設定に上限が定められていない。クレジット・カード多重債務者が最後にたどりつくとされるドアストップ・レンダ-と呼ばれる消費者金融では、年率2000%などというところもある。このような超高利率の個人ローンを利用する多重債務者が減らない、言い換えればそのような個人ローンしか利用できない債務者が急増しているところに、英国の個人負債問題の根が深いことが伺われる。
 英国メディアによると、政府はこの春から制度の改善を始めるとのことだが上限が定められるかどうかは今のところ不明だ。


体験談3
 『4枚目のカードが届いたときは、自分が抱える債務額を実感できませんでした。すでに感覚が麻痺してしまっていたのかもしれません。それでもなんとか自分で返さなければとの思いが強かったので、家族、友人、そして同僚には相談できませんでした。
 『毎月の返済は銀行口座からの自動引き落とし(direct debit)にはせずに、明細書が届いたら返済額を確認してからオンラインで払うようにしていました。でも、4社の返済日がばらばらで、ある時、C社の明細書がとどかなったことに全く気づきませんでした。
 『あくる月に届いたC社の明細書を開いて驚きました。支払いがされなかったことでペナルティが科され、最低返済額が倍になっていたんです。明細書が届いていなかったことに気がつかなかったのは自分の落ち度ですが、このときほどロイヤル・メイルを恨めしく思ったことはないです。
 『もちろんそんな理由をカード会社は聞き入れてくれません。たった一回とはいえ、この倍額の返済によって綱渡り状態だった支払計画に負担がかかってしまい、そのあとの数ヶ月、支払いに遅れが生じ、そのたびに科せられる罰金がさらに負担になりました』。


 多重債務者支援団体がクレジット・カード会社業界や政府に幾度も見直しの要請をだしているのが、カード会社による支払い遅延への高額な罰金だ。だいたいどの会社も£12を課している。一社ならともかく、数社のクレジット・カードの返済をしなければならない多重債務者には、一度でも発生するとこの罰金が大きくのしかかってくる。


体験談4
 『幸運にも、収入のよい仕事に転職することができたので、クレジット・カードの負債をまとめ(debt consolidate loan)て個人ローンで返せるかどうかを、長年つかっている地元の銀行に相談しました。ローンの借り入れ利率がクレジット・カードのAPRよりもずっと低いからです。担当者はとても親切ですぐにローンの申請書を作成してくれました。でも、最後に英国籍を取得しているかどうかを訊かれ、永住権であることを伝えると、「外国籍のままだと不利」であることを告げられました。クレジット・カードは簡単に外国人に発行しておきながら、なんて理不尽な事と感じると同時に、長く英国で働いて暮らしているとはいえ、自分が外国人であることを痛感しました。
 『結果は、やはり外国人であること、また不動産を所有していないこと、さらに数度の返済遅延のためにクレジット・レイティングが低すぎるということでローンの申請は受け付けてもらえませんでした。
 『現在は、多重債務者を支援するチャリティ団体の助けを借りて収入と出費の見直し計画を作り実行しています。毎月の返済額をできるだけ多くすることで、クレジット・レイティングをなんとか向上させて、数ヵ月後に再び個人ローンを申請するつもりでいます。借金に代わりないですが、負担を軽くして少しでも早い完済のためには、仕方ないと思っています』。


