LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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ロイヤル・オペラ:フィデリオ、指揮者トーク、オペラ作曲に挑戦企画

2011.04.17
天気がよすぎる。すなわち少雨の春で、農作物の生育に早くも影響が出ているらしいイギリス。程よい加減、ということはすべての事象においてイギリスには存在しないのではないかと、たまに思います。

 本題に行く前に。キャサリン・ミドルトンさんが独身最後の夜をすごすのは、ゴリング・ホテル。2010年1月に、このホテルでアフタヌーン・ティーをしました。時代の先を読む嗅覚(というか食欲)が鋭いと自画自賛したり。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1136.html

 本題。今週は、最近にしては珍しくロイヤル・オペラ・ハウスに3回も通うことになりました。3回ともまったく違った企画でしたので、短くご紹介。
 11日、月曜日にフィデリオの2回目。この日と最終日の16日の指揮者は、マーク・エルダー(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1353.html)ではなく、ロイヤル・オペラ・ハウス所属のデイヴィッド・サイラス。幸か不幸かこれまでサイラスの指揮には遭遇したことはありませんでした。この夜も指揮者の真後ろの席でした。サイラスの指揮への感想は、「もしかして、背中にぜんまいを巻く穴がありますか?」というように、矢鱈にカクカクした動き。これならパッパーノのうなり声のほうがまだいいかもと。
 指揮者への印象はあまり高いものではありませんでしたが、歌手陣が絶好調。初日にがっかりさせられたヴォットリッヒも、第2幕の第一声はちょっとかすれ気味でしたが、その後は調子を取り戻した上に声にこれまでになかった広がりが加わり、シュテンメとの二重唱には大感動。シュテンメにいたっては、彼女の声が持つ暖かさが、ロイヤル・オペラ・ハウスの隅々までいきわたるような豊かさに満ち溢れていました。

 14日。この日は日本支援のコンサートに行く予定でした。ところが、友人から「リンベリィでアントニオ・パッパーノ(ロイヤル・オペラ)、エドワード・ガードナー(イングリッシュ・ナショナル・オペラ)、ヴラディミル・ユロウスキィ(グラインドボーン・フェスティヴァル・オペラ)というイギリスを代表するオペラ・ハウス、カンパニィで音楽を監督を務める3人によるトークというイヴェントに誘われました。もちろん、日本新コンサートのほうは払い戻しはしないでチケット代は寄付、別の友人家族が行ってくれました。
 3人の音楽監督の人となりは、こちらのブログをご参照ください。

http://ameblo.jp/peraperaopera/entry-10863623280.html


 1時間半、3人とも沢山話してくれたので全部は覚えていませんが、ガーディアン紙が録画していたので、こまめにチェックしていればご覧になれるかもしれません。個人的に興味が惹かれた点をいくつか。順序はばらばらです。

「音楽監督の役割について」
 パッパーノが長く演説したのは、現代のオペラ・カンパニィの音楽監督はもはや象牙の塔に閉じこもっていられることはないということ。いつかきちんと紹介したいと思っていることに、イギリスの名のあるオペラ・ハウスやダンス劇場がどのようにして裕福なフィランソロピストを惹きつけようとしているか、ということがあります。例えばロイヤル・オペラには、確か「マエストロズ・サークル」という名のシンディケイトがあります。これに年間ウン万ポンドを払った皆さんは、パッパーノのレクチャアを受けたり、一般には絶対に公開されない特別なリハーサルに招待されるという恩恵があります。
 パッパーノは、お金のことを切り離せるなんてことはない、この事実を受け入れないと、と強調していました。音楽監督の仕事のひとつは、フィランソロピストたちに、オペラの魅力、オペラがどのようにして作り上げられていくかを知らせることなんだ、とのこと。ほかの二人も大きくうなずいていました。

「世界のオペラ・ハウスの音響」
 これは、会場からの質問。三人がすぐさま、「ラ・スカラの音響は酷い」と異口同音に発言したのがおかしかったです。しばらく、この3人がスカラ座に招待されることはないでしょうね。

「批評家について」
 これも会場からの質問。間違いでなければ、ユロウスキィは、「マイスター・ジンガーのリヴェンジ云々」と。パッパーノの発言には僕も賛成です。パッパーノいわく、「多くの批評家が、公演が終わると、カーテン・コールを待たずに席を立つ。観客の反応を書いていないのはフェアではないと思う」。全国紙の批評家は顔写真が公表されているのでわかります。僕のこれまでの経験でも、彼らがカーテン・コールまでしっかり座っていたのを観たのはほとんどありません。
 一方で、ガードナーかパッパーノが言ったのか思い出せませんが、ニュー・ヨークに比べると、批評の数はロンドンのほうが多い、といっていたような。ガーディアンによるパッパーノへのインタヴューのリンクです。

