LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Les Troyens @ ロイヤル・オペラ

2012.07.11
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(記念ということで、£10もしたプログラム)

7月8日、ロイヤル・オペラ・ハウスでベルリオーズ作曲によるオペラ、「トロイア人」を観てきました。プロダクション自体はとても楽しめるものでしたが、結論としては、フランス人作曲家のオペラや歌は自分には合わない、という想いが深まったオペラでもありました。

 配役や物語については既に舞台、もしくはストリーミングでご覧になられ方のエントリを。

http://blog.goo.ne.jp/bigupset39/e/7a45da9d83739cd5150e8df5fc5c3f3b

http://didoregina.exblog.jp/18206649/

 お二人が書かれているように、2011年の春にキャストが発表されたときアエネアスはドイツ人テノールのヨナス・カウフマンでした。が、彼は降板。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1668.html

 代役には、アメリカ人テノールのブライアン・ヒメル。レヴューでの評価は高いとはいえないですが、オペラを通して観ると、アエネアスが真の主役ではないようなので、僕個人としてはいい出来だと思いました。ただ、声量はそこそこあるものの、もう少し声に広がりがあれば良かったかもしれないですが。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1681.html

 前半、トロイ陥落の場の主役はカッサンドラ。僕が座ったのはバルコニー・エリアの最前列で遮るものは無い場所。声はよく聞こえるのですが、カッサンドラを演じたアントナッチの声量ってこんなものだったかとちょっと肩すかし。
 しかしながら、アントナッチの演技と存在感は抜きん出ていました。他の出演者やコーラスの衣装が、フランスの市民革命と、ロシア帝政の崩壊時のイメイジを合わせて薄めたようなものに対して、カッサンドラだけは漆黒のドレスのみ。そして両の掌にはカッサンドラを予言者たらしめる目が鮮明に描かれていて、烏合の衆とは違うという視覚的な面だけでなく、醸し出すオーラが目に見えるほど。
 正直、第1幕と第2幕からは記憶に残るほど印象の深い旋律は僕にはありませんでした。が、「トロイア人」のカッサンドラはアントナッチ、というイメイジはしばらく消えそうにないです。

 そして後半はカルタゴへ。カルタゴの女王、ディドを演じ、歌ったオランダ人ソプラノのウェストブロックの素晴らしさ。ある批評家が書いていたように、夫を亡くしたあとにカルタゴを築き上げた女王というパワフルさにはかける、ちょっとガーリーな佇まいではありましたが、声には聞き惚れました。特にアエネアスが去った後のモノローグ的な場面出の歌は素晴らしいの一言。今後も機会があれば、ウェストブロックの舞台は見続けたいです。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1333.html

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1007.html
(これはパーセルによるものの感想)

 冒頭のプログラムの写真にあるように、初日の前はこのメタリックな「トロイの木馬」が注目を集めていました。どこに金を費やしたかが一目瞭然なのは良いのですが、この巨大な馬が舞台上を横切るときに、子役たちが木馬の足下に集まっていて挟まれやしないかとヒヤヒヤしてしまいました。集中力がそがれるあのような演出はやめてほしいものです。

 僕にとって、今回のプロダクションで最も痛かったのは、第4幕冒頭の踊り(バレエなんていいたくない代物)。フレンチ・グランド・オペラだと必ずバレエが入るらしいですが、あれほどぬるくて焦点のしぼれていない団体運動なら入れなかった方がずっと舞台がしぼれたと思います。昨年サドラーズで観たシェルカウイの舞台(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1446.html)やアクラム・カーンの舞台(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1466.html)で最新の映像技術のレヴェルの高さを目の当たりにしているので、踊りにこだわる必要は無かったのでは、とも感じました。

 歌手陣、オーケストラ、そしてパッパーノは高水準でしたが、さらに、今回特筆したいのはコーラスの充実ぶり。もちろんベルリオーズが紡いだ旋律が素晴らしいということもありますが、ドラマの進行に併せて強弱、剛柔をうたいわけるコーラスには聞き惚れました。
 ひとつりブレットに疑問があります。カルタゴの時代に既に、「イタリア」という国名は存在していたんでしょうか?ずっとあとの時代のように思うのですが。

 冒頭に戻ります。全体としては、2回の休憩を入れて5時間半、ワーグナーよりもずっと楽しめたことは事実。他方、もう一回すぐにでも観たいかと訊かれたら返答は保留です。オペラ全体は素晴らしいのに、後半はデュエット、ソロを含めて良いアリアもあるのに脳裏に深く刻み込まれるほど力強い旋律が、個人的にはありませんでした。この印象は数は多くないですが、これまで舞台に接したフランスオペラや音楽からいつも感じること。7月4日と6日に、ウィグモア・ホールでアメリカ人メゾ・ソプラノのジョイス・ディドナートのリサイタルを聴きました。プログラムは、ヴィヴァルディ、ロッシーニ、シューマン、シューベルトと多彩な作曲家による、すべてヴェネツィアを歌った歌曲。その中にフォーレの歌曲も有ったのですが、二日とも全く響きませんでした。フランスものは今後の課題という感じです。