 実務的には、英国では「負債返済ローン」という名目で個人が資金を借りられるのはまれで、大体が口座を持っている銀行や大手スーパー・マーケットの金融部門が提供する個人ローンを申請する負債者が多い。特にテスコやマークス・アンド・スペンサーの金融部門が販売する個人ローンの利率は彼らが発行するクレジット・カードの利率と比べると数%低い。理不尽に感じても、体験談にあるように外国人であることをローン拒否の理由になることがあるのは否定できない。しかしながら、リスクを減らしたい貸し手側が最も重視するのは顧客のクレジット・レイティングだ。利用者があずかり知らないクレジット・レイティングによってかなり厳しく審査するということは、英国人ですら気づいていない。
 クレジット・レイティングを個人で調べるのは可能だ。インターネット上ではいくつかの会社が、住所などの個人情報を入力することで結果を提供している(有料)。レイティングは5段階になっているのが普通で、下からVery poor, Poor, Fair, Good, Excellentとなる。最近の新聞報道によると、Fairの評価があっても、個人ローンの申請が成功する割合は5割を少し超えるだけ。下位の評価のままでは、個人ローンを借りられることは、昨今の不況下ではほぼ不可能に近い。
 このように個人ローンを受けることが英国人ですら難しくなりつつある現在、個人負債総額が天文学的な英国では、負債返済ビジネスが大流行している。インターネットで、「debts problem」と入力して検索すれば、負債返済を請け負う多くの会社がたちどころに見つかるはずだ。それらの多くが推奨するのは、自己破産か、Individual Voluntary Arrangementというサーヴィス。これは簡単に説明すると、IVAを請け負う会社が多重債務者の代わりに各カード会社と交渉し、毎月の返済額を減免することだ。
 IVAサーヴィスについて知っておくべき点が二つある。まず、IVAが認められると、毎月の返済総額が減免される。返済期間は通常5年に設定される。IVAによる返済が始まってから6年間、つまり5年間の返済が終わってからさらに1年間の間は債務者のクレジット・レイティングにはそのことが記載され、その期間に新しいクレジット・カードを作ることは実質不可能になる。公式には、その6年が過ぎれば公式のクレジット・レイティングは回復するはずだが、クレジット・カード会社独自のレイティングがそれに連動するかどうかは各社の独自の判断になる。
 2点目は、「負債返済ビジネス」としたように、IVAが認められると交渉を請け負った会社への手数料が発生する。会社によってはIVAの返済が始まって最初の1年はその手数料を払っているだけということも起こりうる。また、彼らにとってはビジネスチャンスであるから、一度でも無料相談に電話番号を登録すると、ここぞとばかりに電話攻勢が始まることが多く、別の意味で精神的な負担を感じることもあるだろう。
 すぐに実務的な助けには結びつかないかもしれないが、多重債務者を支援するチャリティ団体に相談するほうが心理的負担は大きくないかもしれない。ここでも外国人への救済プログラムの有効は限られ手いる。しかし誰にも相談できないと悩んでいる人には、問題解決に向けてのきっかけになるかもしれない。

 外国で暮らしていると、どんなに注意していても、きっかけは些細なことだったにもかかわらず、結果として大きな問題になってしまうこともあるだろう。消費者としてどんなことを知っておくべきかということは英国人だけでなく、英国で暮らす日本人にとっても大切なことだ。

英国における、クレジット・カードによる多重債務:その1

2011.04.03
2回に分けて掲載するこのポストは、どこかのメディアが採用してくれるかなと、根回しもせずに書いたもので結局採用にはいたりませんでした。でも、腐らせてしまうのは嫌だったので、メディアで活躍する友人たちに助言をもらい、ここに載せることにしました。
 専門用語や細かな数字については、採用されたら編集の方がやってくれるだろうと高をくくっていました。ブログに載せるに当たり、自分で調べましたが、もし誤った記述を見つけられた方は、ご面倒でもご教示いただけると大変助かります。


英国における、クレジット・カードによる多重債務:その1


英国では日本人を含む外国人も英国人同様にクレジット・カードを利用する生活が当たり前になっている。だが実際に利用を続けていると、負債額に加算される年率表記の判りにくさや、その年率がクレジット・カード会社の都合で突然上昇する可能性があることを知らずに、負債額が増えてしまいその負債を減らすためにまたクレジット・カードを作るという悪循環に陥る利用者は後を絶たない。外国人利用者にとって、英国人ではないが故に返済するための選択肢が極端に限られていることに気づかずに、債務返済に困難をきたして消費者支援団体へ助けを求める相談が増えているという。取材した体験談をもとに、適切な対応策について考えてみたい。
 

2011年2月、ガーディアン紙の報道によると、英国の個人負債の総額は£1兆5千(日本円でおよそ200兆円、1ポンド=135円)にまで膨れ上がっている。その多くは生活費を捻出するためのクレジット・カード負債によるものといわれている。在英邦人には無関係と思われるかもしれないが、気づかぬうちにクレジット・カードや消費者金融によって多重債務に陥ってしまった在英邦人の数は少なくない。体験談を紹介することで多重債務にどうして陥ってしまうのかの点に焦点を当てる。なお、体験談は取材したことに、英国のメディアから得た情報を加えてまとめたもので、特定の個人について述べているものではない。

