LONDON Love&Hate 愛と憎しみのロンドン

1999年のクリスマス・イヴにロンドンに。以来、友人達に送りつけていたプライヴェイト・メイル・マガジンがもと。※掲載されている全ての文章の無断引用・転載を禁じます。
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Nobody has won:HIVと万能薬、そして報道

2008.09.14
これまで何度か書いてきたように、僕は、HIV感染者の支援団体、テレンス・ヒギンス・トラストhttp://www.tht.org.uk/)で、感染者の生活支援をするヴォアランティア活動に参加しています(一例:http://loveandhatelondon.blog102.fc2.com/blog-entry-458.html)。今はカウンセリングの研修に集中しなければならないので、週間の活動は休止中ですが、時折、THTからのサポートを新たに希望する人やヴォランティア活動に参加を志望する方へのインタヴューを依頼されます。
 ヴォランティアと言っても、活動自体は本当にタフです。それでも続けたいのは、HIVのことを多くの人が知れば、感染して苦しむ人の数は減ると信じているからです。THTに参加したことで、HIVという感染症を防ぐ最良の方法は、感染者の生活を守るには、HIVを「知ること」だと学びました。

 9月13日、The Guardian紙が、HIVに関するある話題で1面から3面まで割いて報道していました。これは、とても珍しいことです。

Fall of the doctor who said his vitamins would cure Aids
http://www.guardian.co.uk/world/2008/sep/12/matthiasrath.aids2
Matthias Rath: Denouncer of modern medicines
http://www.guardian.co.uk/world/2008/sep/12/matthiasrath.aids1

 それぞれに関連する分析記事やコメントのリンクがあります。双方とも、とても長いものですが、「薬の信憑性」や「報道姿勢」と言うことを考える方には大変興味深いものだと思います。このような現実がまだある、という意味では僕には衝撃は大きかったです。

 報道の主題は、The Guardian紙を訴えていた医者が、その訴えを取り下げたと言うものです。ことの経緯をかいつまんで紹介するとこうなります。

 2007年の1月と2月、ガーディアンのコラムニストが、Dr Matthias Rathが南アフリカで販売している「AIDSを完治させるヴィタミン」の信憑性を告発したことが始まりです。ガーディアンの記事によると、そのことに怒ったDr Matthias Rathが訴訟を起こしたが、それを取り下げガーディアン紙にこれまでにかかった訴訟費用全額を払うことを命令された、と。

 正直な所、これだけだったら「ガーディアン、良かったね」で終っていたことでしょう。僕がこれを書きたいと思ったのは、今回の報道で知った、「HIVって、まだこれほどまでに誤解されているのか」、ということです。誤解しているのは、人々だけではなく、政治家や国も、です。

 アメリカや西欧で暮らし最新の医薬品を手に入れることができるHIV感染者にとっては、HIVはもはや不治の病ではないのかもしれません。きちんと投薬を続けてさえいればもしかしたら寿命をまっとうできるかもしれない。でま、いまだにHIVについての知識が広まっていない地域では、高価な投薬治療を受けることは困難な状況にあります。そんな状況では、人々は助かる為なら、わらにもすがりたい、手に入れることができるものを信じてしまうのかもしれません。

 記事の中で、南アフリカのムベキ大統領のHIVへの姿勢が書かれています。

The president, Thabo Mbeki, had outraged the global medical establishment by publicly voicing his doubts over both the disease and its treatment. He had flirted with Aids deniers in the US, who say there is no proof that a virus causes Aids.

Mbeki preferred to view Aids as a disease of poverty, which required economic development, and not the expensive drugs, with unpleasant side-effects, that were by then keeping those with HIV alive in rich countries.


 文法は過去完了形なので、この考えは今ではないと信じたいです。が、一国のトップが「HIVの原因はウィルスではなく、貧困だ」、と考えていた。読んで数秒間は、信じられない、いや信じたくない、そして無力感しかありませんでした。

 そんな状況でDr Matthias Rathがしたことは、最新の投薬治療を止めて彼の財団が発売する「ヴィタミン」を飲めば、HIVは治癒する。しかもこの「ヴィタミン」はHIVだけでなく、癌、心臓病、脳梗塞や他のあらゆる病気に効き目がある。そんなものに引っかかる方がどうにかしている、というのは簡単です。でも、必要な薬が手に入らない極限の状況で、目の前に「医者」と名乗る人が現れ、「これで治癒するよ」といえば、信じてしまう、信じるしかない。

 記事の中で紹介されていますが、南アフリカでは、HIVの治療に欠かせない高価な「薬」を無料で感染者に、という活動が続けられているそうです。このような、医薬品を取得できるかどうかが、暮らす国によって左右されるという不公平な状況は、何も南アフリカに限りません。以下のニュースは、今日のThe Sunday Telegraphからです。

NHS's refusal to fund cancer treatment costs mother £21,000
http://www.telegraph.co.uk/news/newstopics/politics/health/2910780/NHSs-refusal-to-fund-cancer-treatment-costs-mother-21000.html

 本来、無料であるはずのイギリスの医療システム(NHS)から、「治療に有効」とわかっている医薬品を拒否された癌患者の女性が、自分とご主人の年金を切り崩してその「薬」を手に入れ、まだ生き抜いているというものです。イギリスでは、アメリカや他の国で効果が証明されている「ガン治療薬」を手に入れられない、もしくは使用を認められないという状況が、頻繁に報道されています。
 僕は、医薬品の承認の経緯や販売手段等については、ほぼ無知です。ですから、綺麗ごとです。でも、不思議でなりません。掛かる費用のことを一切考えずにという条件付ですが、極端な話、隣りの国で使われている薬がどうして自分たちにはそれを使うことが許されないのか?

 話をガーディアンに戻すと。裁判によって何が正しいのかの判断が下されたわけではないですが、報道機関にとってこれは大きな勝利でしょう。

 でも、HIVが根絶されたわけではないです。感染者が救われたわけでも、正式な薬へのアクセスを手に入れたわけでもありません。誰かが勝利したわけではなく、状況は何も変わっていないに等しい。払われた代償は大きすぎます。

Comment

- 懐畔泥鰌

最終的には、正確な知識と情報を如何に収集し選択するかということに尽きるのでしょう。
知る為のインフラも重要な要素ですが、最重要なことは、正確な情報をありのまま伝えるという人々の意識なのだと思います。
損得が絡む経済活動のひとつが報道機関となり、権力や虚栄が政治的に絡んだ中で、それを成し得るのは既に至難の技になりつつあります。
諦めているわけではないのですが…。
2008.09.15 Mon 13:04 URL [ Edit ]

- 守屋

懐畔泥鰌さん

 市井に生きる僕にとって、メディアは社会の動きを知るために必要ですし、また情報が偏らないようにする為にも、保守のテレグラフ、革新的なガーディアンを読むようにしています。
 指摘されているように、報道機関も利益を追求する「経済団体」ですから、部数を伸ばすためはいろいろなことをしなくてならないでしょう。一方で、独自性を社会にアピールする為の報道を追及しなければならないこともあると考えます。
 今回、ガーディアンは結果はどうあれ彼等の報道が正しいことを証明できました。が、数ヶ月前には、イギリスの大手スーパーマーケットの資産運用について誤報道があったことを認めざるをえませんでした。

 情報を受けるだけでは、「知識の蓄積」にはならないのかなと漠然と思います。
 情報を発信する側と受ける側の信頼関係って重要だなと、他人事ではなく考えます。
2008.09.15 Mon 20:09 URL [ Edit ]

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