LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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トルコ滞在記3:イギリス人居住者の暮らし

2014.06.21
既に、夏至。日照時間が長い期間の短いこと。

 初めて行ったトルコで、ローカルの人たちに次いで多く遭遇したのは、現地で暮らすイギリス人。滞在中のいろいろな手配をしてくれたテレサは、フェティエで暮らして18年以上。トルコ語はネイティヴ並みとはいえませんでしたが、両国の社会習慣や生活の違いを深く理解していて、その彼女ですら距離を置きたがるイギリス人コミュニティの「外国人ぶり」に圧倒されました。

 滞在したウズムルという村は、徐々にその人口が増えていて、2500人中、イギリス人居住者は500人。村の中心は元々暮らしている皆さんの生活の中心で、イギリス人居住者の多くは拡張する村に次々に建設されている、外国人向けのマンションで暮らしているそうです。

 村の中心にそのイギリス人コミュニティ向けに開放的なカフェがあります。その隣には、村の男性だけがチャイをのんびり飲みつつ、毎日何かを話している村のカフェがあります。

 村の男性向けのカフェにイギリス人がいない、というのは、何となく理解できます。お互いにこの線は踏み越えてはならない、という感じだと思います。しかし、その二つのカフェがあるのは村のモスクの正面。その広場を、朝から上半身裸で、タトゥーを隠しもせずに歩いているイギリス人男性とその家族。元から暮らしている人たちがどう思うかを考えたことはないのかと唖然としました。

 これは極端な例かもしれないですが、ウズムルやフェティエで遭遇する、長期/短期のイギリス人居住者の皆さんがタトゥーを隠さない態度は、彼らが暮らしているコミュニティへの尊敬を全く欠いているように感じました。

 一つ小さな例。外国人向けのカフェで僕がいつも頼んだのは、チャイ。写真、横向きです。

https://www.flickr.com/photos/89578620@N00/14289185206/

 カフェのオーナーの女性(トルコ人)によると、外国からの客のほとんどはチャイを頼まずに、コーヒーや紅茶ばかりだそうです。

 もう一つ顕著に感じたのは、イギリス人の多くが肥満。ローカルの特に中年以降の男性の多くが痩身なのに対し、男性も女性も何を食べればそこまでこの土地で太っていられるのかと不思議に思うほど。ようは、イギリス神武家のフィッシュ/アンド・チップス等の、イギリスでも食べていたであろう脂のつまった「イギリス」の食事をトルコでもしているのだろうと。現在、イギリス国内では、増え続ける肥満は国を挙げての課題。でも、フェティエで遭遇したイギリス人の多くはそんなこと、全く気にかけていないようでした。

 もう一つ強烈に感じたのは、イギリス人って、男女ともに大人になりたがらない国民だということ。

 海で泳ぐのは水温がまた低いから勧めない、替わりにフェティエの湾内を巡るボート・トリップに参加してみてはとテレサから誘われました。一ついわれたのは、「参加者はフェティエで暮らすイギリス人(主に60代以上)だけだから」と。

 多少なりとも知っているイギリス人だけだから気兼ねしなくても良いとの想いがあるのは当然でしょう。でも、引退できるような歳になって外国で暮らしてなお、そんなにまるで10代のように、でも10代ではない体をはずかしげもなく見せる。ビールをどんどん消費して、最後は70年代のディスコ音楽を大音量でカラオケ大会。

 彼らの人生ですから、僕がとやかく言える立場ではないですが、「トルコに来てまでこんなことをするのはどうしてですか?」、と。ロンドンで暮らしているとお目にかかれないイギリス人の姿を強烈に見せつけられました。

 全く逆の例。これほどまでにイギリス人が増えていると、そこにはチャリティ・ショップがあります。捨てられたペットのシェルター運営、家庭内暴力で苦しむトルコ人女性へのサポートをする団体等々。このようなことに情熱を傾けるのはイギリス人らしいと思います。が、この「チャリティ」という概念を判らないローカルの皆さんとの間には意識の差があるそうです。

 具体例。チャリティ・ショップでは善意で提供された衣服や本、生活雑貨を多くの人たちが購入し易い価格設定になっています。つまり、かなり安い価格。にもかかわらず、特にトルコ人男性は、値切り交渉を延々と続けるそうです。チャリティ・ショップをサポートする人たちはそんなことを想定していないし、値切りに応じる方針もないです。

 ここまで改めて思い出しながら書いてきて考えるのは、これはトルコ、フェティエで暮らすイギリス人だけに限ったことではないであろうということ。移住した外国がどれほど好きだとしても、同胞がたくさんいれば集まりたくなるのは自然な感情。でも、その居心地の良い「仲間内」にとどまっているような暮らしは、僕は不自然に感じます。
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