LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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インゴルシュタット3:イドメネオ、プレガルディャン父と息子の共演

2016.07.27
スクリーンショット 2016-07-27 10.28.19

数年前から、ロンドンのウィグモア・ホールでのリサイタルは本人の病欠以外は欠かしていないクリストフ・プレガルディャン(名前の表記はこれで)。プレガルディャンのリーダー・アーベントに不満は全くない。ないのだが、遅れてきたファンとして、1度でいいから彼をオペラの舞台で聴いてみたい、ウィグモアからの帰りに、いつも思っていた。

2年ほど前だろうか、あるリサイタルの終了後に、本人に直接、尋ねた。プレガルディャン曰く、「もうオペラは歌わないよ」とのことだった。

2015年の11月のリサイタル終了後に再び未練がましく訊いたところ、「イドメネオ」を2016年に歌うと。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-2562.html

 その時に場所の名前を言ってくれたのだが、聞き取れなかった。今年の1月に改めて検索してインゴルシュタットと言う事はわかったのだが、インゴルシュタットのどこでということまではその時点でも判らなかった。

欧州でのオペラ上演に詳しい友人の助けでアウディ主催のサマーコンサートの一環である事が判った。チケット発売初日に最前列ど真ん中を奪取、同時に飛行機と宿泊を予約し、ドイツ鉄道と一悶着あったがインゴルシュタットに到着。待ちに待ったプレガルディャンがタイトル・ロールの「イドメネオ」は、コンサート形式だったが、胸の奥深くにグッとくる、とてもとても、とても素晴らしい舞台だった。

Idomeneo, Audi Sommerkonzerte
http://www.audi.de/de/audi-artexperience/sommerkonzerte/vorsprung-festival/vorsprung-17-juli.html

Wolfgang Amadeus Mozart: Idomeneo KV 366
Dramma per musica in drei Akten

Christoph Prégardien: Idomeneo
Julian Prégardien: Idamante
Christina Gansch: Ilia
Marina Rebeka: Elettra
Magnus Staveland: Arbace
Audi Jugendchorakademie
Martin Steidler, Choreinstudierung
Concerto Köln
Peter Schmidt, Artistic Concept
Kent Nagano, Leitung


会場に着くと、前日には無かった4本の木の柱が会場正面に立っていた。頂上部には王冠のような、船のようなもの。そして舞台上の左右にその柱が10本以上もあって非常に邪魔だった。オペラ上演中には頂上部の物体に下部に光が灯り、更に左右に揺れるので視界にできるだけ入らないよう、舞台の中央の歌手だけに集中した。舞台奥の壁にはスクリーン。スクリーンには海や島の画像が投影されていたのだが、最前列の席からはよく観ることができなかった。

 いつまで経ってもオペラ初心者なので歌手の技術的な面や、オーケストラの善し悪し、指揮者がどれほど素晴らしい指揮をしたのかを評論することはできない。まず、「イドメネオ」がどのようなオペラか、また各地のオペラ・ハウスがどのように舞台化したかをブログ仲間の鑑賞の記録から。

モネ劇場
http://didoregina.exblog.jp/14056612/

ロイヤル・オペラ
http://ameblo.jp/peraperaopera/entry-11958223581.html

イングリッシュ・ナショナル・オペラ
http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-1228.html

 舞台に登場する歌手は5人。ソプラノ2人、テノール3人というのは声の鮮烈さという点だけでもとても印象の深いコンサートだった。アルバーチェは初めて聴く歌手だった。たまに削られるらしい彼のソロ・アリアも歌ったはずで、説得力のある歌、そしてステイジ・プレゼンス。

 イリアを歌ったクリスティーナ・ガンシュを表す言葉は「清らか」。声の透明度では登場歌手の中でひときわ輝いていた。まだ若いようだが、既にキャスリーン・フェリィエ・プライズで歌い、2015年にはザルツブルクで「フィガロの結婚」のバルバリーナを歌ったそうだ。他のヴェテラン、そして超ヴェテランに臆することの無い存在感を全く失わない歌唱。

 プログラムの写真では、バルバラ・フリットーリを思わせる艶やかな笑みを浮かべるマリナ・レベカ。ロンドンでは、2010年に、ゲオルジュウが降板した「ラ・トラヴィアータ」の代役の素晴らしいデビューで知る人も多いかだろう(http://ameblo.jp/peraperaopera/entry-10594658785.html)。

 最初の登場のとき不機嫌そうな表情だったので、「あまり知られていない夏のフェスティヴァルにでるのはお気に召さなかったのかな?」と思った。が、舞台演出家の名前が表記されているように、コンサート形式とはいえ、レベカを含めて全ての歌手が迫真の演技だった。ちなみに、ソプラノ2人はドレスを代えることは無かったが、男性陣、特にイダマンテは4回ほど上着やシャツを代えていた。

