LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Breaking the Chains: インドネシアでの精神医療の一端

2017.03.03
BreakingTheChains.png
(2017年3月2日、プリザード・インスティテュート)

https://movie-ment.org/

昨日、ロンドン大学の一つ、Queen Mary Universityで催された、インドネシア各地で残る、Mental Ill-healthの人達を鎖で繋いでコミュニティから隔離する、Pasungから患者を解放する活動の記録映像を観てきた。

The physical confinement and restraint of people with mental health problems has a long and inglorious history, and virtually every society has restrained people with mental problems at some point in their history.

‘Breaking the chains’ screening as part of Anthropologies of Global health
https://movie-ment.org/2017/02/20/breaking-the-chains-screening-as-part-of-anthropologies-of-global-health/

 この映像を記録、編集したDr Erminia Colucci(以前、関西の大学で短期間教鞭をとったことがあるらしい)によると、インドネシアは国の方針として精神医療の改善を進めているとのこと。しかし、精神医療の薬へのアクセスは物理的(撮影された2013年当時はジャカルタまで行かなければならない)、経済的(簡単に購入できる金額ではない)に家族やコミュニティへの負担は大きいらしい。

 上記のリンクからごく短く映像を観ることができる。完全版は約1時間で有料。なぜなら、このプロジェクトを続ける為の資金を得る為。このような全く商業的でない、商業的になってしまっては困る分野でのフィールド・ワークへの経済的支援はとても限られている。

 映像は、ありていに言えば、観ていて気分の良いものではない。イギリスの医療界で唱えられている、「No health without mental health」の意味を改めて考える機会になる。患者の身体的な問題だけだけでなく、家族やコミュニティの形成へも精神医療の改善は深くかかわっていることが判る。

 映像終了後のディスカッションでは、倫理の課題、政治の圧力はあるのか、クリニシャンとしての葛藤等、内容は多岐にわたった。

 友人が最近ポストした、イタリアの精神科医、故フランコ・バザーリアについても参考になると思う。

「精神病院のない世界をめざして バザーリア伝」
http://fumieve2.exblog.jp/26385854/

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Comment

- ハマちゃん

バザーリアという人物を知らなかったので、興味深いとは思いましたが現實的ではないですね。
うちの双子が6歳の時、クラスに自閉症児が毎日一定の時間合流する時限があるのですが、その時にその自閉症児が担任の頭を尖った鉛筆で突き刺してお騒ぎになり、現場にいた長男の方はちょっとしたトラウマになって帰宅しました。
共生というと聞こえは良いですが、やって良いことと悪いことが判別出来ない障害を持っている人間は隔離せざるを得ないと思います。
危害を加えられてからでは遅い。
2017.03.08 Wed 11:37 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 お子さんがその場に居たこと、目撃したことの衝撃は本人にしか判らないこととはいえ、深く残らないように願います。

 ただ、騒ぎを起こしてしまったお子さんを、症状だけで「良いことと悪いことが判別できない」というのは、早計過ぎると思います。また、この表現が一人歩きして、同じ症状を持つ人達はだから隔離するべきだ、ということになるのは僕がこの映像をポストした意図ではないです。
 学校がその場に補助要員を配置していなかったのか、何かが刺激になってそのようなことが起きた場合を想定しての現実的な案を話し合っていたのか、訓練していたのか等々が検討されるべきだと思います。

 集めたバザーリアの資料をまだ読んでいないので僕には語ることはまだないです。が、確かに、コミュニティでの支援を、全く問題が起きないと予想するのは難しいでしょう。

 映像の後半(無料で観られないかを交渉しているのですが、無理かな)、彼の地の精神科医師が患者の家族へ、「彼らに必要なのは鎖ではなく、皆さんの愛情」という言葉を何度も考えています。理想と現実が完全に重なることはないかもしれないですが、その努力を続けている人達の熱意には考えることがあります。
2017.03.08 Wed 18:42 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

学校では、その自閉症児には専任の補助要員を付けています。
一瞬の間に起こったことなので制止が間に合わなかったのかなと思います。
その子も参加していた、教会でクリスマスキャロルを歌う会を双子が1年生の時に見に行きましたが、大人三人がかりでも押さえつけられないほど暴れて大変でした。
(身体の大きい子で)

良いことと悪いことが判別出来ない、と断じるのは早計過ぎるとしても、判別は出来たとしても行動として制御が出来ないのなら周りの人間にとっては同じことなんですよね。

学校もものすごく頑張ってるとは思います。
自閉症児には世界が全く違う見え方をしている、視覚的音感的刺激がトリガーになってパニックになる、そういうことを降誕劇の時にその子を舞台に上げて教頭(が主にその子を担当してるみたいです)が説明して、
降誕劇そのものも「自閉症フレンドリーな演出」として照明も音響も控えめなバージョンをその子がいる時にはやる、とか。頑張ってます。

ただ英国の小学校はほぼ100%女性教員ばかりで、先の教会での例のように、いきなり暴れ出した時なんて女性教員3人がかりでも制御しきれず、それを見ていたら恐怖感しかなくて。
こんなのと他の子を一緒にして、何かあったらどうするの?!と。
そういう気持ちを偏見と断じるのは簡単でしょうけど、現実に自分の子がいつ危害加えられるのかも分からないのに「共生しましょう」って同じ空間に入れられるというのは、抵抗感はあります。
私も最初は障害を持った子と交流があることは良いことだと思ってて前向きだったんですよ、その事件があるまではね。
私自身幼稚園がそういう幼稚園で、障害者の良いところも悪いところも「リアル」を見てきたから、それは悪い経験ではないと考えてたので。

