LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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ドン・カルロを楽しむために

2013.05.04
10日ほど前からリターンが毎日10枚くらいでているロイヤル・オペラの「ドン・カルロ」。高いから観る気なかったのだが、ネトコやアンジェラ以上にキャンセルしまくっている印象のあるハルテロスがキャスティングされているのに気づき、1枚ポチッと。

 で、観たことも聴いたこともない「ドン・カルロ」。清水の舞台から飛び降りて財布が複雑骨折して、回復までに数ヶ月を要するほどのチケットを購入して何も知らないまま観るのはあまりにも危険なので、オペラの師匠に見所を教えて欲しいと依頼して届いたのが以下のもの。

 師匠自身、このブログで使われるとは思っていないかもしれないので、文言や文の印象は変えた。また、文責は僕に有ることを明記しておく。


あらすじや解説はネットで検索できるでしょうからそういうところに載ってなさそうなことを少々。

《ドン・カルロ(ドン・カルロス)》はヴェルディの中期の傑作中の傑作で音楽学者や評論家の中には「ヴェルディの最高傑作のひとつ」とする人も多く歌手と指揮者&オーケストラ、演出がそろえば《アイーダ》や《オテロ》以上の感動が味わえることも多いです。

恋人、家族、友人らによる愛はもちろん、政治的対立や国家など人間を取り巻くあらゆる愛憎 が込められた、ある意味重い作品でもあります。その分、上演は難しく、特に6人の歌手をそろえることが困難かもしれない。

エリザベッタとカルロは手紙で結ばれていた恋人、(オペラではパリのフォンテーンブローの森で偶然会うことになっています)そのエリザベッタがカルロの父、フィリッポに政治的な意味を込めて嫁ぐことになる。カルロの恋人だったエリザベッタが母親になるわけですから尋常ではありません。またフィリッポも息子の恋人を妻に娶るわけですから普通ではない。その上、女官エボリはカルロに心を向けながらもフィリッポに誘いに負けて寝ているのです。フィリッポは妻エリザベッタに愛されていないと 嘆き、眠ることさえできません。一方ロドリーゴはフランドル地方解放をめざしカルロと深い友情で結ばれていますがフィリッポにもその人間的懐の深さを認めていました。さらに絶大な権力を握っている宗教=キリスト教のドンが宗教裁判長で宗教裁判長は国内を乱すロドリーゴの処罰をフィリッポに要求してきます。フィリッポと宗教裁判長は主導権をめぐって対立もしています。

というわけで、これほどまでに複雑に愛と憎しみと欲望にまみえた構図はなかなかないでしょう。

少し上演の歴史をたどってみましょう。

カラヤンは70年代後半から80年代にかけてザルツブルク他でこの オペラを取り上げましたがフレーニ、ドミンゴ、カレーラス、カップチッリ、ルートヴィヒ、コッソット、ギャウロフやバルツァという当時最高のスター歌手を集めて上演していました。

上演は前後しますが、大昔、英国ロイヤル・オペラでカルロ・マリア・ジュリーニがルキノ・ヴィスコンティ演出で上演したのが画期的とされています。それとアバドがスカラ座で、やはりフレーニやカレーラスらで上演したのが歴史に残る上演といえるでしょう。

珍しい舞台としては、アラーニャ、マッティラ、ハンプソン、マイヤー、ダムらによるフランス語5幕版によるパリ・シャトレ座での上演が注目されました。フランス語による画期的な上演で、ヴァージョンも5幕版。リュック・ボンディによるシンプルかつ美しい舞台はDVDとして残されています。

日本ではNHKイタリア・オペラで上演されたのが日本初演でこのときは若きグィネス・ジョーンズ、シャンドー ル・コンニャ、ニコラ・レッシ・レメーニらが出演しています。

その後、ボローニャ歌劇場の来日公演でも上演されました。ダニエラ・デッシー、ニコライ・ギャウロフ、パオロ・コーニ、グロリア・スカルキ。カルロ役は当初はホセ・クーラでしたが、残念ながら降板!結局、アルベルト・クピードが歌いました。


ここからは、一般的に聴きどころとされているものに私の主観も少々入りますのであしからず。

ロイヤルの現在の《ドン・カルロ》はニコラス・ハイトナー演出の5幕版なので以下、基本的に5幕版での上演を前提に。

カルロのアリアはこのオペラで唯一の彼のソロ。5幕版では第1幕に、4幕版の第1幕でも歌われますが調性が違うことと若干音楽も違います。いずれにしてもカルロのエリザベッタに対する真摯な愛情を歌ったもので叙情的かつ情熱的なところが聴きどころです。