 英国に来て生活を始めたばかりだと、銀行口座をすぐに開くことはできてもすぐには英国で発行されるクレジット・カードを持つことができないことが普通なので、英国と日本のカードの違いについてわからない人も多いだろう。英国におけるクレジット・カードが主な要因となる多重債務という点から見て日本人になじみが薄いと思われるのは、クレジット・カード間の負債を移動させるサーヴィス、バランス・トランスファー(Balance Transfer)だ。
 バランス・トランスファーの仕組みについての一例を挙げる。A社のクレジット・カードを利用限度額いっぱいまで使ってしまっている。返済できると思っていた毎月の最低返済額(minimum payment)を支払うと、毎日の生活が苦しくなる。インターネットで見つけたあるクレジット・カード会社は、手数料はかかるがA社の負債を移すことができる上に、その移した負債には一定期間、例えば数ヶ月から1年の間利息がかからない。負債をこれ以上増やしたくない利用者にとって、バランス・トランスファーは簡単で安全な返済方法に映る。


体験談1
 『英国で就職して数年たち仕事が順調になってきたころに、口座を開いていた銀行からクレジット・カードを作ってみてはと持ちかけられました。不安はあったのですが、日本円の価値が落ちていたころでいい機会だと思って申し込んでみたところ、予想外に短期間で発行されました。
 『使い始めたころは多用しないように、また毎月の支払いも利用した分をきちんと返済するようにしていました。でも、使い勝手がいいこと、ほかの出費があるときには最低返済額さえ払っておけばペナルティが科されないので、次第に利用頻度が上がっていきました。使い始めてから1年過ぎたころには利用限度額が上限に近づき、毎月の最低返済額も生活を圧迫するほどにまでになっていました。
 『どうしようと悩んでいたときに、別のクレジット・カード会社がバランス・トランスファーを提供している新聞広告を見つけました。バランス・トランスファーの手数料が高いのが気になったのですが、1年間の利息が帳消しになるのであればと思い、すぐにオンラインで申し込みました。2週間後には新しいカードが手元に届き、最初のカードの負債の全額が新しいカードに移っていました。ほっとしたのと同時に、こんなに簡単なことなのかと拍子抜けしました』。


 クレジット・カード会社にとって、バランス・トランスファーは新規顧客をひきつける「商品」であると同時に、安定した手数料収入を得ることができる「ビジネス」であることを忘れてはならない。また、移動できる負債額の上限は顧客の収入等の条件によって差があるが、移動させる負債額が大きいほど手数料額も大きくなる。
 そのような誘導にのって負債を増やしてしまったカード利用者が一番の責任を負うべきというのはもっともな意見だ。しかし、気がつきづらい落とし穴がある。それは、負債額にかかる利息の利率だ。カード会社によっては、年率(APR、annual percentage of rate)をひと月にかかる月ごとの利率、つまり見かけ上の利率が低いように見える数字しか明細書に記載しないことがある。毎月の利率で見ればわずかだが、年率にしたときにどれほどの利息が生じるかということに気づかないのは英国人利用者も同じだ。


体験談2
 『B社のカードにA社の負債を移せたときは、本当にほっとしました。利息が加算されないうちに負債を返せると思ったからです。ところが、仕事がフルタイムからパートタイムになってしまって収入が3割も減ってしまいました。まず、家賃を減らすために引越をしました。そしてかなり出費を見直したのですが、食費や光熱費をまかなうために何度もA社のカードを使わなければなりませんでした。気がつくと、A社とB社のカードの毎月の返済額の合計がA社だけだったころの返済額よりも大きくなっていました。その上、毎月なんとかやりくりして最低返済額だけは払い続けていたにもかかわらず、負債総額が減らない、それよりも逆に増えているような気がしてきたのです。
 『そこで、明細書をじっくり読んでみたところ、ある月のA社のカードの利息額が最低返済額よりも高くなっていたことに気づきました。最低返済額が毎月の利息より低くなるなんてこと、考えたこともありませんでした。吃驚しました。パニックになってしまって、もうひとつクレジット・カードを作って負債を移して、この状況からなんとか抜け出さなければと必死でした。これを最後にと自分に言い聞かせ、すぐにC社のカードに申し込みました。これも発行され、全額ではないですがA社のカードから負債をバランス・トランスファーで移せました』。


 その2へ。

アムネスティ50周年

2011.04.03

(オブザァヴァ/ガーディアンから拝借)

今日、4月3日付のオブザァヴァ紙が人権団体のアムネスティ・インターナショナル(http://www.amnesty.org/)が設立されて50年の特集記事を組んでいる。