共生する大前提として、周りの誰もが同じレベルのトレーニングを受けたっていうくらいの環境が整いでもしないと、難しいと思いますね。
そして、そんな余裕はみんな、無いですから。現実には。
まだ小さくてワケ分からない幼児なんかにそういうことを理解して配慮してやれとか、無理な訳で、だけどそういう幼児が発する音声や動作がトリガーになって暴力振るわれたりしたら?とか。キリがないなあと思います。

このポストの意図は重々理解はしてますよ。
私個人の感覚では難しいな、ということで、他の人は共生出来ると思ってるかもしれません。
私個人は自分の子を危険に晒したくないので、その自閉症の子には近づくなと教えてます。
2017.03.09 Thu 14:10 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 説明、ありがとうございます。目指すことが100%叶うということは頻繁にはないでしょうね。状況の説明を読んで改めて感じるのは、管理する側のリスク・アセスメントが甘かったのではないかと。甘かったといのは、「子供を失望させたくない」ということもあったのかなと。できないことをできない、という決断ができなければ。

 映像を観たあとの質疑応答の中で、Dr Colucciが、「鎖が表す意味は一つではない。隔離でもあるだろう。他方、精神的な弱者である家族をコミュニティ、社会から守る為という意味もあるだろう」と。精神医療はメディアで見聞するよりずっと複雑だと言うことを多くの人が考える方向に進んで欲しいです。
2017.03.09 Thu 14:42 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

なるほど、子供を失望させたくないっていう方向からの甘さというのもあったかもしれないですね。
そして、弱者の方を守るためにも鎖の意味があるという視点にも納得です。

長男のクラスで起きた事件で喚起された私自身の遠い遠い記憶というのも、私の態度が硬化した原因でもあります。

それは前にもお話ししましたが私が通ったキリスト幼稚園では博愛精神を刷り込まれる(という言い方は語弊があるかな)わけですが、要するに「同じクラスの知的障害児たちがどんなに理不尽でも受け入れましょう」なんですね。
私よりもずっと身体の大きい障害児が、私が食べるのが遅くて最後まで一人残って食べているところを長い棒で叩き続ける、それを誰も止めてくれない、監視すらもしてない、

それで後で自分で園内で一番身体の大きい男児を自分の用心棒役として取り決めして、その子に私の代わりに障害児に仕返ししてもらった。
私では体力的に敵わないから。
そしたら園長に呼ばれて超大目玉を食らった。

で?あなたたちは私のことは守らないワケ?
ということしか、思いませんでした。
一方通行な綺麗事を言うんなら、私は用心棒をこれからも使う。と。

うちの双子の学校でも、その自閉症児が他の子に危害を加えても「障害児だから仕方がない、温かく見守ってください」で、仮に健常児がその子を叩いたりなんかしたら物凄い大騒ぎになるでしょう。

私は、そんな不均衡がまかり通るくらいなら、隔離も仕方ないのでは?と思うのです。
それはサポート要員なり何なりが、周りに迷惑が及ばないように完全に管理してこそ共生が可能になるのであって、それが出来ていなくて周りに我慢を強いるだけでは共生は持続しない、と。

リアルにそういう共生空間が可能になるとすれば、全くの一般社会と、隔離された閉鎖空間の中間に「緩衝地帯」のようなコミュニティを設けて、そこの中では共生をする前提という設定を作る、ことくらいしか思いつかないです。
2017.03.09 Thu 16:53 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 現在、僕自身がかかわっていることを書くともう少し説明が詳しくできると思うのですが、誰だか判らない人(ハマちゃんさんではないです)に勝手な解釈をされてしまうことは確実に避けたいので。

 簡単なことではないです。そして、全てが納得する、納得するとは「する」という選択だけではなく、「しない」という選択のどちらかに至るまでの道のりは簡単ではないです。
2017.03.09 Thu 17:47 URL [ Edit ]

- ハマちゃん

出来ればぜひ、別の場で何かの時に伺いたいですね。

たまたま先日、こちらは「身体」障害の話なのですが、山登りで足を滑らせて言語障害と身体障害を負ってしまった兄を介護しながら狭いアパートで同居する弟が、兄のために性介助サービスを雇うという内容の、一時間ほどの短い映画を観たのですが、これも物凄く考えさせられました。


https://www.amazon.co.jp/%EF%BC%88%E4%B8%8D%EF%BC%89%E5%AE%8C%E5%85%A8%E4%BA%BA%E9%96%93-%E5%B0%8F%E5%B1%B1%E5%9B%BD%E5%AE%8F/dp/B01JKIZFVG
2017.03.10 Fri 12:18 URL [ Edit ]

- 守屋

ハマちゃん さん

 心がどのような状況にあるのかは視覚で捉えられない(でも最新のfMRIの画像処理の技術はけっこう凄いです)ので、伝えるのが難しいと常に感じています。
2017.03.11 Sat 06:49 URL [ Edit ]

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