LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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The Metamorphosis @リンベリィ

2013.05.07
書いていないエンタメがかなりあるのですが、中でもこれだけはどうしても書いておきたい舞台。

 3月に、ロイヤル・オペラ・ハウスの地下にあるリンベリィ・スタジオ・シアターで、カフカの「変身」を題材にしたダンス・シアター系の舞台がありました。タイトルは、「The Metamorphosis」。昨年夏のこれ(http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1708.html)とは全く別物です。

 アーサー・ピタ(Arthur Pita)が創作したこの作品の初演は2011年9月にリンベリィででした。グレゴール・ザムザを演じたエドワード・ワトソンの驚異的なパフォーマンスで凄まじいレヴューだったのですが、その時は公演回数が少なく、チケットは全く取れませんでした。

EdWatson.jpeg

 今回は8回も公演が予定されていたので余裕とまでは言わないまでも、大した苦労もなくチケットを購入できるだろうと思っていました。ところが、フレンズ会員の発売初日にアクセスできた時は既に完売。思い出したのは、情報ソースが定かではないのですが、ロイヤル・オペラ・ハウスは、メイン・オーディトリアムのチケットは一般発売分を残しておく義務があるが、その他の舞台のチケットを一般発売初日まで取っておく義務はないらしいということ。フレンズ会員で売り切れてしまえばそれまで。

 とはいえ、諦めきれずに、リターン・チケットがないかを確認し、2月上旬には2公演分を確保できました。その後も、もっと良いリターンがでないかと時折ウェブを確認していたら、2月26日の午後遅くに、なんと全公演ともそれぞれ70枚以上のリターン・チケットがでました。恩恵に与ったものの、何とも言えない不公平感を感じ、チケットの受け取りにいった時にボックス・オフィスの女性に質問しました。

 とても親切な女性で、僕の話を聞き終わると苦笑いを浮かべ目線を上に向けて、「上(マネジメント)が何をするのか私にも判らないわ」、と。

 いちファンとして、リンベリィでの演目は最近とても充実、且つ野心にあふれていてあたれば本当に見応えのある舞台がたくさん。一時帰国中で見逃しましたが、4月上旬にはフィリップ・プルマンの作品を舞台化した演目が大評判だったようです。

 今週後半は、ロイヤル・バレエの期待の若手振付家、リアム・スカーレットによる新作「ヘンゼルとグレーテル」が始まります。これもまた、一般フレンズ会員の発売日にすら完売状態だったのが、先週になっていきなり、初日をのぞく4公演、それぞれ30枚近くのリターンがでました。スポンサーの意向や企業が押さえてあるのだろうとは思いつつ、やはり納得できずにボックス・オフィスで尋ねたところ、「マネジメント側が、売れるかどうか不安だったらしいんだ」、とのこと。

 理由はどうあれ、この理不尽なリターン・チケットの放出の仕方は、納得できません。


The Metamorphosis

Choreography/ Director: Arthur Pita

Music: Frank Moon

Designs: Simon Daw

Gregor Samsa: Edward Watson


 この感想を書き始めるまで、僕はカフカの「変身」を読んだことがありませんでした。また、今後も読むかどうかは判りません。日本語のWikipediaであらすじを読んだところ、舞台の物語は、原作をほぼ忠実になぞっています。


 グレゴール・ザムザは何かのセイルス・マン。毎朝、決まった時間に起床し、同じ服、帽子、鞄を携え、家族が起きる前に外出する。駅に向かう前に必ずワゴンのカフェでコーヒーを飲み、駅で同僚に会い、毎夕同じ列車で戻る。帰宅する途上、ワゴンで一杯のウォッカを飲む。彼が帰宅すると家族は食卓を囲むが、いつもグレゴールは食事をさっさと終わらせ自室に引きこもる。
 妹のグレタに取ってグレゴールは特別な存在のよう。2日目、グレタにトゥ・シューズを買って来たグレゴールにグレタは飛びつく。3日目、グレゴールが帰宅するや否や、踊ってみせるグレタ。

 この出勤、帰宅のルーティーンが3回繰り返された4日目の朝、グレゴールは虫に変身してしまい仕事に行けない。ダイニング・テイブルの上に、いつもならグレゴールが持っていくものが残されているのに気づいた家族は部屋の中がどうなっているかを心配するがドアを開けようとはしない。

 グレゴールが時間通りに現れなかったことに激怒した同僚男性が家に押し掛ける。怒りに任せてドアを破った男性、そしてグレゴールの家族は虫に驚愕する。男性は罵りながら家から走り去っていく。

 グレゴールの部屋の掃除は掃除婦に任せる家族。唯一の収入を失ったグレゴールの父親は一部屋を貸し出すことにする。(原作には国籍等の情報はないにもかかわらずユダヤ人とおぼしき)男性3人が間借りする。グレゴールの家族と彼らが踊っている音楽に誘われて部屋をでて来たグレゴールに驚いた3人は、払った金を取り戻し出て行く。

