LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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英語に関するあれこれ2:外国語を学ばないイギリス人

2010.11.04
その1(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1256.html)からすっかり間が開いてしまいましたが、ちょうど11月2日にコラムが掲載されたので、補足というか、本音です。サブ・タイトルは「英語を話せるからって驕るなよ」です。まとまりのない文章・構成になると思います、ご了承の程。

 英語が主要言語の国で勉強し、暮らすことを僕自身が選択したわけですから、英語を話さなければならない、ということを僕は厭いません。話せるようにならなければ何も進まないですから。非母国語である程度学んだのはほかにドイツ語だけで、世界中で話されているであろうほかの言語に比べて、英語を学ぶことがどれほど難しいのか、もしくは簡単なのかはまったくわかりません。
 でも、暮らし始めたころから現在まで、時折イギリス人に対して力強く言い放ちたいのは、「君たち、外国人がどれほど苦労して英語を学んでいるかをもっと理解しろ!」、と。このようなことを言っても、「別に君にこの国に来てほしいなんて僕たち頼んでいないし」といわれるのが関の山です。それでも彼らには、彼らが英語を話せること、かつ多くの外国人が英語を話そうとしていることがどれほど彼らにとって幸運なのかを理解してほしいです。

 偶然、英語が世界の言語の中で偶然にも強力な地位を保ち(この点は「収穫逓増の原理」をご存知だとしっくり来るかもしれないです)、偶然、英語が話される国に生まれ育ち、外国に行っても、その国の人が英語を話そうと、話せるようにと努力しているから外国語を学ぶ必要なんてまったく感じない。
 暮らし始めて最初の数年、よく言われたのは、「君の英語は、僕の日本語から比べたら素晴らしいよ」。最初のころはこれを真に受けていました。でも、あるときを境に気づきました。こんなことを言うイギリス人に限って、日本語を学ぼうとも話したいとも思っていない。外国人がどれほど苦労しようが彼らにとってはまったく関係のないこと。

 暴論ですけど、世界中で多くの人が英語を学んでいるのですから、イギリス人(だけでなくアメリカ人やオーストラリア人等々)全員に気をつけてほしいのは、「外国人が理解できるきちんとした英語を話しなさい」、と。英語を学んでいる外国人が混乱するような使い方はするな、と。言葉は生き物ですから、時代や社会の変化によって変わっていくのは仕方のないこと。このような例もありますし。

http://playsandbooks.blogspot.com/2010/10/says.html

http://www.bbc.co.uk/news/magazine-11639208

win-and-winnow-american-british-english.gif
(「トマァト」と普通に発音できるまでに数年を要しました)

でも、「ちょっと待て。ネイティヴ・スピーカーがどうして正しい過去形と、動詞の変化を使わないんだ」とか、「えっ?今、なんて言った?He don`tって何だよ」、とか結構あるんです。それでいて外国人が文法を間違えるとほくそえむ。

 その1で Are you sure?が嫌いと断言しましたが、最近もうひとつ嫌いなのは、「Ta(タァと発音します)」。ご存知の方は多いと思いますが、意味は「ありがとう」です。これに初めて遭遇したのがいつだったかはもはや思い出せませんが、意味を知るまでは、「何だよ、『タァ』って?!」といぶかしく思っていました。今は意味を知っていますし、矢鱈と言われるんですが、「Than youという素晴らしい表現があるのにどうして使わないんだよ!!!Thank youというたった2単語を発音するのがそんなに億劫なのかよ!!!」と。「Ta」なんて俗語を、あたかも地球上のすべての人が知っていて当然という不遜な態度に喝を入れたくてたまりません。
 
 本題にちょっと近づくと。このエントリィとコラムを書くにあたって、イギリス人の友人の何人かに「イギリス人の外国語への態度」について尋ねてみました。少数からの意見ではありますがほぼ全員が、「イギリス人は昔から外国語を学ぶ気なんてまったくないんだよ」、とのこと。
 そのうちの一人が例としてあげたのが、チョーサーの「プレリュード(っていっていたような)」。その中に、ロンドン東部のBowに住むある女性がフランス語を話せるという描写が出てくるそうです。その女性はフランスに行ったことはなく、学んだのはBowで。つまり、女性はフランス語を話せると吹聴しているけど、その「フランス語」が通じるのはイギリスのロンドン東部のBowでだけ。誰もそれがフランス語かどうかもわからないんだよ。イギリス人が外国語に抱く気持ちなんて今も昔もそんなものだよ、とは友人の弁。