 レベカの歌唱は、「旬のオペラ歌手の声って、これほどまでに美しいものなんだ」ということを久しぶりに身体いっぱいで感じることができた。最前列ど真ん中に座っていたので、当夜の目的の歌手が誰だったかを思わず忘れてしまうのほど感動。特に著名な第3幕のアリア、「D`Oreste,d`Ajace」には、多くの聴衆が言葉を失ったのではないかと思う。ネガティヴな意味ではなく、レベカの声はエレットラを完璧にこなすにはまだどこかに軽さを残しているように感じることがあったものの、第2幕での「Idol mio, se ritroso」、そして重唱での存在感、聴くことができて良かったエレットラだった。

 ケント・ナガノ(以下、マエストロ)の指揮を生で見るの初めてだった。その指揮ぶりは、オーケストラ、コーラス、そして歌手陣への信頼と慈愛を失わない、しなやかな指揮だった。マエストロの指揮ぶりは、これまで間近で観たことのあるアントニオ・パッパーノ、マーク・エルダー、そしてサイモン・ラトルとも全く違う記憶に深く、長く残る指揮だったと思う。

 今回の「イドメネオ」が最も注目されたであろう点は、イドメネオとイダマンテという王と王子をクリストフ・プレガルディャンユリアン・プレガルディャン、本当の父と息子が共演するということ。彼らの競演は、ウィグモア・ホールで聞いたことがある。

http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-2369.html

 リートとオペラでは歌い方がこんなに違うものなのか、というのがユリアンの最初の声を聞いた時に感じたこと。声に漲らせるパワーが違う。当夜の5人の歌手すべてから感じたのは、声が曇ることが全く無かった。とりわけユリアンは空の一点を目指してスコーンと突き抜ける声。オペラのテノールってこうでなければ。

 それまでは黒系の上着だったイダマンテが犠牲になることを決心してイドメネオと歌う時、初めて白のシャツで現れた。実の父と息子という事前情報に影響されているとはいえ、胸に込み上げる場面だった。


 クリストフ・プレガルディャンのリーダー・アーベントへの不満は全く無い。他方、彼の歌唱を初めて聴いたハイドンの「アルミダ」でのバルトリに勝るとも劣らない歌唱技術は今でも忘れること無く、彼が一線から引く前にバロック・オペラで彼の歌を聴きたいと常に願っていた。

 イドメネオの最初の登場の時、舞台左手からクリーム色のよれよれのティー・シャツ、同じ色合いのよれよれのチノパン姿の男性が苦しそうに登場してきた。「誰、あれ?」と思ったらイドメネオ・プレガルディャンだった。コンサート形式でも手を抜かずに役をつくり込んでいるのは判るし、遭難してなんとか助かった場面だからあのような衣装の方が説得力があるとはいえ、ちょっと驚いた。

 全体を通して感じたのは、パパ・プレガルディャンの現在の発声は、他の4人とは違う。年齢によるものだろうと推測するが、例えば息子のユリアンの声から感じる瑞々しさは少なかった。また、短いパッセイジからはブレスの鋭さが欠けていたように聞こえた。

 というマイナス面を忘れるほど、クリストフ・プレガルディャンの歌唱、演技からはリーダー・アーベントとは全く違う素晴らしい経験を積んできた素晴らしいオペラ歌手の舞台を「今、観ている」という気分が消えることは無かった。イドメネオのアリアだけでなく、イダマンテとのデュオ、そして3重唱、4重唱でもオーケストラの音にかき消されずにしっかりと耳に届くあの「声」は、インゴルシュタットまで来たことは良い選択だったと。

 オペラの最後、喜びのコーラスが歌われる中、独り舞台にたたずむイドメネオは、未来ある者達への慈しみと同時に、表舞台から去っていく自分が歩むであろう道が示す方向をただ見つめるだけの王の孤独感に優しく包まれているようだった。

 関係者の方から伺ったのは、このプレガルディャン父子の競演のきっかけはマエストロからの提案だったそうだ。マエストロがインゴルシュタットい携わるのは今年が最後。ドイツ南部では悲しい事件が続いているが、インゴルシュタットの今年のサマー・コンサートが多くの人に喜びをもたらしたと願う。

Die Stunde der großen Tenöre(地元新聞のレヴュー)
http://www.donaukurier.de/nachrichten/kultur/Ingolstadt-Die-Stunde-der-grossen-Tenoere;art598,3244608

写真
https://www.flickr.com/photos/89578620@N00/albums/72157668423795864

スクリーンショット 2016-07-27 10.29.44
(左からユリアン、クリストフ・プレガルディャン、マリナ・レベカ)

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