 家族の怒り、とりわけ妹のグレタの怒りにうちひしがれるグレゴール。翌日掃除に訪れた女性はグレゴールに優しく接する。掃除を終えた女性は気持ちのよい風をグレゴールに感じさせるためか窓を開け放つ。夜、グレゴールは開け放たれた窓から外に出て行く。

 明くる日、既にグレゴールがいないのを知っているかのように喪服に身を包んだ家族は部屋にたつ。グレタは朝日を浴びて静かに踊る。


 舞台は約1時間20分。正直、ピタの演出は僕には納得いきませんでした。終わり方があまりに良い人過ぎ、且つ人種偏見があるようにも感じられました。まず初演の時に確かオブザーヴァのダンス・クリティクが、「この、カフカの不条理な物語に初めて希望を持って観終わることができた」云々のことを書いていました。

 原作を読んでいない僕が批判をするのはお門違いかもしれないですが、この物語を人道的に終わらせる意味はないと感じました。

 リターンがどっとでた時に、行きたいと言っていたイギリス人の友人たちの分も調達しました。そのうちの一人が嫌悪していたのが、後半にでてくる「ユダヤ人」男性3人。彼らが踊る場面の音楽はクレツマー。

 友人は生粋のイギリス人でユダヤ系ではありません。その彼をして、どうしてこの場面でユダヤ人と特定できる人物像を持ち込んだのか理解できないとのこと。また、ある批評家も、この場面だけは気分を逆なでされるようだと記していました。

 僕はチケットを購入してからカフカの人生を追いました。事実として、彼の姉妹は大戦中にユダヤ人収容所でなくなったようですが、「変身」自体にユダヤ人の表記はないようでした。ピタがどうしてこの「ユダヤ人」像を入れたのかは全く判りません。

 もう一つ浅いなと感じた場面。これは僕の思い込みにしかすぎませんが、グレゴールが虫になってしまう前日は雨。ヘミングウェイ作品の解説を読んだことがある方ならご存知だと思いますが、ヘミングウェイは何か良くないことが起きる前兆として雨を降らせました。それが頭の片隅にずっとあるので、グレゴールが虫なる前日が雨だという場面に、独創性が薄いと感じました。

 ダンス作品ではなくて、ダンス・シアター系ということで台詞もあります。中で、ワゴンを押す女性が、グレゴールがコーヒーやウォッカを飲み終わるたびに「ヤクユー!」と声をかけます。おそらく「ありがとう」の意味だとは思ったのですが、どこの言葉だか全く判りませんでした。

 カフカの人物像を読んで中央ヨーロッパ、特にチェコ・スロヴァキアのことが記載されていので、知人のスロヴァキア出身の旦那に尋ねたところ、「チェコ語だ」とのこと。スロヴァキア語では少し違うそうです。

 面白い見方だと思ったのは、2回目に一緒に観に行った別の友人の感想。彼女曰く、舞台上のエドワード・ワトソン演じるグレゴールから、「20世紀後半、HIVに感染した人たちの悲しみと通じるように感じるわ」と。最初は何を言ってんだかと思ったのですが、自分の体に何が起きたのか、自分に責任があるのかも判らないのに、他者から疎まれ、蔑まれ、隔離される。他者を理不尽に差別する現代に通じるものがあるのかもしれないです。

 で、この舞台は、エドワード・ワトソンがいたからこそ。彼は一切踊りませんでした。本当に、虫のようでした。約1時間のもの間、黒い液体にまみれ、手足を信じられない方向に曲げて舞台を這いずり回る彼の姿は、人間という殻を突き破ったかのようでした。

Metamorphosis_2006439c.jpg

 ファイナンシャル・タイムズのクリスプ氏は、ワトソンと並ぶほどの男性ダンサーは、パリ・オペラ座のニコラ・ル・リッシュ(来年、引退だそうです)だけと。ル・リッシュは古典の王子様も踊れるけど、ワトソンは踊れないからそれは違うだろうと突っ込みを入れつつも、ワトソンがいたからこそ舞台として成立できたと信じます。

 ロイヤルのニュースによると、今年の9月にこの舞台はニュー・ヨークで上演されるそうです。また、イギリス国内では、今月末に、スカイのアート・プログラムで放送されるとのこと。リンベリィ発の舞台が海外で上演されるのは、僕が知る限りではタケットの「兵士の物語」が日本で上演されて以来2作品目ではないかと。それだけ、高く評価されているのだと思います。

 最終日は最前列のど真ん中に座ったのですが、あまりにも近すぎて気後れしてしまい、ワトソンの写真をとれませんでした。舞台の写真だけです。

http://www.flickr.com/photos/89578620@N00/sets/72157633065229882/

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Comment

- ハマちゃん

ずっと待ちかねていた記事でした!