Free at last... and they all owe their lives to Amnesty

http://www.guardian.co.uk/world/2011/apr/03/amnesty-political-prisoners

Amnesty International posters - in pictures
http://www.guardian.co.uk/world/gallery/2011/apr/03/amnesty-international-posters-in-pictures?intcmp=239

 僕自身は、アムネスティの活動に携わったことはないし、近い将来かかわることが起きるかどうかもわからない。でも、アムネスティの活動によって、特に政治的理由によって虐待されている人々が立場を回復できている事実は、もっと広く知られるべきと思う。

早春のハロゲイト3:ファウンティンズ・アビィ

2011.04.03
今回のハロゲイトへの週末旅行を思い立ったのはノース・ドッケンブッシュhttp://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1355.html)に泊まってみるということで、ほかの見所を何も調べないまま予約しました。ばたばたしていて調べる時間もあまりなく、でも何かひとつくらいは観光名所を見なければとヒットしたのが、ナショナル・トラストが管理する、ファウンティンズ・アビィ(以下FA)でした。

http://www.fountainsabbey.org.uk/

http://www.fountainsabbey.org.uk/downloads/foreign/Japanese.pdf
(日本語による情報。PDFファイルで開きます)

 ええ、遠かったです。地図を見たときは、「一日がかりで歩いていけるかな」なんて思ったりしましたが、そんな愚かなことをしなくて本当によかったです。車で行かない方には、ハロゲイトの北にあるRiponという町からFAへの公共バスがありますが、閑散期は本数がかなり減るようです。Riponとハロゲイトの間にはシャトル便のようなバスがあるので、Riponからタクシィだとお手ごろ価格でいけると思います。

 NDBまでブルーライン社のタクシィに来てもらって、片道£15-、約20分。西側ゲイトに到着したときに、運転手に「4時間後に迎えに来て欲しい」と頼みました。曇っていたので4時間すら長すぎるとそのときは思ったのですが、4時間では回りきれませんでした。
 通常、遺跡や古い建物にはほとんど興味を惹かれないのですが、FAは一目その姿を見るなり、惹き込まれました。こんな辺鄙なところにこれほど巨大な建物を建設した人々の熱意。そしていとも簡単に(僕にはそう思えました)その建築物を無用のものとして打ち捨ててしまう人間の驕り。
 FAの面白さは、修道院の遺跡だけにとどまりません。その先にあるウォーター・ガーデンとの対比がまたとても面白いものでした。遺跡もウォーター・ガーデンも人の手によって作られたにもかかわらず、ひとつは贅沢を排し、もうひとつは贅を尽くして人工の美を作り上げる。社会のそこかしこに矛盾が潜んでいるにもかかわらず、その矛盾が常にもろく、でもなにか不可思議な力によってそのもろい調和が成立しているギリスらしさを感じました。
 僕の歩く速度は、競歩並みと称されます。もちろん、写真を撮るために立ち止まったり、深呼吸をしたり、風景の美しさに思わず足が止まることもありましたし、ランチもしっかり食べました。そして自分ひとりの気楽さから、タッタカタッタカ歩きました。にもかかわらず、4時間では回りきれませんでした。それほど、広大でした。
 ウォーター・ガーデンの先の公園部分を含めると敷地は本当に広大です。迷子にはならないと思いますが、場所によっては不安を感じる様なところもあります。だからでしょう、係員の皆さんが敷地内を巡回しているので、何か困ったことが起きてもすぐに助けを求めることができると思います。
 人工のアトラクションがあるわけではないですが、とても楽しかったです。ヨークやハロゲイト、そしてヨークシャア・デイルズ観光を考えているのであれば、ファウンティンズ・アビィはお勧めです。ここは晴れれば一日があっという間に過ぎてしまうと思います。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157626356895214/

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157594260034368/
これは、同じくナショナル・トラストが管理する庭園。秋の紅葉の美しさは格別。

早春のハロゲイト2:ノース・ドッケンブッシュ(North Dockenbush)