5幕版では第1幕に後半はカルロとエリザベッタの美しいかつ劇的な二重唱がありこれこそは5幕版の最大の魅力のひとつ。まだ運命に引き裂かれる前の若き二人の思いのたけを存分に聴くことができます。きっと情熱あふれカウフマンと劇的なハルテロスですからここは最大の聴きどころになるのではないでしょうか。

また最後の部分で情勢が変化し、母と息子になることが判明します。エリザベッタがそれを受け入れることを表明する部分はピアニッシモながら非常に重い意味が込められています。その後の幕切れにかけてはまさに運命に翻弄される展開でスペインとフランスの対立がなくなることを喜ぶ民衆とそれぞれの愛が成就しないことを嘆く二人が
同時に進行するあたりはヴェルディの真骨頂といえますね。

カルロとエリザベッタの二重唱は5幕版では3箇所ありますが上記のように愛しあうふたりの情熱的な歌唱を味わえるのは第1幕の二重唱ですが第2幕ではエリザベッタの毅然とした態度が強調されています。カルロは相変わらずエリザベッタへの思いで突っ走りますが、エリザベッタはカルロへの思いは断ち切れていないもののその思いを抑えるエリザベッタ役の表現力も聴きどころ。

第5幕の最後の二重唱はすでにそれぞれの道を歩むことを決断し別れを意識した天上的な美しい二重唱。第1幕や第2幕のような激しい愛をかわすのではなくそれぞれの思いを尊重するかのような抑えた音楽になっています。

話は戻って第2幕。まず有名なカルロとロドリーゴの「友情の二重唱」。二人を示すモチーフとして劇中何度も出てきます。友情という感情が何にも犯されない美しいものであるかのようにこの音楽も美しい響き合いを持っています。

場面変わって女官たちがエリザベッタが戻ってくるのを待っている間、エボリが「ヴェールの歌」を歌います。どこぞの王様がヴェールをかぶった女性に声をかけてヴェールを取ったら奥さんだったというオチがつく話。つまりは後半の夜のシーンでのヴェールのことの布石なんですね。それはともかくこの歌はメゾにしては高音もありまたコロラトゥーラ技法も必要とされる曲 です。歌の後半ではテバルドとのハモりもあります。

このあとロドリーゴのソロをへて長大なカルロとエリザベッタの二重唱になります。

女官もつけず一人で王妃がいることは当時はゆるされないこと。そのことを王フィリッポがとがめ、お付の当番だった女官をクビにしてフランスに返すと宣言。体面を傷つけられ、また帰国命令を言い渡された女官に対してエリザベッタが大変美しいソロを歌います。ここは寝ないで聴いてください。後半は合唱も伴い、人々の感動を誘う部分です。

人々が去る中、フィリッポがロドリーゴを引き止めます。絶大なる権力を維持しようとするフィリッポ、フランドル地方の解放を求めるロドリーゴ両者は相容れない部分は大きいものの孤独に苦しむフィリッポはロドリーゴを見込んでいるのです。二人の二重唱はバリトンとバスという重心の低いものですが男と男の対決というヴェルディらしい場面になっています。

第3幕はヴァージョンによっては衣装着替えのシーンなども入りますがハイトナー演出では入っていなかったと思います。

夜の庭園のシーンではカルロがエリザベッタだと思いこんでささやいた相手が実はエボリであったことが判明、エボリの感情が爆発するシーンが聴きどころ。エボリ役のユリア=モンゾンは第2幕のヴェールの歌よりもこういうドラマティックな場面のほうが得意かもしれません。

「覚えておきなさい!」と怒りまくるエボリ
「間 違えてしまった!」と嘆くカルロ
「騒ぐんじゃない!いい加減にしろ!」とロドリーゴ

激しい三重唱が繰り広げられた後、エボリが下がるとロドリーゴはカルロに「大事な書類は私に」と再び友情を確かめ合う二人を第2幕の「友情の二重唱」の音楽が覆うのです。

後半は俗にアフト・ダ・フェと呼ばれる「火刑の場」。民衆の面前で異教徒を火あぶりにするのですが歌詞にもあるように「フェスタ」、つまり祝祭なんでしょう。ここはヴェルディの壮大かつ壮麗で重厚な音楽が聴ける場面で
オーケストラの響きを存分に味わってください。後半カルロが飛び込んできた後は登場人物がそれぞれの思いを歌うヴェルディならでは音楽運びで華麗な音楽が繰り広げられます。《 アイーダ》の第2幕の音楽の展開にやや似ていますかね。

