LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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マクロプロス事件@ドイチェ・オーパー・ベルリン

2016.03.02
スクリーンショット 2016-03-01 17.20.31

ベルリン滞在の週末、バレンボイムさんはブルックナー・チクルスで日本滞在中(http://miklos.asablo.jp/blog/2016/02/01/8016381)。「オペラ」はドイチェ・オーパー・ベルリンで、レオ・ヤナーチェクの「マクロプロス事件」の初日だけ。

http://www.deutscheoperberlin.de/de_DE/calendar/die-sache-makropulos.12679379#

 ヤナーチェクのオペラはこれまでに、「カニング・リトル・ヴィクセン」、「カーチャ・カヴァノヴァ」、そして「イェヌーファ』を観た。正直、どのオペラも完全に楽しめとは言えない。「マクロブロス事件」がロンドンで上演されたのは6年前(http://www.theguardian.com/music/2010/sep/22/the-makropulos-case-review)。主役の女性が300年以上生きているという設定は知っていたし、ロンドンでも滅多に観られないオペラだから観てみるかという後ろ向きな期待を遥かに超える舞台だった。

 あらすじはこんな感じ。

Věc Makropulos マクロプロス事件 あらすじ
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/1292.html

 オペラにありがちな荒唐無稽な物語なので、今回はあらすじを含めて最低限の情報を集めると、物語の原作はカレル・チャペックによる戯曲とのこと。これにはやや驚いた。僕にとってチャペックは「ダーシェンカ」の作家なので、このオペラのように複雑な、暗い雰囲気が漂う心理劇が何層も重なっている物語を創作する作家という印象はなかった。

 英語のレヴューは出ないかもしれないなと思っていたが、FTに。

The Makropulos Case, Deutsche Oper Berlin — ‘truly radiant’
http://www.ft.com/cms/s/0/3e463592-d94d-11e5-a72f-1e7744c66818.html

Of all Janáček’s operas, The Makropulos Case is the strangest. One 337-year-old woman. One and a half acts of complex legal discussion. Then it all ends in a blaze of glory with the death of the protagonist. David Hermann’s ambitious new production for Berlin’s Deutsche Oper seeks to make the many layers of Emilia Marty’s complex history visible for the audience, with variable results.

When the action begins in the first act, Kolenatý’s law office is doubled to the left of the stage by a mirror office from 100 years earlier, when the case in question begins. Emilia Marty and her historical self occasionally swap places, as if in some time travel yarn.

For the second act, Hermann brings in a bevy of underwear-clad Emilia Marty clones. These serve to emphasise the way the men have always objectified and attacked the beautiful, increasingly isolated woman, but unfortunately also recall the Stepford Wives. For the third act, they reappear in historical costumes, one Emilia per male character, to drive home the point.

The elaborate concept distracts attention from Evelyn Herlitzius’s compelling performance in the title role. She could have carried the evening alone on a blank stage. Herlitzius makes a cold, detached, yet strangely charismatic Marty, seldom vulnerable, and only truly passionate in the last scene. Here, despite the irritating twitching of the spurious supernumeraries, Herlitzius is revelatory. In her yearning for mortality, you suddenly understand what attracted Janáček to this story, and see the connection to his Cunning Little Vixen, with its autumnal joy in the eternal cycle of life. It is truly radiant.

The production is well-cast and superbly sung, from Seth Carico’s scrupulous Kolenatý to Derek Welton’s loweringly nasty Baron Prus and Jana Kurucová as the impulsive Krista. Donald Runnicles is not the coolly analytical conductor the piece might seem to demand, and eschews precision and transparency in favour of voluptuous sound and sensual lines. That takes some getting used to, but has its own inner logic and — increasingly as the evening progresses — beauty.


 このレヴューを読めて良かったのは、10年以上も前にロイヤル・オペラで観た「リトル・カニング・ヴィクセン」をどうしてヤナーチェクが創作したかったかを理解できた気がする。

 レヴューに書かれているように、主役を演じたソプラノ歌手の方の歌唱、そして演技力は舞台セットがなくてもきっちり物語を完成できたに違いないと思える素晴らしいものだった。名前を聞いたことがない方だったが、ほぼ出ずっぱり(だったかな)で、最初から最後までエミリア・マルティを演じることへの集中力が途切れることはなかった。

 舞台で進行する物語を観ながら考えていたのは、昔から、人類は「不死」への憧れを途切れさせることはない。「不死」にかかわる物語は幾つもあるが、それらの中では、「不死」を望んで、また望まなかったにもかかわらず手にしてしまった人たちと、「不死」になってしまった人たちにかかわる周囲の人たちの人生が「罰」のように描かれる。

 自分の身近な例だと、高橋留美子さんの「人魚の森」や、澤井健さんの「イオナ」かな。特に「人魚の森」では、人魚の猛毒の肉を食べて生き残れた代償として「不死」になってしまった人たちの「死ねない」苦しみ(確か、首を切り落とされない限り死ねない、という設定だったはず)、そして「不死」の人物に巻き込まれて悲しい結末を迎える周囲の人たちが描かれる。

 また、wikiでチャペックの生涯をざっと読んで、台頭するナチスへの反対姿勢を鮮明に表明していたとのこと。物語の発端である、あり得ない「不死」への憧憬の結末にはナチスへの批判が込められていたのかなと深読みをしてみたり。

 あらすじを読んで臨んだとはいえ、物語の進行をきちんと追えた訳ではない。しかし、観られて良かったと、尽きることのないカーテン・コールを観ながら感じた。

 オペラは古くさい芸術形態と思われている人には、オペラは観る側の想像力をかき立てる、今の時代に生きる芸術であることを知って欲しい。今回の「マクロプロス事件」のように華やかなアリアはないが、舞台で進む物語が聴衆の実生活を刺激するようなオペラはけっこう存在する。

 今年の5月下旬から6月にかけて、ロイヤル・オペラはエネスコの「オイディプス王」を上演する。5年前に、ブリュッセルのモネ劇場で上演された演出。

Oedipe
http://www.roh.org.uk/productions/oedipe-by-alex-olle

ブログ仲間のポスト
http://didoregina.exblog.jp/17123678/

 定番オペラと違って、チケット代はかなり安価なので、初夏のロンドンを楽しみ(天気が良ければ)、夜は滅多に観られないであろうオペラで刺激を受けるのは楽しかろうと思う。

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