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Comment

トロイア人とイタリア - レイネ

リンクありがとうございます。
生舞台をごらんになられたのがうらやましいです。ストリーミングではニュートラルにミクシングされてて、歌手の声やオケ演奏などに関しては、隔靴掻痒になるんです。そのかわり、細かい表情などはよく見えるので、演出や演技、舞台装置にばかり目が行きます。

>カルタゴの時代に既に、「イタリア」という国名は存在していたんでしょうか?ずっとあとの時代のように思うのですが

原作者のヴェルギリウスは、ホメロスの『イリアード』を元にして、当時のローマ皇帝アウグストゥスに頼まれてローマ(イタリア)建国譚として『アエネイス』を書いたので、イタリアという表記は出てきます。ただし、ローマ(帝国)が国家を表す名称なのに対し、当時のイタリアは国名というよりは、半島という国土としての地理的範囲だと理解しています。
2012.07.12 Thu 06:14 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

音楽や芸術全般への造詣の欠片もない私が、ここに何か書けることはないのですけど

私、フォーレの「夢のあとに」と「シシリエンヌ」がもの凄く好きです。(というか他の曲はよく知らないんですが)
が、ウチの主人も「こういう曲って、ぜんっぜん頭に入ってこない」というので
感じ方って人それぞれ違うんだなあ、と思ってたところです。

ラヴェルも割と好きです。「亡き王女のためのパヴァーヌ」とか。
もちろん「ボレロ」も。
「夜のガスパール」なんかは、聴いて「全然わかんない」からこそ「もう一回聴いてみよう」って思うような捩じれた魅力(?)が。

音楽のお国柄というか、そういうのの「合う合わない」、面白いですね。
2012.07.12 Thu 09:12 URL [ Edit ]

- 守屋

レイネ さん

 このプロダクションにはカメラが入るとは聴いていたので、カウフマンが降板しなければDVDになっていたかもしれないですね。ストリーミングの編集は、商品とし売れそうな水準でしたでしょうか。

 「イタリア」についてのご教示、ありがとうございます。イタリアという国名は近代になってからと思っていました。当時は、「地域名」を示唆するものだったということですね。
2012.07.13 Fri 05:26 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 フランス陣による音楽は、個人的には多く接している訳ではないのですが、パンチが足りない、というのをいつも感じます。その中でサティは好きな方ですが、それでも音楽から「きちんと耳を傾けろよ!」という自己主張をあまり感じないです。

 個人差、文化の差は出てくるのではないかと思います。バレエでも、フランス人振付家のローラン・プティやベジャールの作品はイギリスではあまり上演されないですから。個人的にはこの二人の振り付けは好きです。
2012.07.13 Fri 05:32 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

分かります。パンチが足りない感じ。
私も、ピアノを習ってた頃にドビュッシーやらされたときは嫌で嫌で。
若かったせいか、ああいうパンチの無さがつまんなくて。(笑)
それが、30代に入ってから、知人のピアニストさんが弾くドビュッシーの音を聴き、運指の仕方を見て、衝撃でした。
ピアノって、こういう音が出せるんだ、こういう世界が出来るんだ、と。

今は、なんとなく、自分の中で
フランスの音楽は「水彩画」「パステル画」的に楽しんで、ドイツ文化圏は「油絵」だな、という感じです。
(イタリアも油絵っぽいけど)
2012.07.13 Fri 09:24 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 普段の生活で遭遇する在ロンドンのフランスの方々は、辟易するほど自己主張するのに、どうして音楽はと思います。

 僕は楽器を全く弾かないのでドビュッシーの音楽への印象の変化は興味深いです。まだ聴いたこと無いフランス人音楽家で最も興味があるのはメシアン。その音楽を聴いたら少しは印象も変わるかもしれないです。
2012.07.13 Fri 18:15 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

確かに。不思議ですよね。

ところで、いつも守屋さんのレビューを読むたび、私には何故芸術への造詣が身に付かないのか、考えてましたが、

私は建築でいえば建築作業員、なんでしょうね。
「建築家」が、作曲者で
ちゃんと作者の言わんとすることを理解し、形に出来る人、が、匠と呼ばれる職人、つまりプロの奏者で。
私、作業員だから、大きな視点で音楽を捉えられないのか。
だけど、日曜大工的に楽しんだりは出来てて、まあ、それが私なんでしょうね…
昔から「なんで私には芸術性がないんだ」と思ってたけど、人それぞれのポジションて、あるのかも。
守屋さんみたいに深く何かを感じ取れる感性って、憧れるけど!
2012.07.13 Fri 22:25 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 僕の音楽・舞台鑑賞も日曜大工みたいなものです。芸術性が無いということは、少ないと思います。あるとすれば、波長が合うか、合わないかということかなと。その波長も、自分の中にどんなものがあるのかは、予想していなかった巡り会い、ということもあると思います。
 WOMADのレコードから流れてきた西アフリカのギター音楽の新鮮なメロディを自分が楽しんでいるのが不思議でした。そんな巡り合わせがあるから、いろいろな音楽を聴いてみたいと思っています。
2012.07.16 Mon 05:48 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