 英語と一口に言っても、ロンドンで話される英語、スコットランドで話されている英語、また、アメリカ、カナダ、ニュー・ジーランド、シンガポールと地域によって独自に使われる表現、発音の違いがあることを、英語を母国語にする人たちすべてが知っていなければならない、なんてことは乱暴なないものねだりであることは承知しています。ちなみに、僕の日常生活の中で最も理解しがたい「英語」は、ニュー・ジーランド。もはや、未知の外国語ではないかと感じずにはいられない発音の違いに戸惑うことが尽きません。


(英語を話せないまま「コックニィを話せるようになりたい」というのは愚かなことだと僕は思います。リヴァプールの「スカウズ」も耳に慣れるまではかなりてこずります)

 英語を話せる人たちからすれば、なんて暴論なんだと思うことでしょう。それでも、たまに思わずにはいられません。「英語だけを話していればいい、言い換えれば外国語を学ぶ必要性を理解しなくても済まされる環境にいることがどれほど恵まれているかを、理解してほしい」、と。

 身勝手なことをここまで書き連ねてきていまさらですが、僕自身、不遜な態度をとっていることを感じます。「一言も英語を話せてなくて、どうしてこの国に、ロンドンに来たの?」っていいたくなる機会がたくさんありますから。
 大陸に住む友人たちのことを思うと、僕自身、なんて怠け者なんだと思います。彼らは日本語を話し、暮らしている土地の言葉を話せる。さらに、押し寄せる英語の波を乗り切るために英語も話せる。最近では、パリやベルリンではフランス語やドイツ語を話せなくてもまったく問題ないそうです。このような状況は、イギリス人にとってはますます外国語を学ぶ意味がないことになるでしょう。英語の勢いはとどまる気配がないように感じます。それに倣ったからといわれても仕方ないですが、最近、海外旅行の行き先の選択の第一条件は、英語が通じるかどうか、というていたらくぶり。

 いつもコラムを読んでくれる友人から、日本人は英語へのコンプレックスがあるから、との感想をもらいました。ふと思ったのですが、「英語へのコンプレックス」ってどうしてあるんでしょうか?そもそも、英語を学ぶことへコンプレックスを持つ意味って何なのか、と。
 今の時代に限れば、世界と対峙するのであれば英語を話せたほうがいいでしょう。でも、あえて言えば、使えない英語を延々と教えて、さらにその過程でコンプレックスを増大させるだけの今の英語教育を見直すべきなのではないかと外野は感じます。メディアからの伝聞ですが、海外に出たがらない若い世代に英語を学ばなければならない意味を誰が教えられるのかな、と。

 ごく一部の、言葉を学ぶ才能に恵まれた人たち以外には、外国語を学ぶことは時間もお金もかかるし、そして人生の大半を費やすことになることだと、僕自身、毎日の生活の中で痛感します。一方で、以下のリンクのひとつでも語られていますが、外国語を学ぶことは、自身の知の裾野を広げる、そして身近なことを新しい視線で考えることができるきっかけになるのではと思います。

Britain in language battle over EU civil service exams

http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/europe/eu/7866200/Britain-in-language-battle-over-EU-civil-service-exams.html

Why we should mind our languages

http://www.telegraph.co.uk/education/secondaryeducation/7964468/GCSE-results-Why-we-should-mind-our-languages.html

*著作権は、日本経済新聞社に帰属します。

日経夕刊20101102
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Comment

チョーサー作品の女性等 - Yoshi

こんにちは。私の記事へのリンクを張っていただきありがとうございました。また、このポスト、とても興味を持って読みました。英語国民が外国語を学ぶ努力をしない事を大変残念に思うのは私も同じです。さて、書かれていることについて2点コメントさせていただきます。