SKY ARTSで放映してくれるとは、有り難いです。
ホントに、人間離れしてますね…。
踊ってはいない、だけど、ザムザを演じきっている、そういう感じなのですね。

ご友人の方の、20世紀後半、HIV感染者が感じたかもしれない気持ちと通じるものがあるように思うという感想、私の中にもストンと入ってきました。

エンディングが原作とは違い、少し明るい終わりになっているのですね。
虫に変身して窓から出て行ってしまった、
でもその後の虫としてのそれなりな生活が、もしかしたら待っているのかもしれない。というような。

私は小説を映画化とか舞台化するときに
エンディングを変えられるというのがすごくイヤなんですが
この、ザムザが窓から出て行ってしまうという結末は悪くはないと思いました。
が、確かに、ザムザの家族の態度がいかに変化して行くか、冷酷になっていくか、人間の感情の醜さのようなものを描く物語なので
ザムザがいなくなってからの展開が「綺麗すぎ」ですね。
そんなに綺麗に終わらせるなよ。って思いますね。

ユダヤ人の下宿人は、明らかにユダヤ人と分かるような外見だったのでしょうか?
オーソドックス・ジューの格好だった、とか?
小説は20年も前に読んだので、下宿人のところは記憶にないな…。
また読んでみようかな。と思いました。
SKYでの放映はチェックしておこうと思います、情報ありがとうございました。
2013.05.08 Wed 16:04 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 期待してくださっていてありがとうございます。忘れないうちに、スカイでの放送は5月27日午後8時の予定とロイヤル・オペラ・ハウスのニュースにありました。そういえば、何回目かに観に行った時にカメラが数台入っていました。

 「ユダヤ人」像は、ウルトラオーソドックスのあのもみあげがなかっただけで、それと判る帽子、ひげ、物腰と多くの人がすぐに「あ、ユダヤ人」と思うであろう描写でした。

>展開が「綺麗すぎ」です
 この部分を考えていて、「ブラック・ジャック」のある物語を思い出しました。確か女性が鳥になりたくて彼が手術で「鳥」らしくし、最後に女性を森まで連れて行くというもの。子供の頃に読んだ時、「こんなことあり得るんだ」と思ったりしました。

 グレゴールと違う点は、物語では女性が自ら望んで「鳥」になったこと。でも、最後にブラック・ジャックが「鳥」のように見えるようになった女性を社会からはなれた森で解放することは、美談に取れる一方で、「君の様な人は社会に存在してはいけない」とも、この舞台を観て感じます。
 窓を開け放してグレゴールに出て行かせる設定は、開放であるかもしれないけど、同時に断絶のように感じました。
2013.05.09 Thu 05:46 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

SKY ARTSでの放映日を教えて頂いたお陰で、我が家も楽しむ事が出来ました、改めて、ありがとうございます。

照明を上手く使った演出に、感心しました。
外と中、部屋と部屋の間、それらを照明だけで演出していて壁は存在していない、
グレゴール・ザムザの部屋のドアが閉まってる状態のときはグレゴール・ザムザの部屋は照明が当たらず、そこに「壁」があるように見えるけども
その間もグレゴール・ザムザは闇の中で蠢いていて、目を凝らすとそれが見える…。

手指、足指の先を蠢かす、あの動きは凄いですね。

エンディングを、先のコメントのやり取りでも話題にしましたが、
実際に観てみて、私はやっぱり、あの窓から出て行くというラストは「死」を暗示しているのであって
「出て行った」のとは違うのではないかなあ…と思ったりしました。
見せ方は違うけど原作に忠実に「死」で締めくくったように見えて。

あと、TV放映ならでは、だと思いますが
ワトソンの演技のアップ、表情のアップが詳細に見えるので
当初の「なぜ?どうして?」という当惑に満ちた表情から
だんだんその当惑が絶望、悲しみ、諦め、に移行していく様子が見て取れて、その表情の演技も凄かったです。

良い作品はこういうTV放映によって、観客の裾野がどんどん広がると良いですね。
2013.05.28 Tue 12:27 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 お役に立ててよかったです。

>表情のアップが詳細に
 これは映像で観る楽しみでしょうね。初回に観た時はワトソンの体のコントロールに目を奪われましたが、何度も観ているうちに、彼の視線の向け方や表情の作り方から、昨年からイギリスでは激しい議論がなされている、「ロックイン・シンドローム」の人たちの意識はあるのに自分の体を思うように動かせない苦しみ、悲しみと重なる場面がありました。

 文化予算が再び大幅に削減されるのではとの報道があるので、オペラ・ハウス等は今回の様なテレビによる放送でオペラやバレエ、ダンスを意味なく敬遠している人たちの興味を惹く努力がいっそう必要になるのではないかと思います。
2013.05.29 Wed 05:32 URL [ Edit ]

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