波長とか、自分のモノの見方が長い間に少しずつ変わって行くこととか、そういうのもありますね。
守屋さんが西アフリカのギター音楽と不思議な出会いをしたように、自分でも何が合うか、分かってなかったりするわけですよね。

絵なんかも、若い頃はシャガールって全然ピンと来なかったんですが、これまた30代になってから急に
「ああ、こういうのっていいな」と思うようになって
そう思った自分にビックリしたことが、そういえばありました。
だから色々聴いてみる、観てみる、って、楽しいことなんですね。

13年間ピアノ習って、10代に入ってからは
「あなたは指は動く、それなりに弾けるのに、気持ちがない。多分恋でもすれば変わるかも。」と言われ続けて
その「気持ち」ってなんなのか、結局今も分からないんですよ。

発表会なんかではトリのような形で出して頂いたこともあったのに、その「気持ち」っていうのが、私には無いワケ。
それがないと、「芸術」にならないんでしょうが、それが何なのか分からないことがちょっと悔しくて。
表現者であるってことは、テクニック以前の何かがあるはずで、路上演奏者でもなんでも、例えテクニックが伴っていなくてもその人が「生来の表現者」であると感じる場合、嫉妬に近いモノを感じます…(苦笑)
2012.07.16 Mon 11:26 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 技術は必要だと思います。「トロイア人」のダンスが痛かったのは、僕にとって振り付けが甘かっただけでなく、ダンサーたちから「魅せる技術」を感じられなかったからです。
 表現力と技術のどちらが大切かというのは、卵と鶏のような全く不毛な議論になるとおもいますが、自分が何を表現したいのかということを知っていることも欠かせない要素かなと感じます。
2012.07.17 Tue 10:20 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

私も、お金を出して聴く(見る)もの、は技術は必須だと思います。
興行的なもの、に関しては、守屋さんと同じ考えだと思います。

興行ではないもの、に関しては
「表現者であること」に感動するのって、極端な例だと幼児が無心に描いた絵だとか、無心に歌っている歌声とか、そういうところに
人間って、本来皆が表現者なんだ、ということを感じるとき…かな。

前に、技術的ってことでいえば、そりゃーーー酷い演奏の、とある楽器の演奏会に行ったんですが
その人はある作曲家がが好きで好きで、友達だけを集めてそういう演奏会をやるんです。(しかも難曲)
好きなものを、好きな人たちと共有したいという、単純な発想で。
私はそういうの好きなんで、友達や主人を誘って行きましたが、その演奏の酷さと、酷いにも関わらず楽しんでいる私、に対して
主人も友人も呆れてました。

なんだろう、私はなぜそれに感動するんだろう?
主人や友人には、なぜ共感してもらえないんだろう?

お金を払って観るものには、当然技術は要求しますが
それと別枠の何か…に感動するとき、自分の中にそういうものが欲しい、と思うんです。
その「何か」って、何なんだろう、と、ずーーっと考えてるんです。
2012.07.17 Tue 12:18 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 優しいですね。僕はアマチュアの皆さんのものでもひどかったらがんがん批判します。

 基本、僕は自分の感じたこと、受けたことを共感してほしくて書いているのではないです。同じ会場に居ても、隣に座った人と全く同じ印象を持つことの方が珍しいのではないか。

 ロイヤル・バレエの新作の初日、会場で友人と会いました。友人と僕の感想は全く別ですが、かといってそれを不思議に思うことはないです。逆に、友人が受けた印象がどうして僕の中には存在しないのかを考える方が楽しいです。
2012.07.17 Tue 16:25 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

私が書いたことは、優しさとか、お情け、とは違うと思ってるけど…
けど、その何か、って、私も分からないんです。

まあ、ステージに立つまでの過程って、アマでも(だからこそ?)大変でドラマに満ちてて、そういうのも楽しいです。
感じ方が違うのも含め、ですね。
2012.07.17 Tue 19:24 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 ウィグモア・ホールで、大好きなテノール歌手のリサイタルを聴いてきました。彼が最後の歌を歌い終わったとき、涙が込み上げてきました。隣に座っていた初老の紳士、斜め前方のある女性が目を拭っていました。こんなこともあるんだな、と。このような感情は、判らなくてもいいんじゃないかと思います。
2012.07.17 Tue 21:12 URL [ Edit ]

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