一転第4幕は暗い場面で始まります。フィリッポの聴きどころで「彼女は私を愛していない」。愛されたくて仕方ないのですが愛されていない嘆きを切々と歌うのです。バス特有の声を存分に生かした音楽で若く血気盛んだったころにはこういう音楽は書けません。やはり喜びも悲しみもいくつも経験した人でないと。フルラネットはかなり歳とはいえ、表現力はまだまだありはず。きっと思いっきりドラマティックな歌唱で喝采を受けるでしょう。

つづく場面は極めて特異なシーンです。ヨーロッパに君臨するスペイン王フィリッポと強大な権力を有する宗教裁判長の対決の場面。声楽パートで一番下のバス二人の 二重唱は古今東西のオペラでもなかなかありません。しかもこれが政治的な対立でもありカルロやロドリーゴの処遇をめぐる対決でもありしいてはフィリッポの命運にもかかわる対決なのですから。音楽は当然重厚で暗い響きですがここはじっくり聴き入るところ。

宗教裁判長が下がると代わってエリザベッタが訴えに入ってきます。自分の小物ケースが奪われたというのですがそれはフィリッポの手にありました。中にはカルロの肖像が…当然フィリッポは疑い、罵ります。エリザベッタは気を失いますが、この一連の流れの原因はエボリによるもの。エボリは良心の呵責に耐えかねてエリザベッタに自白します。しかもフィリッポとのあってはならない関係も。エリザベッタはエボリに宮廷を出て行くようにと静かに諭します。

ここからがエボリの聴きどころで有名な「むごい運命よ」を歌います。訳によっては「呪われし美貌」というのがあるほどでつまり、このようなことになったのは自分の美しさが罪なんだ、というのです。エボリの心情を前半はしっとりと、後半はカルロ救出に向けてドラマティックに劇的に歌うので大変聴き応えもあります。

余談ですが、このエボリはメゾ、しかもドラマティックなメゾの方が歌うのでどちらかといえば殺しても死なないような立派な体型の方が多く、過去の舞台や映像の多くでも美人というのが困難な方が「自分の美貌でこんなことに」と歌のがなんとも皮肉に見えて…。余談でした 。

後半、捕らわれの身であるるカルロをロドリーゴが訪ねます。自らの死を意識したロドリーゴはカルロに後を託したところで銃声が響きロドリーゴはカルロに抱かれながら息を引き取ります。ここで歌われるのが「ロドリーゴの死」。前半の美しい部分と、後半の切々と歌う部分が対比され、またバリトンならではのカンタンテな魅力あふれた名アリア。いま絶好調のクヴィーチェンの魅力を味わえると思います。

ロドリーゴが亡くなったあと、フィリッポが入ってきて彼の死を悼む場面になりますが、ヴァージョンによってはここにこの《ドン・カルロス》初演の前にカットされてしまい後年、レクイエムに転用された音楽を挿入する場合があります。ハイトナー演出には入れてなかったかもしれませんが、もし演奏されたらここは聴きものです。

さて第5幕。ここはなんといってもエリザベッタの独壇場。冒頭から始まる長大な「世のむなしさを知る神よ」が最大の聴きどころ。運命に翻弄され自分のほんとうの気持ちを相手に打ち明ける こともできなかったエリザベッタ。故郷フランスに思いをはせ、切々と歌います。ハルテロス、最大の聴かせどころでしょう。

エリザベッタのアリアのあとカルロがやってきてふたりはそれぞれの思いを受け止めつつ、それぞれの道を歩むことにするのです。ここでの二重唱は先に述べたように天国的。

それを打ち砕くようにフィリッポがやってきます。さらに宗教裁判長もおでましになるのですがここで霊廟から聞こえてくるのはフィリッポの父、カルロの声。人々が恐れおののく中、カルロは声の主に引きずり込まれて消え去りエリザベッタの悲痛な叫びで幕を閉じます。

ところでこの最後の場面。常識からいったらなんとも「?」な終わり方。ある意味、演出の腕の見せ所ですが、もともとのト書きがト書きなうえ、音楽も終わってしまうところなので処理が難しいところ。ハイトナーがどういう見せ方をするのかなども興味深いところです。


 ヴァージョンの違いの詳細も教えてもらったのだが、それは割愛。
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