2011.04.02
自分のことながら、たまに自分の記憶力、言い換えると気になったことを忘れたくないという執着はすごいと思います。2009年のある土曜日、ガーディアン紙のトラヴェル・セクションに、ハロゲイト近郊にある良さげなB&Bが紹介されていました。切り抜いておいた記事は引越しでなくしてしまったのですが、「ハロゲイト、B&B、豪勢な朝ごはん」という情報はしっかり記憶に残っていたので、あるとき検索して再び見つけたのが、ここです。

http://www.northdockenbush.co.uk/index.html


http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157626232013863/

 「ラクジャリアスB&B」と尋ねられれば、僕の答えは「Yes and No」です。閑散期だったので、一泊£65-でしたが、繁忙期の£90-だとしたら僕は予約を入れるのは躊躇すると思います。理由は、「B&B」という存在への僕の期待と、実際にノース・ドッケンブッシュ(以下、NDB)がどのように運営されているかの差によるものです。
 B&Bって、実は好きではありません。最大にして唯一の理由は、朝食に出てくるトーストがメインと一緒に出てこないことがほとんどで、メインが出てくるまでにトーストが冷めてしまうから。つまらないことだと思われるでしょう。でも、これがいやなんです。バターを塗った熱々のトーストと一緒に目玉焼き、スクランブル・エッグ、ソーセイジ等をほおばりたいと思いませんか?日本の旅館で、ご飯と味噌汁が先に出されて、焼き魚が出てきたときにはご飯が冷めてしまったというのと僕の中では同じです。いつまでたっても、さめたトーストを出し続けるイギリスの多くのB&Bが好きではなくて、7、8年くらいB&Bには泊まったことがありませんでした。
 で、NDB。トーストは先に出されました。これだけは、本当にがっかりでした。が、朝食は、これまでに経験してきたB&Bの中では、断然トップです。メインで出される食材のすべてが、NDBの直産品なので新鮮、かつ味も鮮烈。卵の黄身の色はロンドンのスーパー・マーケットで売っているオーガニック卵の黄身の色が如何に薄いかが判るほど濃い黄色。ベイコンとソーセイジは飼っている豚をつぶしてのもの。豚さん、ありがとう。ソーセイジは大きいだけでなく、とてもジュ-シィ。あまりにも評判が良いので、量産を計画しているそうです。上手くいけばロンドンでも販売したいそう。すでに卵は宿泊客が希望すれば販売しています。1ダース、£2.50-。もちろん購入しました。卵の美味しさは格別で、Bettysのパンとこの卵を買うためだけにハロゲイトに行ってもいいかなと思ったりしました。

 僕が感じた「差」は、NDBは、「B&Bなのか?」という点。経営者のオリヴァに会って鍵を受け取った後は、2泊して彼に会った時間はトータルで10分に満たなかったくらい。NDBに泊まる人は、車で来ることが必須だし日中は出かけているので経営者に会う必要もないでしょう。車を運転しない僕のほうが彼らのターゲット客ではないのかもしれません。でも、B&Bって距離は置きつつも、経営者と宿泊客の間に何らかのコミュニケイションがあると思っていた僕には、ちょっと冷めた印象が残りました。冷たいというのではなく、B&Bはオリヴァのビジネスのひとつに過ぎない、という感じが最も近いと思います。
 朝食の準備を含めて、午前中のハウス・キーピングを任されているリズとは、逆にとてもいいコミュニケイショをもてました。で、彼女に、「例えば、今週末みたいにドタキャンで部屋が空いてしまったときに、空き部屋ありなんて看板をNDBは主要道路に出さないよね」と尋ねたところ、「出さないわ。オリヴァは宿泊客が誰なのかを先に知っておきたいはずだし。それに、こんなmiddle of nowhereのB&Bに事前情報もなくて泊まりたい人もいないと思うわ」、と笑っていました。

 決してネガティヴではないつもりですが、以上の点が気になりました。それ以外は、ロケイション、最高です。ハロゲイトの駅前からタクシィに乗ったとき。印刷しておいた「how to get to us」を運転手に見せても、「こんな場所、知らないよ」といわせるほど辺鄙な場所。建物の表側はサイト上の写真で見てもらうとして、到着してまず迎えてくれたのは、鶏の集団。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5561499086/in/set-72157626232013863

 で、周りにあるのは畑、丘、木々、そしてヨークシャアの空だけ。僕のように車を運転しなければ、まさに陸の孤島。でも、僕にはそれが最高でした。ずっと自分の目で見たい、肌で感じたいと願っていたデイヴィッド・ホックニィが描いたヨークシャアの風景が目の前にある。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-454.html

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5560926135/in/set-72157626232013863

hockney.jpg

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5561503426/in/set-72157626232013863