Antonio Pappano: 'I didn't know what I was. Now I'm discovering my Italian roots.'

http://www.guardian.co.uk/music/2011/mar/13/antonio-pappano-interview-peter-conrad

Portrait of the artist: Antonio Pappano, conductor

http://www.guardian.co.uk/culture/2011/mar/21/antonio-pappano-conductor

 ユロウスキィが、オペラを作り上げていく過程を彼自身がお子さんの出産に立ち会った経験をメタファにして語った部分も大変興味深いものでした。

 土曜日、16日に再びリンベリィ・スタジオ劇場で観たのは、ROH2部門が毎年、通常のオペラ作曲家ではない音楽にオペラ創作を依頼する企画、「Operashots」の今年の2作品。ひとつは、もとポリスのドラマー、スチュアート・コープランドが曲・台本の両方を創作した「The Tell-Tate Heart」。もうひとつは、元The Art of Noiseのアン・ダドレィ(Anne Dudley)作曲、脚本がモンティ・パイソンの一人、テリィ・ジョーンズによる「The Doctor’s Tale」。どちらも、僕にとっては台本に問題ありでしたが、音楽はとても楽しめるものでした。

 コープランドが取り上げた物語は、エドガァ・ポォの「告げ口心臓」。僕は大学生のときに、予備知識がほとんどないまま「アーサー・ゴードン・ピムの物語」を原書で読むという、僕自身にとってとても無謀なゼミ(読みましたけどね)に参加して以来ポォには近づかないようにしてきました。なので、この話を読んだことはありませんが、大筋は知っていましたし、舞台を観てこれはオペラ向きの話であることには賛成します。問題は、コープランドの台本が弱すぎ。
 ありていに言えば、コープランドが創作した旋律はオペラとは断言しません。旋律の一つ一つはとても雄弁ですが、それが融合するというマジックは欠けていたかもしれません。それでも旋律が醸し出す雰囲気はとても可視的なものでした。ところが、物語は旋律が描くヴィジョンに追いついていけない、そんな印象が全体を通してぬぐいきれませんでした。
 最終日だったからか、コープランドも会場いました。さすがに元ポリス。多勢の人に囲まれていました。

 「医者の物語」は批評家の受けがよかったので楽しみにしていました。そして、こんな予想もしない機会に、改めて日本とイギリスの間に横たわる文化の溝の深さを実感しました。
 物語は、あるところにとても評判のいい医者がいる。患者には慕われ、尊敬され、診療予約は惹きもきらない。ひとつ問題が。それは、その医者は、犬である、と。
 これでどたばたの悲喜劇が繰り広げられるのですが、僕はずっと、「この馬鹿らしい話のどこかに必ず、寓話的、かつ道徳的な主題が隠されているに違いない」と神経を研ぎ澄ませて、一場面とも見逃すまじ。そんな僕をよそに、満員の会場をうめた9割以上のイギリス人の観客は爆笑に次ぐ大爆笑。
 終わってからも、この物語は何だったのだろうと思っているところに、イギリス人の友人を偶然見つけたので、「この話って、どんなメッセイジがこめられていたのか?」と尋ねました。答えは、「これは、ただの馬鹿らしい話じゃないか。これは単に、Sillinessなだけだよ」と。
 恐るべし、イギリス人、というかテリィ・ジョーンズ。オックスフォードまで出て、新作オペラの台本が、ただただ馬鹿らしさをこれでもかと散りばめただけなんて。同じくモンティ・パイソン出身のテリィ・ギリアムが来月、イングリッシュ・ナショナル・オペラで上演される「ファウスト」でオペラ演出デビュウを飾ります。行こうかと思っていたんですが、やめます。
 この企画は来年もあり、先日発表された情報によると、ウォーカー・ブラザーズ(懐かしい)のメンバーと、音楽を聴いたことはないですが、イギリスのポップ・バンドのひとつ、The Divine Comedyのフロント・マンが作曲するようです。

 数年前までは、このような新しいものには絶対に近づきませんでしたが、最近では自分自身のリアクションを観察するのが面白いです。また、きちんとした情報を集められれば書きたいと思っていることのひとつですが、異なる音楽分野で活躍する作曲家がオペラ創作に取り組むのはどうしてか、というのも興味があります。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1177.html
ルーファス・ウェイライトの「プリマ・ドンナ

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-846.html
デイモン・アルバーンによる「モンキィ

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