チョーサーのことですが、ここれで書かれているのは、『カンタベリー物語』の「プロローグ」(「序歌」と訳されることが多いです)です。一種の前書きです。この女性、女子修道院長、はフランス語を話すが、彼女のフランスはイングランド訛りの仏語であり、パリのフランス語とは違う、と確かに書かれています。これは伝統的には、この女性の田舎くさい仏語を皮肉ったものと解釈することが多いようですが、近年は専門家の間でも異論もあります。背景としては、当時は英語も仏語も標準語というものは定まっておらず、各地でその土地の方言が今よりずっと広く使われていました。イングランドを治めていたプランタジネット王家は、元来フランスからやって来た貴族であり、現在のフランス西部にも広大な領地を持ち、家来も配置していた、英仏海峡にまたがる大国でしたので、イングランドでは広くフランス語が使用されていました。チョーサーが生まれた14世紀前半は、王宮ではまだ主としてフランス語が話されていた可能性が高いと思われます。更に、書き言葉や、ローマ教会、裁判所等で使用された知識人の国際共通語はラテン語でした。かっての日本における漢文の役割に似ていますが、書くだけでなく、話す人もかなりいました。加えて、チョーサーなどは、イタリア語もかなりできたようです。従って当時のイングランドは、特に王宮に出入りする知識層(貴族や官僚)、聖職者の多く、裁判所関係者などは、複数言語使用者が多く、言語を学ぶことは当たり前でした。そもそも当時の教育は、まず知識人の共通語であるラテン語の読み書きを学ぶことから始まったわけです。これは近代になっても変わらず、その名残は最近まであり、grammar schoolのgrammarは、英語文法ではなく、ラテン語(その次は古典ギリシャ語)の文法を意味しています。ルネサンス・オランダの大知識人エラスムスは、イングランドの大法官トマス・モア(ヘンリー8世に処刑された人)の親友でしたが、エラスムスとモアはおそらくいつもラテン語で会話していたでしょうね。

「海外に出たがらない若い世代に英語を学ばなければならない意味を誰が教えられるのかな」----この点ですが、私は疑問に感じることがあります。マスコミでは、今の若者は留学をしたがらない、と言って、若者の覇気の無さを批判する論調が見られますね。しかし、色々な記事を読みますと、日本人の留学者の数はほとんど減っておらず、ほぼ横ばいの状況です。ただ、傾向が違っており、アメリカ合衆国の大学に行く人はかなりはっきりと減っているようです。これは9/11以降のテロの恐れ、更にアメリカという国の魅力が相対的に低下していることの表れではないかと思います。逆に西欧に行く人は多少増加、また中韓などに行く人は明白に増えているようで、全体の数は横ばいということです。そもそも、今みたいに経済が厳しい時代、若者が海外に行きたがらないのではなく、子供を海外に出せる親が少なくなっているというのが現実ではないでしょうか。また、語学留学や交換留学をしたい学生にとっては、現在、3年生から厳しい就職戦争が始まる状況では、大学の3,4年次では極めて留学が難しくなっているのも重要な原因かと思います。このマスコミ論調は、従って、むしろ中年以上の企業人の視点で、自分達の世代の経済力低下を棚に上げ、若い世代の覇気の無さをあげつらっているようにも見えます。

とても長くなり失礼致しました。Yoshi
2010.11.04 Thu 08:43 URL [ Edit ]

捕捉 - Yoshi

一点書き忘れたことを捕捉させていただきます。

英語圏諸国に留学しづらいひとつの原因は、近年イギリスを始めとして、留学生募集を、国際親善や市民間の交流の手段と言うよりも、大学の資金獲得の為のビジネスと捉える国や大学が増え、授業料が高騰していることも一因かと思います。Yoshi
2010.11.04 Thu 08:54 URL [ Edit ]

英語とそれ以外の外国語 - レイネ

守屋さんの記事とYoshiさんのコメント、興味深く拝見しました。
英語がたまたま世界的に覇権を握る言語になって、しかもたまたま英語を母国語として生まれ育ったことのメリットを自覚してる人は、少ないでしょうね。

オランダというマイナー言語の小国に住むと、外国語習得に関して、英国に住む場合とは大層異なる感慨を抱きます。17世紀の黄金時代にもっともっとアメリカ大陸での覇権を広げてたら、オランダ語が現在国際語になってたかもしれません。残念。
オランダ人は、小国であることを自覚して、しかも世界の商人として生きる道を選んだために、外国語習得には余念がありません。地理的にもそうですが、言語学的にも英語とドイツ語の中間みたいなオランダ語だから、その2ヶ国語は比較的簡単に習得できます。物心付いたときから英語やドイツ語のTV放送(BBCやドイツの放送は昔から普通に受信可)を耳にしているので、学校で文法を習う頃には、もう相当ヒアリング力があるという利点もあります。中高では英語はもちろん、ドイツ語とフランス語は必修。大学進学を前提とする日本の戦前の旧制高校みたいなエリート養成校だと、中学から古典ギリシャ語とラテン語が必修です。だから逆に、3,4ヶ国語が相当レベルでできないと、あんたちゃんと学校出てるの?みたいな扱いになってしまいます。
その点が、英語を母国語とする国の人との最大の違いですね。しかし、オランダ人が学校で学ぶ外国語は大抵ヨーロッパ言語に限られ、習得が比較的簡単なので、日本語もその調子でできるだろう、などと思ってる人たちに日本語を教えるのは別の意味で一苦労です。ラテン語勉強したことのある人には教えやすいんですが。
2010.11.04 Thu 13:04 URL [ Edit ]