 日曜日の午後、ファウンテンズ・アビィから戻ってきてNDBの近辺を2時間ほど歩き回りました。なんてことない風景なんだろうけど、その風景の中にいる僕自身の心のガードが気づかないうちに解除されているような気分に包まれました。

 第一夜は雲が低く垂れ込めていたので、ハロゲイトの町からの光が雲に反射してすべてが靄がかかったように見えたので、懐中電灯なしでもなんとか夜道を歩いて戻ってくることができました。闇夜のカラスではないですが、数センチ先がまったく見えない。危険なことなどないとわかっている、この道の終わりにはNDBの玄関の明かりがあると判っている。にもかかわらず、どきどきしてくる心臓。恐怖は、自分自身が生み出すものなんだということを実感しました。
 日曜日は、午後から快晴になり夜も雲ひとつないまま。街灯を反射する雲がないので、窓の外は黒一色。日常生活で忙しい振りをするのは、忙しくしていることが唯一の自己存在の意義であるむなしさを認めたくない反動なのかも、なんて益体もない思考を綺麗さっぱり拭い去る真っ暗な夜。

 仮に興味をもたれた方、ぜひ、車で。でないと、とりわけ夕食が困ります。NDBからいける村にただひとつのパブ・レストランは、僕は勧めません。ロンドンに戻ってからみつけたこちらのほうが良いかもしれません。日曜日も営業しているようですし。

http://www.hareandhoundsburtonleonard.com/

 それと、3月12日のテレグラフ紙が紹介していたこちらも、NDBからだとちょっと距離はありますが、試してみたいと思いました。

http://www.yorke-arms.co.uk/

 僕が利用したのはThe Blue Room。一番人気は、The Plum Roomです。見せてもらいましたが、一番広い上に窓からの眺めもとてもよかったです。このプラムとゴールドはバス・ルームが部屋の外になります。

早春のハロゲイト1

2011.04.02
何でもかんでも自粛する、しなくていいものまで自粛するという、思考をせずに右にならえをしたがる、日本人特有の集団ヒステリアに声を挙げるべく、ハロゲイトの楽しさを。

 3月最初の週末、泊まってみたかったB&Bにいける機会が訪れたので、北部ヨークシャアにあるハロゲイトに行ってきました。どれくらいの人がハロゲイトの名前を聞いたことがあるかはわかりませんが、アガサ・クリスティのファンの方なら、クリスティが最初の結婚の離婚騒動のときに数日の間身を隠した町としてご存知かと思います。また、試すつもりはまったくありませんでしたし、実際試しませんでしたが、温泉(鉱泉?)の町としても有名です。

 B&Bについては別項で触れるとして、ハロゲイトについて。ろくな写真ではありませんが、街の雰囲気はこちらを。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157626411129096/

 僕が行ったときには、ロンドンとハロゲイト間の直通列車は、ハロゲイトを早朝に出る一本だけでした。タクシィの運転手から、4月からもっと直通が増えるらしいと聞きましたが、確認していません。
 ロンドンからは、キングス・クロス駅発列車でヨーク、もしくはリーズ乗換え。接続が上手くいけば、約3時間の列車のたびです。今回もかなり早く予約したので、ファースト・クラス片道45ポンドを利用しました。以前、ヨークやエディンバラに行ったときにはGNERという会社の運営でしたが、経営危機のために今は政府管理の会社が運営しています。だからなのかサーヴィスの質がかなり向上していました。ハロゲイトへはヨークからはローカル電車で40分ほどの距離です。

