LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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カテゴリィが変わるだけなのに:マジョリティからマイノリティへ

2011.01.01
あけましておめでとうございます。ロンドンの大晦日の花火イヴェントは年々規模が大きくなってきているように感じます。いつから、イギリス人もこれほど新年を大げさに祝うようになったのか。

 昨年10月から参加している講習会の第1回目で、ある講師が言及したことに個人的にとてもひきつけられました。それは、ラベリングの功罪と強まる偏見ということです。
 ラベリング、つまり年々、精神医療にかかわる新しい症状名が次から次に、主に製薬会社主導で生み出されている。数年前、単に「うつ病」だった症状が、今年は別の名前がつけられ別の新しい薬を勧められる。精神医療の現場では、社会の偏見を訂正するために多くの人が努力しているにもかかわらず、新らしいラベル(症状)によって偏見は弱まるどころか強まってきている。

 ベイビー・ブーマー世代、丑年生まれ、どこそこの地域の生まれと世の中には数え切れないほどのカテゴリィとラベルが存在し、それなくしては社会生活が成り立たないというほど存在を否定することが不可能なものあります。
 他方、「草食男子」、「アラフォー」等々、誰が必要としたのかまったく理解できない無意味なラベルが無理やり生み出され、そこに誰かを無理やりはめ込もうとする。

 いつものとおり、僕自身の中ではつながる話です。昨晩、大家が友人家族を招いて、楽しいニュー・イヤーズ・イヴのホーム・パーティを催し、末席に加えてもらいました。パーティが始まったら、自分だってテイブルについて友人たちと食事と会話を楽しみたい大家は、知人から紹介されたフィリピン人の女性に給仕を依頼しました。
 仕事振りはてきぱきしていたその女性は、始まる前は緊張していたようなので余計なお節介だろうとは思いつつ、話しかけました。
 東洋人の風貌にほっとしたのか彼女自身のことを話してから、僕に「Are you a Chinese?」と。

 まず強調しておくと、人種差別なんてこと、まったく頭の中には浮かんできませんでした。思ったことは、「日本人は、もう名実ともにマイノリティなんだろうな」、ということ。2011年のイギリスでは、極東系の人種を見て真っ先に日本人と思い浮かべる人は減少しているように感じます。
 数の上ではすでにマイノリティであるとは2年位前から感じていました。でも、過去の実績や現在の日本の漫画・アニメイションは知っていていても、「日本人である」、「日本人にイギリスで遭遇する」ということはそのインパクトを失いつつあるのだろうと実感しています。
 もう一方で、このステイタスの変移にはいらつくこともあります。社会の「公平性」を達成することが国是(でも、不可能)であるイギリスでは、大学入試や公共機関の就職時に、「エスニック・マイノリティ」を受け入れることが条件になっていることがあります。日本人がそのカテゴリィに加わることはまだ当分ないでしょう。
 僕は、日本人は今も昔もイギリスでは「エスニック・マイノリティ」と感じますが、社会はそう見ません。なぜなら、中国に抜かれたとはいえ、いまだに世界第3位の経済大国であるから。

 先に書いたように、ラベルやカテゴリィは対象となる人物や文化、そして国を知る取っ掛かりになるのであればとても有益だと思います。でも、日本に限らず、また精神医療に限らず、今の時代、どうしてこうもラベルが生み出されていくのか?先が見えない不確定の時代だからともいえるのかもしれません。でも、僕はあまりにも過剰のように感じます。何かを創造するためのカテゴリィではなくて、わけのわからないものに近寄りたくないという理由で生み出す、そんな印象があります。

 頭のてっぺんからつま先までラベルに包まれた人間はいない。ラベルに覆われていることを見られる社会になるのかどうか。


 友人から届いた新年メイルで、面白い言葉を教えてもらいました。

 「難しいことをやさしく、やさしいことを深く、深いことを愉快に、愉快なことをマジめに」。

 ブログでは、これまで以上に思ったことを書き連ねつつ、本職では地に足のついた、僕ができることをできるようになりたいものです。

 新年早々、訳わからないものになってしまいましたが、今年もまた、皆さんが平和に過ごされることを。

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Comment

- Yoshi

あけましておめでとうございます。

ラベルって難しいですね。例えば、病気の場合、何か分からなくて苦しかったり痛かったりすると辛いですが、「軽度の鬱病です」とか、「初期の癌ですが、大丈夫ですよ」と言われると、病気なのに何となく安心したりされる方もいるかも知れません。でも、精神病の場合、ラベルを貰うと、それに安住する傾向も出るかも知れませんね。会社とか学校に対しても、病名がはっきりしていると説明しやすいし、休むことも出来ます。でも、それが癖になって不必要に長い不登校や休職に繋がったりもしかねません。生徒の中には、「私は鬱病だから」と言うことを、都合の良い言い訳に利用しているように見える場合もあります。勿論、ラベルをつけられると、差別を生む場合もあります。更に、精神科医の治療を受けているのに、病名(つまり、ラベル)を言われるのを極端に嫌がる方もいるみたいで、まわりもひどく気を遣ったりもします。

犯罪なども、同じ行為でも、国や社会が迷惑と見なした時、つまり法律や裁判所の見方によって、全く違いますからね。お調子者のprankが場合によってはanti-social behaviourになったり、misdemeanorになったり。ある国では正義で倫理的であるようなこと(例えばゲイの人を処罰するなど)が、他の国では、不道徳で反社会的蛮行と見なされたり。

だから、今ある常識や正義を常に疑いながら、理性的に社会を見ていく必要があると思います。ラベル(定義)は必要ですが、常にそれを相対的に見て、意識的に見直しを繰り返すことの出来る社会が良いですね。

今年もよろしくお願いします。Yoshi
2011.01.02 Sun 15:32 URL [ Edit ]

- 守屋

Yoshi さん

 おはようございます。こちらこそ、よろしくお願いします。

 僕はメンタル・ヘルスに多少なりともかかわっているので、「癌」や「胃潰瘍」のような身体的な症状名よりも、「鬱」や「境界性」云々の心に関する症状名それぞれが違った衝撃、さらにいえば崩しがたい偏見をもたらすことに関心を持ちます。

 Yoshiさんのまとめの意見、そういう社会は、暮らしている多くの人が、地に足のついた生活を実感できるのではないかと思います。
2011.01.03 Mon 09:34 URL [ Edit ]

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