私のコメントについて - Yoshi

こんにちは。上記の私のコメントですが、多少書き足りないことや不正確な点もあったので、加筆訂正して自分のブログにも掲載させていただく事に致しましたので、お知らせします。

レイネさんの書かれていること、面白く読ませていただきました。私も昔オランダ人の友人がいましたが、アメリカに長く住んでいるため、英語のほうが達者になってオランダ語がおかしくなった、と言っていました。彼も仏独は簡単に使用できました。 Yoshi
2010.11.05 Fri 11:01 URL [ Edit ]

- 守屋

Yoshi さん

 こんばんわ。とてもわかりやすいコメントをありがとうございます。実は、期待もしていました。

 プランタジネット朝がフランスからというのはすっかり忘れていました。説明を読んで単純に感じたのは、プランタジネットのころは、現代に比べれば物理的な制約は比べ物にならないくらい大きかったでしょうけど、チャネル海峡を渡るのは、今よりもずっと気持ち的には垣根が低かったのではないかと。英語が力をつけてしまったのは、やはり「産業革命」なのかもしれないですね。
 エラスムスの話もとても面白いです。友人の孫(14歳の女の子)は、将来はオックスブリッジで薬学を学ぶのだとすでに目標を定めたそうで、Aレヴェル試験ではラテン語を選択するそうです。僕には今の時代、ラテン語を勉強する意味を見出せませんが、友人曰く、「オックスブリッジなら、必須なのよ」とのこと。
 お読みにならないと思いますが、漫画家の川原泉さんの「バビロンまで何マイル」は、Yoshiさんのご興味を惹くかなと思います。

 メディアによって、人々の活動が左右されることは、僕もおかしいと思います。僕は、税金を使って、20歳の国民をすべて海外に3年くらい放り出して生活させればいいと思っています。地域によっては生死にかかわることに遭遇することもあるはず。日本に帰国しなかった場合はどうすると反論はあるでしょう。でも、戦争に若者を送り出すことよりずっとましだと思っています。

 日本で働いていたときの職場に、北関東出身の上司がいました。とても流暢だけど、北関東弁訛の英語が英語圏出身の人に通じているという事実は衝撃でした。「外国語でコミュニケイションするのに必要なことってなんだろう?」と思い始めるきっかけになりました。
2010.11.05 Fri 20:01 URL [ Edit ]

- 守屋

レイネ さん

 こんばんわ。外国からでは判り辛い、生活に根ざした情報をありがとうございます。

 レイネさんが書いてくださったオランダでの外国語教育のシステムを読むと、「日本だって世界の商人になることを目指しているであろうに、何が違うのか?」、という疑問が湧いてきます。
 思うに、日本では外国語を話せること、とりわけ英語を話せるかどうかを良い意味でも悪い意味でも「異質」な事象として捉えすぎているのかな、と。英語を話せればそれはそれで役に立つこともあるだろうけど、特別なことでもない。英語が話せる人が聖人であるわけもなし。
 他方、英語を話せるか話せないかの心理的葛藤を隠すために、日本語を守り札として使っているようにも感じます。流暢な日本語を話す外国人が世界中にたくさんいるという現実は、今でも日本人には結構な衝撃なのではないかと思います。
2010.11.05 Fri 20:21 URL [ Edit ]

-

ヨーロッパの言語はどこも方言みたいなものだからヨーロッパ人が他のヨーロッパの言語を覚えるのは比較的簡単だって聞いたぞ
全部が全部そうではないだろうけどラテン系同士の言語だったら習ってなくてもお互いなんとなく言ってることが理解できるそうだ
あとフランスと英語も語呂が50%は同じ
2016.01.21 Thu 10:15 URL [ Edit ]

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