 ハロゲイトについてまずしたこと、それはBettys

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-959.html

 時間は午後1時を回ったところ。「並ばなければかな。でも、とても寒いから誰も並んでいないだろな」と思いつつハロゲイト本店(http://www.bettys.co.uk/bettys_harrogate.aspx)到着してみると、霙交じりの氷雨が降るなか、30人以上も並んでいたので予定を変更し、ハロゲイト郊外、王立園芸協会のハ-ロー・カー庭園(http://www.rhs.org.uk/Gardens/Harlow-Carr)に併設されているBettyshttp://www.bettys.co.uk/bettys_harlow_carr.aspx)に向いました。
 観光センターで庭園に行くためのバスの情報を聞いた後、駅前からローカルバスに乗り込みました。運転手に庭園に着いたら知らせて欲しいと頼んでから、空いていた席に。隣にはおそらく60代後半のご婦人。
 僕が腰を下ろすなり、「どこに行きたいの?」、と尋ねてきました。僕がハ-ロー・カーにあるBettysに行くところだというと、「ハ-ロー・カーもいいけど、Bettysはヨーク本店が一番いいわ。私は、ハロゲイト本店は好きじゃないの」。彼女が好きでない理由は、月曜日に本店に行って判りました。
 バス停から5分弱歩いて庭園の入り口に着くと、Bettysを利用するために入園料金を払わなくてもいいことがわかりほっと一息。ちょうどお昼時だったので、席に案内されるまで20分ほど待ちましたが、屋内だったので苦にもならず。満員のカフェやレストランでランチやコーヒーを人々が楽しんでいる和やかな雰囲気がとても心地よかったです。
 席に着いてメニューを広げると、価格設定は2年半前とあまりかわっていない印象でした。前回、ヨークで食べ損ねたフィッシュ・アンド・チップス(http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5577941910/in/set-72157626411129096)を注文。目の前に運ばれてきたハドックの大きさは、一見、「価格を抑えている分、小さくしたのかな」と感じられました。ところが、食べ終わってみると、おなかいっぱい。アフタヌーン・ティもと思っていたのですが、敢え無く紅茶とケイキひとつがやっとでした。
 さすがにこれはちょっと食べすぎと感じ、雨もやんでいたので、インフォメイションでもらった情報から、ハ-ロー・カーからヴァレィ・ガーデン(Valley Garden)を突っ切ってハロゲイトの中心に戻る散歩コースを歩いてみました。公式には、所要1時間。30分弱で歩ききりましたが、灰色の雲が重く垂れ込める空の下に広がる淡い緑の牧場は綺麗でした。ちなみに、庭園には入りませんでした。花より団子。

 月曜日に戻ってきて、駅の案内所の係員に手荷物預かり所があるかどうか尋ねたところ、ないと。でも、1パイント分で預かるよというので頼んで向った先は、Bettys。さすがに月曜日の午前11時半では行列もなくすぐに席に案内されました。ところが、いくら待っても注文を訊きに来ないのでカウンターの女性に尋ねたところ、入り口からすぐのカフェでは、ウェイターによるサーヴィスはなくて、客がカウンターで注文してから飲み物や食べ物が運ばれるシステムとのこと。これがあのご婦人が言っていた嫌いな理由だと思い、ではきちんと注文をとってくれるレストランはと尋ねると、一段下にあるエリアになるとのこと。そちらに移動してからBettysの甘いものの中でも最も好きなの(http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/5577941922/in/set-72157626411129096)とラプサン・スーチョンでのんびりと過ごす至福のひと時。Bettysはネット通販に力を入れていますが、通販で購入できない商品がいくつかあります。中でも、毎日焼いている(らしい)パンは、パンが好きな方には買って帰れるのであれば、ぜひとも。

 後は、やっとハロゲイトの町を歩き回りました。タクシィの運転手の皆さんから聞いた話を総合すると、国際会議センターがあるので、ハロゲイトの経済は好況はといえないけどマイナスにはなっていない。ローカル・カウンシルが観光都市としての水準を維持するために、特に公園整備に力を入れているので、たとえ真冬でも街中から花が消えることはないとのこと。
 実際にハロゲイトを歩き回り、また主にタクシィの中での会話から感じたのは、人が優しい。もちろんそれが仕事の一部とはいえ、運転手の皆さんとの会話が楽しくて。また、ツーリスト・インフォメイション等でもらった情報から判断するに、ヨークシャア・デイルズを探訪するには、ヨークよりもハロゲイトのほうが位置的にもっと近いし便も良いということ。
 今回とてもお世話になった地元のタクシィ会社(http://www.bluelinetaxis.co.uk/、お勧めです。好印象を持ちました)によると、ヨークシャア・デイルズを回るとなると、やはりレンタカーのほうが割安だろうとのこと。でも、ブルーライン社も、8人乗りの車で観光案内をするそうです。ハロゲイト市内の観光だけなら、ハ-ロー・カー庭園も含めて車を利用する必要はないと思いますが、ヨークシャアの風景を見て回るなら、車で行ったほうが移動はらくだと思います。

http://www.harrogate.gov.uk/Pages/harrogate-266.aspx


http://www.harrogate.gov.uk/Pages/harrogate-4658.aspx

(ヨークシャア・デイルズについて)

http://www.yorkshire.com/


http://www.discovernorthyorkshire.co.uk/

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